|
■オープニング本文 ●高嶺家屋敷 「ふむ、さすれば西方の賊は捨ておいても問題ないだろう」 「ですね、それよりも南方の海賊とやらが気になります‥‥」 屋敷の一室。大きな円卓を囲み、男達の議論の声が飛び交っていた。 「あ、あの‥‥」 そんな熱のこもる会議室に、場違いな少女の声が響く。 「これは領主代行、どうされましたかな」 「あ、いえ、お話中ごめんなさい。お茶をお持ちしました」 そう言うと所在なく佇む少女は、遠慮がちに盆に載せた湯呑みを卓へ並べていった。 「‥‥ふん、それで機嫌でもとるつもりなのかよ」 そんな様子を腕を組みじっと見つめていた界が、ぼそりと呟く。 「そんなこと‥‥」 「お茶くみなどしている暇があるのでしたら、貴方も案の一つも提示されてはどうですか?」 界の言葉に俯く遼華に、悦が更に言葉を投げる。 「けっ! ま、全くだぜ!」 淡々と言葉を投げる悦に同意し、界はふんと顔を背けた。 「界、悦、仮にも領主代行の前だぞ――」 「いえ、悪いのは私なんです‥‥皆さんに何もかもお任せしてしまっているのは事実なんですから。ほんとに、無力な領主代行でごめん なさい‥‥」 二人の無礼な態度に立ち上がった穏を、遼華は制し、悲しみを押し殺し懸命に笑みを作る。 「う‥‥」 場に静寂が訪れる。 痛々しく微笑む遼華の表情に、一同はかける言葉も見つからず、ただ黙り込んだ。 「‥‥一時中断といこう。このままでは纏まる話も纏まらん」 静寂を切り、湖鳴が椅子から立ち上がる。 「各々、少し冷静になれ」 そう言って、湖鳴は会議室を後にした。 ●廊下 議論は一時中断された。 廊下に出た湖鳴に遼華が走り寄る。 「えっと‥‥湖鳴さん、ありがとうございます」 「なに、皆、感情的になっているだけだ。少し時間をおけば冷静になろう」 ぺこりと頭を下げる遼華に、湖鳴は静かに呟き、天井を見上げた。 「あの若者が生きていれば、また違った結果になっていたのかも知らぬな‥‥」 「あ‥‥」 湖鳴の見つめる先にある人物に、遼華も思いを巡らせる。 あの日、海に散った追い人を――。 結局なんであったのか、あの逃亡劇は、と――。 ●数日前 ぎぎぃ――。 重厚な座敷牢の扉が開かれる。 「どういうことだ?」 座敷牢の中央に胡坐をかき、キッと見上げる穏が声を上げた。 「あれ? 理由はさっき話したけど?」 束ねられた鍵をくるくると回し、穏の問いに戒恩が飄々と答える。 「納得がいかん‥‥と、駄々をこねられる身分ではないか」 「そうそう。なにせ君達は囚人なのだしね」 のそりと立ち上がる穏を、戒恩は嬉しそうに見つめた。 「囚人か‥‥いいだろう、その話、乗らせていただこう」 「うんうん、素直な人は大好きだよ」 立ち上がった穏を、戒恩が満足気に見つめる。 「‥‥穏が行くのなら、私に拒否する理由はないですね」 「それはそれは、話が早くて助かるよ」 二人の会話に耳を傾けていたもう一人の牢の住人・悦が声を上げた。 「ただし条件があります」 「なんだい?」 「私は心津に従うのであって、あのお嬢さんに従うのではない事。それを了承していただきたく思います」 「ふむ‥‥あの子じゃ駄目かな?」 「‥‥駄目、というのは少し違うのかもしれません。正直にいいますと、戸惑っているのです」 「戸惑う?」 「ええ、我々はあのお嬢さんからしてみれば、憎き敵。そんな者達がいきなり下について、信用などできるものかと」 「そんなに気にする事かな? 信頼なんて後から付いてくるものだよ。いきなり信用しろなんて虫がよすぎるよ?」 「‥‥それはそうですが」 「なんにせよ、君達の行動次第って奴さ」 「‥‥わかりました。不才な身なれど、国作りに尽力いたしましょう」 「うんうん、よろしくね」 立ち上がった二人目を戒恩は、頼もしく見つめた。 ●別の座敷牢 「話はわかったがよ‥‥あの女、俺を許すのか‥‥?」 「なんだ、そんな事を心配してるの?」 牢の扉越しに、ぶすっと不機嫌そうに見上げる界に、戒恩は小首を傾げ問いかける。 「あ、当たり前だろ!」 「ははは」 「わ、笑うな!」 子供の我儘かとばかりに朗らかに笑う戒恩に、界は頬を赤らめ抗議した。 「あ、いや、ごめんごめん。大丈夫だと思うよ。あの子、器が大きいし」 「そ、そうなのか?」 笑みを浮かべたまま続ける戒恩の言葉に、界は真剣な眼差しで問いかける。 「うん、多分ね」 「多分って‥‥」 「さて、君はどうする?」 苦笑いを浮かべる界から視線を移した戒恩は、部屋のもう一人の住人・道に声をかけた。 「俺はいかねぇ!」 「ふむ、そうか‥‥」 かちりっ。 「お、おい! 俺はいかねぇっていったるだろ!」 