黒曜華〜邂逅の時〜【震嵐】
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/16 20:40



■オープニング本文


 我先にと萌える新緑が眼下に眩しい。空は雲一つない青空に澄んでいた。
「この峠を超えれば目的地はもうすぐだ! 気合入れろよ!」
 隊の先頭を行く、隊長らしき人間がぶんぶんと指揮棒代わりの槍を振り回す。
 答える声は、「おー……」と力ないものであった。
「貴様等、気合が足りんぞ! そんな事で戦場にて戦った友軍に顔向けができるのか!」
 むっふーっと鼻息荒く小隊長の激は絶好調だ。
 町を出てからこの調子な小隊長に付き合ってもいれば、隊員達の士気がダダ下がりなのも頷ける。
 この隊長が指揮する小隊は、激戦であった東房北部戦地から、とあるモノを遭都へ輸送する隊であった。
「牛に鞭を入れろ! 陽の落ちる前に一気に超えるぞ!」
 一人、戦勝気分な小隊長は再び槍を掲げ、峠の天辺を指し示す。
 小隊は崖と岩肌に挟まれた、険しい山道を進んでいた。

「なんで僕が荷物扱いなのか、詳しく説明して欲しいところだよね」
 からくりなので表情の変化は乏しいが、その言葉から結構ご立腹の様子。荷台の縁に肘をつき、むすっと行き先を見つめている。
 同行する開拓者からは苦笑が漏れた。そもそも峠道早々に力尽きたのは誰であったのかと。
 運んでいるモノに対し、道中はとてものんびりとした雰囲気で過ぎていった。


 峠も頂上を超え、後は下り坂を残すのみ。
 隊長の士気は相変わらずの天井知らずであるし、隊員達にもここにきてようやく笑顔が見え始めた。
 開拓者を含め、隊の誰もがこのまま無事都へとたどり着くと、そう思っていた。

 突然、空が陰った。

「うん?」
 先ほどまで雲一つない青空であったはず。隊の皆は一斉に空を見上げた。
「な、なんだあれは……?」
 いや、雲ではない。それは――。
「蝙蝠……?」
 空を小さな黒点が埋め尽くしている。確かに、上がった声が言う様に黄昏時に獲物を求めて飛び立つ蝙蝠の大群に見えなくもない。
「まだ日は暮れてないぞ……?」
 そう、まだ日は高く、蝙蝠達の活動時間には早すぎた。
「じゃあ、あれは一体……」
 隊の誰もがその正体を見極めようと空に目を凝らすが、いくら見つめても黒点にしか見えない。
「アヤカシだね」
 と、荷台に揺られていた泉が呟いた。
「ア、アヤカシだと!?」
 咄嗟に隊長が槍を空へと向ける。
「そそそ、総員戦闘態勢だ!! 開拓者、お前達もだ!!」
「まぁまぁ、落ち着いて。多分、あれは本体じゃないと思うよ」
「では一体……」

『ほう、面白いものを連れているな』

「「「っ!?」」」
 いきなりの声に、隊の一同が振り向く。
 それは、数十m後ろに静かに佇んでいた。
 背は170cmを超えるだろうか。女としては長身だ。
 腰下まで伸びる闇を溶かしたような黒髪に、白磁の如き顔が際立つ。
 瞳は真紅。まるで血で染め上げたかのようであった。
「おおお、お前は何者だっ!!」
 先頭にいた隊長が最後尾まで一気に走り、坂の上へ向け槍を構える。
 この隊長、どうやら実戦経験はあまりないようだ。声ばかりでなく、足まで震えている。
『死にゆく者に名乗る必要はなかろう』
 と、答えた瞬間。女は隊長の目の前に現れた。
「なっ!? ぐふ……」
 隊長が女へと寄りかかり、その背からは……。
「隊長ぉ!!」
 鮮やかな血にまみれた腕を支点に、隊長は力なく地へ倒れる。
 隊員達はなすすべなくその光景を見つめるしかなかった。
 それもそのはず、すでに隊員達は気付いていた。その禍々しいまでの強烈な瘴気の存在を。
 常人であれば視界に入れただけでも絶命しかねないほどの強烈な瘴気は、志体を持つ隊員達さえも硬直させた。
「普通のアヤカシじゃないよね、どう見ても」
『ほう、開拓者か』
 いつの間にか荷台を降りた泉とその仲間達が、アヤカシと隊員達の間に立つ。
「亜螺架……!」
 目の前の強大な瘴気を放つアヤカシの正体を知る仲間もあった。
『さぁ、その荷をもらおうか』
 隊長の骸を踏みつけ、亜螺架は一歩近づく。
「はいどうぞ、って渡すとは思ってないよね?」
『ふっ……ならばどうする?』
「決まってるさ。ねぇ、みんな?」
 泉は仲間達に声をかけると、そそくさとその陰に隠れる。
「応援は任せてよ!」
 そう言って、仲間達の背を押した。


