ほたるのみち
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/12 21:47



■オープニング本文

 太陽の恩恵を受け取ろうと茂る青葉達でさえ、この夏の猛烈な日差しを遮るには至らない。
 木漏れ日と言うにはやや強烈過ぎる日差しが、深い深い森の中に光をもたらしていた。
 何条もの筋となって低草生い茂る地面へと降り注ぐ光達が『ここ』を明るく照らし出す。

 ――今日も暑いね。

 魔の森と言う訳ではないのに、森の民だけでなく、熟練の狩人でさえ躊躇する程の深い深い森の中。
 一体誰が建てたのか、何の目的の為に作られたのか『ここ』は森の奥深くにひっそりとその佇まいを横たえていた。

 ――今年はどうかな。

 小さな肘を窓枠につき、木々の揺れに合わせて形を千差万別に変える木漏れ日をじっと眺める。
 春夏秋冬、長い一年にあってもこの時期だけは特別だった。
 心躍る何かが待っている。そう感じさせる何かがある。
 毎年毎年、永遠とも感じられる回数を繰り返してもなお、その期待だけは毎年変わらず湧いてきた。

 ――いい事あるといいな。

 小さく幼さの残る声は、誰に掛けるでもなくそう呟く。
 節の目立つ板張りの床に直接腰を下ろすと、ひんやりとした感触が身体に心地よかった。

●とある村
「そんなにはしゃぐと折角水浴びしたのが無駄になっちまうよ!」
 夜尚蒸す中、母親は怒鳴り声をあげると共に溜息をついた。
 視線の先には暑さなどお構いなしに、額に汗浮かべながら家の中を走り回る子供達の姿。
「はぁ……ほら、早く寝ないかい」
 初めはきつい口調で怒鳴り散らしもしたが、幼い子供達にはいくら言っても暖簾に腕押し。
「早く布団にお入り。入ったらとっておきのお話をしてあげるから」
 何時までも好転しない状況に、母親は半ばあきらめの境地だった。
 そんな境地からか、母親はふと口にしてしまう。
「え? お話?」
「おはなしすき!」
 それが子供たちの好奇心に火をつけた。
 しまったと思ったが後の祭り。口を滑らせた母親は言葉に、子供達はとてとてと小走りに走り寄って、敷かれた布団へ潜り込んだ。
「……はぁ、まったく。お話が終わったら寝るんだからね」
 布団にもぐり顔だけを覗かせながらも好奇心の満ち満ちた視線を向けてくる子供達。
 一先ずの暴走は止められたのだが、これから寝付くまでどれくらいかかるのか想像しただけで、母親の気は重くなる。
 だが、期待に満ちた子供達の視線を無碍にも出来ず、母親は静かに語り出した。村に脈々と伝えられる一つの物語を。

 ――朔の晩、汗かく月が見下ろす先に、緑の海をかき分けて、蛍の小舟でゆっくりと。

 子守唄にも似たゆっくりとした口調で語られる昔話。

 ――漕いでは漕げや、蛍船。大波大風かき分けて、森の奥のその奥の、千年ケヤキの袂まで。

「さくのばん、ってでこ?」
「蛍きれい! こんど捕まえにいこ!」
「ケヤキって何?」
 好奇心旺盛な子供達は、次々と浮かんでくる疑問を母親にぶつける。
 母親は視線で黙って寝なさいと伝えながらも、話を続けた。

 ――辿り着いたよ、森の奥。辿り着いたよ、知識の泉。

 母親の母親から、そのまた母親から、誰も覚えていない程の昔から口伝されてきた話。

 ――小さな小さな泉から、湧くよコンコン、沢山と。湧くよコンコン、永遠に。

「……はい、お終い」
 ふぅっと、一息ついて母親がパンと手を打った。
「えー、もっと!」
「続きは続きは?」
 しかし、あまりに短いその話では一度火のついた子供達の好奇心を消火出来はしなかった。
「無いよ。これでお終い」
 不満げに口を尖らされても困ってしまう。話は本当にこれでお終いなのだ。
「さぁ、寝る約束だよ」
 母親は二度手を打ち鳴らし、子供達に睡眠を催促する。
 子供達は文句を言いつつも、布団の温もりに小慣れた身体は休息を求め始めているのか、次第にその瞼は重くなっていく。と――。
「あ、森の奥にはアヤカシがいるの?」
 子供の一人が何気なく呟く。
「え?」
 その疑問に母親も息を飲んだ。
 確かにない話ではない。
 先人が森へ踏み入る戒めとしてこの話を残した可能性もある。
「……は、はいはい。馬鹿なこと言ってないで寝る寝る」
 そんな思いを振り切るように、母親は部屋を照らす蝋燭を吹き消した。

