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■オープニング本文 ●とある海岸 ザパァーーーーン! 絶えず荒波が打ち寄せる海岸。 波に削られた切り立った崖の上に、一人の男が立つ。 「‥‥」 強風に長いバンダナを靡かせ、じっと海のかなたを眺める男は、徐に口元に手をやると。 「はっはっはっ! 俺、只今参上!!」 海に向かい高らかに笑い上げた。 「ふむ、ここはどこだ‥‥?」 一人海に向かう男がふと呟き、遥か遠方を見やる。 「まぁ、いいか!」 と、その身に置かれている全ての状況を無視し、男は軽快に崖を降りる。 その身体に、べったりと昆布がこびりつかせて――。 ●ジルベリアのとある町 「貴様! なに奴!!」 がしゃがしゃと鉄製の鎧を掻き鳴らす、衛兵の一人が叫んだ。 「なに奴? 俺をしらねぇのか?」 そんな衛兵の叫びに、くるりと振り向いた男が不快感を露わにする。 「貴様の様な怪しい奴を誰が知るか!」 若干息を切らしながら、槍を突き付ける衛兵。 「おいおい、そんな物騒なもんしまえよ。ここは天下の往来だろ?」 と、突き付けられた槍を面倒臭そうに退ける男が衛兵を諭すように話しかける。 「やるんならかまわねぇけど、怪我してもしらねぇぞ?」 尚も槍を突き付ける衛兵に、男は溜息混じりに返した。 「貴様!」 男の挑発に衛兵の怒りは頂点に。槍が男の喉元へ突き刺さろうかとした、その時。 「おおお、お待ちください衛兵様!!」 突如二人の間に、小太りの男が割って入る。 「貴様、なに奴!」 生意気な男を今少しで誅せたという時に入った邪魔ものに対し、衛兵の怒りは爆発していた。 「ごごご、ご無礼は平にご容赦を!! この者、私の弟なのであります! どうかご無礼をお許しください!!」 「なに? こいつがお前の弟だと?」 槍を持つ手をがっちりと掴んで嘆願する小太りの男に、衛兵は怪訝な表情を向ける。 似ても似つかぬこの二人。それぞれが実に怪しい。 「へいっ! 見逃していただける代わりと言っては何ですが――」 その時。訝しみ、戦闘態勢を崩そうとしない衛兵に、小太りの男が袖下から何かを差し出した。 「うん? ――仕方が無い。その兄弟愛に免じて今日の所は許してやろう。早々にこの男を連れて立ち去れ!」 男が影から差し出した小袋を衛兵がそそくさと懐の仕舞い込む。 「さすが衛兵様、話が解る!」 そんな衛兵に、すりすりと両手をこすり合わせ厭らしい笑顔を向ける小太りの男。 「なんだ? まだ何かあるのか? 俺は忙しいんだ」 懐に腕を突っ込みもぞもぞと落ち着かない衛兵は、じっと厭らしい笑顔を向けてくる小太りの男を牽制する。 「へ、へい! お前、行くぞ!」 小太りの男は、男の手を取るとそそくさと逃げ出した。 「ふぅ‥‥」 衛兵から逃げる様に建物の影へ身を移した二人。 「なぁなぁ、あれって賄賂ってやつか?」 そんな小太りの男に、興味深げに質問してくる男。 「しーーーー!! と、とにかくここじゃなんだ。場所を移すぞ!」 そんな男の質問に、あからさまに動揺する小太りの男は、再び男の手を引き街の外へと脚を向けた。 小太りの男に腕を引かれながらも、男が街を見回す。 そこには我が物顔で街を行く衛兵の姿。そして、その影に怯える町人達。 「どこもかわんねぇな――」 小太りの男に連れられ、街の外へと向かう男が、ぼそりと呟いたのだった。 ●小屋 衛兵との一件をなんとか納めた二人は、小太りの男の案内で街の郊外にある小屋へ身を寄せていた。 「いやぁ、まさかこんな所で噂に名高い怪盗ポンジさんに会えるなんて!」 「お? お前、俺の事知ってんのか?」 