■参加者一覧
劫光(ia9510
22歳・男・陰
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
破軍(ib8103
19歳・男・サ
白鋼 玉葉(ic1211
24歳・男・武
小苺(ic1287
14歳・女・泰


■リプレイ本文


「ぐぅ!」
 まるで大岩に穿ったような衝撃に、端整なロック・J・グリフィス(ib0293)の顔が歪む。岩をも砕くロックの一撃にさえ亜螺架の歩みは止まらない。
『無駄なことを』
 亜螺架の口元が嘲笑に揺れた。その鮮血色の瞳に映るのは、荷台に張られた結界の仄かな光。攻撃を加える開拓者には一瞥もくれない。
「そう簡単に行かせるか……」
 首の後ろで暴れる鈍い痛みを気力でねじ伏せ、破軍(ib8103)が立ち塞がった。
「これしきで斬られてくれるなよ……!」
 餓狼の牙を晒し、野獣の咆哮を谷に響かせる。炎の力を纏った霊剣が亜螺架に振り下ろされた。
 真紅の刃は亜螺架の漆黒の衣に吸い込まれ、盛大な火花を上げる。
『わざわざ貴様達の言葉で話してやっているというのに、理解もできぬ程に阿呆なのか?』
 しかし、炎の刃は一分たりとも黒衣に食い込むことはなかった。
 嘲笑に揺れる口元から目を上げれば、真紅の瞳には憐みさえ浮かぶ。
「くっ……」
 大きく飛びのき距離を取った破軍を庇うように、ロックが再び前に出た。
 じわりじわりと迫ってくる黒鎖の実力は、初撃で理解した。しかし、それでも仲間達の盾たらんとするロックに退くことは許されない。
「何度もアプローチするのは俺の流儀に反するが、相手が相手だ、大目に見てくれよ?」
 口調はまるで町娘を口説くそれである。もちろん相手が真に受けるわけもない。それはただ自分を鼓舞するための軽口であった。
「悪いが俺を無視して他の男の所へ行かせるわけにはいかないのでな」
『ほう、大した自信だな』
 と、ロックの大口に関心を示しつつも、亜螺架は歩みを止めることはない。
 彼我の距離はすでに腕を伸ばせば届くほどに迫っていた。
「その首、置いていけ……!」
 大盾が黒死と交錯した、その瞬間。亜螺架の直上より紅刃が降りかかる。
 ロックの背を足場に、破軍は一息で飛び越えると、亜螺架へと刀を振り下ろした。
『学習せぬ奴らよ』
 しかし、結果は変わらない。紅蓮の刃は亜螺架の表面で勢いを止めた。

「やはり一筋縄ではいかないか……!」
 鈍く響く首筋の痛みに抗いながら、劫光(ia9510)は戦友達の戦いぶりと共に『亜螺架』を目に焼き付ける。
 前衛の二人が弾き飛ばされるのを確認してなお、劫光は身動きを取ることができなかった。
『貴様も立ち塞がるのか?』
 亜螺架の歩みは速度を変えず続いている。このままいけば劫光との邂逅も時間の問題だった。
 実力の差は歴然。歴戦の陰陽師である劫光だからこそ、それははっきりとわかった。ならば取る行動も自ずと決まってくる。
「おい」
 劫光は亜螺架を凝視したまま、背に隠す泉に声をかける。
「うん?」
「何か解ったら教えてくれよ」
「知りたいなら『鍵』を手に入れないとね」
「そうだな」
 それだけを伝え、劫光は剣を抜く。

