闇に蠢く珍獣?
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/17 13:34



■オープニング本文

●理穴 湖畔の街『沢繭』倉庫群
「くそっ!! またやられたっ!」
 冬だというのに真っ黒に日焼けした筋肉質の大男が、悔しさの滲む大声を上げた。
「これでなん袋目だ‥‥」
 同僚と思しき水夫も、目の前の光景に遣る瀬無い気持ちを吐き出す。
 二人の前に広がるのは、食い散らかされた豆袋。
「ん?」
 そんな時、一人の水夫が異変に気付く。
 食い破られた麻袋が、もぞもぞと蠢いていたのだ。
「何かいるぞ‥‥?」
 そう言って、一人の水夫が麻袋を広げようとした、その時。
 飛び出してきたのは、小さな小さな鼠。
 一足飛びで、水夫達の後ろに着地した鼠は、まるで水夫達をあざ笑うかのように、一度振り向きさっと闇に紛れた。
「鼠か! くそっ、捕まえろ!!」
 鼠如きに舐められては、沽券にかかわるとばかりに、水夫達は血眼になって闇を漁る。

「そっちにいったぞ!!」
 倉庫荒らしの犯人を追い詰める水夫達。
「やろぉ! 鼠の分際で人様の食いもんに手を付けやがって! ただじゃおかねぇ!」
 血走る目で必死に犯人を追いかける水夫達。
 しかし、夕刻まで続いたおっかけっこは、まるで我が家の如く逃げ回る鼠の勝利に終わったのだった。

●『沢繭』袖端邸大屋敷
「たいくつなのじゃ!」
 ぐでーんと大の字を描き仰向けに寝転がるのは、この部屋の主、振々だ。
「振姫様、午後のお散歩のお時間ですぞ‥‥」
 そんな姫の傍らでは、壮年の男性頼重が腹部を押さえながら振々に話し掛けるが。
「寒いからいやじゃ」
 振々に一蹴された。
「そんな我侭ばかり言っておられると、お父上がお叱りになられますぞ?」
 しかし、今日の頼重はめげない。
 振々の父親まで出してきて、必死に説得に当る。
「叱られるのは頼重なのじゃ。振はいい子なのじゃ」
 が、振々はうつ伏せのままつーんとそっぽを向く。
「いい子‥‥?」
 振々の物言いに、頼重が信じられないものを聞いたかのごとく、復唱した。
「頼重、振は蜂蜜が舐めたいぞ。買ってまいれ」
 だが、振々は頼重の疑問符を完全無視。さっさと話題を変えてしまう。
「なぜ、私が‥‥」
「‥‥父上にいいつけるぞよ?」
「!? 行けばいいんでしょ行けば‥‥」
「うむ、頼重はたよりになるのぉ」
「うぐっ‥‥!」
 むくりと起き上がった振々は、幼子特有の瞳の魔力で頼重を見つめる。
「うむ、はよういってまいれ。いかぬと『くび』じゃ」
 キラキラと輝かせる瞳とは裏腹に、その言葉には多分な棘が含まれるのだった。

●倉庫・翌日
「お、おい! みんな来てくれ!!!」
 一人の水夫の悲鳴にも似た大声が、倉庫内に木霊した。
「なんだなんだ?」
 その声を聞き付けて、仲間に水夫もわらわらと倉庫内に入ってくる。
「こ、これは‥‥」
 水夫達の視線の先、そこには一人の水夫が横たわっていた。
 喉を裂かれ、血の海に沈んで――。
「ま、まさかアヤカシだったのか‥‥?」
 その凄惨な現場に唖然と立ちつくす水夫は、ぼそりと呟いたのだった。

●袖端邸
「姫様、港の関係者より、陳情書が上がっておりますが‥‥」
 振々の部屋を訪れた近衛兵の一人が、恭しく膝を折り振々に陳情書を差し出した。
「‥‥ふむ、読んでみよ」
 そんな近衛兵に、振々は面倒くさそうに命令する。
「はっ! えー、陳情書によりますと――」
 振々に命令されるままに、近衛兵が読みあげた陳情書は、先の倉庫での奇怪な殺人事件であった。