「いいよ、無理に来なくてもね。ただ、君はもう自由だ。いつでも好きな時に出ていくといいよ」 柔和な笑みを浮かべ牢に背を向ける戒恩。 「さて、俺は行くぜ」 「お、おい、界!」 隣で立ち上がった仲間に、道は慌てて声をかけるが。 「こんなとこで腐るのはまっぴらごめんなんでね。それに、もうあのこわーい兄さんはいないしな」 と扉に向かい歩みだした界の表情は、何処となしか晴れやかであった。 「くっ‥‥俺は、俺はいかねぇからなっ!!!」 扉をくぐる界の背に言葉を吐きかけ、道はくるりと背を向けたのだった。 ●屋敷 「――では、海賊どもの討伐という事でいいな?」 「おう、ぶっ潰してやるぜ!」 「問題ないだろう」 1時間ほどの休憩を挟み、再び開かれた議会。 「目標はそれでよいかと思うのですが‥‥」 「悦、どうかしたか?」 うーんと唸る悦に穏が声をかける。 「我ら4人で行くのですか? それともこの心津には海戦戦力でもあるのでしょうか?」 「賊がそこらじゅうに闊歩してるのに、あるわきゃねぇよな」 「うっ‥‥ごめんなさい」 「べ、別にお前を責めてるわけじゃねぇよ!」 しゅんと項垂れる遼華に、界は慌てて弁解する。 「湖鳴殿」 「‥‥無いな。ワシの船の乗り手達では戦力にはならん」 穏の呼びかけに、湖鳴は首を横に振る。 「ふむ‥‥さすがに心許ないか」 「相手の人数はわかっていても、どれほどの戦力を有しているかがわかりませんからね」 「‥‥やはり彼らの力を借りるよりほかはないか」 「うっ‥‥まさか開拓者か?」 ばつが悪そうに界は頬を引きつらせ、穏に問いかける。 今まで敵対していた相手に助力を請うというのが、引っかかるようだ。 「この領内に他に戦力となる者がいない以上、他におるまい」 「そ、そうだけどよぉ‥‥」 「領主代行殿、よろしいかな?」 ぶつぶつと小言を垂れる界から視線を移し、穏は遼華に問いかけた。 「は、え?」 突然話を振られた遼華は、きょとんと気のない返事を返す。 「此度の海賊討伐に、我々の力だけでは心許ない。よって、ギルドの力を借りようかと思う。どうかな?」 「あ、はい! 問題ないと思います! よろしくお願いします!」 穏の提案に遼華は顔を輝かせ頷いた。 また彼らに会えると、嬉しさを心に抱いて――。 |
■参加者一覧
真田空也(ia0777)
18歳・男・泰
一ノ瀬・紅竜(ia1011)
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
佐竹 利実(ia4177)
23歳・男・志
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ
尾上 葵(ib0143)
22歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●心津領主屋敷 屋敷の一室。中央に円卓を抱き、日々心津に為の激論が交わされるこの部屋は、今はただ静かに日溜まりの中にあった。 「へぇ、前に来た時は気付かなかったけど、こんな場所あったのね」 扉をくぐり部屋に踏み入るなり、ミル ユーリア(ia1088)が感嘆の声を上げる。 「これはこれは、皆よく来たね」 窓際で一人ぼーっと外の景色を眺めていた男が、踏み入った一行を笑顔で迎えた。 「戒恩殿、ご無沙汰しておりました」 「やぁ、お嬢さん。また来てくれたのかい、今回もよろしく頼むよ」 武家らしく礼節を持って接する皇 りょう(ia1673)に、戒恩は嬉しそうに声をかける。 「お、お嬢さんはよしてくだされ、戒恩殿‥‥」 戒恩の発した言葉の一節に、我が事かと照れ戸惑うりょう。 「くくっ。じーさんにかかれば、りょうもお嬢さんか」 そんな会話を真田空也(ia0777)が必死で笑いを堪えながら聞いていた。 「あれ? 何かおかしかったかな?」 「いやいや、あんた面白れぇな」 「うん?」 首を傾げる戒恩に、空也は息を整え話を続ける。 「俺は真田。あいつとは‥‥うん、なんだ、昔のよしみだ。今回は力にならせてもらうぜ」 「ふーん‥‥あ、いや、あの子の知己なら心強い。よろしく頼むよ」 どこか歯切れの悪い空也の挨拶に、戒恩は興味深げに空也の顔を覗き込み、差し出された手を取った。 「俺もまた厄介になるぜ」 次いで空也の後ろから一ノ瀬・紅竜(ia1011)が声を上げる。 「やぁ、君も来てくれたんだね。――うーん」 「ん?」 「いや何ね。うちの領主代行殿はいい友を持った、と思ってね」 うんうんと頷く戒恩の表情は、実に晴れやかだ。 「友と呼んでくれる者の為なら、俺はどこにだって駆けつけるさ」 「そうか、頼もしいね。