絶望への足音
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/06 23:34



■オープニング本文

●杜の砦
 見上げればどこまでも高い空が常しえに変わらぬ青を湛える。
 目を下に向ければ、大地に濃緑が繁茂し生命の息吹を感じさせた。
「はぁ、平和だねぇ」
 緊張感などまるでない、あくび交じりの声は砦の衛兵のものだった。
 緑の国『理穴』の多くを占める広大な森に点在する数多ある砦の一つ。丸太を立てて組んだだけの簡素なこの砦が、衛兵に与えられた持ち場だった。
「ふあぁぁ……」
 あくびに浮いた涙をこすり、森へ視線を移す。
 自分が生まれる前からそこにあるであろう古木々が生い茂る変哲のない森は今日も平和そのもののように見える。
「なんか面白いことでもないかねぇ。いっそ戦でもあればいいのに」
 兵士としてあまりにも不謹慎な発言も退屈のなせる業。
 そう自分に言い訳をしつつ「任務任務」と己を鼓舞し、冬の風に揺れる常緑樹の森を瞼の半分閉じた瞳で眺めた。
「……ん?」
 そこは飽きるほど眺めていた森のはずだ。どの木がどんな枝ぶりをしていて、何枚の葉が茂っているのかさえ覚えてしまうほど眺めた森。
「今何か……」
 森の動物たちともすっかりお友達……な気分の衛兵からして、動物たちとも違うように思う。
「っ! やっぱり何かいる!」
 衛兵はとっさに支給されたばかりの槍を構えた。
「ま、まさか……!」
 風でもない、動物たちでもない。ならば考えられるのは。
「アヤカシなの……か?」
 声が震えているのが自分でもわかる。
 好奇の心などまるで湧き起こらない。暗い沼の深淵に足を踏み入れたような不気味な感覚が衛兵の背筋をなめた。
「くそぅ! なんでこんな辺境に!!」
 衛兵はとっさに掴んだ警笛を思い切り吹き鳴らした。


「友禅、この報告をどう思いますか?」
「アヤカシの仕業、だとは思うが……」
 御前にもかかわらず甲冑姿で胡坐をかき、膝に肘を乗せる女丈夫は一声ののち口を閉ざす。
「援軍は?」
「3度。計200名ほど」
「ふむ……」
 主従がまるで逆転してしまったかのような物言いであるが、玉座に座す主人はさして気にする様子もない。
 遠征の帰り、埃を払う間もなく御前に召還されたこの男勝りな風貌を持つ女傑。名を「袖端 友禅」といい、理穴の軍部最高位「大番頭」を任される人物であった。
「援軍は帰らず……しかし砦は健在、ゆゆしき事態なのはわかる。だが、あたしが出るほどのことなんだろうね」
「そうでなければわざわざ東部戦線より呼びはしません」
 友禅の質問に答える主人。軍部最高位の主人になりえる人物といえば、一人しかいない。そう、友禅の前に座すのは理穴王その人だった。
「根拠は?」
「勘です。いえ、胸騒ぎといったほうがいいかもしれません。友禅、貴女もその報告書を見て感じませんか?」
「ふむ……」
 友禅は再び唸る。確かに手元の報告書は、どうにも腑に落ちない個所が多い。
 まず、合計200名もの援軍をことごとく殲滅せしめた敵が、小さな砦一つなぜ落とせないのか。
 比較的平穏な南部の砦に現れた敵とはいったい何で、目的は何なのか。
「……遊んでるのか」
「あるいはそうかもしれません」
「ふむ……風信はないんだな?」
「はい、設置していません。……友禅、出てくれますか?」
「主命とあらば」
「ならば命じます。理穴王重音の名において、大番頭袖端友禅。一軍を引きい彼の砦の救援に向かいなさい」
「委細承知」
 友禅は胡坐を組んだまま深々と首を垂れ主命を拝命すると立ち上がり、踵を返した。

●砦
 声が嘆願する。
「たす……けて、くれ……、もう、殺したく……ない」
 声が激怒する。
「やめろ撃つな! 俺は生きているんだぞ!!」
 声が悲哀する。
「痛いっ! 痛いっ! もう嫌っ、いっそ殺して!」
 門の代わりに吊るされた丸太で組んだ格子から無数の手が伸びていた。

