【遼華】轟く山脈
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/26 23:01



■オープニング本文

●心津屋敷

 コンコン――。

「開いてるよ」
 戸を叩く音に、部屋の主『高嶺 戒恩』はふと顔を上げ答える。
「失礼します」
 ゆっくりと開く扉。そこから顔を覗かせたのは領主代行『会刻堂 遼華』であった。
「伯父様、お呼びになりました?」
「ああ、よく来てくれたね。さぁ、入っておくれ」
 突然の呼び出しにかくりと小首を傾げる遼華を、戒恩は笑顔で部屋に招き入れる。
「お邪魔しますっ。――えっと、何か御用ですか?」
 戒恩の招きに部屋へ踏み入った遼華は、静かに扉を閉めた。

「どうだい? 仕事の方は」
 戒恩は向かい合う席に遼華を座らせ、笑顔で問いかける。
「はい、穏さんも悦さんも道さんも、皆さん頑張ってくれてますし、港の復興計画も半分くらいの工程は終了しましたっ」
 そんな戒恩に、遼華も笑顔で答えた。
「うんうん、この国も遼華君がいれば安泰だね」
「伯父様がもう少し働いてくれると、もっと安泰なんですけど‥‥」
「はは、私は私で色々と忙しいんだよ。うんうん」
 遼華の皮肉に、戒恩は声を上げて笑う。
「いつも昼寝ばかりしてるくせに‥‥」
 そんな爽やかな笑みを浮かべる戒恩に、遼華はぼそりと呟いた。
「うん? 何か言った?」
「な、何でもありませんっ! ――もぉ、地獄耳なんだから‥‥」
 なにかな? と顔を覗きこんでくる戒恩に、遼華はぷいっとそっぽを向く。
「遼華君、小言は聴こえない所で言うものだよ?」
「あわわっ!? ご、ごめんなさいっ!」
 まるで全てを見透かす様な戒恩視線に、遼華は慌てて首を垂れた。
「うん、今日も遼華君はからかい甲斐があるね」
 そんな遼華を戒恩は満足気に見つめる。
「か、からかっ?! で、何の用なんですかっ! からかうだけならもう帰りますっ! 私は伯父様と違って忙しいんですっ!!」
 いっそ爽やかな笑みで満足気に頷く戒恩に、遼華は顔を真っ赤に激しくまくし立てた。
「お、そうだった。あまりに楽しくて本題を忘れる所だったよ。遼華君も罪作りな女だね」
 そんな遼華に、戒恩は感心したように頷く。
「もう好きにしてください‥‥」
 そして、遼華は諦めた。
「で、お願い事があるんだけど、しばらく時間作れるかな?」
 肩を落とす遼華を嬉しそうに眺めながら、戒恩は問いかける。
「え? 時間ってどれくらいですか? 1日くらいなら何とかなりますけど」
「1日じゃちょっと厳しいかな。せめて1週間」
「1週間ですか‥‥ちょっと穏さんと相談しないと‥‥」
 戒恩が提示された期間は一週間。仮にも心津の領内を束ねる身として、別の件で職務を離れるには長すぎる期間であった。
「穏君には話しておくよ。これは遼華君でなければできない事だからね」
「私にしか?」
 戒恩の意図が見えない遼華は、オウム返しに聞き返す。
「うん、お使いを頼まれてほしいんだ」
「お使い‥‥ですか?」
「そう、お使いね」
「はい、それ位でしたら構いませんけど‥‥1週間も必要なんですか?」
 お使いで一週間。余程遠い所へでも行かせるつもりなのかと、遼華は表情を曇らせ戒恩に問いかけた。
「ちょっと遠い場所なんだよ」
「遠い場所‥‥本土とかですか?」
「残念。この島内だよ」
「霧ヶ咲島の?」
「そう、霧ヶ咲島の真ん中」
「真ん中って‥‥」
 戒恩の言葉に、遼華はしばし考え込む。
「あの山脈を越えるのはちょっと大変だから。だから1週間」
 と、そんな遼華を楽しそうに見つめた戒恩は、部屋の窓から見える『真冷山脈』の山裾を眺め呟いた。
「あの山脈って‥‥あそこを越えるんですか!?」
 戒恩の視線を追って窓の外を見やった遼華は、いつも見ている険しい山脈の姿に驚愕する。
「うん、お使いって言うのは本国からの届く書状を領主代行として受け取ってくる事だからね」
「そ、それはかまいませんけど‥‥どうしてその用件が、あの山を越えないといけない事になるんですかっ?」
 あまりに関連性の無い戒恩の言葉に、遼華は焦り問いかけた。
「だって、書状はあの山脈を越えた先にある『妙県の街』に届くからね」
「なんだってそんな所に‥‥」
 呆れる様に窓から見える山脈を眺める遼華。
「遼華君は知らなかったっけ? この霧ヶ咲島で唯一飛空船が発着できるのが、その『妙県の街』だからさ」
 そんな了解に、戒恩は懇切丁寧に説明していく。
「でも‥‥書状とかならほかの手段でも送れるんじゃないんですか? ほ、ほら風信術とか‥‥」
「大切な書状を風信術じゃ送れないよ?」
「そ、そうですよね‥‥」
 自信なさげに提案した遼華の案は、あっさり却下された。
「‥‥で、でもあんな所越えられるんですか‥‥?」
「越えれるんじゃない?」
「そんな適当な‥‥」
 飄々と答える戒恩に、遼華は憤りを通り越して呆れるしかなかった。
「大丈夫だよ。あの山脈で暮らす山の民もいるんだし、なんとかなるさ」
「その自信がどこから来るのか、いつも不思議でなりませんよ‥‥」
「ま、そう言う訳でよろしくね。領主代行様」
「も、もうぉ!」
 呆れる遼華に、戒恩は嬉しそうに語った。

