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■オープニング本文 ●心津 「ふーむ‥‥」 夏の日差しが容赦なく照りつける。 霧ヶ咲島特有の霧も、この暑さにやられたのか、ここ最近すっかり姿を見せずにいた。 「いきなりこんなもの寄こされてもねぇ‥‥」 金があしらわれた巻物を手に、戒恩が呟く。 机の上には繊細な細工が施された桐の箱。一際派手な朱藩国王の印が目を引いた。 「また突然の沙汰ですな」 と、そんな戒恩の横に座る男『穏』が神妙な表情で相槌を打つ。 「だよねぇ。第三次開拓だっけ? あれで大変なのはわかるけど‥‥」 「長い鎖国で他国に後れをとっている朱藩ですからな。輿志王も必死なのでしょう」 「そうかなぁ。『開拓は漢の浪漫だぜっ!』とか言ってそうな気もするけど‥‥」 「‥‥それは確かに」 苦笑いの戒恩に、穏もつられる様に溜息をついた。 「はてさて、どうしたものか」 戒恩はふと書状から目を外すと、窓の外に覗く心津の景色を見やる。 コンコン――。 その時、部屋の扉が叩かれた。 「伯父様、お呼びになりましたか?」 と、部屋へ顔を覗かせたのは、この心津の領主代行『遼華』であった。 「ああ、遼華君、ちょっと相談があるんだ。さぁ、入って入って」 顔を覗かせる遼華を、戒恩は笑顔で部屋へと招き入れる。 「じゃ、お邪魔しますね。あ、穏さんもいらしたんですね」 部屋へと踏み入った遼華は、戒恩の横に座る穏へぺこりとお辞儀した。 「代行殿も息災な様で何より」 そんな遼華に、穏は落ち着いた声で話しかける。 「港の方はどうですか? 灯台は完成したって先日報告書で拝見しましたけど」 「うむ。悦が張り切ってくれたからな。思いの外、早く完成した」 「それはよかったですっ! これで座礁する船が減ってくれますねっ!」 「だな。少しは心津の為になれたであろうか」 「もちろんですよっ! お二人の協力が無かったらあの洞窟は今も海賊のアジトのままだったんですからっ!」 その穏の報告に、遼華はぱぁと表情を明るくした。 「我々の手ではないだろう。それこそ代行殿の人徳が招いた結果だ」 まるで夏の太陽の様な遼華の笑顔に、穏は少し照れたように返す。 「そ、そんなこと無いですってばっ!」 「うんうん、いい話だね。っと、そろそろ本題にいっていいかな?」 そんな二人の会話を和やかに見つめていた戒恩が、話を切り出した。 「あ、はい。ごめんなさい。えっと、今日はどういったご用件ですか?」 戒恩の声に、遼華は居住まいを正し戒恩へと向き直る。 「用件、とはちょっと違うんだけど。この間、遼華くんが取りに行ってくれた書状なんだけど――」 と、戒恩は手にした巻物を遼華へと差し出した。 ●奏啄 「水は最低限でいい! 米を積め、米を!!」 夏の日差しにも負けぬ活気を見せる奏啄の街。 道は水夫たちにてきぱきと指示を与えていた。 「ふむ、なかなか板についてきたな」 と、そんな道に声をかける者があった。 「あ、あんた、まだこの街にいたのかよ!?」 そのしわがれた声に振り向いた道は、自分を満足げに眺める老人に驚愕の声を上げた。 「なんだ? ここにいては悪いか?」 「そういう訳じゃねぇけどよ‥‥」 見知った老人の言葉に、道は呆れる様に、そして少し嬉しそうに答える。 「引退後の余生をこの街で満喫でもしてるわけか」 「だといいんだがな‥‥」 「な、なんだよ。なんかあったのか‥‥?」 いきなり神妙な顔で答える湖鳴に、道は恐る恐る尋ねた。 「ここの領主に見込まれてな。今はこの港の相談役なんぞを押し付けられている」 「おうおう‥‥こらまた、随分な出世で」 疲れたように肩をこきりと鳴らす湖鳴に、道はうんざりした様にそう呟く。 湖鳴の名は武天南部、そして朱藩南部の海域では既に伝説となるほどのもの。 その伝説が引退したとあり、この地方の領主が直々に街の発展の為、雇用を申し出たというのだ。 「で、その相談役様がなんの用だ?」 「別に用は無い」 「お前な‥‥」 湖鳴のそっけない返事に、道は再び溜息をつく。 「そうだな。用といえば、あのお譲ちゃんは元気でやってるのか?」 「ああ、元気だぜ。――表面上はな」 「ふむ、空元気も元気の内だろう。今は心折れず仕事に向かえばいい」 道の言葉に安心したのか、湖鳴は深く皺の刻まれた顔で微笑んだ。 「そんなに気になるなら、心津に戻ってきららどうだ? あいつも喜ぶぜ」 「おいおい、これ以上老人をこき使うつもりか? 「街の重役が何言ってやがる‥‥」 「帰らんよ。