【振姫】伝説の領主?
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/31 01:05



■オープニング本文

●弐音寺
「――なるほど、話はわかりましたが‥‥」
「和尚に迷惑はかけぬ。姫様には少し灸を据えねばならぬ」
 少し驚いた様な和尚の言葉に頼重は神妙な表情で返す。
「‥‥この間の一件ですか」
「うむ‥‥、いくら御家騒動の当事者の一人とはいえ、自ら危険に飛びこむなど‥‥」
「人一倍の正義感‥‥ともとれなくないですが」
「正義感と無謀は別物ですぞ、和尚」
「ふむ、そうでありましたな。――しかし、本当に偽の言い伝えなど吹き込んでよいのですか?」
 頼重の思惑は理解した。しかし、それは一歩間違えれば領主振々を騙す事になる。和尚は今一度確認した。
「いいのだ。姫様には分という物を弁えていただければそれでな」
「‥‥自分は一般人。志体持ちとは違う‥‥と?」
「ああ。できる事と出来ぬ事の分別を付けていただきたいのだ」
「――わかりました。これも姫様の為と思えばこそ、ですな。御引受けいたしましょう」
「助かる、和尚」
 快く承諾した和尚に、頼重は深く頭を下げた。

●沢繭

 どんっ!!

 まるで蹴破られたかの如く盛大に開く扉。
「頼重!!」
 そこから、いつもの怒鳴り声が轟いた。
「なんですか‥‥?」
 しかし、部屋の主頼重は、いつもの事かと、溜息混じりに答える。
「何をゆうちょうな事をしておるのじゃ! ことは一刻をあらそうと言うのに!!」
 まるで我が部屋を行く様に奥へと進み出る振々は、執務に追われる頼重の元へ。
「一体何があったのですか」
 机の上にどんと置かれた振々の片足を、面倒臭そうに払い除け、頼重は問いかける。
「ばかもの!! この一大事になにがあったかなど、何をゆうちょうな事をいっておるか!!」
「悠長も何も、何があったのか話していただなない事には‥‥」
 振々の怒号を無視し、頼重は再び机の書類に目を落とした。
「あほもの!! それが悠長だといっておるのじゃ!」
 しかし、振々はそんなやる気を見せぬ頼重に更に苛立ち声を荒げる。
「あほものって‥‥で、何を聞きつけてこられたんです?」
「ふふーん。しかたない教えてやろう! それはな――」
 と、振々は再び頼重の机の上に片足を乗せ、どーんと無い胸を張った。
「沢繭につたわる、ちんじゅの伝説じゃ!!」
「ああ、そう言えば100年に一度、錐湖鎮守の儀式を行わねばならぬ、と弐音寺で見た記憶が」
 再び机の上にでーんと置かれた振々の足を、再び面倒臭そうに払いのけ、頼重が呟く。
「それじゃ!! 今日たまたま昼寝寺によったら、坊主がほざきよったのじゃ!」
「ふむ‥‥しかし、言い伝えでは、沢繭の代々の領主が苦難を乗り越え行う、大試練ではなかったでしたか?」
 振々の剣幕に、頼重も真剣に耳を傾け出す。
「それじゃ! 頼重!」
「はい?」
 と、ようやく真剣に耳を貸した頼重に、振々はニヤリと口元を釣り上げ。
「いまの沢繭のりょうしゅは誰じゃ!」
「えー、姫様でしょ?」
「その通りじゃ! 沢繭のりょうしゅであるこの振がおこなわねばならぬのじゃ! 誰がなんと言おうと、領主である振が行うのじゃ! こんご百年の沢繭のはってんの為にもの!」
 溢れに溢れ出る自信を胸に、振々はどどーんと啖呵を切った。
「なるほど、わかりました」
「む‥‥? 反対せぬのか?」
 いつもと違い、迷うことなく首を縦に振った頼重に、振々は小首を傾げる。
「なぜ反対を? 沢繭に代々伝わる伝統のある習わしです。それを姫様が行う、いや、姫様しか行えぬのであれば、反対する理由が見つかりません。――それにどうせ私が反対した所で、姫様は行くのでしょう?」
「当然じゃ!!」
「でしたら、快く見送るのが家臣の務めです」
 パタンと台帳を閉じ、静かに告げる頼重。
「う、うむ‥‥? なんとも気味が悪いの‥‥」
「気のせいですよ。それよりも早く準備しなくていいのですか? 話では明日の夜なのでしょう?」
 怪訝な表情を向ける振々に、頼重はさっさと話しを進めていく。
「そうであった! 頼重! ゆみを持て!! ぬしも連れていくのじゃ!」
「はいはい、弓は用意できていますよ。主様は‥‥錐湖にいらっしゃいますかね? 呼んでまいりましょう」
 と、手際良く弓を差し出した頼重は、錐湖の主を迎える為に立ち上がる。
「む、むむ‥‥?」
 いつにもまして従順な家臣に、振々は更に怪訝な表情を向ける。
「これも家臣の務めですから」
 そんな視線に気付いたのか、頼重は振々に向かいにこりと微笑んだ。
「う、うむ! その心がけあっぱれなのじゃ!」
 どこか腑に落ちない頼重の反応に疑問を抱きながらも、振々は領主としての自分の存在意義を示せるこの行事に、胸躍らせるのであった。