「えっと、これが領主の印で――」
 戒恩より渡された様々な小物を一つずつ確認していく遼華。
「忘れ物は無い?」
「はい、大丈夫だと思います。じゃ、身支度してきますね」
 と、小物を大事に抱いた遼華は、席を立ち上がり戒恩に向け深く礼をした。
「あ」
 立ち上がり部屋を出ようとした遼華に、何かを思い出したのか、ポンと手を叩く戒恩。
「あの山脈には、古主さんがいるらしいからよろしくね」
 振り向いた遼華に、変わらぬ笑顔を向け話しかける戒恩。
「古主‥‥さん?」
 突然出てきた名前に、遼華は更に困惑し。
「えっと‥‥伯父様のお知り合いの方ですか?」
 問いかけた。
「うんん、知らないよ?」
「知らないよって‥‥」
 またからかわれた。そう感じた遼華は深く溜息をつく。
「仕方ないんだよ。だって、噂でしかその存在が知れていないんだから」
「え‥‥?」
 急に真剣な眼差しへと変貌した戒恩に、遼華は呆気にとられた。
「ケモノ、とは言われているみたいだけどね。正体不明の山の主様って奴かな?」
「そ、そんな‥‥」
「それが『古主』。十分気をつけていくんだよ。何せ、出会って生きて帰って者は無い、とさえ言われているからね」
 ただの脅しではない。それは試練なのだ。戒恩は遼華の瞳をじっと見据えながら真摯に語り続ける。
「で、でも、そんな所を私だけじゃ‥‥」
 しかし、遼華は不安げに瞳を揺らし呟いた。
「うん、だから彼らに依頼しておいたよ」
「彼らって‥‥?」
「開拓者だよ。遼華君の大好きでしょ?」
 と、訝しげに問いかける遼華に、戒恩はにこりと微笑む。
「べ、別に大好きなわけじゃないですっ!」
 そんな戒恩に、遼華はむきになって言い返した。
「そう? じゃ、一人で行く?」
「うっ‥‥お願いします‥‥」
「素直でよろしい」
「うぅ‥‥」
 満足げにこくこくと頷く戒恩を、遼華は恨めしそうに見つめたのだった――。


■参加者一覧
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
春原・歩(ib0850
17歳・女・巫


■リプレイ本文

●真冷山脈

 高く天を衝く山々の頂きが、見る者に羨望と恐怖を与える。
 霧ヶ咲島を南北に分断するこの山脈に、一行は足を踏み入れた。

「それにしても険しい山であるな‥‥」
 まるで人の侵入を拒むかのようにそびえ立つ山々を前に、皇 りょう(ia1673)が呟いた。
「領主殿の話では、少数ですがこの山を住処とする人々がいるとのこと。猟師の村があるかもしれませんね。ほら――」
 と、各務原 義視(ia4917)がりょうの言葉に答え、切り立った斜面を指差す。そこには一匹の鹿が軽やかに断崖を駆け下りていた。
「あの鹿と同じ道を辿れ、という訳ではあるまいな‥‥。我々はよいとしても、遼華さんは流石に無理であろう」
 義視の指さす険景を見やり、紬 柳斎(ia1231)が呟く。
「さすがにそれは僕達でもきついんじゃない? 正体不明の山の主様もいるみたいだし、できるだけ体力は温存したい」
 同じくアルティア・L・ナイン(ia1273)も、目の前にそびえる断崖を険しい視線で見つめた。
「だな。どれ、ちょっくら行ってくっかな」
 首をこきりと鳴らす御神村 茉織(ia5355)。
「あ、茉織さん」
 そんな茉織に遼華が声をかけた。
「うん?」
「あ、えっと‥‥お気をつけて」
「ん、ありがとな。――あんた等、遼華を頼んだぜ」
「ああ、任された」
 力強く答えた一ノ瀬・紅竜(ia1011)に、茉織は満足気に頷き、断崖へと足を向けた。
「あのお兄さん大丈夫かな‥‥?」
 軽やかな足取りで先行する茉織の背を見つめながら春原・歩(ib0850)が呟く。
「心配しなくても大丈夫だよっ。きっとうまくやってくれるから」
 心配気に見つめていた歩へ、天河 ふしぎ(ia1037)はにこりと微笑み声をかけた。
「偵察は茉織に任せ俺達も進もう。幸い『まだ』道は続いている」
 紅竜の言葉に、一行はこくりと頷き、山へと続く岩肌剥き出しの細い道を進んでいった。

