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■オープニング本文 ●実果月港 建設、水揚げ、運搬、搬出。 活気に満ちる港の様子を、領主代行遼華は嬉しそうに見つめていた。 「以上で視察は終了です」 そんな遼華の脇で、台帳に目を落していた穏が顔を上げる。 「はいっ。ありがとうございましたっ!」 「では、残りは屋敷に帰ってから纏めましょうか」 深々と首を垂れた遼華を、穏はいつものと変わらぬ落ち着いた表情で見つめた。 「はいっ! じゃ、伯父様に少しお土産でも――」 「代行殿、少しいいか」 と、視察を終え帰り支度を始めた遼華に声がかかる。 「あ、悦さん。いつもご苦労様ですっ」 遼華は支度の手を止め、現れた男に深々と首を垂れる。 そこには、この実果月港の整備を一任された悦が立っていた。 「悦か。いつも御苦労だな」 「いや、これが私に与えられた任務。気にしないでほしい」 日々の努力を労う穏に、悦は静かに首を振る。 「えっと、何か御用でしたか?」 そんな悦に遼華が再度声をかけた。 「ああ、少し相談したい事があるのだが‥‥」 と、言い淀む悦はちらりと穏を見やる。 「では、私は先に失礼しよう」 悦の無言の訴えを理解したのか、穏は一人その場を去る。 「はいっ。お疲れさまでしたっ」 去り行く穏に遼華は再び大きく首を垂れた。 「えっと、お話ってなんでしょう? 実果月港の事です?」 「‥‥」 悦は去り行く穏をじっと見つめたまま、返事をしない。 「? 悦さん?」 「‥‥ああ、すまない。少し見てもらいたい物がある。こちらに来てもらえるか」 と、返事も待たず悦は港の奥へと足を向けた。 「はいっ」 そして、遼華は悦の後を何の疑いも無く付いていった。 ●翌日 「なに‥‥?」 丁稚の報告に、穏はぴくりと眉を顰めた。 「それは本当か?」 「はい‥‥昨日からお姿が見えません」 と、丁稚はおろおろと落ち着きなく話す。 丁稚の話。 それは、領主代行遼華の事であった。 「どこかへ行かれたのか? いや、昨日悦と‥‥」 と、そんな丁稚を見つめながら、穏は昨日の行動を反芻する。 遼華、帰らず――。 その報告に、穏は何か嫌な胸騒ぎを覚えた。 「わかった。領主殿に報告しておく」 「はい、お願いします‥‥」 丁稚の不安を紛らわせるためか、穏は殊更平常通りに答える。 「気にせずともよい。大方港にでも泊られたのだろう」 「そ、そうですか‥‥」 「うむ。さぁ、代行殿が戻られたら、湯あみでもされるだろう。準備をしておいてくれ」 「は、はいっ」 穏の言葉に、丁稚ははっと顔を上げ、そして、大きく首を垂れた。 そして、迷いを振り切る様に部屋を後にしたのだった。 「どういうことだ‥‥」 丁稚に去った執務室で、穏は一人呟いたのだった。 ●実果月港 「なんだこれは!」 普段は温厚な穏が珍しく声を荒げる。 「き、昨日からこの有様で‥‥」 と、穏の脇に控える従者が恐る恐る答えた。 二人が立つのは、地上と実果月港を結ぶ唯一の通路。 深く長い石積みの階段の入口、がある筈であった。 「詳しく話せ」 階段であったものをじっと見つめ、穏が低く呟く。 実果月港へと続く唯一の通路は、見るも無残に瓦礫の下敷きとなっていたのだ。 「お、一昨日は確かに行き来ができました。ですが、昨日の朝にはすでにこの状態で‥‥」 「中の悦はどうした! それに水夫たちは!」 「そ、それが一向に連絡が取れず‥‥」 「ここが使えぬなら、海から入ればよかろう!」 「そう思い近隣の村へ船の接収に向かったのですが‥‥近隣の漁村の船は全て何者かに破壊されていて‥‥」 「なにっ!?」 打つ手打つ手が全て潰されていく。 穏は険しくなる表情を隠しもせず、従者を睨みつけた。 「とにかく人を集め、この瓦礫を取り除け! 一刻も早くだ!」 「は、はいっ!」 従者は穏の元から逃げる様にその場を後にした。 「まさか、悦が‥‥」 完全に塞がれた入口を見下ろし、穏が呟く。 旧知の者の顔を思い浮かべ、穏はギリッと唇を噛んだのだった。 ●領主室 「領主殿、失礼しますぞ!」 ノックもそこそこに、領主室の扉が開かれる。 「領主殿、少し相談――居られぬのか?」 しかし、その部屋に主の姿はなかった。 「こんな時にどこへ行かれた‥‥」 くるりと部屋を見渡しながら、穏が呟く。その声には焦りとも見える色が浮かんでいた。 