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■オープニング本文 ●此隅の開拓者ギルド 天儀でも有数の規模を誇る此隅の開拓者ギルドは今日も仕事を求める開拓者達でごった返していた。 依頼を求める開拓者達が行き交い掲示板の前に列をなし、ギルド職員は事務手続きから個々の対応まで、様々な業務にてんやわんや。 それが開拓者ギルドの日常だった。 「はふ〜、今日も平和ですね〜」 そんな、まったくどこからどう見ても平和な光景には見えないギルドの様子を、場末の机からのんびりと眺める影一つ。 「こんな日は縁側で日向ぼっことか最高ですよね〜」 とろ〜んと蕩けたまなこをこしこしとこすり、小ぶりな大福なら一飲みできるほどの大あくびも遠慮なしにかます。 この空間だけがぽっかりと切り取られたようにのんびりとした時間を醸し出していた。 「きーちーりー! こんなところでなぁに油売ってるのっ!」 と、突然、平和空間を切り裂かんばかりの声が降り注がれる。。 平和なぽかぽか空間は、雷の如く怒号によりその終焉を迎える。 「うにゃ〜? ああ〜、縫衣ちゃん。お久しぶりです〜」 しかし、自堕落な平和を享受していた当のご本人は、机のひんやり具合を確かめながら、視線だけを上に移す。 そこには、顔まで覆い隠すほどの書類の束を抱えた同僚の姿が。 「今朝会ったばかりでしょ! この忙しいのに一体何してるの!」 「なにしてるの〜、って言われても〜。私、今日はご新規様ご案内係だし〜」 剣幕鋭く見下ろしてくる同僚に、吉梨は大きくずれた眼鏡をくくいっと持ち上げ自信満々に答えた。 「私は別にサボってるわけじゃないんだからね〜。ここで職務を全うしてるんだから〜」 忙しさのあまり気が立つ同僚に、吉梨は与えられた職務は渡すまいと机をがっちりと抱きしめる。 「それに〜、昨今、開拓者に新規登録しようって酔狂……じゃなかった、粋なお人も少なくなってきたし〜、そもそも新規に開拓者になる人は神楽に行くし〜」 「だからってこんなとこでへたばって――て、はい! すぐ行きます!」 「いってらっしゃ〜い。がんばってね〜」 説教半ばで上司に呼ばれ奥へと去っていく同僚に心からのエールを送り、吉梨は再び机の冷気に身を預ける。 「は〜、平和って最高ですよね〜」 「うんうん」 「これがお仕事中っていうのが拍車をかけてますよね〜」 「へぇ、そういうもんなんだ」 「これぞ至高の一時なんですよ〜。何せこうしてるだけでお給料が――って、あなたはどなたでしょう〜?」 顔を上げればそこには、ちょこんと座った一人のからくりの少女がいた。 「えっと、向こうで殺気立ったお姉さんからこっちに行けって言われたんだけど」 「ああ、今日の縫衣ちゃんは鬼化してますからね〜。まぁ、普段もあんまりかわら――ふぎっ!?」 どこからともなく飛来した二千項にも及ぶアヤカシ大百科に脳天を直撃され、踏みつぶされた虫のような悲鳴を上げ蹲る吉梨。 「おぉ、これが因果応報。人の世界は勉強になるね――って、そうじゃなくて。ここで開拓者っていうのになれるんでしょ? ボク、開拓者になりに来たんだ」 目の前で起きたお約束な光景を脳内記憶野に保存しながら、からくりの少女はここに来た目的を話す。 「ほう、ほほほ〜ぅ、あなたが今流行りのボクっ子っていうやつですか〜」 でっかいたんこぶをさすりながらも、吉梨は初めてお目にかかったからくりさんに興味津々。 ちょこんと座った彼女をつま先からアホ毛の先まで舐めるように見た。 「なるほど〜、容姿端麗、落ち着きもありそうですし、なかなかに知的な雰囲気も漂ってますね〜。資質は申し分なさそうですが〜――」 グータラしてはいても長らくギルドの職員としてやって来た身、人を見る目はそれなりに確かだ。 「しかしですね〜、あなたは開拓者には向きませんね〜。やめておいた方が身のためです〜」 「え? なんで?」 「ふっふっふ〜、それはですね〜……開拓者さんの中にはボクっ子なんて溢れに溢れているからなのです〜! キャラ立てするには薄すぎるのです〜!」 ドドーンと小ぶりな胸を張り、吉梨は今年最高のドヤ顔を披露した。 ――しばらく訪れる、何とも言えぬ生ぬるい空間。 