よろしく頼んだよ」 そう言って差し出された戒恩の手を、紅竜は力強く握り返した。 「ねぇ、ミル。僕達も紹介してもらえないかな?」 そんな様子を楽しげに見つめていたミルの肩を、ツンツンと叩く者がいた。此度、はじめてこの地を踏んだ天河 ふしぎ(ia1037)だ。 「あ、そうね。ねぇ、カイオン」 「なにかな?」 「こっちの三人も紹介しとくね。えっと――」 くるりと後ろに控える3人へ視線を移したミルは、人差し指を唇に当て、誰にしようかなと吟味中。 「この美少女がフシギちゃん」 「ふしぎちゃんって言うなぁ! それに僕は男だぁ!!」 ビッと自分を指さしたミルに、ふしぎは即反論。 「よろしく、ふしぎちゃん」 しかし、その美貌に感心したように頷く戒恩は、にこやかな笑顔でふしぎに挨拶する。 「で、こっちがアオイ」 「えぇ!? 僕の紹介それで終わりっ!?」 うんうんと自分の紹介に満足気に頷いたミルが、続いて指差したのは尾上 葵(ib0143)だった。 『‥‥』 そっとふしぎの肩に手を添えたのは、困惑顔のりょうと笑いを噛み殺す空也。 「うぅ‥‥お約束すぎて涙が出てくるよ‥‥」 「あはは。っと、初めまして、やね。俺は尾上。遼華といったかな、あのお嬢さんには甥っ子がお世話になとってね」 瞳に涙を浮かべるふしぎを苦笑交じりに眺めていた葵は、すっと一歩前へ踏み出し、自己紹介を始めた。 「ほぉ、こちらも遼華の知己なんだね」 「いや、俺は直接会った事はないが、話は甥から聞いとる」 「ほう、今日は甥っ子さんの代理かい?」 「まぁ、そんな所やね。後は、純粋に依頼主の健気さに惹かれてね」 「それはそれは」 葵の語る言葉に、戒恩は嬉しそうに耳を傾ける。 「いいかな? で、最後がジンクロー」 「ん? 俺か?」 次いでミルに指差された守紗 刄久郎(ia9521)は、自分を指さし首を傾げる。 「君が最後かな?」 「もう一人いるみたいだけどなー。ま、とりあえず、俺、守紗 刄久郎。よろしくー」 「はは、これまた面白い人だね。よろしく頼むよ」 ヨッと片手を上げ軽く挨拶する刄久郎に、戒恩は笑顔で答えたのだった。 ●執務室 簡素な造りの机に向かう遼華は、一人の男の言葉に耳を傾けていた。 「えっと‥‥『自由と権利』の裏には『義務と責任』があり、『義務と責任』を伴わない『自由と権利』は『我が儘』に過ぎない‥‥でしたっけ?」 「‥‥そうですね。まずまずの答えです」 淀みなく答えを返す遼華に、教鞭を振るう佐竹 利実(ia4177)は若干頬を引きつらせる。 「‥‥佐竹殿、そ、その話、詳しく解説してくださらぬか?」 遼華の隣に座り共に話に耳を傾けていたりょうが、利実にそっと囁きかけた。 「こほんっ。では次です――」 「さ、佐竹殿、解説をっ!?」 精一杯手を突き上げ追いすがるりょうを無視し、利実は再び黒板を教鞭で指す。 「‥‥ちゃんと、領主やってんじゃねぇか」 そんな遼華達を眺めていた紅竜が、ぼそりと呟いた。 「すごいね。僕と同い年くらいなのに‥‥」 そんな呟きに、ふしぎが感嘆を漏らす。 「あれくらいの歳の子は飲み込みが早いからな。とはいえ、2ヶ月ほどでここまでとは、恐れ入るわ」 遼華の答えを感心して聞き入っていた葵も、その姿を頼もしげに見つめた。 一方、部屋の片隅では――。 「‥‥ねぇ、クーヤ」 「‥‥なんだ、ミル」 「‥‥天儀の言葉ってムズカシイネ」 「‥‥天儀の言葉ってムズカシィナ」 魂を抜かれた二人が、力なく壁に寄り縋っていた。 「まだまだ甘いです!」 『は、はいっ!』 ビシッと教鞭を突き付ける利実に、遼華はピンと背を張る。釣られて、りょうも背を張る。 「武力の無い人間は聡くなければなりません。貴女は一般人です。そこのりょうさんのような力はありません」 と、利実は遼華の横に座るりょうに視線を移す。 「は、はい‥‥」 「りょ、遼華殿‥‥」 傍にいるだけで感じ取れる開拓者との差。 おろおろと遼華を見つめるりょう。遼華はその瞳にすら視線を合わすことができず、しゅんと肩を落とした。 「いいですね、それを示せる場には必ず出席してください。こんな小部屋で為政を振るう者の言葉など、誰も聞きはしません!」 「は、はい‥‥ごめんなさい‥‥」 力強く熱弁をふるう利実の迫力に押され、遼華は思わず謝った。 「それです! その『ごめんなさい』!」 そんな遼華に利実は再び教鞭を突き付ける。 「は、はいっ! ごめんなさいっ!」 「禁止です! その『ごめんなさい』は禁止!」 「えぇっ!?」 「いいですか? 執政者たる者は、他者の見本です。気安く謝罪の言葉を口にしてはいけない!」 