新たなる翼を得んが為に
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/01 20:27



■オープニング本文

『せ、制御不能っっ! 指示を請うっっ!!』
 伝声管を伝う悲痛な叫び声。
「何とか持ち直せ!」
 返す言葉もまた、多分な焦りを含む。
「船長、脱出を!!」
「馬鹿を言うな! この船を落とすわけにはいかない!!」
「しかし!」
 部下の必死の訴えにも船長を務めるこの女傑は首を縦には振らない。
「私は船の事を言っているのではない!」
「しか‥‥え?」
 船長の発した言葉に、部下の男は呆けるように聞きなおす。
「お前達を死なせるわけにはいかないのだ」
 ギリッと唇を噛む船長は絞り出すように言葉を発した。
「船長‥‥」
「この速度では脱出もままならん! 基地に発した救援要請を頼りに、この船を飛ばし続けるぞ!」
「はっ!」
 船長の心意気に感化されたのか、部下の今までの情けない声は吹き飛び、その瞳に再び空を駆ける者の矜持が宿る。

「‥‥頼んだぞ、重種」
 高速で流れゆく雲を艦橋から見つめ、女船長がぼそりと呟いたのだった。 

●朱藩にある街『陽縣』
「‥‥ちぃ」
 蒼天に引く雲を見上げる年老いた男が、苦渋に満ちた溜息を洩らす。
「お、おやっさん!!」
 そんな老人に一人の男が駆け寄ってきた。
「うろたえるんじゃねぇ!!」
 しかし、老人は取り乱す男を一喝。
「そうは言いますが、このままじゃ!」
「わかっとるっ!」
 しわがれた声が怒気を帯びる。
「それより、船の状況はどうなってやがんだっ!」
「へいっ! 船からの報告によると、動力の風宝珠が突如暴走。制御不能に陥ったということですっ!」
 栄喜の問いに、きびきびと返答する重種。
「‥‥浮遊宝珠は無事なんだな」
「そ、それは問題ないとの報告です!」
「それなら、しばらく落ちることもあるめぇ‥‥」
 そう言うと栄喜は再び上空を見上げる。
「お、おやっさん‥‥あいつだけは、あいつだけは助けてやってください‥‥」
「‥‥心配すんな、誰も死なせやしねぇ!」
 手の出せぬ歯がゆさにいらつくように、拳を握りしめる重種を、栄喜はじっと見つめた。


■参加者一覧
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎


■リプレイ本文

●飛鉄・改
『後部ハッチ解放!』
 伝声管から叫びにも似た指令がくだる。
「後部ハッチ解放します!」
 復唱する乗組員が壁面に無数に突き出た操作桿の一本を握ると。

 ガゴッ!

 鈍い音と共に薄暗い船倉に差し込む一条の光。
「眩しい‥‥」
 誰が呟いたのか、一行はその幻想的な光景に目を奪われた。
 そこには、邪魔するものが何一つない天空の蒼が無限に横たわる。
『健闘を祈る』
 再び伝声管を伝う声。そこには切なる願いが込められていた。
「行くぞっ!」
 一行は空の蒼に向け、駆けだす――。

 ある者は愛騎に跨り、またある者は友を懐に抱き、一行は強風荒れ狂う蒼天へと身を躍らせた。

●越山甲板
「空か‥‥」
 一種独特の浮遊感。
 飛鉄・改と越山の間に立ち塞がる風の壁を、愛騎『J・グリフィス3世号』と共に突き抜ける。
「この浮遊感。そして、この風‥‥何もかもが懐かしいな」
 瞳をゴーグルで覆うロック・J・グリフィス(ib0293)。その顔にはどこか哀愁を滲ませて。
「思い出に浸っている場合ではないぞ」
 しかし、そんなロックを滋藤 柾鷹(ia9130)が静かに諌める。
「暴走した船、そして取り残された乗組員。急がねば」
 漆黒の愛騎『影牙』に跨る柾鷹は、眼下に見える越山を見下ろした。
「‥‥なに、乗組員の命も、街の安全も全てこの手で守り抜くさっ!」
「その言葉、頼りにしよう」
「ああ、空賊騎士の名にかけて誓おう!」
 強風吹きすさぶ蒼天を駆け下りる二匹の龍。
「駆け降れ、影牙!」
「その名に恥じぬ姿を見せろ、流離!」
 二匹の龍は友の声に大きく鳴くと、互いがその速度を競うように眼下で暴走する越山に向け急降下していった。

