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■オープニング本文 ●朱藩上空 抜ける様な蒼が彼方の白を際立たせる。 眼下に広がる山々は、剣を突き立てた様にその威容を顕示していた。 「‥‥今日もいい風ね」 頬を撫でる風に目を細め身を任す。 それがいつもに日課。 甲板に立つのは一人の女性。癖のある長い赤髪を揺らし風の声を聞いていた。 ●船長室 「‥‥むむ」 神妙な面持ちの男がじっと机の一点を睨みつける。 「‥‥ここがそうなって」 視線だけを左右に動かし呟く男の声には、死地を目の前に最後の一刀を振るう様な迫力さえ感じる。 「‥‥仕方ない。ここは最後の手しかないね! その一手『まっ――」 「もう『まった』は無しですよ」 男の一世一代の決意を、向かいに腰かける男の呆れた声が制した。 「‥‥嘉田君、それはないんじゃないのー?」 先程までの覇気はどこへ消え失せたのか。男は向かいに座る男嘉田に嘆願するような視線を向ける。 「黎明さん、もう何回目ですか。いい加減諦めて投了したらどうです?」 しかし、嘉田は呆れ果てたように対面の男黎明に返事を返した。 二人の座る机の上には、豪奢で立派な将棋盤が置かれていた。 「まぁまぁ、そう言わずに。俺と嘉田君の仲じゃないか」 深く溜息をつく嘉田に、黎明は軽い声で語りかける。 「勝負に仲は関係ありません。さ、負けを認めてください」 「うぐっ‥‥嘉田君も言うようになったね‥‥」 つーんとそっぽを向き取り合わない嘉田に、黎明はひくひくと頬を引きつらせる。 「黎明さんがしつこいだけですよ。さぁ、ご決断を――」 「うぐぐぐぐ‥‥」 嘉田が黎明に決断を迫った、その時。 『黎明! 隻影発見だ! 目標の空賊と見て間違いねぇ!!』 船長室に木霊す伝声管を伝う叫び声。 「おっと、こうしちゃいられないね!」 ガタンと椅子を倒し立ち上がった黎明は。 「‥‥黎明さん。逃げるんですね?」 「‥‥テキサンノ オデマシダー!」 乾いた声で一目散に船長室から姿を消した。 ●甲板 「レダ! 状況は!」 船首に立ち遠方に目を凝らす副長に向け、黎明は声をかけた。 「雲一つない蒼天。相手も気づいているとみていいでしょうね」 黎明の声に振りかえることなく答えるレダ。 「そーれはそれは、好都合! 宣戦布告の手間が省けたってね!」 レダの報告に、息巻く黎明は甲板に向き直り。 「野郎共! 久方ぶりに『崑崙』の活躍を天儀中に知らしめる機会って奴だ! 気張っていこーか!」 甲板に集うクルー達を鼓舞するように大声を発した。 『おおぉぉ!!』 その黎明の鼓舞に、クルー達が声を合わせて答える。 「空賊旗を掲げろ! 奴さんに誰が相手なのか教えて差し上げよーか!」 そして、黎明は更なる指示をクルーに下した――。 蒼天に翻る空賊旗に描かれるのは、漆黒の大旗に躍る白銀の翔馬。 飛空船『セレイナ』は天儀王朝を象徴する翔馬が描かれた空賊旗を抱き、敵母船へと舳先を向けた。 「そーれ、挨拶代わりの一発。ぶっ放してやろーか!」 ビシッと敵母艦を指さす黎明の指示に、セレイナの砲撃手達は大筒に火を落とした――。 ●甲板 「あら、わらわら出てきたわね。お相手さんご立腹ってやつ?」 敵母艦から無数に飛び立つ小型の影に、レダが感嘆の声を上げる。 「ちょーっと話が違うんじゃないの‥‥?」 そんな様子に、依頼書とにらめっこする黎明は冷や汗たらたら。 「どうするの? 迎え撃つ? 結構多勢に無勢だけど」 「‥‥ははは! この程度どうという事はなーい!」 レダの言葉に若干引きつる声で黎明が答えると。 