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■オープニング本文 ●沢繭 年に一度の収穫祭。 理穴が首都、奏生で開かれる『豊穣感謝祭』には及ばないまでも、この沢繭で開かれる市も盛況を極めていた。 「いらっしゃい! 新鮮な野菜が揃ってるよっ!」 「美味しく漬かった漬物はどうだい?」 「錐湖特産、鮎の塩焼きだよっ!!」 そこかしこで繰り広げられる、お客様争奪合戦。 沢繭の大通りには多数の出店が所狭しと肩を並べ、その商品を競い合っていた。 「うむ! せいきょうなのじゃ!」 大いに賑わう大通りを、領主振々は満足気に見渡す。 「お、振々のお譲ちゃんじゃないか。ほれ、とうもろこしでも食っていけ」 「うむ、くるしゅうない!」 「まぁ、振姫様、今日も一段と可愛らしくらして」 「当然なのじゃ!」 「振々様、けっこんしてぇぇええ!!」 「頼重! この者をしまながしに処せ!」 振々が歩けば町人達が輪を作る。 それが沢繭のいつもの光景。 そんな平和な日常を、振々の補佐頼重は心穏やかに見つめた。 「へぇ、この街も活気があっていいやね」 「だな。このうなぎの蒲焼なんて最高にうまいぜ!」 そんな頼重の横を、旅装姿の二人連れが通り過ぎる。 「旅人か‥‥」 そんな二人の会話に何気無く耳を傾ける頼重。 「頼重!」 そんな時、くいっと裾が引かれた。 「姫様、もう民達のお相手はよろしいのですか?」 大きな青い瞳で見上げてくる領主。 頼重は、にこりと微笑み問いかけた。 「ふん! たみの相手など振にかかればぞうさもないのじゃ!」 答える振々は、無い胸をドーンと張りご満悦。 「それはよかったですね。では、そろそろ執務に戻りましょうか――」 満足気な表情を絶やさぬ振々の手を取り、頼重が屋敷に足を向けた、その時。 「はぁ? 秋刀魚が無いのか?」 先程の旅人の声が耳に届いた。 「すみませんねぇ、何せここは内地ですから、秋刀魚は流石にありませんよ」 「かぁ! 秋と言えば秋刀魚だろ! くそっ、無いと聞いたらよけいに食いたくなってきやがった‥‥」 「魚でしたら、この鮎なんてどうです? 今朝水揚げされたばかりの新鮮な鮎ですよ」 「だめだ! もう秋刀魚のことしか考えられねぇ!」 耳に聞こえてくるやり取りは口論ではない。しかし、そのやり取りは周囲の注目を集めていた。 「‥‥」 「姫様?」 振々もそのやり取りに気づいたのか、旅人が佇む店先にじっと視線を送る。 「‥‥」 「ひ、姫様?」 と、振々は繋がれた頼重の手を払うと、すたすたと旅人の元へ。 「何事じゃ!」 「おや、これは振々様」 ドーンと腕を組み現れた振々に、店主がにこやかに挨拶する。 「なにごとじゃと聞いておる!」 「別に何でもありませんよ? ちょっと、こちらの旅の肩のご要望の品が無かっただけです」 「要望のしなじゃと? この沢繭にない物などないのじゃ!」 その自信はどこから来るのか、店主の言葉に振々はどどーんと反論した。 「へぇ、じゃぁどこに行けば秋刀魚があるんだい?」 そんな振々に、今度は旅人が期待を込めて問いかける。 「さんま?」 「うん? お嬢ちゃん、秋刀魚をしらねぇのかい?」 きょとんと小首を傾げる振々に、旅人は驚いた様に問いかけた。 「し、しっておる! さんまなど、とうに知っておるわ!!」 そんな旅人の態度が癪に障ったのか、振々は顔を真っ赤に猛然と反論する。 「お、おう‥‥。まぁ、なんだ美味いよな、秋刀魚」 ムキになり反論する振々に気押されながらも、旅人は鼻の奥に残る秋刀魚の独特の風味を思い出し想いに耽った。 「う、うまいのか‥‥?」 