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■オープニング本文 ●魔の島と嵐の壁 ここに来て、開拓計画は多くのトラブルに見舞われた。 新大陸を目指す航路上に位置していた魔の島、ここを攻略するには明らかに不足している戦力、偵察に出かけたまま行方不明になってしまった黒井奈那介。 やらねばならない事は山積だ。 「ふうむ。なるほどのう‥‥」 風信機から聞こえてくる大伴定家の声が、心なしか弾んでいるように聞こえた。 「それで、開拓者ギルドの力を借りたいという訳じゃな?」 「えぇ。朝廷には十分な戦力がありません。鬼咲島攻略も、黒井殿の捜索も、開拓者の皆さまにお願いすることになろうかと存じます」 「ふむ。ふむ‥‥開門の宝珠も見つかり始めたとあってはいよいよ真実味を帯びて参ったしのう」 大きく頷き、彼はにこりと表情を緩めた。 「宜しかろう。朝廷が動いて、我らが動かぬとあっては開拓者ギルドの名が廃るというものじゃ。新大陸を目指して冒険に出てこその開拓者と我らギルドじゃ。安心めされよ。一殿、我らギルドは全面的に協力して参りますぞ」 「ご英断に感謝致します‥‥」 少女の頭が小さく垂れる。 当面の障害はキキリニシオクの撃破。 そしておそらく、嵐の門には「アヤカシ」と呼ばれる敵が潜んでいる筈だ。過去、これまでに開かれた嵐の壁にも総じて現われた強力な敵――彼等はアヤカシとも違い、まるで一定の縄張りを、テリトリーを守るかのように立ちはだかるのだ。 計画は、二次段階へ移行しつつあった―― ●鬼咲島 「へぇ、これが鬼咲島か」 セレイナの船首に腰かけ、遥か遠方を望む黎明がぽつりと呟いた。 宙に浮く世界。 海を抱え『宙に浮く島』。空に浮く水が陽光を反射させ、それはまるで蒼天で一際輝きを放つ宝石の様であった。 「見えた?」 鬼咲島の姿に目を輝かせる黎明の背後から、女性の声がかかる。 「ああ、見えたよ。綺麗な島だ」 「みたいね」 「君ほどではないけどね」 「はいはい」 それはいつものやり取り。 すでに挨拶となった黎明の口説き文句に、レダは気の無い返事を返した。 「で、今回の目的地は」 「んー、魔の森のど真ん中」 と、黎明が指差したのは宙に浮く宝石の中央に広がる広大な魔の森。 「はぁ‥‥。朝廷の人使いの荒さはどうにかならないのかしら」 「心配しないでいい。君は俺が命を賭して護るから」 嘆息するレダの肩にそっと手をまわした黎明が、耳元で囁いた。 「はいはい」 しかし、レダはその手を叩き、するりと黎明の傍を離れる。 「で、いいのね?」 「ああ、行こうか! 俺達の輝ける未来の為に!」 「はいはい」 ビシッと鬼咲島を指差す黎明に、レダは殊更大きなため息で答えたのだった。 ●鬼咲島上空 「きりが無いわね!」 無数に襲い来る鳥型のアヤカシ。 その一匹を銃で撃ち落としレダが叫ぶ。 「こんなとこで行方不明‥‥黒井、お前の事は忘れないぜ‥‥」 「ちょっと! 馬鹿な事言ってないで、こいつらを何とかしなさい!」 眼下に広がる魔の森へ向け、祈るように両手を合わせた黎明に、レダのどなり声が飛んだ。 「はいよ! レダの為なら何だってやっちゃうよ!」 そんなレナのどなり声にも黎明は、ニヒルに口元を釣り上げる。 「さぁて、あんまり俺の船をいじめないでくれよな」 と、黎明は腰に下げた銃を取り出し。 「ほいほいっと!」 目にも止まらぬ速射。 軽快な炸裂音を鳴り響かせ、その銃弾の尽くがアヤカシの眉間を撃ち抜いた。 