小太りの男がポンジの手を取りぶんぶんと振る。 「それはもう! 武天、いや天儀国内を縦横無尽神出鬼没に暴れ回る、伝説の義賊ポンジさんの事を知らないわけがないでしょう!」 「お? そうかそうか。うんうん、そうだよな。はっはっはっ!」 「はっはっはっ! 全くですとも!」 小太りの男のお世辞に、ポンジはいたって満足気に高笑い。 「で、ポンジさん」 ふと、男が眼差しを真剣なものへ変えポンジへ話しかけた。 「うん?」 「さっきの街ご覧になりましたでしょ」 「‥‥」 男の真剣な言葉に、ポンジも珍しく真面目に聞き入る。 「あの街の領主、カンターギルって野郎なんですけどね。領民に重税を掛け私腹を肥やしてるんですよ」 「いけすかねぇな」 「でしょ! そこで、ポンジさんにお願いがあるんですが――」 と、男はポンジの耳元へそっと顔を近づけ、ぼそりぼそりと何やら呟いた。 「‥‥民衆の為ならしゃぁねぇ! 一肌脱いでやるぜ!」 「さすがは義賊! そうでなくっちゃ!!」 再びポンジの手を取った助蔵は、人懐こい笑みを浮かべたのだった。 ●農家 「‥‥これは?」 農家の一日は早い。 一人の農夫が眠い目をこすりながら、畑へ向かう為家を出ようとした時。それはあった。 「小麦袋‥‥?」 小屋の入口に無造作に置かれたそれは、いつもの見慣れた形。 「なんでこんな所に?」 置かれた小麦袋は合計で3つ。その全てに、はち切れんばかりの小麦が詰まっていた。 「一体どなたのご慈悲か‥‥?」 農夫は思わず天を仰ぐ。 働いては搾取される日々。生産の喜びなど、とうの昔に忘れていた。 それがどのような形であれ、手元に戻ってきたのだ。 理由などどうでもよかった。これで当分の間食べ物に困らない。 それだけが男の思考を支配していた。 「ありがとうございます‥‥ありがとうございます‥‥」 農夫は何度も天へ向け祈りを捧げると、小麦袋をそそくさと小屋の中へと運びいれた。 ●領主館 「なに! 麦倉が空だと!?」 訪れた衛兵の報告に、この館の主カンターギルは驚愕の声を上げた。 「は、はいっ!」 領主の剣幕に衛兵がたじろぐ。 「なぜそのような事になっておる! 番兵は何をやっていたのだ!!」 「そ、それが、昨晩の交代時間までは確かにあったのですが‥‥今朝確認するともぬけの殻に‥‥」 尚も激しさを増す剣幕に、衛兵は震える様に言葉を絞り出した。 「馬鹿な! あれほどの量、どうやって盗む!!」 「そ、それがまったく不明で‥‥」 激昂するカンターギルに、衛兵は怯えまくる。 「ばかもん!! とにかく探せ! あれが無くば収穫期までの収入が無くなるのだぞ!!」 「は、はいっ!!」 バッと手を振り命を下すカンターギルに衛兵は逃げる様に部屋を後にした。 「誰の仕業だ‥‥くそっ! 心当たりが多すぎて見当がつかんぞ!」 衛兵が去った部屋で、カンターギルは机に拳を打ちつけ、そう呟いた。 ●洞穴 薄暗い洞穴に、蝋燭の炎が揺れる。 「さすが団長。うまく丸めこみましたね」 「あんなアホ言いくるめるなんざ、ちょろいもんだぜ」 「噂にたがわぬアホでしたね」 「まったくだ。はっはっはっ!」 「くっくっくっ!」 洞穴に男達の低く厭らしい笑い声が木霊した。 |
■参加者一覧
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
王禄丸(ia1236)
34歳・男・シ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
和奏(ia8807)
17歳・男・志
篁 光夜(ib0370)
26歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●領主屋敷 「静粛にっ!」 居並ぶ衛兵達を前に、喪越(ia1670)が声を涸らし叫び。 「奴が‥‥奴がついにこのジルベリアの地を踏んだっ!!」 懐から十手を取り出し、ダンっと大地へと突き刺した。 「いいかてめぇら、耳の穴かっぽじってよぉぉく聞けぇぃ! の前に、それ!」 と、顔だけを起こし喪越は衛兵の一人を指す。 「なんだその成りはっ!? てめぇらにはポンジを追う者の心得がわかっておらんっ! ――と言いたいところだが、今回の俺はこのジルベリアの大地よりも心が広い!」 進む方向性が見えない喪越の演説に、衛兵達も至極困惑顔。 「行くぞてめぇら! ポンジ、今日こそ逮捕だーー!!」 グッと拳を握った喪越は、街へ視線を移し。 「とぉつぅげぇきぃいいい!!」 渾身の叫びと共に、街へ向け駆けだした。 「喪越さま、行ってしまわれましたけど‥‥」 喪越に引き連れられ全速力で街へと向かう一団を眺め、和奏(ia8807)が呟いた。 「抜け駆けとはやってくれるなっ! だが勝負は数じゃない! 俺がそれを証明してやるぜっ!」 と、心配そうに見つめる和奏を他所に、天ヶ瀬 焔騎(ia8250)が一人燃え上がる。 「焔騎さま‥‥? 我々は別に勝負しに来た訳では‥‥」 「首を洗って待っていろよ、怪盗スポンジ!! この『解消屋』天ヶ瀬 焔騎から逃れると思うなっ!」 迸る情熱をその瞳に宿した焔騎は、そのまま街へと猛ダッシュ。 「え‥‥? え‥‥?」 瞬時に姿を消した友の姿に、和奏は呆気にとられる。 「まずはアレから話を聞かんと始まらんからな」 と、そんな二人を眺め、巨漢の牛面王禄丸(ia1236)が、仮面の奥に光る眼光を怪しく瞬かせる。 「どれ、勝負と行こうか」 そして、王禄丸は巨体を揺らし門へ。 「王禄丸さま!?」 そんな王禄丸を和奏は慌てて止めに入るが、すでにそこに王禄丸の姿はなかった。 「皆揃って、捕縛路線なのはどうなんだ‥‥?」 街へと消えた三人を眺め篁 光夜(ib0370)が呟いた。 「ど、どうしましょう‥‥」 「あら? 皆様行ってしまわれたのですか?」 呆然と立ち尽くす二人に出水 真由良(ia0990)が呑気に声をかけた。 「えっと、自分達の目的って、小麦を取り返す事と盗賊団の捕縛‥‥ですよね?」 「はい、その通りですわ」 自信なさげに問いかけてくる和奏に、真由良はにこりと微笑む。 「ほっ‥‥よかった。自分は間違って――」 真由良の答えにほっと胸を撫で下ろす和奏。 「では、わたくしも」 「ま、真由良さま、なにを‥‥?」 しかし、真由良はそんな和奏を他所に、大の大人が両手を広げてやっと抱えられるであろう程の、大きなタライを取り出した。 「はい、素麺でもご用意しようかと」 突然の出来事に、動揺を隠せない和奏の問いかけにも、真由良は笑顔を絶やさず答える。 「なんでこのタイミングで素麺なんだ‥‥?」 と、光夜が困惑気味に訪ねた。しかし、真由良は鼻歌交じりに手際よく素麺を用意していく。 「え? やっぱりあの噂は本当だったんですか?」 そんな真由良に、半信半疑で問いかける和奏。しかし、その表情はどことなく胸躍っているようだ。 「まさか、そんな事はな――」 「うめぇな、おい!?」 言いかけた光夜は突然の声に固まる。そして、振り向いた先には、当然の様に素麺を齧るポンジの姿。 「まぁ、まだ生ですわよ?」 突然のポンジの登場にも、まるで動揺を見せぬ真由良。 「おおぅ‥‥通りで歯応えが」 「ポンジ様ったら、仕方のない方ですね。あ、頬に素麺が刺さってますわ」 「おっと、すまねぇな」 「え、お、おい! 首謀者の一人がこんな所で何やってるんだ!?」 