【振姫】氏族の象徴?
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/05 19:37



■オープニング本文

●沢繭
「頼重!!」
「‥‥なんですか?」
 屋敷の一室で、てきぱきと執務をこなす頼重の元に、振々が現れた。
「振は弓がほしいのじゃ!!」
 どーんと無い胸を張り、してやったり顔の振々。
「‥‥この書を弐音寺へ」
 しかし、頼重はそんな振々を完全無視し、執務を続けた。
「頼重!!!」
「‥‥兵達の訓練はどこまで進んで――ぐおっ!?」
 無視して執務を続ける頼重に、振々の飛び蹴りが炸裂。
「ゆみが欲しいのじゃ!!」
 蹴りをくらった頬を押さえ蹲る頼重を踏みつけ、振々が再度要求を突き付けた。
「はぁ‥‥わかりましたから、脚退けてください‥‥」
「うむ、わかればよいのじゃ!」
 反論しても無駄だとわかっているのか、頼重は深く溜息をつき、振々の脚を退けさせる。
「少し待っていてください」
「うむ?」
 小首を傾げる振々を残し、頼重は執務室を後にした。 

「はい、これでどうですか? 姫様にはこれくらいが使いやすいと思うのですが」
 と、部屋に戻ってきた頼重が差し出したのは、子供用の小柄な弓。
「‥‥」
「姫様?」
 しかし、振々はその弓を眺め、ふるふると小刻みに震えていた。
「ばかものっ!!」
 瞬間、振々の怒りが爆発する。
「そのような一般人むけにあつらえられた弓など、この振がもてるとでも思っておるのかっ!」
「そう言われても、姫様はいっぱ――ぎゃぁ!?」
 振々の剣幕に、やれやれと溜息をつく頼重の足の甲を、振々が力いっぱい踏み抜いた。
「理穴のめいけ、袖端家のそくじょが持つにふさわしい弓がいるのじゃ!!」
「‥‥これも十分いい物ですよ。子供用としては、ですけ――いてぇっ!?」
 しくしくと痛む胃を押さえながら弓の説明する頼重の指を、振々が捻り上げる。
 頼重の差し出した弓は理穴弓。
 開拓者も愛用するこの弓は、一般人である振々にとって十分すぎる代物だ。
「振をこども扱いするとは何ごとかっ!」
 しかし、振々は『子供用』という部分に酷くご立腹。
「‥‥でしたらどんな弓がいいのですか? 言っておきますけど、五人張とか言わないでくださいよ?」
「ふん、そのような量産品はいらぬのじゃ! 振は『いっすい』の弓を所望するっ! さいわい、この近くにすんでおるらしいではないかっ!」
「そ、その名前をどこで‥‥?」
 振々の話に、ヒクヒクと頬を引きつらせながら頼重は問いかけた。
「昼寝寺であそんでいた童にきいたのじゃっ!」
「だから弐音寺ですと‥‥って、また余計な話を聞いてきましたね‥‥」
「ふふん、振のじょうほうもうを甘くみてはいかんのじゃ!」
 呆れる頼重に、振々は自慢げに無い胸を張る。
「頼重、したくをせいっ!」
「‥‥はいはい、では使いの者を出させま――ぐほっ!?」
 仕方なく了承する頼重の鳩尾を、振々渾身の拳が捕えた。
「ばかものっ!!」
「げほげほっ‥‥な、何が不満なんですかっ!?」
 命令に従い用意を進めようかとした報酬が、これである。
 頼重は、理不尽な振々の行動に珍しく反論を見せた。
「振にあつらえた物つくらせるのじゃ! 振がいかないでどうするかっ!」
「は‥‥? はぁぁぁ!? あそこはケモノが出るんですよっ!?」
 振々の言動に、殊更驚いた頼重は必死に説得を試みるが。
「はよう支度をせいっ! 売り切れてはことじゃ!!」
「いやいや、売ってませんって‥‥」
 まだ見ぬ愛弓に想いを馳せる振々の耳に、頼重の嘆息が届く事はなかった。


■参加者一覧
闇凪 綴(ia0263
15歳・女・巫
喪越(ia1670
33歳・男・陰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
一心(ia8409
20歳・男・弓
ブリジット(ib0407
20歳・女・騎
エルネストワ(ib0509
29歳・女・弓
アリス・ド・華御院(ib0694
17歳・女・吟