あのお譲ちゃんに必要なのは手を引いてくれる父ではなく、共に進む仲間だろう。わしが今さら出張る必要はもう無い」 「‥‥」 「ほれ、さっさと船を出せ。港の外で他の船が待っておるんじゃ」 と、湖鳴は豪快に道の背を叩き、船を降りる。 「ったく、かわらねぇな‥‥」 前と変わらぬ海の男の背をじっと眺め、道は呟いた――。 ●心津 「これって‥‥」 遼華は受け取った巻物に記された文章に目を奪われる。 「うん、税が増えるってさ」 「いきなり、そんな‥‥」 「だよねぇ」 戒恩の言葉、そして書状に記された文言に、遼華は愕然と立ち尽くした。 「最近は朱藩本国でも色々と物入りみたいだからね。今まで納めていた分じゃ足りないんだろう」 と、戒恩はわざとらしく困惑の表情を作る。 「で、でも‥‥心津じゃ、今納めてる分で精一杯で‥‥」 「もちろん、今すぐ増税ってわけじゃないんだけどね。それでも少しずつ増やされるみたい」 「でも、増税っていきなり言われても、どうすれば‥‥」 戒恩の飄々とした言葉とは裏腹に、事の重大さに遼華は困り果て、すっと視線を落とした。 「うーん、そうだねぇ。とりあえず、領民を増やさない事にはとても払えないから、住民を誘致するって事になるかな?」 「ですな。民は国の礎。民無くして繁栄はあり得んでしょうからな」 「でも、困ったねぇ‥‥簡単に増やすって言ってもねぇ‥‥」 と、戒恩は腕を組み殊更困惑気味に溜息をついた。 「えっと、それでしたら私に少し考えがあるんですけど‥‥」 そんな二人の会話をじっと聴いていた遼華が、小さく手を上げ恐る恐る呟いた。 「うん、じゃその案で」 と、そんな遼華の説明も聞かず、戒恩は遼華に満面の笑みを向け採決を下す。 「え‥‥えぇっ!? ま、まだ何も言ってませんけどっ!?」 「遼華君の事だからきっといい案に違いないよ。うんうん」 いきなりの採決に驚く遼華に、戒恩は満足気に首を何度も縦に振る。 「‥‥代行殿、嵌められましたな‥‥」 開いた口を何度もぱくつかせる遼華の肩に、穏が慰める様に手を置いた。 「えぇぇええっっ!!!???」 戒恩の部屋に、遼華の絶叫が木霊したのだった――。 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
一ノ瀬・紅竜(ia1011)
21歳・男・サ
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
六道・せせり(ib3080)
10歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●心津 霧の心津。 今日は何時もにも増して、濃い霧が屋敷を覆っていた。 「――以上が心津の現状だ」 円卓の最奥に陣取った穏が席に着く。 「ほんま田舎も田舎、どがつく田舎やな」 ふと六道・せせり(ib3080)が呟いた。 「神楽の街と比べては、そう思うのも無理はないだろう。誰がどう見ても田舎だからな」 そんな呟きにも、穏は淡々と答える。 「あー、別に貶してるわけやないで?」 「わかっている。冗談だ」 「‥‥分かりにくいっちゅーねん」 小言を軽くあしらう穏に、せせりはむすっと表情を曇らせる。 「まさかこの間の書状が増税の通達だったとはな‥‥」 そんな二人を苦笑いで見つめ、一之瀬・紅竜(ia1011)が呟いた。 「まったくですね。あの苦労を返してほしいものです」 同じく前回の遠征に参加した各務原 義視(ia4917)。 「まぁ、今さら愚痴を言った所で始まらんしか」 義視の言葉に、紅竜は諦めの表情で返した。 「そうですよっ! 終わった事は終わった事。これからの心津の為に、頭を働かせましょう。私達はその為に呼ばれたんですから!」 そんな二人の会話に万木・朱璃(ia0029)は立ち上がり、訴えかける。 「そうですね、最善を尽くしましょう」 そんな朱璃の言葉に、義視も深く頷いた。 「こんなに素晴らしいお茶の産地をこのまま廃らせる訳にはいきませんから!」 「なんや、微妙に論点ズレとる気ぃするんやけど‥‥」 ぐぐっと決意に拳を握る朱璃に、せせりが呆れたように呟く。 「あー、そろそろ本題に移りたいのだが、いいか?」 「だな、始めよう」 しびれを切らしたように語る穏に、紅竜が答える。 そして、五人が集うこの部屋で、心津の未来を示す話し合いが開始された。 ●奏啄 蒼天の奏啄。 残暑にも負けぬ人々の活気が、港を賑わせていた。 「すごい賑わいっ!」 街の活気にルンルン・パムポップン(ib0234)は、嬉しそうに辺りを見渡す。 「相変わらずだな。