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■オープニング本文 ●此隅 サムライの国として知られる武天。その首都である『此隅の街』は、武具の製造も盛んである。 その此隅は、鍛冶屋通り。今日も鉄を打つ音がそこかしこから響いていた。 「熱っ!?」 火事場に立ち込める炎気はいつもの事。 しかし、この日の火事場は只ならぬ炎気を放っていた。 「父さん‥‥? ひぃっ!」 まるで鬼神にとり憑かれたかと思えるほどの、形相。 槌を振り下ろす刀匠の顔の皮膚はただれ、刀を持つ手は玉箸ごと炎に巻かれる。 「と、父さん!?」 そのあまりに凄惨な光景に香乃の悲鳴が上がった。 ジュゥッ!! 火事場に蒸気の霧が立ち込める。 「‥‥足らんっ!」 一瞬にして焼舟に貯められた水を喰らいつくした刀身を眺め、刀匠が叫ぶ。 「香乃! 水を持ってこいっ!!」 ただただ刀に魅入られた刀匠は、刀から発せられる熱に身を焼かれていた。 「そんなことより、父さんの体がっ!!」 「水を持ってこいっ!!」 父の体を思う娘の悲痛な叫びにも、刀匠は聞く耳を持たない。 「も、もぅっ!!」 一度言い出したら、自分が何を言おうが聞かない事をわかっている。 娘は父親の身を案じながらも、桶を手に取り井戸へと急いだ。 ●火事場 ジュゥッ!!! 再び刀身が水を喰らう。 辺りに立ち込める蒸気の霧は、全ての視界を塞いでしまうほどに濃かった。 「まだか‥‥!」 霧の奥から刀匠の憎々しげな呟きが聞こえる。 「父さん! もうやめてっ!!」 空になった桶を抱き、香乃が叫んだ。 「水だ!」 しかし、熱の霧の向こうから聞こえるのは、さらなる要求の声。 「水をも――」 ガタンっ! 「父さん!!」 火事場に響く倒音と悲鳴。 香乃は手に持った桶を放り投げ、灼熱の火事場へと飛び込み、父親を必死の思いで助けだした。 打ち手を失った火事場には、残された紅蓮に輝く刀身だけが、煌々と真っ赤な炎を上げていたのだった。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
更級 翠(ia1115)
24歳・女・サ
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●鍛冶長屋 この此隅の一角は今日も鉄の焼ける匂い、そして、甲高い金打ち音がそこ彼処から響いていた。 「はぁ‥‥馬鹿じゃないの?」 鍛冶屋街にあって、一際熱気を放つ一軒の長屋から、呆れとも怒りとも取れない声がする。 「はっきり言って、その体で二日も強行軍を続けられると思ってるの? 下手したら‥‥死ぬわよ?」 声の主は更級 翠(ia1115)。 その声は病床から起き上がり、娘に支えられながらも旅支度を整える刀匠に向けられていた。 「‥‥いらぬ世話だ。――ぐっ! 何をしているっ! 香乃、しっかりと巻け!」 「も、もぉ!」 怒鳴る男。しかし、一行の視線はその腕に注がれる。そこには真っ赤に腫れ上がった腕。そして、爛れ落ちた皮膚。 刀匠は娘にきつく包帯を巻かせた。 「‥‥こちらには刀鍛冶もいるんだし、私達に任せてくれないかしら?」 声にこそ出さないが、刀匠の火傷は相当なもの。 苦痛に歪む刀匠の顔を眺める翠の声には、呆れの色と共に、悲哀の色が浮かぶ。 「‥‥どいつだ?」 翠の言葉に、ピクリと反応した刀匠が問いかけた。 「‥‥俺だ」 瞳だけを動かし一行を見渡す刀匠の前に、一歩踏み出したのは天目 飛鳥(ia1211)だった。 「‥‥お前が鍛冶だと? ‥‥ふん、面白い。手を見せてみろ」 懐疑の表情を向ける刀匠に、飛鳥は一度頷くと手を差し出す。 