ぎぃ――。 白熱した講義の会場となった部屋の扉が突然開かれる。 「失礼するよ。どうだい? うちの領主代行殿は」 「あ、伯父様」 部屋に現れたのは戒恩であった。 「よく勉強されているようですね」 「そうだろうそうだろう。なかなか飲み込みの早い子で、こっちも助かってるよ」 利実のさり気ない讃辞に、戒恩は顔を綻ばせ我が事のように喜ぶ。 「とにかく、書を読んで得た知識だけでは駄目です。その知識をどう生かし、どう使うかを考えるのも領主の務め、だと俺は思います」 「はい」 「精進していい執政者になってください」 「はいっ! ありがとうございましたっ!」 そう言って静かに教鞭を置く利実に、遼華は深々と礼をしたのだった。 「おっと、お勉強は終了か? んじゃ、俺からも一つ」 利実の講義を静かに聞き入っていた刄久郎が、すっと目を開け遼華に話しかける。 「はい?」 「佐竹せんせーみたいに、大したことは言えないけど‥‥沈んだ顔はだーめ」 「え?」 刄久郎の言葉に、遼華はきょとんと呆け顔。 「沈んだ顔で接すると、相手も沈んだ顔になる。んでも、笑顔で接すれば相手も笑顔になってくれる――かもな」 と、遼華に語りかける刄久郎の表情には、人懐っこい笑みが浮かんでいた。 コンコンっ。 と、その時。部屋の戸を叩く音が響く。 「――入んぞ」 部屋の主の返事も待たずに、扉が開かれた。 「うおっ!?」 現れた界は、さして広くもない部屋に在る一行達の姿に目を丸くする。 「あ、界さん。どうしました?」 向けられる一行の視線に、じりじりと後ずさる界に、遼華は何の気なしに声をかけた。 「か、会議が始まるから呼んで来いって‥‥そ、それだけだ!」 と、それだけを言い残すと界は一目散に部屋を後にする。 「あ、はいっ! ありが――あ、あれ‥‥? いない」 「はは、見知った顔がいたのに驚いたんだろう」 顔を上げた遼華は、礼を述べた相手の姿が見えず、きょろきょろと辺りを伺う。 そんな遼華の肩をポンと叩き、紅竜は苦笑い。 「今のは‥‥まさか、田丸麿四天王の、界殿‥‥か?」 見覚えのあった人影に、りょうは茫然と問いかけた。 「はい、皆さんご協力してくださるって」 困惑顔のりょうに遼華は嬉しそうに答える。 「そ、そうか‥‥縄を解かれたのだな‥‥ふむ」 「なんだ? 煮え切らない顔してるな?」 そんなりょうに葵が声をかけた。 「あ、いや、何でもない。彼らの腕は我が身を持って理解している。味方とあれば、心強い限りだ」 「ふむ‥‥ま、ええけどな」 りょうの態度に何かを察したのか、葵はそれ以上問い詰める事はなかった。 一方、部屋の片隅では――。 「‥‥ねぇ、クーヤ」 「‥‥なんだ、ミル」 『‥‥にやり』 壁に寄り掛かった二人が、不敵に微笑んだのだった。 ●廊下 「遼華!」 「え?」 会議室へ向かう遼華を呼び止める声があった。 「えっと、ちゃんと挨拶してなかったね」 振り向いた遼華の前に立っていたのは、ふしぎだった。 「初めまして、僕は天河 ふしぎ。今回はよろしくねっ!」 「はいっ! お願いしますねっ」 にこりと微笑みかけてくるふしぎに、遼華もつられて笑顔になる。 「なんだろう。義の無い海賊に鉄槌を! って来てみたけど、もうそんな事はいいや」 「え?」 「君の力になるよ。この地に新たな旗をはためかす為にねっ!」 そういうと、自信に満ちた笑みで手を差し出すふしぎ。 「ありがとうございますっ! 私、ミルくらいしか同年代の女友達いなくて、ちょっと寂しかったんですっ」 差し出されたふしぎの手を取り、遼華は嬉しそうにぶんぶんと振った。 「うんうん‥‥うん?」 「うん?」 何か引っかかったのか、小首を捻るふしぎに、遼華も釣られて小首を捻る。 「えっと、女友達‥‥?」 「え、ええ‥‥」 「‥‥」 「あ、あの‥‥ふしぎ‥‥ちゃん?」 「僕は‥‥」 「え?」 「僕は男だぁぁ!!」 「ええぇぇ!?」 と、二人の絶叫が廊下に木霊したとさ――。 ●会議 「――以上がこの件の概要になる」 穏の声が部屋に響く。 円卓を囲むのは13人。 遼華、道を除く四天王、湖鳴、開拓者の面々であった。 「なるほど‥‥やっぱり、陸まで進出してるっていう所が気になるね」 穏の説明が終わり部屋に落ちた沈黙の中、ふしぎは声をあげる。 「ああ、近くの村から被害の報告が入っている」 「なるほど‥‥そうだ、湖鳴さん。海賊のアジトの付近って、船を着けれるような場所なんてあるんですか?」 「いや、あの辺りは暗礁と断崖ばかりで、到底船は近付けんな」 「となると‥‥やっぱり抜け道か」 二人からもたらされた情報に、ふしぎはじっと黙して思案に暮れる。 