そんな旅人の今にも涎でもたらしそうな表情に、振々は恐る恐る問いかける。 「ああ、秋と言えば秋刀魚だろ。そりゃもう絶品だぜ!」 「ほほぅ‥‥」 「で、どこに売ってるんだ?」 絶賛する秋刀魚の魅力に引き込まれる振々を他所に、旅人は再び問いかけた。 「い、今はないのじゃ! しなぎれなのじゃ!」 そんな期待に満ちた旅人の視線から逃れる様に、振々はムキになって答える。 「おいおい、無いのかよ‥‥期待しちまったじゃねぇか‥‥」 振々の言葉に、かくりと肩を落とす旅人。 「も、もうすぐ入荷するのじゃ! くびを長くしてまっておれ!!」 と、旅人に向け振々が豪語した。 「ほぉ、それはそれは。楽しみにさせてもらうぜ、嬢ちゃん」 そんな振々に旅人は、子供の悪戯につきあう大人のように愛想よく笑い、振々の頭を撫でつける。 「‥‥」 「ひ、姫様‥‥?」 無言で撫でられる振々を、頼重が恐る恐る覗き込んだ。 「んじゃ、俺は行くぜ。またな、お譲ちゃん」 そんな振々を余所に、旅人は人懐こい笑顔を向けると、その場を後にした。 残る振々と頼重。 「姫様‥‥?」 頼重は再び恐る恐る振々の顔を覗き込む。 「頼重!!」 そんな頼重に向け、振々はがばっと顔を上げると。 「さんまじゃ! 振はさんまを所望するのじゃ!!」 拳を握り頼重に要求を突き付けた。 「秋刀魚? ああ、あの旅人達が言っていたのが気になったんですね」 と、振々の言葉になるほどと頷く頼重。 「気になったのではないっ! この沢繭に無いものがあってはいかんのじゃ!!」 そんな頼重に、若干頬を染めながら、激しくまくしたてる振々。 「わかりました。手配しましょう」 「うむ! はようせい!」 「はいはい」 くすりと小さく笑った頼重は、再び振々の手を取る。 「腕がなるのじゃ! 待っておれ、さんまとやら!!」 「は、はい‥‥?」 取られた手をぐいぐいと引き、振々は意気揚々と屋敷へと凱旋したのだった。 |
■参加者一覧
雲母坂 優羽華(ia0792)
19歳・女・巫
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●唐高 大漁に沸く漁師町『唐高』。 秋刀魚が水揚げされた港では、威勢のいい男達による競が行われていた。 「どれもこれも、丸々と太ってほんに美味しそうどすなぁ」 そんな男達に交じり秋刀魚を見やる雲母坂 優羽華(ia0792)が、木箱に山と積まれた秋刀魚を一匹一匹丁寧に眺めていく。 「うん? 買出しか?」 そんな優羽華に一人の仲買人が声をかけた。 「ええ、どれもこれも立派な秋刀魚どすな」 答える優羽華はにこりと微笑む。 「おうさ! そんじょそこらの秋刀魚と一緒にしてもらっちゃ困るぜ!」 「まぁ、偉い自信どすなぁ」 「おうよ!」 「ほな、一つお願いしてもええでっしゃろか?」 「うん?」 「沢繭のご領主に献上する秋刀魚を、10樽ほど見繕って欲しいんやけども」 「ほう! いいぜ、任せときな!」 「おおきに。あんじょうよろしゅう頼みますえ」 そして、快諾した仲買人に優羽華は、満面の笑みを浮かべたのだった。 ●唐高町 人々の談笑と共に秋刀魚を焼く香ばしい匂いが、辺りに立ち込めていた。 「うむ! 絶品なのじゃ!」 そんな、包む香ばしい匂いを割って、振々の大声が木霊す。 「これが秋刀魚‥‥本当に脂が乗っていて美味しいですわ」 はふはふと次から次へと焼けた秋刀魚を口に放り込む振々の横で、イリス(ib0247)がその味に感動していた。 「そうなのじゃ! これがさんまの味なのじゃ! 心して喰らうがよいっ!」 