画布に記す虚像
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/20 17:44



■オープニング本文

●此隅
 豪華絢爛な屋敷が立ち並ぶ一角。
 その一つから、一人の男が出てくる。
「‥‥」
「よ、大先生。どうだった?」
 門から出てきた男に、友が声をかけた。
「‥‥」
 しかし、男は無言で友の横をすり抜け、街中へと向かう。
「おいおい、無視はないだろ?」
 そんな男の肩を掴み、友は呆れた様に引き留める。
「‥‥」
 肩を掴まれ立ち止った男は、まるで睨みつける様に恨めしい視線を友に送る。
「えらく御機嫌斜めだ事で」
「‥‥」
「おいおい、一体どうしたって言うんだよ。本気で機嫌悪いな」
 睨みつけるだけで一向に言葉を発しない友、源太郎に、いつもと違う何かを感じ取り、彦次は心配そうに声をかける。
「――描けとさ」
「は? なんて?」
 ようやく口にした源太郎の言葉。
 しかし、その言葉は小さくほとんど聴きとる事が出来ない。彦次は、懸命に聞き取ろうと耳を源太郎の口元に近づける。
「‥‥アヤカシさんとの対決シーンを描け、とさ!」
 と、怒りに震える源太郎は叫び、あからさまに嫌悪の眼差しを屋敷に向けた。
「うるせぇよ!?」
 耳元で発せられたいきなりの叫び。彦次は思わず源太郎を殴りつける。
「ぐふっ‥‥いい拳だ‥‥」
 友の拳の感触を頬で感じながら、源太郎はゆっくりと地に落ちた――。

「おーい、源太郎せんせー。生きてるかー?」
「はっ!?」
 大通りで大の字を描く源太郎を呆れる眼差しで見下ろす彦次の声に、源太郎ははっと目を覚ます。
「おー、生きてたか。よかったよかった」
 棒読みでありきたりなセリフを吐いた彦次は、源太郎にすっと手を差し出した。
「お、わりぃな。‥‥俺、こんな所で何してるんだ?」
 その手を取り源太郎が立ち上がると、はてと小首を傾げる。
「あそこのお屋敷のボンボンに仕事貰ったんだろ?」
 と、何故か若干記憶の飛んだ源太郎に、彦次は背後の屋敷を指差した。
「‥‥おー! そうだった!」
 彦次に指された屋敷を眺め、源太郎がポンと拳を打つ。
「で、受けたんだろ?」
「‥‥」
「まただんまりか?」
「‥‥あんなバカ息子描く気になれねぇんだよ‥‥」
 と、諦めかけた彦次に、源太郎はぼそりと呟いた。
「おいおい、仕事選んでる場合じゃないだろ? お前、何日飯食ってないんだよ」
 そんな源太郎の姿を彦次は改めて見やる。
 以前の筋骨隆々であった頃の源太郎の姿はすっかり形を顰めていた。
「そもそも、お前が金貸してくれれば、こんな仕事受けなくてよかったんだ!」
 と、心配そうに見つめる彦次を、恨めしそうに睨みつける源太郎。
「‥‥はぁ!? なんでお前に金貸さなきゃなんないんだ!? そもそも、今まで貸した金、返してから言えよ!!」
 しかし、彦次は源太郎の理不尽な怒りに、顔を真っ赤に反論した。
「‥‥‥‥さぁ、お仕事お仕事!」
 と、源太郎は口笛なんぞ吹きながら、彦次の元を足早に去ろうとする。
「で、報酬は結構な額なんだろ?」
 そんな源太郎の背に、彦次がぼそっと語りかけた。
「うん? まぁそれなりにはな‥‥」
「じゃ、問題無いんじゃないか? また開拓者に協力してもらえばいいだろ。それならお前の創作意欲も湧くんじゃないのか?」
「おいおい、相手は氏族のボンボンだぞ? 開拓者がどう協力‥‥協力‥‥そうか、協力か!!」
 何気に呟いた彦次の提案に、源太郎は思考を巡らし、何かに行きついた。
「そうだ、開拓者に戦わせればいいんだな! そうだ、その手があったぜ!!」
「おいおい、氏族のボンボンはどうする気だよ」
 と、無駄に燃える源太郎に、彦次が冷静に突っ込む。
「そんなもんは、なるようになる!」
 そんな彦次の親切にも、源太郎はきっぱりと言い切った。
「まぁ、描くのはお前だし、好きにすればいいけど‥‥下手に氏族ともめるなよ‥‥?」
「はっ! そんな間抜けはしねぇぜ!」
「‥‥どうだか」
 意気揚々と画廊へと戻る源太郎を、彦次は不安げに見詰めたのだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
巳斗(ia0966
14歳・男・志
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
喪越(ia1670
33歳・男・陰
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
和紗・彼方(ia9767
16歳・女・シ