心津もいずれはこうなる‥‥のかねぇ」 ルンルンの隣では、商人風に変装を施した御神村 茉織(ia5355)が、行きかう人々を見つめていた。 「そうする為に集まったんでしょ? マオリは違うの?」 と、そんな茉織を覗きこむ様にミル ユーリア(ia1088)が声をかける。 「いや、そういう訳じゃねぇんだけどな」 「ならいいじゃない。あんたもリョウカの為にしっかり働きなさいよっ!」 ミルの言葉にすっと肩の力を抜いた茉織の背中を、ミルがどんと叩く。 「心津の方でも受け入れの準備を進めてくれているようですし、こちらも早速動きましょうか」 そんな三人の最後尾、出水 真由良(ia0990)が皆に声をかけた。 「うんっ! 遼華さんの為にも、心津の為にも、ルンルン忍法でどばっと人民移動なんだからっ!」 「まぁ、人民移動ですか。それは凄そうですわね。きっとそうなれば心津も賑わうでしょう」 使命に燃えるルンルンを真由良はにこやかに見つめた。 ●心津 「この会議は単なる増税対策に止まらず、今後の心津の発展を左右する重要な議論の場と思っていただきたい。心津の礎を造る、皆にはこの事を念頭に置いていただき、提案をお願いします」 机に広げられた数々の地図、そして計画書を前に義視が議会を仕切る。 「まずは俺からいいか?」 議論の口火を切ったのは紅竜。閉じていた目をすっと開け、声を上げた。 「一之瀬さん、お願いします」 「港設備の増築を行いたい、というのは皆の意見だと思う。そこで俺は受け入れる為の住居の整備をするべきだと思う」 義視に指名され立ち上がった紅竜が、短くそう告げる。 「なるほど、以前の売り込みの成果も徐々に上がっています。流通量が増えれば行き来会う人も増える。今はまだ現在の施設で十分ですが、人の動きが増えればあの設備だけでは十分とは言えないですね」 紅竜の提案に義視は頷く。 「実果月港は心津唯一の玄関口だしな。人が増えるのはいいが住む所が無くては、路頭に迷うだけだ」 「そうですね。人を増やすにしてもまずは受け入れる体制なくしてはあり得ません。そうなると、必然的に住む所が必要になりますからね。当然居住区の整備も必要でしょう」 「で、住居の確保だが‥‥別に港に作らなくてもいいんだろ?」 「ええ、しかし、利便性を考えると港の近くに、というのが理想ですね」 「ふむ、なるほど‥‥まずは建築に詳しい人間の確保だな。悦にでも聞いてくるか」 「ですね、彼は港整備を担当しています。彼に相談するのがいいでしょう。そちらは一之瀬さんにお任せできますか?」 「ああ、言いだしたのは俺だしな。任せてもらおう」 二人は議論を交わしながら、自身の担当するべき案件を選定していく。 「ほな、そっちは任せるわ」 と、意見を交わす二人に、せせりが声をかけた。 「おっと、議論に熱が入ってしまいましたね。六道さん、どうぞ」 「ん。おおきに」 義視の指名を受け、せせりが立ち上がり。 「人の話が出たから、うちから一つ」 「うん?」 「人を増やすだけやったら、それこそ金でも何でもばら撒けばすぐに集まるやろ」 言葉一つ一つに意味を持たせるように語るせせりは、腕を組みそう言い放つ。 「随分極論にも聞こえますが、確かにその通りですね。では、他に妙案でも?」 そんなせせりに、義視が問いかけた。 「定住させようちゅーなら、それなりの事をせな。誰でも彼でも集めとったら、それこそ昔の心津に逆戻りや」 どこかはぐらかすようなせせりの語り口に、議会に集った一同は何故か次第に引き込まれていく。 「昔の心津‥‥確かに無法地帯だったな。どっかの領主様のお陰で」 せせりの言葉に、呆れた様に紅竜が頷く。 「そうならん為にも、『旨み』が必要や」 「旨み‥‥ですか?」 一向に本題に移らぬせせりにしびれを切らしたのか、静観していた朱璃が声を上げた。 「利害の一致、とも言う」 「え、えっと‥‥?」 せせりは朱璃の戸惑いを楽しむ様に、口元を僅かに釣り上げる。 「これは一つの提案やけど、例えばある程度開墾した農地を移住者に貸し与える」 「貸す、のか?」 「そや。土地は心津が貸し、耕作はその移住者が行う。ただし、収穫物は心津の物」 「え? それのどこに旨みが‥‥?」 せせりの話では、移住者の得がまるでない。朱璃はさらに膨らんだ疑問をせせりに投げかけた。 「話は最後まで聞くもんやで」 しかし、当のせせりは朱璃の言葉を遮る。 「六道さん、続けてください」 「ん。移住者は仕事に従事している限り、心津が衣食住を保証する」 「ほぉ、まるでどこぞの兵士みたいだな」 「ええ例えやな、一之瀬の兄はん。