「‥‥やればできるじゃない」 自身の銃を下ろし、黎明の射技に見とれる。 「惚れるなよ?」 「安心して、それは無いから」 銃口から上がる硝煙を吹き消し、微笑む黎明にレダは即答。 「‥‥ツンデレも大概にしておかないと、俺も拗ねるよ?」 思いっきり拗ねた表情でレダの顔色を伺う黎明。 「ええ、どうぞ」 そして、にこりと微笑むレダ。 『おい! 仲がいいのは結構だが、何時までじゃれ合ってるつもりだ!!』 そんな二人に伝声管から怒声が飛んできた。 「別に仲良くしてないわよ」 その声に、レダは伝声管を握ると面倒臭そうにそう答える。 『何でもいい! 奴ら下からも来てる! 何とかしろ!!』 伝声管を伝う声。それは機関士である石恢のどなり声であった。 「ありゃ、けっこうやばい?」 さすがに黎明も石恢の怒声を気にかけたのか、恐る恐る伝声管を握る。 『やばいも何も、このままじゃ墜ちるぞ! ま、このままこの島に墓標を建てたいのなら別だがな!』 「いやー、それは勘弁」 と、黎明は石恢の言葉にぽりぽりと頭を掻く。 「どうするの?」 新たに襲い来るアヤカシを撃ち落とし、レダが問いかけた。 「とりあえず、あれだ。――全速反転!」 「‥‥はいはい、逃げるのね」 ビシッと指差す黎明。その方角は先程のものとはまったくの正反対であった――。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●鬼咲島 島を覆う深緑の木々。そのほぼ全てが魔の瘴気を孕む死の森。 今は住む者もいないとされるこの島に、白銀の船体が降り立った――。 「副長、黎明さんをお願いしますね」 「ええ、そちらも気をつけて」 タラップを下るレダに嘉田が声をかける。 「おいおい、嘉田君。それは俺にかけるセリフじゃないの?」 と、不満げに声を洩らすのは、この飛空船『セレイナ』船長黎明であった。 「黎明さんはくれぐれも邪魔しないでくださいね」 いつもと変わらぬ真剣な眼差しで真剣に黎明を心配する嘉田は真剣にそう告げた。 「‥‥なんだろ、この扱い。俺船長‥‥俺一番偉い‥‥」 「いじけてないで、行くわよ」 嘉田の温かい(?)励ましに感銘を受け感涙を垂れ流す黎明の背を、レダが突き落とす様に押した。そんな二人に続き、セレイナの乗りこんだ開拓者達もタラップを降る。 『おい、早くしろ! 奴さん、きやがったぞ!!』 一行が川辺へと足を下ろした、その時。伝声管から石恢の怒声が響く。 「タラップ投下。セレイナ緊急浮上。――皆さんご武運を」 嘉田の声から数秒。セレイナの巨大な船体が大地と反発する力が得る。 「合流は例の場所で」 徐々に天へと還るセレイナへ向けレダが声をかけた。 「了解です、副長」 敬礼よろしく額に手を当てた嘉田は、遠くアヤカシの群れに視線を移し。 「風宝珠展開。この空域を離脱します」 伝声管へ向け嘉田が力強く声を飛ばした。 アヤカシの群れにセレイナはまるで囮となる様に、ゆっくりと魔の森上空から退避していった。 ●魔の森 「‥‥やり過ごしましたか」 川辺に茂る大樹の袂で息を殺し空の様子を伺っていたエルディン・バウアー(ib0066)が、小さく呟いた。 「船は大丈夫でしょうか‥‥」 アヤカシの囮となったセレイナを目で追い、趙 彩虹(ia8292)も心配そうに空を見上げる。 「あんレが空の防衛者つぅ事だスか。こったら厳戒態勢ひがれたら、こんめぇクライダーさぁいちごろだスな」 来るもの全てを排除せんとばかりに襲い来るアヤカシの群れに、赤鈴 大左衛門(ia9854)がごくりと息を飲んだ。 