「――えっと、その被害のあった村の位置関係から、海賊達のアジトにつながる抜け道みたいなのを割り出せないかな?」 「ふむ、なるほど‥‥」 「確かに、襲撃場所位置関係や退却経路を推測すれば、おおよその場所は見当がつきますね」 ふしぎの提案を利実が後押しした。 「さすれば、海からだけでなく陸からも攻めるべきか」 「戦力を分けるのは、あまり上策ではないかもしれないけど、逃げられたら元も子もないからねっ!」 「では、二班に分け挟撃という形で、各々よろしいかな」 一行を見回す穏に、皆はこくりと一度深く頷いたのだった。 ●廊下 「ふぅ‥‥」 「溜息なんかついてどうした?」 とぼとぼと廊下を進む空也に、心配そうに葵が声をかけた。 「ん? なんだ、葵か」 「おっと、葵さんで残念やったな」 「ちがっ! そういう意味じゃねぇよ!」 にやにやと微笑みかけてくる葵に、空也は真っ赤になって反論する。 「どうせ、自分の無力さにでも打ちひしがれとるんやろ」 「‥‥」 「おっと、図星か?」 「‥‥うっせぇ」 葵の言葉にぷいっとそっぽを向く空也。 「ははは、俺達は教師でも指南役でもない。友として同じ目の高さで接してやればええ」 そんな空也を葵は笑い飛ばしながらも言葉を続ける。 「同じ目の高さか‥‥」 「ああ、そうや」 「‥‥そうだな」 「うん、頑張れよ若人! ライバルは多いぞ?」 「なっ!?」 「あははっ」 焦る空也の肩をバンバンと叩いた葵は、空也を追い越し、そのままある場所へ向かった。 ●牢 「近寄んじゃねぇ!」 「おっと、怖い怖い」 開け放たれた牢に今だ居座り続ける道の前に、葵がとすんと腰を下ろした。 「どうだい一勝負」 「はぁ? なんでそんなことしなきゃ何ねぇんだよ!」 「‥‥大義名分がほしいんやろ?」 激昂し、ふんとそっぽを向く道に、葵は静かに話しかける。 「‥‥」 「行くぞ! 反撃しないとどうなっても知らんで?」 そう言うと葵はすっと腰を上げ、拳を道に向けた。 「あ、葵さん、道さん、その顔はっ!?」 牢部屋から出てきた二人を遼華が目撃し、その激戦の後に驚き、問いかける。 「ん? 男の友情ってやつや」 しかし、葵はからからと笑うだけだ。 「けっ!」 一方の道は、悪態をつき顔を背ける。 「という訳で、味方一人確保やで」 「え?」 「なぁ、強敵さんよ」 おろおろと戸惑う遼華に、葵はにこりと微笑みかけると、道へ問いかけた。 「好きにしろっ!」 「え? あ、え?」 「よし、行こうか強敵!」 「うおっ!? 肩組むな! 暑苦しい!!」 あははと笑いながら肩を組む二人を、遼華は呆然と見送ったのだった。 ●廊下 「穏殿」 「なにか?」 会議が終わり廊下を進む穏と悦に、りょうが声をかけた。 「作戦前に呼びとめてすまない」 「構わぬ」 「‥‥遼華殿の為、そして心津の為、立ってくれたことに感謝する」 足を止めた二人へりょうは深々と頭を下げる。 「‥‥問題ない。我々とて一応の恩がある身だ。尽力させてもらう」 「それを聞いて安心した。どうかよろしく頼む」 穏の言葉にりょうは幾分表情を明るくするが――。 「‥‥まだ何か?」 しかし、一行に立ち去らぬりょうに、悦が怪訝そうに声をかける。 「‥‥田丸麿殿の事だが」 「‥‥」 りょうが発した人物の名に、悦の表情が曇る。 「一介の武人として、正々堂々と勝負がしたかった」 しかし、りょうは二人の瞳をじっと見据え、淀みなく語る。 「私が言いたかったのはそれだけだ。では、支度があるので、御免!」 それだけを言い残し、りょうは二人に背を向ける。 「‥‥彼女でよかったのかもしれんな」 と、穏がりょうの背に向けぼそりと呟いた。 「‥‥ふぅ」 廊下を曲がったりょうは立ち止り、深く息を吸う。 「こんなことで心揺れるとは‥‥人斬りの業を背負うと誓ったではないか‥‥」 りょうは、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。 「こんなことではいかんな。また師匠に笑われてしまう‥‥」 汗にべっとりと濡れた手の平をギュッと握りしめ、小さく自嘲の笑みを浮かべたのだった。 ●桔梗丸 今日は珍しく霧が晴れていた。 しかし、いつ雨が落ちても不思議ではない程に、雲は不気味に鈍色を放つ。 そんな空の元、海を進む桔梗丸は、開拓者達と共にその騎龍を乗せ、一路海賊達のアジトとされる岬へと向かっていた。 「うーん、ぎすぎす」 ミルがぼそりと呟いた。 その瞳の先には、甲板で微妙な距離を保つ開拓者の四天王。 「‥‥仕方なかろう。ついこの間まで刀を交えた間柄だ」 ミルの呟きに返したのは、共に甲板の様子を伺っていた穏であった。 