「……いや、まさかね」
 走りまわったツケが利いたのか、すぐに寝息を立て始めた子供達を後に部屋を出た母親は、目の前に黒く佇む深い森へと小さく呟いた。



■参加者一覧
喪越(ia1670
33歳・男・陰
猛神 沙良(ib3204
15歳・女・サ
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
丈 平次郎(ib5866
48歳・男・サ
柊 梓(ib7071
15歳・女・巫
呂宇子(ib9059
18歳・女・陰


■リプレイ本文

●仄暗い森
 昼の内に村へ入った一行は詩の謎を読み解こうと、様々な人々から情報を集めた。
 森を流れる沢の存在、森には蛍の群生地がある事。
 それらの内容から村に目的の場所はなく、森を進む事にしたわけだが――。

「……こう、密に茂っていては」
 暗闇を前に瞳孔を拡張させ、辺りを探っていた御調 昴(ib5479)の顔に焦りが滲む。
 どこか哀愁を漂わせる虫の声を道標に、6人は落葉の上を慎重に進んでいた。
「やっぱり照らす?」
 虫除け代わりの紫煙を燻らせながら、呂宇子(ib9059)は煙管をくるりと一回転。
「そうだな、いつまでも御調の眼に頼る訳にもいかんだろう」
 力不足を詫びる昴に、丈 平次郎(ib5866)は首を振り、呂宇子に目を配す。
「りょーかい」
「わたし、も」
 片目を閉じ答える呂宇子が呪を紡ぐ傍ら、平次郎の足元から小さな声が上がった。
「ああ、頼めるか、柊」
 こくりと頷いた柊 梓(ib7071)は、静かに目を伏せ胸元で結んだ手の中に仄かな明かりを灯した。
 しかし、小さな光源二つが広げた世界は、ほんの数寸。新月の森は踏み入る者を拒絶している。
 それでもようやく灯った光に、先頭を行く猛神 沙良(ib3204)は安堵し、二人に深々と首を下げる。
「ありがとうございます、このまま進みましょう。皆さん、離れずに」
 小虫のざわめきですら、暗闇に増長されアヤカシの咆哮に聞こえる。
 一行は二つの小さな道標を頼りに、落葉の上をゆっくりと進んでいった。

●二灯の標
 灯を頼りに進む一行の前には虫も寝静まった静寂の森が広がる――筈なのだが。
「うおぉぉぉ!!」
 劈くばかりの絶叫によって静寂はもろくも崩れ去っていた。
「ぎょえええぇ! か、か、かああぁ!!」
 そして、悲鳴と共に聞こえるのは巨大で不気味な羽音。
「皆さん下がってください!」
「まさかアヤカシか……!」
 既に抜き身を構える皆を下がらせた沙良に、平次郎も続いた。
 しかし、身構える一行をあざ笑うように、それらは――彼の大切な物を盗んで行きました。
「それは、私の血潮です」
 闇夜に輝くいい笑顔。
「って、おい! おいおいおい! 何で俺だけ!! おかしいだろぉう!?」
 羽音の正体。それはどういう訳か喪越(ia1670)にだけ集中攻撃を加える巨大な『蚊』であった。
「いやぁぁ! そこはダメぇぇ!!」
「あふぅん……そ、そんな所、父上にも咬まれた事無いのに……」
「よし、かかってこい! この俺、フーテンのもこ…………ゴメンナサイゴメンナサイ!!」
 無数に飛来する巨大蚊を前に、喪越の死闘は続く――。

 余程血が美味いのか、蚊は喪越以外に目もくれない。
「飛んで火に入る夏の虫、とはまさにこの事よねぇ」
「使い方間違えていますよね、それ……」
 死闘を演じる喪越の雄姿を眺め、くつくつと声を漏らす呂宇子に、昴は半ばあきれ顔。
「ふむ、蚊が居ると言う事は……」
 人工蚊除けと化した喪越には目もくれず、平次郎は顎に手を当てた。
「うさぎさん、に、おねがい、する、です?」
「ああ、頼む。蛍は水辺を好むからな」
 見上げる瞳に、平次郎は一つ頷く。
「うさぎさん、お水、の、ばしょ、です。おねがい、です……!」
 梓の呼びだした白兎は、清流を求め森の茂みに消えた。