『沢繭鎮守伝説

  かつてこの地に荒ぶる龍あり。

  龍、年に一度湖畔の街を襲い、民を喰らう。

  民、暴龍の前になす術なく、絶望す。

  龍が住まい百年の後。

  この地は新たな領主を迎える。

  領主、暴龍に反攻を決意す。

  しかし、力、到底及ばず。

  龍、反攻に怒り狂う。

  龍、街へと襲い来る。

  民、暴龍の前になす術なく、絶望す。

  刻、街の井戸から一条の光発す。

  光、封龍の宝珠。

  暴龍、井戸より発す光に怯える。

  領主、宝珠を井戸から拾い上げ、龍に挑む。

  龍、光に苦しむ。

  沢繭が領主、光輝の宝珠を持って、是を封じ鎮めん――』


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
喪越(ia1670
33歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
六道・せせり(ib3080
10歳・女・陰
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔


■リプレイ本文

●境内

 カラカラ――。

 しんと静まり返った境内に、綱車の乾いた音が木霊する。
「本当にこんな所にあるんですか?」
 闇を湛える井戸を覗きこみ、綱を手繰る万木・朱璃(ia0029)が声を上げた。
「うむ! まちがいないのじゃ!」
 そんな朱璃に、無い胸をドーンと張り振々が答える。
「あ、何か上がってきましたよ」
 と、朱璃が引き上げられた桶の中を覗き込んだ。
「うわっ! なんだか禍々しい札がついてますけど‥‥」
 引き上げられた桶に入っていた宝珠。朱璃はそこに貼られていた黒符に釘付けとなる。
「こ、これでいいんですよね?」
「間違いないのじゃ!」
 朱璃の心配をよそに、振々は無造作に宝珠に手を伸ばした。

●夜道
「うおっ!?」
 御神村 茉織(ia5355)が驚きの声を上げた。
「声が大きいよ」
 そんな茉織を、口元に人差し指を当て浅井 灰音(ia7439)が制す。
「す、すまねぇ。‥‥それにしても気合入ってんな」
 茉織が驚くのも無理はない。灰音は漆黒のフードをかぶり、死神の鎌を携える。まさに死神であった。
「折角、頼重さんが作った伝説だからね。どうせやるならこれくらいは、ね」
 と、灰音はフードから覗く口元を緩ませた。
「まぁ確かに、この辺で灸をすえとかねぇと、そのうち単身アヤカシに突っ込んでいきそうだからな、あの姫さん」
「まったくだね。もう少しお淑やかにしておけば可愛いのに」
「違いねぇ」
 と、二人は小さな暴君に思いを馳せる。
「さて、俺は行くぜ。演出は任せてくれ」
「うん、頼むよ」
 二人は一度頷き合うと、それぞれ夜道へと足を向けた。

