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■オープニング本文 ●武天北部とある都市 「では、ご説明させていただきましょう」 清潔な着物に身を纏い、物腰の柔らかそうな壮年の男性がそう切り出した。ここは開拓者ギルド武天支部。「ご依頼というのは、とあるやんごとなきご身分のお方の護衛です。もちろん、ただの護衛であれば私兵を用いて警護に当たるのですが、今回は少し特殊なのです‥‥」 そういうと男は、はぁと柔らかな物腰に似つかわしくないほどの深いため息をつく。 「ああ、すみません。特殊というのは、隠密に行動していただきたいからなのです。――ええ、お察しの通り護衛対象に警護している事を気付かれてはならないのです」 ここまで言うと、男はカウンターへ身を乗り出し、受付である女性職員へ耳打ちするように後を続けた。 「‥‥で、警護対象の――そうですね、仮に『竹之信』様とさせていただきましょう。その『竹之信』様が我が町の屋敷から、この此隅の都まで一人で‥‥一人でっ! まったく、何をお考えなのだ若君は‥‥あっ! いや、なんでもないこちらの話しだ! おほんっ‥‥でだ、腕に覚えのある選りすぐりの開拓者を集めてもらえはしまいか!」 息巻く男の声量は次第に上がり、耳打ちどころか回りの開拓者にまで会話の内容が筒抜けになっていた。 「はい、ありがとうございますぅ。では、こちらの書類に署名をお願いしますぅ」 興奮気味に詰め寄る男をよそに、受付譲はいつもと変わらぬ笑顔を向ける。 「う、うむ。――これでよいか?」 「はぁい。ありがとうございますぅ」 受付譲の笑顔に毒気を抜かれた男は、目の前に並べられた書類に目を通すことなく、それに署名した。 「では、ご依頼承りましたぁ」 カウンター越しに呆気にとられている男へ向け、受付譲がぺこりとかわいらしくお辞儀したのだった。 |
■参加者一覧
月夜魅(ia0030)
20歳・女・陰
尾鷲 アスマ(ia0892)
25歳・男・サ
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
巳斗(ia0966)
14歳・男・志
出水 真由良(ia0990)
24歳・女・陰
煉夜(ia1130)
10歳・男・巫
陽胡 斎(ia4164)
10歳・男・巫
猿神 恭悟(ia4294)
24歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●武天地方領武家屋敷前 「よいな、くれぐれも見つかることなどないように」 通りが見渡せる物陰に潜み、男が緊張を含んだ声を上げた。後ろには8人の開拓者が同じく物陰に潜み、通りを窺っている。 「あの子が今日お守りをする子?」 開拓者の第一声は月夜魅(ia0030)のもの。 「警護だと言っているだろ!」 その言葉に男が通りにまで響くほど声を荒げた。怒声に月夜魅がしゅんと落ち込んでいると。 「まぁまぁ、そういきり立たずに。それにしても今回の護衛対象はどこのどちら様なんですかね」 怒り心頭の男を落ち着き払った言葉で猿神 恭悟(ia4294)がなだめる。そして、その視線の先には立ち並ぶ武家屋敷よりも一際大きい屋敷があった。 「どこかの国の王のご落胤だったりしたらどうしましょうか」 「な、何をばかな! ‥‥やめだやめだ! これ以上の詮索は貴公らのためにならんぞ!」 先にも増して声を荒げる男の顔は真っ赤だ。 「兵衛門さん、どなたかこちらを見ていますよ?」 月夜魅と恭悟にがみがみと説教じみた文句を垂れていた男。兵衛門が巳斗(ia0966)の言葉に、首が折れんばかりに通りへ向きなおり、そして固まる。 「あの、兵衛門様?」 出水 真由良(ia0990)が問いかけるのは、屋敷の方角を凝視し整えた髷が乱れるほどの冷や汗を垂らす兵衛門。奥方様‥‥などと呟いていたりする。 「あのおばちゃん、目がこーんななっとぉけぇ、そうとう怒っとぉね」 両人差し指で自分の眦をキッと持ち上げるのは、訛りきつい少年、高倉八十八彦(ia0927)だった。 「おばっ!? 奥方様に対しておばちゃんなどと!」 冷や汗掻いて固まっていた兵衛門が八十八彦の言葉に即座に反応。食って掛かる。 