「ふむ、実に見事な船じゃ。我にも一艘見繕ってほしい所じゃ」
 甲板に降り立った輝夜(ia1150)が愛騎『輝龍夜桜』の翼を撫でながら、甲板を一望し呟いた。
「なかなか面白い冗談ですね?」
 そんな輝夜の呟きを鈴木 透子(ia5664)が苦笑交じりに見つめる。
「冗談ではないぞ」
「‥‥え、えっと。ともかく急ぎましょう」
 苦笑を通り越して呆れ顔の透子が愛騎『蝉丸』の背から大荷物を下ろし始める。
「うむ。‥‥うん? 例の物か」
「はい、これが役に立てばいいのですけど」
 輝夜の言葉に荷に視線を落とした透子が呟いた。
 それは幾重にも折り畳まれた巨大な布のようにも見える。
「結果如何によっては、それが頼りの綱になる‥‥という訳かの」
「そうならない事を祈っていますけどね」
「どう転ぶかわからん。備えあれば憂いなしじゃろう」
「ええ」
 そして、二人は互いの友を甲板に残し、艦橋へと足を向けた。

「空が綺麗‥‥」
『きゅ?』
 流れる雲が白蛇(ia5337)と友『オトヒメ』の頬を打つ。
 雲に触れれるほどの高度を高速で飛翔する越山の甲板で、一人と一匹は眼前に広がる景色に目を奪われていた。
「怖くない‥‥?」
 越山の生み出す速度は、荒れ狂う風を呼ぶ。
 宙に浮く友の身を案じ、白蛇が隣を伺った。
『きゅ』
「‥‥そう、よかった」
 二人の間に交わされるのは、ごく少ない言葉。
 しかし、それだけで二人は互いを理解する。
「‥‥大丈夫。風が‥‥優しいから」
『きゅ』
 白蛇の紡ぐ言葉を嬉そしそうに聞き入るオトヒメ。
「行くよ‥‥待ってる人がいる」
『きゅ』
 頬を撫でる風と雲。白蛇は一度遠くに広がる空の蒼に視線を向けた。
 そして、二人は艦橋へと歩みを進めた。

『ふぅ‥‥』
「真名殿?」
 漏れる溜息に皇 りょう(ia1673)が、懐を見下ろした。
『お主‥‥もうちっと、こう。乗り心地が良くならぬものか?』
「の、乗り心地?」
 見上げるは円らな二つの瞳。皇家の宿猫『真名』が饒舌に紡ぐ言葉に、りょうが問いかける。
『膨らみが足らぬのはわかっておったつもりじゃったが‥‥』

 ぺたぺた――。

「っ!?」
 肉球でぽんぽんと胸と叩かれ、声も出ないりょう。
「‥‥牛乳が良いと聞くぞ?」
「ほ、ほっといてくだされっ!?」
 真名の表情から感情の機微は伝わってはこないが、どうやらかなり残念な感じ。
 そんな真名にりょうは泥酔してもここまで赤くならないだろう程に顔を真っ赤にし、宿猫を懐から引きずり出す。
「もう着きましたっ! 早く出てくださいっ!」
『ふむ‥‥せっかちな奴じゃの。まぁ、遥か天空より下界を見下ろすのも面白かったし、良しとしようかの』
 首根っこを掴まれる真名はぐりんと身を捩ると、りょうの手から抜け出し音もなく甲板に着地した。
「全くもう‥‥」
 甲板に降り立ち、てくてくと歩みを進める真名の背を、りょうは呆れながら見つめた。

