【遼華】新緑の価値は
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/28 22:55



■オープニング本文

●心津
 海岸線にまで迫る山裾。
 南向きの斜面は緑一色に覆われていた。
「お仕事ご苦労様ですっ!」
「おやおや、領主様。このような所にお越しいただくとは」
「りょ、領主じゃないですからっ!?」
 あわあわと慌てる一人の少女を農作業にいそしむ壮年の女性が朗らかに見つめた。
「ふふ、まだ代行様だったかね。ごめんよ」
 まるで自分の娘をからかう様に、女性は遼華に話しかける。
「うぅ‥‥あんまりからかわないで下さいよ‥‥」
 そんな女性の温かい笑顔に、遼華は頬を染め上目遣いに愚痴をこぼした。
「からかってるわけじゃないんだけどねぇ。で、今日は何か用かい?」
「あ、そうでしたっ! えっと、今年のお茶の出来を聞いてこいって言われたんですけど‥‥」
 と、女性に諭され目的を思い出したのか、遼華は恐る恐る尋ねた。
「ああ、なんだそのことかい。それなら問題ないよ。今年は良い霧にも恵まれたし、上々の出来さね」
 女性は優しげな顔を一際破顔させ、茶畑を見渡す。
「すごいですよね。一面の茶畑。とってもいい香り‥‥」
「そうだろ? 自慢の茶畑さ」
 自分の子でも褒められたように女の嬉しさを滲ませた。
「はいっ!」
 そんな女に、遼華も満面の笑みで答える。
「ほら、この先の方。淡い緑がかったこの新芽だけ摘むのさ」
 と、女は低木の先に青々と茂る新芽の一つを摘みとった。
「おぉ‥‥っ! これがお茶になるんですねっ」
「そうそう、これを摘んでお茶にするんだよ」
「あの‥‥私もお手伝いしていいですかっ!」
 と、女の嬉しそうな顔につられたのか遼華は袖を捲くる。
「おやおや、領主様自ら手伝ってくれるのかい? それはありがたいねぇ」
「だだだ、だから領主じゃないですってっ!?」
 そんな二人のやり取りを、茶葉の収穫を担う村人一同は楽しそうに見つめたのだった。

●小屋
 小さな小屋に突き出た煙突からは、もうもうと蒸気の煙が上がっていた。
「あつっ‥‥!?」
「ははは、若い娘さんには熱かったか?」
 小さな部屋に充満した熱気が肌にまとわりつき、まるで蒸し風呂を思わせる。
 立っているだけで噴き出してくる汗を拭う遼華に、上半身裸で茶葉を揉み潰す男が声をかけた。
「へ、平気ですっ! あ、そうだ。これ、ここに持ってくるように言われたんですけど‥‥」
 と、遼華は茶葉でいっぱいになった背負い籠を、どんと机の上に下ろす。
「ああ、そこに置いておいてくれ――って、あんた領主様じゃねぇか」
「はいっ! って、りょ、領主じゃないですからっ!?」
 本日何度目かのその単語に遼華は必死に反論する。
「おっと、それはすまねぇな。で、領主様自ら手伝いか?」
「うぅ‥‥だから違うって‥‥皆さん絶対楽しんでますねよね‥‥」
「ははっ。そんな事はねぇよ。なぁ、みんな」
 涙目の遼華を小屋の男達は、和やかに笑い飛ばした。

「そうそう、体重をかけて」
「体重を‥‥っ」
 ぎゅっぎゅっと小気味の良い音を上げ、茶葉を揉み潰していく。
「筋がいいじゃねぇか」
「そ、そうですかっ?」
「ああ、これだけできりゃ。いつ茶葉農家に嫁に来ても大丈夫だな」
「ありがとうございますっ! じゃなくて、よ、嫁っ!?」
 その手つきに感心したように呟いた男の言葉に、遼華の手が止まった。
「ほら、あんまり領主様をからかうんじゃないよ」
 そんな二人のやり取りを眺めていた壮年の女性が呆れる様に声をかける。
「からかったつもりはねぇんだが。なぁ、領主様よ」
「も、もう知りませんっ!」
 散々からかわれ尽くした遼華は、男の言葉にぷいっとそっぽを向いた。
「さぁ、遊んでないで急いで乾燥させるよ。ほら手伝っておくれ」
「は、はいっ!」
 女に連れられるように遼華は蒸し上がった茶葉を籠に詰め、外へと飛び出した。