 邂逅の時に打ち上げた狼煙は、すでに風に流されて消えていた。


 亜螺架の強大な瘴気に当てられた牛達は、発狂の後、すでに絶命していた。
 白鋼 玉葉(ic1211)は倒された隊長に代わり指揮を執り、状況は何とか持ち直す。
「急げ、敵は待ってはくれぬぞ」
 牛に代わり護衛兵達が人力で押す荷車は、何とか戦場から遠ざかりつつあった。
「上空のアヤカシはいったいどこへ……」
 共に護衛に回ったフレイア(ib0257)が遠望鏡から覗く空の様子に訝しむ。細い世界に映る空に、亜螺架出現前に見えた黒い群体の姿は見当たらなかった。
「残った黄泉の眷属やもしれん。ならば掃討隊が出ていよう」
「……それならばよいのですが」
 今は対する敵が減ったことを僥倖とみるべきだろうと、フレイアは自らを納得させ、後方へと視線を移した。その時――。
「うにゃぁぁ!?」
 荷台が強烈な衝撃にぐらりと傾く。撤退するフレイア達の元に小苺(ic1287)が吹っ飛んできたのだ。
「どうした、何があった……!」
 くるくると目を回す小苺に、玉葉が強い口調で問いかける。
 小苺は荷台の後方を守っていたはず。それがここに居るということは――。
『あまり手間を掛けさせるな』
 聞きたくもない声に、フレイアと玉葉、そして輸送隊の面々は一斉に後方を振り向く。
「馬鹿な……早すぎる……!」
 前線に残った三人はいずれも数々のアヤカシを屠ってきた熟練の開拓者だ。
 それが数分の時間も稼げずに抜かれたという事実に、玉葉は愕然とする。
「――――アークブラスト!!」
 しかし、フレイアは既に詠唱を終えていた。
 凛とした宣言と共に、精霊力の白燐を纏い突き出された手に光が集まる。
 閃光は瞬時に4つ生まれた。それぞれの光は雷撃の刃を纏い亜螺架へ直進した。
「……倒せると自惚れるつもりはありません。ですが、少しは『痛かった』でしょう?」
 フレイアは過去に見た、亜螺架が取り込んだアヤカシとの不和点。亜螺架の肩を狙った。
 峠に木霊す爆音と黒煙に、フレイアは突き出した手をゆっくりと下ろすと、砂煙の行方を見つめた。だが――。
『――それは一度見せてもらったな』
 立ち込める砂煙を割り聞こえてきた、亜螺架の声。そこに痛みも焦りも感じられない。
 身構える一行が注視する中、砂煙が晴れていく。
「避雷針、だとでもいうのですか……!」
 現れた亜螺架の目の前には、三本の黒柱が屹立していた。
『だが、4本とはな。女、思った以上にやるようだ』
 しかし、フレイアの実力が亜螺架の予想を上回る。避雷針の防衛陣を突き抜けた一本は、亜螺架の肩を焦がす。
「完全に融合した、のですか……」
 弱点と思われたその部位に、特異な変化は見られない。
『貴様は、邪魔だな』
 そんなフレイアの思惑など意にも介さず、雷閃に焼かれぱらぱらと煤の様な黒燐を散らす亜螺架の声質が変わった。 
「っ!」
 邂逅以来、初めて向けられた強烈な敵意に、流石の魔女も怯む。
「気をしっかりと持て! それでも志体を持つ選ばれし者か!!」
 一方荷台では玉葉の鼓舞が空しく響く。輸送隊の面々は腰を抜かし、気絶する者さえ現れた。
「くっ……下級兵には荷が勝ちすぎるか」
「仕方ありません。我々だけでなんとか――」
『なるとでも思っているのか?』
「「っ!?」」
 二人が視線を固定していた先には、既に姿はない。そして、声は真横。丁度二人の間から響いた。
「アークブラ――」
「護法鬼――」
『遅いな』
 二人が詠唱を完成させるよりも早く、亜螺架の凶手が二人を襲う。
 フレイアは谷へ、玉葉は崖へ。まるで綿人形のように、一度も地に触れる事無く跳ね飛ばされた。
『開拓者とて、所詮この程度か』
 一度は滅ぼされる寸前まで追い詰められた相手。それが護大を手に入れた今や、取るに足らない有象無象と成り果てた。
 亜螺架は体の半分を崖にめり込ませる玉葉、そして、谷から僅かに覗くフレイアの手をそれぞれ一瞥すると、絵画の様に整った顔に憐れみと悲しみを浮かべる。
 二人が倒れ、もはや亜螺架の行進を防ぐ者はないと思われた、その時。
「――んにゃぁ!!」
 亜螺架の初撃で昏倒していたはずの小苺が、両手を支点に飛び上り亜螺架へ蹴りを見舞った。
「さっきのお返しにゃ!」
 小苺の放った両足は、亜螺架の顔に直撃する。
『獣などに用はない』
「ふにゃ!?」
 しかし、不意打ちの一撃すら亜螺架の『鋼体』を破ることはできない。亜螺架は見舞われた蹴り足を掴むと、切り立った崖を目がけて投げ放った。
 だが、小苺は猫族の獣人。中空でひらりと身を翻すと、絶壁を足場に再び跳躍。亜螺架へ挑みかかる。
「まだまだ、これくらいじゃ終わらないのにゃ! アラカビ、覚悟するにゃ!!」
 何度も何度も、弾かれては挑みかかる。攻撃手である自身が削れるのさえ厭わずに、小苺は蹴り続け、殴り続けた。
 まだまだ未熟な実力では、亜螺架の防御を破る事などできないと、小苺自身が一番よく理解している。
 しかし、無駄だとわかっていてもやめる訳にはいかなかった。
 理由は二つ。一つは亜螺架から一寸でも荷車を遠ざける事。そしてもう一つは――。
『小煩い蠅め』
「にゃぁ!?」
 ついに亜螺架の反撃に小苺が地を舐める。
『そうまでして死にたいのならば、貴様から――――むっ』
 地に伏した小苺に、隊長を屠った一撃必死の手刀を向けた亜螺架が、突如劫火に包まれた。
「……はあっ!!」
 天を突く業火の中に揺れる黒い影を目がけ、真紅の刃が再び振り下ろされる。
 裂帛の気合いを持って放たれた破軍の刃は、炎諸共全てを両断した。
「すまない、待たせたな」
「……来てくれると思ってたにゃ」
 この時、小苺の二つ目が叶った。腕の中で安堵し瞳を閉じた小苺を静かに寝かせた劫光は破軍と肩を並べる。
「やったか?」
「……いや」
 劫火は二つの炎に割れ、次第に消えた。残ったのは消し炭かと思われた黒い存在。
 輪郭すらはっきりとしない黒い靄は、次第に寄り集まりゆっくりと像を結んでいった。


