橋を架ける少女
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/12 21:16



■オープニング本文

●西の山村
「うぅ‥‥六郎さんは‥‥」
 病床に伏す一人の老婆が気力を振り絞りそう呟いた。
「お婆ちゃん、大丈夫よ! 六郎お爺ちゃんは元気だからっ!」
 そんな老婆が横たわる布団の脇で必死に声をかける少女。
「六郎さん‥‥すぅすぅ――」
「お婆ちゃん‥‥」
 寝言のように何度も何度も男の名前を呟く老婆を見下ろし、少女は悲痛な面持ちで呟いた。
「‥‥」
 再び寝息を立て夢に落ちた老婆。
「‥‥」
 そんな老婆をじっと見つめる少女は、意を決したように立ち上がり家を後にした。

「もう時間が無いよ‥‥うんっ!」
 遠ざかる老婆の家をちらりと横目で見やり少女が決意する。
「きっと会わせてあげるからね――」
 その瞳が見つめるのは遥か東の山。
 かつて分かたれた兄弟山の片割れに向かい、少女は足を速めた。

●東の山村
「爺さん‥‥?」
 夕日が差し込む縁側で、静かに佇む老人に青年が声をかけた。
「‥‥」
 しかし、老人は耳が遠いのか、瞳を閉じ沈みゆく太陽へ顔を向けたまま反応が無い。
「爺さん!」
 青年が再度老人を呼んだ。
「‥‥うん?」
 その呼びかけにようやく気付いたのか、老人はゆっくりと首を振り青年へと視線を移す。
「爺さん‥‥大丈夫か?」
「なにがじゃ?」
 そう心配そうに呼びかける青年に、老人は逆に問いかけた。
「何がって‥‥いや何でもない」
「変な奴じゃのぉ」
 老人のいつもの柔らかい笑顔。それが深く刻まれた皺をより深いものにする。
「‥‥会いたいか?」
 先程まで老人が視線を向けていた先に視線を動かし、青年がぽつりと呟いた。
「‥‥もう諦めた」
 と、そう呟いた老人は再び視線を沈みゆく夕日に向ける。
「‥‥」
 そんな老人に
「どこへ行く?」
「‥‥ちょっと野暮用だ」
 老人の問いかけに振りかえる事無く答えた青年は、かつて分かたれた兄弟山の片割れに向かい足を速めた。 
●谷
「十郎!」
 谷の東側から少女の叫ぶ声がする。
「真知! しっかり受け取れよ!」
 一方、谷の西側には弓に矢を番える青年の姿。
「行くぞ!」
 青年が力一杯に絞った弓を弾く。
 放たれた矢。
 その矢には太く強い荒縄が結び付けられていた。
「いい感じ!」
 力強く向かってくる矢に、少女が歓喜の声を上げる。しかし――。

 ごぉぉぉぉ――っ!!

 天を衝く突風。
 縄の結ばれた矢は、まるで海流に流される海藻の様に、翻弄され――落ちた。
「ぐぅ!」
 翻弄される矢の行方に、青年がギリッと唇を噛む。
「十郎! 頑張って!!」
 届かぬ矢に表情を曇らせながらも、対岸からは少女の励ます声。
「まだまだ! 真知、行くぞ!」
「うんっ!!」
 再び番えた矢。引き絞られる弓。
 何度と無く続く射に、青年の指先に血が滲む。
 何度となく張り上げる少女の声は、次第に掠れ行く。

 50年前に裂かれた恋人達。
 その最後の望みを叶える事。それが二人に課せられた使命の様に――。


■参加者一覧
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
朱鳳院 龍影(ib3148
25歳・女・弓


■リプレイ本文

●森
「そぉらっ!」
 大木に穿たれる巨刃。朱鳳院 龍影(ib3148)が渾身の力を込めて斧を振るう。
「精が出るな。一息入れてくれ」
 その声に龍影は斧を振るう手を止め振り返った。そこには劉 天藍(ia0293)が小包を差し出していた。
「お、差し入れか? ありがたいのぉ、丁度腹が減ってたところじゃ」
 龍影はにかっと微笑むと、天藍の差し入れを受け取る。
「大したものじゃないがな」
「一仕事した後の握り飯は格別じゃ。頂くぞ」
 包みを解いた龍影は、そこにあった握り飯に豪快にかぶりつく。
「ここは良い木が多いな。森が活き活きとしている」
 握り飯に舌鼓を打つ龍影から視線を移し、天藍は生い茂る木々の一本に手を添えた。
「そうなのか?」
「ああ、良い土、良い水、良い空気がこれらを育んでいるのだろう」
「ほぉ、道理で歯ごたえがあるわけじゃ」
 握り飯を頬張りながらも龍影は、自身が伐りかけた巨木の頂点へ視線を移す。
「この杉ならば見事に支えるだろう」
「ふむ――架かるとよいのぉ」
「架けるさ、必ず」
「うむ」
 二人は木々の合間から覗く陽光を眩しそうに眺めた。

●谷

 ごぉぉ――!

