【遼華】扉開き、大海へ
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/26 19:15



■オープニング本文

 南海の島『霧ヶ咲島』。

 岬に立つ一人の少女を、南から吹く暖かく湿った風が優しく撫でる。
 立ち込める霧の向こうに、ぼんやりと輪郭が浮き出る太陽は、先日より大きく見えた。
 この霧に閉ざされた島にも、春は等しくやってくる。
 潮風に吹かれ、少女の前髪がそよいだ。

 今日はいつもにもまして霧が濃く出ていた――。

●屋敷
 屋敷の最も奥にある、この屋敷の主の部屋。
 その部屋の戸が、軽快なノック音と共に開かれた。
「失礼しますね。伯父様、会議が始まりま――伯父様!?」
 ひょっこりと戸から部屋を覗き込む遼華は、光景に固まる。
「――」
 遼華の視線と叫びに先には、力無く籐の椅子にもたれかかる戒恩の姿。
「伯父様っ!?」
「――う、うん? ああ、遼華君。どうかした?」
「‥‥え?」
 戒恩の元に駆け寄り、体を揺すろうかとしたその時、戒恩の眼がすっと開いた。
「いやぁ、いい天気だね。陽気に釣られてうとうとしてしまったよ」
 きょとんと呆ける遼華とは対照的に、陽気に笑い飛ばす戒恩。
「も、もぉ! びっくりしたじゃないですか!」
「なんで?」
「うっ‥‥そ、その、呼んでも目を覚まさなかったし、酷い寝汗をかいてましたし‥‥」
「うわ、本当だ」
 遼華の言葉に自身の着物に視線を落とした戒恩は、ようやく遼華の言葉の意味を理解する。
「この季節はだめだね。暖かいのに蒸し蒸しして」
 着物の襟元を摘み、手の平で風を送る戒恩が、おどける様に呟いた。
「あ、そうだ。遼華君、着替えを手伝ってくれるかい?」
「っ!? そ、それ位、自分でしてくださいっ!」
 悪戯な笑みを浮かべる戒恩に、遼華は頬を染めプイっとそっぽを向く。
「着替え終わったら、会議室に来てくださいね! すぐ始まりますから!!」
 そう言い残すと遼華はさっさと戒恩の部屋を後にした。

「‥‥やれやれ、もうこんな季節か――」
 閉められた戸を見つめ、戒恩は一人呟いたのだった。

●会議室
「――海上の脅威はひとまず去った、と考えてもよかろう」
 円卓を囲む参加者に、佇立する湖鳴が語りかける。
「了解した。加えて一点、先の戦いで接収したあの船だが使えそうだろうか」
 椅子に座し、湖鳴に質問を投げるのは、この会議のまとめ役、穏であった。
「竜骨は無事だ。船壁さえ繕えば再び使えよう」
 再び席に着いた湖鳴が答えた。
「それは僥倖。では、この案で進める、ということでよろしいか?」
 湖鳴の言葉に、深く頷くと穏は視線を遼華へと移す。
「はいっ! せっかくの船と港ですから有効に使いましょうっ。うまくいけば、特産品の茶葉の貿易にも使えますしねっ!」
 参加者一同の視線を受けながらも、遼華ははっきりとした声で決議を下した。
「だけどよ、人夫は元海賊達を使うとして、誰が指揮するんだよ」
 しかし、そんな中にあって、椅子の背もたれにどっかともたれかかる界が、やる気なさげに呟く。
「‥‥確かに、我々では役不足でありますね」
 口元に手を当て、黙考していた悦も同意を現した。
「その点については、また彼らの力を借りようかと思っていますっ」
 しかし、その疑問に遼華が即座に答える。その声は二人の懸念を撥ね退ける程に力強いものだった。
「うげぇ、またかよ‥‥」
 だが、遼華の言葉に界は眉を顰める。
「そう言うな。我らは所詮、武に生きる者。武だけでは抑圧にしかならん」
「うっ‥‥」
 正論を説く穏に、界は言葉なく押し黙った。
「では、港の再建計画案を進めたいと思いますっ。皆さん、よろしくお願いしますっ!」
 穏の言葉に後押しを受けた遼華は、すっと立ち上がると、皆の瞳を一人ずつ見つめ、力強く言い放つ。
 そこには以前の気弱な少女の姿ではなく、実に指導者らしい立ち振る舞いであった。

「戒恩殿。この結論でよろしいか?」
「‥‥」
 次なる目標を定めた会議室にあって、ぼーっと外を眺めている戒恩に、穏が同意を求める。
「伯父様‥‥?」
 穏の呼びかけにまったく気付かない戒恩に、遼華が恐る恐る声をかけた。
「うん?」
「えっと、穏さんがいいかって」
 遼華の呼びかけで、ようやく自分に話が振られていると気づいたのか、戒恩はきょとんと議場に顔を向けた。
「うん、いいんじゃないかな?」
「‥‥では」
 いつもの柔和な笑顔で答える戒恩に、穏は一度頷くと席を立ちあがる。
「準備があるので、我々はこれで失礼する」
 そうして、穏を先頭に参加者達は会議場を後にしたのだった。