「くっ‥‥」 そして、穏は部屋を後にする。 その焦りに部屋の隅で立った小さな物音にも気付かずに。 ●実果月港 ピチョン――。 水滴が頬を打つ。 ピチョン――。 「う‥‥うっ‥‥」 滴が頬を伝うのがわかった。 「‥‥」 瞼を開けたい。 いつもは無意識で開く瞼が、今はとても重い。 開いて。 強く望む。 「ここは‥‥」 なんとか開いた瞼。 でも、何も見えない。 「いつっ‥‥」 身体の半身が酷く痛む。 瞳を開けてもなお、真っ暗な世界が自分を包む中、確かに感じるのはこの痛みだけ。 「目が覚めたか」 突然、真っ暗な世界に木霊す男の声。 「悦‥‥さん?」 それはいつも聞き知った声。 思わず名を呼んでいた。 「しばらく大人しくしてもらう」 淡々と語る口調は何時もの事。 でも、今は少し違う。なんだか――冷たい。 「ど、どういう事――」 なんとか絞り出した声。 どれほど言葉を発していなかったのだろう、少し喋っただけで喉が痛い。 「あの方が来るまでの辛抱だ」 「‥‥っ!」 冷たく紡がれる声に、身が強張ったのがわかった。 悦さんが『あの方』なんて呼ぶのは、一人しかいない。 そう、あの人しか――。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
色 愛(ib3722)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●岬 濃い霧が立ち込める霧ヶ咲島の南端。 大洋へ突き出した岬を、灯台が放つ明りが霧空をぼんやりと照らしていた。 「どこにあるのかしらね」 幻想的にさえ映る早朝の霧に抱かれ、艶めかしい女性の声が聞こえる。 「ここが灯台だとすると‥‥」 一人、朝の岬を散策するように歩く人影、色 愛(ib3722)は瞳だけを動かし辺りを伺った。 「あの辺りにあるかしらね」 ふと立ち止まった愛は灯台脇の石積みに目をつける。 「さて、お仕事お仕事」 獣の勘が告げるのだろうか、愛はその一点に向け迷いなく歩みを進めた。 ●地上出入口 「運び出せ!」 叫びにも似た壮年の男の声が辺りに響く。 「‥‥どうか無事で」 額に汗を滲ませ懸命に瓦礫を退ける水夫達を眺め、壮年の男『穏』はギリッと唇を噛む。 「入口が見えました!!」 その時、一人の水夫から嬉々とした声が上がった。 「どこだ!」 水夫の報告に、一目散にその場に駆け寄った穏が目にしたのは、廃屋の瓦礫の下に小さく顔を覗かせる港への出入り口。 「こ、これは‥‥」 しかし、その光景に穏は呻く様に言葉を吐き出した。 「お久しぶりね。と、呑気に挨拶をしている場合ではなさそうだけれど」 そこに現れたのは、赤髪を靡かせる嵩山 薫(ia1747)。 穏の見据える港への出入り口、であった物を覗き込んだ。 「どうやら、通す気はなさそうだな」 その横では酒々井 統真(ia0893)がしゃがみ込み、瓦礫の一欠片を取り上げる。 「とにかく、退かせ! 何としてもこの道を復旧させろ!」 そんな二人に目もくれず、穏は再び水夫達に檄を飛ばした。 「で、薫。どうする?」 懸命な復旧作業に従事する水夫達を遠巻きに眺め、統真は薫に問いかけた。 「統真さんも見たでしょう? あの階段の惨状」 「ああ、言っちゃ悪いが、このまま作業続けても、開通するまで何日かかるかわからねぇな」 「ええ‥‥まったく、用意周到ね。階段まで全て土砂で埋めているなんて」 怒号飛び交う作業現場を睨みつけるながら、二人は言葉を交わす。 徐々にその姿を取り戻す出入り口から見えた物。それはまるで崩落事故かと思わせるほど凄惨な、港への階段の姿であった。 「やっぱ、海が本命か」 と、統真はふぅと溜息交じりに呟く。 「ここがこの状況なのだから、そう考えるのが妥当でしょうね」 「だが、俺達はここにいると」 「あら、統真さんはこういうのお好きでしょ?」 「そりゃどういう意味だよ」 「そのままの意味だけれど?」 「‥‥まったく、人使いの荒いお師匠様だぜ」 「弟子の成長を見守るのも、上に立つ者の役目ですもの」 「成長ねぇ‥‥ま、師匠のご期待には答えねぇとな」 「ええ、頼りにしているわ」 二人は復旧現場を眺めたまま微かに口元を釣り上げる。そして、静かに一歩を踏み出したのだった。 ●屋敷 「邪魔するぜ」 返事の無い部屋へ、御神村 茉織(ia5355)は遠慮なしに足を踏み入れた。 「‥‥やっぱ、無人か」 くるりと部屋を見渡した茉織。 