その通りや」 言葉を挟んだ紅竜に、せせりは感心したように頷いた。 「で、でも、収穫物全部徴収って言うのは、少し酷じゃないですか? せっかく自分達で作った物ですし‥‥」 「一定の税を納めれば残りは自分の物。という考えが普通ではありますね」 朱璃の戸惑いに義視も加勢する。 「ほな不作やった時はどうするん? 税を納めたくても納められへんで夜逃げした農民の話なんか、ごまんと聞いてきたで」 「あ‥‥」 「ま、その辺も踏まえての提案や。移住者は労働と引き換えに、一応の安定した生活を得られるっちゅー寸法や」 「なるほど、面白い案ですね。実現可能かどうかは別として、戒恩殿へ提案するには十分ですね」 「ん、それでええよ。決めるんはうちやないし」 そして、せせりは満足したように、椅子に深く腰をかけた。 「あ、私からもいいですか?」 と、せせりの着席を待って朱璃が元気よく手を上げる。 「ええ、万木さん、どうぞ」 そんな朱璃を義視が指名した。 「はいっ! えっと、丁度開墾の話が出たので、私は新しい作物の開発を提案してみようと思います!」 「茶葉以外の作物をか? だが、聞く話によると随分と土地が痩せているようだぞ?」 息巻く朱璃に、紅竜が問いかける。 「大丈夫です! それは私も聞いていましたから、これを持って来たんですっ!」 と、朱璃は床に置いた袋をごそごそと弄り、小さな包みを取り出した。 「それは?」 「えっと、蕎麦です!」 朱璃の開けた包み。そこには鈍色に輝く蕎麦の実が詰まっていた。 「なるほど、蕎麦ですか。確かに難耕地に適していると聞きますね」 「はい! 天儀本土でも農耕に適さない高地ではよく作られているんです。米程ではないですけど、十分主食になりうる食材ですっ!」 蕎麦の実を眺める一行に、グッと拳を握り力説する朱璃。 「聞く所によると、心津は生活必需品をほぼ全て島外からの輸入に頼っているそうです。領外から物を買うと、どうしても高くついてしまいますから、少しでも自給率を上げられればと思っていますっ!」 「なるほど、収益を増やすばかりが発展ではありませんしね。自給率の増加は心津にとっても益になるでしょう」 朱璃の提案に、一同も感心したように頷いた。 「あ、もちろんこれは一つの提案という事です。やっぱり、心津といえばお茶! お茶といえば心津! 開墾でお茶の生産範囲も拡大させて、収穫量の増加も一緒に行えればなぁって考えてます!」 「人、特に農作に携わる者を呼び込むには、持って来いの案ですね」 「ええ、それに人が集まれば新たな流通が生まれます。人の流れは物の流れ、きっと心津のお茶も蕎麦も有名になりますよっ!」 「噂が噂を呼ぶ。確かにこちらから下手に宣伝するより効果は高いかもしれないな」 「はいっ! それに折角の特産品ですもん、もっともっと世間様に知ってもらわないと!」 「そうだな。作るだけ作って、売れないじゃ話にならないからな」 「ですです!」 紅竜の言葉に、朱璃は大きく頷いた。 「この土地はまだまだ未開の地と言っても差し支えないです。でも、それが魅力でもあると思うんです!」 未来を見据え語り続ける朱璃の話に、一同も心津の行く末に思いをはせる。 「なにも無い所に何かを作る。これこそ開拓ですよね! ほら、私達も――」 「開拓者、やな」 「ですです!」 短く言葉を紡いだせせりに、朱璃は嬉しそうに頷いた。 ●奏啄 「さてと、とりあえず皆はどう動く?」 畳間に座した四人に向け、茉織が口を開いた。 奏啄にある一軒の宿。そこに集った一同は遼華を交え、今後の話し合いの場を設けていた。 「あたしは、心津の宣伝かな」 と、ミルが声を上げた。 「宣伝って言っても、心津にはなにも無いよ‥‥?」 そんなミルに遼華が恐る恐る声をかける。 「何言ってるのよ、リョウカ。ちゃんとあるじゃない。とっておきの特産品が」 「えっと‥‥お茶の事?」 「そそ、折角この間も大好評だったんだから、さらに売り込まないでどうするの」 「さらに売り込むって言っても、どうすれば‥‥」 「ほら、また自身なくすっ!」 どんっ! 「わひゃ!? も、もう痛いってばっ!」 ミルの強烈な一撃に素っ頓狂な悲鳴を上げた遼華は、頬を膨らませミルを恨めしげに見つめる。 「なんだ、元気じゃない。リョウカが沈んでちゃ、みんなの士気に関わるんだから、シャンとするの!」 「え‥‥? そうなの?」 「そうなの! ほら!」 と、見上げる遼華にミルは指差す。 そこには、二人のやり取りを和やかに見つめる一同の姿。 「ミルさんの言う通りですっ! 