当然の如く微笑合う二人に、光夜は慌てて鉄爪を握った。 「うん?」 しかし、ポンジは気にも留めず生素麺?を齧り続ける。 「‥‥そ、そちらから現れたのなら都合がいい。ここでケリをつけるぜ!」 どうにもペースのつかめない光夜は、無防備なポンジに向け鉄爪を振り下ろした。 「うおっと!?」 「お前には色々と聞きたい事がある!」 爪撃に逃げるポンジを執拗に追う光夜。 「そんなもん振り回しながらよく言うねぇ! っとと、時間だ」 無数に繰り出される光夜の爪撃を全て避け、ポンジは真由良に向き直ると。 「ねぇちゃん、馳走になったな!」 ポンジは真由良に向け一枚の紙を投げつけた。 「あら、これは‥‥?」 「大人しく捕まれ!」 「そうは問屋がおろさねぇぜ!」 受け取った紙を見つめる真由良を他所に、光夜は捨て台詞と共に逃げるポンジを追い街へと消えた。 「あ、あれが怪盗ぽんず‥‥?」 「ええ、ポンジ様ですわ」 光夜に追われ街へと消えたポンジの姿を呆然と見つめる和奏に、真由良が優しく答えた。 「さ、さ――サインもらうの忘れたーー!!」 「まぁ、それは残念でしたわ」 そして、天にも届きそうな和奏の絶叫が響き渡ったのだった。 ●酒場 ガヤガヤと喧騒に包まれる酒場中の視線は、ある一点に集中されていた。 「ジルベリアの酒も悪くない」 そこには、やたらと目立ちながらジョッキを傾ける牛。 その時。 「ここか!」 王禄丸が酒に舌鼓を打つ酒場に、光夜が駆けこんだ。 「うん?」 「王禄丸か、今ここにポンジが来なかったか!」 中をきょろきょろと伺った光夜は、ポンジよりも目立つ人物に駆け寄る。 「アレがか? いや、見ておらんが」 息を弾ませる光夜に対し、王禄丸はぞんざいに答えた。 「くそっ!」 追っていた相手を見失った事に、光夜は焦りを滲ませ、酒場を出ようとするが。 「まぁ、待て。それよりも一献どうだ?」 「何を呑気――ってお、おい!?」 王禄丸は無理やり光夜を席に着け、酒を注ぎ始めた。 「闇雲に追っても無駄だ。それに、ここにいると色々と面白い話も聞ける」 二人の騒動が一段落したとみたのか、酒場の客達は再び自分達の話に華を咲かし始める。 「‥‥なるほど、情報収集の基本は噂からか」 二人が耳を傾け、聴こえてくるのは、他愛ない日常の笑い話。最近現れた義賊の話。そして、領主への不満――。 「うむ。追えば逃げる。そんな物に付き合ってやる義理はない」 「‥‥だな」 そして、二人はそのまま酒場で酒に舌鼓を打った。 ●裏路地 「そこか!」 気配を頼りに曲がり角から身を躍らせた焔騎。 『わう?』 しかし、そこに居たのは一匹の野良犬。 「ちぃ! 変わり身とはやってくれるぜ! ――うん?」 狙いを外し舌打ちした焔騎の視界に、犬が咥える一枚の蒼い布が飛び込んだ。 「なんだ?」 何故か見た者を惹きつけるその布に、焔騎は釘付けとなる。 『わう』 そんな焔騎に、犬は布をすっと差し出した。 「‥‥そういう事かっ!」 焔騎は差し出された布を掴むと。 「いいだろう、スポンジ! その誘い、乗ってやるぜ!!」 何を想像したのか、徐に布を顔に当てた。 「おぉ‥‥。悪くない、悪くないな!」 そして、焔騎は湧きあがる不可思議な力を駆り、躊躇うことなく一軒の民家に突撃した。 ●街 「‥‥」 「どうかなさいました?」 物思いに更け街を行く和奏に、真由良が声をかけた。 「先程ぽんずさまが、残された情報‥‥何の事でしょうか」 と、和奏は真由良の手元に視線を落とす。そこには、ポンジが残した一枚の紙が握られていた。 「きっと、何かのヒントですわ」 そして、真由良も手元に視線を落とす。 その紙には、ただ『洞穴』とだけ書かれていた。 「洞穴‥‥。もしかして、小麦の隠し場所とか?」 