●集落
 集落というにはあまりにも小さい、3軒の家が寄り添うように建つ村。
 一行は、山道途中で発見したこの村へ脚を向けた。

「この様な場所に集落が‥‥」
「ああ、人間ってのは何処にでも住めるもんだな」
 民家を前に呟く柳斎の言葉に、この集落を発見した茉織が答える。
「して、一夜の宿はお借りできるのであろうか?」
 そんな茉織にりょうが問いかけた。
「いや、まだ交渉してねぇんだ」
「ふむ、そうであるか‥‥何か手土産にでもなる物を獲ってきた方がよいであろうか?」
「今から獲物を狩りに‥‥か?」
「ふふ、その心配は御無用だよ」
 と、思案に暮れる3人にアルティアが声をかけた。
「ふむ? アルティアさん、何か妙案が?」
「ふっふっふ、じゃーん」
 柳斎の問いかけに、アルティアが勿体つける様に懐から取り出したもの。それは小さな包みであった。
「それは?」
 意味ありげにアルティアが差し出した小包を、柳斎がじっと見つめる。
「何を隠そう、これが心津名産『渡薫』だっ!」
 どどーんと手に持った小包を自慢げに紹介するアルティア。それは心津名産の茶葉であった。
「お茶? わぁ、いい匂いー」
 差し出された小包に歩が鼻を近づけ、クンクンと嗅ぐ。すると、深く芳醇な茶葉の香りが鼻腔をくすぐった。
「なるほど、このような山間では貨幣より効果がありそうですね」
 義視もその小包を感心したように見つめる。
「でしょ? 用意はしておくものだね」
 と、自身が握る袋を自慢げに見下ろすアルティア。
「あの、アルティアさん、それをどこで‥‥?」
「うん? 戒恩くんに少し分けてもらったんだ」
「ありがとうございますっ。そこまで気が回りませんでしたっ!」
「なに、僕と戒恩君の仲だからね」
 ぺこりと頭を下げる遼華に、何やら意味深な言葉でアルティアは返した。
「では、準備も万端の様であるし、早速交渉と参ろうか」
 そして、りょうの言葉に一行は集落へ足を向けた――。

●小屋
 アルティアの機転もあり、一行は集落の住人に温かく迎えられた。
「――なるほど。やはり素人が越えることは不可能ですか」
 囲炉裏を前に義視が呟いた。
「だな。まぁ、素人どころか俺達でも越えようなんて思わないけどな」
 囲炉裏の向かいに座るこの小屋の住人の男が義視の呟きに答える。
「無茶は承知です。我々はここを越えなくてはいけない」
「ふーむ‥‥なんか込み入った事情があるみたいだが」
「あまり深くは語れませんが、ある人物を山向こうの街までお連れしなければいけないのです」
「なるほどな」
 と、男はふと一行の元へ視線を移す。
 そこには重装備に身を固めた一行の姿。
「諦めて引き返せ――と言いたいとこだが、事情も事情の様だし、協力できる事はさせてもらうよ」
「ありがとうございます!」
 山の男らしい豪快な笑みを浮かべる男に、義視は表情を照らし礼を述べた。
「では、地図などあればお貸し願いたいのですが」
「地図か。そんな洒落た物は無いが、口頭でいいなら」
「わかりました。私が書き起こしますので、詳しく教えてください」
 そして、義視は男の話す文言を事細かに地図へと起こしていった。

●縁側
「ふしぎちゃん、髪切ったんだね」
「うん、変じゃないかな?」
 山の涼やかな風を浴びながら、遼華とふしぎは縁側で茶を啜っていた。
「うんん、全然似合ってるよっ。‥‥でも」
「でも?」
「えっと、その‥‥言いにくいんだけど、もしかして失恋?」
「‥‥ちち、違うっ!! べ、別に他意があって切ったわけじゃないんだからなっ! ちょ、ちょっとした気分転換なんだからなっ?!」
「ふ、ふしぎちゃん落ち着いてっ!?」
 あからさまに動揺を見せるふしぎを、遼華が慌てて宥めつける。
「と、とにかく変な事は無いんだからなっ! 誤解しちゃダメなんだぞっ!」
「う、うんっ!」
 何故か顔を真っ赤に力説するふしぎ。その迫力に遼華はこくこくと頷いた。
『ふしぎ兄ぃ』
 と、そんな不思議を呼ぶ声。
「あ、ひみつ、ありがとねっ」
 ふしぎはすっと差し出された茶菓子を受け取ると、遼華へ向かい。
「あ、遼華。紹介するね。この子はひみつ。えっと、一応僕の――」
「子供?」
 紹介途中に遼華が不思議そうに口を挟む。
「‥‥ち、違うんだからなっ!?」
 遼華の言葉をゆっくりと反芻したふしぎは、猛烈に否定した。
「ふ、ふしぎちゃん落ち着いてっ!?」
 ふーふーと肩で息するふしぎを遼華が再び宥める。
『ふ、ふしぎ兄ぃ?』
「あ、うん。ごめんねえっと、この子が遼華。さ、ご挨拶してっ」
『うむ!』
 ひみつの声で我を取り戻したふしぎは、ひみつを遼華の前に立たせると。
『妾はひみつじゃ! よろしくなのじゃ!』
「わぁ、お利口なお子さんだね。よろしくね、ひみつちゃんっ!」
 口調はともかく、ぺこりと丁寧に礼をするひみつに、遼華も笑顔で答える。
「お、お子さんじゃないんだからなっっ!!」
 一人、後ろで親御さんが絶叫していたが――。