「頼重!」
 近衛兵の報告を静かに聞いていた振々の目が突然輝く。
「はい‥‥?」
 しくしくと痛む腹を押さえつけ、頼重が嫌々振々の呼びかけに答えた。
「捕まえてまいれ!」
「嫌です」
 嬉々として命令する振々の言葉を、頼重はあっさり拒否。
「ばかもの! 『たみのあんぜん』を守るのも、領主たる我が家の使命なのじゃ!」
「うぐっ‥‥」
 しかし、いきなり正論を振りかざす振々に、頼重は顔を引きつらせ言いよどむ。
「はよういってまいれ。あ、傷つけてはならんぞ? ちゃんと捕まえてくるのじゃ!」
 最早いても立ってもいられ無いご様子の振々。頼重を蹴飛ばすように部屋の外へと追いやった。

「はぁ‥‥袖端様、早く戻ってきて下され‥‥」
 近衛兵達の哀れみの視線を向けられる頼重は、中庭を望み深く深くため息をついたのだった。


■参加者一覧
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
貉(ia0585
15歳・男・陰
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
神無月 渚(ia3020
16歳・女・サ
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰


■リプレイ本文

●沢繭
「ここが件の倉庫ですか」
 湖畔の街『沢繭』。その交易の要として機能する港に立ち並ぶ倉庫群を前に、只木 岑(ia6834)が呟いた。
「アヤカシを無傷で捉えて来い等と‥‥まったく無理を言う」
 固く閉ざされた鈍重な鉄扉を前に、紬 柳斎(ia1231)がぼやく。
「まぁ、金持ちの考えることなんて、大概一般人には理解できないものですな」
 そんなぼやきに風鬼(ia5399)は、飄々と答えた。
「決死の鬼ごっこ、始めようじゃなーい!」
「アヤカシとですか?」
 拳を握り息巻く神無月 渚(ia3020)に、岑が苦笑混じりに問いかける。 
「まー、金持ちの我侭なんてよくある話。無理させられた分稼げるとおもやぁ、平気平気ってね」
 一方、貉(ia0585)もなんだかんだでやる気充分。その想いはすでに報酬に向いていた。
「でもさ、この依頼主さんって街の領主なんでしょ? それがこんな我侭な‥‥ちょっとお灸とかすえたいよね」
 神咲 六花(ia8361)が、くくっと邪な笑みを浮かべる。
「なんや、六花はん悪だくみどすか? 口元がにやけてはりますえ?」
 そんな六花に、たおやかに笑顔を浮かべるのは雲母坂 優羽華(ia0792)だ。
「さて皆さん、突入する前に状況の整理をしましょうか」
 思い思いの感想を述べる一行へ、真亡・雫(ia0432)が一枚の紙を差し出した。
「これは?」
 それを興味深そうに六花が覗き込む。
「この倉庫の見取り図です。水夫の方に頂いてきました。で、ここがアヤカシが出た場所で――」
 何かと覗き込んでくる一行に、雫は地図を指で指し示し、内部の状況や事件の様子などを事細かに説明していく。
「――ふむ、倉庫というだけあってなかなかの広さであるな」
「危惧していたほど散らかっていはいないようですな。これなら、多少暴れても問題ないでしょう」
 雫の差し出した地図を、真剣な面持ちで見つめる柳斎と風鬼。
「これどしたら、罠も有効に使えそうどすな」
 優羽華の目に止まったのは、いかにもな隙間や袋小路。
「ええ、色々と用意しましたから、たくさんしかけましょう」
「あ、僕も罠手伝うよ」
 優羽華の指差す場所を見つめ、岑と六花も頷いた。
「さぁ、お仕事頑張っていきましょー」
「ですね。いきましょう、皆さん。」
 貉の言葉に頷いた雫が見取り図を丸め、皆を促す。
 一行は鈍重な扉を開き、倉庫の中へと踏み入って行った。

●倉庫
 日中だというのに、小窓しか無い倉庫内は薄暗く、所々不気味な闇が支配している。
「人気の無い倉庫ゆぅのは、不気味なもんどすなぁ」
「そんな事もあるだろうと思って、用意してきましたよ」
 暗がりを望む優羽華に、岑が差し出したのは数本の松明。
「こちらにもあるぞ」
 そして、同じく松明を用意した柳斎だ。
「では、あぶり出しを始めましょうか。あ、松明は高い場所に。火事になったら大変ですからね」
「うむ、承知した」
 松明に火を灯し、岑と柳斎は倉庫の壁面を照らしていった。

「貉さん?」
「うん?」
「行かないので?」
 一人倉庫の入口に佇む貉に、雫が声をかける。
「ちっちぇのが街に出たら大騒ぎになるだろ。俺はここで見張り見張り」
 雫の呼びかけに、手をふりふり貉が答えた。
「なるほど、では僕もここでご一緒しますよ。一人より二人のほうが隙が無いでしょう」
「ふーむ、それもそうか。じゃ、頼むわ」
「了解しました!」
 貉の言葉に雫は力強く頷き、倉庫の巨大な門扉を二人で固めた。