「面舵いっぱーい!! 180度転進後、全速力で突撃だー!!」 無駄に大きな仕草でクルー達へ指示を飛ばした。 「‥‥はぁ」 「おっと、落ち込んだ顔は君には似合わないぜ?」 そんな黎明の指令に溜息をつくレダ。そして、そんなレダに甘く切ない声で話しかける黎明。 「ごめんなさい。落ち込んでるんじゃなくて呆れてるの」 「ははは! そうか、落ち込んでるわけじゃないんだね。安心したよ‥‥安心?」 かくりと小首を傾げる黎明にレダは殊更大きなため息をついた。 「とにかく、即座に転進。全速力で逃げ切るわよっ!」 そんな黎明を無視し、レダが代わってクルーに指示を下す。 「ちがーう! 逃げ切る、ちがーう! 戦略的撤退って奴っ!」 「はいはい‥‥」 黎明の駆る飛空船『セレイナ』は、迫りくるグライダーに背を向け一目散に逃げ出した。 ●朱藩上空 変わらぬ蒼天が辺りを支配する。 高速を誇る『セレイナ』。その全速力に先程まで追ってきていた空賊達は追う事を諦めたようだ。 「で、黎明、どうするの? このままじゃ、勝ち目ないのはわかったでしょ? もう依頼放棄しちゃう?」 「うーん‥‥あー、そうだなぁ」 クルーの視線を一身に浴び、うーんと唸り悩みこむ黎明。 「一度男がやるって決めた事は、何があってもやりぬく! ‥‥とは言ったものの、何かいい案は無いもんかねぇ‥‥」 「そんな矜持に付き合って撃墜されるのはまっぴらごめんよ?」 「うーん‥‥うーん‥‥うーん‥‥‥‥お、そうだ」 ポンと手を打ち、顔を上げた黎明がクルーを見渡し。 「多勢には多勢! 陸の奴らに助けてもらおうっ! うん、我ながらナイスなアイデアって奴だねっ!」 「結局その結論になるわけね‥‥」 そう言って、うんうんと満足気に頷く黎明を、クルー達は呆れ顔で見つめた。 |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●船室 コトっ。 船室に木を打つ乾いた音が響いた。 「――チェックメイト。いえ王手というのでしたね」 視線を上げ、にこりと微笑みかけるエルディン・バウアー(ib0066)。 「むむ‥‥」 一方、対する男は盤上を睨みつけたまま。一方のエルディンは決して驕ることなく純粋にこの遊戯を楽しんでいる。 「ここがこうなって‥‥」 「エルディンさん、初めてとは思えぬお手前。お見事です」 唸る黎明を無視し嘉田はエルディンを称えた。 「いえ、嘉田殿の教えが素晴らしかったのです。勝てたのはまぐれですよ」 しかし、そんな嘉田の称賛にもエルディンはにこやかな笑顔を浮かべる。 「――いや、これを‥‥」 「いやはや、将棋というものも実に奥が深い遊びですね」 「そうでしょう。将棋を打っていると、実際の戦にも応用できる戦略等が浮かんできたりするんですよ」 「それはそれは。実利にかなった素晴らしい遊戯ですね」 「待てよ‥‥あれを――」 盤に釘付けの黎明を他所に、二人は仲良く将棋談議に花を咲かせた。その時――。 バタンっ! 「船長!」 盛大に扉を開き部屋に突然の来訪者が現れる。 「会いたかった‥‥ずっとずっと待ってたんだからなっ‥‥!」 そして、来訪者天河 ふしぎ(ia1037)は一直線に黎明に向け駆けだした。 「ん? おっと、お嬢さん随分と積極的だね」 盤から視線を上げ自分の胸へと飛び込んできたふしぎを黎明は優しく包み込む。 「お、覚えてないの‥‥?」 「うん? どこかで会ったかい?」 腕の中から潤む瞳で黎明を見上げるふしぎに、黎明ははてと小首を傾げた。 「そんな‥‥あの頃のまま髪型も変えずにいたのに‥‥」 「うーん?」 