「くそぉぉ!! いったいどうすればいいんだ!!」
 槍を構えた兵が叫んだ。
「援軍は! 援軍はまだなのか!! 本国は俺たちを見捨てたのか!?」
 指揮棒をふるう部隊長が喚き散らす。
「い、いったい何だってんだ……俺たちはどうなっちまうんだ」
 弓に矢を番えるかさえも迷う兵。
「狼煙だ! 狼煙をもっと焚くんだ!!」
 皆が一様に混乱の渦中にあった。目の前にはそれほどまでに異様な光景が広がっている。
 好転の兆しさえ見えない現状に、もはや砦を守る兵士隊が恐慌に陥るのも時間の問題だった。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
柊 梓(ib7071
15歳・女・巫
小苺(ic1287
14歳・女・泰


■リプレイ本文

●深い森
 寒風に葉を揺らす木々のざわめきが陰鬱に兵士達を包み込む。
 まるで大蛇の如く森を縫うように伸びる道を、理穴の軍勢はゆっくりと進んでいた。
 全てを巻き締めあげる大蛇の尾か、それとも獲物を一飲みにする頭か。どちらにせよ、 この先にあるものは喜ばしいものであるはずがない。
 空は高く、どこまでも晴れやかだった。

「――っ!」
 突然の気配に以心 伝助(ia9077)が、軍の先頭を行く馬上の友禅を手で制した。
「……どうした」
 頭上から降り注ぐ訝しげな声にも反応せず、伝助は静かに瞳を閉じる。
 友禅の言葉を遮断し、森のざわめきに同調する。
「……臭うっす」
 音は変わらず寒風にそよいでいる葉のざわめき。しかし、聴覚とは別の感覚器官がそれを訴えていた。
「えっ、えっ! シャオじゃないにゃ! シャオは無実にゃ!」
 伝助の切迫した言葉にいち早く反応したのは小苺(ic1287)だった。
 片方だけ折れた可愛らしい耳がのった頭をふるふると激しく振り、なぜだか何かを全力否定。
 誰も責めていないのに一人動揺する小苺に開拓者一同、同情の視線を投げかける。
「ぼ、僕は気にしないんだからなっ! せ、生理現――」
「ふしぎちゃんはでりかしぃがなさすぎるんだよっ!」
 何とかフォローしようとして見事に失敗した天河 ふしぎ(ia1037)は蓮 神音(ib2662)に叱られ。
「あ、えっと、その……」
御調 昴(ib5479)に至っては、場を持て余す。
「……どんまい、です……ふに」
「だからシャオじゃないにゃぁあああぁぁ!」
 最後は柊 梓(ib7071)にまで慰められ、冬の陽光降り注ぐ森の細道に小苺の絶叫が響き渡ったのだった。

「で、漫才は終わったか?」
 そんな開拓者達のやり取りを呆れ顔で見下ろしていた友禅は欠伸交じりに問いかけた。
「おっと、あっしとしたことが」
 楽しい?やり取りに気を取られていた伝助が咳払い一つ表情を引き締めると、友禅へと向き直る。
「血の匂いっす」
「……位置は」
 友禅はすでに軍人の顔に戻っている。
 伝助は森の奥へと続く細道の先を、すっと指さした。
「距離は1里。……期待はしない方がいいかも知れやせん」

●奥へ
「うっ……」
 ふしぎが咄嗟に少女達三人を背に隠す。
 道の中央にできたどす黒い血だまり。そして、細道を奥へ奥へと刻まれた何条もの赤い筋。その正体をこの場にいる誰もが理解する。
「何でこんなものが……ここで一体何がっ……!」
 赤の道を前に、珍しく激情を露わにした昴は、拳を固く結ぶ。
「戦闘があったようには見えないでやすね……」
 激情に震える昴の肩に伝助がそっと手をかけた。
「戦闘があったにしろなかったにしろ解せんな。なぜ街へではなく砦へ続いている」
 友禅は血溜りから続く赤い道を視線で辿る。
 仮にこれが援軍のものであったとして、刻まれるとすれば逃げる方向だろう。即ち砦と反対方向へ。
「なんだかとっても嫌な予感がするんだよ……」
「こわい……感じ、ずっと、ずっと、する、です……」
「尻尾の毛が逆立つ感じにゃ……」
 ふしぎの背からひょっこり顔を出した少女達三人。
 赤の筋はまるで一行を森の奥へと誘っているかのように途切れる事なく続いていた。
「これも敵の策……? 僕達は誘き寄せられているの?」
 不安に顔色を陰らせる少女達を見やり、ふしぎが呟く。
「とにかく、相手の目的が見えない以上、此方から赴かなくては何も解決できません」
 それがたとえ罠であっても、と昴は心の中で付け加える。
「よく言った。全軍ひるまず進軍! 警戒怠るなよ!!」
 そんな昴の心情を慮ってか、友禅は力強く答えた。


