【黎明】紫毒の水球
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/06 19:41



■オープニング本文

●回穴
「おや、こんな所に旅人とは珍しいな」
 ふらりと町の入口にあらわれた人影に、猟帰りの狩人が声をかけた。
「‥‥」
 しかし、人影は狩人の声に反応する事無く、そのまま村へと足を踏み入れる。
「うん? なんだ愛想の無い奴だな」
 すたすたと村の中へと歩いて行く人影を狩人は、不思議そうに眺めた。

●回穴

 コンコン――。

「開いてるよ」
 戸を叩く音に老婆が答える。

 ぎぃ――。

「‥‥」
「うん? どなただい?」
 開かれた引き戸から顔を覗かせるのは、深紫のローブにすっぽりと身を包んだ人影であった。
「‥‥」
「旅の人かい? まぁ、そんな所でなんだから、お入り」
 呼びかけになにも答えない人影に、老婆は優しく語りかける。
「‥‥」
 しかし、人影はまるで動こうとせず、目深にかぶったフードを少しだけ上げ、部屋の中を覗きこんだ。
「どうしたんだい? なんにも無い所だけど、お茶くらいは出すよ」
 と、動かぬ人影に優しく微笑む老婆は囲炉裏にかけてあった釜を外し、茶を淹れる。
「そうだ、あんた名前は?」
 茶の用意をしながら、入口の人影を伺う老婆は、何気なくそう問いかけた。
『‥‥亜螺架』
 問いかけにぼそりと答える声。
「なんだい、ちゃんと話せるんじゃない――」

 バタンっ。

 人影はそれだけを呟くと再び戸を閉めた。
「な、なんだい‥‥?」
 あまりに不可思議な人影の行動に、老婆は後を追う様に戸を開け、外に踏み出す。
 しかし、そこには先程まで立っていたはずの人影が、霧の様に消えていた。

●夜
「あれ? お月様が二つ‥‥?」
 村娘が上空を見上げ呟いた。
「何言ってるんだ。月が二つもあるわけない――っ!?」
 そんな娘の隣で同じく空を見上げた青年が、その光景に息を飲んだ。
「な、なんだあれ‥‥」
 そこには、月に並ぶように空を漂う巨大な球体。
「気味の悪い色‥‥」
 月の光を浴び、キラキラと光を反射する球体はまるで付きのようにも見える。ただ、その色を除いて。
「と、とにかくみんなに知らせないと!」
「う、うん!」
 この空の異変に、二人はバッと立ち上がり村への帰路を急いだ。

●森
「な、なんだこれは!?」
 いつもの様に森に狩りにでた狩人が、目の前に広がる凄惨な光景に絶句する。
 そこは――死の森。
 動物達の白骨が転がり、草木は溶け爛れ、大地からも紫煙を上げる。まさに地獄絵図であった。
「一体何が‥‥」

 ジュー‥‥。

「っ!?」
 まるで煮えたぎった油をひっくり返したような音。
 狩人は突然の音に、狩人が辺りを伺う。
「雨‥‥?」
 晴天の雨。
 この不可思議な現象に狩人は空を見上げた。
「昨日のあいつ等の報告はこれか!?」
 そこには昨夜、村の若い二人が血相を変え告げた例の球体がふわふわと浮いていた。