「兵衛門さん、そのような大声では‥‥あちらの女性がさらに怒り狂っているように見えるのですが」 通りを窺っていた陽胡 斎(ia4164)は、屋敷の人物の更なる怒りを見て、はらはらと兵衛門へ声をかけた。 「なっ!? お、奥方様ぁ‥‥」 再び視線を戻した兵衛門はすでに泣きそうだ。 「‥‥ご老体も苦労されているらしいな」 今にも泣きそうな兵衛門へ尾鷲 アスマ(ia0892)が、同情を示すがその表情はどこか楽しそうだ。 「私はまだご老体などと呼ばれる歳ではない!」 兵衛門の整えられた髷には、その気苦労からか白髪が幾本も混じっている。 「おや、これは失敬。しかし、兵衛門殿。――おっと、あちらの女性が向かってこられたぞ」 謝りながらも、さらに楽しそうに通りに視線を移すアスマ。 「なっ!?」 三度視線を戻す兵衛門。しかしそこにはにこやかに微笑む女性の姿が。 「‥‥ほっ」 豹変した女性の表情に安堵のため息をつく兵衛門。 「あ、門からどなたか出てきましたよ」 女性の後から出てきた人影を見つけた煉夜(ia1130)が丁寧な口調でそう話しかけた。 「あの子が、竹之信さん?」 月夜魅が門へ視線を移すと、そこに居たのは歳の頃は5つか6つ。黒髪の似合う綺麗な着物に身を包んだ少年だった。 「な、なぜその名を!? ‥‥あ。う、うむ、あちらが竹之信様である。各々ぬかりなく護衛を頼むぞ!」 月夜魅が発した『竹之信』の言葉に、一瞬考え込み、兵衛門は何か思い出したように一行へ大げさに話しかけたのだった。 ●馬車乗り場 「準備はよろしいですね?」 馬車乗り場のある広場で斎、恭悟、巳斗の3人は、警護対象である竹之信を発見した。 「最近、女装ばかりしてる気がします‥‥」 と、巳斗。 「お似合い‥‥と言いますか、女性そのものですねぇ」 竹之信と接触を計る為、変装していた巳斗のぼやきに恭悟が感嘆の声を上げた。 「八十八彦お兄さんもお綺麗でしたけど、巳斗お兄さんもとてもお綺麗ですよ」 恭悟の感嘆に共感するように、斎がパチパチと手を叩き褒め称える。 「嬉しくないですよ‥‥」 「おっと、見惚れてばかりではいけませんね。――ほら、竹之信君が列に並びましたよ」 むむむ、と唸る巳斗。それを優しく見つめていた恭悟が、竹之信の動向に気付き皆の視線を促した。 「隣に陣取るためにもできるだけ近くに並ばないといけませんね。皆さん、参りましょう!」 恭悟の声に、二人も頷き馬車を待つ列へと加わった。 ●街道 「今日も良い日和ですねぇ」 一足先に此隅へと向かう三人。真由良がのんびりと隣を行くアスマと煉夜に声をかけた。 「ええ、依頼中であることを忘れてしまいそうですね」 と、煉夜も爽やかな夏の朝を満喫していた。 「うむ、街道をのんびりと馬で駆けるのも悪くないな」 と、豪商かと見紛うばかりに変装したアスマが空を見上げて返事をする。 「兵衛門さんの情報によれば、ごろつきが居そうなのは、このあた――」 きょろきょろと辺りを見回していた真由良が、そこまで言って視線を止めた。 「噂をすれば、と言うやつでしょうか」 煉夜の言葉通り、街道のど真ん中にごろつき風情の男達が数名ぞろぞろと現れ、行く手を塞いだ。 「おぅおぅ! 怪我したくなかったら、荷をおいていきやがれ!」 頭目らしき男が卑しい目付きでそう凄んでくる。 「台詞まで三下とは、捻りがないな」 ひぃふぅみぃとごろつきの人数を数えながら、アスマは呆れるように答える。 「なっ!? 商人風情がいい度胸じゃねぇか! おめぇらやっち――」 頭目の声がそこで凍りついた。男の目の前には変わらず朗らかに微笑む真由良。そして、その背後には突如として現れた龍。 「はい、これでもいかが?」 笑顔のまま真由良が手を振ると、具現化した『大龍符』がごろつき目掛けて襲いかかった。 「りゅ、龍だと!? ぎゃぁぁ! ‥‥あれ、なんともな――」 またしても男の声がそこで止まった。ごろつき達を掠めるように放たれた真由良の『大龍符』を目くらましに、アスマが頭目を木刀で峰打ちしたのだ。 「手加減はしてやる。死なない程度にな」 恍惚にも似た笑みを浮かべながらアスマが木刀を構え直し、さらに残ったごろつきの間を縫うように一太刀ずつ浴びせていく。 「さ、皆さんこれでやんちゃは懲りましたか?」 うめき声をもらしのた打ち回るごろつき達へ、真由良が声をかける。 