「ほう、私を守ると?」
 馬を引く友禅へ真剣な顔を向ける神音と小苺。
「ただ事じゃないニオイ……言っておくけど、雰囲気のことにゃ! がするにゃ!」
「神音もなんだかビンビン感じてるんだよ!」
「ふむ……」
 と、友禅は二人の頭にそっと手を置き――。
「わかってくれ――ひにゃっ!?」
「必ず神音達がまも――い、いたあぁぃいっ!?」
 優しく撫でるかと思いきや、乗せられた手をギリギリと締め付け始める。
「何を考えての事かは知らんが、お前達、仮にも開拓者だろう。ならば相手の実力ぐらいは見極めろよ?」
 優しく慈愛に満ちた声で諭す一方、その指は容赦なく二人の頭に食い込んでいく。
「いぎぎっ!? つつつ、つぶれるにゃぁ!!」
「わわわ、わかったんだよっ! 見極めたんだよっ!!」
 必死に振り解こうと暴れる二人だが、開拓者の膂力をもってしても友禅の拘束は全く解ける気配がない。
「私の事は気にするな、自分の身くらい守れる」
 しばらくもがいていた二人をじっと見つめていた友禅は、そう言うとふと指の力を緩めた。
「お前達はお前達にしか出来ない事をしろ。でなければ雇った意味がない」
 痛む頭を抱え尻餅ついた二人を見下ろし、友禅は再び馬に跨った。

 砦まで道半分を過ぎた。
「狼煙弾、いくでやす」
「気づいて……みんな……ふに」
 申し合わせていた通りに、伝助と梓は空に銃口を向けた。


 斥候に出た二人は目の前の光景に唖然とした。
「これは……」
 少し離れた樹上から砦を見下ろす伝助は、斥候の役目も忘れ呆然と立ち尽くす。
 無数の敵に囲まれ、攻め続けられている砦は、今もなお健在だった。
 何度も何度も攻撃を受けたのだろう、丸太で出来た砦の壁面は至る所で綻びを見せている。
 門周りには土嚢が積み上げられ、必死に防戦している様子が遠目からでも窺えた。
「何なんだ、一体これは何なんだ……!」
 大木の脇では身を隠す事すら忘れ、ふしぎが声を振り絞る。
 一見、善戦しているように思える光景だったが、二人を驚愕させたのはそこではなかった。
「誰がこんな事をさせてるんだ……っ!!」
 怒り、悲しみ、そして恐怖。
 無意識に絶叫するふしぎの姿に、伝助は樹上から身を躍らせると音もなく着地、彼の背後に回り込み。
「憤りは解るっす。だけど、ここは一旦引くでやす」
 わなわなと震える肩を強く握った。


 どこか暗い影を背負った二人が戻る齎された情報には歴戦の将、友禅でさえ困惑する。
 二人の口から突いて出た言葉は、それ程に信じ難いものだったのだ。

 まるで幽鬼の如く緩慢に動いたかと思えば突然信じられない力で砦を叩き、かと思えば自らを襲う痛みに悲鳴を上げ、泣き叫ぶそれは、――確かに人間だった、と。

「まさか、理穴への謀反、なのでしょうか……」
 沈痛な面持ちで昴が口を開く。
「二人の話を聞く限りじゃ、そんな感じしないような……」
 悲しさとも悔しさとも取れる複雑な表情を浮かべた神音の率直な意見。
「とても正気だとは思えなかった……くそっ!」
 敵と定めた者達が上げる悲痛な叫びを浴びたふしぎは唇を噛む。
「これはあっしの推測でやすが……『敵』は何かに体を操られている、そんな感じだったっす」
「操られているようにも見えた……けど、欲望のままに暴れる獣のようでもあったんだ……」
 激情に駆られた為、とても正確に観察したとは言い難いふしぎだったが、これには伝助も頷く。
「確かにそんな感じでもありやしたね」
「……他に情報は」
 普段は剛毅な友禅の声が今は重く沈んでいる。
 二人は大きく息を吐くと、ゆっくりとした口調で援軍の行方について語った。