「あ! これは覚えてるよねっ!」 と、黎明の腕の中からバッと離れたふしぎは、額に当てたゴーグルを指さす。 「こ、これは‥‥!」 「覚えててくれたんだねっ!」 ふしぎの指したゴーグルに、黎明は驚愕の表情を向けた。 「うん、知らない」 「‥‥ええぇぇっ!?」 そのあまりに素気ない答えに、今度はふしぎが驚愕。 「‥‥ちょっと待ってください。そのゴーグル」 と、成り行きを見守っていた嘉田がふしぎのゴーグルを見つめる。 「これは‥‥白月さんのものですね」 「兄貴の?」 嘉田が口にした名前に、黎明が答える。 「え‥‥?」 二人のやり取りにふしぎが恐る恐る問いかけた。 「ああ、俺の兄貴だ。このセレイナの元船長。ま、もう死んじまったけどな」 「死んだ‥‥? そ、そんな‥‥」 と、飄々と告げる黎明の言葉に、ふしぎは力を失いがくりと膝をつく。 「そんなに悲しむ事はないよ、お嬢さん」 膝を折り塞ぎ込むふしぎの肩にそっと手を添える黎明。 「俺が兄貴の代わりになってあげるさ」 そして、耳元で甘く柔らかく囁いた。 「ぼ、ぼ‥‥」 黎明に肩を抱かれながらも、ふしぎはなんとか言葉を絞り出す。 「ぼ?」 「僕は男だぁぁ!!」 「はぁああぁ!?」 ふしぎ衝撃の告白に、黎明以下部屋にいたメンバー誰もが腰を抜かしたのだった。 ●機関室 空洞を流れる風の音。 風宝珠から噴き出される強風の音が、セレイナの機関室を支配していた。 「お邪魔します!」 「うん? これは可愛いお客さんだ」 機関室に現れた趙 彩虹(ia8292)に石恢は薄汚れた顔で豪快に笑う。 「ほら、茉莉花。ご挨拶だよ」 『やっほぉ、よろしくね☆』 彩虹の後ろからひょこりと顔を出した猫又『茉莉花』が、石恢にぱちりとウィンクした。 「はは、どうした。なんか用か?」 「えっと、船長様に飛空船の中を自由に見学していいって言われたので」 「なるほどな。まぁ、汚ねぇ所だがゆっくりしてくれ」 『うわ‥‥ほんと汚――むぐむぐっ!?」 と、辺りを見渡した茉莉花が呟いた言葉を、彩虹は慌てて口を塞ぎ制する。 「あはははは‥‥け、見学させてもらいますねっ!」 「はははっ! ゆっくりどうぞ」 もがもがともがく茉莉花を抱きながら、彩虹は機関室の中へと足を踏み入れた。 ●甲板 今日も天儀の空は心地よい風が吹いていた。 「‥‥はぁ」 船縁に腰かけ爽やかな風に白髪を靡かせる皇 りょう(ia1673)が小さな溜息をついた。 「どうかした? 船酔い?」 そんなりょうに、レダが声をかける。 「いや何でもない‥‥」 心配そうに覗き込むレダに、どこか歯切れの悪い返事でりょうが答えた。 「そう? それならいいんだけど」 「そ、その‥‥なんだ。一つ伺ってもよろしいか?」 「なにかしら?」 「この船‥‥王朝公認と聞いたのだが」 「ええ、そうよ?」 「やはりそうであるか‥‥」 「どうしたの? 何か気になる事でも?」 「‥‥この船。いや、『崑崙』は空賊なのだろうか?」 「え?」 りょうの言葉にきょとんと呆けるレダに、りょうは慌てて両手を振る。 「あ、いや、違うのであれば謝罪いたす。申し訳ない」 「謝ることないわよ。だって、うちは空賊だし」 「やはり、そうなのか‥‥」 副長のレダからその言葉を聞いて、りょうは視線を落とした。 「そんなに空賊が嫌い?」 「いや、そういう事ではないのだが‥‥あまり良い印象が無いものでな」 「‥‥そうね、でも空賊にもいろんなのがいるのよ。あなた達開拓者もそうでしょ?」 「と言われると?」 レダの言葉が何を意味するのか分からず、りょうは問い返す。 