「‥‥ふむ」
 一人離れ倉庫内を探索する風鬼。
「この辺りの荷は随分と捨て置かれてるみたいですな」
 風鬼が目をつけたのは、しばらく人の手が入っていないであろう一角。
 積荷にはこんもりと埃が積もっていた。
「どうでますかな?」
 呟く風鬼は闇に溶け気配を消した。

「――さてと、これでよし」
 鼠が通りそうな細い通路や袋小路に仕掛けた罠を、岑は満足気に見つめる。
「そっちはどう?」
「こっちは準備完了ですよ。六花さんは?」
 別の場所へ罠を設置し終えたのか、六花が岑の様子を伺いに現れた。
「ふふ、お楽しみだよ‥‥」
「殺しちゃだめです‥‥よ?」
 不敵に微笑む六花に岑が苦笑混じりで注意する。
「そろそろ追い込みを開始しますけど、そちらはどうですか?」
 罠の設置を手伝っていた雫が、二人を呼びに来た。
「今終わったとこ。さぁ、覚悟してなよ、アヤカシちゃん!」
 意気込む六花は苦笑する二人を連れ、皆と合流した。

●入口
 各々下準備を終え、一度入口に集まっていた。
「とりあえず、調べてみまひょか」
 そう言うとスッと目を閉じた優羽華は、静かに舞いはじめる。
「精霊はん、うちにアヤカシの居場所を教えておくれやす――」
 まるで風に身を任せるように、たおやかに揺れる優羽華の衣、と胸。
 舞に合わせるように優羽華を中心に、目に見えぬ結界が広がった。

「‥‥どうですか? 気配は見えますか?」
 舞終わり、静かに佇む優羽華に向け、岑が声をかける。
「確かにおりますな‥‥そこどす!」
 ビシッと闇を指差す優羽華。と同時に胸も揺れた。

 優羽華の言葉に闇を凝視する一行の前に、ふらりと一匹の鼠が現れる。
「‥‥アヤカシか!?」
 岑が目の前に現れた鼠に、神経を尖らせた。
「待ってください。ただの鼠かもしれません」
 雫が真偽を見極めようと、注意深く鼠を見つめる。
 その時、鼠が二ヤッと口元を歪ませた。
「‥‥随分と舐めてくれるね」
 平静を装い睨み返す六花の心中は、穏やかでは無い。
「‥‥追っかけていいのよね?」
 舐めきったアヤカシの態度に、渚の怒りは爆発寸前だった。
「ギッ!」
『あ!』
 そんな一行の怒気を感じたのか、アヤカシは一行に一瞥をくれ、荷の隙間に逃げ込んだ。
「くっ! 追うよ!」
 余裕を見せるアヤカシに、一行はの後を追った。

「ふふ〜ん」
「随分とご機嫌どすな」
 積荷の上から釣り糸を垂らす柳斎を見上げ、優羽華が不思議そうに声をかけた。
「豆ばっかりで、アヤカシも辟易してるだろ?」
 そんな優羽華に柳斎は、糸の先を指差す。
「お肉どすか」
「ん、それもアヤカシの好みそうな、とびきり新鮮なやつだ」
「うまく釣れるとええどすなぁ」
「しっ!」
 その時、積荷の物陰から小さな影が現れる。
「‥‥よーしそのまま」
 きょろきょろと辺りを窺うアヤカシは、そろりと肉へ近づき――。
「おら、釣れたっ!」
 肉にかぶり付いたアヤカシを、一本釣りの要領で柳斎が釣り上げた。
「優羽華さん、籠を!」
「は、はい!」
 柳斎の指示で優羽華は、急ぎ籠を用意するが。
 アヤカシはその鋭い歯で糸を噛み切ると、肉を咥え逃げ出した。
「なにっ!?」
「あ‥‥逃げられしまいましたなぁ‥‥」
 空の籠を寂しそうに抱いた優羽華が、残念そうに呟いた。
「くっ! 皆、ここにいるぞ!!」
「追い立て開始どすな!」
 ひらりと床へ降りた柳斎は、優羽華を伴って逃げるアヤカシを追った。

「行った、出口だ!」
 追い立てる一行をあざ笑うかのように、アヤカシが進路を変えたのは扉のほう。
「おっと、ここを通ってもらっちゃ、ご褒美もらえなくなるんでね」
 そこに立ち塞がったのは貉だ。
「ギギッ――」
 退路を塞がれたアヤカシがキッと貉を睨む。
「そんな怖い顔しても、通しませんよ?」
 同じく扉前に陣取る雫が、刀の柄に手をかけアヤカシの前に立ち塞がる。
「ほれほれ、戻った戻った」
 貉も隣で符をちらつかせると、アヤカシは仁王立ちする二人を憎憎しげに見つめ、逃げるように倉庫内へと戻って行った。

「それ!」
 アヤカシの逃げ道に回りこんでいた六花が、手に持つ紐を力強く引いた。

 バシャ!