「‥‥で、何の話?」
 一同が去った会議室に残された遼華と戒恩。
 戒恩が遼華にそっと耳打ちすした。
「お、伯父様、聞いてなかったんですか‥‥?」
「いやぁ、ごめん。外に虹が出てたから、つい見入っちゃってね」
 呆れる遼華に戒恩は、いつもの柔らかな笑顔を向けた。
「も、もぉ‥‥えっと、この間のアジトを、交易拠点の港にしよう。っていうお話ですよっ」
 そんな戒恩に、遼華は深く溜息をつき会議の内容を告げる。 
「おぉ。すごいねぇ、そんなことを思いつくなんて、さすが領主代行殿だ」
「も、もぉ! おだてても何も出ませんからねっ!」
「はは、それは残念」
 晴れやかな笑みを向けてくる戒恩に、遼華は頬を染めぷいっと背を向けると。
「じゃ、私も準備がありますからっ!」
 快音を残し、部屋を後にした。

●私室
「――後はこれを纏めて、っと」
 机を埋め尽くす程に積まれた本と紙。
 その中心から、トントンと紙を纏める音が響いた。
「――あっ! これも一緒に渡すんだった」
 紙の山から、少女の呟く声が聞こえる。
「うまく抜けるかな‥‥」
 声の主遼華は本に挟まる一枚の紙を抜き出そうと、慎重に引くが――。
 
 グラ――。

「っ!?」 

 ばさばさばさっ!

「――うぅ‥‥横着しちゃダメだよね」
 自身を襲った紙の雪崩を、恨めしく見つめながらも、遼華は自身の行為に嘆息する。

 コンコンっ。

 そんな時、戸を叩く音が部屋に響いた。
「あ、はい!」
「入るぜ」
 部屋主の了解も得ぬまま顔を覗かせたのは、道であった。
「‥‥取り込み中か?」
「あは、ははは‥‥」
 凄惨な部屋の状況にびくっと驚きの表情を見せた道の言葉に、遼華は乾いた笑いを上げる。
「‥‥手伝うぜ」
「え?」
 そう言うと道は徐に部屋に入り、散乱した紙の束を拾い始めた。
「わわっ! そ、そんなことまでしてもらわなくても大丈夫ですよっ!」
 突然の道の行動に、遼華は慌てて紙の山から這い出る。
「ほれ」
「え? あ、ありがとうございます‥‥」
 やっとの思いで抜け出た遼華に、道が丁寧に整えられた紙の束を手渡した。
「これからも何かあったら遠慮なく言ってくれ」
 渡された紙の束を見つめ呆ける遼華に背を向け、道がぼそりと呟いた。
「え‥‥? ほ、本当ですか!!」
「ああ。大した力になれねぇが、まぁ使ってやってくれ」
 それだけ言い残すと道は部屋を後にする。
「あ、ありがとうございますっ!」
 閉じられる扉に向けられた言葉は、遼華の心からの感謝の言葉であった。


■参加者一覧
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
佐竹 利実(ia4177
23歳・男・志
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
尾上 葵(ib0143
22歳・男・騎
小隠峰 烏夜(ib1031
22歳・女・シ


■リプレイ本文

●屋敷
 水平線から昇る陽も顔を覗かせたばかりだというのに、屋敷の一室では実に様々な声が飛び交っていた。
「以上が我々が纏めた心津港新興案になります」
 壁に掛けられた巨大な見取り図に指し棒を当て、各務原 義視(ia4917)が部屋を一望する。
「そこまで大規模な施設の建設が可能なのか?」
 数々の港を巡った老練なる船乗りである湖鳴が、義視の示した案に疑問を投げかけた。
「湖鳴さんは熟練の船乗りだとか。であればこの図に示した港がどのような効果をもたらすかお判りかと思います」
「‥‥貿易港だな」
「その通り。幸いこの心津には、茶葉という天儀大陸にまで聞こえが及ぶ名産品があります。これを使わない手はない」
 湖鳴の言葉に、大きく頷いた義視が自信を持って明言する。
「それには、最低でもこれだけの施設が必要になってきます。もちろん、一朝一夕で建設可能なものではありません」
 そして、義視は再び会議室を一望し言葉を続けた。
「交易は富を生み、人を呼びます。飛空船が使用困難なこの土地では、海運こそがそれをもたらします」
 義視は窓から覗く朝靄かかる心津の風景に視線を移す。
「しかし、それほど大規模な物、どうやって造る?」
 その時、熱弁をふるう義視に穏が問いかけた。
「それについては、俺から」
 穏の疑問に、佐竹 利実(ia4177)が立ち上がる。
「まず重要になってくるのが作業人員の確保です。これは元海賊達を使います」
「なに‥‥?」
 利実の言葉に、穏のみならず四天王の皆が驚きと戸惑いの声を上げた。
「驚くのもわかります。しかし、海を知り、船を操るのに長けた海賊達。港造りにこれほどうってつけの人材はいません」
「‥‥」
 利実の正論の前に穏は押し黙る。
「懸念は重々承知。しかし、そこは利を持って当たります」
「利‥‥というと報酬か?」
「ええ。作業量、進捗度合いに応じて日々報酬を出し、人夫のやる気を喚起します。しかし、それも初めだけ。最初こそ利で動かしますが、行く行くは自ら率先して作業を行えるよう誘導していきます。なに、自分達が汗を流して造ったものには、存外愛着が湧くものですよ」
 そういう利実の顔には、持論への自信が見て取れる。
「加え、土豪の民からも参加を募ります。――っと、戒恩殿、土豪の氏族に知見の者はいますか?」
 そして、次々と提案を重ねる利実は戒恩に向け問う。
「うん? 土豪ねぇ」
「ええ、土豪です」
「そんなのこの心津にいたっけ?」
 はてと小首を傾げる戒恩は、遼華に視線を移す。
「伯父様が知らない人を私が知るわけ無いじゃないですか‥‥」
 しかし、返って来たものは呆れる様に嘆息する遼華の言葉。
「ふむ。という訳で、そんなのはいないと思うよ?」
「‥‥なるほど。では確執は考えなくていいですね」
 二人のやり取りに利実の懸念は払拭された。
「しかし、この土地に暮らす民は少なからずいるかと思います」
「うんうん、村は結構あるよ?」
「であれば、彼らの信任を得て損はありません」
 戒恩の答えに自身が立てた仮説と照らし合わせ、利実が続ける。
「具体的には、土地の民との利害関係を構築するのです」
「ほう」
「土地の民に仕事を与え、成功の報酬として金銭を払う。そして、民の中から優れた人材を見出し徴用するのです。そうすることで、土地の民は領主を知り関係を深めていけると、俺は思います」
「民ありきと言う訳か」
「そうです」
「ふむ‥‥」
「俺からは以上です」
 穏の呟きに満足気に頷いた利実は、話を纏め席に着いた。
「他に質問がある方はいらっしゃいますか?」
 席に着いた利実から進行を引き継いだ義視が、再び会議室を一望する。
「いないようですね。では、明日より心津港の新興計画を始めます。各自、事前に打ち合わせた役割通り動いてください」
 義視の言葉に参加者は深く頷く。そして、深く礼をした義視は会議を締めくくった。