「ふむ、痛そうだな」 「アスマ様、やりすぎなのでは‥‥」 まるで他人事のようにごろつき達を見下ろすアスマ。巫女である煉夜は気が気でない。 「さて、おまえ達」 苦しむごろつき達へアスマが声をかける。 「その痛みから開放されたいだろ? 交換条件といこうじゃないか。なに、少しばかり慈善事業をな」 アスマは煉夜による回復と引き換えに、ごろつき達を街道掃除に使うのだ。こうして、雑用を手に入れた三人は一路此隅へと急いだ。 ●車中 竹之信が乗り込んだのは10人も乗れば満席となる小型の乗り合い馬車だった。二つの長椅子が左右に配された中で、竹之信が座ったのは右側の中央の席。それを挟むように斎と巳斗が陣取る事に成功していた。一方、恭悟は全体が見渡せるようにと左側の一番奥の席から、こっそりと警戒する。 出発から30分も経っただろうか。 (大丈夫、スリは居ないようだ) 満席の乗合馬車。恭悟の巳斗と斎へ目配せでそう知らせる。それを合図に。 「こんにちは。私は此隅への旅の者です」 斎が人懐っこい笑顔を浮かべ、竹之信へ声をかけた。 「‥‥?」 馬車から流れる景色を眺めていた竹之信は、突然かけられた声にきょとんと呆ける。 「あ、突然お声をかけてごめんなさい。私は斎。よろしければお名前をお伺いしてもよろしいですか?」 歳が近いことが幸いしたのか、竹之信の警戒は薄い。 「僕の名前ですか‥‥? えっと、武之進と申します」 告げられた名前に、斎と恭悟は目を丸くし、巳斗にいたっては口にしていたみったんジュースを危うく吹きこぼす所だった。 「え、えっと武之進さんもお使いですか? 実は私、初めて一人で使いに出たもので、少々不安だったんですよ」 演技とは思えぬような完璧な照れ笑いの斎。 「それはそれは、実は僕も一人で此隅までお遣いに行くところです」 同じ境遇の者を見つけ、嬉しそうにそう語る武之進。その後しばらく二人は会話に花を咲かせるのだった。 馬車が道程の半分を過ぎた頃、器用にお手玉する巳斗に、武之進の視線は釘付けだった。 「どうですか? ボクのお手玉の腕は」 にっこりと微笑みかける巳斗に、見惚れていた武之進ははっと我に返り、恥ずかしそうに俯いてしまう。 「えっと、あの‥‥女の方はボクなどと呼称してはいけません。それではまるで男子のようです‥‥」 恥ずかしそうにそう呟く武之進に、巳斗は。 「そ、そうですね。わ、私としたことが――」 若干引きつった笑顔でそう返すのがやっとだった。向かいではしてやられた巳斗を見て、恭悟がくすくすと押し殺した笑い声を上げている。 「あ、そうそう、これ良かったらどうぞ。おいしいですよ」 話を変えようと巳斗が取り出したみったんジュースを武之進に差し出す。 「あ、えっと、その‥‥ありがとうございます」 照れから来る緊張で手を震わせながら受け取った武之進を、三人は優しく見つめていた。こうして3時間の旅程は斎、巳斗とのやり取りと、恭悟の警戒によって滞りなく進んで行った。 ●【此隅】とある甘味処 「さぁさぁ、こまいことゆわんで、うちの団子食ってみぃ!」 臨時雇いにもかかわらず、八十八彦はすっかり甘味処の看板娘としてその手腕を発揮していた。 「うんうん、おいしいねおいしいね」 忙しなく店内を駆け巡る八十八彦を感心したように見つめながら、隅の机を一人占拠し団子をほうばる月夜魅。 「さっきから何個目じゃ‥‥」 忙しい合間を縫って八十八彦が月夜魅が居座る机へ訪れた。 「ふふ〜ん、聞いて驚かないでよ! なんと20本目なのだ!」 「‥‥そりゃ呼び子で活躍してもろたけぇ、たいそうな事はゆえんが‥‥」 あんこを頬にべったりと付けえっへんと胸を張る月夜魅に、呆れたように八十八彦が呟いた。看板娘としての八十八彦、そしてそのお手伝いという名目で月夜魅が呼び子を引き受けたこの甘味処は、店始まって以来の盛況ぶりであった。 「まぁ、ここを拠点として使ぅてもええゆうてくれたし、あとは売って売って売りまくるだけなんじゃけど」 「そうそう、誘惑はちゃーんと排除しないとね」 二人の活躍により、甘味処の名物団子は売り切れ間際であった。 ●【此隅】馬車乗り場 「では、私はこれで」 にっこりと微笑む巳斗を見送る武之進と斎。 「――武之進さん、不慣れな者同士、よろしければ目的地の近くまでご同行させていただけませんか?」 