「一筋縄ではいかぬな‥‥」
 まるで大アヤカシの咆哮かとも思えるような、暴風達の息吹。
 谷を支配するこの暴力をその身に受け苦しそうに飛ぶ愛騎『影牙』の姿を眺め、滋藤 柾鷹(ia9130)が崖上で呟いた。
「大丈夫でしょうか‥‥?」
 風に翻弄される影牙の姿を見やる柾鷹に、真知が心配そうに声をかける。
「心配なさるな。我等はその為に来たのだ」
 背後からかかる真知の声に、柾鷹は体を返し、小さく微笑んだ。
「そうそう、任せとけって! 絶対に愛の架け橋‥‥じゃなかった、谷の架け橋を架けてやるぜ!」
 と、そこに現れたルオウ(ia2445)は、大荷物を持って二人の元へ駆けよってきた。
「柾鷹の兄ちゃん、これでよかったのか?」
 包みを地面へ置いたルオウが尋ねる。
「ああ、助かる。そこに広げてもらえるか」
「あいよ!」
 柾鷹の言葉に、ルオウが包みを解いていった。

「‥‥なんだこれ?」
「布だ」
「そんなの見りゃわかるよ。こんなの何に使うんだ?」
 解かれた包みから現れたのは、幾枚もの長細い布。
「風の威力は影牙のおかげで大凡の見当がついたのでな、後は風の軌道を測る」
 と、傍らに戻った影牙の背をそっと撫でつけ、柾鷹がルオウに答えた。
「ほ、ほう」
 短い説明に頷いたルオウであったが、その疑問はさらに膨らむ。
「あまり時間が無い。布の端を地に杭打ちし、谷へ投げ入れる」
「お、おう!」
 布を手に取る柾鷹に続き、ルオウもまた布を掴む。
 そして、崖端に並べる様に次々と打ちつけていった。

 谷に流される幾枚もの布。
 布は暴風達に翻弄され、舞い踊る。まるで不可視の暴徒達の姿を暴く様に。

●西の村
「ふむ‥‥」
 間借りした小屋の居間一杯に広げられた図面を、各務原 義視(ia4917)が睨みつける。
『難工事になりそうですね』
 義視の傍らにちょこんと座る『葛 小梅』も同じように図面と格闘していた。
「足の踏み場もあらへんなぁ」
 そんな小屋にジルベール(ia9952)が足を踏み入れる。
「御苦労さま。村の人達の様子は?」
 なんとかスペースを見つけ座り込んだジルベールに義視が問いかける。
「皆協力してくれるゆぅてるわ。橋架けたかったん、あの二人だけやないみたいやな」
『橋があると色々と便利ですからね』
 そんなジルベールの言葉に、小梅も同意するように頷いた。
「これで人手は確保と――」
「他にいるもんあるか?」
 図面に筆を加える義視に、ジルベールが問いかける。
「材料調達はすでに向かってもらってるので、後は道具の確保ですかね」
「ふむ‥‥俺の自前の道具だけやったら足りへんしなぁ」
『ここは森村ですから、ある程度はあるのでは?』
「ですね。できる限り借りしましょう」
 小梅の言葉に頷き、筆を加える義視。
「ほぉ。よぉ気のまわる人妖さんやこと」
 そんな二人のやり取りをジルベールは感心したように眺めた。
『そ、そんなことは無いですけど‥‥』
 ジルベールの讃辞に、小梅は少し照れたように義視の影に隠れる。
「はは、仲ええ事はええことや。ほな、俺はちょっくら行ってくるわ」
「ええ、よろしくお願いしますね」
 すくっと立ち上がるジルベールを、二人は見送った。