 ロックがフレイアを谷から引き揚げ、泉が崖にめり込んだ玉葉を引っ張り出した。
 フレイアはかなりの怪我を負ってはいたものの、自らの回復術で血は止まっている。
 問題なのは玉葉の方であった。亜螺架の痛烈な一撃と崖への激突の衝撃により、陶器にも似た体のあちこちに大小さまざまなヒビが走る。
「寝ておいた方が身のためだと思うけど?」
「破損率四割強というところだ。問題はない」
 泉の言葉にも玉葉は無表情で答える。人であれば全身の4割以上もの部位を破損すれば起き上がる事すらできないが、元来痛みを感じる事のないからくりである彼にはそれができる。
 玉葉は亜螺架と対峙する仲間達の元へ歩み寄り、刀を抜いた。

 荷台は既に亜螺架に落ちていた。
 戦力外の護送隊を後方へと下がらせた一行は、一定の距離を置いて対峙する。
『まだやるのか?』
 片腕を荷台の結界に翳す亜螺架が振り向いた。
「……亜螺架。大アヤカシであるお前が何故護大を欲する」
 失望に視線を揺らす亜螺架に向け、玉葉が口を開く。
『貴様等に答える義務があるのか?』
 結界に片手を翳しながらも亜螺架は小さく口元を歪ませると、玉葉の質しに乗った。
「二つもの巨大な力を吸収すれば、どうなるかくらい知っているのだろう」
 玉葉は過去に起こった大アヤカシとの戦闘の記録を思い起こし、慎重に言葉を選びながら亜螺架へ問いかけていく。
『知らぬと答えれば、貴様達はどうするつもりだ?』
 しかし、亜螺架はその質問をあざ笑う様に、逆に質問で返した。
「……黄泉と同じく神代を……穂邑を攫う気か」
 この言葉に、亜螺架の表情が変わった。
 今まで嘲笑に歪んでいた口元が真一文字に引き結ばれる。そして、再び開かれた口からは。
『神代……穂邑。なるほど、黄泉はそれで二つ目を取り込んだのか』
 玉葉が失言に口を塞ぐが、時すでに遅い。亜螺架は口元を釣り上げ、不敵な笑いに凄みを増す。
 それと同時に、破砕の甲高い音を峠に響かせ、ついに護大の結界が破られた。