 甲板に降り立った6人の開拓者と、その朋友達。
 高速で流れる空の蒼、雲の白に目を奪われながらも、越山の艦橋を目指した。

●艦橋
「来てくれたか‥‥」
 艦橋へ足を踏み入れた一行を、女性艦長である真桐が迎えた。
 越山が暴走を開始してすでに5日目。
 暴走する船をなんとか飛ばし続けてきた乗組員達の表情には、明らかな疲労の色が浮かんでいた。
「待たせたな」
 一行を代表してロックが真桐に声をかける。
「ふむ、あまり猶予はななそうじゃの。手短に始めるか」
 重く沈む雰囲気を放つ艦橋を見渡し輝夜が呟いた。
「それがよさそうですね。艦長さん、現状を教えていただけますか?」
 輝夜の言葉に透子が真桐に話しかける。
「ああ‥‥現在我が艦が暴走状態にあるのは知っての通りだろう」
「ええ」
「風宝珠の暴走の原因はわからぬが、常に想定以上の風を噴出し続けている」
「止まらぬという事か‥‥」
「今はなんとか風流逆止弁にて暴風の向きを変える事がやっとだ」
「ふむ‥‥」
「風宝珠の勢いは日を増すごとに大きくなっているようにも感じる」
「感じる‥‥とは?」
「正直な所、この船をなんとか飛ばすだけで精一杯なのだ。細かな速度の計測をしている暇がない」
 苦々しく語る真桐の説明に、輝夜と透子は真剣に耳を傾けた。
「暴走した風宝珠は何基‥‥?」
 そんな時、現状を話し続ける真桐の話に、白蛇が間に割って入る。
「3基全てだ‥‥」
「‥‥壊せば、止まる?」
「‥‥止まりはすると思うが、宝珠を失ったこの船がどうなるか予想もつかん」
 言葉少なに要点だけを伝える白蛇に答える真桐の言葉には、悔しさがにじんでいた。
「それは承知‥‥やらないと止められないなら」
 そんな真桐を気遣ってか、白蛇は気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと語る。

「風宝珠は船尾に備え付けられている、って話を平賀さんに聞いたが」
 真桐の話を静かに聞いていたロックが質問を投げる。
「ああ、船尾に3つの部屋があり、それぞれに風宝珠を格納している。風宝珠はそれぞれ、両翼が旋回制御を。中央が推進制御を行っている」
「という事は‥‥両翼を先に、か?」
「そうじゃろうな。片方だけ壊せば船体が回転するという事になる」
「そうなれば、機体は制御を失い、墜落‥‥か」
「なれば、同時に壊すより他ないの‥‥」
 事の難易度は、ロックと輝夜の発した言葉からも伺える。
「‥‥合図を出して。僕が聴き取るから」
 その時、静かにその会話を聞いていた白蛇が力強く呟いた。
「お願いします。頼りにさせてもらいますね」
 そんな白蛇を透子が頼もしげに見つめた。

「しかし、宝珠は破壊できる物なのであろうか?」
 もたらされた情報に、各々が考えを巡らし想いに耽る。その時、もうひとつの疑問が艦橋に。りょうだ。
「正直わからん。宝珠を壊そうなどと酔狂な考えを持つ者などいなかったしな」
「酔狂であるか‥‥しかし、人の命に変えられるものではない。我々の全力を持って破壊させていただく」
 諦めにも近い真桐の言葉を、りょうの真摯な言葉が制す。
「艦長殿。乗組員は4人と聞くが、相違ないか」
 続き、壁面にもたれかかり静かに話を聞いていた柾鷹が声を発した。
「ああ、その通りだ」
「少々手荒な事になる。少しでも手が開く者は脱出の準備を」
「‥‥わかった」
「安心しな。空の壮大さと恐ろしさは俺自身よく分かっている。へまはせんさ」
 不安げに頷く真桐に、静か、だが力強くに語るロック。
「頼りにさせてもらおう」
 そう言って、真桐は艦橋を見渡す。そこには、頼もしき6人の開拓者達。
 真桐は一行を見回し、静かに一つ頷いたのだった。

●廊下
 一行の眼前には区画が区切られた三つの部屋への扉が不気味な風鳴りと共に佇んでいた。
「ここか‥‥」
 部屋を前にりょうが呟く。
「この風鳴り。不気味だな‥‥」
「まるで来る者を拒んでいるような音ですね」
 鳴り響く風音。それは冥府へと誘う魔獣の叫び声にも似ている。
「かといって、眺めておるわけにもいかぬじゃろう。まずは両翼。行くぞ」
 そう言って、輝夜が右手の扉の前に立ち、取っ手を握る。
「では、拙者はこちらを」
 もう一方の扉へは柾鷹が。
「‥‥行くぞ」
 柾鷹の動きを確認し、輝夜が取っ手に力を込め――。

 開いた。

 ゴゴゴォォオオォオォッ!