「…………え〜っと、そろそろツッコミがほしいのですが〜」 「え、あ、ごめん。荷物纏めて帰るところだったよ」 「いやいやいやいやいや! 帰っちゃダメでしょ、そこは〜!?」 すでに踵を返していた少女を、吉梨は必死で繋ぎ止めた。 わかりにくいボケで貴重な対アヤカシ戦力を失ったとあれば確実に減俸ものだ。 「ひ、一先ず仮登録しますので、お名前をいただけますか〜?」 足を止めてくれたからくりさんに心からの感謝を胸に、吉梨は書類を差し出す。 「名前……う〜んと、人間はボクの事を『ちしきのいずみ』って呼んでたけど、それが名前なのかな?」 「なのかな? と言われましても〜、って、記憶喪失属性までつける気ですか〜? それも余り――って、帰らないでください〜〜!!」 再び踵を返しそうになる少女の退路を、俊脚並みの高速移動で差し止める吉梨。 「えっと〜、『地式野 泉』さんですね〜、承りました〜。でもここでは仮登録だけになりますので、本登録をしてくださいね〜」 「本登録?」 「ええ、神楽の町のギルドでお願いします〜」 「神楽の町……そこは遠い?」 「近くはないですね〜。一人で行くのが不安でしたら、あちらで依頼を出すといいですよ〜」 「ふむふむ、あっちだね、わかった。ありがとうね」 「は〜い。じゃ、この紹介状を持って神楽の都へ行ってくださいね〜。では、よい開拓を〜」 すでに机の虜に戻った吉梨は、渡すものだけ渡してパタパタと手を振る。 「神楽の町、か。いったいどんなところだろう。『鍵』もそこにあるのかな」 少女はまだ見ぬ町に思いを馳せ、込み合う依頼受付に向かった。 |
■参加者一覧
水月(ia2566)
10歳・女・吟
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
丈 平次郎(ib5866)
48歳・男・サ
柊 梓(ib7071)
15歳・女・巫
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
小苺(ic1287)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●道中 不思議なからくり少女と共に、肌寒さ残る青空の元、行き交う人々の多い街道を神楽へと歩んでいた。 開拓者一行は水月(ia2566)を先頭に、小苺(ic1287)、刃兼(ib7876)と続き、泉(仮)の手を取る柊 梓(ib7071)、レティシア(ib4475)、そして、丈 平次郎(ib5866)だ。 楽しげな少女達の会話が止め処なく流れ、日差しが少し早い春を感じさせる穏やかな時間の中、刃兼は少女達の歩幅に合わせゆっくりと歩む。 「まるで寺子屋の遠足だ。なぁ先生」 「何か言ったか……?」 「いや、何も? それより平次郎殿、少し気を抜いてはどうだ? 顔が怖いぞ」 「……仮にも護衛だ。何があるか判らないだろう」 「この大街道で昼間から? 心配ないと思うけどな」 少女達の頭上で交わされる言葉。 それは、一行にあって明らかな場違い感を醸し出している平次郎に向けた刃兼なりの気遣いなのか、はたまた――。 「……もうすぐ朱藩なの」 と、そんな頭上の会話を知ってか知らずか、てくてくと小さな歩幅で先頭を行く水月が振り向いた。 天候を予測しつつ彼女が先頭を行ってくれるおかげで、旅はすこぶる順調に進んでいる。 「へぇ。朱藩っていえば、引きこもりの海賊もどき達の国だよね。特産物が屑鉄だっていう」 泉は街道の先に見えてきた関所を見やりながら、森の社で収集した知識を引っ張り出す。 「な、なかなかの毒だな」 朱藩の成り立ちを単純明快に説明すれば確かにそうかもしれないが、さらりと言ってのける泉に刃兼は思わず驚いた。 「その認識は少し改めるべきかもしれませんね」 刃兼の驚き顔をきょとんと見上げる泉に、レティシアは日傘を差し出しつつ笑顔で答える。 「今の国王はとても大らかな人物で、開かれた国を目指しているんですよ」 「へぇ、じゃ今はちょっと違うんだ」 書物で得られた知識ではない真実がそこにある。泉は期待に満ちた目で一行を見渡した。 「……一言でいうと、派手なの」 「派手?」 