●広場
「桧はこちらに!」
 広場に集まった村人達を前に、指揮棒を振るう義視が声を上げた。
『次、木杭です』
 その傍らでは、小梅が図面を見ながら義視を補助する。
「これか?」
 そんな二人の元へルオウが木杭の束を抱え現れた。
「有難う。それは橋の袂に打ち込んでおきますから、谷の方へお願いします」
「了解だ!」
 義視の指示にルオウはにかっと笑い、駆け足で谷の方へと――。
「っとと、そうだ」
 駆けだしたルオウであったが、何を思ったのか突然止まり踵を返すと。
「はい?」
「必ず成功させような!」
 元気よく自身の意思を告げた。
「ええ、それが私達に課せられた使命ですからね」
 義視もその言葉に、表情を柔らかくし頷いく。
「雨、降らないといいな」
 そそて、ルオウはふと天を見上げる。
「雨にも負けぬ橋を架ければいいんです」
 二人は梅雨空曇る天を仰ぎ、そう呟いたのだった。

●小屋
「おばちゃん、おおきにな」
 木材を運んで来た婦人にジルベールがにこりと微笑んだ。
「いえいえ、どうしたしまして。これくらいしかできないからね。遠慮なく注文しておくれ」
 そんな笑顔に婦人も上機嫌。手に持った木板をジルベールに手渡す。
「ほんま助かるわ。次もよろしくな」
 木屑にまみれるジルベールに、婦人は元気のいい返事を返し小屋を後にした。

 再び一人となった小屋。ジルベールは鉋を握り、木板の面を削り出す。その時――。
「見事な腕であるな」
「おや、柾鷹さんか」
 そんなジルベールの鉋捌きを、小屋の入口から柾鷹が感心したように見つめていた。
「昔取った杵柄って奴や。嫌々やったけどな」
 作業の手を止め振り返ったジルベールは、その腕を自慢するでもなく少し照れたようにそう話す。
「謙遜なさるな。武一辺倒である拙者には出来ぬ芸当だ」
「そう言ってもらえるんやったら、この技も悪ぅない思えるわ」
 嘘などではない真摯な視線。そんな柾鷹の言葉にジルベールは礼をした。
「で、なんか用件があったんちゃうの?」
 顔を上げたジルベールが柾鷹に問う。
「ああ、そうであった。あまりに見事な腕に見惚れ、本題を忘れる所であった」
「もう世辞はええって」
 こくりと頷く柾鷹に、今度はジルベールも苦笑い。
「風の向きを計測してきた。なかなかに難敵であるぞ、あれは」
「と言うと?」
「乱気流、と申すのか。風の流れが一定ではなく、四方八方に吹き荒れ予測がまるで付かぬ」
 布の計測でもって調べた風の傾向を事細かに報告していく柾鷹に、ジルベールも真剣に聞き入った。

「ふむ‥‥もう少し強度を上げなあかんか‥‥」
「風を逃がす工夫もいるやもしれぬな」
「なるほど‥‥」
 柾鷹の助言にジルベールは顎に手を添え考え込む。
「――嬉しそうであるな」
「うん? 俺、そんな顔しとった?」
「ああ、好敵手に巡り合えた。そんな表情をしておった」
「ありゃ、あかんあかん」
 と、ジルベールは両手でぐにぐにと自分の顔をこねる。
「では、拙者はこれで。他に何かあれば遠慮なく申しつけてくれ」
「ん? ああ、了解」
 今だ顔をこねるジルベールに深く礼をし、柾鷹は小屋を後にした。