■リプレイ本文

●街道
「どうする、俺‥‥」
 大地に四肢を着き、神妙な表情で喪越(ia1670)が地面とにらめっこ。
「‥‥いつまで符を眺めてるのよ。置いてくわよ?」
 そんな喪越に闇凪 綴(ia0263)が面倒臭そうに声をかけた。
「――いや、駄菓子菓子!」
 しかし、綴の声は喪越の耳に届かない。
 並べられた3枚の符に喪越の視線は釘付けだ。
「えっとなになに――『逃げる』『攫う』『育てる』?」
 いつまでも起き上がらぬ喪越の前にちょこんと座り、アリス・ド・華御院(ib0694)が符に書かれた文字を読み上げた。
「‥‥十年後、そう十年後! 焦るなオ――おぼぁ!?」
 その時、四肢を着く喪越の右頬に、何気なく歩いていた振々の膝が突き刺さる。
「うわ‥‥モロだよ」
 振々の一撃を貰い悶絶する喪越を綴が痛々しく見つめた。
「じゃまなのじゃ!」
 行く手を遮る喪越がお気に召さないのか、振々はげしげしと自慢の下駄で踏みつける。
「ほら振姫様、まだ先は長いんです。こんな所で体力使っていては持ちませんよ」
 苛烈な攻撃を続ける振々の手を引いていた浅井 灰音(ia7439)が苦笑交じりに宥めた。
「ふぅ、満足じゃ」
 しこたま踏み終えた振々は、実に爽やかな笑顔。
「それはよかったですね。さぁ気分も晴れた事だし、行きましょう」
「うむ!」
 満足気に汗を拭う振々の手を、灰音が再度引いた。

 一方、喪越は――。
「ふっ‥‥この痛みこそ明日への架け橋!」
 地面と熱い口づけを交わしつつ吠えていた。
「皆行ってしまいましたよ?」
 そんな喪越をアリスが枝でつんつんと突ついたのだった。

●森
 森を行く一行は、非常時に備え振々を中央に隊列を組んで進んでいた。
「振姫様はどうして弓が欲しいのですか?」
 そんな時、振々の後ろを歩いていた一心(ia8409)がおもむろに声をかける。
「あ、それわたくしも聞いてみたいわ」
 同じく後方の防備に当たっていたエルネストワ(ib0509)も、一心の問いに便乗した。
「理穴のめいけ、袖端家のそくじょが名弓のひとつも帯びずしてどうする!」
 しかし、二人の問いに振々は激昂し、返す。
「落ち着いて。皆、振姫様に弓を手に入れてもらいたくて集まったんだよ?」
 そんな振々をブリジット(ib0407)が優しく宥めた。
「う、うむ‥‥すまぬ、取り乱したのじゃ」
 ブリジットの声に落ち着いたのか、振々は二人に首を垂れ謝罪する。
「いや、自分の聴き方も悪かったですね。弓を何の為に使うのか気になったもので」
「そ、それは‥‥」
 一心の問いかけに、振々は俯き言い淀んだ。
「あ、いや‥‥話せない事であればいいんですが‥‥」
 あまりに晴れぬ振々の表情に、一心もおろおろと戸惑う。
「それ位にしておけ。あまり姫様をいじめるものではないぞ?」
 流れる気まずい空気に、バロン(ia6062)の落ち着いた声が届いた。
「子供の我儘かと思っておったが、何やら訳があるようじゃな」
 そして、バロンは振々の頭を優しく撫でつけながら皆を見渡し。
「理由はともあれ、我々の目的はこの小さな姫様に弓を手に入れていただく事じゃ。尽力いたそうではないか」
 優しく振々を見下ろすバロンの言葉に、3人は顔を見合わせこくんと頷いたのだった。