「‥‥今だ修行の身だが、これでも刀鍛冶の端くれ。俺では不足だろうか?」 自分の手を眺める刀匠に向け、飛鳥が真摯に問いかけた。 「‥‥では問うが、お前は自身がここまで打ち上げた刀を他人に託す気になるか?」 視線を飛鳥の手に落としたまま、刀匠が逆に問いかける。 「‥‥いや、ならないな。すまん、聞かなかった事にしてくれ」 「わかればいい」 「ちょ、ちょっと、なに納得してるのよ!」 手を収めた飛鳥に向け、翠が怒りを露わにした。 「まぁ、落ち着けって」 そんな翠の肩にポンと手を置き、酒々井 統真(ia0893)が囁きかける。 「俺が一緒につく。心配するな、俺の朋友は治癒も使えるしな」 刀匠を想う翠を安心させようと、統真は殊更明るく話しかけた。 「‥‥はぁ、もう好きにして」 その言葉に諦めたのか、翠は呆れながら手を振り部屋を後にする。 「やれやれ‥‥っと、あんたには俺が同行させてもらう」 部屋を去る翠を見送った統真は刀匠へと向き直る。 「無理はさせねぇつもりだが、間に合わねぇとあんたが魂込めて作り上げた刀が無駄になっちまう。それなりの覚悟はしてもらうぜ?」 「‥‥元よりそのつもりだ」 「よし、いい覚悟だなっ」 刀匠の決意に満ちた視線に、統真はにかっと童の様な笑みを浮かべたのだった。 ●鍛冶場 「まさに焔、だな‥‥」 鍛冶場が火事場かと思える熱量に、久我・御言(ia8629)が声を上げた。 「‥‥あなたより熱いのではありませんか?」 同じくして、鍛冶場を前にするブローディア・F・H(ib0334)が、隣で宙に漂う相棒『フォイヤーバル』に問いかける。 『‥‥』 ブローディアの呼びかけに、一瞬目を合わせたフォイヤーバルであったが、部屋の熱気を嫌うようにブローディアの背に隠れてしまう。 「鬼火玉すら逃げだす熱気とはな」 そんな様子を苦笑交じりに滋藤 柾鷹(ia9130)が見つめていた。 「滋藤、例の物は調達できたか?」 御言が柾鷹に問いかける。 「ああ、娘御が貸してくれた」 そう言って柾鷹が指した先には、一つの大きな水瓶と数々の鍛冶道具。 「ブローディア、中に詰める砂は?」 「外に用意してありますよ」 にこりと微笑み外を指さすブローディアに、御言も満足気に頷いた。 「刀匠殿があのやる気だ。運ぶ我々も気合を入れねばな」 「そうですね。なんとかあの方の期待に答えたいです」 「うむ、命を掛けたこの一刀、見事完成させて見せよう」 三人は深く頷くと、炎気漂う鍛冶場へと足を踏み入れた。 ●長屋前 「はぁ、職人ってどうしてこうも頑固なのかしら‥‥」 出立する一行を眺めながら、翠が嘆息する。 「ごめんなさい‥‥」 そんな翠に、香乃が申し訳なさそうに謝罪した。 「あなたが悪いわけじゃないでしょ。――仕方ないわね。私もあの刀の完成は見たいし、全力を尽くさせてもらうわ」 「は、はい! よろしくお願いします」 香乃の見送りを受け、翠は足を踏み出す。 「まったく、惚れ惚れするようないい刀よね。打ち上がったら頂いてしまおうかしら」 「‥‥え?」 「あら、もちろん冗談よ?」 呆ける香乃を楽しそうに流し見、翠は皆の後を追った。 ●一日目 「――そろそろ限界ね。麗月、下に降りて」 空を舞う炎龍『麗月』の背を軽く叩き、翠が合図を送る。 「まだ1時間ほどしか飛んでいないのに、この熱さとはね‥‥」 降下を始めた朋友の背で翠が一人ごちた。 「代わろう」 地上に降りた翠の後ろから柾鷹が声をかける。 「そうね。お願いするわ」 柾鷹の提案を翠は受け入れるように、水瓶の前からすっと一歩引いた。 「こう度々詰め替えていては、なかなか前に進まんな」 「まったくね。