「ギッ!?」
 突如頭上から降り注いだ液体に、アヤカシが悲鳴を上げる。
「どうだ! 僕のヴォトカシャワー! さぁ、気持ちよくお眠り!」
 くらくらするほどの酒気が辺りを包む。六花が用意したのは、火酒ヴォトカだ。
 しかし、アヤカシはヴォトカをぺろりとなめずると、何事もなかったかのように隙間に逃げ込む。
「‥‥やっぱりだめ?」
 アヤカシを見送る六花は、隔離と肩を落とした。

「おっと、ここは通しません!」
 アヤカシの進路を岑の放ったダーツが塞ぐ。
 倉庫中央へ顔を出したアヤカシを、岑が牽制したのだ。
「さぁ、大人しく奥の通路に行ってくださいよ」
 尚も分銅を振りまわす岑は、アヤカシ目掛けて投げつける。
「ギッ!」
 憎憎しげに悲鳴を上げるアヤカシは、たまらず方向転換。誘導されるままに袋小路へ進路を取った。

「ふふふ‥‥これで終わりにしようじゃない」
 袋小路へと逃げ込んだアヤカシへ、渚が愛刀を舌で舐めずり、獣のような笑みでにじり寄る。
「さぁ、つーかまえ――わぎゃ!」
 アヤカシ目掛けて飛びかかる渚よりも早く、アヤカシは渚へ向け飛び掛った。
 そして、虚をつかれた渚をあざ笑うかのように足蹴にし、飛び去る――。

「ダメですよ。虐待は」

 いったい今まで何処に潜んでいたのか、突然現れた風鬼が跳躍したアヤカシの尻尾を見事に掴んでいた。
「風鬼さん、今まで何処に!」
「追いかけっこで、この子が疲れるのを待っていたのです。うんうん」
 雫の声にも風鬼は、尻尾を捕まれ暴れるアヤカシを見つめ、頷くだけ。
「ともかく、よぉ捕まえてくれはりました」
 アヤカシを警戒しつつも、優羽華がゆっくりと風鬼に近づいていった。
「さぁ、早く籠に!」
 六花が籠を用意しようとした、その時。
「きゃっ!」
 アヤカシは近づいた優羽華に、突如その鋭い牙を向けた。
「おや、悪戯は感心しませんな」
 牙を剥き暴れるアヤカシを、風鬼は尻尾を支点にくるくると回転させはじめる。
「お、おい!」
 ぶんぶんとアヤカシを振り回す風鬼に、柳斎が慌てて声をかけるが。
「悪戯っ子にはお仕置きです」
 と、風鬼がアヤカシに叱りを入れた。

 その時。

 アヤカシが突如怒りの炎を纏う。
「あつ――あ」
 噴出した炎に虚をつかれた風鬼は、咄嗟にアヤカシを手放した。

 ぺちっ。

『あ』

 回転の勢いを駆り天井まで到達したアヤカシは、天井にその身を強打し、ぽとりと床に落ちて――のびた。
「い、今だ!」
 気を失ったアヤカシを、柳斎が難なく籠へ捕らえたのだった。

●屋敷
「頼重さん、ご依頼のアヤカシです」
 屋敷の門で出向かえた頼重に、岑が棒の先端に取り付けた鉄籠を差し出す。
「ほう、これが‥‥」
 竿の先に吊り下げられた籠の中で牙を向くアヤカシを、頼重がしげしげと見つめた。
「頼重殿、承知かとは思うが、こんな成りでもアヤカシ。非常に危険であると認識していただきたい」
 そんな頼重と籠の間に柳斎が割って入る。
「おっとこれは失礼。見た目が鼠と変わりませんでしたので、つい」
 そんな柳斎に、頼重は胃を押さえながら苦笑い。
「アヤカシの本性がみたいなら‥‥ほらよ」
 二人のやり取りを見ていた貉が、おもむろに籠を掴むと、全力で振った。
「む、貉はん!? あんまり無茶したらあきまへんて!」
「依頼主にご満足いただけるように勤めるのが、開拓者のお仕事なのよ」
 籠を上下に激しく振る貉に、優羽華が慌てて声をかけた、その時。

 ボッ!