「うーん、そういうもんかなぁ‥‥あたしは全然気にしてないんだけどな」 「そう言ってもらえると我々も多少はやりやすい」 「余計なこと考えて失敗してちゃ、目も当てられないしね」 「全くだな」 「でしょ? だーから、頼りにしてるよっ。ヨロシクね、おっちゃん!」 「お、おっちゃ‥‥?」 ミルが突き出してくる拳に、戸惑い気味に自身の拳を合わせる穏の頬はヒクヒクと引きつる。 「あ、でも、リョウカを泣かせたらぶっ飛ばすよ?」 「‥‥う、うむ。肝に銘じておこう」 「うん。ま、ぶっ飛ばすのは冗談だけど、力になってあげて欲しいの」 「‥‥」 今までの飄々とした表情から一変、ミルの表情は真剣なものとなる。 「おっちゃんから見たらまだまだだろうけど、リョウカも一生懸命勉強してるみたいだし、長い目で見て上げて欲しいな」 「うむ」 「あと、教えられる事があったら、どんどん教えて上げて。ほんとはあたしが教えて上げたい事もたくさんあるけど、ずっと傍にいられるわけじゃないしね」 自分の想いを静かに聞いてくれる穏に、ミルは彼方の海を眺め続ける。 「――リョウカをお願いね」 そして、そう小さく囁いたミルの声には、友を想う優しさともほんの少しのどかしさが滲んでいた。 「まさかお前達と共闘することになるとはな」 「それはこっちの台詞だっ」 船縁に座る界に、紅竜が話しかけた。 「腕は鈍ってないだろうな?」 「はぁ!? 人を見て物を言えよっ!」 紅竜の一言に、尽く苛立ちで返す界。 「いや、すまんすまん。お前達の腕は、実際に戦ったこの身がよくわかってる。頼りにしてるぞ」 界の反応に苦笑いを交えながらも紅竜は、すっと手を差し出した。 「え‥‥? あ、いや、その‥‥よろしく」 差し出された紅竜の手を、界はおろおろと慌てながらも、しっかりと掴んだ。 ●岬上空 曇天の中に、一点の影。 「――なるほど、岬の奥は林になっておるのか」 愛龍『蒼月』に跨るりょうが、眼下に広がる光景に目を凝らしていた。 「となると、海賊達が陸へ出る襲撃路は、あの中のどこかか――」 りょうが目を付けたのは、岬と陸を繋ぐ境界線に茂る林。 「蒼月、一旦降りるぞ! 気づかれぬよう、そっとな」 標的を絞り、りょうが相棒の背を軽く叩く。 『グゥゥ』 その声に答えるように、蒼月は一度低く唸ると高度を下げた。 「被害を受けた村人達の願い、必ずや聞き届ける――」 急降下する浮遊感に捕らわれながら、そう呟いたりょうはギリッと唇を噛む。 事前の調査で訪れた村々の惨状を思い出しながら――。 ●岬林 「結構深い林だね‥‥」 暗い林に刻まれた獣道を、慎重に進むふしぎはふと後方を振り返る。 『‥‥』 ふしぎの視線の先、そこには影のように付き従う漆黒の人型が、きょろきょろと辺りを伺っていた。 「花鳥風月、何かいた?」 『‥‥』 「そっか。よし、もう少し奥までいくよっ!」 怪しく光る相棒の瞳からその意志を感じ取ると、ふしぎは再び林奥へ向き直る。 ●村 「なるほど、こう来て、こうですか‥‥」 外れの丘から、襲撃を受けた村を見下ろし、利実が枝で地面に何やら書き記す。 『なるほど、こう来て、こうですか‥‥』 その傍らで、地面から頭を覗かせる土筆をじーと見つめる赤い巨躯。 「‥‥真似しないでくれますか?」 『‥‥真似しないでくれろ』 相棒『山鳴土偶遮光』の言葉に、利実の頬がヒクヒクと引きつる。 「‥‥はぁ。遊んでないで行きますよ。次は北の村です」 一息つき心落ち着かせた利実は、土筆に釘付けの相棒の手を引く――。 スポンっ。 「うおっ!?」 と、共に抜ける腕。 『仕様だ。気にするなかれ』 しかし、腕を抜かれた相棒は、全く気にする様子もなく土筆に釘付けだ。 「‥‥置いていきますよ」 ガンと抜けた腕を地面に叩きつけ、利実は次の村へと足を向ける。 『くくく、この土筆が完全体となった暁には‥‥』 不敵に微笑む相棒を無視して――。 ●桔梗丸 「敵発見! 数は2! 海賊です!」 船首に立ち鷲の眼を凝らす悦が、一際大きな声をあげた。 「よし、面舵いっぱいだ! 美味そうに見えるよう、腹を晒してやれ!」 悦の報告に即座に反応した湖鳴が船乗り達に檄を飛ばす。 「ようやっと、お出ましか」 甲板の上でこくりこくりと居眠りをしていた刄久郎の目が開く。 「よっと。さぁてと、いっちょやりますかー」 そう言って、刄久郎が取り出したのはヴォトカの瓶だった。 「おや? 酒盛りにはまだ早いんちゃう?」 そんな様子を眺めていた葵がはてと首を傾げる。 「酒盛りかー、それもいいな」 しかし、当の刄久郎は愛おしそうに瓶を眺め。 「お仕事済んだらかなー」 おもむろに瓶を傾けた。 