でもこれ以上荷物を積むのは、この子達が持たないし‥‥」 そう言って翠が見つめる先には、静かに体を休める二体の龍。 「人を二人乗せているようなものだしな」 龍を気遣う翠に、柾鷹は呟きながらも新たな砂を水瓶へ詰める。 「ええ、何とか交代で運びましょう。明日になれば、後の二人に任せられるんだしね」 「だな。今日一日で、できる限り進もう」 「あれ? それは?」 水瓶に砂を満たし、真っ赤に焼ける刀身を沈めた柾鷹は、袋から分厚いの布を取り出した。 「熱対策だ。拙者の龍は炎龍では無いのでな。少しは熱を緩和させてやらねば、すぐにバテてしまう」 そう言って、水瓶を包む様にその布を巻きつけていく。 「なるほどね。でも、重くなるんじゃないの?」 「拙者の影牙はそれほどやわでは無いさ」 「すぐバテるのに?」 「‥‥さぁ、影牙行くぞ」 ぴくっと頬を引きつらせた柾鷹は、愛龍『影牙』へと向き直り、名を呼ぶ。 「‥‥大丈夫かしら」 苦笑交じりに囁く翠を他所に、柾鷹は影牙へと水瓶を乗せ、大空へと舞い上がった。 ●街道 広い街道を駆ける三頭の馬。 「おい、大丈夫か?」 「‥‥問題無い」 統真の問いかけに答えを返す刀匠は、かろうじて馬にしがみついている、という表現がぴったりだ。 『‥‥とーま、少し休ませた方が、いいよ?』 馬を駆る統真の懐にちょこんと座る朋友『ルイ』が見上げる。 「そうですね。ルイ様の言う通り、少し休ませた方がいいかもしれません」 共に馬を走らせるブローディアも、刀匠を心配そうに見つめた。 「そうだな。少し止まるぞ」 二人の意見を受け、統真が自身の駆る馬と刀匠の乗る馬の手綱を引く。 「くっ! 問題無いと言っているだろう‥‥! 先を急げっ‥‥」 しかし、そんな統真の行為に刀匠は怒りの形相で反論した。 「わりぃな。うちのルイが疲れたって言ってるんでな。少し休憩だ」 ポンポンと前に座る類の頭を叩き、統真が仕方なさそうに告げる。 『‥‥私、そんな事言ってな――もがっ』 しかし、そんな統真の言葉にむすっと反論――しかけたルイの口を統真が塞ぐ。 「という訳だ。ついでに、あんたの包帯も巻きなおさねぇといけねぇしな」 「‥‥勝手にしろ」 「おう、勝手にさせてもらうぜ」 そう言って馬を止めた統真は、ブローディアの助けで刀匠が馬を降りるのを確かめ、自身も降りようと鐙を踏みしめ――。 『――っ!! がぶっ!』 「いっってぇえぇ!!」 る寸前に、噛まれた。 「ふふ、仲の良い親子ですね」 『親子じゃねぇ(ない)!!』 そんな様子を和やかに見つめるブローディアの笑顔に、酒々井親子の声がはもったのだった。 「漂う水の精霊の子達よ。集い重なり、氷塊と成れっ! ブリザードストーム!!」 ブローディアの放った魔の力が、宙に漂う水気を氷塊へと変貌させる。 「これで少し冷やしてください」 生まれた氷を、ブローディアが休憩を取る刀匠の元に差し出した。 「‥‥余計な世話を」 「これも依頼の為ですから」 そんな素っ気ない言葉とは裏腹に、ブローディアの声には慈愛が含まれる。 「ふんっ! 貸せっ!」 「はい、しっかりと冷やしてくださいね」 差し出された氷を強引に奪い取る刀匠に、ブローディアはにこやかに微笑んだのだった。 ●二日目 「よろしく頼むわね」 「確かに受け取った。後は我々が引き継ごう」 夜通し飛び続け、疲労の色が色濃くにじむ翠に御言が答えた。 「我々は後を行く。刀は任せるぞ」 「ああ‥‥」 一方では、柾鷹の言葉に、飛鳥が頷く。 「天目。先に行くぞ」 そう言って、御言は炎龍『秋葉』に跨ると。 「秋葉! 今こそ我らの力を見せる時だ。駆けろ天空を!」 