●廊下
「なかなか様になってきてるな」
 書類を抱え自室へと戻ろうとしていた遼華の背から声がかかった。
「あ、一之瀬さん。――あっ!」
 一ノ瀬・紅竜(ia1011)の声にくるりと振り返った遼華の手から書類が零れ落ちる。
「おっと。そそっかしい所は変わってないけどな」
「うぅ‥‥すみません」
 遼華の手から零れた書類を受け止めた紅竜に、遼華は申し訳なさそうに俯いた。
「気にするな。ん? 少し顔が赤いぞ、熱でもあるのか?」
 目の前の少女の顔色に紅竜は、首を傾げ遼華に額に手を当てる。
「え‥‥? ちょっ、一之瀬さん!?」  
「あはは、それでこそ遼華だ」
 突然当てられた逞しい手に、遼華は慌てふためく。
「も、もぉ‥‥。あ、そうだ、先ほど佐竹さんが仰っていた海賊達の件って」
 にこやかに微笑む紅竜の笑顔に、頬を真っ赤に染めた遼華であったが、ふとその顔を見て疑問が蘇る。
「ああ、海賊達の中には貧しさゆえ悪事に手を染めた者も少なくないだろう」
 笑みこそ消えたが優しげに話しかける紅竜。
「え、ええ‥‥」
「はぁ、まったく‥‥。お前を責めてるんじゃない」
 紅竜はしゅんと落ち込む遼華に呆れながらも、真摯に話しかける。。
「それに、元は奴らのアジトだ。中の事は奴らが一番よく知っているだろうしな」
「それは確かに」
「そういうことだ。さて、俺の役目は人材発掘だ。お前の助けになる奴を沢山見つけてきてやるぜ」
「は、はいっ! おねがいしますっ!」
 ひらひらと手を振り去り行く紅竜を、遼華はじっと見つめたのだった。

●私室
「もしかして具合でも悪いんですかい?」
 一人部屋の奥の椅子に腰かけ窓から外を眺める戒恩に、御神村 茉織(ia5355)が話しかけた。
「うん? どうしてそんなこと思うんだい?」
 その声に顔だけを向け問い返す戒恩。
「いやなにね、似た様なじぃ様を別の場所で見たもんでね」
「おいおい、じぃ様なんて言われる歳じゃないよ?」
「おっと、これは口が滑ったか。すまねぇです」
 眉を顰める戒恩に茉織はあっけらかんと返す。
「何か気になる事でもあったら遠慮なく言ってくださいよ」
「うん? 特にないよ? 強いて言えば、遼華君の婿探しかなぁ‥‥」
 一転、真剣な表情で伺いと立てる茉織に、今度は戒恩が茶化したように答えた。
「それは本人次第ですぜ?」
「うん、それもそうだね」
 言葉短く答える茉織に、戒恩は顔を綻ばせ嬉しそうに頷く。
「‥‥」
 しかし、戒恩の言葉に無言の茉織。
「うん? まだ何か?」
「いや‥‥さて、俺はこの辺で」
「ああ、遼華君のこと、よろしく頼むよ」
 にこやかに微笑む戒恩の言葉を背に受け、茉織は私室を後にした。