「おや、勿体ない」 葵の呟きにも刄久郎は嬉々としてヴォトカを垂らす。その先には一巻きの包帯。 「さてと、準備完了ー」 ヴォトカに濡れた包帯をくるくると振りまわし、刄久郎が立ち上がった。 「敵高速船接近、弓の射程に入ります!」 その時、再び悦の声が甲板に響く。 「応戦しろ! だがくれぐれも手加減してな!」 この桔梗丸は、美味しい餌。それが今作戦の要である。 今、海賊船に転進されるわけにはいかない。 穏は高ぶる気持ちを抑えつつ、冷静に指示を飛ばした。 「あー、ごめん。ちょっと遅かったか?」 と、そんな穏に語りかけるのは刄久郎であった。 「遅いと‥‥やってしまったものは仕方ないだろう」 そんな刄久郎に問いかけた穏であったが、その視線の先を見て納得する。 そこには敵船の帆。刄久郎の火矢によって点された炎が、その威勢を奮っていた。 ガウンっ! 「敵船、接触!」 三度悦の声が甲板に響く。 主推進力の帆を失った高速船は、惰性を借りそのまま桔梗丸に突っ込んだ。 「やっと本番か!」 弓をばっと放り投げた空也が、拳を鳴らし息巻いく。 「やっぱり、こっちの方が性に合ってるねー」 同じく弓を放り投げた刄久郎が、愛刀を手に敵船を睨みつけた。 「んじゃ、お先に!」 そして、刄久郎が一番槍を取る。 「うおっ! 抜け駆けするな、ずるいぞ!」 先に敵船に飛び移った刄久郎を目で追い、船縁に脚をかけた空也は、ふと思いとどまる。 「‥‥おい、悦」 「なんですか」 船縁に足をかけたまま振り向いた先には、悦の姿。 「俺に当てんなよ?」 「‥‥邪魔するなら容赦はしません」 「おー、怖っ!」 わざとらしく冷たく言い放つ悦の言葉に、空也もわざとらしく答えると、そのまま船縁から身を躍らせた。 高速船と桔梗丸の攻防が始まった中。 「さーて、フリューテいこっか」 積み荷に見せかけていた布を、ミルがバサッと取り払う。 『グルゥ』 そこには、やっと解放されたとばかりに首を振る相棒の姿があった。 「ごめんごめん、苦しかったわね。でも、もう我慢しなくてもいいからね」 そんな相棒をミルは優しく撫でつける。 「巴、俺達もいくで!」 ミル達の横では、葵が同じように布を取り払った。 「フリューテ、アオイに負けてられないわよ!」 そう言うと、ミルはひらりと相棒に跨る。 「おや、競争か? 容赦せぇへんで!」 二匹の龍は相棒を乗せ、甲板より飛び立つ。後方に控える海賊の母船へ向け――。 ●林 「‥‥道理で空から見つけられぬわけだ」 じっと息を殺し、りょうの見つめる先にあるのは深い林の木々に覆われた暗い影の中に、ポツンと佇む一軒の廃屋。 「でも、この物々しさ、ただ事じゃないね‥‥」 りょうの隣では茂みに身を潜めるふしぎと相棒の姿。 二人の視線の先には、岬にうち捨てられた廃屋には似つかわしくない、武装した二人の人影があった。 「うむ、明らかに何かがあるのであろうな」 「だね。ちょっと探ってみようか――」 りょうの言葉に頷いたふしぎは、すっと目を閉じると。 「――僕の眼は全てを見通す‥‥開眼『心の眼』!」 額に掛けたゴーグルに手を当て、瞳をカッと見開いた。 「‥‥どうだ?」 「‥‥いるね。中にも3人――いや、4人に増えたよ」 小さく問いかけてくるりょうに、ふしぎは廃屋から視線を逸らさず答える。 「ふむ‥‥中にも人。それに、増えたとなると、間違いなかろう」 「だね。ここが裏口だっ!」 「うむ、後は海へ向かった者達を待つばかりか――」 息巻くふしぎを頼もしそうに眺めたりょうは、ふと岬の先、海の方角へと視線を移した。 ●高速船 「刄久郎! 殺すなよ!」 「はいはい、わかってるってー」 海賊の一人を海へ突き落とし、空也が刄久郎に声をかけた。 「さぁ、いざ尋常に勝負! ‥‥にはならないかな?」 侮るような刄久郎の咆哮に、海賊達はむきになって武器を構える。 「纏まったところで、さぁ、いくよー」 刄久郎は大きく振りかぶった刀を振り下ろす。 「ほいさーっとね」 と同時に生まれた斬撃波は地を這い、甲板を抉りながら海賊達を斬り散らした。 「ったく、手加減しろってっ!」 派手に暴れる刄久郎に、負けじと空也もまた、刃を向けてくる海賊を見もせずに拳で弾き飛ばす。 「人の事言えないと思うけどなー」 と、そんな空也の仕業を刄久郎は楽しげに見つめた。 ●母船 「いつもならレディファーストと行きたいところだが、ここはそうはいかん!」 ちらりと横を飛ぶミルに視線を向けた葵は、バンと相棒の背を叩く。 「逃がしはしない! いけ、巴!」 高速船の不利を見て、進路を変更する海賊達の母船へ向け、葵は相棒に指示を下した。 