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■オープニング本文 ●武天王都『此隅』工房街にて 「‥‥違う!」 鉄と火の臭い漂う、武天都『此隅』の工房街。鍛冶屋が立ち並ぶ一角にある一軒の長屋。 ジュウと赤く焼けた鉄塊が水を気化させる音と共に、熱に焼かれしわがれた怒声があがった。 「父様? どうかしましたか?」 怒声を聞きつけ、鍛冶場に併設された水場から妙齢の娘がひょっこりと顔を覗かせる。 「‥‥なんでもない」 「あ、打ちあがったんですね。――綺麗な刃紋‥‥いつもながら見事な刀ですね」 打ちあがった刀から視線を外すことのない老職人の背中越しに、娘は刀を見やりそう呟いた。 老鍛冶屋の打ち上げた刀は、鍛冶小屋の熱気に揺らぐ空気の中、その刀身の周りのみ空間を切り取られ凍てついたように神聖な雰囲気をたずさえていた。刀の目利きとしては素人同然である娘の目から見ても、並の刀ではないことが一目でわかる。 「なにが見事なものか! 巨勢王がその腰にお下げになる刀なのだぞ! 鋼打ち――いや、玉鋼打ちでさえ見劣りしてしまう! この機会を逃してはならんのだ‥‥ ――こんなもの!!」 「きゃ! ‥‥あぁ、刀が‥‥」 狂気にも似た奇声と共に老職人の手から放たれた新刀は、ジッっと短く鈍い音を伴って真っ赤に煮えたぎる炉へ呑み込まれる。 「こんな刀ではだめだ! こんなもの、巨勢王の御身を飾る刀ではない! ‥‥なにか、なにかないのか!」 炉へと消えていく刀へ憎しみのこもった視線を送る老職人の背中を無言で見つめる娘。 「‥‥えっと、先日聞いた話しなんですが――」 胸元に小さく拳を結び、小さくコクンと頷いた娘は、少しでも力になれればと少ない知識から、きっかけになりそうな話を懸命に語った。 「な、なに!? まさか、隕星なのか!」 娘が知りうる素材の話などたかがしれていた。素材の話も尽き、次第に話の内容は脇道へ逸れ他愛の無いものへと変わっていた。しかし、そんな何気ない話の一つ。それに老職人が食いついた。 「い、隕星? そういう名前なのですか? ずいぶん昔に落ちてきたらしいのですけど‥‥ みんなは星降りの石って呼んでます。結構有名なんですよ?」 「それはどこにある!」 老職人は娘の肩を両手で掴み、前後にガクガクと揺する。説明になど興味が無いといわんばかりに、その在り処を聞きだそうとまくし立てた。 「え、えっと北の丘のふもとですけど‥‥」 「なに!? そんな近くにあったのか!」 目的の所在が明らかとなると、老職人は取る物もとりあえず、着の身着のまま槌さえその手に持ち入り口へと駆けだす。 「父様!? ま、まってください! あそこにはアヤカシが‥‥!」 急く老職人を娘が身体を張り抱きつくようにして入り口手前で留める。 「‥‥アヤカシだと! なぜ、なぜだ‥‥そこに最高の素材があるというのに、ワシは手にする事ができないのか!!」 「父様‥‥」 愕然とした表情で慟哭する老職人を、父の苦悩を知る娘は決意を持った瞳で見下ろしていた。 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
鷺ノ宮 夕陽(ia0088)
14歳・女・陰
風麗(ia0251)
20歳・女・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
奈々月琉央(ia1012)
18歳・男・サ
露草(ia1350)
17歳・女・陰
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