「開拓者には人に話せない経歴を持った人もいるでしょ、って事」 「‥‥う、うむ」 「だから、そんなに気にしないで」 「そ、そうか‥‥」 レダの言葉は理解できる。しかし、どう納得していいものか、今だりょうはわからないでいた。 「うーん、じゃこういうのはどう? 私達は空賊じゃなくて『空の開拓者』なの」 「な、なるほど。それであれば‥‥」 「でしょ?」 と、納得しきれぬりょうにレダはにこりと微笑んだ。 「おや、麗しいお嬢さん二人で空のお散歩かな?」 と、そんな二人の元に現れたのは井伊 貴政(ia0213)。 「空のお散歩なんて、随分粋な文句ね」 「お褒めに預かり光栄です。レダさん」 にこりと微笑むレダに、貴政も負けぬ笑顔で返した。 「おっと、そうだ。お一つ如何です? ちょっと厨房を借りて作ってみたんですが」 と、貴政が取り出したのは皿に盛られた饅頭。 「あら、これをあなたが?」 「ええ、お気に召していただけるとよいのですけど」 そして、皿を差し出しぺこりと一礼する貴政。 「ありがとう。いただくわね」 まるで家臣よろしく傅く貴政の差し出した饅頭をレダが摘み上げた。 「そちらのお嬢さんもご一緒にどうです?」 「お、お嬢さんとは、私の事であろうか‥‥?」 「他に誰が?」 思わぬ呼びかけに呆けるりょうに、貴政は一度辺りを見回した後、にこりと微笑む。 「う、うむ‥‥頂くとしよう」 そんな貴政の笑顔に、りょうは真っ赤に赤面し恐る恐る饅頭に手を出した。 ●甲板 「き、きました‥‥っ!」 望遠鏡を覗く相川・勝一(ia0675)が、突然声を上げた。 『もっと声を張らぬか。それでは見張りにならぬぞ』 と、あまりにも小さすぎるその声に面倒臭そうにツッコミを入れるのは、勝一の相棒『桔梗』であった。 「あぅ‥‥ごめんなさい‥‥」 『まったく、先が思いやられるわ』 桔梗の言葉にびくびくと肩を竦ませる勝一。 「す、すみません‥‥」 『謝罪はよい。はよう皆に知らせぬか』 「は、はい‥‥っ!」 桔梗に背を蹴り飛ばされ、勝一は甲板のレダの元へ駆けだした。 『まったく、世話が焼けるの‥‥』 と、懸命に駆けていく勝一の背を桔梗は溜息混じりに見つめた。 ●上空 「駿鋭なる風となれ、クリスタ!」 空を舞う愛龍『クリスタ』をエルディンの魔力の加護が包み込む。 『がぁ!』 そして、エルディンの声に呼応しクリスタが大きく一鳴きし、向かい来るグライダーの群へとその駿躯を走らせた。 「おぉ、金髪の神父さんもやるね」 そんなエルディンの奮闘を横目に貴政が愛騎『帝釈』の背を叩く。 「僕達も負けていられない。さぁ、行こうか帝釈っ!」 『ぐるぅ!』 深紅の肢体を陽光に輝かせ、貴政を乗せた帝釈が空を突き抜けた。 「蒼月! 我らも行くぞっ!」 先を行く二匹の龍を見やり、りょうが相棒『蒼月』の背を撫でる。 「無機の翼に、真の空戦というものを見せつけてやろう!」 『がぁっ!』 りょうの勇ましい声に、蒼月は翼を羽ばたかせ答えた。 ●甲板 「みんな!」 必死に空中の攻防を繰り広げる3騎の龍に、ふしぎが悲痛な声を上げる。 1対1では決して引けを取らぬ戦いを繰り広げる3騎であったが、如何せん敵の数が多すぎる。 「い、一体何機いるのでしょう‥‥」 上空を見つめる勝一も、はらはらと落ち着かない。 「敵機、防衛線を抜けます!」 その時、彩虹が空を見上げ叫んだ。瞬間――。 ドゴンっ! 甲板に飛来するグライダーから投下された無数の焙烙玉が、容赦なくセレイナに襲いかかる。 『黎明!』 「慌てなーい、慌てなーい」 伝声管から伝わる石恢の怒声。