●実果月港
「大事な商品だ。へまして落とすんじゃねぇぞっ!」
 大樽を転がし桔梗丸へ荷積みを行う水夫たちへ向け、桟橋から道が激を飛ばす。
「道よ」
 潮風に潰された喉から発生られる声が低く響く。
「ん? 湖鳴か。どうしたんだ?」
 道の背後から話しかけた声の主湖鳴に、道は振り向き問いかけた。
「お前も随分変わったな」
「はぁ? 突然何言いだすんだ?」
「思った事を言っただけだ」
「つか、なんでいきなりそんな話になってるんだよっ!」
「お気に召さなんだか?」
「召すわけねぇ!」
 逞しく湛えた髯でその表情は読みにくいが、湖鳴の声はどことなく嬉しそうでもあった。
「なぁ、道よ」
「な、なんだよ‥‥」
「操船を覚えてみる気はないか?」
「‥‥は? なんて言った?」
 突然の提案に、道は呆けたように問い直す。
「船乗りになってみんか。と言ったのだ」
「お前なぁ‥‥いつも唐突すぎるぜ‥‥」
「ふむ? そんなつもりはないんだが?」
「あー‥‥いや、もういい。で、なんで俺が船乗りなんだ?」
 相変わらず表情の読めない湖鳴に、道は溜息混じりに問いかけた。
「元は海賊とは言え、水夫の数も増えた。これを統率する者が必要だ」
「そんなのあんたがやりゃいいじゃねぇか」
「いや、ワシはやらん」
「‥‥なんでだよ?」
「‥‥そろそろ暇をもらおうかと思っておってな」
「はぁ!?」
 湖鳴が発した言葉に、道は酷く驚く。
「そもそも、成り行き上あのお嬢ちゃんを手伝っておっただけだしな。ワシにもワシの生活があるんだ」
「ここじゃ駄目なのか?」
「だめという訳でもないんだがな。ワシももう歳だ。老兵は退いて次の世代の人間が立つべきだと思う」
「そ、そうか‥‥」
 湖鳴の言葉は至極尤もである。道もそれが解るゆえに、なにも言葉を掛けられない。
「そんなに沈むな」
「別に沈んでねぇよ!」
 必死に反論する道を、湖鳴は和やかに見つめる。
「で、どうだ。やってみるか?」
「うっ‥‥。俺でもできるのか‥‥?」
「ああ、お前は筋がいい。それに水夫達も信頼を置いているようだしな」
 と、湖鳴は桔梗丸へ積み荷を運びいれる水夫達に目をやった。
「‥‥わかった。でもよ、ちゃんと教えてもらえるんだろうな?」
「ああ、教えるとも。この度の航海中にワシを越えるくらいになってもらわなければな」
「おいおい、そりゃ無茶――」
「何せこの航海が最後になるからな」
「はぁぁっ!?」
「戒恩殿にはもう伝えてある。頼んだぞ、新船長殿」
 あまりの事態に固まるしかない道の背を、湖鳴はバンバンと豪快に叩いたのだった。

 こうして、様々な人間模様が交錯する中、心津の交易の第一歩が記されようとしていた。


■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029
23歳・女・巫
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
ミル ユーリア(ia1088
17歳・女・泰
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰


■リプレイ本文

●桔梗丸
「さっさと降ろせ! 停泊代もばかにならんぞ!」
 湖鳴のしわがれた声が甲板に響く。
 声の先には大樽を懸命に転がし荷降ろしを行う水夫の姿。
「皆、改心したようだな」
 そんな水夫達の働きぶりを見つめ、一之瀬・紅竜(ia1011)がどこか満足気に呟いた。
「ああ、みんな良くやってくれてるぜ」
 そんな呟きに答えるのは、紅竜の横で同じように懸命に働く水夫達を見つめる道であった。
「そう言えば遼華に聞いたんだが‥‥お前がこの船を継ぐらしいな」
「‥‥ああ、どういう訳かそんな話になってる」
「なるほど、随分と見込まれたもんだな」
「見込まれたっつーより、人がいないだけだろ」
「そんな事は無いだろう。船を預かるなんて、おいそれとできるものじゃない」
「男に煽てられても嬉しくもなんともねぇな」
「ふむ。それもそうか」
 視線を交える事無く会話を続ける二人。
「なんだ? 男二人で黄昏中か?」
 と、そんな二人にヘ、山ほど木切れを抱えたスティア・ヴォルフ(ib0161)が声をかけた。
「ヘスティアか。そちらの準備はどうだ?」
「おう、材料は腐るほど頂いた。作業に掛りたくて人手を借りようかと思ってな」
「そうか。それは助かる。が、今は無理そうだぞ」
 と、紅竜は視線を水夫達へと向ける。
「あちゃ、どうするかな‥‥っと、そこのにーちゃん、暇そうだな」
 紅竜の言葉にぽりぽり頭を掻いたヘスティアが目をつけたのは道。
「俺か?」
「そそ。暇なら手伝ってくれよ」
「残念だなヘスティア。こいつはこの船の船長様だ。ご多忙でいらっしゃる」
「おいおい‥‥」
 ヘスティアへ向け冗談交じりに呟いた紅竜に、道は呆れたように溜息をついた。
「ありゃ、それは残念だ――という訳で、紅竜行くぞ、手伝え」
「ふむ‥‥仕方ないな。では船長殿。また後でな」
「さっさと行け」
 呆れる道を一人残し、ヘスティアと紅竜は大量の資材を抱え下船した。
 