●セレイナ
 大空を行く白銀の船。
「で、今回の依頼はなんだっけかな?」
船首に立ち彼方を眺める黎明が、くるりと後ろを振り向き副長のレダに声をかけた。
「さっき依頼書渡したでしょ‥‥。理穴の村に現れた正体不明の物体の調査よ」
 黎明の問いかけに、深く溜息をつきながらレダが答える。
「あー、そうだったそうだった。なんでも、新しい大陸が見つかったんだっけ?」
「‥‥人の話聞いてる?」
 うんうんと感心したように頷く黎明に、レダは指で眉間を押さえながら声を絞り出した。
「もちろんだ、レダ。俺がお前の言葉を聞き逃す訳が無いだろ?」
 頭痛を堪えるレダに向け。黎明、渾身の悩殺スマイル。
「それから、現地で開拓者と合流するわ」
 そんな黎明は完全無視。レダは依頼書を片手に更に語る。
「うん? 俺達だけでやるんじゃないの?」
「もぉ、本当に読んでないのね‥‥」
「えへ☆」
 嘆息するレダに、黎明は可愛く舌を出し照れる。
「‥‥」
「‥‥え、えへ☆」
「‥‥」
「‥‥ゴメンナサイ」
 じとーっと不機嫌そうに見上げるレダの視線に、黎明が屈した。
「はぁ‥‥。今回の目標は今まで見た事無い様なアヤカシらしいわ。だから開拓者と協力して、調査、討伐するの」
「ほほぉ! 王朝も太っ腹だな!」
「‥‥私達だけじゃできないって思われてる証拠でしょ?」
「おおぅ‥‥」
 ズバッと言い放ったレダの言葉に、黎明はズーンと四肢を着いて悲愴に暮れる。
「とにかく、それほどやばい相手だってこと。気を引き締めていきましょう」
 そんな黎明を無視し、レダは他の乗組員へと声をかけたのだった。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
井伊 貴政(ia0213
22歳・男・サ
玉櫛・静音(ia0872
20歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔


■リプレイ本文

●回穴
 空を覆う黒雲に、一行の気持ちも自然と沈んだものになっていった。
「またでやがったか‥‥」
 漆黒の先にある敵に思いを巡らせながら、風雅 哲心(ia0135)が呟いた。
「また、ですか? 以前にも件の様なアヤカシがあったので?」
 と、そんな哲心に玉櫛・静音(ia0872)が興味深気に尋ねる。
「ああ、前に似たようなのとやり合った。あんときは不覚を取ったが、今回は必ず止めてやる」
 静音の問いかけに、哲心は力強く答えた。
「‥‥ですね。必ずや」
 そんな哲心に静音は静かに頷き返したのだった。

●セレイナ
「へぇ、白銀の船か。随分と洒落た趣味じゃねぇの」
 寒村に不釣り合いな白銀の船体を見上げ、鬼灯 仄(ia1257)が呟く。
「うん。『セレイナ』って言うんだ。空賊『崑崙』の船だよ」
 と、仄の横でセレイナを見上げていた天河 ふしぎ(ia1037)が嬉しそうに説明を始めた。
「さて、レダさんはどこかな?」
 一方、赤き鎧を纏う井伊 貴政(ia0213)はセレイナの甲板を伺い、そわそわと落ち着かない。

「やぁ、あんた達よく来たな」
 そんな三人の姿を見つけ、甲板から黎明が声をかける。
「船尾に入口があるから、あがってきて」
 と、その横で副長のレダが笑顔で船尾を指差した。

「レダさんお久しぶりです。今上がるから待っててくださいね」
 レダの姿に、貴政は大きく手を振り、船尾へと急ぐ。
「へぇ、赤髪の美人さんか。悪くねぇな」
 と、そんなレダに仄は感嘆の声を上げた。
「おっと、レダさんは僕が先に目をつけたんですからね。横取りは無しで頼みますよ?」
 レダに興味を示した仄が気になるのか、貴政が先んじて釘を刺しにかかる。
「それはお相手さん次第だろ?」
「‥‥ふーん、まぁいいでしょう。悪いけど負けないですよ?」
「おぅおぅ、その勝負乗ってやるぜ」
 と、船尾へ向かう二人は笑顔で火花を散らした。

●上空
「ボレア、慎重に近づいてください」
 相棒の『ボレア』に跨る朽葉・生(ib2229)が、空の先を睨みつける。
 そこには、紫毒の水球がゆらりと漂っていた。
「大きい‥‥」
 速度を速めるボレアが水球へと近づくにつれ、その巨大さがよくわかる。
「しかし、やらない訳にはいかない‥‥!」
 生はボレアの背を一度軽く叩き、上昇を促した。