●鍛冶場
「熱いのぉ」
 大木工所と化した村の片隅に設けられた、鍛冶場にもうもうと煙が上がる。
 その中、炉の前で火に向かう天藍に声をかけたのは、龍影だった。
「神威の人でも熱いのか」
「あたりまえじゃ。熱いものは熱い。お主ら人と変わらぬよ」
 天藍なりの冗談だったのであろうが、龍影はふんと拗ねたように答える。
「すまない。悪気はないんだ。許してくれ」
 そんな龍影の態度に驚いたのは天藍。慌てて謝罪するが。
「なんての。冗談じゃ、気にするな」
 当の龍影は、にかっと豪快な笑みを浮かべた。
「で、何をしておるのじゃ?」
「ああ、部品に刻印をつけていた所だ」
「ほう? 刻印とな」
「破損した場合を考えてな。部品に番号を振っていれば、何が壊れてもすぐに対応できるだろう」
「ほぉ、いい案じゃな」
 興味深そうに覗き込んでくる龍影に、天藍は懇切丁寧に説明していく。
「これも龍影さんの切り出してくれた木があればこそだ」
「それは嬉しい事を言ってくれるの」
 と、龍影は天藍の背をばしばしと豪快に叩いた。
「痛い痛い! 叩くなら加減してくれ」
 そのあまりに強烈な一撃に天藍は思わずのけぞる。
「うん? これしきで不甲斐ないぞ? ――ああ、なんじゃそういう事か」
 そんな天藍の態度に、何を思ったのか龍影はニヤリと口元を釣り上げると――。
「っ!?」
 徐に天藍の背に抱きついた。 
「これでよいかの?」
 天藍にうりうりとその豊満な身体を密着させる龍影。
「‥‥暑いので離れてくれ。それに作業がやりにくい」
 しかし、天藍は実に冷静な反応を示す。
「なんじゃ、張り合いが無い奴じゃの」
「‥‥」
「まぁよい。何か手伝う事があれば遠慮なく言うのじゃぞ」
 身体を離し残念がる龍影。しかし、解放された天藍の頬には少し赤みがさしていた。

●谷
「わっ! なんか強くなってないか?」
 谷に向かうルオウが声を上げた。
 谷風はその勢いを衰えさせるどころか、更に強く吹き荒れている様にも見える。
「本当に止むのか心配になってくる勢いじゃの」
 ルオウの隣で同じく谷に向かう龍影。
「そうぼやいてばかりもおれぬぞ。明日の休風日までにできる事はやっておかねばな」
 強風に赤髪を靡かせる二人に、柾鷹が声をかけた。
「だよな! 村の人も手伝ってくれるし、失敗するわけにはいかないもんな!」
 そんな柾鷹の声に、ルオウが元気よく答える。
「うむ、その通りじゃな。さっさと組み立ててしまおうかの」
「おうっ! さぁロート、行こうか!」
 龍影の声に、頷いたルオウは愛龍『ロートケーニッヒ』へと声をかけた。
「どれ、私も負けておれぬの。朱鳳龍」
 負けじと龍影も愛騎『朱鳳龍』を呼び寄せる。
「影牙」
 そして、柾鷹が。
 三人の声に呼応した三匹の龍は、森の中より資材を引き現れた。
「ロートありがとな!」
「後は立てるだけじゃな」
「何でも言ってくれ。微力なれど力になる」
 龍達が引いてきた資材を三人が開梱する。
 そこには10mはあろうかと言う巨大な杭が収まっていた。
「さぁ、やるかの!」
『おう!』
 三人のサムライは、その剛力をもって巨杭を大地へと打ちつけ、倒れぬよう堅く結びつけていった。

●村
「大体こんなもんやね」
 ふぅと一息付き、凝った肩をこきりと鳴らしたジルベールが呟いた。
「村人が手伝ってくれたおかげで、案外早く済んだな」
 ジルベールの隣では、焼き鏝を火床へと戻した天藍が汗を拭う。
 二人の目の前には綺麗に並べられた資材。それぞれに目立つように刻印が打たれていた。
「やな。予備もぎょうさんできたし、壊れても平気やろ」
「壊れなければ、なおいいんだがな」
「まぁ、それは無理ちゃうかな? あの風、相当なもんみたいやし」
「だな‥‥」
「まぁ、そんな暗い顔しなはんな。予備の作り方とか、組み立て方はばっちり教えたんやし」
「そうだな。俺達は切っ掛けを作るだけ。維持していくのは使う者だ」
「そういうことや」
 二人の木職人がその知恵と経験を生かし組み上げる橋。
 しかし、それは谷を支配する巨大な敵と対等に渡り合うものでなくてはならない。
 材料を前に二人の瞳には自信と不安が入り混じっていた。

『準備できましたか?』
 そんな小屋に小さな来訪者。
「おや、小梅ちゃんやったか? どないしたん?」
 入口には小梅がちょこんと立っていた。
『明日の架橋に向けて、村の人達が酒宴を設けてくれるそうです。だから、呼びに来ました』
「それはなんだか申し訳ないな」
「ええんちゃう? それだけ村の人達も俺達に期待してくれとるっちゅうことやろ」
「‥‥ふむ、それもそうか」
「うん、有り難く御馳走されようや」
 そして、二人は小梅の案内で工房を出る。