●台所
「ふふ〜ん。おいしくでっきるっかな〜」
 鼻歌を奏でながら、歩が竈の前に立つ。
 その先には温かく湯気を上げる大鍋。
「春原さん、何かお手伝いできる事はありませんかっ?」
 と、そんな歩の元へ遼華がやってきた。
「あ、遼華様っ。そんないいですよー。雑用は私がやりますからー!」
 くるりと振り向いた歩は、お玉を握りながらわたわたと手を振る。
「様はやめてくださいっ!?」
「ありゃ? えっとえっと、じゃぁ、『遼華殿、御身は大切な身体、どうぞゆるりと休まれよ』とかー?」
「えぇぇっ!?」
 キリッと眉を吊り上げ遼華に向かう歩。
「呼び捨てていいですからっ。それに敬語もいらないですよっ!」
「え? いいの?」
「はいっ。遼華って呼んでもたっら方が、私も気が楽ですからっ」
「うんっ! じゃぁ、私の事も歩でいいよー!」
「えっと、それじゃ歩‥‥さん」
「もぉ! あ・ゆ・み! それに敬語もなしだよー!」
 恐る恐る名を呼んだ遼華に、歩はぷんぷんとご立腹。
「えっとそれじゃ‥‥歩‥‥って! 鍋鍋っ!!」
「え? ――あわわっ!!」
 会話に夢中になっていた二人。その後ろでは大鍋がぐつぐつと吹き零れていた。
「ぷっ‥‥」
「あはっ」
 顔を見合わせた二人に、どちらからともなく笑みが噴き出す。
 台所は二人の笑い声で包まれた。

●小屋
 夜もすっかりと更け、辺りを月明かりと満天の星空が覆う。
「あの‥‥一之瀬さん?」
 遼華に宛がわれた小さな部屋の前で、まるで衛兵の様に立ち尽す紅竜に遼華が恥ずかしそうに声をかけた。
「どうした? 明日はまた山越えだ。俺の事は気にせず休め」
 そんな遼華を安心させるように、精一杯優しい声で答える紅竜。
「えっと、その‥‥」
 しかし、その優しさに遼華は言い淀んだ。
「何か気になる事があるなら、はっきりと言え。俺でよければ、力になる」
「えっと、それは凄く嬉しいんですけど‥‥えっと、その」
「どうした?」
 真摯に見つめてくる紅竜から視線を外す遼華に、紅竜は不思議そうに首を捻った。
「一之瀬殿」
 と、そんな紅竜の肩へ手が置かれた。
「うん? 皇か」
 そこには苦笑を滲ませるりょうの姿。
「ここは俺が見ている。お前も明日に備えてしっかり休め」
「うむ、申し出はありがたいが、今夜は私が遼華殿の護衛を引き受けよう」
「なぜだ? これは俺の役目だ。気にせず先に寝てくれ」
「いや、そうではなくてだな‥‥」
 会話のかみ合わぬ二人を、遼華もはらはらと見つめる。
『まったく、鈍感な奴じゃな』
 と、その声はりょうの懐から。
「ま、真名殿!? いつからそこに!?」
 りょうの胸から飛び降りた真名に向け、りょうが胸を押さえ、顔を赤らめながら驚愕の声を上げる。 
「真名? りょうの朋友か?」
 音も無く床に降り立った真名を紅竜が珍しそうに見つめた。
『いかにも。わしが此奴の目付役の真名じゃ』
「ふむ‥‥で、鈍感とはどういう意味だ?」
『やれやれ、わざわざ説明せねばわからぬか。まったくもって鈍感な奴じゃな』
「む‥‥」
 そんな真名の言葉に、紅竜は怪訝な表情を見せた。
「ま、真名殿! 言葉が過ぎますぞ!」
『お主は黙っておれ。このような奴にははっきりと言ってやらねばわからぬ』
 慌てて止めようとしたりょうを、言葉で制し真名が紅竜に向き直る。
『夜分の女子の部屋に、男が一人で何をする気じゃ?』
 じとっと紅竜を見上げる真名。
「‥‥なっ!?」
 そして、真名の言葉に紅竜がようやく気付いた。
「えっと、あの一之瀬さん‥‥?」
「‥‥うほぉん! 何でもない。では皇、後は任せたぞ」
 恐る恐る名を呼ぶ遼華に、一際大きな咳払いと共に、くるりと体を返す紅竜。
「うむ、任されよう」
 大股でこの場を去る紅竜の背に向け、りょうが答えたのだった。

『さて、聴かせてもらおうかの』
 紅竜が去り、二人と一匹となった部屋で、真名が呟いた。
「な、何をですか‥‥?」
 そんな真名に、りょうは嫌な予感を感じ、恐る恐る問いかける。
「『がぁるずとぉく』なるものに決まっておろうが。好きな男の話等で夜な夜な女子共が盛り上がると聞くぞ?』
「なっ!?」
 ニヤリと口元を釣り上げる真名に、りょうが絶句する。
「え? りょうさん、好きな人がいるんですかっ!?」
 そして、遼華が食いついた。
「りょ、遼華殿! どう話が飛躍すればそのような事にっ!?」
『ふむ、それは皇家の宿猫として、是非聞かねばならぬな。詳しく話せ』
「ま、真名殿まで何をっ!?」
 いつの間にか正座させられたりょうを問い詰める、一人と一匹。
 その執拗な責苦にりょうが折れ、何かを口走ったとか、口走らなかったとか――。

