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■オープニング本文 脆弱は罪。 非力は罪。 無能は罪。 ただ内に滾る欲求に任せるままに力を欲した。 技を喰らい、智を喰らい、命を喰らう。 脆弱にして最弱に生まれた体に幾ら注ぎ込もうとも、その渇きは癒える事を知らない。 そして、数えきれないほどの命を消費し、寄り集まり肥大した意思は、獣を越え、人を越えた。 だが、満足は無い。身体の中心にはいつもぽっかりと奈落へと続く大穴があいている。 何故に欲する。すでに十分ではないか。 人を越え、人では到底到達できぬ高みに達した。 これ以上何がいる、と内なる欲求に問いかけた事もあった。しかし答えは無く。 ただ内に滾る欲求に任せるままに力を欲し続けた。 だが、あの極寒の高地でその理由がわかった。 脆弱で非力で無能な人間どもの群れ。 目の前に立ち塞がり苦汁をなめ続けたにもかかわらず、何度も何度も立ち上がり刃を向けて来た奴ら。 巨象に立ち向かう蟻にも等しい存在であった者が、いつの間にか力をつけ、いつの間にか知恵を持ち、いつの間にか成長していた。 そして、何よりもその絆の力を侮っていた。 『彼女』は、初めて戦いというものに敗れ、渇きの正体をようやく認識した。 『――が‥‥つ――』 この空を覆う無限の空気を吐き出せばそれでよかった。 空洞を振るわせる空気の量を調整してやればよかった。 『‥‥は――う‥‥』 声が、言葉が――でない。 意識すら必要なかった発声が出来ない。 まるで生まれたての赤子の様に、うめき声しか上げる事が出来ない。 『彼女』はそれほどまでに疲弊していた。 人の形すら取れぬ程に、力を失った。 力ある者達から逃げるように、『彼女』は彷徨った。 広い天儀の大地を、怯え恐れ苦しみながら、当ても無く彷徨った。 再び最弱の底辺へと堕ちた彼女には、それ以外の道がなかった。 一年の半分を数える昼夜、海を越え丘を越え山を越え、ただ彷徨った。 そして、ついに――。 理穴の西部。何の特徴も無い長閑な田舎。 かつて濃い霧と雪に覆われた戦場であった場所。 そこがここ『冬葛』。 かつての戦で出来た傷跡なのか、そこには大地を裂く巨大な亀裂が刻まれていた。 そして、その底の見えぬ奈落から湧き立つ闇の光明。 『――あ‥‥ぁあっ‥‥』 確かに感じる。 鳥が雛鳥の鳴き声で我が子を判断するように、そこから発せられる気に引きつけられる。 『彼女』は、大地に刻まれた亀裂へ身を投じた。 深い深い浮遊する大陸の底まで繋がっているのではないかと錯覚させる程に深い亀裂を、ただひたすらに落ちる。 声に呼ばれるままに、気に惹きつけられるままに、『彼女』は落下していった。 ● 『あ‥‥うぁあっ‥‥』 光明が一層禍々しく光り輝く。 陽光すら一切届かぬ地の底で、それは無限とも思える気を吐き出し続けていた。 それは生ある者にとっての極上の毒。 それは生無き者にとっての至高の宝。 『護大』 アヤカシを統べるアヤカシにのみ許された王の証。 聖域『魔の森』を形成する究極の力。 目の前にある力の象徴にすでに形すら不鮮明な手を伸ばす。 絶えず瘴気の毒を吐きだす未知なる力に、懸命に手を伸ばす。 『うあぁぁ‥‥あああああっっ!!』 原型すらも危うい手が触れた途端、『護大』が発した禍々しくも美しい黒光が辺りを包み込んだ――。 ●魔の森 「まだ規模はそれほどでもないな。出来て間もないか」 目の前で禍々しい瘴気を放つ森をそう評したのは、この調査団の隊長『末森 なが多』であった。 「しかし、全てが白黒とは‥‥珍しいですね」 「ああ‥‥。どうだ、過去の資料に類似するものは無いか?」 隊員と同様の感想を抱いたなが多は、資料を管理する隊員へと声をかける。 