そこには何時もの散らかった部屋が、そのままの姿で残っていた。 「一週間も、一体どこへ行ったんだ‥‥この大変な時によ‥‥」 呟きながらも茉織は部屋を慎重に伺いながら進む。 「‥‥うん?」 と、部屋を歩く茉織の目に不自然なある物が飛び込んできた。 「‥‥これは」 茉織の視線がその一点に釘付けとなる。 「まさか‥‥血か?」 そこには、床に残された小さく黒ずんだシミが三つ。 赤黒く変色したそれは、まるで血痕のようでもあった。 「‥‥そんなに古いもんじゃねぇな」 床のシミにすっと指を添わせる茉織は。 「不幸は連鎖する、ってか‥‥?」 手に残る微かな感触に、ギリッと唇を噛んだ。 「ちっ‥‥」 小さな舌打と共に茉織が立ち上がる。 「悦、お前の半年はこんな事の為にあったってのかよ‥‥」 誰にも届かない小さな小さな声。 茉織は吐き捨てる様に言葉を残し、部屋を後にした。 ●漁村 「よろしくお願いしますっ!」 ぺこりと頭を下げる石動 神音(ib2662)。 「ああ、こちらも代行様の身が心配だからな。精一杯やらせてもらうよ」 そんな神音に向け、豪快に微笑むのは一人の漁師だった。 「はいっ! 遼華おねーさんは必ず神音達が助け出して見せますっ!」 顔を上げた神音は漁師に、決意の笑みを向ける。 「久しぶりの再会と期待していたのに‥‥ね」 横では、自分達が乗るであろう小舟に手を触れながら、神咲 六花(ia8361)が呟いた。 「大丈夫だよ、六花おにーさん! 神音達が必ず助け出すんだからっ!」 そんな六花に神音がグッと拳を握り言葉をかける。 「そうだね。その為に僕達は呼ばれたんだったね」 「うん、そういう事っ! きっと冷たくて暗い部屋で、遼華おねーさんは寂しがってるよっ!」 「それはいけないね。早く出してあげないと」 「うんっ!」 太陽の様な笑顔を向けてくる神音に、沈んでいた六花の表情もつられる様に明るいものとなる。 「それに、託された想いもあるからね」 「想い?」 ふと呟いた六花の言葉に、神音はかくりと小首を傾げ問いかける。 「ああ、紅竜だよ」 「あっ! そうだよね、今回は裏方に回ってくれた紅竜おにーさんの為にも、必ず助け出そうねっ!」 「うん。彼も随分と心配しているからね。――お嬢、もう少し待っててね」 そうして二人は、準備していた道具を小舟へと運びいれる作業を再開した。 ●砂浜 「――なるほど」 浜に置かれた簡易の机を睨みつけ、各務原 義視(ia4917)は水夫の話にじっと耳を傾けていた。 「他に、気になる所はありませんでしたか?」 机に広げられた図面を指差す水夫に、義視は更に問いかける。 「他にと言われてもなぁ‥‥」 「ねぇ、ここ‥‥」 と、困り顔の水夫の横で、じっと地図に目を凝らしていた天河 ふしぎ(ia1037)が、ある一点を指差した。 「ここは‥‥」 その指につられる様に視線を落した義視は、その微細な違いに気付く。 「ねぇ、水夫さん。ここは何なのかな?」 「ここ‥‥いや、何もなかったような‥‥」 ふしぎに問いかけられた水夫は、地図を眺めじっと考え込んだ。 「何も無い? おかしいですね。確か港湾計画書の段階では鍾乳石林があったはずですが」 と、義視が口元に扇子を当て地図を交互に眺める。 「‥‥うん、やっぱり少し違う」 「微細な違いですが、怪しいですね‥‥」 じっと地図の一点を眺める二人。 「ちなみに、石林を切り開くような作業はありましたか?」 と、顔を上げた義視が水夫に問いかける。 「ああ、あったぞ。ってか、そこら中でやってたからなぁ‥‥」 「そうなんだ‥‥じゃ、ここじゃないのかな‥‥」 水夫の言葉に、しゅんと肩を落とすふしぎ。 「いえ、そう決めつけるのは早計でしょう。現に『地図に無い場所』があるんです」 「そ、そうだよね」 「ええ、目的の一つとして捜索するには十分な理由になりますよ」 「うんっ! そうと決まれば、早速準備に取り掛からなくちゃっ!」 と、ふしぎは小舟で準備を進める仲間達に視線を送る 「ええ、言わば敵地へと乗り込む訳ですから、事前準備はしてもしすぎる事はありません」 「だよねっ! じゃ、僕は二人の手伝いをしてくるねっ」 そして、ふしぎは小舟へと向け駆けだした。 残った義視。 「どうかご無事で‥‥」 机から視線を上げ、港の方角へ向けた義視は、小さく小さく呟いたのだった。 ●夕刻 「石ころの分際で、でかい図体晒してんじゃねぇ!!」 