「傾奇者が多いってことでしょうか。鎖国していた反動なのかもしれませんね」 「最新の武器とかもたくさんあるの」 水月とレティシアは交互に説明を加える。その姿はまるで小さな妹に自慢げに話をする姉達のようでもあった。 泉も二人の説明に積極的に質問し、自らに吸収していく。 「やっぱり外は楽しいね。知らないことがたくさんあるや」 「う、うん、勉強になるのにゃ……」 と、なぜか小苺まで。 そんなとりとめのない話をしながらも、一行は関所へと足を踏み入れた。 「こうやって国と国を跨ぐのも陸路を取った醍醐味ですしね」 関所の中にある見えない国境をぴょんと飛び越えたレティシア。 「シャオも!」「……えい」「ふに……」 続いて小苺。水月と梓も見えない国境を飛び越える。 「じゃ、俺も。さぁ、お手をどうぞ」 さらに刃兼まで続き、武天側で期を計っていた泉の手を取った。 「……」 そして残った、ただ一人。 「さぁ、平次郎殿も遠慮なく。ぴょーんと行こう、ぴょーんと」 「こうにゃ、こうするにゃ!」 「……」 ニコニコと、お前そんな顔普段しないだろう、と見る者が見れば突っ込みそうな笑顔の刃兼に、猫の眷属らしく軽やかな体捌きで、その場にピョンピョンする小苺は水月の手を取り平次郎に見本を示す。 「……」 ただ、梓だけはどこか戸惑いを含んだ瞳で平次郎を見つめていた。 「お、お前ら……だ、誰がそんなことするか……!」 もちろん障害物などないのだからわざわざぴょーんなどする必要はない。平次郎は皆の声援を無視と決め込むとゆっくりと歩みだす――。 「皆さん期待されていますよ?」 が、待ってましたと、レティシア。 「な、何を――」 その言葉に歩みを止めた平次郎が恐る恐る周りを見渡すと、一行だけでなく関所に詰めた兵士や旅人まで超注目&超期待。 「ぐっ……なんで俺がこんな……! くそぉぉぉぉ!!」 ●夜 なぜか練力を大きく消耗し大樹の陰で一回り小さくなる平次郎に代わり、野宿の準備を進める一行。 道中に宿場はあったが、複数から野宿を経験させるのも悪くないとの意見が上がり、一行は街道を少し外れた場所で野宿することになった。 「これも開拓者の嗜みなの」 一番の小柄ながら、積極的に野営を進める水月の手際はいい。自分の何倍もある幌をテキパキと張っていく。 「鳴子も張り終わりました。水辺へ行くときは引っかからないように注意してくださいね」 こちらも旅慣れたレティシアが、手際よく警戒縄を張り巡らせていた。 「泉ん、これが世にも珍しいキングオニコンボウダケにゃ! で、こっちがクインマンドラゴラにゃ!」 食糧調達から戻った小苺が籠一杯のキノコを自慢げに泉へ見せびらかす。 「うん、シイタケとシメジだね。この季節によく生えてたね。すごいすごい」 「と、当然なのにゃ! にゃせいの勘なのにゃ!」 さっきまでの気勢はどこへやら。泉のツッコミに小苺は必死にごまかす。 「焚き火、たいまつ、火種で、作った、です」 暖と食事を取るための焚き火と、明り取り用のたいまつ。梓はその一本一本に火を灯していった。 焚き火を囲み夕餉が始まった。 開拓者として歩み始める泉を囲み、食事をとりながら冒険の話に花を咲かせる。 「これは私の村に伝わる飲み物です。とても体が温まりますよ」 レティシアが皆にホットチョコレートを配ると、吟遊詩人として長い開拓者生活で得た経験を詩に乗せ紡ぐ。 数多の人種が混在する開拓者達の本拠地・神楽。 世界一活気のある楽しげな詠歌。 風と砂が大地を埋め尽くす南方アル=カマル、熱気と豊楽に彩られた心躍る賛歌。 果ては北方ジルベリア、極寒の大地で繰り広げられた開拓者達の熱い戦いの挽歌を。 聞く者を虜にするその歌声に、泉だけでなく皆が果てしない冒険の旅に思いを馳せた。 宴は歌声と笑顔に彩られながら、夜遅くまで続けられた――。 「記憶が戻ってもやることは同じか……」 月見で一杯。肌寒い夜風も酒熱が和らげてくれる。人知れず、焚き火から離れた平次郎は木の根元で月を見上げる。 「なぁ、平次郎……俺はどうしたらいい? あの子をどうしてやればいい?」 言葉の行き先はどこなのか、平次郎自身もわからない。ただ、答えだけが欲しかった。 しかし、返事があるわけはない。それはすでに消えた『魂』なのだから。 