 怒り心頭のアヤカシが、紅蓮の炎を纏った。
「お、おぉ‥‥」
「ご満足いただけましたか?」
 アヤカシの変化に驚く頼重に対し、貉は仮面を外し恭しく一礼。籠を元の竿に吊るす。
「頼重さん」
「おぉ‥‥お? なんですかな?」
 いまだ燃え続けるアヤカシに魅入っていた頼重は、岑の言葉にふと我に帰る。
「アヤカシは玩具ではありません。それをわかっているのですか!」
「無論、わかっておるつもりだが――」
「でしたら、なぜ姫様の我侭を素直に聞くのですか! 本当に姫様が大切ならば、貴方がしっかりしてください!」
 頼重の不甲斐無さに、岑は身体を震わせ捲くし立てる。 
「はは、その言葉胸が痛い」
「冗談で言っているのではありませんよ!」
 真剣な忠告を苦笑いで返された岑は、珍しく苛立ちを露にした。
「いや、申し訳無い」
 そんな岑に、頼重は詫びる様に頭を垂れる。
「しかし、それほど心配せずともよいですぞ」
「どう言うことですか?」
 続く頼重の言葉に、雫が問いかけた。
「明日の午後、街の広場においでなさい。此度の依頼の真意がそこで見られよう」
 そう言い残し、腹を擦る頼重はアヤカシの入った籠を受け取ると、屋敷へと姿を消した。

●広場
 広場に集められた民衆が、何事かと騒いでいた。
「皆の衆、静まれ」
 備えられた壇上に上がり、頼重が民衆の注意を集める。
「これにあるは、昨今港を騒がせていたアヤカシである」
 頼重は開拓者より引き渡されたアヤカシを、民衆の前に晒した。

 ざわっ。

 どよめく民衆。
 籠に入れられた小さなアヤカシを、憎しみと畏怖の念で見つめていた。
「みなのもの! この『沢繭』はアヤカシのきょういに晒されておる!」
 そこに現れたのは振々だ。民衆から見えやすいように、壇上に追加の足場台を置いてふんぞり返る。

 ざわざわっ。

 領主代行の登場にさらにざわめく民衆。
 アヤカシの籠と振々を交互に見つめ、次の言葉を待っていた。
「しかーし! この『沢繭』にいるかぎり、アヤカシのきょうふからみなを護ると、この振がやくそくするのじゃ!」
 ふんぞり返りすぎて台から転げ落ちるのでは無いかと、はらはらする頼重の心配を他所に、振々は高らかに宣言した。
「やってよいぞよ」
 ざわめく民衆から壇下の一行へ視線を移した振々がそう呟く。
「え?」
 突然かけられた声に、六花が呆気に取られた。
 他の皆も何のことなのかと、お互いの顔を見合わせる。
「なるほど――では」
 唯一風鬼だけは言葉の意味を理解したようで、平然と壇上へ上がり、おもむろに抜き放った短刀を――。
 
 サクッ。

 籠の中で暴れるアヤカシに向け突き立てた。
「ギャッ!」
 一突きに急所を刺されたアヤカシは、小さな悲鳴とともに、その身を瘴気の霧へと変えてゆく。
「みなのもの! ここに憎きアヤカシはほろんだのじゃ! もう心配いらぬ、安心してくらすがよいのじゃ!!」
 霧散するアヤカシをビシッと指差した振々は、再び民衆へと向き直った。
 アヤカシの消滅と、振々の言葉を受け、固唾を飲んで状況を見守っていた民衆に、大歓声が湧き起こったのだった。

「なるほどねぇ、領主ってのも楽じゃ無いな‥‥」
 そんな様子を壇下で見守っていた貉が呟く。
「こんな目的があったやなんてねぇ」
 演説を静かに聴いていた優羽華も、感心したように呟いた。
「幼子の我侭かと思っておったが、いやはやなかなかにできた領主だな」
 柳斎は、はははと豪快に笑い飛ばす。
「まぁ、アヤカシで遊んで怪我されるよりは、何倍もましだね」
 アヤカシの扱いをどうするのかと心配していた六花も、ほっと胸を撫で下ろした。

「皆、ごくろうであった!」
 演説が終わり壇を下りた振々が、一行へ声をかける。
「今度は、もうちょっと『みばえ』のするものをたのむのじゃ!」
 懲りない振々に、一行は苦笑いで返すのがやっとだった。