「さすが魔の森といったところでしょう。この感じ‥‥熱気とも湿気とも違う、嫌な感じがします‥‥」 そんな時、鈴木 透子(ia5664)が鬱蒼と茂る森、そして清水湛える川へと視線を移す。 「だな‥‥なんか変な汗が出てくるしな‥‥」 汗に濡れ纏わりつく服を手団扇で扇ぎ、ルオウ(ia2445)が愚痴た。 「奴らが戻ってくるかもしれない、先を急ごう」 と、森の漂う瘴気に明らかな不快感を覚える一行へ、黎明が声をかける。 「ここからが本番よ。何が出るかわからない、貴方達頼むわよ」 そしてレダが。しかし、その額からは一筋の汗が。 「レダ、俺の為に泣いてくれるのか。心配はいらない、君だけは何があっても俺が護る」 その汗を何と勘違いしたのか、黎明はレダの汗を拭うと、すっと顔を近づけた。その時。 ガツンっ! 「ぐおっ!?」 黎明の後頭部へ人の拳ほどの大きさのドングリが突き刺さった。 「んなっ! 攻撃だスかっ!」 突如飛来した凶器(?)に、大左衛門が槍を構え辺りを伺う。 「すでにここは魔の森。何処から何が来ても不思議ではありません」 大左衛門へ背を預けるよう、エルディンもまた杖を構え戦闘態勢を取った。 「れ、黎明様、大丈夫で――」 そんな中、突然の攻撃に悶絶する黎明へ駆け寄った彩虹。その時――。 ぽとっ――。 「ひ、ひゃっ!?」 彩虹の目の前へ突如飛来する白い物体。 『きゃは☆ でっかーい!』 彩虹の足元へ落ちた白い物体を、朋猫『茉莉花』がツンツンと突く。 そこには特大サイズのカブトムシらしき幼虫がもぞもぞと苦しそうに蠢いていた。 「ア、アヤカシの攻撃なのか‥‥?」 そのあまりに不可解な攻撃にルオウが困惑気味に辺りを伺う。 「‥‥なんにせよ、ここに止まるのは得策ではないです。移動を開始しましょう」 辺りを覆う重く息苦しい瘴気。 透子の言葉に一同はこくりと頷き、川辺を上流へと向け歩み出した。 「‥‥キュピーン」 『‥‥キュピーン』 進み始めた一行。しかし、森の奥で怪しく瞬く4つの光源に、その時はまだ誰も気づいていなかった――。 ●川辺 「こんの瘴気の濃さ、一般人だばイチコロだスな‥‥。にゃんこ師匠、大丈夫だスか?」 滲み出る汗を拭い、大左衛門が足元を行く『にゃんこ師匠』に声をかけた。 『誰の心配をしておる。お主に心配されるほど耄碌はしておらん』 しかし、そんな大左衛門の心配にも、にゃんこ師匠はツンとそっぽを向き取り合わない。 「そんりゃ失礼しただス。ついでに空の警戒も――」 『言われんでもしておるわ。大、お主こそそのでかい図体で瘴気に酔う様な真似は御免ぞ。倒れても置いていくからな』 「あんりゃ、手厳しいお言葉だス‥‥。師匠にご迷惑お掛けすねェように頑張るだスっ!」 師と仰ぐ猫又の叱責に大左衛門はいっそ気合を込める。 常に気を張り詰めておかなければ、すぐにでも狂気に呑まれてしまいそうなほどに濃い瘴気。 視界を確保する為、川辺を川上に向かい進む一行。その足取りは自然と重いものになっていった。 「ペテロ、何か感じますか?」 膝を折り愛犬『ペテロ』の頭を撫でながらエルディンが問いかける。 『くぅん‥‥』 しかし、ペテロは申し訳なさそうに一啼きするだけ。 「さしもの君の鼻もこの瘴気では‥‥」 小さく呟くエルディンがペテロの背を撫でながら、辺りを覆う緑深き木々に視線を移した。 「エルディンさん」 「おや、鈴木殿。どうされました?」 