「やっぱりそういうことだったのか」 「っ!?」 と、不意に大樹の影から音もなく現れたのは刃兼だった。 「すまない、驚かせるつもりはなかったんだが、声が聞こえてな」 「……」 「なるほど、探し物は見つかったみたいだな」 ● 大盛り用意した食事はすっかり開拓者達の胃の中へ。 「す、すごいね」 「開拓者は体が資本なの」 大の大人でも悲鳴を上げそうな量をぺろりと完食した水月はエッヘンと胸を張る。 「どこにそんなに入るんだろう……ねぇ解剖してもいい?」 物理的な問題をも超越する水月の胃袋に、泉は別段の興味を示した。どこからともなく取り出した鋭利なものを持ち、水月ににじり寄る。 「そそそ、そんな事よりも、泉さんはどうして開拓者になろうと思ったの!?」 目がマジっぽい泉に流石に慌てたのか、自らのお腹を死守しつつ水月は話題を変える。 「え、うん? ああ、開拓者?」 「なの」 「うーん、特に理由はないんだけど、しいて言えば……アヤカシといっぱい会えそうだから、かな?」 「アヤカシと、会う……?」 一瞬泉が発した言葉の意味を理解できず、水月はきょとんと固まった。 そもそも一部の人間を除いては、アヤカシなんて一生会いたくもない存在だ。そんな忌み嫌われる存在に会いたいとは。 「どうしてアヤカシなの? アヤカシなんて――」 「それよりさ、解剖させてくれる? 大丈夫、痛くないようにするからさ」 真意を聞き出そうと問いかける水月だったが、泉が先の話をぶり返す。 「ダ、ダメなの! これは大切なお腹なの!!」 結局確信的な部分は聞けないばかりか、水月の不思議なお腹に興味津々の泉に追い掛け回されることになったのだった。 ● 数回盃をかわした。春月は変わらず地上を優しく照らしていた。 「あの子はもう気づいているんだろう?」 「ああ、多分な。勘のいい子だから」 二人が指すのは梓の事。 「どうするんだ? 正直、端から見てられないんだが」 刃兼は盃を煽ると、苦笑交じりに問いかけた。 「……どうもしない。縁を切るというなら……受け入れるさ。それよりおまえはどうなんだ」 「どうもしない」 「真似するな」 「はは――そういわれてもな。平次郎殿は平次郎殿だろう? 記憶など関係ない。甘味好きで、無口で、戦場で背を預けられる、掛替えのない友人だ」 「……そうか」 それ以降、二人は無言のまま、また数度の杯を交わした。 ●深夜 夜は更けていく。一行はそれぞれの想いを胸に抱き、寝具に身を包む。 天頂の月は西の空へと傾き、木々は月影を長くしていた。 「……っ!」 突然、梓が飛び起きた。 「んにゃ……? どうかしたのかにゃ?」 隣人の異変に、小苺が眠そうに目をこする。 「こわい、こわい、きた、です……!」 少し震えながらはっきりとそう告げた梓の声と同時に、外でどさりと鈍い音を立て、焚き火の種火が爆ぜる。 「敵襲だ、皆起きろ!」 外からの声に梓をはじめ同じテントで横になっていた4人が一斉に外に飛び出した。 別のテントからは既に男性衆が外へと出ていた。これで全員。皆は闇に獲物を向ける。 「どこだ……柊、調べられるか?」 「……ふに」 平次郎が梓に問いかける。しかし、梓は怯えた様に小さく首を振ると後方へと下がってしまった。 「まったく、痴話喧嘩は他所でやってください。私が探します」 梓の態度に呆然と立ち尽くす平次郎を置いて、レティシアが瞳を閉じ音の結界を展開するが――。 「いない……ですね」 「……逃げたのにゃ?」 「わかりません……」 あたりには不気味な静けさが漂っていた。 「……俺が行く。夜が明けるまでこうしているわけにはいかない」 意を決した平次郎が闇へと一歩を踏み出そうとした、その時。 「ちょっとごめんね」 と、皆に守られていたはずの泉が、火種の爆ぜる焚火に向かいうと――。 「なっ、何をするの!?」 アヤカシが放った石礫を拾い上げ、水月が止める間もなく口へと放り込んだ。 「だめ、はきだす、です! おなか、いたいいたい、です!」 からくりに腹痛が存在するのかはわからないが、梓は必死に泉の肩をゆする。 「だだだ、大丈夫だから。ちょっと待ってて」 ぐらんぐらん揺らされながらも泉は何ともないと逆に梓をなだめる。