●鎮守堂
「いや〜、暑いですね〜」
 森の中にぽっかりと空いた空白地に佇む小さなお堂を前に、ディディエ ベルトラン(ib3404)が呟いた。
「そんな形しとるんや、当たり前やろ」
 面妖な山羊面を被り厚手のコートを纏うディディエに、六道・せせり(ib3080)が呆れたように答える。
「六道さんも暑そうですね〜」
 と、ディディエは答えるせせりの姿に目をやる。
 せせりもまた、この依頼の為に用意した白拍子の衣装に身を包んでいたのだった。
「これくらい大した事無い。ほな、うちは行くで。そろそろ待ち伏せせな、あのお子様が来てまう」
「そうですね。では、お気をつけて〜」
 ひらひらと手を振りせせりを見送るディディエ。
「ディディエの兄はん‥‥その喋り方、気が抜けるわ‥‥」
「おや? そうでしょうか〜? 凄みを利かせたつもりだったんですけどね〜」
 眉間を抑えるせせりに、ディディエはかくりと小首を傾げる。
「もうええわ‥‥ほなな」
 と、せせりはディディエを置いて森の闇へ消えた。

●百段坂
「振々様、足元が暗いので気をつけてくださいね」
「うむ!」
 周りを茂みに挟まれた細い階段を心細い松明の光一つで下っていく二人。
 その時。
「ひ――」
 坂の上から聞こえる微かな奇声。
「うぬ?」
 その奇声に振々がふと段上に視線を送った。

 ゴロゴロ――。

「な、なに来ます‥‥!?」
 朱璃もまた段上を見やる。そこには猛スピードで階段を転げ落ちてくる、なにか。

「めさ――」

 ゴロゴロゴロ――。

「来ます!」
「うむ!」
 猛スピードで突っ込んでくるなにかに、二人が身構えた。

 二人を目がけ勢いを増し迫りくる謎物体。
「ま――!!」
 ――そして、物体は二人の脇を器用にすり抜け、転がり落ちた。

 ゴロゴロ――ぐしゃ。

「‥‥」
「‥‥」
 突然の出来事に、二人は呆気にとられる。
「な、なんだったんでしょう‥‥。なんだか嫌な音がしましたけど‥‥」
「大方、ウリ坊がねぼけでもしたのじゃろう。気にするでない!」
「そ、そうでしょうか‥‥?」
「そうなのじゃ!」
 自身満々に言い切る振々に、朱璃は頷くしかなかった。

●湖畔

 やれ嬉し。やれ嬉し――。

 湖面に反響するように響く澄んだ声。
「む? なんじゃ?」

 喰ろうてやろうか。喰ろうてやろうか――。

 闇の静寂に響くけ声は、どこか幻想的な雰囲気を孕む。
「唄‥‥?」

 やれ嬉し。やれ嬉し――。

 声に導かれる様に、湖畔を行く二人は湖面へと視線を向けた。

 そこには、湖面に突き出た小さな岩の上に佇む、白い影。

「竜神様の復活じゃ――」
 先程の唄う様な声。岩の上の白面は満天の星空を見上げる。
「だ、誰でしょう‥‥?」
 そんな白面の姿に、朱璃は思わず見とれた。
「うーむ‥‥。白いチビ?」
 そして、振々が呟く――。

 プチっ――。

 何かが切れた音が、聴こえた様な気がした。
「っ!?」
 振々の余計なひと言に、先程まで見せていた白面の幻想的な雰囲気は消え去り、一瞬にして鬼面へと変貌する。
「竜神様の復活を邪魔する者め――滅せよ!」
 そして突如、白面の手に光が収束する。
「なんだか怒ってますよ‥‥?」
「うむ? 気のみじかい奴じゃ」

 ブチっ!