●山道
 集落を後にした一行を待ち受ける、道と呼ぶ事も出来ない様な切り立った崖。そして、至る所に口を開ける深い谷。
 そこに渡された細い縄や細い丸太の橋を頼りに、一行は慎重に進んでいた。
「しかし、古主か」
 そんな中、アルティアがふと呟いた。
「アルティア? どしたのー?」
 歩きながらも物思いにふけるアルティアに歩が声をかける。
「いやね、古主って何だろうなって思ってね」
「あー、それ気になるよねー」
 にこりと微笑んだアルティアに、歩もうんうんと頷いた。
「集落では詳しい情報を得られませんでしたからね」
 と、義視も困惑気味に声をかける。
「アヤカシ? ケモノ? とにかく、相手がわからないと‥‥」
「樹の化け物という線は無いか?」
 と、そんなアルティアに、紅竜がふと声をかけた。
「ふむ、一之瀬殿には何か思い当たる節が?」
 紅竜が発した言葉に何かを感じたのか、りょうが問いかける。
「いや、『古』と名に着くのなら、長い歳を生きていると思っただけだ」
「なるほど、その可能性もありますね‥‥」
 と、自説を述べる紅竜に、義視が更に考え込む。
「巨大な岩とか‥‥もしかして山その物だったりして?」
 思いを巡らせる一行へ、今度はふしぎが声をかけた。
「さすがにそれは考えたくないな。できれば相対すことのできるものであってほしいが、正体不明ではな‥‥」
 そんなふしぎの予想に、柳斎も困惑顔。
「何にせよ、あまり関わりたくはないな」
 と、柳斎の言葉に頷いた紅竜が呟く。
 敵とも味方ともわからぬ相手へ不安を覚えながらも、道中を一歩一歩確実に進んでいった。

●夕暮れ
 岩陰に身を隠し、茉織が谷を覗く。
「何だあれ‥‥」
 谷間をゆるりと動く白い影に、思わず声を上げていた。

 ぴたっ。

 と、突如白い影の歩が止まった。
(感づかれたかっ!?)
 虫ほどの小さな呟きが白い影を止めた。そう思い岩を背に息を殺す。
 夜の山は氷が張るほどに冷え込む。
 しかし、額からはとめどなく汗が流れ落ちていた。
(あんな化けもん、俺一人でどうにかできる代物じゃねぇぜ‥‥)
 その姿を瞳が捕えたのは一瞬。だが、白い影が発する覇気が否が応にでもそう認識させる。

『グルっ――』

(っ!?)
 見られた。
 巨大な岩をも貫き通す様な、鋭く殺気を帯びた視線。
「やべぇ!」
 茉織は岩陰から飛び出すと、全速力で山を下る。まるで生きた心地のしないままに――。

●山道

 おおぉぉぉぉんっっ!!

『っ!』
 突如の轟音に一同が武器に手を添え辺りに神経を巡らせる。
「地鳴り‥‥?」
 義視が大地へ手をつくとそう呟いた。
「皆、あれをっ!」
 その時、ふしぎが叫ぶ。
「御神村殿か!」
 見知ったその姿を確認したりょう。
 ごつごつとした岩々を軽快に飛び移りながら、懸命に山を下る姿がそこにあった。
「ちょっと‥‥あれは洒落にならないよ」
 懸命にこちらへと向かってくる茉織の背に見えるものに、アルティアが顔を引きつらせながら呟いた。

 轟音。風鳴。巨石。濁流。

 すでに一行の瞳に茉織の姿は映ってはいない。
 轟音と共に迫りくる巨大なうねりに一行は釘付けとなった。
「そんな馬鹿な。何の予兆も無く土石流などっ!?」
 あまりに不自然なその光景に、義視が驚愕の声を上げる。
 それは一行を押し流さんばかりに迫る、巨大な土石流であった。

「おめぇら、逃げろっ!」
 呆気にとられる一行に、茉織が声を荒げる。
「に、逃げるって言ってもどこにー!?」
 茉織の声に、意識を取り戻した歩がおろおろと辺りを見回す。
 しかし、辺りは荒涼とした斜面が広がるだけ。とても身を隠せるようなものは無い。
「皆! あそこに岩だ!」
 その時、アルティアが叫んだ。
「えー!? あれ!?」
 その指が指す方角には身を隠すに十分な大岩があった。しかし、それは山道を外れ砂利が覆う斜面を駆け降りなくてはならない。
「四の五の言っている暇はなかろう! とにかく走れっ!」
 動揺する一行に、りょうが気付けの声を発し、真っ先に駆けだした。
「いやー! まってまってー!」
 駆けだしたりょうの背を追い、歩も懸命に足を動かす。
「これが『古主』だとでも言うのかっ!」
 柳斎もまた、自然の脅威に憎々しげに見つめ、駆けだした。
「すまない遼華。粗相をするぞ!」
「あ、え‥‥? ひぁっ!?」
 遼華の足を腕に抱くと、そのままひょいと持ち上げる。
「少し苦しいかもしれないが、しばらく我慢してくれ」
「は、はひっ!」
 紅竜の肩に担がれる格好となった遼華は、その声にどぎまぎと答えた。