「はっ!」
 白刃の一閃が闇に咲く。沙良が一太刀振るう度に、地に無数の羽音がひれ伏した。
 喪越を責めていた百を越える蚊は、沙良によって尽くたたき切られる。
「この暗闇の中で……流石です」
「羽音が全てを教えてくれますから」
 純粋な憧憬を向けてくる昴に、刀を払った沙良がどこか照れたように答え、最後の一匹を斬り落とした。

「喪越さん、大丈夫?」
 色んな物を吸い尽くされ突っ伏す喪越を、呂宇子は煙管でつつく。
「セニョリータ……俺は、もうダメ、だ……せ、せめて最後は、その胸の中で――」
 最後の力を振り絞り干乾びた手を呂宇子の楽園へと伸ばそうとした喪越が、
「あ、ごめん、火種落ちた」
「うぉあっちいぃい!!」
 飛び起きた。

「も、喪越さん、その姿……」
 何故か皆の視線が喪越の身体に集中している。
「ぁっつぅ……うん?」
 皆の視線を感じ、喪越も自分の身体へと視線を落として行く……。
「な、な、なんじゃこりゃあぁあ!!」
 そこにあった光景に喪越は驚愕した。刺されたのは何故か胸へ集中していたのだ。
「ま、まさかの我が身が女体の神秘ですとぉ!?」
 最早依頼どころの騒ぎではない。そう、そこには男の夢が詰まっている。
「蚊に刺されたのが、なんでそんなに嬉しいのかしらねぇ……」
 ごつい手を戦慄かせ、自らの胸へとじわりじわりと接近させる喪越に、呂宇子はあきれるやら感心するやら。
「刺されたことが嬉しいのではなく、それによって生じた二次的要因が、その……男の浪漫、とでも言うのでしょうか……」
「す、昴さん……?」
 虫の羽音よりも小さな昴の呟きは、羽音すらも聞き逃さない沙良には無意味だった。
「い、今なんて……」
「あ、え? な、なんでもありません! 僕はその世間一般的な見解を述べただけで! 決してその――」
「……じー」
 慌てれば慌てる程に墓穴を掘ると言う事を、耐性の無い昴が判ろうはずもなく。
「ご、誤解です!? 僕はやましい気持なんて!」
「ふっ、若いな」
「うおわぁっ!?」
 突然耳元で囁かれた喪越の声に、昴は飛び上がらんばかりに驚いた。
「素直になれよ兄弟。なぁに、この幸福を俺一人で独占しようなんたぁ考えてねぇ。お前にもたぁんと――」
「えええ!? ち、違います! 僕は決してそんな事を考えていたわけじゃ――!」
 がっちり首に腕を回し、力強く胸部を押し付けてくる喪越を昴は必死に振り払いおうとするのだが、如何せん今の喪越は最強だった。
「さ、沙良さん! 僕は潔白です!!」
 振りほどく事を諦めた昴は、助けを求める様に沙良を見つめるが、
「……不潔です」
 沙良は男の熱い友情?を理解するにはまだ若すぎた。

「丈さん、見えない、です……ふに」
「見る必要はない。柊は兎に集中してくれ」
 何やら楽しそうな騒ぎに梓も興味津津なのだが、平次郎の大きな背中に隠されて見ることが出来ない。
「あら、楽しいのに。ね、梓も見たいわよねぇ」
 そんな平次郎の影からひょっこりと顔を覗かせた呂宇子に、梓はびくりと肩を竦ませた。
「と、驚かせちゃったかな、ごめんごめん」
「だ、大丈夫、なの、です……ふに」
 と気丈に言うものの、梓は俯き加減に姿のほとんどを平次郎の影に隠す。
「この広い森を一人で探すのは大変じゃないかと思ってね。よければ私も人魂をだすわよ?」
 と、呂宇子が問いかけたその時。
「あ、うさぎさん、なにか、見つけた、みたい、です……!」

