巨凶の行方
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/26 23:07



■オープニング本文

●深奥霊山

 ――腹が減った。

 久しぶりの感覚に身を捩った。
 擡げた首を起こし、畳まれた翼を広げる。
 鬱陶しい『ノミ』も動き出してきたか。
 もぞもぞと身体を這う感覚に、再び身を捩った。
 二度三度と翼を羽ばたかせる。ボタボタと不快な『ノミ』が落ちる。

 ――喰らいに行くか。

 何年と動かしていない身体
 久しぶりに沸き起こった欲求に、身体も呼応していた。


 巨大な鋭眼は地上を見下ろしていた。
 整然と植えられた稲の葉は隆盛を極め、一面を緑の海とする。
 ぽつりぽつりと胡麻粒に見えるのは、人だろうか。それとも家屋か。

 ――あの程度では、腹の足しにもならんな。

 空を見上げる絶望に打ちひしがれる人間どもを無視し、飛行を続けた。
 『ノミ』共が飛び降り、無視した獲物に襲いかかっていくが、そんな事はどうでもいい。
 どこを目指している訳でもない。
 無数に増えた人間と言う名の餌の集落は、適当に飛びさえすればどこにでもある。そして、

 ――少し小さいが、まぁいい。

 見下ろす視線の先には、田畑に囲まれた50戸にも満たない小さな集落があった。
 日の光を赤錆色の翼に受け鈍く輝かせながら、巨体を地上に向けた。

●農村
「ア、ア、アヤカシだぁああああ!!!」
 村へ駆けこんだ農夫が、息つく暇なく声を張り上げる。
「ア、アヤカシだって!?」
 恰幅のいい女性が手にしていた鍬を落とした。
「なっ! くそっ! 皆に知らせるんだ!」
 火急な知らせに若者が村中へ走っていく。
「アヤカシは何処にいる! すぐ近くなのか?」
 肩で息する農夫を支える男が問いかける。
 農夫は息を切らしながら震える指が空を指した。

 夏の輝く太陽すらも覆い隠す巨大な身体。
 真っ赤に焼けた錆色に身を包み、巨大な翼を羽ばたかせる。

「あ、あのでかいのがアヤカシだって……?」
 この様な寒村で見る事のあるアヤカシなど、小鬼程度のもの。
 しかし、空にあるアレはどうだ。巨大、なんて単純な一言で片付けられる規模ではない。
 村人達はあんぐりと口を開けたまま、ゆっくりと近づいてくるそれを見上げる。
「あ、あれはまさか……」
 そんな中、一人の老人が震える声で呟いた。
「爺さん、あれを知ってるのか!?」
「あ、あの姿……見間違う筈はない……奴は……奴は鉄錆丸じゃ……!」
 光を失いつつある老人の眼が極限まで見開かれる。
「て、鉄錆丸? 有名なアヤカシなのか……?」
 震え慄く老人に若者が問いかけた。
「人を食み、龍を喰らう、悪鬼じゃ! 皆、はよぅ、はようぅ逃げるのじゃ!!」
 老人の絶叫と同時、着地の衝撃が地響きとなって村へと届いた。
「に、にげろ!!」
 誰ともなく叫び声が上がる。
 村人達は取る物も取りあえず、我先にと村の反対側へと駆けだした。

 村の反対側には、鉄錆丸から逃れようと村人達が殺到していた。
「う、うわぁぁぁ!! おすな!!」
「な、何してるんだ早く行け!!」
 しかし、そこにも絶望が待っていた。
 無数のアヤカシの群れ。鉄錆丸から落下した下級のアヤカシが大挙していたのだ。
「も、もうダメだ……」
 一人がへなへなと尻を地につく。
「俺達、死ぬのか……」
 また一人が絶望に天を仰いだ。
 前門の狼、後門の虎。最早、村人達に待っているのは、死以外の運命は何処にもなかった。

 しかし、村人達の顔に絶望が刻まれた、まさにその時。
「な、なんだ‥‥‥?」
 夏の夕立ち前を思わせる真黒な雲――否、霧が村を取り囲むように広がった。
「これは一体……」
 突然の事態に村人が呆気にとられる中、暗霧は爆発的に広がり、アヤカシの群れ、そして、鉄錆丸を飲み込んだ。