「‥‥ぐっ! これは‥‥!」
 開いた僅かな隙間より、一行を襲う猛烈な風。
 扉という枷を外され、暴風はその行き先を開拓者達が佇む廊下へと向けた。
「洒落にならんの。一旦閉めるぞ」
「承知した‥‥!」
 そのあまりの風の勢いに、輝夜が柾鷹に合図を送る。
 一行は二手に分かれ、僅かに開かれた扉をなんとか閉じた。

「‥‥想像以上ですね」
 噴き出た暴風は止まり、再び不気味な風鳴りだけが聞こえる中、透子が呟く。
「あの一瞬でここまでとはな‥‥」
 そう言って、廊下を見渡すロック。
 噴き出された暴風に巻かれた廊下は、見るも無残に荒らされていた。

「‥‥だめ、聴こえない」
 途方に暮れる一行の中、白蛇がぼそりと呟く。
 うねり狂う暴風は、些細な音さえ捉える白蛇の聴覚をも狂わせた。
「くっ‥‥どうやって同時に破壊する‥‥」
 ロックが苦々しい言葉を発した。
 時を計る術など持ち合わせていない。
 一行は、唸りを上げる部屋を前に立ち尽くすより他なかった。

『音を頼りにせずとも、確認する術などいくらでもあろう』
 そんな時、りょうの懐から小さな声が上がる。
「真名殿?」
 その声にりょうの懐へ皆の視線が集まった。
「何かいい案でも‥‥?」
『これに乗り込む時に持ちこんだ縄があるじゃろう』
 白蛇の問いかけにひょこりと顔を出した真名が、記憶を辿るようにりょうを見上げる。
「ありますが‥‥」
『ならば部屋の間に二本渡して、引けばよかろう』
 ふわぁっと欠伸を交え面倒臭そうに真名が呟く。
「なるほど‥‥」
「確かにそれだと機会を合わせられますね」
 真名の提案に、一行は感心した様に頷いた。
「では、お互いの身体に縄を結ぶとしよう」
 りょうの言葉に、一行は互いの体を荒縄で結び付けた。

●風宝珠制御室・右翼
「飛ばされるなよ!」
 先頭を行くロックが後ろの二人に声をかける。
 人が10人も入れば満員になってしまいそうな小さな部屋。
 そこは無秩序に荒れ狂う暴風だけが支配していた。
「暴走ともなるとこれほどとはの」
 重心を低く構え、風に抗う輝夜が呟いた。
『‥‥』
「よくこの状況で寝ていられますな‥‥」
 前後左右、更に上下からも襲い来る風に耐えるりょうの懐には、すやすやと寝息を立てる真名の姿。
「行くぞ」
 低く呟いたロックが、宝珠の鎮座する部屋の中央に向け、一歩を踏み出した。

●宝珠制御室内・左翼
「白壁よ、向かい来る脅威に仇成せ! 結界障『白牢』!!」
 荒れ狂う風を前に、透子が叫ぶ。
 虚無に現れる白き光。
 光は像を結び、一行を守護する盾と成す。
「助かる。これで随分と動きやすい」
 現れた白壁に背を当て柾鷹が呟いた。
「‥‥オトヒメ。しっかりついてきて‥‥」
『きゅ』
 宙を漂うミズチであるオトヒメは風の影響を受けやすい。
 白蛇は友を庇いながら、柾鷹と反対方向の白壁に背を付けた。
「後は合図を待ちます」
 透子の言葉に頷く二人。
 風を遮る白壁を背に、白蛇と柾鷹は宝珠の座す中央を見据えた。

●右翼
「真名殿!」
『ふあぁ‥‥やれやれ、世話の焼ける奴じゃの』
 欠伸一つ。真名はもぞりとりょうの懐から顔をのぞかせると。
『この風、面白い。少し利用させてもらおうかの』
 その瞳が翡翠の色を帯びると、風の動きが変わる。

 宝珠から吹き出される暴風が風の刃となり、風の主を襲いはじめた。

「お二人とも、今だ!」
 真名の放った鎌鼬が宝珠の姿をさらけ出す。
 りょうは二人に合図を送るとともに、身体に結ばれた縄を引いた。
「そこか!」
 暴風に飛ばされぬようどっしりと槍を構えるロックが、風の刃に斬り裂かれる空間に宝珠の姿を鮮明にとらえる。
「見事也」
 ロックの背で槍を構えていた輝夜の腕がむくりと膨れたかに見えた。
「行くぞ!!」
「合わせよう」
 二人が見据えるは宝珠のただ一点。
「その眼、打ち砕け白薔薇! 槍技『スラストゲイル』!!」
「我、貫くは其の弱。千変万化、槍術『裏鬼』」
 二本の槍の閃光の如く、風宝珠へ突き出された。