しかし、黎明は顔色一つ変えずに飛び交うグライダーを眺める。 「さーて、石恢。やるぞ!」 『おい、何やらかす気だ!?』 伝声管に向かって嬉しそうに叫ぶ黎明に、石恢は焦る。 「嘉田ちゃーん。風宝珠及び浮遊宝珠全停止してちょ―だい!」 『おまっ!?』 『風宝珠及び浮遊宝珠全停止了解。セレイナ、推力及び浮力を失います。総員何かに掴まってください』 驚愕する石恢の声に割り込み、全声管を伝う嘉田の冷静な声。 「さぁ、諸君。天儀の大地に口付けしに行こうかっ!」 黎明が甲板で防衛に当たる一同に声をかけたその時。 がくんっ――。 まるで大地の底が抜ける様に、セレイナは天儀へ向けゆっくりと降下を始めた。 「わわっ!?」 『身体がふわふわするのじゃ‥‥』 徐々に失われる重力に、ふしぎとひみつは必死に船縁にしがみ付く。 『ほれ、しっかりと掴まらぬか。落ちてしまうでないか』 「ひ、ひぃ‥‥!」 目に涙を浮かべ必死にしがみ付く勝一の尻を、ぺちぺちと叩く桔梗。 『小虹、大丈夫?』 「う、うん! 茉莉花も離れないでねっ!」 甲板に伏し襲い来る浮遊感と格闘していた彩虹の懐から気遣う声。 セレイナは徐々にその落下速度を速めていった。 ●上空 「まさか、やられたのですか!」 急に降下を始めたセレイナを見下ろし、エルディンの表情に焦りの色が浮かぶ。 「クリスタ、急ぎ助けに向かいましょう――くっ!」 しかし、セレイナへと頭を向けたクリスタの行く手を無数のグライダーが塞いだ。 「邪魔ですっ!」 群がるグライダーをギッと見つめたエルディンの身体に、魔力の渦が纏わりつく。 「聖雷召喚! 彼の者達に天の裁きを!」 魔力が爆ぜる。エルディンの魔力は雷雲を呼び、そして閃光を堕とす。 「‥‥あなたに神の御加護があらん事を」 雷光に焦がされ重力に引かれるグライダーに向け、エルディンは十字を刻んだ。 「クリスタ、急ぎますよ!」 そして、墜ち行くセレイナへ向け相棒の背を叩いた。 ●甲板 「さぁて、そろそろかな?」 操舵に縄で身体を括りつけた黎明がぼそりと呟いた。 「何でもいいけど、そろそろ何とかしてほしいわね」 そんな黎明にレダが呆れる様に声をかける。 「まぁ見てなって。あ、俺に惚れるなよ?」 黎明はこんな状況にあっても悩殺スマイルは欠かさない。 「はいはい。惚れた惚れた」 「おぅけぃ! さぁ、石恢、嘉田! 行こうか!!」 レダの返事に気を良くしたのか、黎明は伝声管に向かって呼んだ。 「船首浮遊宝珠再起動!」 『船首浮遊宝珠再起動了解。セレイナ、浮力を得ます。総員、ショックに備えてください』 『ばっ!』 冷静に指令を実行する嘉田に、石灰が驚愕の声を上げる。 『何考えてやがるっ! そんなことしたらセレイナが直立するぞ!』 「おー、真っ直ぐ立ちあがろーぜ!」 『おまっ!?』 がくんっ――。 再び一行を襲う衝撃。それは先ほどとは正反対のものであった。 「あわわっ‥‥!」 『うろたえるでない‥‥全く情けない』 『小虹、今度は滑り台だね☆』 「そ、そうだね――わわっ!」 『ふ、ふしぎ兄ぃ!?』 「ひみつ、僕にしっかり掴まってるんだぞっ!」 甲板のクルーの事など気にもせず、セレイナの船首がせり上がる。 『船首浮遊宝珠完全起動』 淡々と言葉を紡ぐ嘉田の声。 セレイナは天儀の大地に対し、直角に立ちあがっていた。 「ふふーん。さぁて、準備はいいかい?」 嘉田の報告を満足気に聞いた黎明は、甲板に必死にしがみ付く一行へ声をかけた。 『うむ、いつでもやれ』 答えたのは桔梗。勝一の頭の上で胡坐をかきこくりと頷いた。 「行くぜ! 風宝珠再起動! 遠慮なしだ、最大出力で回せっ!」 