●暗瘴霧中
『……何者だ、貴様』
『滅びゆく者に名乗る必要を見いだせぬな』
『これは貴様の仕業か』
『ならばどうする?』
『ふん、多少は出来るようだが……我が前を塞いだのは過ちだったな』
『御託はいい、貴様の力見せるがいい。我が贄に相応しいか確かめてやろう』
『生意気な。よかろう、死して後悔するが良い!!』
『ほう、なかなかに心地よい憤怒よ』
『な……に……?』
『ふん、いかほどの龍を喰らったか知らぬが、所詮はその程度か。……だが、まずは合格点をくれてやる』
『ぐぬぅっ……貴様一体何が目的だ……!』
『貴様が知る必要はない。さぁ、その身に刻まれた力と記憶、我が秘術にて糧となれ!』
『小賢しいっ! 一撃を止めた程度で我を見くびるなよ!』
『ふん、愚かな。まだ気付かぬのか、貴様はすでに我が贄となり果てた事を』
『な、なんだ、身体……が……ぐおおおぉぉぉぉ…………!』

 そして、黒い霧はまるで何事もなかったように、霧散した。

●農村
「な、なんだったんだ……」
 半ば覚悟した死がこつ然と消えさった事に、村人たちは呆然と立ち尽くす。
 そこにはすでに死の象徴はいない。
 きれいさっぱり黒い霧ごと完全に消失していた。
「た、助かったの……?」
 この短時間のうちに、死を覚悟し生に安堵した。
 目まぐるしく変わる状況に、身体も気持ちもついて行けない。
「夢でも見ていたんだろうか……」
 村人の誰一人として、目の前で起こった事を現実だったと捉える事が出来ずにいた。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
水瀬・凛(ic0979
19歳・女・弓


■リプレイ本文


 遮蔽物の少ない村は、水田から立ち上る湿気が肌に纏わりつき、天からは容赦のない熱線が浴びせられていた。
 ただ立っているだけなのに、体中から体力と水分がごっそりと持って行かれる。
「こんな事件、私の手にかかれば、マルッとスキッとシャキッとエブリシングお見通しだ〜……って、暑いですね〜……」
 不可解な謎に挑むべく新調した決めポーズをどどーんと決める予定であったアーニャ・ベルマン(ia5465)も、暑さにうなだれた。
「無駄な動きで体力を消費するのは、あまり賢明ではありませんね」
 と、まったくの正論で返すフレイア(ib0257)は、表情こそ変えず優雅であるが額からは汗が流れ、煽ぐ扇は一度として止まらない。
「ほんと今年は異常よね。こっち育ちの私達でもまいるわ」
 ジルベリア育ちの二人にとってこの暑さはまさに灼熱地獄だろうが、本土育ちの水瀬・凛(ic0979)にとっても沸騰した湯位には熱い。
「でも、村の皆さんはそんな中頑張っているんですから、弱音を吐いていられませんよ」
 何にせよ、立ち止っているだけではただの体力の無駄遣い。自然に減っていく物ならば、動いて減らす方が得策だ。御調 昴(ib5479)は苦笑いを浮かべながら、皆を村の中へと促した。

●村
 そこには、何も変わらぬ長閑な村の風景があった。
 男達は稲穂の収穫に備えて準備に忙しく、女達は畑の手入れに手を休める暇もない。
「……冗談みたいに、普通なの」
 ぽそりと水月(ia2566)が呟いた。
 抱いた感想は6人が6人とも共通している。それほどまでに、村は普段の生活を営んでいるように見えた。
「でも、よかった。アヤカシの一件で混乱していたら詳しい話も聞けないもん」
 村人の様子にホッと安堵する天河 ふしぎ(ia1037)は、早速とばかりに近くの女性に駆け寄る。
「……案外、村を捨てる気なのかもしれませんね」
「え……?」
 ふしぎに続き、情報収集の為村へと散っていく仲間の背を眺めながらフレイアが呟いた。
「それってどういう……」
「言葉の通りです。一度アヤカシに目をつけられた村なんて、恐ろしくて住んでいられない」
「それならせめて、育てた作物だけでも持って……っていう事?」
「そう見えるだけかもしれませんが」
 そこで言葉を切ったフレイアに、凛はうーんと口元を押さえる。
 冗談と一笑するのは容易いが、そうできない何かが村人から感じられる。
 凛は村へと入っていくフレイアの背を見つめながら、一度大きく息を吸った。