■リプレイ本文

●此隅
「わぁ‥‥おっきいお屋敷」
 此隅の一角。これでもかと絢爛を誇る屋敷の前で、和沙・彼方(ia9767)が感嘆の声を上げた。
「‥‥」
 そんな彼方の後ろでむすっと顔を顰めながら屋敷を眺める一人の男。
「あ、あれ? 源太郎さん御機嫌ななめ?」
 源太郎の負の気配に、彼方は冷や冷やと問いかけた。
「‥‥」
 しかし、源太郎は屋敷の門を睨みつけたまま無言。
「源太郎さん、よっぽど大変な仕事なんですか‥‥?」
 と、そんな源太郎の顔を巳斗(ia0966)が心配そうに覗き込む。
「気分がすぐれない時は甘味がいいんですよ? これ、よかったらどうぞっ」
 そして、巳斗は源太郎にそっと饅頭を手渡す。
「嬢ちゃん‥‥お前ぇの優しさが身にしみるぜ‥‥」
 源太郎は巳斗の差し出した手を握り、その瞳をじっと見つめた。
「で、ですから、ボクは男ですっ!?」
 慌てて否定する巳斗。握られた手を振りほどこうともがく。
「巳斗さんって、やっぱり‥‥」
 源太郎に熱い視線を送られる巳斗を眺めながら、アーニャ・ベルマン(ia5465)は深く頷いた。
「アーニャさんまで!?」
「男の子にしては、綺麗な顔してると思ってたんですよね〜」
「ア、アーニャさん、お顔が近いですっ!?」
 と、振り向いた巳斗をまじまじと見つめるアーニャに、巳斗は頬を赤らめ慌てふためいた。
「ふーん、巳斗くんってそうなんだ。ボクと反対だね」
 そして、アーニャと同じく何故か嬉しそうに詰め寄る彼方。
「彼方さんまで!?」
「このほっぺの具合とか、赤ちゃんみたいだよねっ」
「うんうん、大きな瞳も魅力的ですよね〜」
「おおぉ! お前ぇらわかるじゃねぇか!」
 巳斗を取り囲み何故か意気投合する三人。
「ち、違いますからっ! 喪越先生からも言ってくださいっ!」
 慌てふためく巳斗は佇む一人の男に助けを求めた。
「‥‥みったん。お前ぇさんに一つ言っておく事がある」
 巳斗に縋られる男、喪越(ia1670)は真剣な眼差しを巳斗へ向け。
「え?」
「‥‥そのポジション、代わって」
 切実な願いを告げた。
「喪越先生っ!?」
 巳斗の待遇に指を咥え潤んだ瞳を向ける喪越。
「いいなぁいいなぁ‥‥みったんだけ○○、いいなぁ‥‥」
「○○って何ですかっ?!」

「‥‥不安になってきた」
「羅喉丸さん、お主もか‥‥」
 繰り広げられるやり取りを見つめる二人。
 羅喉丸(ia0347)と紬 柳斎(ia1231)は、眉間に指を当て頭痛に堪えていた。
「しかし、見れば見るほど悪趣味‥‥いや、豪華な屋敷であるな」
「ああ、道楽でアヤカシ退治しようなんて奴だ、余程の世間知らずなのだろう」
「‥‥世間知らず、か」
 と、羅喉丸の言葉を柳斎が反芻する。
「うん? どうかしたか?」
「い、いや。何でもない。少し昔を思い出しただけだ」
「昔とは?」
 不思議そうに問いかる羅喉丸。
 一方の柳斎はしまったと口を噤む。