鋼拳が唸りを上げる。 気迫のこもった一撃が、港へと続く階段を塞ぐ巨石に打ち下ろされた。 「どうだっ!」 砕け散り、まさに石ころと化した巨石を前に、統真が拳に付いた破片を振り払う。 「お見事」 そんな統真の横で、小さく拍手を送る薫。 「でも、少し息が上がっているのではない?」 「そう言うなら、もう少し手伝ってくれてもいいんじゃねぇか?」 そんな薫の言葉に、統真はどっと疲れた様に肩を落とし、薫の方へ視線を向けた。 「あら、そうは言うけれど、運動に糖分は不可欠よ?」 統真の冷ややかな視線に、薫は手に持った羊羹の一欠をひょいと口へ放り込む。 「何でもいいけどよ‥‥なんで羊羹なんだよ」 「これ? お土産にと思って持って来たのよ。統真さんもお一ついかが?」 呆れる統真に、薫は羊羹を一欠、串に指すと統真の口元へ。 「ば、ばか野郎っ! そんなことしてる暇はねぇだろっ!!」 口元に突きつけられた羊羹。そして、薫の温かい笑顔。 統真は頬を赤らめながら、一瞬にして後退した。 「あら、私の羊羹では不満かしら?」 そんな統真の仕草に、薫は不満を口にするも、その顔は実に楽しそうである。 「か、からかうんじゃねぇ! 俺達はそんなことする為に来たんじゃねぇだろうがっ!!」 距離を置いた統真は、そんな薫に向けビシッと拳を突き出し抵抗した。 「そんなに叫んでいると、崩れるわよ?」 と、くすくすと笑う薫は、すっと天井を指差す。 「うぐっ‥‥!」 薫の指差した天井からは、パラパラと砂が舞落ちる。 統真は、思わず自分の口を手で押さえた。 「なんてね。統真さんの咆哮で崩れるようなら、さっきの衝撃でとっくに崩れているわ」 「ぐぐっ‥‥」 「さて、糖分も補給した事だし、私も頑張ろうかしら」 「‥‥はぁぁ。頼むぜ、お師匠さんよ」 「ええ、任せておきなさい」 そして、二人は束の間の休息を終え、再び目の前に立ち塞がる石壁へと向き直った。 ●夜 霧はすっかりと晴れ、天を万の星々が支配する。 そんな穏やかな夜。 「いい潮だ。これならいける」 船頭を務める漁師が呟いた。 「できる限り迅速に侵入しましょう。待ち伏せの可能性もありますから」 と、そんな漁師へ向け義視が声をかける。 「潮に乗るぞ。しっかり掴まってろよ」 小さく頷いた漁師は握る櫂に力を込め、一行に声をかけた。 「い、いよいよだねっ!」 漁師の言葉に、神音はやや緊張気味に表情を引き締める。 「何が待っているのか、楽しみね。上では何も見つけられなかったし」 と、そんな神音を愛は楽しそうに見つめながらも、ふぅと溜息混じりに肩を落とした。 「あまり舐めない方がいいよ。中に何がいるかわからないから」 妖艶に微笑む愛に向け、六花が諭すように言葉をかける。 「わかっているわ。ちょっとした冗談よ」 そんな、六花に愛はペロッと舌を出し答えた。 「まさかこんな形で、この港に帰ってくるとは思わなかったよ‥‥」 「ふしぎ、感傷に浸っている暇はないよ」 と、洞窟の入口を見つめ呟くふしぎに、義視が声をかけた。 「うん、そうだね。行こうっ!」 義視の言葉に、こくんと頷いたふしぎ。 一行を乗せた船は、潮に乗り港への侵入を開始した。 ●陸側出入口 「急げ!」 昼夜を問わず進められる瓦礫の撤去作業。 従事する水夫達にも疲労の色が見え隠れしていた。 「状況はどうだ?」 そんな作業現場を指揮する穏の元に茉織が現れる。 「先の二人のおかげで随分と捗ってはいるが‥‥」 茉織の問いかけにも、穏は固い表情を崩さない。 「‥‥この様子だと、まだまだ、か」 「ああ‥‥階段全てが瓦礫に埋まっているようだ」 「‥‥用意周到ってか、なんてぇか‥‥」 苦汁をなめる様に交わす言葉に、二人は無意識のうちに拳を握っていた。 「さて、俺も手伝うか」 「いいのか? 他にすべき事があるのではないか?」 「遼華を救うこと以外に、優先する事なんてねぇよ」 「‥‥そうか、すまぬが頼む」 「ああ、任せときな」 そう呟いて、腕を捲った茉織は先の二人が待つ階段の奥へと下っていった。 ●湾 しんと静まり返った洞窟内に人の気配はなく、ただ数本の篝火が仄かに辺りを照らしていた。 「どうやら、陸組も頑張ってくれているようですね」 時折響く遠雷にも似た轟音。 それが反響し、無人の洞窟内は更に不気味さを増していた。 「それにしても‥‥誰もいないわね」 船の縁から岸を見やる愛が呟いた。 「‥‥うん、いない」 そんな愛の呟きに、今まで瞳を閉じていた六花が目を開け答える。 