そしてしばらくするとその眼が――。 「紅にそまっ――」 「……予測分析開始。形式:擬態型。属性:地。ランク:低。特徴:地形への擬態および、遠距離投擲攻撃、と予測される」 確かに泉の声なのだが、そこに感情は欠片も感じられない。 機械的に紡がれる情報の羅列に、一行は思わず固まった。 「い、いったい何なんだ……?」 思わず問いかけた刃兼の言葉にも耳を貸さず、泉は言葉をつづける。 「音、または衝撃波により擬態解除が可能。物理:可。非物理:可。投擲に注意しつつ距離を詰めての攻撃が最も有効と思われる――」 一度瞬きを終えた泉の瞳は、元の翡翠を取り戻していた。 「――はい、扉を閉めるよ」 泉が言い終えるよりも早く、平次郎が吠えた。 「っ! いました、あそこです!」 平次郎の咆哮により偽装を破られたアヤカシの身じろぎを、レティシアの耳は聞き逃さない。 闇に紛れて移動しようとしているアヤカシを見つけると、その位置を指示した。 「追いかけっこなら負けないのにゃ!」 瞬時に距離を詰めた小苺が両手を地面につき、両足で岩の塊を蹴り上げる。 月明かりに浮かび上がった西瓜ほどの大きさのそれは、空中でその姿を露わにした。 「……私達を敵に回したことを、後悔するといいの!」 とっても熟練開拓者らしい台詞と共に、水月の放った太陽の輝きを宿した極細の針がアヤカシに突き刺さる。 「そこまで大したアヤカシじゃないと思うけど」 それでも逃げようと必死にもがくアヤカシを待っていたのは、苦笑と共に月光に鈍く輝く刃兼の刃だった。 「もしかして、これが『探し物』、なのか?」 アヤカシを一刀の元に切り伏せた刃兼が、刀を鞘に納めながら問いかける。 「探し物……なのかな? でも、これでちゃんと『機能』することがわかったよ。ありがとうね」 皆の驚愕をよそに、泉は平然と笑って見せた。 ●海 どこまでも続く白浜に足跡を残しながら、一行は風に早い春の気配を感じる。 旅も終盤を迎え、一行は海の脇を通る街道から少し寄り道をしていた。 「柊――」 「ふに……」 呼び止められた梓は、一瞬悲しげな表情を浮かべると、一目散に泉の元へ走る。 「……元気出せ」 上げた手を空中で漂わせる平次郎の弱弱しい肩に刃兼がそっと手を添えた。 「元気ないのにゃ。どうかしたのかにゃ? ……あ、なるほどにゃぁ」 そんな平次郎と去っていく梓を交互に見やる小苺の顔が厭らしく歪む。 「な、なんだ」 「平たんは病を患っているのにゃ……恋煩いという病をにゃ!」 「なっ!」 にゃにゃんとドヤ顔な迷探偵小苺の推理に、平次郎はどきゅんと絶句。 「はははっ! 恋煩いか。確かに言い得て妙だ」 「お、おまえらな……!」 「確かにそれは苦しいのにゃ。でも大丈夫。シャオに任せるのにゃ!」 「な、何をするつもりだ……?」 どうにも嫌な予感しかしない小苺の物言いに、平次郎は恐る恐る問いかけるが。 「思いのたけを海に向かって叫ぶのにゃ!」 「さすが所長、お見事な推理です!」 ドドーンと胸を張り、迷推理を発揮する小苺に、いつの間にか加わったノリノリ刃兼が同調する。 そして、二人は後ずさる平次郎をすかさず捕え両脇を固定すると、海に向かって――。 ● 皆が小苺達三人の青春群像劇を生暖かく見守る中、泉と手を繋いだ梓がポツリと問いかけた。 「森の中で、ずっと、一人、だった、です。寂しい、いっぱい、です、ふに」 「寂しい? なんで?」 「なんで……寂しく、ない、です? ふに……」 「うん、別にそう感じた事は無いかな。六千年一人だったけどね」 「六千、歳、です……?」 「起動したのは六百年位前だけどね」 「すごい、です。……じゃ、この子は、いらない、です……?」 ねこのぬいぐるみを抱きかかえたまま、梓は不安と悲しみに視線を落とした。 「うんん、もらっておくね。ありがとう」 そんな心情を思ってか、泉は梓を優しく抱きしめると、その手からぬいぐるみを受け取った。 「皆さん、そろそろ出発しましょう。このままでは日が暮れてしまいますよ」 「あの山を越えれば神楽はすぐなの。都はとっても楽しいの」 後ひと山越えれば、そこはもう目的地の神楽だ。 長いようで短かったこの旅も終わりを迎える。そう、それぞれが思い出と想いを胸に刻んで。 |