「‥‥いえ、今までに報告は無いタイプの様です」 「となると、新種のアヤカシの可能性もあるか‥‥」 「どうします? 一旦引き返しますか?」 「いや、調べよう。魔の森の拡大を抑えるならば早いに越した事は無い。金平!」 「はい!」 と、捜索続行の決断をくだしたなが多に呼び出されたのは隊で最も若い隊員だった。 「一先ずギルドに報告だ。採取した魔の森の欠片を持ち帰ってくれ」 「了解しました!」 若い隊員は恐れる事も無く渡されたサンプルを手に、馬へと駆け寄った。 「隊長‥‥どうかご無事で!」 そして、そう言い残すと馬へ跨り手綱を引いた。 ● 森の奥深く、そこに『彼女』の姿はあった。 かつて黒鎖の王と称され、人の世の国一つを滅ぼす切欠を作った一人。 『く‥‥くっくっくっ!』 そこに転がる土くれを手で捏ねただけでアヤカシが生まれる。 いや、そんな面倒な事をしなくてもいい。 ただ頭の中で思い描けば、形となり生まれおちる。 『これが‥‥これが『力』か』 今まで有していたものが一体何だったのかとも思えるほどの圧倒的な力の奔流。 アヤカシを生む力を研究し続け、紛いなりにも形と成した成果が、いかに不完全であったのかを思い知らされる。 だが、それも過去の事。 数百年にもわたる渇きとの戦いの結末が、ここにあった。 小アヤカシと分類される最弱よりも更に弱き物としてこの世に現出して以来、常に欲した力の終着点。 『うん?』 今、何かを感じた。 体内からではない、それは今までに感じた事の無い感覚だった。 『‥‥虫が紛れ込んだか』 それが何の感覚なのか説明を受けるまでも無い。 自らが作り出した魔の森、いわば自らの体内にも等しい場所に異物が混入したのだ。 『面白い。『護大』の力、どれ程のものか試させてもらおう』 魔の森と称される異界に踏み入るのだ、虫どもはそれ相応の実力を持っているのだろう。 ならば、実験台として使えるだろう。この新しく手に入れた力の実験台に。 『彼女』は、何気ないしぐさで右手を振るう。 ただ、それだけでぽこぽこと地面が盛り上がり、土くれが像を結ぶ。 『さぁ、行け。虫どもを駆逐して来い』 出来上がったばかりの『子』に『彼女』は命を下した。 『くっくっくっ‥‥‥‥あーっはっはっはっ!!』 誕生したばかりの大アヤカシ『亜螺架』の反撃が、今始まった――。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
破軍(ib8103)
19歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●白黒の世界 そこは常世の理から切り離された世界。 全てを包み隠す漆黒と、全てを拒絶する純白。 相反する二面性を持ちながらも、複雑に融合する魔の領域。 「こんな悪趣味な森見た事無いわね‥‥」 森の入口に立ち、ユリア・ヴァル(ia9996)が小さく呟いた。 「趣味趣向でこんな色にしてくれてるのならいいんですけどね‥‥」 ユリアと並び森を見つめる御調 昴(ib5479)の表情は沈んでいた。 「まだ始まったばかりだっていうのに随分とテンション低いわね」 「あ、いえ、すみません。ちょっと気になる事があって‥‥」 「なに? もったいぶらずに言いなさい」 ズズイッと顔を寄せるユリアから、大袈裟に一歩退いた昴は続ける。 「‥‥判らないんです。だけどこの森を見た時から、とてもすごく嫌な予感が‥‥」 「なによそれ。漠然とし過ぎてるわね‥‥まぁ、それも調べてみればわかる事なんでしょ?」 「え、ええ、多分‥‥」 「なら、行きましょ。まずは調査隊との合流からよ」 と、手を取り引いてくれるユリアの行動力が、今の昴には頼もしく感じる。 