 結界が破られた今となっては、最早、亜螺架が護大を回収する一瞬が最後の機会。
 荷台の中に手を伸ばし入れ、背後が全くの無防備になった亜螺架に向け、
「今更、武士道なんて語るなよ!」
「……元からそんなものは持ってねェ」
 劫光が鈍い痛みを振り払い再び業火を見舞い、再び獣の咆哮を上げながら破軍が紅刃を振るう。
 呪縛に囚われながらも、二人は少しでも何かの糸口が見えないかと、様々な攻撃を繰り返した。

「なんだこの感覚は……」
 護大を渡すまいと二人は執拗なまでの攻撃を亜螺架に加えている。
 本来、自分が真っ先にそこに立たなければならないロックが、今まで感じたことのない感覚に戸惑いを見せていた。
「どうやら、貴方も同じなようですわね」
「フレイア嬢もなのか……?」
「年下に嬢と呼称されるのは、些かこそばゆいですが……。多分同じ感覚を共有しているのでしょう」
 隣で共に攻撃の機会を窺っていたフレイアもまた、首筋を気にしている。
「しかし、今は構っている暇は……なさそうですね」
 不快な痛みに表情を曇らせながらも、二人は眼前で善戦する仲間に目をやった。
「フレイア嬢、一つ頼みたいことがある」
「……お聞きしましょう」
 激戦の最中、ロックはフレイアの耳元にすっと口を近づけた。

『それが徒労だというのが何故わからん』
 破軍の突撃を劫光と玉葉の火炎が援護するが、全ての攻撃は亜螺架の体に届く寸前に、強力な『壁』に阻まれた。
「ならばこれはどうですか!」
 再び放たれる4筋の雷閃。一度は亜螺架を『削った』魔女フレイアの痛烈な一撃が再び見舞われた。
 だが、結果は先ほどよりも悪い。四本に増えた避雷針が地面から林立し、雷閃の全てを吸収する。
「まだ終わってはいないぞっ!!」
 避雷針を打った雷閃はプスプスと焦げ臭い臭いと共に立ち込めた黒煙を隠れ蓑に、ロックが亜螺架の死角を突いた。
「何だと……!?」
 鈍い痛みを振り払い放たれた騎士必殺の一撃も、亜螺架の『表面』を僅かに塩へと変えただけだった。
『護大の力を甘く見るなよ?』
「ぐはぁっ!!」
 大盾ごと吹き飛ばされながら、ロックは驚愕していた。
 上級であった頃の亜螺架は既に『鋼体』を持ってはいた。しかし、それは集中していた1点のみ。
 それが今回はどうだ。破軍の渾身の一撃を防ぐ、その正反対にくれた一撃をも『鋼体』により防いだのだ。
『終わりのようだな。では護大は頂いていくぞ』
 亜螺架から発生した巨大な黒霧が、護大を内包していく。
 開拓者達は奪われていく護大を成す術なく見つめるしかなかった。


『神代……穂邑か。面白い』
 そう言い残し黒鎖の王は去った。
 傷つき呆然と佇む一行の元に残されたのは、牛の死骸と軽くなった荷車だけ。
「大アヤカシ『亜螺架』……これ程までか」
 刀を鞘に納めることも忘れ、破軍が呟いた。
「むざむざ護大を奪われるとはな……!」
「だけど、得たものもあるにゃ……!」
 劫光が拳で地面を打ち付ける中、泉に肩を借りる小苺が声を上げる。
「またあの力、お願いできるかにゃ?」
「うん、『鍵』があるならね」
「あるにゃ!」
 小苺が指差したそれはフレイアの雷閃が剥した亜螺架の黒燐だった。
「なるほど、さっきの奴の破片だね。了解したよ」
「待て! 何をしている!」
 と、黒燐に手を伸ばしかけた泉を、玉葉が止めた。
「泉んはね、アヤカシを食べると、にゃんと! その能力を分析できちゃうのにゃ!」
 まるで我が事のように自慢げに胸を張る小苺。
「馬鹿な! 呼吸せぬ我等だからこそカビの感染を防げたのだ。それを自ら取り込むだと!? 正気か! 確かに能力の解析はできよう。だが彼女がどうなるかわからんのだぞ!」
 だが、玉葉の強い主張に、小苺に言い返す言葉はなかった。
「で、どうするの?」
 推進派と反対派が二分する中、泉が開拓者達を交互に眺める。
 表情の変化に乏しい泉の問いかけに即答できる者は、今この場にはいなかった。