 全てを飲みこまんと迫る土石流。
 そして、懸命に岩を目指す一行。

「間に合わないか‥‥っ!」
 しかし、避難先の岩までは距離がありすぎる。
「皆さん、私の後ろへ! 流れを逸らせます!」
 逃げる一行へ向け、義視が叫んだ。
「行けるか‥‥! 略式詠唱『四門合召』!」
 迫りくる土石流は一行の眼と鼻の先。
 義視は、取り出した四枚の符を放り投げた。
「左右万嘴前後輔翼 急々如律令――」
 符が符に呼応し、四枚が四光を纏う。
「避災白壁実結!!」
 義視の叫びに四枚の符が一際光を増した。
 そして、一行と土石流の間を割る様に、巨大な白壁が現れる。
「うまくいった――皆さん、早く!!」
 現れた白壁にほっと胸を撫で下ろす義視が、駆ける一行へ向け叫んだ。

 巨大な岩を小石の如く押し流す激流をやり過ごす。その薄い一枚の壁を頼り――。

●静寂
「助かった‥‥か?」
 柳斎が呟いた。
 轟音はすでに無く、辺りを夜の静けさが包んでいた。
「‥‥いや、これからだ」
 と、そんな柳斎の呟きに、茉織がギリッと唇を噛み答える。
「どういう――っ!?」
 言葉の意味がわからず、柳斎が問いかけようとした、その時。

 夜の静けさを裂く、強烈な殺気。
 空気が震えるほどに猛烈な殺意が突如現れた。

 トンっ――。

 小さな物音。

 カラっ――。

 小石が斜面を転げ落ちる。

 トンっ。

 再び聴こえる少し大きくなった物音。

「きやがった‥‥」
 その物音に、ごくりと唾を飲み込んだ茉織が呟いた。
「一体何が‥‥?」
 と、ふしぎが恐る恐る白壁から山上へ顔を覗かせる。
「ふ、ふしぎ‥‥? 何かいるの?」
 そんなふしぎへ、歩が不安げに声をかけた。
「‥‥」
「ふしぎ‥‥?」
 しかし、ふしぎは何も返さない。まるで石化してしまった様に固まったままで――。

 トンっ。

 三度聴こえる物音は、確実に一行へと近づいていた。

「なに、あれ‥‥」
 物音と共にふしぎが呟く。
「多分、古主って奴だ‥‥」
 額に汗を滲ませ茉織が答えた。
 そして、一行が白壁の向うへ次々と視線を向ける。
「本命のお出まし‥‥かな?」
 無意識に刀に手がいく。アルティアは、眼前に見える光景に唾を呑んだ。

 茶色が支配する山肌がその姿をより鮮明に浮き立たせる。

 それは――巨大な白狼の姿をしていた。

●戦
『ぁおおぉぉぉんっ!!』
 山が鳴いた。

「俺の背に隠れていろ。何があっても護ってみせる」
「は、はいっ!」
 紅竜が槍を構え、背に庇う遼華へ声をかけた。
「一之瀬、遼華は任せるぜ。どうやら護ってる余裕はなさそうだ‥‥」
「ああ、この身に代えても」
 不安げに見上げる遼華に、一度だけ視線を移した茉織が、白狼へ向き直る。
「最早、避ける事は出来ぬのか‥‥!」
 剥き出しの殺気を放つ白狼を見やり、りょうが苦々しく呟いた。
「無理だろうね。やる気満々みたいだし‥‥」
 横で二刀を構えるアルティアが白狼の動きをじっと見据える。
「もう少し情報があれば‥‥」
 白扇で口元を覆う義視の声にも、まるで余裕が感じられない。
 それほどに強大な殺意が目の前にいるのだ。
「うぅ‥‥あれとやるのー‥‥?」
 白狼の発する殺気に、歩が落ち着きなく視線を泳がせる。
「春原さんは、遼華さんと共に後ろに。――治癒は任せるっ!」
 そんな歩みを庇うように立つ柳斎が吠え。そして――。
 
 一同は白狼目掛け駆けだした。

●相対す
「そこを退いて。って言っても訊いてくれないよねっ! でも僕達はここを越える。だから、お前なんかに邪魔される訳にはいかないんだからなっ!」
 遥か頭上から見下ろす白狼の視線をにらみ返し。
「そこを退けぇぇええ!!」
 ふしぎが気勢を上げ、白狼へと駆けだす。

 ガっ――!

「なっ?!」
 開拓者の渾身の一撃。志体を持ってでさえ捉える事が困難なその一撃を、白狼はあろうことか牙で掴み取る。
 そして、ぎろりと刀の主を見下した白狼は、そのままふしぎの身体を突き上げた。
「がはっ‥‥!」
 白狼の一撃に、ふしぎはまるで木の葉の如く宙を舞う。

「天河! くそっ、それなら!」
 奇しくも作られた隙に、茉織が逆刃を持って真っ白な毛皮を掻っ切る。
 しかし、白狼の巨体に対して、その刃はあまりにも小さい。
「くそっ、まるで効いちゃいねぇ‥‥!」
 小さな傷が白い毛皮を赤く染める。しかし、蚊に刺された程にも効いていなかった。
「小手先の技では、お遊びにもならぬかっ!」
 退いた茉織に代わり、次に柳斎が刀を携えた奔る。

 しかし、ふしぎが作った隙はすでに無い。
 柳斎の突撃を迎え撃つ白狼は、丸太ほどもある巨大な脚を高々と上げ、振り下ろした。

 地に穿たれた衝撃が辺りの小石を巻き上げる。
「それがどうした! この程度、どうという事は無い! 行くぞっ!」
 無数に襲う石礫を刀で撃ち落とし、柳斎が吠えた。
 そして、切先を白狼へと向けると、渾身の力を込め大地を蹴った――。