と、そんなエルディン達に透子が声をかける。 「その子も辛そうですね」 「ええ、鈴木殿の子もですか?」 「はい‥‥遮那王」 エルディンの言葉に透子は視線を落とす。そこには愛犬『遮那王』が透子を見上げていた。 「訓練されているとはいえ、普通の犬とさほど変わりませんからね。やはり辛いのでしょう」 「ですね‥‥でも、この探索にはこの子達の鼻が欠かせませんし、がんばってもらわないと」 「ええ、この子達の嗅覚にしか捕えられない情報もあるでしょうからね」 二人は愛犬達の背を優しく撫でながら、深き森へと吸い込まれるように伸びる川の先をじっと見つめた。 「なんだかわくわくする冒険だよな!」 一人気を吐くルオウは、この状況さえ楽しんでいた。 『ボン、あまりはしゃぐとバテますよ』 そんなルオウを朋猫『雪』が溜息混じりに諌める。 「わ、わかってるって! ちょっと本音‥‥じゃなかった意気込みを言っただけだよ!」 『意気込みですか‥‥まぁ、よいですが、しっかりと辺りに注意を払っておいてくださいよ』 「任せとけって! 蟻の子一匹見逃さないぜ!」 呆れる雪に、ふんと鼻息荒く胸を張るルオウ。 『ふむ‥‥この蟻の子は見逃していたようですけどね』 しかし、そんなルオウの威勢を雪は地面を這う蟻を指して、再び溜息。 「うぐっ‥‥」 『頼みますよ。ここは魔の森なんですから、何が来るかわかりません。ほらそこに――』 と、雪が徐に森を指す。 「っ! ‥‥って、あれ? なにもいない‥‥?」 雪が指した森へ向け、咄嗟に身構えるルオウ。しかし、そこには何の気配も感じられない。 『はぁ‥‥先が思いやられますね』 静かにせせらぐ川辺に雪の溜息が一際大きく木霊した。 『なんだか、楽しいコンビだね☆』 「ま、茉莉花。あんまり覗いちゃダメだよっ」 ルオウと雪のやり取りを楽しそうに見つめる茉莉花を彩虹があわあわと制す。 『なんでー?』 「ほ、ほら。よそ様にはよそ様の事情とか‥‥そう言う、色々と大変な事情があったりすると思うの‥‥」 『えー、楽しくていいじゃん☆ ほら、またあの男の子怒られてるよ?』 「だから、覗いちゃダメだって! ほら、もう!」 と、彩虹が野次馬茉莉花をひょいっと抱き上げた。 『もー、小虹は寂しがり屋なんだから☆』 「ち、違うでしょ!?」 『えー、ちがわない――ひゃ!?』 腕の中で不満げに小言を垂れる茉莉花を、彩虹は空高く放り投げる。 「ほら、茉莉花は樹上の警戒でしょ! しっかりよろしくね!」 『もぉ、猫使い荒いんだから‥‥』 放り投げられた茉莉花は、華麗に樹上に着地すると、ぷんと拗ねる彩虹を見下ろす。 「文句言わないのっ!」 『はいは―い☆』 茉莉花はそんないじらしい彩虹を見下ろしながら、一行の歩調に合わせる様に樹上を軽やかに渡っていった。 ●川 目ぼしい成果を得られぬまま、川辺をひたすら歩き続ける一行。その時。 「‥‥皆さん、これを」 突然、川辺の一点に見つめる透子が声を上げた。 「これは‥‥」 しゃがみ込む透子の元に駆け寄った彩虹が覗き込む。 「こんりゃ、足跡だスか?」 「はい、どなたの物かはわかりませんが、さほど時が経っていないように見えますね」 森の奥へと視線を向ける透子の声に、一行が集まった。 そこには、苔生した川辺の岩に刻まれた人の物と思われる足跡が。 「まさか、森の中へ‥‥?」 透子の視線を追う様に、エルディンもまた視線を森の奥へ向ける。 「何があったかはわかりませんけど、急がないと黒井様の身が」 「だな! ここは魔の森だぜ! 