 パキっ――。

 部屋の中央に佇む翠の宝珠は、二条の閃光により、その姿を瓦解させた。

●左翼
「合図です!」
 縄から伝わる身体を引かれる感覚に、透子が叫んだ。
「オトヒメ‥‥」
『きゅ!』
 白蛇の声にオトヒメが呼応し、生まれる水塊。
「陰・散・蒼・牢‥‥」
 オトヒメの周囲から放たれた水塊は、暴風に乗り荒れ乱れる。
 そして、白蛇はその水塊に向け数多の手裏剣を放った。
「乱・列・機・応‥‥」
 印を結ぶ白蛇が放った手裏剣は、水塊を纏い軌道を変える。
「‥‥共鳴『千縛陣』」
 水塊を纏う手裏剣は宝珠へと次々と突き刺さり、宝珠を水の牢で覆った。
「‥‥今」
 白蛇が柾鷹へ向けぼそりと囁く。
 水牢で覆われた宝珠は、吹き出す風を押さえこまれもがく様に打ち震える。
「承知!」
 白蛇の作った好機に、柾鷹は斧を上段に構えると。
「これが拙者の持てる力の全てだ!」
 宝珠へ向け駆けだした。
「その名に恥じぬ破壊を見せよ、鬼殺し! 斧術『大両断』!!」
 目にも止まらぬ速さで振り下ろされる巨斧。

 パキンっ――。 

 渾身の一撃を受け、宝珠は真っ二つに割れた。

●廊下
「最悪の事態は避けられた‥‥」
 白蛇が呟いた。
 廊下に戻った一行。その顔には安堵の色が浮かぶ。
「まだ安心するのは早い」
「だな、まだ一つ残ってる」
 柾鷹の声にロックも頷いた。
「またあの風に向かうと思うと、気が重いの」
「はは、今度はタイミングを合わせる必要が無いから幾分楽だろうさ」
 輝夜の言葉を、ロックが軽く笑い飛ばす。
「そうとも言ってられませんよ?」
「うん?」
「暴走したといっても宝珠を失うという事は、機体を制御する物がなにもなくなるという事でしょう?」
「その通りだ」
「艦長殿か」
 その声は背後から。一行が次なる目標を見据える中、姿を現した真桐のものだった。
「どうやら両翼の宝珠はうまく破壊できたようだな」
「うむ、機体の揺れも無かったであろう?」
「ああ、ここまで見事に破壊するとは、恐れ入った」
「まだ残ってる‥‥」
「そうだったな。残りも頼めるか?」
「もちろんだ。俺達に任せておけ」
 真桐の言葉に、ロックがどんと胸を叩く。
「では、私は落下傘の準備を」
「私も共をしよう」
 透子、そしてりょうは甲板へ。
「僕は伝令を‥‥」
 すっと手を上げる白蛇。
 一行は再び二手に別れ、最後の仕上げに取りかかった。

●甲板
「りょうさん、そこを結んでください」
 宝珠二つを失い流れる景色も幾分緩やかになったように感じる。
 甲板で作業を続ける透子は、りょうに声をかけた。
「承知した」
 巨大な帆布を船尾に備え、りょうはその端から出た縄を次々と船体へ括りつけていく。
「宝珠破壊と同時に、帆を張ります。風上に向かう力が加わりますので、うまく制御してください」
「了解した」
 透子の言葉に作業を見守っていた真桐が力強く頷く。
「後は白蛇殿の合図を待つだけか」
 と、りょうが視線を送る先には、じっと空を眺める白蛇の姿。
「‥‥雲は自由」
 ぼーっと空を眺める白蛇はすっと瞳を閉じ、周囲の音に耳を傾けた。