巳斗が見えなくなるのを確認して、斎が武之進へ声をかける。 「‥‥申し出は非常にありがたいのですが、これは僕が仰せつかった仕事です。一人で成してこそ意味があると思います」 幼いながらもはっきりとした口調で武之進は、斎の申し出を断り地図を広げだした。 「そうですか。それは残念ですがしかたありませね。ではまたご縁があれば」 申し出を断られ、深々と礼をして傍を離れた斎。一方の武之進は、すたすたと迷いない足取りで大通りを進んでいく。その姿は自信に満ち溢れてさえいるようだ。――持つ地図さえ逆さまではなければ。 「た、武之進さん!?」 人ごみに消えた武之進へ斎の声が届くことはなかった。 ●【此隅】大通り 「あらまぁ、この子ったら。うふふ――」 「‥‥出水、なにをしているんだ?」 唐突に街角に座りこんだ真由良にアスマが呆れたように声をかけた。 「アスマ様。ご覧になってくださいな」 真由良が差し出したのは、ぷるぷると脅えたように震える子犬。 「ね、かわいらしいでしょ?」 「‥‥う、うむ、悪くはないな」 向けられる子犬の魔性の視線に、アスマも思わずそうもらす。 「いた! お二人とも。‥‥なに和んでいるんですか!?」 息を切らし二人の元に駆け寄って来たのは恭悟だった。 「あら、恭悟様。どうですこの子、かわいくありません?」 子犬を抱き、すりすりと頬ずりをしてご満悦な真由良が恭悟にもかわいさのお裾分け。 「そんなことしている暇はありません! とにかく来てください!!」 そう言うと恭悟は、真由良の腕から子犬を奪いみかん箱へ戻す。そして、二人の手を取り来た道を急ぎ引き返すのだった。 ●【此隅】街中 「八十八彦様! 月夜魅様!」 甘味処へ駆け込んできたのは煉夜だった。 「あれ、煉夜さん。息切らしてどうしたの?」 団子を頬張る月夜魅が息を切らす煉夜へ声をかけた。 「はぁはぁ‥‥た、大変です!」 肺の奥から声を搾り出し煉夜が急を告げる。 「どぉしたんねぇ? ほれ、これでも飲んでおちつきんさい。」 月夜魅と同席でお茶を啜っていた八十八彦が、慌てる煉夜に茶を勧めた。 「た、武之進様の動向が読めないのです!」 「‥‥はい?」 「とにかく来てください! 今は少しでも人手がいるのです!!」 勧められたお茶に手を出す事もなく、煉夜は二人の手を取ると引きずるように外へと連れ出す。 「ちょっと煉夜さん!?」 事情も飲みこめぬまま、引きずられる二人を甘味処のおっちゃんは、明日も来てくれよ〜とのん気に送り出すのだった。 ●【此隅】武家屋敷 はぁ〜‥‥と、八つのため息が合わさった。そこは武家屋敷の外壁。へたり込む8人の開拓者の姿がそこにあった。 「まさか、最大の難敵が武之進君本人だったとは‥‥」 呟くのは恭悟。依頼は無事成功した。紆余曲折の末、8人の必死の誘導工作により武之進は目的地であるこの屋敷までたどり着いたのだ。 「あんなに方向音痴だったなんて‥‥」 巳斗も消え入りそうな声でそう漏らす。 「箱入りっぽいけぇ、方向感覚が疎いのもわからんでもないがのぉ‥‥」 と、八十八彦。 「まぁ、排除した障害は無駄ではなかっただろう‥‥」 こちらは、アスマ。 「こんなに走り回ったのは久しぶりです‥‥」 日頃鍛錬を怠らない煉夜もくたくただった。 「それにしても、地図を逆さまで見るって‥‥」 斎の言葉に、はぁぁぁ‥‥と、再度ため息の合唱が塀の外に響いた。 「皆さん、今日は護衛お疲れ様でした」 そんな折、散々振り回された8人へ声をかける者が現れる。 「た、武之進様!?」 真由良が驚きの声を上げるのも無理はない。顔を上げ、目に飛び込んだ人物。見紛うはずもない武之進その人だった。 「はい、今日はありがとうございました。おかげで無事目的を果たせました」 にっこりと屈託のない笑顔で8人を見つめる武之進。 「し、知ってたの?」 なぜ知っているのかと驚く月夜魅が問いかける。 「はい、兵衛門は嘘が下手ですから」 と、くすくすと笑う武之進に、驚いていた一行の顔にも自然と笑みがこぼれてくる。 「これ、皆さんで召し上がってください。何でも此隅で今流行りの甘味処の団子だそうですよ」 そう言って、武之進が一行の目の前に差し出したのは、八十八彦が看板娘を務めた甘味処の団子であった。 |