一人で行くなんて無茶だ!」 彩虹の言葉にルオウが力強く拳を握る。 「行きましょう。時間が無い」 短く呟くエルディン。 一行はその言葉に、無言でこくりと頷いた。 「ふふふ‥‥」 『うふふ‥‥』 そこには、暗き森深くへと続く細く険しい小さな道が、一行を闇へと吸い込まんとばかりに、黒き口を開けていた――。 ●獣道 人の痕跡を追い魔の森を走る細い獣道を慎重に進む一行。 「黎明殿」 「うん?」 ふとエルディンが黎明に声をかけた。 「例のあれ。後でよろしくお願いしますね」 「ほぉ、あれか‥‥。君も好きだね」 「いやいや、黎明殿ほどではないですよ」 慎重に歩みを進める一行にあって、邪な笑みを湛える二人。 「黎明さぁ、エルディンさぁ、随分と楽しそうだスな?」 と、そんな二人に殿を行く大左衛門が不思議そうに声をかけた。 「楽しそう‥‥ですか。そうかもしれませんね」 「うむ。男の浪漫というやつだね」 大左衛門の先を行く二人は、再び怪しく微笑み合う。 「そこのお兄さん。あの二人に近づいちゃダメよ」 と、そんな大左衛門にレダが呆れたように声をかけた。 「ダメ‥‥なんだスか?」 「ええ、脳が腐るわ」 「の、脳が‥‥?」 そのあまりにやる気なさげで衝撃的な言葉に、大左衛門は呆気にとられる。 『若いの。あまりうちのボンクラにいらぬ世話を焼くでない。唯でさえ世間知らずなのだ。色事の一つ二つ覚えさせんでどうする』 と、わざわざ注意をしてきたレダに、にゃんこ師匠は何故かご立腹。 「脳が‥‥違うだス。色事‥‥? まんず聴き慣れねぇ言葉だスが、どういう意味だス‥‥?」 『それぐらい自分で調べんか』 「そうだスな! いつまでも師匠に頼ってばっかじゃァ、成長でぎねェだスからな!」 面倒臭そうに答えるにゃんこ師匠の言葉も、大左衛門にとっては一言一句勉強の対象なのだろう。 「えっと‥‥お楽しみの所申し訳ないのですが、先程から嫌な視線を感じます」 と、道程に白墨で目印を付け進んでいた透子が呆れる様に声をかけた。 「む? 視線?」 そんな透子の指摘に、黎明は辺りを伺う。 「はい。遮那王も何かいると告げてますから」 透子はすぐ傍で尻尾を振る遮那王へ視線を落とす。 「そう言えば、ペテロも何か感じているようですね」 透子に倣う様に愛犬へ視線を落したエルディン。 「師匠、何かいるだスか?」 完全に置いてけぼりを喰らっていた大左衛門も槍を手に辺りを伺う。 『居る様な、居らぬ様な。とにかく先を急げ』 「はいだス!」 ふあぁっと欠伸をかまし答えるにゃんこ師匠へ、大左衛門は力強く頷き、先行する仲間を追う。 そして、残った二人。 「置いていかれましたね、黎明殿」 「だな。ま、例の物は成功報酬という事で」 「ええ、そう言う事で」 と、二人は三度邪な笑みを湛えながら、早足に先行する仲間達を追い獣道を奥へと進んだ――。 ●泉 薄暗い獣道の先に突如、光が扉を開ける。 「ここは‥‥?」 踏み出した一行の前に広がっていたのは、小さな小さな泉。しかし、その水は透通り、水面に遊ぶ小魚の姿もはっきりと見えた。 「‥‥泉の様ですね」 魔の森にあって、異様なほど清浄な空気にエルディンも戸惑う。 「綺麗‥‥」 陽光を反射させ煌めく水面を彩虹が見入った。 『あはっ☆ つっめたーい!』 「ちょ、ちょいっと茉莉花!?」 と、そんな優美な瞬間も束の間、茉莉花が無警戒に泉へ足を踏み入れる。 『小虹もおいでよ! 冷たくって気持ちいいよ☆』 「え‥‥ほんとに‥‥?」 