「そうかもしれませんね」 ポンジの残した暗号に、思案に暮れる和奏に真由良はにこりと微笑む。 「この街の付近に、大荷物が隠せそうな洞穴が無いか聞いて回りましょうか」 「いい案ですわ。義賊団の噂も流したくもありますし」 「噂を流すのですか?」 「ええ、こちらから噂を流せば、この件を気に留める方も増えます。そうなれば身動きが取り辛くなるでしょうし」 「なるほど、民衆の目を使う訳ですね」 「ええ、それに――」 「それに?」 言葉を止めた真由良に、和奏が問いかける。 「和奏様も感じられているのではありませんか? ここの領主様の事」 「‥‥ですね。わかりました。早速、酒場にでも行きましょう」 そして、二人はそれぞれの思いを胸に街へと消えた。 ●夕暮れ 「いたぞ、こっちだ!」 衛兵が叫んだ。 「違う、こっちだ!」 別の衛兵が叫ぶ。 「何人いるんだ!?」 夕暮れの街で繰り広げられる追跡劇は、神出鬼没な逃走者によって混乱の度を深めていた。 「なかなか愉快な趣向だ」 「そんな呑気な事言ってる場合か‥‥捕まえるのが俺達の仕事だろう?」 次々と現れる人影に翻弄される衛兵達を見つめる王禄丸に、光夜が呆れた様に声をかけた。 「捕まえるか‥‥ふむ、捕まえるのはかまわんが」 「なんだ、納得いってない感じだな」 「正直、つまらん」 「おいおい‥‥」 「見た所、あの中にアレが居らぬのでな」 「アレって‥‥」 と、光夜は逃げ惑う人影を追う。それは、二人が目的とする人物とは到底かけ離れた影をしていた。 「気分は乗らんが、仕事ならば仕方ない」 と、呟いた王禄丸の姿が一瞬にして消える。 「お、おい! 行くなら行くって言えよ!」 消えた王禄丸に悪態をつきながらも、光夜もまた街へと消えた。 ●夜 「なにっ‥‥ポンジが二匹だとぉ!?」 闇夜を裂き、目の前に現れた二つの影に、喪越が驚愕する。 そこには白髪に黒バンダナ、そして、赤髪に蒼バンダナを備えた二人がいた。 『はっはっはっ! 俺達、只今参上!!』 ぴたりとハモる声二つ。 黒と蒼が高らかに名乗り上げた。 「分身たぁ、洒落た真似をしてくれるじゃねぇの!」 しかし、二人のポンジ(?)にも喪越は怯まない。 バッと懐に手を突っ込むと、一枚の符を取り出し、練力を満たす。 「こほん――いくぜぇ! かむひあぁーー! 藤ぅ吉ぃ郎ぅ!!」 咳払い一つ。 高々と掲げた符が目を焼く程の閃光に包まれた。 『うき?』 光の終焉。そこには、捕縛縄を携えた小猿の式が佇んでいた。 「ふっ! これで二対二だぜ!」 「ほうっ! なかなかやるじゃねぇか、喪っさんよ!」 人気のない広場で見えない火花を散らす四者。 「ぽーんじ! 今日こそ逮捕だー!!」 まさに一触即発の空気の中、喪越が先陣を切ろうと駆けだした、その時。 ポトっ。 蒼バンダナが喪越の前に、何かを放り投げた。 「喪越さん! それを取れ!」 『うき?』 目の前に落ちた物を藤吉郎が拾い上げ弄ぶ。それは真っ赤に燃える真紅のバンダナであった。 「わりぃな、喪っさん! 今回は捕まってやる訳にはいかねぇんだ!」 その深紅に意識を奪われていた喪越に、ポンジはそれだけを言い残すと闇へと消えた。 「まちやがれっ! ――っ!」 闇に溶けたポンジを追おうと身を翻した喪越の前に、蒼バンダナが立ち塞がる。 「おっと、ここは通さねぇよ」 「‥‥どういうつもりだ? 天ヶ瀬」 今回の事件の首謀者を庇う様に立ち塞がった男に、喪越は静かな怒りを込め問いかけた。 「天からの恵み。そんな物に頼らなくちゃならない民衆をどう思うよ。岡っ引きさん」 「‥‥」 返ってきた答えに、押し黙る喪越。 「怪盗ってのも、たまには悪くないぜ?」 