●森中
「振姫様、先日の湖の主様は元気でやっていますか?」
 森を行く一行にあって、常に振々の手を引き傍に控える灰音が、徐に問いかけた。
「うむ! 暇なときは湖であそんでやっておるのじゃ!」
「はは、それは主様も喜んでおいででしょう」
 うんうんと頷く振々を、灰音は苦笑交じりに見つめた。
「へぇ、姫様は湖の主を友に従えているんですか?」
 そんな二人の会話に、一心が興味深げに入ってくる。
「うむ! したがえておるのじゃ!」
 振々は自慢の標的を一心へ。 
「すごいですね。さすが領主様、という所ですか?」
「うむ! 振はすごいのじゃ!!」
 一心の言葉に気を良くしたのか、振々はここぞとばかりに無い胸を張った。

●森奥
「この辺りね」
 突然、エルネストワが声を上げる。
 どれほど歩いたか、一行は随分と奥まで進んでいた。
「なにが?」
「噂のケモノがよく出る所」
「っ!」
 綴の問いに答えるエルネストワの言葉に、一行の間に緊張が走る。
「そんなに身構えなくても大丈夫なんでしょ? 襲ってこないみたいだし」
「ええ、そうなのだけどね‥‥」
「うん?」
 思う所があるのか、はっきりとしないエルネストワの答えに綴が再度問いかける。
「街で聞いた噂がね」
「噂?」
「ええ、実は――」
「っと、お出でなすったようだぜ」
 街で得た情報を聞かせようと口を開いたエルネストワを、式を肩に乗せた喪越が遮った。

 がさっ。

 森の木々が揺れた。
「お、大きいですね‥‥」
 目の前に現れた異様に、アリスが焦りの声を上げる。
『‥‥』
 一行の眼前には、大樹に巻きつく白亜の肢体。
「‥‥振姫様、私の後ろに」
 ただそこにいるだけで言い知れぬ圧力をかけてくる相手を前に、灰音は振々を背に隠す。
「只者じゃないね‥‥」
 盾となるよう最前列で剣を構えるブリジットが呟いた、その時。
「皆、武器を下げて」
 エルネストがさらに前へ出て、右手で制す。
「街で得た情報ではこの蛇、一水さんがこの地に隠居した時期と時を同じくして現れたそうなのよ」
「どういう事?」
 エルネストワの言葉に戸惑うブリジットが問いかけた。
「これは推測なんだけどね。この蛇、一水さんと何かかかわりがあるかもしれない」
「え‥‥?」
「私もそう思うわ。この蛇、一水って人の朋友かもね」
 戸惑う一行にあって、綴だけがその言葉に同意を表す。
「ならば無碍に扱う事は出来んのぉ」
 二人の言葉に構えていた弓を引き、バロンが呟く。
「ええ、ここは礼を尽くし、通してもらえるよう交渉しましょう」
「よければ自分が」
 エルネストワの言葉に頷く一行から、一心が一歩前へ出た。
「できるの?」
 綴の問いかけに、一心はこくりと大きく頷くと。
「森の民として」
 短く呟く言葉には、自信と決意が垣間見えた。

「我々は一水殿にお目通りを願う者。どうか、ここを通していただきたい」
 弓を納め、両手を広げて大蛇の前に歩みだした一心が、深く礼をする。 
「命を‥‥むやみに奪いたくはありません」
『‥‥』
 礼を尽くす一心に、ぺろりと一度長い舌を見せた大蛇は、音も無く森へと消えた。
「通してもらえる、という事かな?」
 再び静寂を取り戻した場に、灰音の呟きが漏れる。
「そのようですね。今のうちに行きましょう」
 一心の声に一同は頷き、森のさらに奥へと足を進めた。

●庵
「やぁ、こんな所までよく来たね」
 庵の戸を引き、人懐っこい笑みを浮かべる一人の男が一行を迎えた。
「あなたが一水さん?」
「ああ、そうだよ。君達は?」
 綴の問いかけに、にこりと微笑む一水は逆に問いかける。
「大挙して申し訳ない。よければ、こちらの小さな姫様に弓を作ってやってもらえぬか? この姫様――」
 問いに答えたのはバロン。礼をつくし事の成り行きを説明していく。