 忙しなく働く村人達に迷惑がかからぬよう、6人は二班に分かれ捜索と聞き込みを開始した。
「何の前触れもなく……?」
 熱く熱せられた土路に視線を落とし、昴が呟く。
 鉄錆丸と思われる巨大なアヤカシの飛来は、何の前触れもなく訪れたと、村人達は口々に話した。
「計画性のある行動ではなかった……? これじゃまるで天災……」
 幾度となく自問を繰り返す。唯一鉄錆丸を知るという老人にも話を聞いたが得られた情報は無かった。
「あれは……アーニャさん?」
 とぼとぼと所在なさげに街中を行く昴の耳に、子供達の笑い声に混じるアーニャの声が届く。
「お、お、おやまのこおにさん〜♪」
「ころころころころ、ころがって〜♪
「トポンと田んぼにつっこんだ〜♪」
 村に伝わる童歌なのだろうか、小さな子供達と一緒にアーニャが楽しそうに歌を歌っていた。
「昔から伝わる童歌……ですか」
 傍まで近づいた昴がアーニャに声をかける。
「そうですっ! 答えっていうのはですねぇ、案外こういう所に眠ってたりするものなんですよっ!」
 鼻高々で胸を張るアーニャは、
「……な、なるほど。それで、何かわかりました?」
「えっと、うーんと……だめでした……」
 昴の一言にずずーんと項垂れた。


「なるほど、こっちかぁ」
 一面の田園、そして遠くに煙る山々。何の変哲もない長閑な風景に、ふしぎはむむむと口を尖らせた。
 ふしぎ、水月、凛の三人は鉄錆丸の現れた方角を聞き出し、何らかの痕跡が残っていないか調べに来たのだが……。
「なーにもないわね」
「……」
 額に手を当て遠くを望む凛の言葉に、水月もこくこくと同意を示す。
 視線の先には雄大な山々が連なり、青田が稲穂を湛えていた。
「別に村の人を疑う訳じゃないけど、本当に現れたのかすら怪しいわね」
「村の人達は嘘を言ってる風じゃなかったんだぞっ!」
「……私もそう見えたの」
 村人達の求める助けに疑問符をつける凛に、二人は真剣に異を唱える。
「だから、疑う訳じゃないけどって言ったでしょ」
 もちろん、凛も本気でそう言ったわけではない。
 しかし、凛にそう言わしめるほどに、この場にアヤカシの痕跡の欠片がまるでないのだ。
「……霧」
「黒い霧……」
 ふしぎと水月は同じ文句を呟く。進展しない調査の事ももちろんなのだが、それ以上に二人にとって心晴れぬ事がある。
「ねぇ、それって何かのおまじない?」
 と、凛が何気なく声をかけた。
「え?」
 突然の言葉に、ふしぎと水月はぽかんと凛を見つめる。
「ほら、その手をうなじに当てるの」
 両手でそれぞれを指差し不思議そうに首を傾げる凛に、二人は己が腕に視線をやった。
 二人は凛の言ったように完全に無意識に手を首筋に当てていた。
「あ、うんんっ! 何でも無いんだ、気にしないで」
「……」
 はははと乾いた笑いを浮かべるふしぎに水月もこくこくと頷き同意する。
「ふーん、それならいいんだけど」
 気にはなるものの調査に直接かかわる様な事ではないだろうと、凛の興味もそこで途切れた。


 民家の軒下、日差しから逃れたフレイアは自前の地図を広げ黙考していた。
「あれだけの首名が接近したというのに……」
 瘴気を感知する結界を展開したフレイアは、瘴気感染の危険があると、村人達へ協力を求めた。
 しかし、結果は白。村人のただ一人、周囲の土でさえ瘴気の欠片すら残っていない。
「現れたという黒い霧……正体が何であれ、油断ならぬ存在の様ですわね」
 一人ごちたフレイアの横を、最後の一人が結界を通り終えた。
「あのぉ、もう行っていいのかねぇ?」
「ええ、ご協力感謝いたしますわ」
 不安げに訪ねてくる村人達にフレイアは上品な笑みを浮かべ答える。
「ご安心ください。貴方達の身体に異変はありません」
 そして、続いた言葉に村人達はホッと胸を撫で下ろした。

「……村内に異変なし……とすれば、村の外しかありませんね」
 しばし視線を伏していたフレイアが顔を上げ、村外を見つめる。
 そこには一面、青々とした水田が広がっていた。