「うくっ‥‥はぁはぁ‥‥」 「ったく、無茶しやがって」 「ご、ごめん‥‥」 先の依頼で大怪我を負った身を引きずる天河 ふしぎ(ia1037)に肩を貸す黎乃壬弥(ia3249)が呆れ半分に溜息をつく。 「そんな身体でわざわざ来るこたぁねぇだろう」 「う、うん、ごめん‥‥でも、何か‥‥何かとっても不吉な感じが‥‥ずっと、胸の中で渦巻いてて‥‥」 ふしぎ自身、何故大怪我を負った身で危険な魔の森調査などという依頼を受けたのか判らない。 ただ、何か惹きつけられる様に依頼書を手に取っていたのだった。 「‥‥そうか、お前もか」 「え? もしかして壬弥も‥‥?」 しかし、それは壬弥も同じであった。 「魔の森も色々見てきたが‥‥こんだけ目がちかちかする森は初めてだ」 「え‥‥?」 「水墨画でも始めるつもりか‥‥ったく、悪趣味は変わってねぇな」 「変わってないって‥‥壬弥、もしかして」 「さぁ行くぞ、足手まといになるつもりはねぇんだろ?」 と、壬弥は不安げに見上げるふしぎの背をバシッと力強くどつく。 「いっ!? あ、当たり前なんだぞ! こんな怪我くらいでゆっくりはしてられないんだからなっ!」 「ははっ! そんだけ威勢を張れりゃ上等だ」 壬弥は不思議に肩を貸したまま、森へと向かう。 「‥‥さぁ、何が出てくるやら」 「ちっ‥‥新しい魔の森とはな」 森へと突入した五人の背を見つめ、破軍(ib8103)が呟いた。 「この前、大アヤカシを一匹討ったと聞いたが‥‥また別のが湧いてくるとはな。全くアヤカシってのは始末に負えねぇ」 誰の耳にも届かぬ小さな声で吐き出されるのは、怨嗟。 人ならざる者の所業を数々目の当たりにして来た破軍にとって、その長たる大アヤカシが支配する魔の森は、憎悪の象徴であった。 破軍は森を睨みつけたまま歩を進める。先に行く5人の後を追う様に。 ●魔の森 外の異様もなら中も異様。 特徴なく白と黒に染まった世界は一行の感覚を狂わせる。 「まずいですね‥‥これじゃ、方向感覚とかまるで利きません‥‥」 趙 彩虹(ia8292)が棍で森の草木をかき分け先行していた。 幸い調査団が残したであろう目印が至る所に残されていたため、合流は容易であろうとは思われた。 「一刻も早く合流しませんと‥‥」 しかし、のんびりと目印を追っている暇は無い。この森に入った途端膨らみ続ける、胸の内の不安がそう告げていた。 「待ってください、彩虹さん。あまり急ぐのは危険です‥‥これだけ繁茂していて効果があるか分かりませんが、バダドサイトで先を探ってみますね」 「あ、は、はい‥‥お願いします」 自分ではそんなつもりはなかったが、他人から見れば焦っているように見えたのだろうか。 昴の心遣いに彩虹はぺこりと首を垂れる。 「じゃ、行きます――」 全てを見通す鋭い眼光が魔の森の奥へと向けられた、瞬間――。 「がっ‥‥! あぁぁっっ!!」 いきなり倒れ込んだ昴が、首の後ろを押さえ苦しそうに地面を転がる。 「御調様!?」 すぐさま駆け寄り昴を抱き上げるが、その表情は苦悶に歪んでいた。 「一体どうされたんですか!!」 「どうしたの!」 昴の異変に周辺を調査していた皆も集まってくる。 「わ、わからないんです! いきなり御調様が苦しみ出して!」 腕の中で苦悶の表情を浮かべる昴を、ユリアが覗き込む。 「魔の森の瘴気にやられた‥‥にしては酷過ぎるわね」 昴は額に玉の汗を浮かべ、首の後ろを強く押さえている。 「‥‥こりゃ、間違いねぇか」 「う、うん‥‥」 荒い息を繰り返す昴に、壬弥とふしぎは顔を見合わせ頷く。 「なによ二人して。心当たりがあるの?」 「こりゃ『呪縛』って奴だ」 「呪縛?」 首の後ろ辺りをさすりながら答える壬弥に、ユリアは訝しげな視線を向けた。 「相思相愛とも言う」 「はぁ? 一体何の事よ」 突然はぐらかす様に口笛なんぞ吹く壬弥に、ユリアはさらに眉をひそめる。 