「ん? 先客か」
「‥‥紅竜か」
 部屋を後にした茉織と鉢合わせたのは紅竜だった。
「浮かない顔してるな」
「そうか? ――いや、そうかもしれねぇな」
「何があった‥‥?」
「‥‥少し歩くか」
 訝しげに問いかけてくる紅竜の脇をぬって、茉織が廊下を歩み始める。
「‥‥」
 何も語らず歩み始めた茉織の後を紅竜は無言で追った。

●港
「穏くん、これはどこかな?」
 軽々と肩に大樽を担ぎ、アルティア・L・ナイン(ia1273)が指揮する穏に声をかけた。
「桟橋の方へ頼む」
「了解。っと、それにしても随分と華やかになったもんだね」
「華やかとは?」
 穏の指示に従い桟橋へと足を向けたアルティアが立止まる。
「この状況だよ。まさか、敵方だった君達が遼華くんにつくなんてね」
 そう言って、アルティアは活気溢れる港を見渡した。そこには、慣れないながらも精一杯職務をこなす四天王の面々。
「いつまでも哀愁に浸っているわけにはいかんしな」
 返す言葉にこそ哀愁が漂うのを感じつつもアルティアは静かに見つめる。

 そんな二人の脇を荷を運ぶ男の一人が通りかかった。
「おっと、大丈夫かい?」
「す、すまねぇ」
 覚束ない足取りで体勢を崩す男の体を、アルティアが咄嗟に支える。
「なに気にすることは無いよ。見た所随分と疲れがたまってるみたいだね」
「い、いや、大丈夫だ」
 疲労にまみれた体で気丈にも立ち上がろうとする男をアルティアが制した。
「無理はよくないよ。これは僕が運ぶから君は少し休むといい」
「しかし‥‥」
 落とした荷を拾うアルティアに、男が申し訳なさそうに声をかける。
「穏くん、彼を少し休ませるよ。代わりに僕が動くからさ」
 しかし、アルティアは男の言葉を無視し、穏に問いかけた。
「うむ、そうしてくれ」
「という訳だ。少し休んで。君達にはこれからも心津の為に力を貸してもらわないといけないから、こんな所で潰れられちゃ困るんだよ」
 穏の了解を得て、男に声をかけるアルティア。その言葉に厳しさと優しさを含み。
「す、すまん‥‥」
 アルティアの笑顔に男は深く礼をし、疲労滲む体を引きずり桟橋を後にした。
 
「見事だな」
 男の背を眺め、穏がぽつりと呟いた。
「うん?」
「これが人心掌握というものか?」
「あはは、そんなに大したものじゃないよ。ただ、仲良くなった方が色々と頼み事もしやすいだろ?」
 感心する穏の言葉を、アルティアは笑い飛ばす。
「そういうものか‥‥」
「そういうものだ」
 考え込む穏の肩をポンポンと叩き、アルティアはそう断言したのだった。

●仮幕舎
「お忙しい所申し訳ないのであります」
「いや、気にするな」
 幕舎の幕をくぐり現れた湖鳴を、小隠峰 烏夜(ib1031)が礼儀正しく迎えた。
「先ほど聞いた海域の事なのでありますが――」
 早速と烏夜は湖鳴に机に広げた海図を見せる。
「潮の満ち引きで変わるものでありますし、もう少し詳しく記載するべきかと思うのであります。海賊が利用していた場所だけあって、大型船でも入港できるようでありますが、やはり航路は限定されるようなので――」
 老練なる船乗りの肯定にぱぁと顔を輝かせる烏夜は、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「実際に潜って調べてみたいと思うのであります。‥‥っと、湖鳴殿?」
 静かに瞳を閉じ烏夜の言葉に耳を傾けていた湖鳴。
「うん? ああ、すまん。実に利にかなった案だな」
「そうでありますか! では早速!」
「だが」
 早速調査だと意気込む烏夜を、湖鳴が静かに止める。
「海には潮の流れというものもある。特に宝珠に頼らぬ帆船はこれに影響されやすい」
「な、なるほど‥‥」
「この霧ヶ咲島は外洋に面しておるからな。潮の流れが特に速い場所もある」
「ふむふむ‥‥」
「海図はもちろんのことだが、潜るつもりであれば気をつけろ。慣れぬ者であれば流されるぞ?」
「うっ‥‥承知したであります!」
 その皺にまみれた湖鳴の表情から機微を読み取ることは難しい。しかし、その声にはどことなしか優しさがこもっているようにも聞こえた。
「泳ぎの達者な者をワシの船から出そう。使ってやってくれ」
「おぉ! ありがたいでありますっ!」
 願ってもない助成に烏夜が歓喜の声を上げる。そして、そんな烏夜を湖鳴は頼もしげに見つめたのだった。 