●奏啄港
 少し早い夏の日差しが、燦々と降り注ぐ活気ある港。
 上半身を小麦色に焦がした水夫達が、その力量を競うかのように荷上げに、荷降ろしに所狭しと動き回っていた。
「あわー! ここが奏啄なんだ――すっごーい!」
 初めて見る船の数、初めて見る港、そして、初めての海。
 石動 神音(ib2662)が奏啄港の活気と風景に目を輝かせていた。
「活気のある良い港ですね。皆さんとても活き活きとしています」
 そんな神音に万木・朱璃(ia0029)がにこやかに声をかけた。
「うんうん! 今、神音はとってもかんどーしてるのっ!」
「それはよかったです。でも、私達は観光に来たのではありませんからね?」
 と、朱璃ははしゃぐ神音に釘を刺す。
「うっ‥‥えっと、しょーばいに来たんだもんね! 神音も精一杯がんばるよっ!」
「はい、頑張ってたくさん売りましょうね」
「うんっ!」
 二人は桟橋の上から、次々と降ろされる大樽を嬉しそうに見つめたのだった。

●荷揚げ場
「お茶‥‥うーん、お茶‥‥むむむ‥‥」
 山と積まれた大樽を前にミル ユーリア(ia1088)がうーんと唸る。
「あら、ミルさん?」
 そんなミルに嵩山 薫(ia1747)が声をかける。
「ん? カオルじゃない。こんな所にどうしたの?」
「どうしたもこうしたも、貴女こそここで何をしているの?」
 突然掛けられた声に振り向いたミルに呆れる様に問い返した薫。
「何って、お茶の気を感じてるのよ」
 大樽に手をかざしミルが真剣に答えた。
「‥‥気?」
 しかし、ミルの答えに薫は呆気に取られる。
「そう、気」
「‥‥えっと、もう一度聞くけど‥‥『気』って言った?」
「もぉ、そうだってば。カオルってばもうボケた――いたいいたいっ!!」
「ふふ、何か言ったかしら?」
 薫の笑顔の鉄拳。
 実にいい笑顔の鉄拳がミルのこめかみに深々と突き刺さった。

「ミルー!」

 そんな二人のじゃれ合い?に、遠くから声がかかる。
 そこにはぶんぶんと手を振りながら駆け寄ってくる遼華があった。
「あ、薫さんもいらしたんですねっ」
 少し息を切らしながら駆け寄ってきた遼華は、薫の姿を見つけるとぺこりと頭を下げる。
「ええ、お久しぶりね。覚えていてくれて嬉しいわ」
 ミルのこめかみから鉄拳を引き抜き
「当然ですっ! あの時はいっぱいお世話になったんですからっ!」
「ふふ、そうね。今となってはいい思い出‥‥よね」
 と、薫の視線はどこか遠くを見つめていた。
「あー、あれね。あれは傑作だったわね」
 そんな薫にミルが眉間を摩りながらニヤリと口元を釣り上げる。
「確か泰拳少女カオ――いだいいだいっ!!」
「ミルさん、何か言ったかしら?」
 薫の笑顔。
 実にいい笑顔の鉄拳が再びミルのこめかみを捕えた。
「あわわっ!! ミ、ミル大丈夫っ!?」
 そんな二人のやり取りを遼華ははらはらと見守る。
「気にしないで。これは泰拳士の間で今流行りのスキンシップだから」
 と、薫は戸惑う遼華に人懐こい笑みを浮かべた。
「泰拳士の‥‥? そ、そうなんですか?」
「ええ」
「いだいいだいっ!!」
 ぐりぐりと捻りが加わった薫の拳は、容赦なくミルのこめかみを撃ち抜いていく。
「それにしても、遼華さん、何処となしか雰囲気が変わったわね」
 と、薫がミルを解放し、ふと遼華の姿を見やる。
「え? そうでしょうか?」
 薫の視線につられるように、自身の服装に視線をやる遼華。
「服装の事ではないわ。貴女自身の事よ。決して喜ばしい変化ばかりではないようだけど、それも人生。日々の成長が伝わってくるわ」
「そんな事‥‥」
 薫の笑顔に遼華は頬を赤らめ、俯いた。
「今日はその成長をじっくりと見せていただくわね」
「は、はいっ!」
「さて、ミルさん。いつまでもそんな所に蹲っていないで行くわよ」
 薫にぽんと肩を叩かれたミルも、なんとか親指を立て答えたのだった。

●街中
 活気のある港町には自然と人も集まる。天儀の商売人がこの商機を逃すはずはない。
 奏啄の港には、集まった人目当ての商店も数多く出店していた。
「いやぁ、なかなか活気のある街だね」
「ああ、神楽の街とはまた違った活気があるよな」
 様々な人種、様々な人々が行き交う奏啄の大通りをアルティア・L・ナイン(ia1273)と御神村 茉織(ia5355)が、ぶらりと歩いていた。
「これだけ店が多いと、卸し先を見つけるのも骨が折れそうだね」
 と、アルティアが左右に並ぶ商店の軒先に視線を巡らせる。
「とはいっても、商品が決まっているからな。ある程度は絞れるんじゃねぇか?」
 アルティアの言葉に、商人に扮した茉織が答えた。
「それもそうか。となると、聞き込みはそこからかな?」
「だな。ひとまず身分は伏せて噂を仕入れようぜ」
「了解っ。それじゃまたあとでね」
「ああ」
 そして二人は、人々が行き交う街へ消えた。