「あれですか‥‥」
 眼下に捉えたアヤカシの頭頂は、まるで噴水。
 しかし、絶え間なく噴き出すそれは、全ての生命を死に追いやる毒なのだ。
「どこまで通用するかわかりませんが、行きます!」
 生はぐっと拳を握り、練力を練り上げていく。
「――氷撃よ!」
 そして、放った冷気が水球の噴出口を捉えた。

 瞬間、凍りつくアヤカシの頂部。

「くっ‥‥! 駄目ですか」
 しかし、噴出を止めたのは瞬間。
 まるで脱皮でもするように、凍った表面を脱ぎ捨て、アヤカシは再び毒を噴出しながら進行を始めた。
「これは、少し厄介な事になりそうですね‥‥」
 何事もなかったようにゆるりと漂い続けるアヤカシを眺め、生が呟いた。

●回穴
 事の重大さを知らされた村人達が、我先にと村の出口に殺到する。
「皆さん慌てないでください!」
 そんな焦りと恐怖に支配された住民を、静音は懸命に誘導する。
「落ち着いて避難なさってください! 慌てると危ないですからっ!」
 何度も何度も張り上げる声。
 しかし、その声にも村人達は一向に耳を貸さず、尚も出口へと詰めかける。
 そんな時、小さな声が静音の脳裏に響いた。
「橙音――ええ、分かりました」
 その声を受け、静音は再び村人達へ向き直ると。
「皆さん! アヤカシは私の仲間が押し止めています! 慌てなくても十分逃げられますから!」
 再び大きな声を張り上げた。
「え‥‥? もう大丈夫なのか?」
「慌てなくてもいいの‥‥?」
 張り上げた静音の声に、村人達の動きが止まる。
「ええ、ですから焦らないでください。まだ時間はありますから」
 じっと自分を見つめてくる瞳達に向け、静音はにこりと微笑んだ。

「嘘も方便‥‥たまにはいいですよね?」
 と、静音は安心したように村を出ていく住民の背を見つめ、そっと呟いたのだった。

「すまないねぇ」
「なぁに気にしない気にしない。女性には常に優しくあれ。我が家の家訓の一つですから」
 足腰の弱った老婆を背負い、貴政は殊更明るく答える。
「こんな村になんであんなのが来るのかねぇ‥‥」
 貴政の背にゆられる老婆は、疲れた様に呟く。
「そうですねぇ、相手はアヤカシだから何とも言えないんですけど‥‥何か予兆とか、そう言うのはありませんでした?」
「予兆? そう言えば変な旅人が訪ねて来たけどねぇ‥‥」
「例の女性らしい人影というやつですね」
「ああ‥‥でも、何をするでもなくふらりと消えてしまったけど‥‥」
 記憶を辿る様に語る老婆。
 その話は貴政が村人に聞き回ったそれと、同じであった。
「怪しくはありますね――うん?」
 老婆の言葉にふと考え込んだ貴政の手が引かれる。
「ねぇ、おにーちゃん。どこいくの?」
 と、それは貴政に手を引かれる少女の仕業であった。
「うん? 今からちょっと遠足に行くんだよ。ほら、村の人みんなと一緒にね」
 そんな少女に貴政はにこりと微笑み、村の出口を指差す。
「えんそく? それ楽しい?」
「ああ、楽しいよぉ。お譲ちゃんがもう少し大きかったらもっと楽しいんだけどねぇ」
「大きく?」
「うんん。気にしないで。さぁ、お母さん達が待ってるよ」
 きょとんと問いかけてくる少女に、貴政は再び微笑むと村の出口を目指し足を速めた。

「あ、哲心、どうでした?」
 村人の避難も一段落ついた頃、出口へと向かってくる人影を見つけ、静音が声をかける。
「ダメだな。銅っつっても、鍋ぐらいしかねぇ」
 静音の声に、哲心は手にした鍋をひょいと放り投げた。
「相手は巨大だと生の報告にもありましたし‥‥さすがにこれでは役不足ですね‥‥」
 地に転がった鍋を見つめ、静音も声を落す。
「だな‥‥酸の雨を噴き出してる穴でも塞げればと思ったが、さすがに小さすぎる」
「ですね‥‥」
「後は崑崙の面々に聞いてみるかだが‥‥」
「銅板などお持ちでしょうか‥‥?」
「いや、当てに出来ねぇだろうな。そもそも空賊に銅板なんか必要とも思えねぇし」
「そうですか‥‥」
「なぁに、他にも色々と試したい手はある。何が何でも止めて見せるさ」
「は、はいっ」
 そして、二人は貴政の合流を待ちセレイナへと足を向けた。