『グアァ!』 葵の言葉に力強く答える巴は、その鋭く尖った爪を母船の帆へ向けた。 「斬り裂け!」 ビリッ! 急降下する巴は、その鋭い爪で帆を斬り裂く。 「ついでにこいつも叩き折れ!」 『ガゥアアッ!』 巴は止まらない。葵の声に大きく顎を開く。 メキメキっ! 「あー、もう! 後でこの船使うんだから、あんま壊さないでね!」 巴の牙に圧し折れる主帆を眺め、不満を露わにするミルもまた、母船の甲板へと降り立った。 「さぁ、相手になってあげるわよっ!」 フリューテから飛び降りたミルは、慌てふためく海賊達を眺め、パキパキと拳を鳴らす。 「リョウカをいじめる子は、あたしがお仕置きしてあげるわっ!」 纏う覇気が海賊達を圧倒する。 ミルは怯んだ海賊達に向け、拳を構え駆けた。 友との約束を果たす為に――。 ●桔梗丸 「放棄された船は四天王に任せておけ! お前達はこの船で一気にアジトへ進む! 乗れ!」 湖鳴の檄が海賊船の制圧を終えた一行の耳に届く。 『おうっ!』 一行は湖鳴の呼びかけに答えると、共に闘う四天王達へ視線を送る。 「行け! 後は任せた!」 穏のかける言葉に、一行はこくりと頷き、次々と桔梗丸へと飛び移った。 ●岬 「来たか! いくぞ、蒼月!」 岬の上空を舞うりょうと相棒。 眼下に見えた桔梗丸の姿に、りょうは相棒に合図を送り一気に急降下する。 「裂き崩せっ!」 風を斬り天を堕ちるりょう達が目指すは廃屋。そう、海賊達の裏口だ。 バキバキっ! 廃屋の屋根へと着地した蒼月は、その尖爪を屋根に突き立てる。 「天河殿! 佐竹殿! 機は熟した! 今こそ好機なり!!」 と同時に、りょうが林に向け叫んだ。 「了解っ! いくよ、花鳥風月!」 「こちらも後れは取りませんよ!」 りょうの声に呼応し現れたのは、今か今かと待ちわびていたふしぎと利実、そして二体の土偶だ。 「私はこのまま上空を見張る! 中は任せたぞ!」 廃屋へと向かってくる二人を頼もしく見つめ、りょうは再び空へと舞い上がった。 ●洞窟 桔梗丸が宝珠の推進力を持って、洞窟へと突っ込んだ。 「‥‥あのじーさん、すごいねー」 洞窟の闇を斬り裂き進む桔梗丸の船首で、刄久郎が呟いた。 それもそのはず、桔梗丸は勢いを殺すことなく桟橋を破壊しながら洞窟を奥へと進む。 「止まったらいい的になるしな。この方が相手も混乱するだろう」 と、冷静に分析する空也の顔は、どこか高揚していた。 ガウンっ! そして、桔梗丸は出航しようと桟橋から離岸しようとしていた残り一隻の高速船の側面へと、その船首を突き立てた。 「一番槍はもらうぞ! さぁ、纏めてかかってこい!!」 いの一番に洞窟内へと身を躍らせた紅竜の咆哮が、洞窟内を支配する。 「さぁて、とっとと終わらせて、リョウカとお茶するんだからっ!」 続き、ミルも桔梗丸から飛び出した。 「こらこら、盾役を置いて行く奴があるかっ!」 追うように、葵も桔梗丸より飛び降りた。 突如現れた桔梗丸と、縦横無尽に暴れ回る開拓者の姿に、海賊達は混乱を極める。 虚を突かれた海賊達は、まともに迎撃準備もとることができず、ただされるがままに打ち倒されていく。 そして、混乱し逃げ惑う海賊達は、退路を裏口へと集中させた。 ●裏口 人が5人並んでも十分に通れるほど広く開いた空洞。 その空洞に人工的に設けられた階段を、海賊達が駆け上がる。 『おっと、ここは通さんぜよ』 悲鳴を上げ逃げ惑う海賊達の道を塞いだのは、赤き巨躯。 『‥‥』 そして、並ぶように立った黒い影であった。 「死にたいなら喜んで殺してあげますよ。あまりお勧めしませんけどね」 道を塞いだ相棒達の脇から抜刀した利実が、ゆらりと姿を現す。 「己の旗を掲げる以上、非道はしちゃいけないって、あの人は教えてくれたんだ‥‥」 時を同じくして、ふしぎの声が洞窟に木霊す。 「だから、非道に堕ちたお前達は決して許さないっ! 誰一人としてここは通さないんだからなっ!!」 現れたのは花鳥風月の肩の上。ふしぎは逃げ惑う海賊達に見せつけるように、自身の旗を翻した。 ●岬上空 上空にまで響いていた怒声が止んだ。 「‥‥終わったようだな」 愛龍『蒼月』に跨り天空を舞うりょうは、眼下を見下ろし呟く。 「さぁ、戻ろう蒼月、遼華殿の元へ!」 晴れやかな表情を浮かべるりょうの視線は、遥か彼方、皆の活躍を信じて待つ友の元へと向けられていた。 海からの強襲と陸への退路を断たれ海賊達は、たまらず白旗を上げる。 海の大洞窟を制圧した一行は、残る海賊達を残らず捕縛し、屋敷へと連行した。 こうして、心津近海を脅かしていた海賊達は一掃され、この地は海への窓口を得たのだった。 |