「暗視と人魂で見つけられないっていう事は‥‥」 「陸組の陽動が成功している、と考えたいですね‥‥」 口元に手を当て考え込む神音の言葉を、義視が継いだ。 「‥‥いたっ!」 その時、ふしぎがカッと瞳を開く。 「どこ!」 ふしぎの声に、六花はその視線を追う様に洞窟の奥へと視線を移した。 「あの小屋! 多分人だと思う。沢山いるよっ!」 と、ふしぎが指差したのは港の一角に設けられた小屋。 「沢山という事は、水夫や行商人達の可能性が高いですね」 その小屋を見据え、義視が呟く。 「助けないとっ!」 「焦らないで。囮かもしれない」 ふしぎの言葉に、急く神音を義視が冷静に宥めた。 「船頭さん! あの小屋の近くに船をつけれるっ?」 しかし、ふしぎは小屋を指差したまま、漁師へと声をかける。 「ああ、やってみよう」 その言葉に漁師はこくんと頷いた。 「じゃ、私はここで降りるわね。まだ罠がないと決まったわけじゃないし」 と、舳先を小屋へと向けた船上で、そう呟いた愛は徐に脚を水面へと下ろす。 「あ、愛おねーさん、神音も行きますっ!」 水面に静かに脚を下ろした愛に向け、神音がはいっと手を上げた。 「ええ、一緒に行きましょう」 そんな神音の手を取る愛は水面に脚を下ろしたまま、神音の身体を抱きとめる。 「じゃ、行くわ。そちらもくれぐれも用心してね」 「わかった。お互い頑張ろう」 神音を抱いたまま、音もなく水面を移動する愛を、六花が見送った。 「‥‥では、我々は一先ず小屋へ向かいます。いいですね?」 義視の言葉に、残った一行はこくんと頷いたのだった。 ●港 「早くっ!」 港へと降り立ったふしぎは、早足に小屋へと向かった。 「ふしぎ! 一人で行くのは危ない!」 そんなふしぎを義視が止める。 「大丈夫! 心眼には何も映ってないからっ! それに、遼華がいるかもしれないっ!」 と、一瞬振り返ったふしぎは、再び小屋へ向け駆けだした。 「行こう。人魂も何も見つけていない。一先ず安全だと思うよ」 駆けていく後ろ姿に叫ぶ義視の肩を、六花がグッと握る。 「‥‥仕方ありませんね」 一瞬の沈黙ののち、義視が頷く。 その言葉に焦りを滲ませながら。 「行ってしまったわね」 小屋へと急ぐ三人を見つめ愛が呟いた。 「みんな、焦りすぎだよっ!」 「ふふ、あなたもね」 隣で屈伸運動を繰り返す神音を、愛は微笑ましく見つめる。 「それにしても不気味ね」 と、神音から視線を外し、洞窟を見渡す愛が呟いた。 「不気味?」 「静かすぎるとは思わない?」 見上げ問いかけてくる神音に、愛は逆に問いかける。 「そういえば‥‥」 神音も合わせる様に、くるりと洞窟を見渡した。 時折響く轟音以外、まるで無音の世界。二人が見渡す洞窟を、篝火の炎が不気味に照らし出していた。 「とは言っても、こちらから動かなければ始まらないわね。行きましょう」 「うんっ! じゃ、神音は。あの船を確保しておくねっ! 逃げられたらいやだもんっ!」 と、港に停泊する小型船を神音が指差す。 「ええ、よろしくね」 「うんっ!」 そんな神音に、愛も笑顔で答えた。 「‥‥さて、私も行こうかしら」 駆け足で船へと向かう神音を見送り、愛は三人の後を追い歩きだした。 ●階段 「――はぁはぁ」 「‥‥ふぅ、どうしたの統真さん、息が上がっているわよ」 「そう言うお師匠さんこそ、額に汗してるぜ」 割った岩、砕いた瓦礫はいくつだろう。 泰拳士の師弟は立ち塞がる壁の尽くを粉砕し、階段の中腹まで辿りついていた。 「お勤め御苦労さんっと」 そんな二人の後ろから声がかかる。 「あら、ずいぶん遅いお出ましね。夕食の時間はとっくに過ぎてるわよ?」 くるりと後ろを振り返った薫が、変わらぬ口調で現れた茉織に声をかけた。 「おっと、そりゃ残念」 「なんか解ったのか?」 両手を掲げ残念そうに肩を落とす茉織に、統真が問いかける。 「わかった――いや、わからねぇ」 「どっちだよ」 歯切れ悪く答える茉織に、統真は不機嫌そうに問いなおした。 「現状は解った。だけどな――」 そんな統真に、茉織は歯切れ悪く言葉を紡ぐ。 「目的が解らない。といった所かしら?」 と、茉織の言葉を薫が補った。 「ああ、あいつとは腐れ縁だがよ‥‥今回ばかりは、何考えてやがるかわからねぇ‥‥一体、遼華を攫って何をしようってんだ」 薫の言葉に頷いた茉織は、苦々しく呟くと無意識に拳を握る。 