●上空
 上空で一際目立つ白。
 セレイナは開拓者一行を乗せ回穴を飛び立った。

「――有難う、橙音」
 閉じていた瞳をすっと開き、静音がほっと胸を撫で下ろす。
「村の人達は無事に逃げてくれたようです」
 そして、甲板で各々準備を進める皆に声をかけた。
「これで心置きなく奴とやれるな!」
 と、哲心がその報告に拳を握る。
「私も全力を尽くしますよ」
 そして、生も力強く頷いた。
「でも、凍らせるの効かなかったんでしょう?」
 そんな生に貴政が問いかける。
「いえ、効果は薄いですが、まったく効かなかったという訳ではなさそうです」
「ふーむ、足止め程度に考えておいた方がいいってことで?」
「そう考えていただいた方がいいかもしれません。過度な期待をして失敗するわけにはいきませんから」
 貴政に生は幾分申し訳なさそうに答えた。
「でも、私も氷は使えます。二人同時に合わせれば、ある程度の効果は望めるのではないでしょうか?」
 と、そこに静音が割って入る。
「だな。水じゃ斬れねぇが固まりゃこっちのもんだ。とにかく出し惜しみなしで行こうぜ」
 そんな静音を後押しするように哲心が言葉を続ける。
「はいっ。村の危険は一先ず無くなったとしても、このままではあの村で生活できなくなります。必ず止めましょう!」
「だね。頑張っていこう!」
「ええ!」
 そして、四人は船首の先に広がる空を見つめた。

●船室
「黎明。少しいいかな?」
 船長室の戸を開きふしぎが顔を覗かせる。
「ん? ああ、どうした?」
 そこには黎明、そして崑崙のメンバーが集まっていた。
「あ、みんなも久しぶり」
 集まる視線にぺこりと首を垂れたふしぎ。
「えっと、また手伝いに来たから挨拶を、と思って」
「お、そりゃわざわざありがとね」
 陽気な笑顔を見せる黎明は、ちょいちょいとふしぎを部屋へと招き入れた。
「えっと‥‥」
「どうした?」
 部屋に入ったはいいが、言葉を詰まらせるふしぎに黎明が問いかける。
「うん‥‥。この間聞き逃しただんだけど‥‥お兄さんの事‥‥」
「ん? ああ、白月か?」
「うん‥‥死んだって、本当?」
「んー多分ね。あの事件で生き残れたとは思えないけどね」
 と、不安げに聞き返すふしぎに、黎明はまるで昨日の天気でも報告するように飄々と答えた。
「え‥‥? それじゃ、死んだって決まったわけじゃ‥‥?」
「どうだろうな? まぁ、死体が上がったわけじゃないからねぇ」
「そ、そっか、そうなんだ‥‥! うん、ありがとう黎明っ! 僕行くねっ」
 黎明の答えに、いつもの明るい表情を取り戻したふしぎは、元気よく礼を述べる。
「ん? アヤカシ倒すんじゃないのか?」
「えっと、そうしたいのは山々なんだけど、少し気になる事があるんだ」
「‥‥ふーん、いいさ。思うようにやれば、こっちは任せな」
 と、力強い意志を見せるふしぎに、黎明は殊更明るく答えた。
「うんっ! ありがとう、黎明! 行ってくるね!」
 そんな黎明の心遣いに後押しされ、ふしぎは意気揚々と船室を後にした。