秋刀魚のお頭をがじがじと噛み砕きながら、振々がイリスに向かって豪語する。 「はい、天儀の秋の味覚、存分に味あわせていただきますわ」 そんな、振々の振る舞いにもイリスは嫌な顔一つ見せず、にこりと微笑んだ。 「うむうむ! 振はもう満足したから、かえるのじゃ!」 と、そんなイリスのにこやかな笑顔と秋刀魚の味に満足したのか、食い散らかした食べカスもそのままに、振々はその場を立ち去ろうとする。 「はーい。ちょっと待ってね」 「む! はなすのじゃ!」 しかし、そんな振々の首根っこを捕まえるのはユリア・ヴァル(ia9996)。 「ダメでしょ。食べた物はちゃんと片付けないと」 「よいのじゃ! それはイリスがやるのじゃ!」 と、首根っこを摘み上げられながら、ビシッと地面を指差す振々。 「イーちゃん、何やってるのよ‥‥」 そこには甲斐甲斐しく振々の散らかした食べカスを掃除するイリスの姿があった。 「あ‥‥いけませんね。つい、いつもの癖で‥‥」 溜息をつくユリアに、ハッと口元を両手で押さえたイリスはしゅんと項垂れる。 「なんだ? また我儘姫に逆戻りか?」 そんな一行の元へ、空の木樽を肩に担いだ御神村 茉織(ia5355)が現れた。 「む! いい所にきたのじゃ! 振をたすけよ!」 現れた茉織に振々は首根っこを吊られながら、ぎゃぁぎゃぁと喚き散らす。 「って、言ってっけど、どうする?」 そんな振々に苦笑しながら、茉織はユリアに問いかける。 「ダーメ。お行儀の悪い子には、ちゃんとした躾が必要よ」 答えは予想していたものであった。 ユリアは振々を更に高く吊りあげた。 「だそーだ、姫さん。残念ながら俺じゃ力になれねぇわ」 くつくつと含み笑いをこぼしながら振々に謝る茉織。 「むー! 使えぬやつじゃ!!」 そんな茉織に、振々の頬ははち切れんばかりに膨らんだ。 ●荷揚げ場 「煌夜おねえさま、お持ちしましたの!」 活気あふれる唐高の荷揚げ場。 その一角に止められた荷馬車の元へ、大量の氷を背に乗せた『もふらてす』と共にケロリーナ(ib2037)が駆け寄ってきた。 「あら、ありがとう。そこに積んでもらえる?」 そんなケロリーナに答えるのは、煌夜(ia9065)。 荷台の上で、せっせと樽の準備に余念がなかった。 「はいですの☆」 煌夜の言葉に、元気よく返事したケロリーナは、もふらてすの背から氷を下ろすと。 「もふらてす。お疲れさまでしたの☆」 もふらてすの頭をわしゃわしゃと撫でつけた。 「ふぅ――これで準備はいいかしらね」 そんな二人のやり取りをにこやかに見つめる煌夜は、額の汗を拭きとり、荷台に視線を下ろす。 「わわっ! これは何ですの? プール?」 煌夜の視線を追い、荷台の縁に顎を乗せ覗き込むケロリーナ。 そこには、荷台一杯に水が張られていた。 「泳いじゃ駄目よ?」 興味津津に荷台を見つめるケロリーナに、煌夜はくすくすと笑いながら声をかける。 「お、泳がないですのっ!」 と、そんな煌夜の言葉に慌てて反論するケロリーナ。 「そう? ならいいんだけどね。――あーあ、秋刀魚と一緒だったんだけどなぁ」 「さ、さんまさんと一緒‥‥?」 ぼそりと呟いた煌夜の言葉に、ケロリーナはピクリと反応を見せる。 「入りたくなった?」 「は、入らないですのっ!」 「あら、残念ね」 目に見えて分かるケロリーナの葛藤を、煌夜は嬉しそうに眺めた。 「と、あまり冗談ばかり言ってると、折角持ってきてもらった氷が溶けてしまうわね」 「そ、そうですの! もふらてすも頑張りましたの☆」 と、煌夜の言葉に我に返ったケロリーナは、荷台の縁から顎を下ろし氷を見やる。 「じゃ、乗せましょうか。