 辺りをつかの間の静寂が支配していた。
「なんて奴だ‥‥」
 茉織が苦々しく呟く。何時までも好転しない戦局に、一行は距離を取る。
「これ程とはな‥‥」
 額に汗を滲ませるりょうもまた、攻めてに欠くこの戦いに苛立ちを覚えていた。

 その時。じっと動かなかった白狼が突如駆けだした。

「なっ!? 遼華殿!」
 りょうの叫び。
 その巨体からは想像もできない程の速度に、一同は虚をつかれる。
 白狼が駆けだした先。そこにはただ戦況を見守るしかない遼華がいる。
「きゃ、きゃぁっ!」
 まるで雪崩の如き速度で迫る白狼に、遼華は情けなく悲鳴を上げた。
「そうはさせん!」
 白狼の鋭牙が遼華を捕えんとした、その時。
「こいつには指一本触れさせんっ!」
 紅竜が間を割って立ち塞がった。
 しかし、槍を突き出し白狼を止めた紅竜であったが、その牙は防御を破り、腕へ容赦なく穿たれる。
「ぐっ‥‥!」
 激痛に紅竜の顔が歪む。
「一之瀬さんっ!?」
 牙の餌食となる紅竜に、遼華が悲痛な叫びを上げた。
「この程度‥‥!」
 腕を貫通する程深く食い込んだ牙。しかし、紅竜は空いた脚で白狼の顔面を思いきり蹴飛ばす。
「貴様っ!!」
 紅竜の一撃に怯んだ白狼に、柳斎が刀の追撃を加える。
「一之瀬さん!」
「‥‥大丈夫だ。それよりも!」
「ああ、任せておいけ!」
 柳斎が。
「弱い者狙うなんざ。どうしようもねぇ畜生だな!」
「最早、許す事は出来ぬっ!」
 茉織が。りょうが。
「それだけはやってはいけなかった‥‥!」
 そして、義視が。
 紅竜の元へ駆け寄った一行は、怒りに唸る白狼と遼華の間へ割って入った。

 そして――。

「遼華くん、君が決めろっ!」
 アルティアが、遼華に声をかける。
「え‥‥?」
「いつまでも開拓者に頼ってはダメだっ! 君の意思で、君の望む道を示せっ!!」
 泥土に塗れる双剣を白狼へと向け、アルティアは更に叫んだ。
「そ、そんな‥‥」
 しかし、苦しむ紅竜に視線を落した遼華はただ怖気づくばかり。
「僕達は君の為に集った。でも、君を甘やかす為じゃないっ!」
「‥‥」
 アルティアの優しくも厳しい声に、遼華は低く唸りを上げる白狼を見つめる。
「遼華くん!」
「私――私、山を越えます! 皆さん、どうかこのケモノを倒してくださいっ! そして、私を導いてっ!!」
 再び叫んだアルティアに、遼華が決意をもって返す。
 そして、その叫びは白狼へ向かう一行の耳へ確実に届いた。

「やればできるね。これからもその調子でね」
 と、アルティアは遼華の必死の願いを嬉しそうに聞き入ると、刀を握り直す。
「ここまではっきりと言われては、我等も奮いたたねばなっ!」
「小手調べは終了です。本気で行きますよっ!」
「言うねぇ! そうこなくちゃな!」
 ある者は傷付き血を流し、ある者は肩で息をし気力で意識を繋ぎとめる。
 しかし、この場にいる誰しもが、遼華の声に己を奮い立たせた。


「――戦に向かう勇者達に、戦神の加護を!!」
 再び白狼へと向かう一行へ向け、回復に専念していた歩の加護が降り注ぐ。
「助かる! 皆、拙者に続け!」
 歩の加護を受けた柳斎が先陣を切った。
「我等が総力、その身に刻むがいいっ!」
 柳斎は憎々しげにこちらを見下ろす白狼へと切先を突き付け。
「貴様の相手はこの私だ!!」
 辺りに木霊す、柳斎の咆哮。
 耳障りなその声に、白狼が怒りを滲ませ柳斎目掛け突っ込んでくる。
「所詮は畜生。この程度の挑発にまんまと乗ってくれるっ!」
 白狼の突撃に、ニヤリと口元を歪めた柳斎が刀を大上段に構える。
「――無明」
 迫る巨体をまるで無視するかのように瞳を閉じた柳斎が。
「真円!!」
 まさに交錯する寸で。
 カッと目を見開いた柳斎が白狼の突撃を紙一重で避け、渾身の一撃を持って白狼の鼻先を斬りつけた。

「はっ! 楽しいね! 実に楽しいよっ!!」
 柳斎へ注意を向けた白狼の背に、アルティアが飛び乗り二刀を突き立てた。
「いくよ‥‥! 爆ぜろ風っ!」
 そして、突き立てた二刀を手放したアルティアが、その拳に気を巡らせ。
「爆風砕撃双掌!!」
 祈る様に交差させた拳を、白狼の背へ向け打ち下ろした。

『ぎゃうんっ!』

 背骨を砕く程の一撃に、白狼が初めて苦痛に滲む叫びを上げる。

「続くぜ!」
 アルティアが作った隙を見逃す茉織ではない。
 背に気を取られる白狼の腹下に滑り込んだ茉織は、上方へ向け刀を突き立てる。
「いい加減、倒れてろ!!」
 そして、弧月を描く様に、切先を斬り払った。 