「領主代行にとって代わる――なんて、単純な理由であれば、こちらもやりやすいのだけれどね」 「攫って、成り替わりか? そんな単純思考の小物なら、ここまでしねぇだろ」 と、統真は階段を塞ぐ瓦礫の山に目をやった。 意図的に崩された洞窟。そして、崩れた岩を補強するかのように複雑に積まれた材木。 「何が何でもここは通さねぇ、って崩し方だしな」 そんな統真の視線を追い、茉織も階段を塞ぐ瓦礫を睨みつける。 「とにかく、これを砕ききらない事には、陽動にもならないでしょう?」 「だな。さて、もういっちょキバるか!」 鋼手甲に付いた埃を払い落し、統真がすっと立ち上がった。 「さすがに俺じゃ砕けねぇから、搬出の方を手伝うぜ」 「ええ、助かるわ」 積まれた砂山を指す茉織に、薫が答える。 「行くぜ!」 「ええ!」 そして、泰拳士の二人は再び瓦礫の山へと拳を向けた。 ●小屋 カチリ――。 小さな金属音が洞窟に響く。 「‥‥開いたわよ」 外した南京錠を器用に指で回しながら愛が、一行へと振り向いた。 「ふしぎ、中の状況は?」 「‥‥変わりなし」 義視の問いかけに、ふしぎが短く答える。 「窓でもあれば中の様子が調べられるんだけど‥‥」 と、その横で六花が呟いた。 「無い物強請りをしていても仕方ないでしょう。皆さん――」 そんな六花の言葉に答えた義視は、一行へと向き直り。 「行きますっ!」 蹴り飛ばす様に戸を開けた。 「皆、大丈夫っ!」 狭い部屋に押し込められた、何人もの人。 その全てに入念に猿ぐつわをされ、後ろ手を縄で縛られ転がされていた。 「随分、いい趣味してるじゃない‥‥」 その光景に、流石の愛も表情を顰める。 「しっかりするんだ!」 床に転がる女性を抱き起こし、声をかける六花。 「んーんー‥‥!」 抱き起こされた女性は、六花の姿に必死で何かを告げようとする。 「神咲さん、猿ぐつわを外してください。何か話したがっています」 「うん」 義視の言葉に、女性に噛まされた猿ぐつわに手をかけた六花は一気に取り去った。 「貴方達、代行さんの友達だろ!?」 開口一番、縋る様な視線と共に女性が叫ぶ。 「そうだけど‥‥?」 「早くしないと、代行さんが‥‥!」 答えた六花に向け、女性は更に口調を荒げ訴えかけた。 「‥‥落ち着いて。――はい、これを飲んで」 と、六花は女性に水筒を手渡す。 「は、はい‥‥」 優しく微笑みかける六花の笑顔に安心したのか、女性は一呼吸ののち、差し出された水筒を受け取った。 「ふしぎ、色さん、他の方の開放をお願いします」 「う、うんっ!」 顔を上げた義視の言葉に、頷いたふしぎ。 女性の言葉が気になるのか、ちらちらとその言動を伺いつつも、他の者の救出に向かう。 「はいは〜い」 一方、愛は慣れた手つきで縄に手をかけ、解いていった。 ● 「‥‥あ、あなたはっ!」 「ここに気付く者がいたか」 「‥‥っ! りょ、遼華おねーさんを返してっ!」 「それは出来ない相談だ」 「どうして!?」 「‥‥答える義務はない」 「こ、答えなくても力尽くで‥‥っ!」 「勝機の無い勝負はやめておけ」 「そ、そんな事やってみなくちゃわから――っ!?」 「悦、僕がやるよ」 「あ、あなたは誰なのっ‥‥!?」 「‥‥ご随意に」 「ひっ‥‥!」 ●港 『きゃぁぁぁっ!!』 突如、洞窟にけたたましいまでの悲鳴が反響する。 「何事です!」 小屋にまで木霊す悲鳴に、義視がハッと顔を上げた。 「あの声は、神音!」 その悲鳴に、六花は先んじて駆けだす。 「六花! 一人じゃ危ないっ!!」 続き、ふしぎも六花を追い駆けだした。 「くっ、裏をかかれましたか‥‥!」 小さくなる二人の姿を目で追い、義視はギッと唇を噛む。 「‥‥本命は小型船ってわけね」 珍しく表情を歪ませる愛も、吐き捨てる様に呟いた。 ●階段 「っ! 今のはっ!?」 巨石を前に息を整えていた統真の耳に、悲鳴が届く。 「‥‥統真さん、急ぐわよ」 時を同じくして、薫が真剣な表情で統真に声をかけた。 「おうっ!」 答える統真。残る練力を再び拳に込める。 「もう港まですぐだ。二人とも頼む!」 砕かれた石の除去を指揮していた茉織が、二人に向かい叫んだ。 「言われるまでもなくっ!」 茉織の声を背に受け、薫もまた拳に練力を漲らせていく。 「統真さん、合わせられる?」 「人を見て物を言ったらどうだ?」 「まぁ、頼もしい弟子だ事」 「言ってろ」 軽口を叩き合いながらも、二人は練力をその全身に廻らせ。 