「酷い……酷過ぎるにゃ……」
 カモフラージュのため、一兵卒に扮装した小苺が今にも泣きそうな声を上げる。
 援軍と思しき者達の死体は、人としての形を判別するのも難しい程にずたずたに引き裂かれ、砦の周りを血の海に染め上げていた。
 更には――。
「まさに地獄、でやした……」
 引き裂かれた肉片は、敵の手によって次々と砦へ投げ込まれていたという。
 二人から紡がれる言葉だけでさえ、この場の者すべてを絶望へと突き落すに十分だった。

「援軍は全て殺されたとみるべきだな」
 状況から鑑みるに、生者はいない。友禅の勘がそう告げていた。
 道中に刻まれた筋は報告に向かおうとした伝令のものだろう。
「相手、は、人間……ふに」
 その事実の重さに梓はじっと俯いた。
「あやかし、操って、る、です? 憑依、かも? 解呪、出来る、かも、です……」
 相手が人でなくアヤカシやケモノの類ならどんなに良かったかと誰もが思う中、柊がその可能性に一縷の望みをかけて問うも、斥候二人の返答は「否」。
 あの状況で、其処までは確認出来なかった。
「どこかの国が奴隷を使って……とか、そんな事は無いよね?」
 神音の考えも完全に否定できない。国という宝を求め、野心を抱く業の深き者は確かにいるのだ。
「アヤカシにしろ、俺様野心家にしろ、非道は許せないのにゃ! 人間を犬みたいに使っていい道理はないのにゃ!!」
 珍しく難しい事を言ってのけた小苺が、頭から煙を吹きながらもどどーんと胸を張った、その時。

「「あ」」

 小苺の訴えに、伝助とふしぎが同時に声を上げた。
「犬……首輪、確かに首輪らしきものを嵌められてたでやす」
「うんっ! 僕も見たよっ! きっとあれだ! とても黒い、真っ黒なあれで操っているんだ!」
 男女も老いも若きも無差別に人選されたとしか思えなかった敵の唯一にして特徴的な共通点。それが首に嵌められた漆黒の首輪だった。
「首輪って何だにゃ! 人間は飼い猫じゃないにゃ!」
 鋭い八重歯を覗かせ小苺がいきり立つ。
「きっと望みはあるよ! 助けに行こう、まだ間に合うっ!」
「言われるまでもない」
 神音に掴まれた腕を友禅は優しく振り解き、腕を天に突き上げた。
「敵の正体はいまだ不明なれど事は一刻を争う! 全軍、粛々と進軍を開始せよ!」
 号令一過、理穴軍は鬨の声を上げると森の奥へ進軍を開始した。

「黒い首輪、呪具の類かもしれません……だけど、嫌な予感がします、ね……」
 昴は体内で何かが小さく脈打つのを感じながら、進軍する友禅達を追うのだった。


 始まりは意外なほど静かだった。
 敵は理穴軍が現れた事など意にも介さず、ただ砦を攻め続けている。
「気づいて、ない……?」
 梓が不安になるのも無理はない。
 勇んで森を抜けた理穴軍であったが、会敵した途端無視を決め込まれたのだ。
「なに、かえって都合がいい。行くぞ! 全軍抜刀! 速やかに敵を無力化しろ!」
 友禅の号令に合わせ、開拓者を含む兵達が一斉に抜刀した。
 その時――。
「えっ……」
 突如として敵の標的が理穴軍に変わった。
「来るぞ! 迎撃用意!」
 再び軍配を振り下ろす友禅。その視線は鋭く敵の集団を射抜く。
「怖い……気持ち、悪い、です……」
 ある者は幽鬼の如くゆるりと、ある者は獣の如く四肢を着き、ある者は死体の一部を振り回す。
 梓が張った結界に反応するそれら全てがアヤカシに属する者達であると告げていた。
「やっぱり敵、なんだね……」
 雰囲気に気圧されながらも軍の目にならんとする梓の背をふしぎが支える。
「こんな非道、僕達が許さないからっ!」
 そして、ふしぎは異様の集団の矢面に立った。
「どんな罠や卑劣な手段でも、僕達の正義の刃を砕けはしないんだからなっ!」
 大仰に映る仕草で白刃を掲げたふしぎを、異様の集団は標的と定める。
「さぁ、こっちだ、来い!」
 ふしぎは砦の周りを大きく周回し、敵の一団を砦から引き剥す。