●桟橋
「という訳で、よろしく頼むで」
「わかってる‥‥が、海賊がすんなりと更生なんかするか?」
 人懐っこい笑みを向ける尾上 葵(ib0143)に、道が訝しげに問いかけた。
「すんなりと更生はしないやろな」
「おいおい‥‥」
 さらりと返す葵の言葉に道は呆れる。
「せやけどな、この船直すのに船大工は必須や」
 そう言って葵の指差す先には、先の戦いで船腹に大穴を開け、港に繋留されている大型船。
「それはわかるけどよ‥‥」
「わかるなら、動く! まずは動かんとなんも変わらんで?」
「簡単に言ってくれるな」
「そらもぉ、他人事やからな」
「お前なぁ‥‥」
 はははと軽快に笑う葵に、道はますます呆れ嘆息した。
「でもな。お前さんが遼華に力を貸してくれた事を思い出してみ」
「‥‥」
「テコでも動かんかったお前さんが、動いてくれたのは人とのふれ合いやったやろ?」
「‥‥ああ、まさか騎士のおっさんに殴られるとは思わなかったけどな」
「おっさんとは失礼やな。俺はまだ20代や」
「はいはい‥‥」
「という訳で、そんな人との交流を良く知る『友』にお願いしとるわけや」
 ニッと僅かに口元を釣り上げ笑う葵。
「お前‥‥いい性格してんな」
「それはどうも。褒め言葉として受け取っておくわ」
 呆れる道の言葉を背に、葵は一路港の奥へ消えた。

●岬
 潮風に吹かれ靡く白髪を気にもせず、皇 りょう(ia1673)が人夫を相手に采配を振っていた。
「‥‥灯台、か。彼方を照らす海の道標。‥‥まるで彼女の――」
 岬の突端。丁度元海賊達のアジトの直上にあるこの場所から、彼方の水平線を望む。
「りょうさん」
「えが‥‥っ!?」
 眼前に広がる広大な海。その光景に見入っていたりょうが紡ぐ言葉を、少女の明るい声が遮った。
「えが?」
「っ!」
 振り返った先には、かくりと首を傾げる友の顔。それは先ほどまでりょうが脳裏に浮かべていた顔だった。
「こほん‥‥何でもない。で、遼華殿どうされた?」
 咳払いを一つ。赤みの指しかけた頬を潮風で無理やり冷まし、りょうが遼華に問いかける。
「‥‥? お仕事ご苦労様ですっ。向こうからりょうさんの姿が見えたもので‥‥えっと、今巡回、というのをしてまして、どんな御様子かなって」
 にこやかに微笑む遼華の顔に、りょうの表情も自然と緩む。
「そうか、遼華殿も職務御苦労であるな」
「い、いえっ! 私なんて皆さんの仕事を見ている事ぐらいしか出来なくて‥‥」
 りょうの言葉に遼華はわたわたと慌てた。
「それで良いではあろう」
「え?」
「皆、遼華殿の力になる為集まった面々だ。その笑顔が何よりの励みになる」
 そんな遼華の様子を、殊更愛おしそうにりょうが眺める
「え‥‥?」
「あ、いや、すまぬ‥‥柄にも無い事を申した」
 自身の発した言葉に申し訳なさそうに首を垂れるりょう。
「あ、いえ‥‥」
 同じく、どうしていいのか分からず視線を落とす遼華。
「‥‥」
「‥‥」
 俯く二人の間に沈黙が落ちた。

「そ、そうだ。先の会議の時にも言ったが、ここに灯台を造ろうと思っている」
 優しく頬を打つ海風。二人の間に落ちた沈黙を裂いて、りょうが言葉を発した。
「灯台、ですか?」
「この場所は岬の突端。海からもよく見える。灯台にはもってこいの場所‥‥らしい」
「らしい?」
 語尾を濁すりょうの言葉に、遼華が不思議そうに問いかける。
「う、うむ‥‥実は各務原殿の受け売りでな。私は学が無いので、どうにもこのような事には疎くて‥‥」
 照れと申し訳なさが混じる複雑な表情で説明を続けるりょうを、遼華はじっと見つめた。
「くすっ‥‥」
「な、何かおかしかっただろうか?」
 突然、聞こえた遼華の声。りょうは何事かと真剣に問いかける。
「いえ‥‥今日のりょうさんなんだかとっても普通の女の子だなって思って」
「普通の‥‥おお、女の子!?」
 遼華の言葉にりょうは慌てふためく。
「はいっ、なんだかちょっとだけ近づけた気がしますっ」
「うぬぬ‥‥い、いや、遼華殿が喜んでくれるのであれば、それでも‥‥うぬぬ‥‥」
 唸り悩むりょう。そして、そんなりょうを嬉しそうに見つめる遼華。
 多忙な職務の間にぽっかりと空いた二人だけの時間を、春の潮風が優しく包んだのだった。

●岬
「おや?」
 岬の付け根から突端を見つめていた紅竜に、葵が声をかけた。
「なんや? お譲を口説きにでも来たか?」
「なっ、何言ってやがるっ!?」
 にやにやと見つめてくる葵に、紅竜はびくっと身を縮ませる。
「ふむ、図星やったか‥‥」
 冗談で言った言葉に過剰に反応する紅竜を、まじまじと見つめる葵。
「でもな、さすがに邪魔できる雰囲気やないかもな」
「‥‥」
「ま、この件はお兄さんの胸にそっとしまっといてやるわ」
「この件って何だっ!?」
「貸し1つやで?」
 激昂し詰め寄ってくる紅竜を、葵はやれやれといなす。
「ちょっと待てぇ!!」
「おっと、あんまり大声出してると聞こえるで?」
 胸倉を掴まんかと迫った紅竜をひらりとかわし、葵は岬の突端を指さす。
 そこには、仲良く会話に華を咲かせるりょうと遼華の姿。
「‥‥くっ」
「うんうん、紅竜くんは素直やねぇ」
「お・ま・え・な‥‥っ!」 
「きゃー、遼華ちゃーん、たーすーけーてー!」
「ぐっ!」
「ほれ、男なら場を弁えるのも大事やで? もう貸し作りたないやろ?」
「うぐっ‥‥」
 押し黙る紅竜。そして、それを楽しげに見つめる葵。
 そうして二人は、時折遠くから響く和やかな笑い声にしばし聞き入ったのだった。