●商家
「――なるほど、確かにいい茶葉ですね」
 小壺に入った茶葉の香りを嗅ぎ、商家の主人が呟いた。
「品質は保証するぜ。何せ、一部では幻の茶葉とか言われてるからな」
 茶葉を持ち込んだのは茉織であった。
「して、いくらで売って頂けるのかな?」
「そうだな‥‥いくらなら買う?」
 茉織は勿体つける様に主人にそう告げる。
「‥‥ははは、なかなかに商売上手な御仁だ」
「生憎と安売りはしない主義なんでな」
「ふむ‥‥では――」
 と、主人は番台の奥から算盤を取り出し弾き始める。
「おっと、待った」
 しかし、茉織はそんな主人を制す。
「おや? いかがされましたかな?」
「今日の黄昏時に商談の席を設けてある。良かったら来てくれ」
「なるほど、そう言う事ですか。わかりましたお邪魔させていただきましょう」
 核心に触れる会話など一切ない。しかし、この主人も商売に携わる者。茉織の言葉を理解したのか、にこやかに微笑んだ。
「これは置いていくぜ。存分に吟味してくれよな」
 と、そんな主人の笑顔に満足したのか、茉織は小壺を番台の上に乗せ店を後にした。

●市場
「――本当か!?」
「うん、確かな情報だよ」
 驚く男にアルティアがにこやかに微笑む。
「どこで売ってるんだ!」
 そんなアルティアに男が詰め寄った。
「慌てない慌てない。なんでも今日の夕方にお披露目の催しがあるとか聞いたよ」
「おい、どこでだ!」
 興奮気味に詰め寄る男。商売人にとって、それほどまでにアルティアの話は魅力的なようであった。
「うーん、どこだろう? あ、そうそうこの街のお茶の卸問屋ってここだけなの?」
 しかし、アルティアはとぼけ、逆に問いかけた。
「そんな話は今どうでもいいだろ! 他の奴になんか買わせるかよ!」
「おやおや、物事は公平にいかないとね。抜け駆けはずるいと思うんだ。うん」
「お前‥‥教える気あるのか?」
「もちろん。だから、これは交換条件だよ」
「‥‥」
 一見普通の開拓者。しかしその言動はどう見ても唯の開拓者とは思えない。
 男はアルティアを訝しげに見つめる。
「商売は情報が命。そう聞いたんだけど、君はこの情報要らないの?」
「うぐっ‥‥わかったよ! 教えてやるから場所を教えろ!」
「はいはい。そうこなくちゃね」
 その言葉が決め手となった。
 男は渋々紙を取り出すと何やら文字を書きなぐっていく。

「――確かに」
「で、場所はどこなんだよ」
 押し付ける様に突き出した文を満足気に眺めるアルティアに、男が再び詰め寄った。
「大通りの交差点」
「はぁ? そんな所にあるわけねぇだろ!」
 文を懐にしまいつつ短く呟いたアルティアに、男が激昂する。
「まぁまぁ、行けばわかるって」
「‥‥けっ、いい性格してやがるぜ」
「ありがと。褒め言葉として受け取っておくよ」
 憎々しげに呟いた男にアルティアは、にこりと人懐こい笑みを浮かべた。

●広場
 中央に錨のモニュメントを抱く奏啄の中央広場。
 人々が絶えず行き交う交差点に、一際大きな声が響いた。
「さぁ寄ってらっしゃーい! 夕方から寄り合い所で幻のお茶の試飲会をやるよー!」
 看板を高々と掲げ神音が元気いっぱいに道行く人々に声をかける。
「こんな機会は滅多にないわよ。来ないと絶対後悔するんだからっ!」
 神音の隣ではミルが対抗するように大きな声を張り上げた。
「うぅ‥‥! 負けなんだからっ!」
 そんなミルに神音は対抗心を燃やし。
「今ならさんかしゃさま全員にもれなく、幻のお茶が――なんと『タダ』で、いっぱいのめるよー!」
 更に声を張り上げアピールした。
「むむ、やるわね‥‥」
 神音の殺し文句に観客達の視線が集まる。
 そんな様子に、ミルが対抗心を燃やし。
「さらーに! 試飲に来てくれたら、美人給仕達が熱烈歓迎するわよっ!」
 ミルの殺し文句に、観客達からどよめきが巻き起こった。
「むむむ‥‥ミルおねーさんもやりますね‥‥!」
 そんな様子に、神音は再び対抗心を燃やし――。

「ふ、二人とも‥‥お客さん引いてるから‥‥」
 と、白熱する二人の呼び込み合戦に遼華がおろおろと声をかけた。
「遼華は黙ってて!」
「そーです、今たいせつな所なんです! 遼華おねーさんは大人しくチラシをくばっててくださいっ!」
「は、はいっ!」
 しかし、そんな遼華の言葉は二人の気迫の前に無残にも蹴散らされた。