冷たいから気をつけてね」 「はいですの☆」 そして、二人はもふらてすが運んできた氷を荷台へと積み込んだ。 ●町 「何言ってるの? 沢繭のみんなに持って帰るのでしょ?」 「もうよいのじゃ! 振は満足したのじゃ!」 ぷらーんと吊るされながらも、両腕を組みどどーんと無い胸を張る振々。 「あら、我儘はダメよ? 頼重とちゃんと約束したのでしょ? 領主なら約束を破ってはいけないわ」 「うっ‥‥うむむ‥‥」 メッと優しく叱りつけるユリアに、振々はぶぅっと脹れ面。 「茉織、準備の方は?」 「ああ、煌夜とケロリーナがうまくやってくれてるはずだ」 「そ。それじゃ、優羽華と合流して沢繭目指しましょ」 脹れっ面の振々をぷらんぷらんとぶら下げたまま、ユリアは市場を目指した。 「‥‥」 そんな光景をイリスが呆然と見つめる。 「うん? どうした?」 「え、えっと‥‥領主様なのですよね、振々様って‥‥」 「ま、一応な」 呆然と問いかけるイリスに、茉織はくつくつと笑いながら答える。 「ユリアちゃんの行い‥‥あれはいいのでしょうか‥‥?」 「問題無いんじゃねぇか? なんせ姫さんだし」 ついに堪え切れなくなったのか、そう答えた茉織は腹を抱えて笑いだした。 「は、はぁ‥‥」 再び視線をユリア達に向けたイリスは、呆れとも戸惑いともつかぬ溜息を漏らしたのだった。 ●街道 秋の涼風。そして、夏の残り陽。 相反する二つの自然が、一行を優しく包み込む。 「プールじゃなくなってしまいましたの‥‥」 御者台から荷台を見下ろし、ケロリーナが呟いた。 「ぷぅる? それは何どすか?」 そんなケロリーナの呟きに、同じく御者台に座る優羽華がかくりと小首を傾げ問いかける。 「な、何でもないですのっ! こっちの話ですのっ」 しかし、ケロリーナはあわあわと首を振った。 「あれ、そうどすか?」 「はいですの!」 と、御者台に座り直したケロリーナは大事そうに人形を抱き、前方を見やる。 「あ、降りてきましたですの☆」 そして、上空で翼をはためかす二匹の龍を見つけると、嬉しそうに指を指した。 「到着よ」 愛龍『エアリアル』の背に跨るユリアが後ろを振り向きにこりと微笑んだ。 「いかがでした? 空のお散歩は」 と、まるで兄弟の様に寄り添う『シルフィード』の背からもイリスが声をかける。 「うむ! 振は満足なのじゃ!!」 そこには目を輝かせ興奮冷めやらぬ振々の姿。 二匹の飛龍は、それぞれの主人と振々を乗せた空の散策を終え、地上へと舞い戻っていた。 「でも、雲を掴もうとして、手を伸ばした時にはさすがの私も焦ったわよ」 「ふふ、そうね。もう少しで落ちそうだったし。でも元気があっていいじゃない」 溜息をつきつつも嬉しそうに微笑むユリア。そんなユリアを微笑ましく見つめるイリス。 「む‥‥。振はおちぬのじゃ!」 二人の会話に振々は一人ご機嫌斜め。 「まぁ、落ちたら拾えばいいのだしね」 そんな振々に、ユリアはくすくすと笑う。 「そんなユリア‥‥。仮にも領主様なんだから、もう少し丁重に‥‥」 「そうなのじゃ! 振はりょうしゅなのじゃ! 丁寧にあつかわねばばちが当たるのじゃ!」 イリスの援護を受け、振々はにこにこと笑うユリアに対し反撃に出た。 「あら、怖いわ。でも、振ちゃんはいつから神様になったの?」 「むむ‥‥?」 しかし、そんな振々の言葉もユリアにとっては可愛いもの。軽くあしらっていく。 「ユリア‥‥」 「大丈夫よ、イーちゃん。振ちゃんはこんな事でへこたれたりしない強い子だもの」 そんな様子を不安げに見つめるイリスに、ユリアはにこりと微笑んだ。 「強いと言っても、まだ幼子なんだから。