『グアッ!』 御言の掛け声に答えるように一鳴きした秋葉は、友と刀を背に乗せ紅蓮の肢体を宙に躍らせた。 「では、俺も行く。刀匠殿によろしくな」 宙へと飛び立つ御言を見送り、飛鳥が残る二人に声をかける。 「ええ、気をつけて。あの刀、かなりの難敵よ」 「‥‥心得た」 翠の忠告に一言短く答えた飛鳥は愛騎『黒耀』に跨ると、空へと昇って行った。 「やっと肩の荷が降りたわね」 「そうとも言ってられぬぞ」 こきこきと肩を鳴らし力を抜く翠に、柾鷹が声をかける。 「‥‥まだ何かあるの?」 「お出ましの様だ」 にっと口元を歪める柾鷹。二人の耳には確かな馬蹄の音が響いていた。 「追いつきましたね」 馬上からブローディアが、先行していた二人に声をかけた。 「そちらもお疲れ様」 迎える柾鷹は、馬を降りようとするブローディアに手を差し伸べる。 「ありがとうございます。でも私よりも刀匠様を」 礼を述べながらもブローディアの視線は、統真に手綱を引かれる馬上で苦しげな表情を浮かべる刀匠を向いていた。 「そうだな」 ブローディアの言葉に、柾鷹は介助の矛先を刀匠へ向ける。 「だから、無理しちゃ体に障るって言ったのに‥‥」 そんな言葉を吐きながらも、降ろされる刀匠を見つめる翠の瞳には不安の色が浮んでいた。 「とにかく一度休ませよう。このままでは目的の達成どころではなくなる」 「そうね」 柾鷹の言葉に頷いた翠は、馬から降り苦悶の表情を浮かべる刀匠の肩に手をかけると、助け起こしながら木蔭へと誘った。 「ルイ」 『うん‥‥』 木の根元に力なく座り、荒い息を上げる刀匠。 統真の言葉にこくんと頷いたルイは、そっと瞳を閉じ。 『呼ぶは、天儀の風‥‥癒すは、其の負‥‥神風恩寵‥‥!』 広げた両手に抱くは春の空気にも似た暖かな風。 「‥‥どうだ? 少しは楽になったか?」 風に包まれた刀匠の表情から、幾分苦痛の色が癒えたかに見える。 「‥‥ふんっ、余計な事を」 「そんだけ憎まれ口叩ければ、大丈夫だな」 ふんっと意地を張る刀匠に、統真はにかっと浮かべた。 『ふぅ‥‥もういい、の?』 集めた風を散らし、ルイが統真を見上げる。 「ああ、よくやったルイ」 伺うように見上げてくるルイの頭を、統真はぐしゃぐしゃと乱暴に撫でたのだった。 ●上空 パキっ――。 突如、風切り音に混じり甲高い音が御言の耳朶を打った。 「っ! 秋葉、降れ‥‥!」 その音に御言が焦りを含んだ声で秋葉に命を下す。 「久我、どうした‥‥!」 急に降下を始めた秋葉に、後を追尾していた飛鳥も追従するように急降下を始めた。 ●地上 パキンっ――。 「くっ‥‥」 「耐えられなかったか‥‥」 徐々に広がっていた水瓶の亀裂は、ついに全体を覆いその姿を瓦解させた。 地上に降りた二人の前には、さらさらと崩れる砂の山から姿を露わした、深紅の刀身。 「どうする? 予備の箱は木箱だ‥‥」 そう言って、飛鳥が黒耀の背に乗せられた予備の道具に視線を向けた。 「使うしかないだろう。後続の二人を待っている時間は無いしな」 「‥‥仕方ないな。今度は俺が行こう。黒耀の速度なら、ある程度風の冷却効果が見込める」 「そうか、では任せよう」 相手の返事も待たずに、次の作業へと移る飛鳥を、御言は頼もしげに見つめる。 「‥‥この刀身の熱量。急がないとな‥‥」 黒耀の背から道具を下ろしつつ、飛鳥はポロリとそう零したのだった。 ●三日目『湖』 「ようやく着いたな‥‥」 額に浮く汗は疲れからか、それとも刀の熱に当てられたか。飛鳥は無限に湧き出る汗を拭った。 「見事な絶景だな」 隣では翼を休める秋葉を労わりながら、御言が湖を取り巻く景色に驚嘆する。 