●幕舎
「テコと滑車を応用した荷上げ装置の設置、及び地上への搬出経路の確保の為にも、大量の木材が必要になります」
 机いっぱいに広げられたありとあらゆる図面や書類。その全てがこの港復興の設計図なのだ。
「幸い、木材の提供は山の民から得られました。他の資材もこの港にあったもので流用できます」
 義視は机の上に広げられた数々の図面と資料を次々と指し示していく。
「後は技術者の育成ですが、これは佐竹さんや一之瀬さんがうまくやってくれるでしょう」
「あ、あの‥‥」
「更に付け加えると――っと、どうしました?」
 淀みなく続く説明に割って入ったのは、遼華の申し訳なさそうな声。
「ご、ごめんなさい‥‥ちょっと、煙噴きそうです‥‥」
「あ、いや。こちらこそ申し訳ない。少し性急に過ぎましたか」
 白旗でも上げそうな遼華に、義視も申し訳なさそうに答えた。
「簡単に言うとですね。先の会議でも言った通り、交易は富を生みます」
「富‥‥ですか?」
「ええ。――そうですね、言葉では実感が湧かないかもしれませんので、数式で説明しましょう。これを見て‥‥」
 言葉をうまく理解できぬ遼華に、義視は指し棒片手にくるりと背を向け――。 
「‥‥」
「‥‥」
 固まる。それをじっと見つめる遼華。
「‥‥こほん。では、説明を始めますよ」
 と体を戻した義視は再び机に向かう。ほんのりと頬を朱に染め――。

「な、なるほど‥‥」
「お判りになりましたか?」
 義視の教えに、広げられた図面と格闘する遼華。
「お、お判りになりました‥‥たぶん」
「解らない個所があれば、遠慮なく言ってくださいね。代行殿」
「も、もぅ! 代行殿はよしてくださいってばっ!」
 しかし、遼華にとって提示された問題よりその呼び方の方が大問題であった。
「ははは、それは申し訳ない。代行殿」
「う、うぅ‥‥」
 諦めたのか頬を膨らませ机に視線を落とした遼華を、義視はにこやかに見つめたのだった。

●鍾乳洞
「港か」
「あ、茉織さん」
 巻物を抱え港の作業を真剣な眼差しで見つめていた遼華の背後から、巨大な槌を担ぐ茉織が声をかけた。
「また随分とえらい事思いついたもんだな」
「あは、ははは‥‥ちょっと突拍子なかったですかね」
 優しげに見下ろしてくる茉織の視線に、遼華は自嘲気味に笑う。
「いや、いいんじゃねぇか? こんな提案ができるなんてなぁ、領主代行も板について来たってことだろ。それに、その服。領主殿にでも貰ったか?」
 いつもの飄々とした言葉遣いで、茉織は遼華を眺めた。
「こ、これは伯父様に無理やりに‥‥」
 身に纏う衣装の裾をつまみあげる遼華。その服は決して煌びやかではないがどことなく威厳を感じさせる、そんな雰囲気を放っていた。
「はは、さすが領主殿。いいセンスしてんな」
「う、うぅ‥‥皆してからかってっ!」
 うんうんと満足気に頷く茉織に、遼華は顔を真っ赤に照れ怒り。
「皆?」
「う‥‥各務原さんにもからかわれました‥‥」
「‥‥なるほどねぇ。それってよ、からかってるんじゃねぇと思うぜ?」
「え?」
 視線を外しぼそりと呟く茉織の言葉に、遼華は素に戻り問いかける。
「遼華にそれだけの資質を見出してるんじゃねぇかな。だから、敬意を込めて呼んでるんだろ?」
「そ、そんな、敬意だなんて‥‥」
 真っ直ぐに語りかけてくる茉織に言葉に、遼華は複雑な表情で俯いた。
「ま、領主代行なんてやらされてるんだ、色々と大変だろう? 俺でよかったら何でも相談に乗るからな」
「あ‥‥はいっ! ありがとうございますっ!」
 頼りにする者の温かい言葉。その言葉に遼華は心よりの感謝を込め、深く礼をする。
「さて、俺は行くぜ。あんまりサボってると佐竹の旦那の雷が落ちるんでな。っと、その服似合ってるぜ」
「も、もぅ!」
 そんな褒め言葉に顔を真っ赤に照れる遼華に背を向け、茉織は作業へと戻っていった。