もっと他に接し方が‥‥」 「だって私は振ちゃんの先生だもの。っと、少し違うかしら。うーん、ライバルってとこ?」 「ライバルって‥‥」 「だってほら」 と、不安げに呟くイリスに、ユリアはすっと振々を指差す。 「――次はこのてでいくのじゃ。いや、あの手のほうが効果的かもしれぬ――」 振々はぶつぶつと何やら物騒な言葉を呟き続ける。 「い、いいのかしら‥‥」 「いいのいいの」 尚も不安げに振々とユリアを交互に見つめるイリス。 そんなイリスとは対照的に、にこにこと実に楽しそうに微笑むユリアであった。 ●荷馬車 「ちょっと大きくしすぎたかしら‥‥」 もう一台の荷馬車では、煌夜がふぅと溜息をついた。 「しゃーないだろ? 5日間もかかるんだしな」 と、そんな煌夜に茉織が声をかける。 「一台でいければ、護衛も楽だったのに」 茉織の言葉にも、もう一度溜息をついた煌夜はふと荷台を見下ろした。 そこには、普通の樽の倍はあろうかという巨大な樽が5つ。 できるだけ新鮮に運ぼうと思案した結果の産物だった。 「新鮮な秋刀魚を届ける為だ、気にするこたぁない」 「そうかしら」 「ああ――それよりも」 と、茉織はふと煌夜へと視線を向ける。 「なに?」 「えっと、なんだ‥‥。その格好は何だ?」 目のやり場に困るのか、茉織はきょとんと問いかける煌夜の姿から視線を外し問いかけた。 「ああ、これ?」 と、煌夜は徐に自身が纏う衣の裾を摘み上げる。 「‥‥いや、個人の趣味をとやかく言うつもりはねぇが」 「――ふふ、別に趣味じゃないわよ」 ポリポリと頬を掻く茉織に、少し驚きながらも煌夜が答えた。 「お姫様に見せてあげたくてね。ほら、沢繭にはメイドなんていないでしょ?」 「いないたぁおもうが‥‥」 満面の笑みで茉織を見つめる煌夜。 その服装は、ジルベリア式給仕服。メイド姿であった。 「後、ちょっとした悪戯心かな」 呆れるように、そして少し困った様に見つめてくる茉織に、煌夜は再び微笑む。 「‥‥いい趣味してんな」 そんな煌夜に、はぁと溜息をつく茉織。 「お褒めに預かり光栄ですわ、ご主人様」 「ぶっ!?」 「ふふ」 傅く煌夜に、びくりと肩を竦ませる茉織。 二人はそんな他愛もない会話を繰り返しながら、秋の空の元、沢繭を目指し馬車を進ませた。 ●夜 「茉織! 振はほしが欲しいのじゃ!」 「また、突拍子もない頼みだな」 愛龍『風早』の背に跨る茉織が、懐で見上げてくる振々に苦笑い。 「なんじゃ、出来ぬともうすか?」 「へいへい、仰せのままに」 口をへの字に曲げ、見上げてくる振々に、茉織は溜息混じりに頷いた。 「風早、行くぞ! 姫さんにいいとこ見せてやれ!」 と、振々越しに愛龍の顔を見やった茉織が叫ぶ。 「天高くな!」 そして、風早は二人を乗せたまま、天高く舞い上がった。 「折角、この間の事褒めてやろうとしたのによ」 高度を増し、まさに星に手が届きそうな上空。 茉織がふと呟いた。 「む?」 「いや、何でもねぇ。こっちの話だ」 「なんじゃ、変なやつじゃな」 「おいおい、変な奴はないだろ?」 「で、いつ褒めるのじゃ?」 「って、聞いてたんじゃねぇか‥‥」 ちゃっかり聞いていた振々に、茉織は更なる溜息。 「あたりまえじゃ! 振をだれと心得る! 沢繭がりょうしゅ、振々であるぞ!」 と、そんな茉織の仕草が癪に障ったのか、振々が突如暴れ出した。 「おおう! わかったから、暴れんな! 落ちるぞ!」 そんな振々を、茉織は慌てて抱きとめる。 「うむ! わかればよいのじゃ!」 冷える上空で温かい腕に包まれる振々はしてやったり顔。 「ったく、この領主様は‥‥」 まんまと振々の策に嵌った茉織は、頬を引くつかせ満足顔の振々を見下ろした。 