●沢
 白兎に導かれるまま、一行は天を望める場所に出た。
「……これが、沢?」
 若干の流れがあるものの、とても急流と言えるものではない。
 沙良は僅かに流れる清流に手をつける。
「話に聞いた物とは別ものか……?」
「他にも沢があるのかもしれません」
 と、昴は遠隔を探れる二人を見るが、
「うーん、近くに別の沢らしきものは見えないわねぇ」
 ぼんやりと光る魚型の人魂に問いかけながら、呂宇子が答える。
「うさぎさん、も、ほかには、ないって、いってる、です」
 梓も戻ってきた兎を抱きしめながら答える。
「この沢で正解のようですね……何故こんなにも水が少なく……」
 村人は口々に急流だと言っていた。
 沙良は訝しげに沢を眺めながら、ふと今日が何の日かを思い出した。
「まさか、朔の日と関係がある、と言うことでしょうか」
「確かに新月や満月の日には不思議な自然現象が起こる事があると聞きます」
 沙良の呟きに、昴が答える。
「しかし、それではなぜ村人は誰もこの事を……」
「単純に真っ暗な中、わざわざ急流の沢なんて来ようとは思わなかったからじゃねぇか?」
 何気なく放った喪越の見解に、皆がハッとなる。
 当然と言えば当然だ。誰も暗闇が支配する急流など来たいとは思わない。
「それじゃ、おうた、は、ほんとう、の、こと、いってる、です……?」
「その可能性の方が高いかもしれませんね……」
 依頼に当たる時、皆が思案したのが『汗かく月』の件であった。
 月の出ない朔の晩に、何故月の句が添えられているのか、誰もが謎に思った。
 悩みに悩んだ結果、一行が出した答えが『溯る』事であった。
 詩を逆説的に読み解き、下の句から上の句へ繋がるのではないかと予測したのだが……。
「とにかく進みましょ。朔の晩って一夜しかないんだしね」
 今ここで議論している時ではない。まだ目的の物は見えていないのだから。


(この先に知識の泉なるものが……)
 水の引いた沢を上流へと進む。
 詩にある蛍の姿は未だに確認できない。だが、この先に何かあるのではと感じさせる予感が平次郎にはあった。
(俺の中にあった……いや、今もあるものに関わる何かであってくれればいいのだが……ん?)
 突然、平次郎の外套が引かれる。
「……おかお、こわく、なってる、です」
「す、すまない、怯えさせたか?」
 怯えながらも外套から手を離そうとしない梓に、平次郎は深く刻まれた顔の傷を隠す様に横目で答えた。
「大丈夫、です……ふに。おなやみ、です……?」
「いや、何でもないんだ。気を使わせたな」
 向けられた優しげな視線に、梓はホッと胸を撫で下ろす。いつもの知己が戻ったと。

「皆さんあれを!」

 不意に先頭を行く沙良が声を上げた。
 その声に一行は上流の一角に視線を集中させる。
「ほっほぉ、こりゃみごとな『蛍船』じゃねぇか」
 喪越は詩にあった文句を用い、その光景を表現する。
 そこには、川底に少量の水を求める蛍達が群れていた。

 すぐさま術士二人が光源を落とし、一行は蛍群へと近づいていく。
「ほたるさん、いっぱい、です……」
「なんだかとっても神秘的ね」
 近づくにつれて、その特異な光景は鮮明になってくる。
「一か所に固まって何をしているのでしょうか……?」
「確か川蛍は水辺の苔に産卵すると聞いたことがあります」
 それらは普段目にする蛍の様に、無秩序に夜空を舞ってはいない。
 くぼんだ地形に溜まるそれらは、まさに船の形に見えた。
「しかし、これを船だとしてどうやって漕ぐ?」
 見た目は確かに船に見えなくもない。だが、その実はただの蛍の群れなのだ。
「そこは俺に任せときな。こんな事もあろうかと、立派な六尺棍を用意して――」
「そんな、の、で、つついたら、こわれ、ちゃう、です」
 喪越の案、梓の優しさの前に一蹴。
「そこは『大波大風』の出番じゃない?」
 しくしくと男泣く喪越を他所に、悪戯な笑みを浮かべた呂宇子が、そろりそろりと蛍の群れに近づき、ふぅ!っと大きく息を吹いた。
「こ、これは……」
 人にしてみればそよ風であっても、蛍にすれば大風にも等しい。
 呂宇子に吹かれた蛍船は、一糸乱れぬ動きで逃げる様に沢を上がっていった。