三日月(ia2806)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●此隅郊外 「ん、あれですね。皆さん見えましたよ」 此隅郊外の小高い丘の上から眼下に見える沼地を指し紅鶸(ia0006)が仲間に声をかけた。 「おおきに。――よいしょっと」 琉央(ia1012)の差し出した手を取り、乗ってきた馬から鷺ノ宮 夕陽(ia0088)が下馬する。 「どういたしまして。でも、荷車まで貸してくれてほんと助かったな」 「ええ、なければ私と三日月さんで借りようかと思っていたのだけど、助かったわね」 「うんうん! 香乃さん優しい人で良かったぁ」 と、嵩山 薫(ia1747)と三日月(ia2806)も3頭の馬に引かれた荷車を見やり、そう口にした。 「それにしてもあの爺様、隕鉄で刀を打つなんてえらいこと考えやがったなぁ」 巫女らしからぬ豪快な物言いで風麗(ia0251)がそう呟くと。 「あら、隕鉄は確かに刀打ちには向かないけど、打ち方次第では優れた素材になり得るそうよ? 今でこそ隕鉄という呼び名であるけれど、遥か古よりそれは隕星や流星石と呼ばれ、霊的な力が宿るとして、人々の信仰を――」 「やれやれ、また薫さんの薀蓄が‥‥薫さん、今はそれどころじゃないぜ」 思わぬ薀蓄にたじろぐ風麗に迫る薫を、羅喉丸(ia0347)がまぁまぁとなだめた。 「でも、空から降ってきた星で刀を打つなんて素敵。あのお爺さんは目の付け所が違いますね」 「そうだな、俺もあの爺様の職人魂には、なんか浪漫を感じるぜ」 澄み渡る青空を眺めながら露草(ia1350)がそう呟くと、薀蓄から開放された風麗が共感を示す。 「さぁ皆はん、お喋りはそれくらいで。孝行者の香乃はんのお願い、叶えに行きまいきまひょか!」 夕陽の掛け声に一行は頷き、陽が天頂を指すなか、眼下の沼地目指して丘を下って行った。 ●沼地 「いた」 そう短くが呟き、羅喉丸が仲間を片手で制した。 「ほう‥‥これは確かに大きいですね」 紅鶸の声に一行が視線を向けた先には、沼地中央付近にドンと居座る巨大な蝦蟇がその身を横たえていた。 「うわ、気持ちわるぅ‥‥」 泥にまみれた苔色のぬめる巨体。その醜悪な姿に三日月が眉間に皺を寄せる。 「わざわざ蝦蟇の姿をとるなんて、悪趣味なアヤカシね‥‥」 と、薫も沼の主へ怪訝な表情を向けた。 「それに、なんだこの臭い‥‥」 辺りに漂うひどく鼻をつく腐敗臭に風麗も思わず毒づく。 「辺りに川らしきものがないから、ここに溜まった水は雨水の様ね。流れぬ水は腐るもの。この臭いを発してる原因はこの沼地全体でしょう」 薫は異臭にも表情を変えることなく冷静に周囲の状況を分析する。 「本当に‥‥ここであれと戦うのですよ‥‥ね?」 と、露草が顔をしかめ綺麗に着付けられた着物の裾でその臭気を遮る。 「とにかく、決めておいた作戦を実行しましょう。皆さん準備は大丈夫ですか?」 紅鶸が一同を見回し、準備の確認をした。 「ああ、こっちは準備万端だぜ!」 「いつでも大丈夫!」 悪条件の重なった戦場に悪態をつきながらも、そこは開拓者。各々、装備に沼地対策を施し終え戦闘態勢に入っている。 「――では、行きます! 琉央さん!」 「まかせとけ! ――お前の相手はここだ! かかってこい!」 紅鶸の合図を受け、琉央の『咆哮』が蝦蟇へ向けて放たれる。 「‥‥あきまへんなぁ。届いてないんと違いますやろか?」 「この距離で届かないはずはないんだけどなぁ‥‥」 そう言う夕陽に、おかしいなぁと首をかしげる琉央。 「今度は俺がやってみます。――おい蛙! こっちへこい!!」 代わりにと、紅鶸が前へ出る。そして、蝦蟇へ向け吼えた。 