●回穴
「さぁて、どこにいるんだぁ?」
 人気のなくなった村をフラフラと歩く仄。
『もう少し真面目に探してはどうだ?』
 と、そんな仄の足元から小さな声が聞こえた。
「うん? 探してる探してる」
 小さな声に面倒臭そうに答える仄は、足元に視線を落とす。
『馬鹿者! 赤髪のおじょ――こほんっ。村の危機に立ちあがらずして何が開拓者か!』
 そこには、相棒の『ミケ』がやる気なさげに歩く仄を見上げていた。
「‥‥へいへい、悪ぅござんしたね。で、ミケさんは何か手掛かりでも見つけられましたんで?」
『‥‥これから探すのだ』
 ミケの姿を見ようともせず、嫌味たっぷりに声をかける仄。そして、少し恥しげに答えるミケ。
「なんでぇ、口だけ――いてぇっ!?」
 と、愚痴をもらした仄の足を、痛烈な痛みが襲う。
『口には気をつけろ』
 そこには、御機嫌斜めなミケが、自慢の爪で仄の足の甲を突き刺していた。
「つつ‥‥。お、あったあった」
『む? なんだ?』
 薄く血の滲みでる足の甲をさすりながら、仄がふと一軒の家の軒に目をやった。
「これこれっと」
 そして、仄は徐に民家へと近づくとそこには、いくつもの麻袋が積まれていた。
『それは‥‥そんな物何に使う』
「それは見てのお楽しみ、ってね」
 麻袋を不思議そうに見つめるミケに、仄はニヤリと微笑んだのだった

●上空
「見えたぜ!」
 セレイナの船首で、哲心が声を上げた。
「これはこれは‥‥随分と巨大なんですねぇ‥‥」
 その声に船首へ視線をやった貴政も、その姿に圧倒される。

 雲間から覗く紫の巨体。
 ふわふわと浮かぶそれは、まるで海に漂う水母のようでもあった。

「生の説明がようやく理解できました‥‥」
 巨大な水球をその瞳に捕え、静音もまた驚愕する。
「ええ、私一人では足止めすらかないませんでしたから‥‥」
 そして、生もまた再び見えたアヤカシをキッと睨みつけた。
「さぁ、あんまり時間も無い様だし、さっさと始めましょう」
 と、そんな四人にレダが声をかける。
「そうだな。あまり時間も無いな」
 レダの言葉を受け、哲心は甲板に静かに佇む騎龍『極光牙』へ視線を向けた。
「ええ、行きましょう」
 同時に静音が堅牢な鎧を纏う龍『不動』の元へ駆けだす。
「次こそは‥‥!」
 そして、生がボレアの背を撫でつけた。
「それじゃ僕達も行きましょうか。レダさん、また後でっ」
 最後に貴政も赤龍『帝釈』の背へと跨る。

 そして、4匹の龍に跨る開拓者達は、セレイナの甲板より飛び立ち、眼前に迫る水球へと向かった。

●回穴
「仄! 例の人影は見つかった?」
 愛機『天空竜騎兵』より降り立ったふしぎが仄の元へ駆けつける。
「いや、まったく。蛻のからだわ」
 しかし、仄の答えは芳しくない。
「やっぱり、もう村にはいないのかな‥‥」
「かもしれねぇな」
「でも、きっとあのアヤカシに関係があると思うんだ」
「ほぉ、なんか根拠でもあるのか?」
「うんん、根拠はないんだけど‥‥でも、きっと居る」
「‥‥まぁ、無駄足なら無駄足でもいいさ。やれる事はやっちまおう」
「うんっ!」
 そして、二人は村の出口を目指す。
「っと、そうだふしぎ」
「うん?」
 そんな時、村の周りに広がる森へと足を向けたふしぎに向け、仄が声をかけた。
「そのグライダーで、ちょいと運んでもらいたい物があるんだが、いいか?」
「運んでもらいたい物? いいけど、あまり重い物は運べないよ?」
「ん、大した重さじゃねぇとは思うんだけどな。――これだ」
 と、仄は一軒の民家の脇に積まれた麻袋を指差した。
「これは?」
「秘密兵器って奴だ」
「ひ、秘密兵器?」
 にやっと口元を釣り上げる仄に、ふしぎは思わず訊き返す。
「まぁ、使ってみればわかるさ。空のあいつらに持って行ってやってくれねぇか?」
「う、うん。そう言う事なら喜んでっ!」
 と、半信半疑なふしぎであったが仄の自信に満ちた表情に押され、麻袋を拾い上げた。
「じゃ、行ってくるね! 空から人影も探しておくから、見つけたら報告するねっ!」
「ああ、頼んだぜ」
 袋を抱え天空竜騎兵へと戻るふしぎを、仄はじっと見つめた。