「これは確かに、蛍達の先導なくしては迷いそうですね」
 何度となく分れる沢の支流を、蛍達ははぐれることなく登っていく。
「船頭要らずに先導とは……矢又君、座布団一枚!」
「やまたくん……?」
「深くは考えない方がいいですよ……」
「うむ、人の世には様々な人種が存在する。覚えておけよ、柊」
「……あのさぁ、誰か息吹きかけるの手伝ってよ」
 迷わず進む蛍の後を、一行は慎重に追っていき、……ついにそれが目の前に現れた。


 詩にあった通り、大木の袂に小屋が一つ。
「ここが知識の泉……?」
 沙良は戸惑いながらもゆっくりと小屋へと進む。
「アヤカシ、は、いない、です」
 梓が瘴索結界を張るが小屋からは何の反応もなかった。
「とにかく入ってみようぜ。蛇が出るか蛇が出るか。出てからのお楽しみってな」
 目の前にある小屋からは相変わらず何の気配も感じられない。それを判ってか喪越は軽い足取りで小屋に近づく。
「一応、後ろは僕が警戒しておきますね」
 昴が殿にまわり、再び瞳孔が極限まで見開かれた。

「では、開くぞ……」
 平次郎が引き戸の取っ手に手をかけ、一気に引いた。
「夜分遅くに御免下さいな〜」
 律儀に挨拶しながら扉をくぐる呂宇子に、一同ギョッと肩を竦ませる。
『はーい、いらっしゃいー』
 しかし、返ってきた声はまるで馴染みの客を迎える様な気安いものだった。
『そんなに警戒しなくても、何もしないよ』
 返ってきた声に身構える一行を、声の主はくすくすと笑う。
 建物の中には一人の少女が窓辺の椅子に腰かけ、こちらを眺めていた。
「お嬢ちゃん留守番御苦労さん。で、お母さんはどこかね?」
 遠目からでも少女の麗しさは十分にわかる。喪越は期待と欲望に満ちた目で問いかけた。
『ここには僕一人だよ?』
「お、おおぅ……」
 険しかった?道のりの報酬がこの仕打ち。喪越は絶望に打ちひしがれた。
「では貴女がここの主なのですか……?」
 とめどなく溢れる涙を拭いもしない喪越を無視し、最後に入って来た昴が尋ねる。
『そうだよ。随分待ったんだから。ずっと来てくれないんじゃないかと思ったよ』
「この子、からくり、さん……?」
 流暢に会話を繰り広げる少女。しかし、それの差異に気付いたのは梓であった。
「あなたは何者なの?」
 呂宇子が再び問いかける。
『あれ? 貴方達は知識の泉を取りに来たんじゃなかったの?』
「その通りだ。ここにあるのか、その知識の泉が」
 かくりと首を傾げる少女に、平次郎は思わず一歩詰め寄った。
『もちろん』
「どこにある、教えてくれ」
 自分でも気が急いているのがわかる。
 他の皆にやんわりと宥められながらも、平次郎は少女の答えを待った。
『何処って、目の前に居るのがそれだよ』
 この少女の答えに、一同は一瞬ぽかんと口を空けるしかなかった。

 知識の泉と名乗ったからくりの少女。聞けば、古の英知をその身に宿した存在であると言う。
 しかし、その英知を引き出すには『鍵』となる物が必要だとも言った。

「鍵、ですか……しかし、詩にはそのような文句は……」
 更なる謎に沙良が考え込む。
「では、鍵を持って改めて来いと言うことでしょうか?」
 依頼は森の安全を確かめること。詩に記された正体を解明した時点で依頼は達成しているのだが……。
 もちろん、このまま素直に帰り報告を済ませようと思う開拓者などこの場にはいない。
 昴は少女に問いかけた。
『ここに居るのも飽きたし、連れていってくれると嬉しいかな』
 この答えに、一同は再び唖然となる。
「いっしょ、に、いく、です……?」
『うん、駄目かな?』
「連れていってもいいけど、ギルドで何調べられるかわからないわよ?」
 呂宇子は警告する。明らかな謎を持ったからくりなど、ギルドが放っておく訳は無いのだから。
『何でもいいよ。こんなさびしい所よりはましな所ならね』
 しかし、少女の答えは至極あっさりとしたものだった。そして、その少女の笑顔に返せる答えを持った者はいなかった。