「行くわよ――」 向かうは港の入口を塞ぐ、最後の巨石。 「嵩山流内家破砕法――」 スッと瞳を閉じた薫は、拳を開き一指を突き出した。 「砕けなさい!」 叫びと共にカッと目を見開く薫。 『天つ!』 放たれる深紅の闘気は、目にも止まらぬ速さで、立ち塞がる巨石に五芒点を穿つ。 「行くぜっ!」 そして、紅跡を追う統真の視線。 「風穴開けてやるっ!!」 右手に込められる一切の気は、金色の闘気を纏う。 『災散っ!!』 統真が渾身の気迫を込め、五芒を刻んだ巨石の中心を打ち抜いた。 「開いたっ!!」 茉織が叫ぶ。 泰拳士二人の合撃により、最後の巨石は塵と化した。 「茉織、先に行けっ!」 開かれた洞窟の先を指し、統真が叫ぶ。 「お前らはどうすんだよっ!」 「行きなさい‥‥っ! 少し休んだら、私達も行くから」 掠れかける声で薫が叫ぶ。 二人の拳から滲む血が、その壮絶な戦いの後を如実に物語っていた。 「すまねぇ‥‥!」 そう言葉を吐き出した茉織は、二人の言葉を振りきる様に洞窟の闇へと身を躍らせた。 「‥‥ふぅ、土木業でも開業しようかしら」 「ははっ。悪くねぇな」 階段に腰を下ろした二人は、闇に溶けた茉織の姿をじっと見つめたのだった。 ●港 「うぅ‥‥」 「神音!」 小さく呻き声を上げる神音の身体を抱き起こし、ふしぎが名を呼ぶ。 「っ!? ひ、酷い‥‥!」 手に伝わるべっとりとした感触に、ふしぎは悲鳴にも似た声を上げた。 「待っていろ。今治す!」 苦痛に歪む神音の傍に膝をつく六花が、懐から符を取り出した。 「もう誰も死なせはしない‥‥っ!」 声に悲哀を滲ませながら、符に送られる六花の練力。 「彼の者の傷、修復せんっ!」 気迫のこもった声と共に、六花が神音の身体に符を張りつけた。 『懺罪清癒!!』 六花の叫びと共に、広がる温かな感触。 符が巻き起こす熱は神音を優しく包んでいった。 「石動様‥‥大丈夫なの?」 そこに現れた愛が、心配そうに問いかける。 「ひとまずは‥‥」 神音に練力を送りこんだ六花が答えた。 そして、一行が見つめる中、神音の息遣いは次第に穏やかなものとなっていった。 「大丈夫かっ!」 「茉織っ!」 駆け寄ってくる足音に、ふしぎが顔を上げた。 「ひでぇ‥‥誰にやられた!」 六花の治癒で一命こそ取りとめたものの、今だ予断を許さない神音を見下ろし、茉織が呟く。 「解らない‥‥私達が来た時には、すでにこの状態で」 と、答える義視の声にも悔しさが滲む。 「一体どうやったら、志体の身体をこんなに‥‥」 ふしぎが神音の手をぎゅっと握る。 神音の身体に無数に刻まれた切り傷。一般人とは比べ物にならないほど強靭な肉体を誇る開拓者の身体が、無残に裂かれているのだ。 「許さないわ‥‥」 神音に付けられた傷跡をすっとなぞり、愛が呟く。 その時――。 茉織の聴覚が弦の音を捉えた。 「‥‥まさか、こんな形で会うなんてな」 「え‥‥?」 呟き立ちあがった茉織を、六花が不思議そうに見上げる。 「弓‥‥」 茉織の隣。愛もその弦の音に立ちあがっていた。 「ああ、奴だ」 そんな愛に答える茉織は、視線を海へと向けた。 ●桟橋 「全てのモノを喰らい尽くせ、白狐!」 義視の叫びと共に現れる、真っ白な巨狐。 予備動作のまったくない状態からの不意打ちが、人影に襲いかかる。 ヒュン――。 「っ!?」 しかし、人影を目前にした白狐は、放たれた矢に脳天を貫かれ瘴気へと戻る。 「‥‥遠距離戦で弓術師に勝てるなどと、思わない方がいい」 ようやく言葉を口にした人影。 その声は、心津に足を運んだ事のある者にとっては、懐かしいものであった。 「悦‥‥!」 苦々しく呟く六花。 キッと海に浮かぶように佇む人影を睨みつけた。 「貴方が悦様ですか。随分と好き勝手やってくれているわね‥‥」 六花の言葉に、愛は人影の名を知る。 桟橋の先に佇み、弓をこちらに向ける弓術師の名を。 「流石ですね。だが、一人で何ができるというのです。大人しく代行殿を返してもらえれば、悪い様にはしません」 白狐を打ち取られた義視。しかし、毅然と悦に望む。 「‥‥何を焦っている。らしくないな」 「何を‥‥っ!」 悦の挑発ともとれる言葉。しかし、義視は思わず声を上げる。心の奥底に揺らめく僅かな焦りを見透かされて。 「悪いが、時間切れだ」 と、そんな一行を無感情に見つめ、悦が天に向け矢を構え。 ヒュン――。 