『‥‥いいのか? ただの灰だぞ?』
 天空竜騎兵で空へと舞戻ったふしぎを見上げ、ミケが呟いた。
「結果は見てのお楽しみ、ってな」
 しかし、仄は空を見上げニヤリと微笑んだのだった。

●天空
「くっ‥‥これも効果無しですか!」
 帝釈の炎撃が、酸の身体に呑まれて消える。
 度重なる開拓者とその朋友達の攻撃にも、今だアヤカシの足は止まる事はなかった。
「次から次へと湧いてきやがって‥‥っ!」
 捉えどころのないアヤカシの吐き出す酸の泉を憎々しげに見つめ、哲心が呟く。
「やはり、我々だけでは凍らせる事は出来ないのでしょうか‥‥!」
 生が苦々しく呟く。
絶えず打ち込む氷撃は、アヤカシの表面を凍らせはするものの、その動きを完全に止めるには至らなかった。
「生、諦めないでください!」
 と、そんな生に静音が力強い声をかける。
「冷音!」
 そして、新たに生み出した氷狼の式に視線を向けると。
「行きなさい!」
 アヤカシに目掛け、解き放った――。


「みんな!」
 進展を見せないアヤカシとの攻防の最中、ふしぎの声が響いた。
「ふしぎ!」
「ごめん、お待たせっ! 戦況は!」
「ごめんなさん、まだ止まりません‥‥」
 グライダーで4人に並んだふしぎの問いかけに、静音が苦々しく答える。
「そんな事もあろうかって、仄がこれ!」
「それは?」
 グライダーに結び付けた袋を指すふしぎに、生が何事かと問いかける。
「秘密兵器だって!」
「おぉ、それは楽しみですねぇ」
と、貴政はふしぎの言葉に興味津津。
「何でもいい! この状況を打開できるなら使え!」
「うんっ!」
 声を飛ばす哲心に大きく頷いたふしぎは、更なる上空へと天空龍騎兵を奔らせる。
「いくぞぉ!」
 そして、アヤカシの真上へ回り込むと、袋の封を開けた――。

 舞落ちる、乾白の雪。

『ギガァァッッ!!』
 灰の雨を浴びせられたアヤカシの悲鳴にも似た咆哮が辺りに響き渡った――。

●森
「おっと、そっちは行き止まりだぜ?」
 一人森を行く目深にフードを被った怪しい人影。
 仄は鬱蒼と生い茂る木々の一本に背を預け、人影の進路を塞ぐように立ち塞がった。
『‥‥』
 目の前に現れた仄の姿に、人影は立ち止る。
「こんな暗い森を一人で散歩なんて、感心しねぇな」
『‥‥ふふ』
 仄の言葉に人影が小さな笑みをこぼした。
『仄、あやつ‥‥』
 その人影の放つ異様とも思える『瘴気』。ミケは大地に爪を突き立てぼそりと呟く。
「ああ、見目麗しいお嬢さんってわけじゃぁなさそうだな」
 それに答える仄は、すでに刀を抜き放っていた。
『‥‥』
 ミケに威嚇され、仄に刀を向けられて尚、無表情にこちらを見つめる人影。
「お話で済めばそれに越した事はねぇんだけどよ。さすがにそう言う訳にはいかねぇか」
 と、仄がぼやいたその時、人影は突如仄達に背を向けた。
「ここは通さないんだからなっ!」
 しかし、そこにふしぎが天空竜騎兵と共に飛来した。
『‥‥』
 突然の来訪者に再び足を止める人影は、仄とふしぎ、交互に伺う様に鈍く光る視線を向ける。
「仄! あの秘密兵器、効果抜群だったよ!!」
 人影を挟み、仄へ向け嬉々として報告するふしぎ。
「お、そりゃ重畳」
 と、仄もふしぎの報告に満足気に頷いた。
『‥‥』
 一方二人に挟まれ身動きの取れない人影。
「さぁ、観念してもらおうか」
「お前のアヤカシは僕達が倒したんだからなっ! 何を企んでるのか知らないけど、この旗とゴーグルに賭けて、絶対に止めるっ!」
 そして、二人が前後からじりじりとにじり寄る。
『‥‥ふっ』
 そんな時、人影がふと微笑んだように見えた。
「いくぞっ!」
「うんっ!」
 そして、二人が一気に人影に詰め寄った。