●村を出て
 見れば稲穂が青々と実り、首を垂れ始めている。
「話を統合すると、やはり鉄錆丸は……」
 田を区切るあぜ道をゆっくりと歩いていく6人の視線の先には、巨大な入道雲を背にした遠大な山々。
「……でも、とても上級アヤカシを捕えるなりできるような時間じゃないの」
 水月は村の周りに現れた黒い霧の発生時間に着目していた。
「確か10分程でしたか」
「……そうなの」
 答えたフレイアに頷き、水月が続ける。
 上級アヤカシ、しかも賞金首にまでなる様な特級が、僅か数分で消滅するなど常識ではとても考えられない。
「ねぐらに帰ったとか……は考えられないかな?」
「黒い霧を目暗ましにして、ですか?」
「うん」
「可能かと思いますけど〜、それなら何故この村に出て来たのか理由が分かりませんよね?」
「うっ。そ、そうだよね……」
 アーニャの答えにふしぎは言葉を詰まらせた。

「時間もそうですが、これだけ探って瘴気の痕跡すらないなんて、やはりアヤカシの仕業ではないのでしょうか」
 話しこみながら、6人は村を一周していた。
 相変わらず何の痕跡も見つけられない中、昴が不安げに呟く。
「村人の証言には、鉄錆丸と小型のアヤカシの群れ以外のアヤカシは出てこなかったけど……アヤカシって、形を持ってるとは限らないわよ?」
「天儀では八百万っていうんでしたっけ? アヤカシも千差万別、ここで霧がアヤカシじゃないって決めつけるのは危険だと思いますよ〜」
 黒い霧がアヤカシでない可能性もあった。しかし、ここでその可能性を消すのは危険だと、凛とアーニャは提唱する。
「まだ諦めるのは早すぎますわ」
 と、フレイアが指差したのは、鉄錆丸が飛来したとされる方角。遠くに山々を見渡せる雄大な景色が広がっている。
「鉄錆丸に寄生していた下級アヤカシが残っているかもしれません。それにこのまま、何もありませんでした、などと報告する訳にもいかないでしょう」
 フレイアの差した方角、それが最後の希望であるかのように6人は歩きだした。



 その異変は突然やって来た。

 誰かがごくりと唾を飲み込んだ。
 誰かが小さくうめき声を上げた。
 素っ裸で真冬の雪原に放り出されたかのような全身を突き刺す空気。
 一方体内では、心臓が鼓動を加速し体中を熱く駆け巡るのがわかる。
 相反する二つの状況を作り出している元凶。それはこの場にいる誰しもが理解していた。
「……ま、さか」
 カラカラに乾いた喉を僅かに鳴らし、昴が呟く。
「そんな……で、でも、あの後ろ姿……見間違える筈がないっ!」
 1km先をも見通す二人の瞳に映る人影に、一年も前に刻みつけられた縁が記憶の淵から蘇る。

「「亜螺架……!」」

 二人の声が重なった。
「亜螺架……?」
 ぎりりと歯噛みする二人に視線を移し、フレイアが声を絞り出す。
「まさかあの人影がそうだというのですか?」
 開拓者であれば一度くらいはその名を聞いたことがあるだろう。ギルドに大きく掲げられた手配書で。
「……こんなにも距離があるのに、ハンパないプレッシャーですね……」
 場の空気が変わった瞬間、アーニャは即座に弓を構えていた。
 しかし、今は弓に番えた指が、主の命令を頑なに拒み続ける。
「どうやら、大当たり、の様ですわね……」
 歴戦の魔女であるフレイアをして、ここまで気押す程の存在。
 最上級のアヤカシ「大アヤカシ」に名を連ねる狂元は、凍える程の殺気を放っていた。

 それが動いた。

 ふしぎと昴には見えている。口元に薄ら笑みを浮かべたまま、僅かに振り向いた、それ。
 ただそれだけの動作で、2人の鼓動は更に跳ね上がる。
 危険だ。離れろ。
 内なる声が警鐘を鳴らし続けているのに、6人はその場から動こうとしない。いや、動けなかった。
 頬を伝う冷や汗を拭う事も出来ず、ただただ前方でゆっくりと体の向きを変える人影を眼で追う事しかできない。