「‥‥そういえば、そんな季節だったか」 御言の言葉にふと顔を上げた飛鳥の眼に飛び込んできた光景。 それは、麗らかな春を謳歌するように咲き乱れる、数多の桜であった。 「さて、いつまでも絶景に見惚れているわけにはいかんな。荷を解くぞ」 「ああ‥‥」 舞い散る花弁から無機質な木箱へ視線を落とした二人は、急ぎ刀の入った木箱を解いていく。 荷を解くごとに熱を増す刀は、陽炎の如き揺らめきさえ見せた。 「‥‥熱を増してないか?」 刀の放つ熱気が辺りの空気捻じ曲げる。 「熱が刀身すらも溶かしているのかもしれない‥‥」 二人の視線の先に、煮えたぎる溶岩の赫を宿す刀身。 「どうやら間に合ったか」 二人が荷を解き終えたと時を同じくして、背後より柾鷹の声が聞こえた。 「なんとか無事に運べましたね。刀も刀匠様も」 そして、ブローディアの声。 「‥‥早く、湖へ‥‥!」 翠の手を借り馬を降りる刀匠は、周りを囲む一行の事など目に入っていない。 その眼は、自身が魂魄をかけて打ち上げた、真っ赤に滾る刀に向けられていた。 「今にも倒れそうな身体で、無茶しないの」 額に汗を浮かべ、這うように刀へ向かおうとする刀匠を、翠が止める。 「そうだぜ、後は浸けるだけなんだろ? 俺達の任せとけ」 そう言って、翠に止められた刀匠を軽々と持ち上げた統真は、万の華をつける一本の桜の元へ刀匠を運ぶ。 「お、おい、こらっ‥‥!」 『‥‥暴れると、傷、にさわるよ』 暴れる刀匠を統真の横をとてとてと歩くルイが心配そうに見上げた。 「そうそう、回復もそんなに回数はできねぇんだ。自ら傷広げるようなことはしないでくれよな。――よっと」 「ぐっ‥‥」 桜木の根元に降ろされた刀匠は、呻きを上げる。 「ルイ、また頼むんだ」 『‥‥うん』 統真の声に頷いたルイは、再び癒しの風を呼び寄せる為、両手を広げ瞳を閉じた――。 「あちらは大丈夫みたいですね」 ルイからの癒しを受け、苦痛に歪む表情を和らげる刀匠を見、ブローディアが刀を囲む一行へと向き直る。 「では、こちらも仕事を続けよう。天目、頼む」 ブローディアの声に、御言は装備を整える飛鳥に声をかけた。 「あんまり近くにいると、蒸気で火傷するから気をつけて」 御言と気遣う翠の声に飛鳥はこくりと無言で頷き。 「では‥‥いくぞっ!」 重厚な皮の手袋をはめ玉箸で刀を掴かみ、ゆるりと湖へと足を浸していく。そして――。 ジュワァっ! 腰のあたりまで水につかり、飛鳥が湖の水に刀をつけた、その瞬間。 猛烈な水蒸気を上げ、刀は湖の水を飲みこんでいく。 「湖ごと沸騰しそうな勢いね‥‥」 もうもうと白煙を上げる湖を眺め、翠が呟く。 辺りを濃霧の如く包む水蒸気の熱気を、一行は遠巻きに見つめた。 ●湖 「うん、収まったか‥‥?」 どれほどの時間が経っただろう、今まで濃霧の如く立ち込めていた白煙が晴れ、美しい薄紅色の景色が蘇った。 「行ってみようか」 御言の言葉に一行は頷き、湖へと戻る。 しかし、湖を前に一行が見た光景は、今だ真っ赤に燃え盛るような刀身が赤々と湖であった場所に突き刺さる様であった。 「おいおい、これだけ飲んで、変わりなしかよ‥‥」 『すごい‥‥湖、半分になった』 その異様に、呆れる統真と驚愕するルイ。 「どうやら一筋縄ではいかないよだな‥‥湖の中心まで運ぶ必要があるか」 と、御言が指差す先には、今だ満々と水を湛える湖の中心。 「水深の深い場所か‥‥よし、影牙。行くぞ」 口元に手を当て御言の言葉を聞いていた柾鷹は、ひらりと漆黒の愛騎に跨った。 「場所を探してくる。皆は刀の回収を頼む」 そう言い残し、影牙は宙に舞い上がる。 ●上空 「‥‥この辺りか」 その面積を半分にした湖の上空を旋回する黒翼『影牙』の上で柾鷹が呟いた。 その眼下には濃い緑を湛える水。 「あそこが一番深そうだな」 一際濃い緑の部分を眺め、地上に待つ仲間達へ合図を送った。 ●湖畔 「合図ね」 上空からの合図に耐熱装備に身を固める翠が頷いた。 「くれぐれも気をつけてくださいね」 「ええ、ありがとね」 心配そうに見つめるブローディアに向け、翠は安心させるようににこりと微笑む。 「麗月、行くわよ!」 そう言うと翠は、赤く焼ける刀身を掴むと、急ぎ愛騎に跨った。 「熱いけど、少しだけ我慢してね」 舞い上がる麗月の背をそっと撫ぜる。 ●上空 「来たか」 「ここでいいの?」 上空で柾鷹に迎えられた翠の額には玉の汗が浮かぶ。 「そこだ。一際緑が深い部分」 「ええ、もう限界。いくわよっ!」 前方に漂う柾鷹の指差す先を見つめ、翠は刀を掴む玉箸を開いた――。 ――ぽちゃっ。 麗月より落とされた深紅の刀身は、赤き軌跡を描き、一直線に湖へ吸い込まれる。 ジュウゥゥッッ!! そして、再び辺りを覆う、熱の白煙。 「勢い変わらず、って奴だな‥‥」 白煙を遠巻きに見つめる御言が呟く。 辺りを蒸気に混じり、ごぽごぽと水のに立つ音が支配していた。 ●枯れた湖 「‥‥あの刀、どれほどの力を蓄えていたんだ」 目の前に広がった光景に、柾鷹が呟き息を飲んだ。 あれだけ満々と清らかな水を湛えていた湖は、すでに跡形もなく干上がっている。 そして、湖底には深々と突き刺さる刀身。 「うまくいったんでしょうか?」 「どうだろう‥‥見にいってみるか」 刀を眺め言葉を交わす、ブローディアと飛鳥。 『‥‥』 「お、おい、ルイ!」 その時、むき出しとなった刀に向け、とてとてと駆けて降りるルイを統真が追った。 『‥‥熱くない』 ぺたぺたと明滅を繰り返す刀身に触るルイが呟いた。 「焼き入れができたのか‥‥?」 統真に続き、乾いた湖を駆け下りてきた御言が刀身を眺める。 「天目。どうだろうか?」 御言が鍛冶としての心得を持つ飛鳥に声をかけた。 「問題ないとは思う‥‥が、普通の刀ではない以上、刀匠に見せてみるほかない‥‥」 しかし、帰ってきた答えは慎重なものであった。 「んじゃ、見せればいいじゃねぇか。もう持てるんだしな」 そう言って、統真がおもむろに刀を掴むと、一気に引き抜いた。 ●湖畔 「待たせたな。ご注文の刀の焼き入れ、終わったぜ」 どす黒い鋼の衣を纏いった刀身を、統真が刀匠の前に差し出した。 「おぉ‥‥」 差し出された刀を、震える手で受け取る刀匠の瞳は、新しい玩具を与えられた子供の様に、煌めいている。 「問題なく仕上がっていますか?」 手渡された刀に釘付けの刀匠に、ブローディアが声をかけた。 「‥‥ああ」 刀に魂までも魅入られたのか、刀匠はブローディアの声にも上の空。 「はぁ、もう聞こえてないみたいね」 そんな刀匠の様子に、翠は呆れる様に呟いた。 「そう言うな。依頼主が満足したのならいいではないか」 呆れる翠を柾鷹が苦笑交じりに見つめる。 「――天目とやら、槌を持てっ!」 その時、刀匠がガバッと顔を上げ、飛鳥に向け怒鳴りかける。 「‥‥了解だ」 そんな刀匠の弾む声に、飛鳥が静かだが力強く頷いたのだった。 桜舞い散る湖を丸ごと一つ飲み込んで打ち上げられた、この刀。 片刃の直刀。 刃縁には咲乱れる桜華の如き刃紋が浮き。 その刀身は真っ赤に燃え盛る焔が揺れ動くように、明滅を繰り返す。 刀の名を『赫刀【緋桜】(かくとう・ひざくら)』。 とある戦場で巨勢王がこの刀を帯び、悪鬼羅刹の如く振るう様は、敵から『炎鬼』と恐れられた、というのは少し先の話である――。 |