気持ちよさそうに水面に戯れる茉莉花の姿に、彩虹も思わず釣られて足を踏み入れた。 「ほんとだ‥‥気持ちいい」 『でしょ?』 恐る恐る水面へ足をつけた彩虹を、水の冷気が包み込む。 「大丈夫なのか‥‥?」 と、そんな二人の様子を伺っていたルオウが呟く。 獣道を行く間、ずっと気を張り詰めていたのだ。 精神的緊張。そして、初夏の蒸し暑さが一行の体力を容赦なく奪っていた。そこへきてのこの泉の出現である。一行は訝しげに泉を見つめながらも、その清らかな水に惹かれていた。 『もう他の方が入っているのです。ボンも怖がらずに入ってみてはどうですか?』 何処となしか羨ましそうに水と戯れる二人を眺めるルオウに、雪がまるで小さな子供の背を押す親の様に声をかけた。 「なっ! べ、別に怖がってねぇ!!」 そんな、雪の真心をルオウは顔を真っ赤に否定。そのまま大股で泉へと――。 その時。 『ワンっ!!』 ペテロが一際大きく吠えた。 「皆さん、あれを!」 ペテロの視線を追うエルディンが見つけたもの。それは開けた空から飛来する数多の蛇であった。 ●戦場 「師匠!」 槍の一突きでアヤカシを葬った大左衛門が師匠を見やる。同時ににゃんこ師匠がその爪でアヤカシを斬り裂いた。 「流石だス! いつ見ても『キャット大回転』は惚れ惚れ――」 『余所見するでない。この虚け者が! 次が来るぞ!』 音も無く大左衛門の肩へ着地したにゃんこ師匠は、肉球でその頬を張る。 「貴方達の相手をしている場合ではないのです!」 透子の放った飛苦無がアヤカシの眉間に突き刺さった。 「傷を負った方は一旦下がってください! 体勢を立て直します!」 まるで無限かと思われる数のアヤカシを相手にする一行へ向け透子が声を大にする。 『目を閉じていなさい。ボン!』 辺りに眩い閃光が奔る。 「はぁぁ!」 強烈な光を斬り裂き、ルオウがアヤカシを斬り伏せた。 しかし、ルオウは止まらない。閃光に怯むアヤカシへ向け、大地を蹴る。 「数が多すぎますっ!」 アヤカシをその爪で切り裂く彩虹の額に汗が浮かぶ。 『小虹! 女の人が危ないよ!』 と、彩虹の隣で奮戦する茉莉花が悲痛な声を上げた。 「レ、レダさん!」 アヤカシの群れに一同の手が塞がった隙をつき、抜け出た一匹がレダを襲う。 しかし、その時! 「危ねぇ!! ――ぐふっ!」 突如森から現れた人影がレダを庇いアヤカシの攻撃をその顔面で受け止めた。 「はっはっはっ! 俺が来たからにはもうあんし――げふっ!」 「えっ‥‥!?」 突然の出来事にレダは呆気にとられる。 「見目麗しきセニョリータには、指一本ふれさせ――ぎゃはっ!?」 「ちょ、ちょっと‥‥」 容赦ないアヤカシの攻撃を何故か顔面だけで受けとめていく謎の人影(喪越(ia1670):29歳男)。 その凄惨な光景をレダを始め一同は何故かただ見守るしかなかった。 「ぜにょりーだ、だいじょうぶが?」 なんとかアヤカシを打倒し、くるりと振り向いた謎の人影(喪越)が、レダに決めの笑顔を向けた。が――。 「い、いやぁ?!」 ばちんっ――。 「おぼあっ!」 その顔面のあまりに凄惨さに、レダは思わず頬を叩く。 「あ‥‥ごめん」 ふと我に返るレダ。そこには止めの一撃を喰らい恍惚の表情で悶絶する喪越の姿が大地にキスしながら横たわっていた。 『ふっ‥‥。滑稽ですわ』 そんな喪越を見下し、地響きと共に華麗なステップで現れる土塊。否、喪越の土偶『ジュリエット』。 「な、なんだこいつ‥‥!」 そのあまりに華麗(異形)な姿に、黎明が固まる。 