『ば、馬鹿野郎! 暴走するぞ!』 『風宝珠全起動。最大出力で直上へ航行します。総員圧力に備えてください』 ぎゅん――。 逆巻く風音。その音が一行の足元からまるで地鳴りの様に響き、見えない圧力が襲う。セレイナは天へと向け駆け上がる。 「目指すは敵母船! 柔らお腹にどどーんと痛いのお見舞いしてやろうかっ!」 黎明の視線の先には、直上に漂う敵母船。 セレイナはその船首を突き出し、真下から敵母船の腹に穴を穿った――。 ●空 「破天荒にも程があるな‥‥」 天空からセレイナの奇襲を眺めていたりょうが思わず呟いた。 「だが、あれでは敵のいい的になってしまうではないか‥‥。蒼月!」 りょうが蒼月の背を叩く。敵船へとその船首を突き刺したセレイナは、他の敵船から全くの無防備状態であった。 「今セレイナを落とさせるわけにはゆかぬぞ!」 りょうは決意を込めた瞳でセレイナを見据えると、蒼月へ合図を送る。 「空の自由を荒らす者達よ! これ以上の無法は許さぬ!」 セレイナを背で庇い、空中に漂う蒼月の前には無数のグライダー。 「蒼月! その身、暴風と化せ!」 『がぁ!』 群がるグライダーへと特攻した蒼月が、その中央で翼を大きく羽ばたかせる。 「なっ!?」 巨躯から生み出される不規則な風。 暴風の影響をもろに受け、グライダーは次々とバランスを崩す。 「いざ参る!」 そして、そんなグライダーの一機へ向けりょうが跳んだ――。 蒼月とりょうの連携。 翼で風を乱す蒼月、そしてバランスを失ったグライダー達に次々と飛び移り乗り手の意識を奪っていくりょう。 「しばらく空を漂っていていただくっ!」 二人の駆け抜けた後には、空に漂うグライダーだけが残された。 ●敵母船 『だーいこんら―ん☆』 セレイナの奇襲を受け、内部は混乱の境地にあった。 「茉莉花! 一人で出ちゃ危ないよっ!?」 穿たれた大穴からひょいと敵船に着地した茉莉花に、彩虹が慌てて声をかけた。 『だいじょーぶだよ☆ ほら、敵ってば慌ててるし』 「そうだけど‥‥って、見てる場合じゃないよっ! 早く制圧しないと!」 『おー!』 そして、白き二人は船内を駆けだした。 「相川・勝一参る! ‥‥です、はい」 『さっさと行かぬか』 彩虹達に送れること数分、きょろきょろと辺りの反応を伺う勝一は桔梗の蹴りを受け敵船へと足を踏み入れる。 「‥‥はっ! さぁて大暴れしてやろうか!」 突然の変貌。尻を蹴られ涙目の勝一は、懐から仮面を取り出すと顔へと当てた。 『大暴れでも何でもいいから、さっさと行け』 しかし、高笑いを上げる勝一はまたしても桔梗に尻を蹴られたのだった。 『遅れているのじゃ、ふしぎ兄ぃ!』 「わ、わかってるんだからなっ!」 二人にさらに遅れること数分。ふしぎがひみつに手を引かれ船内へと乗り込む。 「船長から旗を借りてて遅れちゃった‥‥」 『そんな布切れなど邪魔なだけじゃ』 「布切れじゃない! これは空賊にとって一番大切なものなんだからなっ!」 と、ふしぎは手に持った蒼布をぎゅっと抱きしめる。 『ふむ‥‥妾には理解できぬのじゃ』 「そのうちきっと解るよっ。さぁ、遅れを取り戻すよっ!」 『うむ!』 ふしぎはひみつの手を取り先を行く二人の後を追った。 ●上空 「まだ出てくる!?」 次々と増援を吐き出す小型船を見下ろし貴政が声を上げた。 「こちらがグライダーの母船だったようですね」 「あれを黙らせないといけないみたいだね――エルディンさん!」 エルディンの言葉に頷いた貴政が合図を送る。 「はい! 私は右を」 「僕は左を!」 「健闘を祈ります!」 