 と、その時。鈍い音と共に閉ざされた門が開いた。

「待たせたでおじゃる」
 無駄にでかい門から現れたのは是貞家の御曹司蟹之丞であった。
「う、うわ‥‥」
 現れた是貞の姿に、彼方が一歩身を引いた。
「す、すごい装備?ですね〜‥‥」
 同じくアーニャもヒクヒクと頬が引きつる。
「一体何を討伐する気であろうか‥‥」
「これはなかなかに骨が折れそうだな」
 柳斎、羅喉丸、熟練の戦士である二人から見ても、それは一種異様ないでたちであった。
 くどいまでの朱塗りの甲冑。豪奢を通り越して邪魔ではないかと思える装飾過多な兜。そして、総金箔張りな矛。
 とても実践的な装備とは思えぬ煌びやかな物であった。
「随分と冴えない連中を連れておじゃるな」
 と、是貞は一行を見渡し、眉を顰める。
「おいっ! 言いすぎだ――むぐっ」
 そんな是貞の嫌味に源太郎が喰いついたのを柳斎が口を噤んで制した。
「辛抱されよ」
 口を塞がれもがもがともがく源太郎に、柳斎がそっと囁く。
「ここで騒ぎを起こしても誰も得しない」
 と、羅喉丸もまた源太郎の前に立ち塞がり、そっと呟いた。
「見た目と同じで、嫌な感じ‥‥」
「あまりお近付きにはなりたくない方ですね〜」
 源太郎達の後ろでは、彼方とアーニャがそっと陰口中。
「なんでおじゃる、その目は――」
 対峙する一行と是貞達。一触即発の不穏な空気が流れる中。

「貴方様が是貞様!」
 突如喪越が前へ躍り出た。
「なんじゃ、この汚らしい奴は」
「お褒めに預かり光栄でござりまする! 我が名は喪越。是貞様の忠実なる下僕でございます!」
 怪訝な表情を向ける是貞に、喪越は手をすりすり。渾身のゴマをする。
「ほぉう、下僕とな? それは面白い。よい、同行を許可するのでおじゃる」
「ははっ! ありがたき幸せ!!」
 へこへこと頭を下げる喪越に気分を良くしたのか、是貞はすんなりと同行を許した。

「うわ、受け入れられちゃった‥‥」
「これも人心掌握術、なのでしょうか〜?」
「そんなに大層なものとは思えないが‥‥」
「さすが喪越先生ですっ!」
「こういう事をさせたら右に出る者は居らぬな‥‥」

「行くぞ、ついてまいれ!」
 喪越の機転により、同行を許された一行は、是貞の後を追いアヤカシの住まう沼へと向かった。

●沼
「おっと! 是貞様、草履がお汚れにぃぃ!」
 ずざぁっと頭から滑り込み、是貞の草履に付いた泥をふき取る喪越。
「ほう、よく気のきく奴じゃ」
 そんな喪越の態度に、是貞は上機嫌。

 一行は沼へと到着していた。

「すまないが。少し準備運動をさせて貰う」
 と、沼を見渡す一行に向け羅喉丸が呟くと、目に見えるのではないかという程の練力の高まりが、羅喉丸を包む。
「はっ!」
 そして、羅喉丸は大地に向け脚を振り下ろした。
 瞬間、猛烈な衝撃波を伴い砂塵が是貞達を襲う。
「何事でおじゃる!?」
 あまりの衝撃にあからさまにうろたえる是貞達。
「すまない。これから熾烈な戦いが待っている。幾度となく衝撃がそちらに向かうかもしれない。十分に気をつけてくれ」
 慌てふためく是貞に、羅喉丸はキッと鋭い視線を向けた。
「是貞さん、是貞さん」
「うん?」
 その時、是貞の鎧を巳斗がくいっと引く。
「先鋒は僕達にお任せくださいっ! 貴方には後方で戦況を見ていただき、隙を伺ってもらえればっ!」
「な、何を言う! 麿がやらいでどうする!」
 しかし、巳斗の優しさに是貞は見栄丸出しの威勢を張る。
「でも、アヤカシは毒を使うみたいですし、僕達には解毒できる人がいないので、とっても危険ですよ?」
 と、そんな是貞に彼方がぼそりと呟いた。
「ど、毒‥‥?」
 彼方の言葉に是貞の威勢が一気に萎える。
「ですので、これを使ってください〜」
 そして、腰の引けた是貞にアーニャが弓を手渡した。
「弓?」
「わぁ、やっぱりお似合いです〜」
 訳もわからず差し出された弓を受け取る是貞を、アーニャは褒め称える。
「う、うむ? そ、そうでおじゃるか?」
「後ろから、バシッと決めちゃうのもきっとかっこいいですから〜!」
「う、うむ、弓も悪くないのでおじゃるな」
「ですです〜」
 にこりと微笑む蒼瞳の笑顔に、是貞は言葉を詰まらせ頷いた。

「さてと、一先ず邪魔は入らなさそうだな。行くか」
 三人の誘導により後方へと下がった是貞を眺め、羅喉丸が呟く。
「うむ、敵も現れたようであるしな」
 と、沼を睨む柳斎が告げる。
 そこには、沼からのそりと現れたアヤカシの姿があった。