領主様が沈んでちゃ、お話になりませんっ!」 「りょ、領主じゃないですからっ!?」 グッと拳を握り語るルンルン。それを必死で否定する遼華。 そんな和やかなやり取りに、部屋に笑い声が上がった。 「私はキャンペーンガールをしますねっ!」 和やかに進む会議の中、ルンルンが一際元気な声を上げた。 「きゃんぺぇんがぁる‥‥?」 聞き慣れない言葉に遼華は、きょとんと問い直す。 「えっと、天儀の言葉ではなんていうんだろう‥‥めいどさん?」 「いや、それは違うぞ‥‥」 言い回しに悩むルンルンに、茉織が苦笑交じりに答える。 「そうですね‥‥宣伝嬢、とでも言うのでしょうか?」 と、真由良が頬に人差し指を当て答えた。 「そんな感じかねぇ」 「それならわかりますっ!」 真由良と茉織の翻訳に、遼華はぱぁと表情を明るくする。 「となると、あたしと同じ?」 「はいっ! 心津の魅力をズバッとバシッと伝えまくっちゃいますっ!」 「う、うん、ズバッとバシッとね‥‥。で、ルンルンは誰に宣伝に行くの?」 湧きあがるルンルンの気合に押され気味のミルは、気を取り直して問いかけた。 「えっと‥‥その辺を歩いてる人とか、港の人とか、お犬様とか子猫さん‥‥とか?」 そんなミルの問いかけに、うーんと頭を捻って答えるルンルン。 「せめて人間だけにしておいてよ‥‥」 予想を遥かに超えるルンルンの答えに、ミルは眉間を押さえながら答えた。 「ミル様は、確か商人の方へ行かれるんでしたか?」 そんな、悩めるミルに今度は真由良が声をかける。 「ええ、そのつもりだけど。何かあった?」 かけられた声に振り向いたミル。 「わたくしも商人の方へお話に行こうかと思っていまして」 「あら、マユラもいくの?」 「はい、ミル様とは別の商人様へのお話になりますけどね」 問いかけるミルに、真由良はにこりと微笑んだ。 「別‥‥? どいう事?」 「ミル様は、この奏啄に拠点を置いておられる商人様にお声がけされるおつもりでしょう?」 「ええ、そのつもりだけど?」 「わたくしは、行商に来ている方にお話しをさせていただきます。もしうまくいけば、その方々を心津に誘致できるかもしれません」 「ほぉ、誘致か。確かに心津には商人らしい商人がいねぇからな」 と、茉織が相槌を打った。 「ええ、心津には魅力的な商品がありますのに、魅力的な商人様はいらっしゃらないようですので」 そんな茉織に真由良は嬉しそうに答えた。 「ねね、商人に魅力って必要なの‥‥?」 「あたしが知るわけないじゃない‥‥」 一方、二人の後ろではルンルンとミルが何やらひそひそ話。 「一領地の御用聞き、そんな話もチラつかせるといいかもしれねぇな」 「ですわね。行商の方には、腰を落ちつけて商売できるというのは魅力でしょうから」 「店を構えるっていうのは、商人にとって一つの目標ですもんねっ!」 「お、流石は商人の娘。よくわかってるじゃねぇか」 「もちろんですっ! 伊達に16年間、商売見てきた訳じゃないんですからっ!」 茉織のお世辞に、遼華はドーンと胸を張った。 「ねね、そういうものなの‥‥?」 「だから、あたしに聞かないでってば‥‥」 そして、話に付いていけぬ二人はひそひそ話。 「ここは港街。行商の方も多数いらしていると思いますから、その方達にお声をかけていきますね」 「ああ、頼む」 「で、聞き手に回ってる所悪いけど、マオリは何するの?」 と、相槌を打つ茉織に、ミルが問いかける。 「うん、俺か? 俺は観光をやる」 「観光? 心津の?」 「ああ。いきなり心津で仕事があるから来てくれ、っつっても、普通誰もいかねぇだろ?」 「そうですわね。心津は辺境ですし、そもそも心津の名前すら知らない方もいらっしゃるでしょうし」 「あっ! だから観光ツアーをするんですねっ! もっともっと心津をアピールする為にっ!」 ポンと手を打ったルンルンが、嬉しそうに答えた。 「ん、そういう訳だ。とりあえず心津に来てもらう。そんで心津がどういう場所か知ってもらう。移住云々の話はそれからでもいいんじゃねぇかと思ってな」 「それじゃ、あたし達もそのツアーの参加者を募集すのが先になるわね」 「ああ、そうしてもらえると助かるな」 「了解でっす! ズビズビっと、ルンルン忍法で募集しまくっちゃいますねっ!」 「あたしも了解したわ」 こくりと頷くミル。そして、ぐぐっと拳を握るルンルン。 「行商の方はどういたしましょう? さすがに観光ではいらしてくれないかと思うのですが‥‥」 「んー、そうだな。ミルが話付けてくれる商人もそうだけど、何か益になる様な話がねぇと、さすがに商売ほっぽり出しては来てくれねぇよな」 「ですわね。