そして、放った。 放たれた矢は中空で弧を描き、そのまま地上へ。 「何のつもりだ‥‥?」 その不可思議な行動に、六花が問いかけた。 「‥‥」 ぷつっ――。 小さな物音。 「‥‥っ! 係留綱かっ!」 その悦の行動を、茉織の瞳は克明にとらえる。 地上へと舞い戻った矢は、小型船を桟橋へと固定していた係留綱を断ち斬っていた。 「遼華っ!!」 そんな時、ふしぎが突如声を上げる。 ふしぎが見上げる先、そこには船首に浮かぶ二つの人影があった。 「代行殿! ――なっ!?」 ふしぎの声に、義視も船首へ視線を送る。 そして、その光景に固まった。 「‥‥」 まるで生気の感じられない視線で一行を見下ろす、遼華とは別の人影。 「田丸麿‥‥っ!」 六花が船首を睨みつける。力無くへたり込む遼華の隣の人影に向け。 「そんな‥‥あの時、倒されたって‥‥」 六花の言葉にふしぎが信じられないものでも見るように、呆然と船首の人物を見やった。 「まだ遼華を狙ってやがったのか‥‥」 茉織もまた、その声に焦りをにじませる。 「貴方の事は知らないけど、殺気は見せびらかすものじゃなくてよ‥‥」 辺りを支配する無言の殺気。 平静を装う愛であったが、棍を握る手には汗が滲んでいた。 「余所見するとは余裕だな」 突然現れた遼華、そして田丸麿に目を奪われていた一行に向け、悦が矢を放った。 「ぐっ!」 その矢は、船首に注意を奪われていた義視の肩に、深々と刺さる。 「遼華を返せぇぇ!」 「よせ、ふしぎ!」 弓は矢を放ち隙を見せた悦に向け、ふしぎが吠える。 そして、矢を受けた義視の制止を振り切り、桟橋を駆け出した。 「‥‥もう少し用心深い人物かと思っていたが」 と、向かい来るふしぎに向け、悦が再び弓を構える。 「桜姫招来!!」 しかし、ふしぎは止まらない。 矢面に立ちながらも駆け続け、巨刀に緋桜の気を漲らせていく。 「無駄だ」 そんなふしぎに向け、悦が矢を放った。 「それがどうしたぁ!!」 しかし、ふしぎは巨刀をまるで木の枝でも振るかの如くなぎ払い、矢を弾き落とす。 「負の連鎖、この場で立ち斬ってみせるっ!」 「用心が足らないと言った」 しかし、悦は次矢を使える事無く、だらりと両手を下ろす。 「その余裕が命取りだっ! 焔・桜・剣『十五――」 と、そんな悦に向けふしぎが渾身の一刀を振り下ろした、その時――。 ドゥンっ!! 突如、ふしぎの背後で巻き起こる強烈な爆発。 「なっ!?」 ふしぎが撃ち落とした矢が上げた突然の爆風に、ふしぎは巨刀もろとも海へ吹き飛ばされた。 「死鬼家弓技――」 濛々と立ち込める爆煙。 そんな中、一人冷静に煙の向うにいる人影を捉える者があった。 「虚黒の舞――」 小さく呟いた愛。 瞬時に持ち替えた弓から、漆黒の矢を爆風に向け解き放った。 キン――。 「なっ!?」 「‥‥無駄だ」 金属音と呟き。 爆煙が晴れた桟橋の先には、愛の放った無音の矢を撃ち落とした悦が変わることなく佇んでいた。 「悦」 「はっ」 そして、船首からの声。 悦は短く答えると、出航を始めた船に飛び乗った。 「逃がさないわよっ!」 悦を乗せ桟橋を離れ行く船を追い、愛が水面に脚を下ろす。 「やめろ、色っ! 一人で向かうな!」 そんな愛を、茉織が制した。 「何を言うのっ! 敵が逃げるのよっ!?」 「駄目です、貴女では勝てない‥‥」 制す茉織に激昂する愛。 そんな愛に向け、ギリッと唇を噛む義視が、拳を大地に打ち付け苦々しく呟いた。 「皆して一体なんだって言うの! これじゃみすみす連れ去られるだけじゃない!」 「‥‥色。その想いはみんな一緒なんだ‥‥」 そんな愛に向け、六花が呟く。悔しさに唇から血を滲ませながら。 「もぉ!」 総出の制止。 愛は歯がゆさに一度水面を蹴り叩くと、その歩みを止めた。 ● 「皆、どうし――」 出航し行く小型船を見つめる一行の元へ、統真と薫が駆け付けた。 「遅かったってのか‥‥!」 皆が向ける視線の先。そこに佇む遼華の姿を確認した統真は、ガツンと大地に拳を打ちつける。 「‥‥折角の再会が台無しね」 最早追いつく手段はここにはない。 薫は血に塗れた拳をグッと握り、吐き出すように呟いた。 宝珠の力を借り、徐々に速度を上げる小型船。 船尾からこちらを見下ろす悦を、一行は鋭い視線で睨みつける。 「待っていろ‥‥」 誰が呟いたのか。 その呟きは、まるで一行を嘲笑うかのように港を出る船に向け放たれたのだった――。 |