 再び始まる白熱の集客合戦。
 二人の戦い?は、共に空腹に倒れるまで続いた――。

●寄合所
「いい所が借りれたわね」
 30畳はあるだろうか。板張りの立派な部屋を薫が満足気に見つめる。
「うん、戒恩くんか持たせてくれた紹介状が役に立ったね」
 と、薫の横でアルティアが呟いた。その手には一通の文。
 廃れてはいても朱藩の氏族。戒恩の影響力はいまだ健在であった。
「さすが氏族といったところね。すごい影響力だわ。戒恩さんのおかげで試飲会もうまくいきそうね」
「‥‥これもらってきたの僕なんだけど?」
「あら、そうだったわね。アルティアさんもよくっやってくれたわ」
 薫にしてみれば、アルティアもまだまだ子供の様な物なのだろう。
 ぶぅとふくれっ面のアルティアに薫は優しく微笑む。
「あ、そうそう、お茶に合うかと思って、これ買って来たんだ」
 と、アルティアが袋から取り出したのは、大きな包み。
「随分と大きなものを買ったのね。一体何を買ってきたの?」
 取り出した包みを見つめ、薫が問いかけた。
「いやぁ、さすが港町だけあって品物も豊富だね。まさかカステラまであるとは思わなかったよ」
 まるで自分の業績を称える様に、包みを広げ嬉々として語るアルティア。
「それはすごいわね」
「だろ? 大丈夫、ちゃんと薫くんの分もあるから」
「ありがとう、楽しみにさせてもらうわね――でも」
「でも?」
 と、アルティアはふと薫を見上げ問いかける。
「アルティアさんがそんなに太っ腹だとは思わなかったわ。それ、高かったでしょ?」
 薫はアルティアを見下ろし、しきりに感心した。
「それはもちろんだよ。何せジルベリア伝来の菓子だからね」
「貴方のこの試飲会にかける想い、確かに感じたわ。まさか自腹でこんな高級菓子を用意するなんてね」
「‥‥え?」
 その答えに、アルティアが固まる。
「まさか経費で落とそうだなんて甘い考えではないでしょう? そんなこと私がさせないわよ?」
「え‥‥ええっ!!??」
 アルティアの心からの叫びが、広い板張りの寄合所に響き渡った。

●桔梗丸
 積み荷を全て降ろし終え船縁に腰かける二人の男。
「邪魔するぜ」
 そんな男達に茉織が声をかけた。
「うん? いつぞやのシノビのか」
 男の一人、湖鳴が茉織を見上げ呼びかけに答える。
「久しぶり‥‥でもないか」
「どうした? あっちの仕事はいいのか?」
「ん、ああ。今は調理やら盛り付けやらで出番がねぇからな」
「なるほど。お役御免という訳か」
「おいおい、まだまだやることは山ほどあるぜ」
「おっと、それはすまんな」
 腹を探り合う様な不躾な会話はここには無い。湖鳴と茉織は、にこやかに会話を進める。
「で、暇つぶしに来たのか?」
 会話を楽しむ茉織に、今度はもう一人の男道が声をかけた。
「ま、そんなところだ」
「なんだ? 含みがある言い方だな」
 飄々と答える茉織に道が訝しげに問う。
「あー、まぁなんだ。湖鳴の旦那、お疲れさん」
「そう言う事か」
「うん? ああ、ありがとよ」
 ポリポリと頬を掻き、少し恥しげに湖鳴へ声をかけた茉織。そんな二人を道はにこやかに見つめた。
「今まで散々世話になったからな」
「なに、大したことはしておらんさ」
「そんな事は無いさ。あんたがいなけりゃ、遼華の今の笑顔は無かったろうからな」
「‥‥そうか、そう言ってもらえると尽くしてきた甲斐があるというものだな」
「ん、とにかく今までありがとよ。遼華からはさんざん言われてるだろうけど、俺からも一応な」
「うむ、確かに受け取った」
「――で、道」
「うん?」
 茉織は湖鳴から道へ視線を移す。
「これからもよろしくな」
「ああ、大した事は出来ねぇがな」
「それでもあいつの傍にいてやってくれればいいさ」
 茉織は道へと手を差し出す。
「それは約束する。界の分も‥‥な」
 そして、道はその手を取り二人は固い握手を結んだ。
「お前達がいれば、あのお譲ちゃんも安心だろう。頑張れよ、若人達」
 と、二人が結んだ拳の上へ湖鳴はそっと手を添えたのだった。

●厨房
 まるで喧嘩場かと思わせるような喧騒。
 まるで真夏かと思わせるような熱気。
 まるで果樹園かと思わせるような芳香。
 厨房は料理人達の戦場と化していた。
「さて、呼び込みが客を連れてくる前に、さっさと準備するぜ!」
 ヘスティアが腕をまくる。
「はいっ! 折角こんなに質のいいお茶を使わせてもらえるんです、腕によりをかけちゃいますよ!」
 向かいでは朱璃が頭巾をぎゅっと結ぶ。
 二人の料理人による茶葉を題材とした共演が、今幕を開けた。

「ヘスティア君、茶葉の分量はこれでいいですか?」
「ああ、こっちに貰う。後は湯を用意してもらえるか?」
「もう用意済みですよっ」
「お、さすがだな。後は水出し用の水を――」
「それも用意済みですよ」
「いやはや、さすがよく気がつくぜ。こんなに料理が楽しいと思ったのは初めてだな」
「ふふ、なんだかわくわくしますよね!」
 手を止める事無く互いの手腕に見惚れる二人。
 次々と生み出される料理が次第に厨房を埋めていった。