 再び聞こえる紐切り音。
「う、うわ‥‥姫様、逃げた方が‥‥ひっ!?」
 鬼面が吐き出す怒気に、朱璃が逃げ出そうと振々の手を取った、その時。

 闇夜を翔る一陣の風が二人を襲った。

「あ、脚が動かない!?」
 まるで金縛りにあった様に二人の足は、大地へと縫いつけられる。
「むむ。こしゃくな真似をしおって!」
 と、振々は腰に下げた弓を取り出し、鬼面へと矢先を向けた。
「ええ度胸や――」
 鬼面の口元がニヤリと歪んだ――。

 動けぬ二人へ向け放たれる、闇夜を裂く一条の閃光。

「姫様!!」
「むぅ!」
 閃光が二人を捉える。まさにその時。
「姫様、あぶねぇ!!」
 突然茂みを割って現れた人影が、動けぬ振々を突き飛ばした。

「いたた‥‥助かったんでしょうか‥‥」
 突き飛ばされた衝撃で強打した腰を摩り、朱璃が起き上がる。
「まったく、とんだ災難じゃ!」
 パタパタと服に付いたほこりを払い落し、振々も立ち上がった。
「一体誰が助け――ひっ!?」
 危機を救ってくれた声の主を探そうと辺りを伺った朱璃が、目の前でプスプスと煙を上げる巨大な塊に小さな悲鳴を上げる。
「なんじゃれこは?」
 振々は徐に近づくと、木の枝でツンツンと突いた。
「突っついちゃらめぇぇ!?」
 勢いよく起き上る黒い塊。
「‥‥うん?」
 きょろきょろと辺りを伺ったあと、驚く二人を見下ろす黒い巨体。
「姫様! ご機嫌麗しゅう」
 そこには、閃光で上半身を真黒に焦がした喪越(ia1670)が微笑んでいた。


「ちっ‥‥逃がしたわ」
「おいおい、ちとやりすぎじゃねぇか?」
 再び湖畔を行く振々達を遠巻きに見つめ交される会話。
「まぁええわ。機会はまだあるやろ」
「おいおい、まだやる気かよ‥‥」
「当然や。まだケリついてへん」
 そして、二つの影は振々達を追う様に夜道へ踏み入った。

●橋
「姫様、足元に気をつけてくださいね」
 心細い木板の上を慎重に進む朱璃が、後ろを振り向き声をかける。
「ささ、姫様。この喪越めの背をお使いください」
 そこには恭しく膝を折り背を差し出す喪越の姿。
「うむ! よきに計らえ!」
 と、振々も差し出された背に遠慮なく乗りかかっていた。

「ここは通さないよ」
 後少しで橋も渡り終えようかという時、何の前触れもなく一行に声がかかった。
「なに奴!?」
 いち早く声に反応した喪越が、正面を見据える。そこには――。

 夜に溶ける黒衣。
 月光を受け鈍く光を反射させる黒刃。
 その黒刃を取り巻く様に揺らめく黒炎。

「竜神様の復活を阻止しようなど、我等四狂が許さない」
 そこから発せられる、抑揚の無い声。
「ここで死んでもらうよ――」
 そして、黒衣が動いた。

「来ます!」
「いけっ! やってしまうのじゃ!」
「仰せのままにっ!」
 迎え撃つ三人。
 懐から符を取り出し構える朱璃。
 喪越の背で、まるで騎馬武者の如く威勢を上げる振々。
 そして、背に感じる温もりにだらしなく鼻の下を伸ばす喪越。
「大人しく宝珠を渡してくれるかな」
「はっはっはっ! そうは問屋も大慌て! わりぃが、姫様には指一本触れさせねぇぜ!」
 駆ける黒衣が黒刃を掲げる。それを、迎え撃つ喪越。
 そして、黒衣は振々ごと喪越を両断する勢いで、鎌を振り下ろした――。

 ぱしっ!