「もう一団きやす」
 梓と同じく軍団の眼となった伝助が次の標的を指示した。
「皆さん、お願いします!」
 その指示に昴が率いる遠距離部隊が呼応する。
「敵の速力を落とします! 一斉射構え――てぇっ!」
 最小限の攻撃で無力化する為に、昴は弓隊に鏃を外すよう指示していた。
 鋭い鈍器と化した無数の弓は、地面すれすれを奔り敵の足を打つ。
「第二矢斉射後、一気に退きます! てぇ!」
 矢を受けた敵は速力こそ落ちたものの止まるには至らない。
だが、これが昴の目的だった。昴はすかさず次の命令を下すと弓隊に撤退を指示した。

「これでまた一団」
 少なくない数の敵を砦から引き剥した。
「まだ半数以上残っているのか」
 全軍の指揮をとる友禅が伝助に並んだ。
「敵の能力が予想以上に厄介でやすね」
 敵は武器も身に着けず行動も不規則ゆえに、予測ができない。
 更に二人を驚かせたのがその身体能力だった。
 素体として一般人を使っていると思われるそれらは、開拓者には遠く及ばないも、兵士達を優に超える。
「だめ……治せない……です」
 アヤカシと判明した敵に梓は幾度となく解呪を試した。
 しかし正気を取り戻した者はなく、根源であると思しき首輪の破壊にも至らない。
「やはり呪具の類か。気にするなお前のせいではない」
 申し訳なさそうに俯く梓の頭に手を置いた友禅は。
「……潮時か」
 誰にも聞こえる事のない小さな声で呟いた。

 戦闘が始まってからずっと、小苺は戦場をつぶさに見ていた。
 一兵卒に扮装し気配を殺した小苺は、敵味方問わずその意識から存在を消す。
「アヤカシになったわけじゃなさそうにゃ……」
 ふしぎの隣に立ったかと思いきや、次の瞬間には昴の弓部隊に紛れる。
 時には、地に這う死者に成りすましもした。
「……やっぱりそうにゃ」
 死が隣にある危険な偵察で、小苺は確信する。
「首輪から上は、そのままにゃ……」
 敵の悲痛な叫びと共に――。


 戦場は混沌に支配されつつあった。

「うあう……」
 柊は傷ついた者を癒すべく上げた手を、振り下ろす事ができない。
 傷ついた命を癒すことが自分の役目である。だが、この状況で一体どうすればいいのか。
 傷ついていく味方、そして、敵。何らかの力が加わっているとはいえ、どちらも人間なのだ。それも意識を保った。
 敵が上げる悲痛な叫びは、軍の戦意を削ぎ攻撃を躊躇させる。
 そうして生まれた隙により、被害はさらに膨らんだ。
「ごめん! 恨みつらみはツケておくんだよ!」
 戸惑う梓へ襲い掛かった敵を神音の痛烈な一撃が大きく吹き飛ばす。
「ぼーっとしてたらダメなんだよ!」
 神音は既に覚悟を決めていた。
 向かって来る者は全て敵。自身が守りたいものを奪う忌むべき敵だと。
「容赦はしない! 自分の決めた事を守れなくて、一体何を守れるっていうんだよ!」
 拳を打つ度に染め上がっていく自身の手、溢れる涙。
 だが神音は退かない。牙を剥く敵意を前に敢然と立ち塞がった。
「今は……今は悲しみを捨てるんだよ! 泣く事は後でも出来るから!」


「友禅さん……」
「ああ、判っている」
 神妙な伝助の声に、友禅が答える。
 戦場は泥沼化していた。死者こそ最小限に止めているものの、砦への道が一向に開けない。
 友禅は周りに遠慮する事なく舌を打つと、大きく息を吸い込むと、ついに決断を下した。
「全軍に通達! 我が軍は救出活動を中断する! 速やかに撤退せよ!」

●後日
 敵の正体を掴んだ事により改めて作戦が練られ、理穴軍は飛空船を飛ばし無事救出に成功する。
 だが、この砦攻めは序章に過ぎなかった。友禅は後日そう漏らしたという……。