「ふむ、なるほどねぇ‥‥」
「さぁ、姫様」
 灰音に背を押され、すっと前へ出た振々を一水は興味深げに眺めた。
「一水とやら、沢繭がりょうしゅ、袖端 振々がねがいでる! 振はそなた作のゆみを所望するっ!」
 そんな視線も意にも介さず、振々は自身満々に用件を告げる。
「ふーん、弓かぁ‥‥。あ、それはそうと、途中にケモノが出なかった?」
 振々の物言いにも一水は興味なさげに、別の話題を振った。
「居ましたね。とても大きな蛇でした」
「うんうん」
 アリスの答えに、満足気に頷く一水。
「その蛇どうしたの?」
「森の主か、はたまた一水さんの縁あるものかと思ったから、礼を尽くして通してもらったわ」
「ほう」
 エルネストワの言葉に、一水の表情は更に緩んだ。
「よし、わかった。弓を作ってもいいよ」
「え? そんなにあっさりと‥‥?」
 あまりに呆気ない快諾に、一心が呆けたように問いかける。
「うん、今日は気分がいいからね」
 そう言って、一水は作業場へと姿を消した。

●作業場
「こんなにあっさり受けてくれるとはね」
「おや? いらっしゃい」
 黙々と木に向かう一水の作業場に現れたのは綴だった。
「せっかく持って来たんだけど、無駄になったかな?」
 と、綴が差し出したのは一本の酒。
「お、貰えるのかい?」
 目の前にぶら下げられた瓢箪を、一水は嬉しそうに見つめた。
「そう? じゃ、差し入れ。弓を作り終えたら飲んでね」
「酒なんて久しぶりだね」
「そ、それはよかったわ。じゃ私はこれで。弓の方よろしくね」
「ああ、任せておきなさい」
 綴は一水に酒入りの瓢箪を手渡すと、作業場を後にする。

「お邪魔いたしますね」
 綴と入れ違いでアリスが作業場へとやってきた。
「おや、今日は賑やかだね」
 迎える一水は嫌な顔一つ見せず、アリスを歓迎する。
「お隣に座らせていただいてよろしいですか?」
「こんな汚い所でよければ」
 ささっとアリスを招く一水。
 さすが作業場というだけあって、木屑や削りカス、道具などが無秩序に散乱していた。
「ありがとうございます」
「何か御用があったのかな?」
「あ、そうです。一水さん、弓ってハープに似ていると思いませんか?」
 と、アリスが差し出したのは自身の持つ楽器。
「へ?」
「ほら、弧月型の木枠に弦が張っていて――」
「はは、面白い事を言う人だね」
 ハープと弓を交互に見つつ、その同異を説明していくアリスに、一水は殊更楽しそうに話しかけた。
「あら、そうでしょうか?」
 そんな一水の笑顔に、アリスはきょとんと小首を傾げる。
「で、そんな事言いに来た訳じゃないよね?」
「お見通しでしたか。本当は説得しようかと訪れたんですけど、もうその必要はありませんものね」
 先ほどのおどけた表情を一変させ、アリスはにこやかに微笑む。
「はは、そうかもね」
「ですので、お礼を兼ねて、わたくしの楽をお聞かせしようかと」
「ほう、それはそれは。嬉しいお礼だね」
「そう言っていただけると、こちらも嬉しいですわ。では――」
 そうして作業場には、木を削る音と共に、和やかな歌声と澄み渡る弦の音が響いたのだった。

●屋外
「見せると言ったのは姫様ですぞ?」
 庵の外、木の枝に乗せられたリンゴをめがけ振々が弓を絞る。
 振々達は、一水の作業を待つ時間を利用して、腕比べを行っていた。
「わかっておる! ヒゲは少ししずかにしておれ!」
 ぎりぎりと弓を引き絞る振々が、バロンの横槍に反論する。

 ヒュン――。

「おしいっ!」
「むむ‥‥」
 振々の放った矢は、僅かにリンゴを掠め彼方へ消える。
 むすっと顔をゆがめる振々に、後ろで見物していた灰音が語りかけた。
「もう少しですよ。でも、さすが理穴氏族の息女。筋がいいですね」
 自身も弓を扱う者として、灰音の目が振々を評価するが。
「むぅ‥‥」
 放った矢はすでに3本。
 捉えられぬ的に、そして自身の腕に振々は顔を曇らせ俯いた。
「‥‥」
 そんな振々の横では、見本となるべく弓を構えていた一心が、矢を放つ。