 ヒュン――。

 木々がざわめく。
 鬱蒼と木が茂る森の中に、ありえぬほどの突風が突如吹きつけた。

「なっ‥‥!」
「うっ‥‥!」
 立っている事も困難な程の突風に、二人は思わず膝を折る。

『‥‥面白い結果だ』
 吹き荒れる突風の中、確かに聴こえた。それは女の声。

「‥‥止んだ?」
「なんだってんだ、まったく‥‥」
 女の声が消えると共に、突風がぴたりとやんだ。
 そこにはまるで風にでも溶けたのか、人影の姿が消えうせていた。

●上空
「あれはなんだ!?」
 極光牙を大きく旋回させ、哲心が叫ぶ。
 灰に中和され酸の鎧をぼろぼろと綻ばせるアヤカシ。
そして、その中心に黒く光る球体が浮かんでいた。
「もしかして、核‥‥?」
 剥き出しとなった黒球を見つめ、生が呟く。
 アヤカシの身体の中心に鈍く輝く核。それはまるで宝珠そのものであった。
「あれは、黒色の宝珠‥‥?」
 その核の姿に静音も戸惑いを隠せない。
「あんな宝珠見た事無いですねぇ」
 まるで吸い込まれそうな黒い珠に貴政も怪訝な表情を向けた。

 その時。

 ぼろぼろと剥がれおちていた酸の鎧が、再びその脅威を取り戻しつつあった。
「生! 酸の身体が!」
 と、静音がアヤカシの異変に気付き生へと声を飛ばす。
「そうはさせません! 氷聖絶えまず輪廻し――」
 静音に掛けられた声より早く、生はすでに練力を練り終えていた。
「巨塊と化せ! フローズ!!」
 そして、今日幾度目かの氷撃が生の手から放たれた。
「冷音!」
 そして、生の氷撃を見つめ、静音も凍式へと指令を飛ばす。
「これで最後です、行きなさい!」
 そして、生の氷撃を追う様に、静音の放った氷狼がアヤカシに牙を突き立てた。

 瞬間、アヤカシの動きが凍りつく。

「今ならっ! 帝釈、行きなさい!」
 貴政が帝釈の背をとんと叩いた。
『がぁ!』
 答える帝釈は、その顎を大きく開き炎の息吹を蓄える。
「炎剛弾!」
 そして、貴政の声と共に、解き放たれた炎はアヤカシに目掛け降り注ぐ。
 その一粒一粒が爆破の連鎖を呼び、氷漬けの酸の鎧を微塵に吹き飛ばした。

 晒される黒珠。

「――雷撃纏いし豪龍の牙」
 哲心はすっと瞳を閉じ、構えた刀にその練力を集中させる。
「これで終わりだ!! 無流奥義、雷迎の太刀! 『雷閃轟覇斬』!!」
 そして、カッと瞳を開いた哲心の雷刃が、アヤカシに向け振り下ろされた。

 哲心渾身の一撃を受け、アヤカシの核『夜色の闇珠』が砕けた――。

 酸に焦がされた大地は、生の浄化により再び命を育む大地へと還る。
 そして、村に再び平穏の日々が訪れたのだった。