「‥‥領主、か」 風早の背で星を見上げる振々。 その姿に別の誰かを重ね、茉織は満天の星空を見上げ呟いたのだった。 ●街道 「優羽華、お願いできる?」 「はい」 街道の脇に止められた荷馬車の上。 煌夜が優羽華に声をかけた。 「ほなら、いきますぇ」 と、こくんと頷いた優羽華は樽を前に、瞳を閉じ。 「お水はんお水はん、あんじょう凍っておくれやす――」 静かに紡がれる言葉と共に、すっと目を開いた優羽華がその突き出した両手に蒼の練気を巡らせていく。 「氷度招来! 嬉気氷々!!」 そして、放たれた蒼の気は巨大な樽を包み込んだ。 「お見事。これで鮮度が保てるわね」 樽に張った水が凍りついた事を確認し、煌夜が満足気に頷く。 「――倚天、こっちもよろしゅう」 と、優羽華が、別の樽に向かう愛龍『倚天』に声をかけた。 「うん? あの子何してるの?」 「ふふ、隠し味どす」 器用に口に咥えた袋を大樽にかざす倚天。 問いかける煌夜に、優羽華はにこりと袋に詰めた粉を差し出した。 「‥‥これって、塩?」 差し出された粉をぺろりと一口舐めとった煌夜。 「ご名答どす」 そんな煌夜に、優羽華はにこりと微笑む。 「聞いた事があるわ。氷に塩を振りかければ長持ちするって」 「私の巫術だけどしたら、さすがに沢繭まで持ちませんさかい。ちょっと、隠し味どす」 「なるほどね。これも巫女さんの知恵ってやつ?」 「いえいえ、ただ単に秋刀魚も海の魚やさかい、お塩かけて上げたら、海の水みたいになって長持ちするかも? って思っただけどすぇ」 「あら、意外と単純な理由だったのね」 「世の中、意外と単純にできとるものです」 「ふふ、そうかも」 二人は大樽を見つめながら、くすくすと微笑んだのだった。 ●夕方 「さぁ、振姫様、お食事の御準備が整いましたわ」 フリフリのスカートの裾を摘み上げ、丁寧に傅く煌夜が振々の前に夕食を優雅に並べていく。 「わわ、めいどさんですの☆」 そんな煌夜の姿振る舞いに、ケロリーナが目を輝かせた。 「めいどさん? なんじゃそれは?」 「あっれ? 振々ちゃんはめいどさんをしらないんですの?」 「む。し、しっておる!」 きょとんと顔を覗きこんでくるケロリーナに、振々はむきになって反論する。 「メイドとはジルベリアの給仕の事を指すのですよ。天儀では丁稚や給仕婦がそれに当たるでしょうか」 そんな振々にくすりと微笑んだ煌夜が懇切丁寧に説明した。 「だから、知っておるのじゃ!」 「これは失礼いたしました」 更にむきになって反論する振々に、煌夜はぺこりと頭を下げる 「振々ちゃんのおうちにもめいどさんが沢山いるですの?」 「と、とうぜんじゃ!」 言葉を詰まらせながらも、威勢良く胸を張る振々。 「ケロリーナのおうちにもたくさんいましたのっ。一緒で嬉しいですの☆」 そんな振々に、ケロリーナは表情を輝かせぱちんと手を叩く。 「あら、ケロリーナ様はお嬢様でらっしゃるのですね。通りで高貴な雰囲気が漂っていると思いましたわ」 と、はしゃぐケロリーナに煌夜はにこりと微笑んだ。 「そうなのかな? あまり考えた事無かったですの☆」 「ええ、立ち振る舞いに優雅さがにじみ出ていますもの」 と、褒める煌夜に向けケロリーナは立ち上がり、スカートの裾を摘み上げると優雅にお辞儀した。 「とてもお綺麗ですよ」 「えへへ、褒められてしまいましたの☆」 「‥‥」 二人の会話をムスッとした表情で眺める振々。 「あ、これは失礼いたしました」 取り残されていた振々に気付いた煌夜が、慌てて首を垂れる。 