●開戦
「けっこうおっきいね」
 現れたアヤカシを見つめ、彼方が呟く。
「背の刺に毒がある。各々心してかかられよ」
 と、先頭で巨刀を構える柳斎が皆に声をかけた。
「でやがったな、世を脅かすアヤカシめっ!」
 そんな柳斎の横では、喪越が意気揚々と大げさに棍を回す。
「是貞坊ちゃまの為、この喪越が成敗してくれるわっ!!」
 そして、回転を止めた棍を、大地へと突き立て――。

 ペキ――。

「‥‥」
 最早、言葉も出ない。
 突き立てた棍は、喪越の足の甲を見事に捉えていた。
「も、喪越先生、大丈夫‥‥ですか?」
 仁王立ちしたまま動かなくなった喪越を、心配そうに覗き込む巳斗。
「へへへ、平気だってばよ‥‥っ!」
 そんな巳斗に、喪越は精一杯の笑顔を投げかける。
 止めどなく垂れ流す冷や汗をキラリと光らせながら。

「も、喪越さん‥‥貴公の犠牲は無駄にせんっ!」
 喪越の失態を庇う様に、柳斎が涙を拭うフリで悲劇に見たて演出する。
「羅喉丸さん!」
 そして、隣で拳を構える羅喉丸へと声をかけた。
「おう!」
 柳斎の声に羅喉丸が答える。
 そして、二人はアヤカシへ向け駆けだした。


 砂煙が晴れる。
「なっ‥‥! かわしただと!?」
 羅喉丸渾身の一撃は、アヤカシを掠め大地を抉った。
「うっ!」
 必殺の一撃も当たらねば隙を生む。
 アヤカシは隙だらけの羅喉丸へとその巨体をのそりと向けた。
「お前の相手は拙者だ!!」
 その時、けたたましい咆哮が辺りに響く。
「羅喉丸さん、今のうちに退かれよ!」
 咆哮につられるアヤカシに、向かうのは柳斎。
「すまない!」
 柳斎の挑発に、羅喉丸は大きく飛び退いた。
「貴様に見切れるか――柳斎が名を継ぐ我の刃を!」
 アヤカシと真正面に向き合う柳斎は、ゆらりと巨刀を構える。

「幻刃――無明!」

 振り下ろされた刃は無数の幻と化す。
 数多の刃が、向かい来るアヤカシに向け襲いかかった。

「どうだ! ‥‥っ!?」
 幻刃に霞む前方を見やり、柳斎が叫ぶ。
 しかし、目の前から無数の刃影を掻い潜り、無傷のアヤカシが現れた。
「柳斎殿、一旦退こう!」
「くっ‥‥!」
 柳斎の攻撃が徒労に終わったのを確認して、羅喉丸が叫ぶ。

 距離をとる二人。
「まともに当てられないというのは、これほど疲れるものなのか‥‥」
「演技とは分かっていても、腑に落ちないな‥‥」
 アヤカシに道を開ける形で退いた二人がぼそぼそと呟いた。

 前衛二人を突破したアヤカシは、そのまま是貞を護る後衛へと向けて歩を進める。
「是貞様! 前衛が突破されました!」
 是貞達を庇うように立ち塞がるアーニャが悲痛な面持ちで声を上げた。
「えぇい! 不甲斐ないでおじゃる! 麿が――」
 そんなアーニャの越しに戦況を眺めていた是貞は、手渡された弓を握りアヤカシへと。

「皆、危ないっ!」

 その時、突然の煙幕が辺りを覆い尽くした。
「な、何事でおじゃる!?」
 辺りを包む煙幕に、是貞はあからさまな動揺を見せた。
「今のうちに下がって!!」
 続く声は、樹上から。

「とーっっ!!」

 そして、晴れる煙幕。
 そこには、両腕を腰に当てアヤカシの正面にドーンと立ち塞がる彼方の姿があった。
「まだ是貞様の出番じゃないよっ!」
 腕を腰に当てたまま、彼方は後ろを振り向きぱちりとウインク一つ。
「彼方さん!」
 アーニャと同じく是貞を護る巳斗が、彼方の姿に表情を明るくする。
「ここはボクに任せて!」
 再びアヤカシへと振り向いた彼方は
「そのトゲトゲさえなかったら、怖くないんだからねっ!」
 そう言うと、彼方は懐から何本もの苦無を取り出し。
「ひっさつーー! 乱舞・雷炎瀑布!!」
 一気にアヤカシへ向け投げつけた。