何か商売がらみの美味しい話でもあればいいのですけど」 一般人ならいざ知らず、商人には商いがある。わざわざ仕事を放棄して来てくれるとは思えない。茉織と真由良は、うーんと考え込む。 「それなら、心津でお茶の競でもやればいいんじゃない?」 と、そんな二人にミルが声をかけた。 「競、ですか?」 「そそ。前にここに売り込みに来た時、お茶の競をやって好評だったのよね。だからそれを心津でやるって言えば、金の亡者なら来てくれるんじゃない?」 「金の亡者って、商人もえらい言われようだな」 ミルの語り口に茉織も苦笑い。 「あと、さっき話に出てた御用聞き、だっけ? アレの権利とかそんなのも話するって言うとかね」 「ふむ‥‥さすがに権利となると、偉い人の許可を得ないとな。――で、いいか? 遼華」 と、茉織は皆の話に真剣に聞き入っていた遼華に問う。 「え? あ、はいっ! もちろんですっ!」 一行の視線が集まる中、遼華は元気よく頷いた。 「んじゃ、偉い人の許可も出た事だし、行くかね。ミルとルンルンは説明会。出水は行商人の誘致。んで、俺は船の確保だ」 「そうね。皆、別々になるけどがんばりましょ!」 「うん!」 「はい」 「はいっ!」 茉織の纏めに元気良く頷いた四人は、それぞれの目指す場所へと散っていった。 ●心津 白熱した会議が続く。 「で、各務原の兄はんは何するん?」 そんな中、唯一提案らしい提案をしていない義視に、せせりが声をかける。 「私は交通網の整備を行いたいと思っています」 そんなせせりに、義視はにこりと微笑み答えた。 「随分と漠然とした提案やな」 「そうかもしれませんね。ただ、何をするにせよ、人は動きます。人が動くという事は、その為の『道』が必要となる」 「その道を作る為の開墾も必要となる、か。繋がったな」 「ええ、皆さんからの提案は、それぞれが別の提案ではありません。それぞれが相互干渉しあって、効果を高めるんです」 感心したように呟いた紅竜の言葉に、義視はさらに続ける。 「ですから、私は皆さんの提案した事項を結び付ける『道』の整備を行います」 「ふーん。で、具体的には?」 大志を語る義視に、せせりが問いかける。 「皆さんご存知の様に、この心津には平地と呼べる平地がありません。ですが、山から注ぐ川は沢山ある」 「あ、なるほど! 海運ですか! あれ‥‥? 海運は海だから‥‥川運?」 「普通に水運でいいですよ」 かくりと小首を傾げる朱璃に、義視が微笑みかけた。 「それに、この心津には手つかずの自然が沢山あります。これを利用しない手はない」 「そうか、川を利用して木材を運ぶのか」 「ええ、一之瀬さんが仰った住居確保の件もそうですし、港の整備にも大量の木材が必要になります」 「山で切り出した木を、川で流して海まで運ぶ。という訳ですね!」 「そうです。ただ、港で使う分の木材はそれでいいのですけど、陸で使う分は海まで運んでしまうと荷上げが大変になります。ですので――」 「川岸に荷揚げ桟橋を設置していく。なるほどな、それなら港だけでなく、他の土地も恩恵に与れるな」 「皆さん理解が早くて助かります」 時折口を挟む一行に、義視は嬉しそうにそう話す。 「行く行くは川同士を水路で結び、流通の利便性を上げたいと考えています」 「水路とはまぁ、壮大な計画やな」 「すぐに実現できるとは考えていません。行く行くの話ですよ」 「まぁ、そやろな。何でもかんでも手ぇ付けて、二進も三進も行かんようになったら、それこそ本末転倒やし」 「山の斜面で生産される茶葉の運搬も、これで楽にできるようになるでしょうし、水運に携わる人材の確保という名目での雇用の拡大も見込める」 「一石二鳥か」 「ええ、計画自体は壮大かもしれませんが、心津の発展に必要な物だと考えています」 「ええんちゃう?」 「ですね! すごくいい案だと思います!」 議論は議論を呼び、議場は次第に熱を帯びる。 各自が持ち寄った案をそれぞれ発表し、そして精査していく。 一行は食事も忘れ、心津の未来像を脳裏に描きながら話しを進めていった。 ●奏啄 街の一角に人だかりができていた。 「都会の喧騒に疲れたあなたっ! 生活に安らぎを求める貴女っ! 今、最も熱い土地『心津』をご存知でしょうかっ!」 ハリセンを叩きつけ、鉢巻き姿のルンルンが声を張り上げる。 「そこの貴方っ! 今の生活に満足いっていないご様子ですねっ!」 と、ざわつく民衆の一人をルンルンが指差した。 「お、俺か?」 「そうです、貴方ですっ!」 突然指差され戸惑う男に、ルンルンはズズイッと詰め寄った。 