「‥‥っ!?」
 見事なまでの白刃取り。
 喪越は迫りくる黒刃を、紙一重で見事捕えた。
「万木!」
 と、黒刃を受け止める喪越が、脇に控える朱璃に声をかける。
「ここは俺が食い止める! 姫様を頼んだぜ!」
「は、はいっ!」
「む?」
 黒刃を白刃取りで受け止める喪越は、背の振々に向け語りかける。
「姫様、名残惜しいが俺はここまでのようだ」
「ほう」
「そんなに悲しそうな声をださねぇでくれ‥‥俺も共にいきたい――」
「うむ、がんばるのじゃ!」
 絞り出すように語る喪越の背から、振々はひょいと飛び降りる。
「だが、このままじゃ姫様の身があぶねぇ――」
「朱璃。いくのじゃ!」
「え‥‥? は、はい!」
 と、振々は朱璃の手を取ると、すたすたと鎬を削る二人の横を通り抜けた。
「俺はこいつを食い止める。だが――」
「えっと、喪越さん‥‥?」
「俺の雄姿は忘れないで――」
 カッと目を見開いた喪越。
「‥‥姫様、もういないよ?」
 と、そこにはきょとんと見つめる黒衣の灰音の姿しかなかった。
「‥‥えぇっ!?」
 一世一代の見せ場を軽く流された喪越はあまりの脱力感にふと力を緩める。

 ぷす――。

「あ‥‥」
 そして、黒刃の餌食となった――。


「ほい、おつかれさん」
「ごめんね、喪越さん。まさか力緩めるとは思ってなかったからさ」
「いいんだ‥‥どうせ俺なんて‥‥」
 橋を越え堂へ向かう振々達を見つめ、3つの声が交錯する。
「いや、とりあえずそれ抜いてやったらどうだ‥‥」
「あ、そうだね。忘れてた」
「おいおい‥‥」
「ぎゃぁ! 痛い、痛いよママン!? だが、俺のハートの痛みに比べたらこれしきぃぃ!!」
「‥‥壊れたな」
「壊れたね‥‥」
「まぁ、あれだけ見事に流されたらな」
「折角の見せ場だったのにね」
「しくしく‥‥」
「‥‥とりあえず、置いてくか」
「そ、そうだね‥‥」
「しくしくしく‥‥」
 そして、二人は傷心者を残し振々達の後を追った。

●鎮守堂
「何とかたどり着きましたね‥‥」
 月夜に浮かぶ小さな堂をその視界にとらえ、朱璃はほっと一息ついた。
「さっさと行くのじゃ!」
「ひ、姫様!?」
 そんな朱璃に手を引かれる振々は、まったく疲れた様子も見せず、ずかずかと御堂へと向かう。

「来ましたか」

 その時。突然振々の前に現れる山羊面の奇人。
「む?」
「姫様!」
 奇人と振々の間に距離といえるものはない。朱璃は慌てて振々の元へ向かうが。
「無警戒に飛び込んでくるなんて、命が惜しくないようですね」
 間に合わない。
 奇人の持つ毒々しい刀身が、振々を捕えんと迫った。
「竜神様復活の生贄となりなさい‥‥!」
 紫刃が振々へ向け振り下ろされる。

 まさに、その時。

「姫さん、あぶねぇ!」
「む!?」
 間一髪であった。紫刃が振々を捉えようかという瞬間。茂みから飛び出した影が振々を攫った。
「ったく、無茶しやがって」
「茉織さん!」
 現れた影に歓喜の声を上げる朱璃。そこには、振々を抱える茉織の姿があった。
「故あって助太刀するぜ、姫さん!」
「うむ! 許すのじゃ!」
「助かります、茉織さん!」
「さっさと片付けて、その宝珠納めようぜ」
「うむ!」
 新たな加勢を得、振々達の反撃が始まった――。