「‥‥効果無しか?」 そうもらす羅喉丸。琉央に続き紅鶸の『咆哮』すらも、蝦蟇を振り向かせることはなかった。 「こりゃ、一筋縄では行きそうにないな」 と、風麗。 「えっと、この作戦は失敗ということでしょうか?」 後から様子を窺っていた露草が申し訳なさそうに声をかけてくる。 「‥‥仕方ない。次の作戦へ移りましょう! 皆さん沼へ! 班分けは打合せどおりに。――では!」 紅鶸の号令と共に一行は二班に分かれ、それぞれ沼地を迂回し、蝦蟇を挟みこむように配置につく。そして、蝦蟇の待つ沼の中心へと足を踏み入れたのだった。 「一番槍は俺がいただくぜ!」 ぬかるむ足場を物ともせず、羅喉丸が両手に構えた槍の切っ先を蝦蟇へ向け、猛然と突進する。 ぐしゅ――! 肉を貫く鈍い音と共に、傷口から瘴気の霧が零れ落ちる。 「どうだ! ――!?」 確かな手ごたえがあった。しかし、蝦蟇は何事もなかったように大欠伸をしている。 「効いとりゃしまへんなぁ」 後方よりで支援の準備をしていた夕陽が、槍の一突きにまるで動じない蝦蟇を見て、そう呟く。 「俺も行きます! ――でやぁ!」 次いで紅鶸が蝦蟇へ向け『強打』で、蝦蟇の後ろ足を斬りつける。これをまともに受けた蝦蟇の足は、大きく傷口を開く。しかし、かわらず蝦蟇に何の反応もない。 「打撃は効かはりませんか、でしたらこれはどないどす!」 準備を終えた夕陽の手より放たれた『破魂符』が幽鬼の姿を模し蝦蟇へと襲いかかった。 「う〜ん、だめだねぇ。今度がボクが!」 魂を削られたにもかかわらず、変わらずそこに佇む蝦蟇へ続けざまに三日月が『力の歪み』を放つ。空間が歪み、蝦蟇の肉を捻る嫌な音が響が、蝦蟇の様子に変化はない。 「どれもだめかよ! どうなってんだこいつの体!」 変化のない敵に苛立つ羅喉丸が怒声を上げる。 「とにかく、攻撃は通るんです。このまま攻め続けましょう!」 紅鶸の鼓舞に3人は頷き、蝦蟇へと立ち向かっていった。 「――なに!? 今頃、効いたのか!?」 一向に効く気配を見せない攻撃に一旦距離を取っていた琉央達の班へ、再三の攻撃にも不動であった蝦蟇が何の前触れもなくのそりと体を向けてくる。『咆哮』の効果が今になって現れたのだ。 「ちょっと待て! 鈍感にもほどがあるぞ! ――くそぉ、これでも喰らえ!」 蝦蟇の正面を避けようと右手に回りこみながら風麗が叫び、手の平に生み出された『火種』を蝦蟇へ向け投げつけた。 「‥‥やっぱり、効いてないわねぇ」 同じく右手に回りこむ薫が、『火種』を受け、身を焼かれても平然と体をこちらへ向けてくる蝦蟇に対して呆れながら呟いた。 「はぁはぁ‥‥攻撃されないのは助かりますけど、これではこちらの体力が持ちま‥‥せん」 苦手な屋外での戦闘に、元より体力のない露草は、息を荒げながらも回りこもうとするが、ぬかるむ沼地に思うように動けない。 「露草さん、危ない! ――くっ、間に合って!」 一人遅れる露草を正面に捕らえ容赦なく迫り来る蝦蟇に、薫が渾身の気功波を放つが。 「くっ! やはり効いてない!」 薫の一撃は確かに蝦蟇の横っ面を叩いた。だが蝦蟇は平然と露草を飲み込まんばかりとに大口を開ける。 「きゃぁ! ――‥‥え?」 誰もが最悪の結果を予想したその時、またもや蝦蟇が何の前触れもなく方向を変えたのだ。 「‥‥ははは、紅鶸の『咆哮』も今頃効いたのか」 惨事を脱したことよりも、蝦蟇の鈍感さに呆れた風麗が、露草の手を取り共に後方へ下がる。 「だけれど、これで大体の特性は把握できましたね。――羅喉丸! 聞こえますか!」 おう! と薫の声に蝦蟇越しに羅喉丸が返事を返してくる。 「作戦は変わらず! サムライお二人の『咆哮』でかく乱! 