「すっごーい‥‥」
 そんな二人の手際を厨房の端から見つめる神音は感嘆の声を上げる。
「ヘスティアの腕は知ってたが、朱璃もなかなかやるな」
 同じく厨房の脇で紅竜も二人の手並みに感心していた。
「神音もいっぱいべんきょーしなきゃ‥‥」
「うん? 花嫁修業か?」
 と、拳を握り決意を固める神音に、紅竜が何気なく問いかけた。
「そそそ、そんなんじゃないよっ!」
「あ、い、いや、そうか‥‥」
 大声で否定する神音に、紅竜は驚き呟く。
「センセー‥‥」
 いやいやと両手で顔を隠し頭を振る神音。
「おーい! そんなとこで突っ立ってないで鍋取ってくれっ、鍋!」
 雑談を繰り広げる二人に、厨房の中からヘスティアの怒声がかかる。
「お、おう、今持っていくぜ」
 紅竜は神音を残し、ヘスティアの元へ鍋を運んだ。

「朱璃、出涸らしどこに持っていけばいい?」
「はい! こちらに貰いますね!」
「ほう、かき揚げか。なるほど、うまそうだ」
「ええ、香ばしくてほんのり苦くて、とても美味しいんですよっ」
「後でレシピ教えてもらえるか?」
「ええ、もちろんですっ!」
「んじゃ、お返しに爺ちゃん秘伝の酢味噌和えのレシピを教えてやるよ」
「わぁ! 嬉しいですっ! ありがとうございます!」
 互いの料理をつまみ食い。
 二人は互いの味を誇ると共に、相手の味を称賛し自分のものとして会得する。
 共に食の道に聡き者同士、二人は最高の茶葉を最高の料理へと変貌させていった。

●寄合所
「うお!? すげぇな‥‥」
 寄合所の入口には長蛇の列。
 その光景に茉織が驚愕した。
「予想以上の反響だな」
 そんな茉織に紅竜が声をかける。
「こんなに入るのか‥‥?」
「中は広い。大丈夫だろう」
「そうか、それならいいが‥‥。知名度の無い茶葉の試飲会なんかに、よくこれだけの数集まったもんだな」
 茉織の驚きも尤もである。
 一部では幻とされる心津の茶葉。しかし、世間一般では無名と言っても差し支えない。
 行列は今も増え続け、その数は百を下らないものとなっていた。
「皆が色々と宣伝してたみたいだからな。過大告知だろうと、集まらないよりはいい」
「まぁな」
 そして、二人は行列を横に見ながら、寄合所へと入っていった。

●広間
「これでよしっと!」
 広間に用意された机に並ぶ数多くの皿。
 その光景を満足気に見つめ、朱璃が手拭で汗を拭った。
「こっちも準備いいぜ」
 と、反対の机では湯気の合間からヘスティアの声が聞こえる。
「それじゃ、開会するわよ! 皆、準備はいい!」
 一同を見渡し、ミルが声を上げた。
 その姿はいつもの『もの』ではない。
「えへへ。遼華おねーさん用意がいいねっ!」
 神音も自身の姿に満足気に微笑んだ。
「‥‥少し派手じゃないかしら?」
 薫は自分が身につける服をつまみ上げ眉を顰める。
「そんなことありませんよっ! とってもかわいいですっ!」
「か、可愛い‥‥そ、そうかしら?」
 と、遼華の言葉に自分が身につける服を見つめる薫。
 四人が身に纏う服装は、新緑にも似た淡い緑色の給仕服であった。
「うんうん、さすが泰拳少女カ――いだいいだいっ!?」
「何か言ったかしら?」
 薫は一瞬にしてミルの背後に回り込み、いい笑顔でミルのこめかみをぐりぐりと――。
「ほらほら、皆。じゃれてないでお客さん入れるよ?」
 そんな様子を楽しそうに見つめていたアルティアが声をかけた。
「は、はいっ! 皆さんお願いしますっ!」
 アルティアの言葉を受け遼華は、集う一同に向け深々と一礼した。

 そして、満を持して心津産茶葉の試飲試食会が開会された――。

●開会
「お、押さないでっ! まだまだ沢山ありますからっ!」
 怒涛の如く押し寄せる試食客の勢いに、さすがの朱璃もてんやわんや。
「おい、そこっ! まだ早い! 後10秒待て!」
 一方、試飲客を相手にするヘスティアも目の回る様な忙しさに、次第に声を張り上げていく。
「はいっ! それはですね、このレシピメモに書いてある作り方でですね――あ、はい! そちらもどうぞ召し上がってくださいっ!」
「ばっ!! ちげぇ! そんなに一気に水を注ぐんじゃねぇ!!」
「かき揚げで疲れた胃には、この炊き込みご飯で休ませてあげてくださいねっ!」
「おう! うまいか! 当然だ! 奥で量り売りもやってるからな! 気にいったならぜひ買ってくれよ!」
 押し寄せる客達一人一人の相手を見事にこなしていく料理人達。
 二人はまるで自身の腕を試すかのように、来場した客達の胃袋を満たしていった。