●港
「遼華殿」
「あ、りょうさん」
 少し高台となった場所から港全域を見渡す遼華に、りょうが声をかける。
「‥‥っと、随分と立派な太刀であるな」
「あは、ははは‥‥伯父様が持って行けってうるさくって‥‥」
 りょうの呼びかけに乾いた笑いで答える遼華の腰には見事な刀が下げられていた。
「なるほど、あの御仁が考えそうなことであるな」
 そんな遼華にりょうも同情の笑みをこぼす。
「『箔を付けるなら、やっぱりこれだよね』とか言って、勝手に下げさせるんですもん‥‥」
「いやいや、なかなかに似合っているぞ? どこから見ても立派な領主代行殿ではないか」
「も、もぅ! りょうさんまでっ!」
 からかい半分に遼華を褒めるりょうの胸を、遼華はどんどんと叩く。
「ははは、おっと、そうであった。つかぬ事を伺うが」
「え? はい?」
「この港の名前は考えているのであろうか?」
「え?」
「あ、いやなに。港と言えば人の集う場所。名が無くては色々と不便かと思ったのでな」
「な、なるほど‥‥」
 何気なく掛けられたりょうの言葉に、遼華はうーんと唸りを上げた。
「無ければ‥‥『三日月』という名はどうであろうか‥‥?」
「三日月‥‥ですか?」
「うむ。この港、ここから見ると似ているとは思わぬか?」
「あ‥‥確かに、お月様みたいな形に見えますね」
 りょうの指差したのは、深く陸を削る海。それは、まるで弧月の様であった。
「それと‥‥」
「それと?」
「う、うむ。実果が付き繁栄するようにとの、語呂合わせも少し‥‥」
 そう言って、りょうは見上げてくる遼華の視線から逃げる様に天を仰ぐ。
「みかづき‥‥うん、実果月! 実果月港に決定!」
「そ、そのようにあっさりと‥‥!?」
「いいんですっ! だって、私が領主代行ですもんっ!」
 提案したものがあっさりと受け入れられ戸惑うりょう。しかし、遼華はその名をいたく気に入った。
 今この名も無き港に、りょうの手によって一つの『名』という命が吹き込まれたのだった。
 
●幕舎
「お、いたいた」
 戸口の開いた幕舎の中で事務に追われる遼華を見つけたアルティアが、すっと幕舎へ踏み入る。
「ちょっといいかな?」
「え? あ、アルティアさん、どうかされました?」
 聞きなれた声に遼華は書類の束から顔を上げた。
「へぇ、随分と難しい事をしてるんだね。戦闘以外能の無い僕には到底できないよ」
「そ、そんなこと無いですよっ!」
 遼華の座る長椅子にストンと腰を落とし嘆息するアルティアを、遼華は慌てて否定する。
「ふーん、どれどれ‥‥」
 わたわたと慌てる遼華を横目で見つめながら、アルティアは机に広げられた書類に目を落とす。
「えっと、各務原さんに提出してもらった資料なんですけど‥‥」
「へぇ、さすがだね。僕にはさっぱりだ」
「私にも半分くらいさっぱりです」
「はは、お互い様か。あ、でもさ」
「はい?」
「あまり一人で抱え込まずに、もっとみんなに甘えたらどうかな?」
 アルティアは遼華に視線を合わすことなく、ゆっくりと語る。
「それは悪い事ではないし、僕達も迷惑だなんて思わないよ」
 隣で話を聞いているであろう友に向け、できるだけ優しい口調で。
「今の遼華くんが、指導者としてこの心津を盛り立てていかないといけないってのはわかるけど、だからと言って甘えてくれな方が――」

 こつん――。

「寂しい、って遼華くん?」
 その時、何の前触れもなく肩に触れた感触にアルティアが隣に視線を落とすと。
「すぅ‥‥」
 そこには瞳を閉じ静かに寝息を立てる遼華の顔。
「‥‥やれやれ、せっかく用意した台詞が台無しだよ」
 アルティアはそれ以上何も言わず、遼華が起きるまでその場を動かなかった。

●夜
 盛大に焚かれた篝火を囲み、港の建設に携わる者達が仕事終わりの一時を満喫していた。
「注目ー!」
 突然葵が大声を上げた。
 酒を酌み交わし、目の前に繰り広げられる芸に見入っていた参加者達が何事かと視線を向ける。
「さぁ、宴も盛り上がってきた所で、我が一座屈指の大道芸人『からや』によるとっておきの芸をお見せしましょうっ!」
 一座の座長よろしく場を仕切る葵の口元には、なぜか立派なお髭。
「さぁ、拍手でお迎えくださいっ!!」
 と、葵が闇を指差すと同時に点灯する松明。そして、どこからともなく流れるドラムロール。

 ゴツンっ。どたっ!