 その夜、村人一同による開拓者達へ向けたささやかながら賑やかな宴が催されたのだった。

●谷
 夜が明けた。
 それまで吹き荒れていた暴風達の息吹が今はまるで聞こえない。
 年に一度だけ訪れる休風日。
 まるで海が凪ぐ様に、風はぴたりと止んでいた。
「さて‥‥」
 無風の谷を眺め、義視が呟いた。
「準備はできてるぜ!」
 図面と谷を交互に見つめる義視に、ルオウが袖をまくり声をかける。
「落ち着かれよ。急いては事を仕損じるぞ」
「‥‥そう言う柾鷹の兄ちゃんも準備万端だよな?」
 意気込むルオウを冷静に制する柾鷹。しかし、ルオウにも増して気合の入るその姿にルオウはくすりと笑みを堪えた。
「‥‥何事も準備は不可欠ゆえ」
 こほんとワザとらしく咳ばらいをした柾鷹は、照れを隠す様にくるりと踵を返す。
「あちゃ、いっちゃったよ」
「よいではないか、昨日までの成果が試されると気が逸っておるのじゃよ」
 影牙の元へ戻る柾鷹の背を呆然と見つめるルオウの背を、龍影がポンと叩いた。
「それは皆も同じだろう」
 と、天藍が。
 その場にいる誰しもが、年に一日しかないこの日に成果を残す為、念を入れた準備を施していた。
「そう言うこっちゃな」
 ジルベールは人懐こい笑みを浮かべ、一同を、そして作業に手を貸す為に集まった村人達を頼もしげに眺める。
「談笑はそのくらいにして。時間は限られています。先刻お話したとおり、手順に沿って資材を組み上げていきましょう」
 と、賑やかに話す一行へ掛けられた義視の言葉に、皆はこくりと頷いた。

●午前
「龍影の姉ちゃん、先行くぜ!」
 二本の親綱を足へと結んだ二匹の炎龍。
 その背に座すルオウが、もう一匹の騎手龍影に声をかけた。
「うむ、私もすぐに行く」
「おう! 行くぞ、ロート!」
 ルオウの声に一啼きし、空へと舞い上がる炎龍。
「橋の支柱となる杭は、十郎さんが用意してくれているはずです。支柱埋設の後、親綱の固定お願いします」
「うむ、任せておけ」
 見送る義視の言葉に、龍影はにかっと豪快な笑みを浮かべ、空へと舞い上がった。

「さてと、このでっかいのをどう渡すかやな‥‥」
 ジルベールがぽつりと呟いた。
 二人を見送り残った一同が見つめるのは50mを越える長大な二本の杉の巨木。
「端を龍数匹に縄で括りつけ、引くより他ないだろうが‥‥」
 その隣では、同じく柾鷹が巨木を前に唸る。
「地面との摩擦を考えると、龍への負担が大きくなりますね‥‥うん?」
 思考を巡らせる義視の袖を小梅がくいくいと引いた。
『あれを使えば転がせます』
 と、小さな手で指差したのは村で使う薪の為に切り出された細木の山。
「なるほど、あれを下に敷けば龍の力でも容易に転がる」
 小梅の指した薪の山を眺め天藍が感心したように頷いた。
「聡明なええ子やな」
『く、くすぐったいです』
 わしゃわしゃと頭を撫でつけるジルベールに、小梅はそういいながらも頬を少し赤らめていた。
「ではその案を採用させて頂こう。拙者が木を持ち上げる故、皆であの細木を敷き詰めてくれ。そして――」
 と、柾鷹が村人へ小梅の案を説明していく。

「では、皆さん準備を――」
 説明を終え、それぞれが持ち場へと着いたのを確認し声をかけた義視。そこに――。
「あの‥‥」
 恐る恐るかかる少女の声。
「その前に、お昼にしませんか? ほら」
 と、真知の声に皆がふと天を見上げた。そこには天頂を指す太陽が。
「そやな、空腹やとええ仕事できんし、精つけて昼からがんばろか」
 ジルベールの明るい声に、皆は笑顔で頷いたのだった。
 