「わわっ、振々ちゃんも、とってもゆうがですの☆」 「‥‥」 慌てて取り繕う煌夜とケロリーナにも、振々はむすっと表情を曇らせたまま。 「そうですわ。頼重様にも勧めて上げられてはいかがです?」 そんな時、煌夜がふと話題を変えようと提案した。 「え? 煌夜おねぇさま‥‥?」 きょとんと自分を見上げてくるケロリーナに、煌夜はそっとウインク一つ。 「ふむ‥‥?」 「ジルベリアではメイドは一般的ですけど、天儀ではそうではありません。もし振々様がメイドを連れておられると噂になれば――」 苦し紛れともとれる煌夜の提案。 「ほう! それは名案なのじゃ!」 しかし、そんな提案に振々は、ノリノリで食いついた。 「きっとお似合いになりますわ。従者としての格が上がってしまうかもしれませんね」 「ほほう! それはぜひ着せなばなるまい!」 「はい、きっとお気に召していただけますわ」 野望に燃える振々を眺め、煌夜は満足気に微笑んだ。 哀れ、頼重の運命やいかに――。 ●夜 「――」 「――」 月夜に照らし出される二つの影がただ何をする事無く、じっと佇んでいた。 「やるわね」 辺りに立ちこめる凛とした空気。 二つに影は互いを見据え、そして空気を読む。 「ユリアこそ」 二つの影が発する言葉には、緊張の色が見え隠れしていた。 「そこじゃ! やってしまうのじゃ!!」 二人の対決を振々は、優羽華の胸に抱かれながら拳を振り上げ観戦していた。 「お二人とも、気合入っておすなぁ」 食い入るように二人の戦いを見つめる振々の頭をそっと撫でながら、優羽華も感心したように眺める。 「まさに、いっせきにちょう、ですの☆」 緊張感漂う二人の空気に、遠巻きに見つめるケロリーナもギュッと拳を握りハラハラと落ち着かない。 「それを言うなら、一触即発だろ」 そんなケロリーナの頭にポンと手を置き、茉織が苦笑する。 「えっと‥‥そうでしたの☆ えへへ」 頭を撫でられ照れたように笑うケロリーナを、茉織も微笑ましく見下ろした。 「もう、そろそろかしら?」 大地に寝そべる愛騎『レグルス』の懐に抱かれ、二人を見つめていた煌夜が呟く。 「ああ、動くな」 煌夜の言葉に茉織が答える。 そして、一行の視線は再び、動かぬ二人へと。 「まったく、訓練にはならないわね」 野次馬の歓声に、苦笑いのユリアはふぅと溜息をつく。 「ええ、そうね」 そんなユリアに、イリスも釣られるようにくすくすと笑みをこぼした。 「そろそろ行くわよ――どれ程腕を上げたか、試させてもらうわ!」 突如、ユリアが動く。 戦槍を構えると、身を低く屈めイリスに向け突っ込んだ。 「さすがのスピードね」 一瞬にして詰まる距離。 しかし、イリスはその距離を冷静に見据える。 「でも!」 そして、手に持つ刀に瞬時に練気を纏わせた。 「遅いわ!」 キーン――。 辺りに響く甲高い金属音。 そして、弾ける蒼と桜の覇気。 「どう!」 ユリアが突き出した戦槍を、イリスが振り下ろした刀が押し止める。 「一撃に全てをかけすぎよ、イーちゃん」 しかし、ユリアはイリスに向け一瞬微笑むと、受け止められた戦槍から両手を離した。 「なっ!」 突如無くなる手応え。その瞬間、イリスに一瞬の隙が生まれる。 「二の手、三の手は常に用意しておくものよ」 背に隠した刀をすらりと抜き放ち、ユリアは一瞬にしてイリスの喉元へ突き立てた。 「はぁ、負けてしまいましたわ」 「今日はたまたまよ。いつもこううまくは行かないでしょ?」 剣を納めた二人は、先の戦いを振り返る様に言葉を交わす。 ぱちぱちっ! 「あら」 「そう言えば」 きょとんと向き合う二人。 そして、二人は送られる惜しみない拍手に、揃って首を垂れたのだった。 |