他の皆は全力をもって、こ奴を討ち滅ぼしましょう!」 薫の鼓舞が沼地に響き渡る。おー! と答える7人は各々武器を手に、蝦蟇へと向かっていった。 蝦蟇の特性を見抜いた一行は、サムライ二人の『咆哮』で標的をずらしながら、徐々に蝦蟇の体力を削る。そして、ついに蝦蟇は大地に響く醜い絶叫と共に瘴気の塊へとその姿を変えた。 「なんだか、アヤカシ討伐というか泥遊びしにきたみたいだったな‥‥」 沼を脱し、刀を納めつつ琉央がそうため息混じりに呟いた。 「まったくだ、なんて鈍感なんだ。戦ってる気がしなかったぜ‥‥」 遠くに霧散する瘴気の霧を眺めながら羅喉丸が一人ごちる。 「はぁ、もうすっかり日が落ちてしまったどすなぁ」 夕陽の言葉通り、辺りには徐々に夜の帳が降りはじめていた。 「はぅ〜。泥だらけになっちゃった‥‥それに臭いしぃ‥‥うぅ、水浴びしたいよぅ」 懐から泥で汚れていない綺麗な手ぬぐいを取り出すと、三日月は顔に飛び散った泥を拭う。 「ん? ほら、そこにあるわよ、水」 と、言葉遊び好きの薫が指差した場所は、先ほどの沼地。 「泥水はいやー!!」 三日月の絶叫に、皆してにこやかに笑い声を上げたのだった。 ●荷揚げ 「先程の蝦蟇なんかより、よっぽど骨が折れそうよねぇ。これ」 薫の視線は、沈む夕陽にかすかに照らし出された沼地の中央をとらえている。そこには錆びて苔むした鉄塊が半身を泥水につけていた。 「まったくだな。まぁ、引き上げは馬に頑張ってもらうさ」 と、薫の意見に同意した羅喉丸が3頭の馬へ視線を移すと。 「ほらほら、ええ子どすなぁ。こっからがあんさんらの出番どすえ」 「うん! みんな頑張ってね! そうだ、これ、みんなのために買ってきたんだよ、たくさん食べてもりもり働いてね!」 「ほら、こっちのも食え。あんなでかい塊、俺が10人いても動きそうにないからなぁ。おまえらだけが頼りだぞ!」 夕陽と三日月、それに風麗の3人が、引き揚げ作業の要である馬達を甲斐甲斐しく世話していた。 「では、手筈通り荒縄を隕鉄へ結びましょうか」 一方、紅鶸は皆から提供された荒縄を担ぎ、一人沼地へ向かう。 「あの、お手伝いしなくても大丈夫ですか?」 沼地へと歩みだした紅鶸に、露草が申し分けなさそうに声をかけた。 「大丈夫ですよ。こういうことはやっぱり男の仕事でしょう。ねぇ、琉央さん」 「へ?」 唐突に声をかけられた呆ける琉央の腕を掴むと、紅鶸は沼地へと踏み込んだ。 「えぇ!? せっかく泥拭いたのにぃ!!」 琉央の悲鳴に和む女性陣。そして、ほっと胸を撫で下ろす羅喉丸であった。 「これだけ頑丈に縛れば、抜けることはないでしょう」 「うへぇ、どろどろになっちまった‥‥」 沼地の中央から突き出した鉄塊へ幾重にも何本もの荒縄をくくりつけ終えると、全身泥にまみれ嘆く琉央をよそに、紅鶸は陸の6人へ向け合図を送る。 「よぉし! お馬さんたち引いちゃえー!」 紅鶸の合図に三日月が呼応し、気合と共に3頭の馬の尻を軽く叩くと、馬は鳴き声をあげ力強く大地を蹴る。馬に引かれ荒縄がちぎれんばかりに張り、ぎちぎちと悲鳴を上げるなか、鉄塊がゆっくりと傾き始める。しかし、鉄塊は引く度にそのあまりの重さで引き上げるどころか逆に沼地へと沈んでいく。 「まった! これじゃ、引き上げてるのか沈めてるのかわかんねぇぞ!」 鉄塊の動きを注意深く観察していた風麗が声を張りあげ、作業を止める。 「お馬はん! 止まりおす!」 風麗の言葉に夕陽が馬の前へ立ちはだかり、両手を広げ馬を制した。 「ふぅ、どうしたものですかねぇ」 馬の負担を少しでも減らそうと荒縄を引いていた薫が荒縄から手を放しため息をついた。 