●控室
「みんなおいしいってゆってくれるといいねっ!」
「うんっ!」
 次々と消えていく並べられた料理。
 そして、新緑香る茶。
 神音と遼華は用意された休憩スペースで一息つきながら、その光景を嬉しそうに見つめていた。
「大成功じゃない。やっぱり、あたしの宣伝が功を奏したのね」
「ぶー! 神音もがんばったんだから!」
 ふふーんと胸を張るミルに、神音が頬を膨らせ猛抗議。
「あらあら、広告文句を考えたのは私なのだけれど?」
 と、火花を散らす二人を薫がにこやかに見つめた。
「そうだ、あれはどういう効果があったんですか‥‥?」
 遼華が薫に問いかける。
 用意された物を使って宣伝したはいいが、その内容がどういう効果を持つのか、遼華は理解できずにいた。
「そんなの簡単な事よ。人の性をちょっと刺激しただけ」
「性?」
「そう、大凡、天儀の人々は『幻』とか、『伝説』とかの殺し文句に弱いものなのよ」
「そ、そうなんですか‥‥勉強になります」
 薫の話に真剣に耳を傾ける遼華。
「そんなに大したことじゃないわよ。そもそも、こんな過大告知しなくても十分に人を呼べるもの。このお茶はね」
 うんうんとしきりに感心する遼華に、薫はにこりと微笑んだ。
「そ、そう言っていただけると‥‥」
「だから、もっと自信を持ちなさい。私は行った事は無いけれど、貴方の土地で作られた自慢の茶葉なんでしょ?」
「はいっ! 心津の皆さんが精根込めて作った最高の茶葉ですっ!」
「なら、もっと胸を張りなさい。ほら、お客さんが待ってるわよ」
 と、自信を覗かせる遼華の肩にポンと手を置き、薫が喧騒を増す会場に視線を移した。
「私、行ってきますっ! 皆さんにもっともっとこの茶葉の事知ってもらいますっ!」
 そして、薫にぺこりとお辞儀した遼華は、再び会場へと舞い戻る。
「ほら、そこの二人も遊んでる暇はないわよ」
「え? あ、リョウカ! 抜け駆けはなしよっ!」
「わ! 神音も負けないんだからっ!」
 薫の声に我を取り戻した二人は、人ごみに消えた遼華の後を追い喧騒へと駆け戻った。
「さて、私も一仕事しないといけないわね」
 そう呟いた薫は人ごみに戻った三人を温かく見つめたのだった。

●縁側
「よっ、お疲れさん」
「あ、茉織さんっ。お疲れ様ですっ!」
 賑わう会場を嬉しそうに見つめていた遼華に、茉織が声をかけた。
「盛況だな」
「はいっ! これも皆さんのおかげですっ!」
「いやいや、遼華の頑張りが実を結んだ結果だろ」
「そ、そんな事‥‥っ」
 茉織の笑顔に、遼華は照れたように俯く。
「‥‥話は変わるが」
「え?」
「戒恩の旦那は元気か?」
「え? どうしてですか?」
「あ、いや。元気ならいいんだがな」
 きょとんと見上げてくる遼華から逃げる様に、茉織は会場へ視線を移した。
「元気ですよ? 出る時も『遼華君が茶葉を台無しにしないか心配だよ。うるうる』とか言って、憎たらしい笑顔で話すんですよっ! 酷いと思いませんっ?」
「はははっ。相変わらずいい性格してるな、あの旦那は」
 ぷぅと頬を膨らせる遼華を茉織は笑顔で見下ろす。
「ほんとですよっ、もぉ!」
「ん――それはそうと、遼華」
「はい?」
「婿探しは順調か?」
「‥‥はいっ!?」
 突然の茉織の言葉に、遼華はこれ以上は無いほどの驚きの声を上げた。
「そんなに驚く事じゃねぇだろ。戒恩の旦那も言ってたぜ?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! いつの間にそんな話になってるんですかっ!?」
 笑顔で語る茉織に、遼華は顔を真っ赤に問い詰める。
「とは言ってもなぁ、もう候補者の名簿は作っちまったし」
「はひぃぃぃっ!?」
 取り出した手帳をひらひらと振る茉織。そして、遼華の悲鳴にも似た叫びが会場中に響き渡ったのだった。

●会場入口
「大盛況だね」
「ああ」
 会場して随分時間が経つが客足は一向に衰えない。
 そんな盛況な会場を眺め、アルティアと紅竜は満足気に呟いた。
「これだけ盛況なら戒恩も安心できるだろうな」
「だといいけどね」
 安堵のため息をつく紅竜に、アルティアが表情を消し呟く。
「‥‥何かあったのか?」
 事前に海を渡り戒恩と接触したアルティアの言葉。紅竜は何か引っかかるものを感じ、問いかける。
「いや? なにも無いよ」
「‥‥おい、紛らわしいぞ」
 振り向き飄々と答えるアルティアに、紅竜は眉を顰めた。
「――今はね」
「‥‥おい」
「なーんてね。正直な所、わからないんだよね」
「‥‥どういう意味だ?」
「あのおじさんさ、巧みにこちらの質問をかわすというかなんというか‥‥核心に迫らせないんだよね」
「ああ、それは確かに‥‥」
「だから、わからないんだよ」
「ふむ‥‥」
「まぁ、そんなに気に病む事はないんじゃないかな? とりあえず今はね」
「‥‥そうだな。いらぬ心配かもしれないしな」
 奥からは試飲会ににぎわう人々の称賛の声に、続々と詰めかける客達の期待の声。
 そして、その客に懸命に対応する遼華達の姿。
 紅竜とアルティアはそんな様子をじっと見つめた。