二騎の龍は互いの目標を定めると、再び大きく羽ばたいた。 ●敵船 「ここは俺が食い止める! 二人は首魁を討て!!」 細い通路に群がる敵兵を前に、勝一が大刀を振りかざし立ち塞がる。 「ありがとう、勝一! 彩虹、こっちだっ!」 敵を食い止める勝一の背に声をかけたふしぎは、共に進む彩虹に合図を送る。 「はいっ! 茉莉花離れないでね!」 『はいはーい☆』 彩虹は茉莉花を連れだって、先を行くふしぎの後を追った。 「‥‥さて。死にたい奴から前にで――いてっ!」 『まったく、格好をつけおって。回復するわしの身にもなれ』 桔梗は敵を前に仁王立つ勝一の後頭部へ蹴りをくれた。 「ふっ‥‥頼りにしてるぜ相棒!」 蹴りを喰らった頭を摩りながらも、勝一は桔梗ににやっと微笑む。 『面倒臭いから頼りになどするな』 そんな相棒の声を聞きながらも、勝一は前方から群がる敵を迎え撃った。 ●上空 「――帝釈」 戦いが行われていた空域よりも遥か上空。限りなく空に近い位置に、真っ赤に燃える肢体を揺らせ帝釈が滞空する。 「あと少しで終わるから、もうちょとだけ頑張ってね」 と、貴政は帝釈の背を優しく撫でた。 「さぁ、行いこう! 流星の如く!」 そして翼を折り畳んだ帝釈は、一直線に敵小型船に向け急降下を始めた。 「疾風を纏いなさい!」 周りを取り囲むグライダーを見据え、エルディンの魔力がクリスタを包み込む。 「雷光となりて敵を討て!」 エルディンの声に呼応するクリスタが、速度を上げ小型船を目指した。 「ついてこれるものならついてきなさい!」 風を斬り雲を引くクリスタ。その速度にグライダーは一瞬にして取り残される。 「敵、直上!」 小型船の甲板で悲鳴にも似た声が上がった。 「遅い!」 しかし帝釈はすでに小型船を射程に捕える。 「狙いは舵! 人には当てないでよっ!」 『がぁ!』 貴政の声に帝釈が大口を開ける。 「成敗!」 貴政の声と共に帝釈の炎弾が小型船へ襲いかかった。 「聖雲よ――」 一陣の風となり空を翔るクリスタの背で、エルディンが天を指し静かに魔力を練る。 「彼の者達へ――」 眼前に迫る小型船。 「裁きを与えよ聖雷! 厳かなる鉄槌を下せ!」 そして、エルディンはカッと目を見開き、天を指した指を小型船へ向けた。 炎撃と雷撃。 二つの衝撃が、敵の小型船の舵を打ち抜いた――。 ●敵船 「く、くそ!」 「大人しく観念してください!」 船長室と思しき部屋で最後の抵抗を試みる男に、彩虹が声を荒げる。 「これでもくらえ!」 と、男が取り出した銃が突然火を噴いた。 『あ、あっぶなーい! なにするのっ!』 その弾道に怯む茉莉花が身体を竦ませ非難の声を上げる。 「ふ、ふはは! さすがに銃は怖いか!」 形勢の逆転。敵は引きつる頬で不敵な笑みを浮かべる。 「くっ‥‥これじゃ見動きが‥‥」 じりじりと後退を余儀なくされる彩虹。その時――。 「――大空に舞い、求めはすれど非道はせず。それが空賊の心意気だ!」 「がはっ!」 彩虹の影から瞬時に距離を詰めたふしぎの一閃が男を捕える。 「殺しはしないよ。『この空を血で汚したくない』。それがあの人から受け継いだ大切想いだから――」 鞘に刀を納めたふしぎが、後ろで倒れる男に向け小さく呟いた。 「い、いまですっ! 茉莉花縄取って、なわー!」 倒れた男に飛びついた彩虹が、急いで茉莉花に声をかける。 『もぉ、猫使い荒いんだから‥‥うぅ、これちくちくする‥‥』 何処から持ってきたのか、茉莉花が咥えた縄を彩虹へ手渡した――。 開拓者達の見事な連携を持って鋼天団は壊滅。天儀の空はまた新たな翼達の名をその蒼穹に刻んだのだった――。 |