「‥‥説明は後で聞いてやるっ」 そして、喪越は藤吉郎からむしり取った紅バンダナを、顔に当てた。 ●洞穴 「まぁ、沢山」 洞穴の奥に山と積まれた小麦袋を前に真由良が嬉しそうに声を上げた。 「こんな所に‥‥。って、目立ちすぎですよね、ここ‥‥」 隣ではその量に圧倒される和奏。 二人は街で聞きつけた情報を頼りに、盗賊達のアジトを発見していた。 そこは街から五分も離れていないであろう、街道沿いの洞穴であった。 「きっと、重かったのでしょう」 「そ、そんな理由で‥‥?」 街道を通る者全てがその洞穴の存在に気付くほど目立つ隠れ場所を、和奏は困惑気味に眺めた。 「どうしましょう。これ」 「ツッコむ所が色々とありすぎて、どうしていいのかわかりません‥‥」 「本来でしたら領主様にお返しするのが筋なのでしょうけど‥‥」 物言いたげな和奏を無視し、思案に暮れる真由良は。 「あ、そうでした。王禄丸様から言伝を賜っていたのでした」 何か思い出したように、ポンと手を叩いた。 「そもそもなんでこんな目立つ場所に‥‥」 「さぁ和奏様。これを本来の持ち主様へお返しに参りましょう」 「え、え?」 不満げに呟く和奏の腕を、真由良はガチっと掴んだ。 ●屋敷 「これで依頼は達成だ」 王禄丸は縄に着いた心太の構成員達を見下ろし、カンターギルに視線を移した。 「貴様ら、アレをどこに隠した!!」 そんな王禄丸の事など無視し、カンターギルは目を血走らせ盗賊達に詰め寄る。 「まぁ待て、領主よ」 と、そんな領主を王禄丸が制す。 「見てみろ、この醜い姿を。お目当ての品はこいつらの胃袋の中の様だ」 「なっ!? き、貴様ら、許さんぞ!!」 盗賊達を見下ろし、カンターギルはわなわなと震えていた。 ガタンっ! 「た、大変です!!」 その時、一人の衛兵が屋敷へと駆けこんでくる。 「ええい、黙れっ!」 しかし、必死に訴える衛兵にもカンターギルは耳を貸さず、盗賊達を憎々しげに見下ろした。その時。 『うおぉぉぉ!!』 屋敷の中へと響く怒号。 「な、なんですか?」 突然の怒声に和奏が慌てて窓から外の様子を伺う。 「まぁ、領民の方々があんなに沢山。ここでお祭りでもあるのでしょうか?」 同じく窓の外を覗く真由良が、のほほんと呟いた。 「おいおい、ここは呑気者だらけか? どう見ても一揆だろ」 そして、光夜が呆れたように呟く。 「一揆だと‥‥? 何を――!?」 声を揃え異変を口にする一行に、カンターギルも窓の外へ視線を移した。そこには――。 押し寄せる、人、人、人――。 「な、何事だ!? お前達、なな、何とかしろ!」 民衆の群れに焦るカンターギルは、一行に向け悲痛な叫びを上げる。 「そう言われましても、我々が受けた依頼にはそこまで入っていません。再度依頼されるなら、ギルドを通してください」 「なっ!」 しかし、その訴えに和奏は淡々と答えた。 ガンっ! 「お、門を突破したぞ?」 怒涛の如く押し寄せる民衆を眺め、光夜が解説するように呟く。 『はっはっはっ! 俺達、只今参上!』 そして三声響く、馴染みの決め台詞。 「あら、ポンジ様‥‥が三人?」 門を突破した民衆を扇動していたのは、ポンジ、そして蒼と紅の二人の仮面の男であった――。 民衆達の反抗の前に、屋敷はあっけなく陥落する。 それもそのはず、この民衆の中には喪越の文を受けた帝国の兵が混じっていたのだ。そして、大混乱の中、領主の悪行は次々と明るみになる。 「頭も使えるとはな」 喧騒の中、紅が呟く。 「いいじゃないか。楽しかったしな!」 答える蒼。 「楽しかったぜ、お前ら! また天儀で会おう!」 そして、黒が。 民衆達が巻き起こす騒乱の中、一行はそんな声を聞いたのだった――。 |