『……人間か』

「「「っ!?」」」
 突然の声に、全員が振り返った。
『……ふむ、開拓者共か』
 皆の視線が一点に注がれる。小さく呟く様に言葉を紡ぐ水月へと。
「み、水月っ! 一体どうした――」
「しっ! 静かに……!」
 仲間の異変にふしぎが身を乗り出したのを、凛が身体を割り込ませ止める。
『……ほう、見た顔もあるな』
「あの人影の声、ね……」
 凛がごくりと唾を飲み込んだ。水月を見下ろすその額からは冷や汗が流れている。
 超越した聴覚にのみ届くその『声』を水月は代弁しているのだ。
『……我に何か用か?』
 その表情を捉えられている二人以外の者にも、それははっきりとわかった。
 そう、人影は笑っているのだ。
「くそっ……! なんで……なんでなんだっ……!」
 ふしぎは歯がゆさに奥歯を噛みしめていた。
 一度はおさめた勝利だった。だけど、終わりじゃなかった。
「なんで……なんでお前が、ここに……いるんだっ!!」
 それは泣き事であったのかもしれない。
 あれから1年、数々の依頼をこなし、戦場をくぐり抜けてきた。強くなって来た筈だった。
 だけど、目の前にいるあれはなんだ。圧倒的すぎる。
 圧力によるものか、それとも悔しさからか、ふしぎは届かぬ壁に慟哭する。
「んっ‥‥‥!」
 強張る筋肉をどうにか弛緩させようと、凛がもがく。
「皆、気をしっかり持ってっ! あんなアヤカシに屈する私たちないでしょ!」
 手は動かなくとも、口は動く!
 ともすれば、呑まれそうになる圧力に必死に耐える皆を、凛が震える声で励まし続ける。
『……いや、用などあるわけがないな。我に触れれば、それは死を意味するのだから』
 水月の通訳は続く。もちろん通訳者とて、他の5人と変わりはしない。
 小さな体いっぱいに言い知れぬ圧力を受けながらも、水月は気丈に言葉を紡ぐ。
 額に汗が浮かび、息使いも荒い。だが、ここでやめるわけにはいかない。
 今、水月が発する言葉だけが、6人の命綱なのだから。
「あれは……?」
 水月が『耳』なら昴は『眼』。
 因縁の相手を前にして、昴は冷静さを保っていた。
 以前であれば己の不甲斐なさに委縮し恐怖し動けなくなっていたであろう。
 だが、1年前のあの戦いが彼に変化をもたらしていた。
「肩……? 何か、おかしい」
 昴は昔と変わらぬ人影の姿に違和感を覚えた。
 時折、ざわりと揺れる輪郭はあの時のまま。
 無形なのか有形なのか判断できぬ人影にあって、その肩だけが明らかな有形なのだ。
「もしかして……」
 確かではない。だが、そこに可能性がある。
 思う様に身体が動かせぬ今、伝えられるのは僅かに動く指が触れあえる二人だけ。
 昴は動く事を拒否し続ける身体に鞭を入れた。

『……貴様ら如き小虫に構っている暇はない。一思いに――』
 空気が歪んだ。
 そうとしか形容しようのない瘴気が、圧力を含み爆発する。
 そして、人影は6人へ向かいゆっくりと歩き出した。


 絶望が迫ってくる。
 一歩また一歩と、わざとらしく人の歩む速度で。
「くそっ……! どうしたっ、動け僕の身体!!」
 ふしぎが必死に身を捩る。いくら叫ぼうとも、身体の自由はまだ戻らない。

 そんな死への秒読みにも等しい歩を、凛の叫びが上書きする。
「アーニャさん、切欠をっ!!」
「うごけぇぇっ!!」
 凛の叫びに、アーニャが硬直した筋繊維を無理やりに伸ばす。
 アーニャの放った矢は、甲高い鳴き声と共に一直線に直上へ。

 耳鳴り音に、一瞬だけ人影の動きがぴたりと止まる。――そして、それが『切欠』だった。
『ぐおああああぁぁぁあああっ!!』
 人の脆弱な咽喉では発する事の出来ない叫び――悲鳴――が辺りを支配した。
 びりびりと肌を叩く咆哮は数十秒にもわたり続く。

「さぁ、今よっ!!」
 今まで溜めに溜めていた力を、声として吐き出す。
「皆! 気合入れなさいっ!!」
 突然叫んだ凛が、地面を大きく踏みしめた。
 昴が合図を送ったのは弓術師の二人だった。
 見事に息を合わせた二人が、溜めこんだ力を一気に爆発させる。

「詠唱破棄! 轟け、雷光!!」
 あぜ道をフレイアの縦列雷光が迸る。

「逃げるわよ! 異論は聞かない!!」
 凛の声に異論をはさむ者などいない。そして、体面など構っていられない。
 6人の目的は情報を持ち帰る事。そして、村人を救う事。
 僅かに訪れたこのチャンスに、6人は恥じることなく一斉に逃げだした。