●中央制御室
「まったく、嫌になるな」
 荒れ狂う風を前にロックがぼそりと呟いた。
「そうぼやくな」
 そんなロックに、柾鷹が宥める様に声をかける。
 再び、暴風荒れ狂う部屋に立ち入った三人が、眼前の元凶を見つめた。
「そう何度も経験できる事ではないであろうにの、同じ日に二度もやる事となろうとは‥‥」 
 輝夜の表情にもうんざりとした物が滲む。
「仕方ないな。最後の仕上げだ、気合入れていくぞ!」
 先頭を行くロックが、再び風の壁へ一歩を踏み出した――。

●甲板
「破壊確認‥‥落下傘展開して」
 暴風が巻き起こす唸り声の終焉を聴き、白蛇が甲板の二人に向け合図を送る。
「行きます!」
 白蛇の声に、透子とりょうが手に持つ巨大な布を大空へと放った――。

●艦橋
 越山は徐々にその速度を落とし、ただ空に漂う船となり行く。
 一行は艦橋に集まり、一時の空の旅を楽しんでいた。

 その時――。

『宝珠暴走! 制御できません!!』
 後は飛鉄・改の救援を待つだけになった艦橋に、伝声管を伝い悲鳴にも似た声が響く。
「なに‥‥? どういうことだ!」
 真桐が伝声管に向かうと大声で問いかけた。
『浮遊宝珠暴走!!』
「くっ‥‥風宝珠の暴走につられたか‥‥いや、制御に無理をさせすぎたか‥‥」
 悲痛な面持ちで伝声管を握る真桐が漏らす。
「どういう事であろう‥‥?」
 そんな真桐にりょうが問いかける。
「‥‥船は止まった。前に進む力はな」
 りょうの問いに真桐が指差したのは、艦橋から望む空。
「‥‥昇ってる」
 白蛇が呟く。
 そこには今まで横に流れていた雲が、下に流れていく景色があった。
「おいおい、今度は浮遊宝珠を破壊しろというのか?」
「そんな事をすれば、この船が沈むであろう」
 呆れるロックに輝夜が冷静に突っ込む。
「再度、飛鉄・改へ風信! 至急、救援を請うと伝えろ!」
「はっ!」
 すでに救援要請は送っている。しかし、このままでは救援可能高度を遥かに超える可能性もある。
 焦る真桐は叫ぶように部下に指示をくだした。

●甲板
「来た!」
 船縁から顔を出し、彼方を眺めていたりょうが声を上げた。
「皆さん準備を!」
 りょうの声に透子が甲板で脱出準備を皆に声をかける。
 
 甲板で待つ4匹の龍は、それぞれに乗組員を乗せた。
「影牙、頼むぞ」
 柾鷹が漆黒の翼を優しく撫でる。
「駆けろよ、流離!」
 ロックが愛騎の喉元をさすった。
「蝉丸、お願いね」
 面倒臭そうに頷く共に、透子が微笑みかける
「輝桜」
 輝夜が友の背をとんと押した。

 甲板を離れた4匹の龍。
 目指すは眼下に待ちうける飛鉄・改。

「我々も行くか」
 越山に残るのは、開拓者達だけ。
 りょうが一行に声を掛ける。
「‥‥お先に」
 白蛇がオトヒメを連れだって、甲板から身を躍らせた。
「続くといたそう」
 残る一行も船縁に足を掛け、空へ飛び出した。

●飛鉄・改
 蒼い空に浮かぶ一点の黒。
「‥‥空に帰るの?」
 その黒点を見上げ、白蛇が問いかける様に呟いた。
「我ら人には過ぎた力であったのだろうか‥‥」
 同じく天を見上げるりょう。
『ほぅ、お主でも感傷に浸る事があるのか』
「‥‥それぐらいありますっ! って、いつまでそこにいるのですかっ!?」
 懐から聴こえてくる小さな声の主をりょうが引きずり出した。

「結果の報告と一緒に、この事も平賀さんにお伝えしないといけませんね」
「だの。まだまだ改良の余地は多分にあろう」
 二人の手には紙が握られている。それは透子と輝夜の二人が越山に乗り込んだ僅かな間に纏めた報告書であった。

「今までご苦労だったな。ゆっくりと休め」
「見事な船であったな‥‥」
 次第に小さくなる黒点を見上げる二人。ロックと柾鷹が呟いた。 

「新たな翼は空に帰る、か‥‥」
 そんな一行と同じように、真桐が空を見上げ、ぼそりと呟く。

 飛鉄・改の甲板で一行が空を見上げる中、越山は遥か天空へとその姿を溶かしたのだった――。