●午後
「きばろか、ネイト!」
 ジルベールが愛龍『ネイト』へ声をかけた。
 昼食を終え一息ついた一行は、架橋最大の難仕事、二本の橋桁となる巨木へ向かう。
「行くぜ、ロート!」
「朱鳳龍!」
 主綱を張り終えたルオウと龍影もジルベールに続かんとばかりに、愛騎に声をかけた。
「凛麗、時間が無い急ぐぞ」
 そして、天藍が愛騎『凛麗』へと。
 二匹の駿龍、そして二匹の炎龍。非力を補うため4匹で橋桁となる巨木を越谷させるのだ。
「拙者は後ろから村人と共に木を押し出す。皆頼んだぞ」
 愛騎達に跨る四人を柾鷹が、そして村人達が期待を込めて見つめる。
「任せとき。ほないくで!」
 ネイトがジルベールを乗せ、空へと舞い上がる。
 そして、残りの3人もまたネイトに続く様に空へと舞い上がった。

「押しますよ! 皆さん息を合わせてください!」
 4匹に結ばれた導綱がピンと張る。それを合図に義視が後方で待機する皆へ声をかけた。
『せいの!』
 義視の合図と共に力が込められる。それは村人一同の想いを乗せて――。

●谷
「影牙、そのまま滞空してくれ」
 架けられた巨大な二本の巨木を、影牙に跨る柾鷹が、堅くそして、丁寧に縄で固定していく。
「この綱一本一本が村人達の安全を守る事となるのだ」
 柾鷹の言葉に決意が滲む。
 それも当然の事。この一つ一つの作業が、村人が待ち焦がれた架け橋の礎となるのだから。

「小梅、次の板を」
『はい』
 一方、橋桁の間へ橋板を渡していく義視は、小梅と共に作業を進める。
『‥‥なるほど、海殿と同じ造りですね』
「ああ、よくわかったね。あれの応用だよ」
 義視の作業を見つめる小梅が呟いた一言に、義視は嬉しそうに答えた。
 
「もう一踏ん張りじゃ。行くぞ!」
 龍影が。
「ロート、こっちも負けてられないぞ!」
 ルオウが。
「ネイト、」
 ジルベールが。
「絡まぬよう気をつけろ、凛麗」
 そして、天藍が。
 龍を駆る5人は、架けられた橋桁と親綱へと事前に組み上げていた部品を次々と取りつけていった。

●夕刻
「おおぉ‥‥下見たら酔いそうやな‥‥」
 ジルベールが谷底を眺め、小さく呟いた。
「早く行かぬか。後が閊えておるぞ」
 そんなジルベールの背を、龍影がどんと押す。
「お、押さんといてくれへんか!?」
 ここは谷底すら霞む高所。
 背を押す龍影をジルベールは恨めしそうに睨みつけた。
「さて、覚悟はできておるな?」
 龍影がニヤリと微笑む。二人は完成した橋の中央まで進んでいた。
「では行くぞ!」
 そして、空中へ向け合図を送った。

「合図来た!」
「では遠慮なくいくか」
「うむ」
 宙を舞う三匹の龍。そして、主を乗せぬ二匹の龍。
 その5匹の龍は龍影の合図を受け、一斉に翼を羽ばたかせた――。

 巻き起こる人工の風。
 それは柾鷹が計測した谷風を模して、吹き荒れる暴風となる。

「お、おい‥‥ネイト、落ちたら助けてや‥‥?」
 吹き荒れる風に翻弄される橋板。
 その橋板の上で飛ばされぬよう、安全綱を掴み踏んばるジルベールはネイトへ懇願する。
「自分で架けた橋じゃろう。ほれ、もっと自信を持ってしっかりと立たぬか」
 そんな若干腰の引けるジルベールを龍影は豪快に笑い飛ばした。

 不規則に吹き荒れる人造の風にも、橋は揺れこそすれ、吹き飛ばされる気配はまるでない。
「いけそうですね」
 橋の撓みや揺れをじっと観測する義視が呟く。
『完成しましたね』
 義視の横で同じく橋を眺めていた小梅も、嬉しそうにそう呟いたのだった。 

 こうして最後の耐風試験を見事に耐えきった開拓者謹製の吊り橋。
 それはまるで蔓と縄で編まれた細長い籠の様であった。

●夜
「これで会いに行けるな。真知の姉ちゃん!」
「はい! 本当にありがとうございます!」
 完成した橋を眺めポンと真知の肩を叩いたルオウに、真知は目に涙を浮かべ何度も何度も首を垂れた。
「真知、行こう!」
 そこに対岸より橋の出来を確かめながら渡ってきた十郎が声をかける。
「うん!」
 十郎の差し出した手を取り、嬉しそうに頷いた真知。
 こうして、老婆の待つ小屋へと走っていく二人を、一行は笑顔で見送ったのだった。