 ヒュン――。

「お見事」
 二度三度と手を打つのはバロン。
 一心の放った矢は見事に標的を撃ち抜いた。
「しかし、一心殿。その弓随分と使い込んでおるようじゃな」
「ふぅ――っと、さすがはバロン殿、お見通しでしたか」
 僅か指一本分だろうか、狙いをずらす一心の射撃をバロンは見逃さなかった。
「これでも弓を使う者の端くれ。そのくらいはわかるつもりじゃ」
「――依頼のついで、とは厚かましいかも知れませんが、この弓を一水殿に見ていたがけないかと思ってまして」
 しげしげと自分の愛弓を見つめ一心が呟く。
「なるほどの、どれわしもその案に乗せてもらおうかの」
「え?」
「ほれ、姫様は灰音殿に任せて、我々は我々の交渉に赴くとしようかの」
「はい!」
 共に弓を愛す者同士、バロンと一心は己が弓を携え、一水の作業場へと足を運んだ。

●作業場
「ちょっといいか?」
「うん? まだできてないよ?」
 作業場で作業を進める一水に、喪越が声をかける。
「いや、どんな事してんのか興味があってな」
「別段楽しいものでもないと思うけど?」
 喪越の相手をしながらも一水の手は作業を止めない。
「いやいや、素人目から見れば、魔法みたいだぜ」
 ただの一本の木が、敵を貫く矢となり、弓となる。それはまるで魔法の様だと、喪越は感心していた。
「で、そんな玄人な職人さんに、素人な俺から一言」
「うん?」
 突然切り出しす喪越。
「育ててみちゃどうだい?」
「?」
 短く言い放つ喪越の言葉に、一水は首を傾げる。
「名のある使い手に最高の弓を作る。それも確かにすげぇ事だと思う」
「うん」
「だけどな、未熟な者の成長に合わせて作り続ける、ってのも乙なもんじゃねぇか?」
 口調とは裏腹に、喪越は普段は見せぬ真剣な表情。
「ふむ‥‥それだとどうしようもない弓が出来上がるよ? あの子の腕だと」
「それでいいんじゃねぇか? 分不相応なもん持っても、弓に翻弄されるのがオチだぜ」
「‥‥なるほどね。さすが開拓者。目の付けどころが面白いね」
「そんな大したもんじゃねぇよ」
 自嘲気味に笑う喪越の表情は、もういつものそれ。
「よし、そうと決まれば最高の駄弓を作ってあげよう!」
「最高の駄作か、おもしれぇな」
 そんな息巻く一水を、喪越は頼もしげに見つめたのだった。

●庵
「なんじゃこれはっ! こんなものを振に使えともうすか!」
 手渡された弓を握りしめ、わなわなと震え激昂する振々。
 その弓は素人の目からしても駄作としか思えない。
「こんなものっ!」
「‥‥駄目だよ。せっかくの弓を粗末に扱っては」
 そんな弓を地面へと叩きつけようとした振々の腕をブリジットが掴み止めた。
「振姫様、名のある武器っていうのはね。名のある騎士が持っていたからこそ、その名を成さしめたんだよ」
「む‥‥」
 真っ直ぐに見つめてくるブリジットを、腕を掴まれた事も忘れ振々は見上げる。
「いい? 剣に名を与えるのは、名騎士の役目。この弓に名を与えるのは、振姫様の役目だよ」
「むむ‥‥」
 厳しくも優しく語りかけてくるブリジットに、振々は我に返ったのか、手に持つ弓に視線を落とした。
「振姫様がこの弓に恥じない名領主になった暁には、この弓も代々称えられる名弓となるんだ」
「う、うむ‥‥」
「だから、頑張って」
 そう言いきるとブリジットは、掴んでいた腕をすっと離す。
「う、うむ。一水、しつれいした。この弓、つつしんで頂くのじゃ!」
 優しく見下ろすブリジットにこくんと頷くと、振々は一水に向き直り礼を述べる。
「うん、頑張るんだよ姫様」
 大切そうに弓を抱く振々に、一水は満足気に微笑んだ。
「さて、目的の弓も手に入った事じゃし、早速修業の続きじゃな?」
 そんな様子を微笑ましく見つめていたバロンが、声を弾ませる。
「う‥‥おて柔らかにたのむのじゃ‥‥」
 皆の笑顔の中心で、振々は手に入れた弓を愛おしそうに眺めたのだった。