『まぁ、そんなに見つめられては‥‥ワタクシ照れてしまいますわ☆』 ぎぎっと軋み音を立てながら身体をくねらせるジュリエットは、黎明の視線に照れたように顔を手で覆った。 「新手か!!」 そんなジュリエットへ、目にも止まらぬ速射。 黎明の短銃が火を噴いた。 カランっ――。 硝煙の香り漂う泉。そして、落ち行く――ジュリエットの頭。 『もぉ、て・れ・や・さん☆』 眉間を撃ち抜かれ転がる頭を拾い上げたジュリエットは、定位置へ戻すと土色の頬を赤銅色に染める。 「ふ、不死身かこいつ‥‥」 まるで何事もなかったかのように体をくねらせるジュリエットに、黎明が恐怖した、その時。 ガツンっ――。 突如飛来したアヤカシの一撃がジュリエットの後頭部へ直撃する。 『‥‥』 プスプスと煙を上げるジュリエットの後頭部。 『許せませんわ』 不躾な一撃に、わなわなと震えるジュリエットの表情が邪神の如く歪んだ。 『オーッホッホッホッ! ワタクシとダーリンの甘く切ないアバンチュール邪魔するのは何方っ!!』 くるりと振り向いたジュリエットは、極太の脚部を華麗に回転させバッタバッタとアヤカシを蹴り伏せていく。 「たまには、やるじゃねぇか!」 焙烙玉を片手にアヤカシへ投げまくる喪越が、ジュリエットを称える。 『吠えないでくださいます? 耳障りですわ』 「おいおい、そりゃないだろ?」 『貴方と共闘など釈然としませんが、これも愛の為』 「ああ、愛の為だな!」 最愛の人(?)を護る為、二人の覇気がシンクロする。 二人無双。焙烙玉を次々と投げつける喪越と足が霞むほどの蹴りを見せるジュリエット。 一行が呆気に取られ見つめる中、泉は二人の高笑いが木霊す死戦場と化した――。 ●夕刻 「さぁー! 気を取り直して行ってみよ―かぁ!」 頬に赤い手形をはっきりと刻み、喪越が一同へ声をかけた。 アヤカシを一掃した一行は、再び魔の森へ――。 「うん? おい土偶、何かついてるぞ?」 と、黎明がふとジュリエットの腰に刺さった一冊の書を見つけた。 『もう、ダーリンったら☆ ワタクシの名前はジュリエットですわ。照れずに仰ってくださいな、ほら『ジュ・リ・エッ・ト』☆」 黎明の声に、たジュリエットは宙を舞い黎明との距離を零にする。 「お、おうっ!」 息もかからんばかりに距離を詰めるジュリエット。そのどアップに黎明の頬が引きつった。 『‥‥やっぱりこの方こそが運命の人』 そんな黎明の表情にもジュリエットは頬を赤銅色に染める。 「隙あり!」 『きゃっ☆』 「これは‥‥?」 ジュリエットの隙をつき腰に刺さった書を抜きとった黎明。 「ちょっと見せてみて」 が、その書をレダが奪い取る。 「これは‥‥黒井の報告書?」 パラパラとページをめくるレダが呟いた。 「という事は‥‥!」 「ええ、近くにいるかもしれないわね。皆!」 バッと顔を上げ一行へ声をかけるレダ。その声に一行は表情を引き締めこくりと頷いた。 『もうお嫁にいけない‥‥』 一方、黎明に触れられた腰へ手を当て、地面へへたり込んだジュリエットが幸せそうに呟いたのだった――。 ●日没 懸命な捜索も実らず日没と共に黒井捜索は一旦終了となる。 発見された書。 それは、紛う事無き黒井がこの島探索に持ち込んだ、新大陸へ至る研究書であった。 一先ずの成果を手に、一行は輿志王が設営した駐屯地へその身を向ける。 彼はまだこの危険極まる森の中で、その命を繋いでいるのかもしれない。 一行は駐屯地から魔の森を眺め、他の捜索隊が発見する事を祈るのだった――。 |