「私も負けておれぬ!」
 鼻、背、腹への攻撃に悲鳴にも似た叫びを上げる白狼へりょうが駆ける。
「最早戦が避けれぬ以上、全力を持って臨もう!」
 駆けるりょうは、水平に突き出した切先に神経を集中させ。
「行くぞ! 皇家内伝一突の太刀! 『霧覚』!!」
 苦しげに喉元を晒す白狼へ、深々と突き立てた。

「これならば!」
 一斉に刃を突き立てる前衛の間を割って、義視が符へ気を巡らせる。
「万兵蒼氷不避之龍!」
 蒼気を帯びる符が義視の手から放たれた。

 符は辺りの水気と冷気を吸収しながら巨大な氷塊へと姿を変える。
 そして、氷塊は白狼の脚を覆い尽くした。

「ふしぎ、今です!!」
 放った氷塊で白狼の脚を止めた義視が、最後尾に待機するふしぎへと声を飛ばす。
「精霊剣!」
 義視の声を静かに聞いたふしぎが叫ぶ。しかし、その手元に剣は無い。
 だが、その手には剣に代わる黒符が握られる。
「この一撃に全てをかけるよっ!!」
 真黒な気の奔流。
 刀をも凌駕する黒刃がふしぎの手に生まれる。
「これでも喰らえっっ! 霊撃焔桜斬!!」
 巨刀と化した黒刃が、氷塊で大地へと釘付けとなった白狼の頭上へと降り注いだ――。

●決着
「はぁはぁはぁ‥‥」
 荒く肩で息をするふしぎが、鮮血に染まる白き巨体を見下ろす。
 一行の決死の攻撃により、ついに白狼はその動きを止めた。
「終わったの‥‥?」
 紅竜の肩越しに白狼の姿を確認する歩が呟く。
「どうやらそのようだな‥‥」
 と、安堵の声を返す紅竜は、度重なる白狼の攻撃により満身創痍の重傷を負っていた。
「一之瀬さん、大丈夫か?」
「ああ、この程度、問題無い。‥‥それよりも」
「遼華さんは無傷だ。よく頑張ってくれた」
 力無く膝を折る紅竜に、柳斎が安心させるように優しく声をかける。
「そうか――」
 そして、柳斎の声に安心したのか、紅竜は瞳を閉じ口元に笑みだけを浮かべ、地に倒れ込んだ。
「一之瀬さん!?」
 倒れ込んだ紅竜に駆け寄る遼華。
「大丈夫だよー。遼華、私に任せてっ!」
 地に伏し苦しげに息する紅竜を、どうしていいのかわからずうろたえる遼華に、歩が明るく声をかけた。
「もう練力あんまり残ってないけど、いくよー!」
 と、紅竜の前へ歩み出た歩が扇子を手に舞う様に気を練る。

「代行殿。一之瀬さんは春原さんに任せておけば大丈夫ですよ」
「は、はい‥‥」
 歩みの癒しを受ける紅竜を不安げに見つめる遼華の肩に、義視がそっと手を置き穏やかに語りかけた。
「それにしても、化けもんだったな‥‥」
「全くであるな‥‥流石は帰らずのケモノといった所か」
 紅竜を囲む一行の外。茉織とりょうが力無く地に伏す白狼へ視線を向ける。
「これで終わったのかな」
 白狼に刺さった剣を抜き、アルティアも安堵のため息をついた。

 その時。

 ぱちぱちぱち――。

 場違いに乾いた手を打つ音が辺りに木霊した。
「何?」
 その音に歩が辺りをきょろきょろと伺う。
「ここだここだ」
「え‥‥?」
 突如聴こえた声に歩が脚元へ視線を移した。
「よくやってくれたな。礼を言うぞ」
 そこには、人妖程の小人が偉そうに胸を張って一行を見上げていた。
「猿‥‥?」
「む! 猿とは失礼な!」
 突然の来訪者に戸惑いながら、ぼそりと呟いた歩の一言に、小人は大憤慨。
 しかし、歩の驚きも尤もである。
 その小人は、形こそ人であったが、その頭と尻には特徴的な耳と尻尾がひょこりと顔を覗かせていたのだから。
「なんだこいつ?」
「こらっ! 摘むな! 持ち上げるな!!」
 そんな偉そうな小人の首根っこを引っ掴み、茉織がひょいと持ち上げた。
「これは珍しい。猿の獣人ですか」
 茉織に抓まれバタバタと暴れる小人を興味深げに覗き込んだ義視が呟く。
「しかし、なぜこのような場所に?」
 と、柳斎も珍しそうに小人を覗きこんだ。
「馬鹿野郎! 俺は山の民『古主』の長だぞ! 丁重に扱え!」
 尚も暴れまくる小人は、静けさを取り戻した山の空気を劈く程の大声を上げる。

『‥‥はぁぁああぁっっ!?』
 その衝撃の告白に、一同の絶叫が山を轟かせた。



 古主と名乗る者の話によれば、小人の一族はこの白狼と数百年にもわたって対立していたのだという。

 宿敵を倒してくれた一行を、古主は温かく迎える。
 そして、遼華達一行は古主の案内で、無事に山を越えたのだった――。