 雷閃を纏いアヤカシに襲いかかった苦無は、着弾と共に大きく破裂する。
『ぐぎゃぁ!!』
 背で弾ける苦無の爆風に、刺をへし折られるアヤカシは苦悶の叫びを上げた。

「刺が無くなりゃこっちのもんだ!」
 ただの巨大な蜥蜴となり下がったアヤカシに、喪越がまさかの体当り。
「なま物の分際で、是貞様にたてつこぉたぁ、いい度胸だぜ!」
 そして、喪越はよろめくアヤカシの太い首に手を回したかと思うと、そのまま締め上げにかかる。
「皆の衆ぅ! 今だ! 俺の屍を越えて行けぇ!!」
 もがくアヤカシと泥まみれになりながら格闘する喪越は、キリッと決意の表情を皆へ向けた。

「アーニャさん! 今が好機です!」
 喪越が押さえつけるアヤカシへ向け、巳斗が弓を構える。
「はいっ!」
 アーニャもまた矢を番えた。
「是貞さん、出番ですっ!」
「一緒にアヤカシに止めをさしましょう!」
 そして、二人は背後でうずうずと出番を待ちわびる是貞に声をかける。
「ようやく主役の出番でおじゃるな!」
 二人に促されるまま、是貞も弓を獲った。
 そして、三人は喪越と泥試合を演じるアヤカシへ向け、一列に並ぶと。
「折角ですからかっこよく決めましょうっ!」
「声を合わせてくださいね〜」
「任せるのでおじゃる!」
「行きますっ!」
 矢先をアヤカシへと向けた。
『三位弓合!』
 射手達の声が合わさる。。
『必殺――三連・爆参華!!』
 放たれる三本の矢は、炎気を纏いアヤカシ目掛け赤道を刻んだ。

『ぐぎゃぁぁっ!?』

 突き刺さる二本の矢。
 その瞬間、赤矢は炎を上げアヤカシの身を焼いた。

「む! 麿の矢はどこじゃ!」
 しかし、是貞の矢だけは明後日の方向へ。是貞は再び矢を番える。
「これでもくらうのじゃ!」
 そして、幾度となくアヤカシに向け矢を放ち続けた。

「わわ‥‥是貞さん、下手すぎです‥‥」
 まるで当たる気配すら見せない矢の行方に巳斗が途方に暮れた。
「ええい! 弓では埒が明かぬ!」
 何度放っても明後日の方向へ飛んでいく矢に、是貞の不満はついに爆発。
「是貞様!?」
 アーニャの制止も聞かず、是貞は自らの矛を手に取るとアヤカシへ向け突撃した。
「成敗! でおじゃる!」
 是貞が自慢の矛を振り下ろ――。

 パキン――。

『あ‥‥』

 ひらひらと宙を舞う金刃。
 是貞の振り下ろした矛は、見事なまでに真っ二つに割れた。

「最後まで締まらないな」
 と、羅喉丸が跳ぶ。
「中空崩脚『落下閃』! ‥‥とでも名付けるか」
 中空で半身を翻した羅喉丸は、宙に漂う金刃を渾身の力を持って蹴り下ろした。

『ぎゃぁぁ!』

 羅喉丸が蹴り落とした白刃の欠片は、見事にアヤカシの頭を捉える。
「是貞殿、お手を拝借!」
 もがき苦しむアヤカシを前に、柳斎が自らの刀に是貞の手を添えさせた。
「いきますぞ!」
「うむ!」
 巨刀を握る二人は、瀕死のアヤカシに向け刀を振りおろす。
「必殺! 超絶無敵蟹之丞剣!」
 なんとも締まらぬ掛け声と共に、是貞は柳斎の力を借り、見事アヤカシの首を断ち斬ったのだった。


「源太郎さん、いい絵取れましたか?」
 倒れたアヤカシを前に、アーニャが源太郎の手元を覗きこむ。
「わぁ、一杯描いたんですね〜。すごい、人物はちゃんと変えて描いてるんだ‥‥」
 そこには、一行が繰り広げた熱い戦いが、何枚もの紙に克明に記されていた。
「さすが玄人絵師さん。私も見習わなく――源太郎さん‥‥?」
 しきりに感心するアーニャ。しかし、当の源太郎は筆を握りわなわなと震える。
「どうかしましたか‥‥?」
 心配そうに見つめるアーニャに、源太郎は。
「お前ら最高だぁぁ!!」
 拳を突き上げ高らかに叫んだのだった。

 この大活劇は、その後数カ月を経て畳10畳にもなる大壁画として完成された。『是武大蜥伐之図』と銘打たれたこの壁画は、末永く是貞家の家宝とされたのだった。