●控室
 日は姿を隠し、夜の帳が落ちていた。
 我先にと殺到した試飲客達の姿も今はなく、寄合所は静けさに包まれる。
「つ〜か〜れ〜た〜」
 床にへなへなとへたり込む神音。
「お疲れさまでしたっ! これヘスティアさんが入れてくれたお茶ですっ。とっても美味しいですよっ」
 と、そんな神音に遼華がキンと冷えた茶を差し出した。
「遼華おねーさん、ありがとうっ! わわっ、冷たくておいしー!」
 渇いた喉に冷えたお茶。それが最高の茶葉から最高の淹れ方で作られた物であればなおさらだ。
 神音は喉を流れゆく冷たい茶に舌鼓を打つ。
「なんとか終わりましたねっ」
 そんな神音を温かく見つめる朱璃も、人々の去った試飲会場を眺め呟いた。
「いやぁ、さすが店をやってるだけあって見事な客捌きだったな」
 と、朱璃共に戦ったヘスティアが声をかける。
「ヘスティア君こそ、すごい料理の腕でしたっ! いっぱい勉強になりましたよっ!」
「はは、まさか爺ちゃんの叩きこまれた事がこんな所で役に立つとはな」
 朱璃の称賛にヘスティアは照れたように苦笑い。

「さぁ、湖鳴さん。貴方も」
「お、おい」
 その時、一同の元へ薫が湖鳴の背を押し現れる。
「あ、湖鳴さん、ようこそですっ!」
 渋る湖鳴を遼華以下一同は笑顔で迎え入れた。
「折角だし湖鳴さんのお別れ会でもやりましょうか」
「いらぬ世話だ」
 薫の提案に湖鳴は不貞腐れる。
「いい考えね。もう会えないってわけじゃないだろうけど、一応のお別れはしておかないとね」
 しかし、薫の提案をミル以下一同は拍手で持って受け入れた。
「もう逃げられないぜ。大人しく主役になっとけ」
「むむむ‥‥」
 頬を引きつらせ唸る湖鳴の背を、ヘスティアがバンバンと豪快に叩く。
「皆今までのお礼がしたいんだよ。そんなに邪険にしないでよ」
 アルティアが。
「いい歳の爺さんが我儘言うもんじゃないぞ。大人しく観念しろ」
 紅竜が。
「年貢の納め時って奴だな」
 茉織が。
 皆が湖鳴を囲み、満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、始めましょうか。最高のお茶でお別れの乾杯をね」
 薫が湯呑みを高々と掲げる。
 それに倣う様に、一同も心津の茶が湯気を上げる湯呑みを掲げたのだった。 

●会場
「さぁ、遼華。決めるのはお前だ」
 心津産の茶葉を得ようと目を血走らせる商人達を前に、緊張の色を隠せない遼華の背を押すのは茉織だった。
「そうそう、売り手市場なんだぜ? たんと吹っかけてやりな」
 茉織と同じく遼華の背から首に腕をまわしたヘスティアが、ニヤリと微笑む。
「え、えっと‥‥」
 しかし、二人の後押しにも遼華は決断できずにいる。
「リョウカ‥‥」
 そんな遼華をミルが心配そうに見つめた。
「全く、遼華さん優しすぎるわよ」
 と、決めかねる遼華の前にすっと出た薫は。
「皆さん、折角お集まりいただいたのに待たせてしまって申し訳ないわ」
 商人達ににこりと微笑んだ。
「そんな事より、一体誰に卸してくれるんだ?」
「そうだ、さっさと決めてくれ!」
 しかし、商人達は薫と茶葉の入った樽を交互に見つめ、落ち着きなく怒鳴り散らす。
「まぁまぁ、慌てないで」
 そんな商人達を薫が宥め。
「今後、心津産の茶葉は全て等級ごとに『競』にかける。そこで一番の高値を出した人にお売りする。――でどうかしら? 領主代行殿」
 商人達からくるりと視線を戻し、薫は遼華に問いかけた。
「え‥‥?」
 突然掛けられた声に、遼華はきょとんと呆ける。
「心津のお茶を一番評価してくれた人に売る。と言えば分りやすいかしら?」
「な、なるほど、それなら‥‥」
 優しく語りかける薫に、遼華はゆっくりと頷いた。
「という訳よ、皆さん」
 遼華の同意を得て満足気に頷いた薫は、再び商人達へ向き直り。
「いい値をつけてくださるわよね」
 笑顔でそう語りかけたのだった。


 『渡薫』と名付けられた心津特産の茶葉。
 今回の試飲会の噂を聞きつけた商人達は、用意された20樽の茶葉を求める為に熾烈な競り合いを見せる。

 開拓者の力を借り、心津の経済の要、茶葉輸出の礎が今ここに築かれたのだった――。