「見えます見えます‥‥っ! ルンルン忍法には貴方の全てが見通せてしまうのですっ!」 「お、おい、近いぞ!?」 息もかかりそうなほど顔を近づけるルンルンに、男は頬を染めながら焦った様に一歩退く。 「ずばり! 貴方は昨日、失恋されましたねっ!」 「え? い、いや別に――」 「そんな、傷心の貴方にこそ着ていただきたい土地! それが心津なのですっ!」 何やら言いかけた男の言葉を遮り、ルンルンがズバッと言いきった。 「お、おう‥‥」 「ねぇ、随分押してるけど、そんなにいい所なの?」 そんな二人の掛け合いが続く中、別の町娘がルンルンに声をかける。 「はいっ! 心津にはよく霧がかかるんですけど、明け方にかかる霧は、朝日を浴びて幻想的な空気を演出しますよっ!」 「そんなに綺麗なんだ‥‥」 ルンルンの語る心津の情景に、娘は思わず聞き入る。 「それにそれに、特産のお茶は、それこそほっぺが落ちるほどおいしいんですからっ!」 「そ、そんなに‥‥?」 食べ物の話に娘の喉がごくりと鳴った。 「もう少し詳しく聞かせてくれよ」 と、別の男か興味深げに声を上げる。 「で、お値段はおいくらくらいなの?」 その反対側では、身形のいい婦人も手を上げ声をかけてきた。 「はいっ! ちゃんと順を追って説明しますから、押さないでくださいねっ!」 次々と出される質問に、ルンルンは一人一人丁寧に説明していく。 広場に集まった人の輪は、次第に大きくなっていった。 「すごい迫力だね‥‥」 「あの子にこんな才能があったなんてね」 広場で繰り広げられる勧誘劇に、遼華とミルの二人は圧倒されていた。 「ミルは説明に参加しないの?」 と、ふと遼華がミルに問いかける。 「あたしはパス。ルンルンが頑張ってくれてるし、わざわざ口挟む必要もないでしょ」 「そうなの?」 「そそ。あたしにはまだやる事があるしね」 「あ、そっか。商人さんに声かけるんだっけ」 「うん。リョウカも来る?」 「いいの?」 「利権云々の話も出るかもしれないから、偉い人にいてもらえると助かるわよ」 「え、偉い人じゃないからっ!?」 飄々と語るミルに、遼華は焦り反論する。 「ま、なんにせよ来てくれると嬉しいわ」 「うぅ‥‥」 ぽんぽんと肩を叩くミルを、遼華は恨めしそうに見上げる。 「さってと、この間の商人さんはどこだったかな?」 そして、ミルは遼華の手を取ると、以前に見知った商家へと向かい足を進めた。 ●心津 「他に意見はありますか?」 長引く会議にも疲れを見せず、義視が一同を伺う。 「ほな、うちからもう一個」 「はい。六道さん、お願いします」 再び上がった小さな手を義視が指名した。 「開拓、開墾、開発。そんな話とは直接関係あらへんけど、心津の武器に付いての話や」 「武器、ですか?」 と、相変わらず真相を語らないせせりの言葉に、朱璃が問いかける。 「武器やゆーても、うち等が振るっとる様なもんとはちゃうで?」 そんな朱璃に、せせりは懐から取り出した符をひらひらと振った。 「あ、もしかしてお茶の事ですか?」 「そや。万木の姐はんの案とは少し矛盾が出るかもしらへんけどな」 「矛盾? 茶の生産量を上げる、というあれか?」 「ん。うちが提案したいのは『渡薫』の市場価値の上昇や」 皆が見つめる中、せせりが立ち上がりそう告げる。 「なるほど、流通操作ですか」 そんなせせりを義視が感心したように見つめた。 「今まで幻ゆわれとったんは、そら質もあったやろうけど、その流通量の少なさが原因で価値があがっとったにすぎひん」 義視の言葉にこくりと頷いたせせりが続ける。 「生産量を増やすのはもちろん賛成やけど、作りすぎて供給過多になるんだけは気をつけなあかん」 「市場に溢れれば、価値が暴落する可能性もありますしね」 「それに、お茶の産地はいっぱいありますからね。確かに数を出せばいいという訳ではないかもしれません」 茶葉量産の提案した朱璃もこの提案に頷いた。 「実際問題、雇用とは直接的には無関係やから後回しでもええけど、行く行くは生産調整は必要になるとおもうで」 「ですね。この案件もぜひ提案しておきましょう」 「ん。よろしゅーに」 報告書へ筆を走らせる義視を確認し、せせりは席に着いた。 「私も、もう一ついいですか?」 「ええ、どうぞ。出せる意見は全て出して行きましょう」 再び手を上げた朱璃に、義視が答える。 「えっと、先程提案させてもらった蕎麦の件と繋がるんですけど、心津の土壌の調査をしたいなと思ってるんです」 「土壌の調査?」 と、朱璃の提案に紅竜が問いかける。 