「増援ですか。面白い‥‥」
 しかし、作り物かと思われた山羊面の口元が歪む。
「さぁ、還りなさい!」
 そして、高々と腕を上げた――。

「あ、あの人たちは!?」
「‥‥一家総出でお出迎えか」
「むむ‥‥」
 苦々しく呟く茉織。
 そこには、道中で見た白、そして黒がゆらりと立ち塞がっていた。

「これで同数。いえ、生贄は数に含みませんか」
 黒と白を従え、くくくと含み笑いを見せる山羊面。
「しかし、不安要素は少ない方がいいでしょう――さぁ、黒屍よ。貴方も我らが元へ」
 そして、山羊面は朱璃へ視線を向けると、一枚の黒符を取り出す。
「え‥‥きゃ、きゃぁ!!」
 突き出された符から発する禍々しい気に当てられた朱璃は、突然悶え苦しみ出した。
「む? 朱璃、どうしたのじゃ!!」
 突然苦しむ様に膝を折った朱璃へと駆け寄る振々。

 しかし――。

「‥‥」
 朱璃――であった者は、振々の小さな体を突き飛ばし立ち上がった。
「しゅ、朱璃?」
 突然の出来事に、振々は呆気に取られ見上げることしかできない。
「――贄とせよ。贄とせよ」
 そんな振々に、鬼面が歩み寄る。
「竜神様に捧げよ」
 黒衣が迫る。
「‥‥」
 そして、黒屍もまた、振々へとゆらりと身体を向けた。
「む、むむ‥‥!」
 迫る四狂を前に、振々は気丈にも弓を獲るがその足は、微かに震えている様にも見える。
「まさか、朱璃までそっちの手先だったとはな‥‥ちぃとばかし分が悪いか」
 四人の凶刃から振々を庇う様に立つ茉織がギリッと唇を噛む。
「さぁ、その宝珠を渡してもらいましょうか」
「くっ」
 多勢に無勢。進退極まったこの状況に、茉織はなすすべなく立ち尽くすしかなかった。
「観念してもらうよ、姫様」
 四狂の先陣を切り、黒衣が二人に迫った。その時――。
「ちょぉぉっと待ったぁぁ!!」
 突然のちょっと待ったコールが辺りに響き渡る。
「喪越の旦那か!」
 その突然の声に、茉織が後ろを振り返った。
「待たせたな! 姫様の白馬の王子様、喪越華麗に復活!」
 そこには、額から止めどなく血を滴らせる喪越の姿があった。
「今さら増援ですか。悪あがきですね」
 しかし、四狂面々は顔色一つ変えることなく、振々達に迫る。

「姫様、お待たせしました。ここは我々が食い止めます!」
「しかし‥‥!」
「そうだ姫さん。ここは、俺達に一言かけるだけでいい」
「一言‥‥?」
 四狂に相対す二人は、振々からの一言を待つ。
『道を開け、と、な!』
 背を見せる二人から聞こえたその声に、振々はキッと表情を引き締め。
「‥‥沢繭がりょうしゅ振々がねがう! あ奴らをたおすのじゃ!」
 二人を指さし、そう宣言した。

「へぇ、『願う』ね。いい心がけだぜ、姫さん!」
「貴女の願い、この喪越がしかと聞きうけましたぞ! 姫様は宝珠を!」
 そして、二人は四狂へと駆けだす。
 振々の願いを聞き遂げる為に。

 土埃を高々と舞上げ乱戦を繰り広げる一行。

「あの小生意気なお子様どこや! うちが成敗したる!!」
「まぁまぁ、落ち着いて‥‥今日は敵役に徹する約束だよ‥‥」
「はっはっはっ! 出でよ、藤吉郎!!」
「ちょっ!? どこ触ってるんですか!?」
「いや〜、これだけ人がいると更に暑いですね〜」
「おいおい、もうちょっい緊張感持とうぜ‥‥」

 なんて、怒声とも奇声ともつかぬ叫び声が土煙の中から聞こえてくる。

 そんな隙をついて、振々は静かに御堂へと近づくと。

 コトン。

 宝珠を御堂に納めた。

 途端、眩い光が辺りを覆う。

『口惜しや――』

 光に当てられ土煙が晴れる。
 そこに四狂の姿はなかった。


 かくして沢繭に平穏の日々が訪れたのだった――?