「しっかし、行き詰っちまったなぁ」 風麗も両手を掲げ、降参の意を表す。そして、沼地の中より隕鉄を押していた二人も陸に上がりどうしたものかと思案に暮れている。 「あの、私に一つ案があるのですけれど‥‥」 途方にくれる一行へ向け、力仕事には向かないということで、馬への応援役に回っていた露草が声を発した。 「どうしたの? 露草さん」 露草の声に反応したのは共に馬の応援役に就いていた三日月だ。 「はい、このまま引っ張ってもさらに沈むだけですよね。でしたら沈まないように何かに乗せて、それを引っ張れば‥‥例えば、荒縄をこう編んで――」 静かに自身の案を語っていた露草の手が丸い円状のものを形作る。 「なるほど、座布団にしてしまうんどすな」 同じく馬の応援役、夕陽がぽんと手を叩き感心したように露草を見る。 「ええ、それを隕鉄の下に敷けば沈む事も無いと思うのです」 説明に徐々に熱を帯びる露草。一行は感心したようにその案を聞き、それぞれ思案をめぐらせていると。 「このままぐずぐずしててもしょうがねぇ。今はその案が最良みたいだし、それでいってみようぜ!」 羅喉丸が皆に先んじて声を上げた。そして、そこの声に後押しされた一行も露草の案を受け入れ準備に取りかかった。 その後、露草の妙案が功をそうし見事隕鉄を引き上げた一行であったが、安堵も束の間、更なる試練が降りかかる。 「で、どうやって荷車に乗せる‥‥?」 やっとの思いで引き上げた隕鉄を取り囲む8人は、鉄塊と荷車を交互に眺めまたしても途方にくれていた。 「う〜ん、何か木の棒でもあればいいんだけどなぁ‥‥」 「木の棒どすか?」 何か思いついたのか、そう呟いた三日月に夕陽が尋ねる。 「うん、えっとね、荷車をここに持ってきて、こうやって、それからそれから――」 身振り手ぶりで三日月が示したのは、二輪の荷車を後部を支点に直立させ、そこへテコでもって転がし入れるという方法であった。 「なるほど、それはいけそうですね。しかし、テコになる棒ですか‥‥うん、羅喉丸、出番ですよ?」 両手を組みなるほどと首を傾けていた薫が、相棒の泰拳士を見やりそう呟いた。 「無理無理! あんなの持ち上げるのに使ったら折れるって!」 薫の言葉に愛槍を抱き必死に抵抗する羅喉丸。 「じゃぁさじゃぁさ、あれはどうかな?」 と、三日月が指差した方角には大人の腕ほどの太さの立ち木が見える。 「なるほどあれを切れれば使えそうですね」 一旦沼地より引き上げた紅鶸が、三日月の案に頷いた。 「でもよぉ、木を切るっつっても、斧なんてないぜ?」 一行の持ち物を確認するように見渡し、風麗がそう呟く。 「あ、俺『強力』使えるよ? 斧じゃないけど、『強力』使えば刀でも切れるんじゃないか?」 何気ない琉央の提案に一同は、おお! と歓喜の声を上げた。 「では、琉央さん。お願いできますか?」 「お、俺の案でいいのか?」 「うんうん、琉央はん、よろしゅう!」 「おう! 任せとけ! じゃ、ちょっと行ってくるな!」 紅鶸の言葉に、二つ返事で快諾した琉央が立ち木を見事に切り、持ち帰ってくるまでさほど時間を要さなかった。 そして、三日月の提案通り立ち木を使って無事荷車へ積まれた隕鉄。それを安堵の表情で見やる一行は、月明かりの元、帰路を急いだのだった。 開拓者によってもたらされた隕鉄は、老練の鍛冶職人の手によって一月の後、見事な一本の刀となる。その姿、五尺を超える長大な刀身は鈍く黒光り、大きく浮き出た八つの刃紋をその身に宿す大黒刀であった。老鍛冶は、この素晴らしい素材をもたらした八人の開拓者を称え、刀に八志流星刀『蛙斬』(はっしりゅうせいとう『かわずぎり』)と命名し、巨勢王へと献上した。 |