「はいっ! いくら蕎麦が荒れ地に強いからといっても、どこでも育つわけじゃないんです。だから、心津の土を調べて、本当にここで蕎麦が育つのかどうか確かめたいんですっ!」 「確かに、外から持ってきた植物を土壌に根付かせる為には必要な事ですね」 「一口に土って言っても色々とあるもんなんだな」 「ええ、気候風土、とよく言いますけど、植物が育つ為には空気、水、そして何より土が重要ですからっ!」 「なるほどな、それで心津では茶葉以外作られないのか。――となると、住居用の土地の調査もするべきか?」 「ええ、地盤の調査は是非やるべきでしょうね。軟弱な地盤では家を立てても自然災害などで脆く崩れる可能性もありますから」 「ふむ‥‥。万木、俺も一緒にいってもいいか?」 「はいっ! ご一緒しましょう!」 語り尽くせぬほど抱えた、心津の為の案。 会議に参加した皆が、互いの案を聞き、そして自分の案を語る。 皆、時間を忘れ、会議は深夜にまで及んだという。 ●港 「よっ、儲かってるか?」 「冷やかしなら帰れよ」 桔梗丸で荷揚げ作業に汗を流す道に、ふらりと現れた茉織が声をかけた。 「そう邪険にするなよ。俺達の仲じゃねぇか」 「お前と友達になった覚えはないがな?」 「おー、冷たいよ、こいつ」 一度は剣を交え、そして今は共に同じ背を押す仲間。 茉織は道の言葉の中に何かを感じ、おどけた様にそう答えた。 「茉織様、お話はつきましたか?」 そんな二人の元に真由良が現れる。 「お話? 何の事だ?」 現れた真由良の第一声に道は何事かと問いかけた。 「ちょいとばかし、船を貸してもらいたくてな」 「船を貸す? おいおい、冗談だろ? そんなことしたら、どうやって心津に物資運ぶんだ」 「別に桔梗丸貸してくれって言ってるわけじゃねぇよ。あの船でいい」 と、怪訝な表情を見せる道に、茉織は沖に停泊させてある小型船を指差した。 「あれでいいのか? あれなら別にかまわないが‥‥たいして積めないぞ?」 「ああ、かまわねぇよ。物資を積む訳じゃねぇからな」 更に困惑の色を深める道に、茉織はニッと口元を緩めた。 「なぁ、お譲さん、ほんとに大丈夫なのか?」 と、話しこむ三人に一人の男が声をかけた。 「ええ、ご心配なさらずに」 しかし、真由良は心配そうな男ににこりと微笑みかける。 「お。そいつらが例の行商人か?」 男達の存在に気付いた茉織が、真由良に問いかけた。 「はい、ここ奏啄と安州を起点に商売されている方々ですわ」 と、真由良が後ろの三人の男達を紹介する。 「なんだ、こいつら?」 そんな三人を道は何者かと覗き込む。 「心津に招待する商人様達だ」 「商人?」 「ええ、心津で商売をしていただく予定ですわ」 不思議そうに眉間にしわを寄せる道に、二人は懇切丁寧に説明していった。 「話は纏まった?」 しばらくして桔梗丸に、ミルが現れる。 「これはミル様。おかえりなさい――えっと、後ろの方々はどちら様でしょう?」 ミルを迎えた真由良が、後ろに控える数人の男達に視線を移し問いかけた。 「奏啄の商人よ」 「商人連れてきたのか。わざわざすまねぇな」 ミルの後ろで恭しく首を垂れる男達に、茉織が話しかける。 「いやいや、我々こそこのような美味しい――おほんっ。素晴らしい話を持ちかけていただき感謝していますよ」 男の一人が、営業用の笑顔で答えた。 「ちょっと、お嬢さん。これはどういう事だ?」 しかし、そんな男達を眺める行商人達はいたって不機嫌に真由良に問いかける。 「ふふ、この方達が貴方達のお相手になる方ですわ」 行商人達の不機嫌な声に、真由良は答える。 「‥‥そういうことか。これは歯ごたえがありそうだ」 真由良の答えに、意図を察した行商人はミルに連れられた男達を眺め、不敵に微笑んだ。 「さてと、後はルンルンの方か――」 「着たみたいよ」 と、ミルが指差した先には、ルンルンに連れられた10名程の男女の姿。 一向に連れられた面々は、それぞれが未知の心津に思いを膨らませ、船へと乗り込んでいった。 ● 心津に人を。 その思いで行われた奏啄での勧誘。 行商人。町娘。土着の商人。漁師――。開拓者達の宣伝活動により、様々な境遇の者達がここに集う。 そして、一行を乗せた船は、一路心津へとその舳先を向けた。 一方、心津では行われた会議により、戒恩に提出された案件は実に数百にも及んだ。 開拓者達の案を受け、観光客そして、移住客受け入れの準備が着々と進む。 領主代行遼華は、この頼もしい開拓者達の背に静かに頭を下げたのだった。 ここに、心津開拓史の新たな一歩が記されたのだった――。 |