「っ! み、見えないであります‥‥」
 皆の視線が闇に集まる。松明の明かりに照らされ登場した烏夜は、何故か目隠し状態。いたる所に頭をぶつけ、何度も何度も転びながらも堂々の登場である。
「天儀仕込みの大道の芸! とくとご覧あれでありますっ!」
 しかし、烏夜はそのまま小太刀三本でジャグリングを始めた。まさに芸人魂。
「我らが『からや』が華麗に登場した所で、今日の生贄を呼び出すでっ!」
 七転八倒な烏夜の登場を満足気に見つめた葵が何やら不穏な言葉を発した。
「本日の生贄は‥‥」
 勿体つける葵の口上に、観客一同ごくりと唾を飲む。
「我らが領主代行、遼華っ!」
「え‥‥?」
 そう叫び葵が仰々しく指差した先には、きょとんと呆ける遼華。
「遼華、すまん‥‥悪く思うな‥‥」
「え‥‥? ええぇぇっ!?」
 葵の声に呼応し突如現れた紅竜が、遼華を後ろ手に羽交い絞めにしずるずると引きずっていく。
「りょ、遼華殿!?」
 そのあまりの一瞬の出来事に、遼華の隣に座していたりょうも反応が遅れた。

「えっ? えっ?」
 広場へと引き出された遼華は、いつの間に用意されていた巨大な十字架に次々と手足を結びつけられる。
「‥‥すまん遼華」
 何度も申し訳なさそうに謝りながらも作業を続ける紅竜は、時折葵の視線を感じびくっと身をすくませていた。

「皆様お待たせしました! 用意が整いましたっ!」
 遼華ががっちりと十字架に固定されたのを確認して、満を持して葵が観客達に呼びかける。
「さぁ、烏夜! やぁっておしまいっ!」
 掛け声と共に葵がどーんと手を突き出した。その先に目隠しをしてもなお、見事なジャグリングを続ける烏夜の姿。
「誠心誠意、大道の芸に生きるのでありますっ!」
 と、意味不明な熱意に燃える烏夜はジャグリングの速度を一層速め。
「ちょっとぉおぉぉおぉっ!?」
 磔にされた遼華は絶叫を上げ必死にもがくが、その縛は解ける事はない。
「代行殿‥‥貴女の死は無駄にしないっ!」
 何やら物騒な言葉を呟く烏夜の頬には、何故か一筋の涙が。
「領主代行殿の運命やいかにぃぃ!!」
 烏夜vs遼華。固唾を飲んで見つめる観客達の不安を葵が一層煽る。
「御免っ‥‥!」
 そして、烏夜の手から小太刀が放たれた――。

 さくっ‥‥。

 はらはらと中を漂った黒髪が地に落ちた。
「‥‥っ!」
 顔を強張らせ恐る恐る横を振り向く遼華。
 その眼と鼻の先には、深々と突き刺さる小太刀があった。
「あは‥‥ははは‥‥」
 最早遼華の口からは乾いた笑いしか出てこない。
「お粗末さまでありました」
 目隠しを外した烏夜は、ほっと一息。
 そして、観客へ向けぺこりと礼をすると、割れんばかりの拍手が送られたのだった。
 
「祭りだー! 宴だー! 御馳走だー! さぁ、お待たせしました!」
 尾上一座(?)の公演により、宴の盛り上がりは最高潮に達していた。
 そんな頃合いを見計らって、運ばれてくるのは大皿に山と盛られた活きのいい鰹。
「すげぇな。これ全部佐竹が釣ってきたのか?」
「ええ、久しぶりに海の男の血が騒いだもので」
 大皿を広場の中央に置き、額の汗を拭う利実に茉織が感心したように話しかける。
「さ、佐竹さんって、海の男だったんですか‥‥?」
 縛を解かれ皆の元に戻ってきた遼華が、その量に目を見張った。
「海の男でもあり山の男でもある。それが俺、佐竹 利実です」
 その自信はどこから来るのか。羨望の眼差しで見つめる遼華に利実はどーんと胸を張る。
「でも、さばいていないようですけど‥‥?」
 盛られた鰹はつい先ほどまで海を泳いでいたかのように新鮮な姿のまま。
 義視が不思議そうに問いかけると。
「それはこれからお見せしますよ」
 利実はすらりと刀を抜いた。
「お、おいおい。まさか‥‥」
 そんな利実の仕草をアルティアが頬を引きつらせ見つめる。
「‥‥佐竹 利実。参るっ!」
 気合一閃。利実は鰹の乗る大皿を蹴り上げると。

「斬っ!」

 宙を舞う鰹に向け、次々と刀を振り下ろした。
「うわ、わわわ‥‥っ!」
 広場を舞台に繰り広げられる、血(鰹)と肉(鰹)の乱舞。
 その光景に、遼華も開いた口が塞がらない。

 チンッ――。

 そして、刀が鞘へと戻る。
「ふっ‥‥またつまらぬ物を斬ってしまった‥‥」
 嘆息するように呟いた利実の足元。
 そこには、見事に切りそろえられ、大皿に盛りつけられた鰹の刺身が横たわっていた。
「あ、タタキもありますので、お楽しみに」
 度肝を抜かれた一同を前に、利実はさらりとそう告げたのだった。

●宴の終焉
 盛り上がった宴も、今はゆっくりとした時間だけが流れていた。
「港が出来たら、次は商売や! せっかくの名産品を売りにせんのは勿体ない! これから益々忙しくなるで!」
 興奮冷めやらぬ葵は、この港の明日を語り酒を煽る。
「皆、この楽しかった時間を糧に明日からもよろしく頼むでっ! 目指せ、観光立国や!!」
 そして、祭りを締めくくるように高々と拳を上げた葵の姿を、一同はにこやかに見つめたのだった。

 開拓者の知恵と力を借り、再建の始まった心津の港『実果月港』。
 心津の玄関として、そして大海へ続く扉として、心津の港はその一歩を踏み出したのだ――。