「やっぱり、この森は‥‥」 「ま、間違いありません‥‥此処は亜螺架の森‥‥!」 ともすれば震えだしそうな腕を強く抱きしめ呟く彩虹に、ようやく苦しみから脱した昴が答えた。 「‥‥ユリア、破軍! 僕達の予感が正しいなら、この森は危ない‥‥! 早く口を布か何かで塞いで!」 最悪の予感が当たる。ふしぎはまだ『健全』な二人に急ぎ注意するが――。 「‥‥どうやらそんな暇はなさそうだ」 破軍が霊剣を抜き放ち森へと向ける。 それを合図に白と黒の森が脈動するようにドクンドクンと二度蠢いた。 ● 「‥‥先に行け。調査団と合流するのが先だ」 「だ、だけど、一人じゃ!」 「‥‥言った筈だ。調査団と合流するのが先だと」 危険だと忠告するふしぎへ振り向きもせず、破軍は蠢く森へ切先を向ける。 「‥‥そうだな。破軍の言う通りだ」 と、壬弥は目印が続く森の奥へと歩み出した。 「魔の森で単騎行動だなんて正気ですか! 死にに行く様なものですよ!」 まるで仲間を見捨てる様な行動を取ろうとする壬弥に、昴は激しく抗議する。 「‥‥行きましょう! 此処があれが造り出した森だと言うのでしたら、早く合流しませんと!」 「彩虹さんまで!」 「そう言う事よ。さ、貴方も行きましょ」 「ユリアさん!」 「いい、昴。破軍には此処を死守してもらわないといけないの。――ねぇ、破軍、出来るわよね?」 「‥‥誰に言っている」 「ほらね」 「ほらねって!」 「此処にアヤカシが出るって事は、退路を塞がれるって事よ」 「っ‥‥!」 このユリアの言葉に、昴ははっと目を見開く。 破軍に捨て身をするつもりはない。時間を稼ぎ通路を確保する為に残るのだ。 「破軍様、どうかご武運を! でも、できるだけスキルは使わないでくださいね! 何が起こるか分かりません!」 「‥‥ああ」 一行は目印を頼りに再び走りだす。一人、破軍を置いて。 「‥‥さぁ試させてもうぜ。お前等の実力とやらをな」 去って行く気配と忍び寄る気配に挟まれ、破軍は殺気を森へ向けた。 ● 白と黒の森を目印を頼りに奥へ奥へと進む。 「え‥‥」 「ど、どうしました?」 と、戦闘を行く彩虹が突然急停止し、そのまま俯いた。 「‥‥おかしいです」 「ん、どうした?」 立ち止まる彩虹に次々と仲間が追いついてくる。 「それが彩虹さんが突然立ち止って‥‥」 「‥‥彩虹、どうした、の?」 ついに皆が彩虹の元に集う。 さいこうはそれでもなお、地面に視線を落としぶつぶつと何かを呟いていた。 「――で、でも、亜螺架は確か上級アヤカシ。そして、魔の森を造れるのは、大アヤカシだけの筈です‥‥!」 得意のメモ帳を見るまでも無く、開拓者にとってそれは常識も常識。 しかし、その常識がどうしても繋がらない。いや、繋がる事を無意識に拒否しているのか。 「なら、ここを造ってるのは大アヤカシだってことでしょ?」 と、ユリア。 「そんな! あれは確かに上級アヤカシに分類される者! それが‥‥なんで!」 南海の島で繰り広げられた過去の激戦はでみた『奴』は、確かに上級アヤカシに類するものであった。 それがなぜ‥‥。 「なぁに、簡単なことだ」 それ以上聞きたくないと耳を塞ぐ彩虹に、壬弥は告げた。 「奴さんが、まさしく大化けしやがったってこった」 ● 白黒の木立を抜け現れた異形。 獣を模しているのか、四本足で地を掴むそれは鹿程の大きさだろうか。 そして、最大の特徴は――。 「‥‥幻でも気取ってんのか?」 それはまるで蜃気楼。輪郭ははっきりとせず、水面に映る月の様にぼんやりと揺れていた。 「‥‥おもしれぇ、かかってこいよ。雑魚アヤカシの程度でこの森の力を計ってやる」 挑発的な笑みと鋭い切先をアヤカシに向ける破軍。 その間にも破軍とアヤカシの距離はじりじりと詰まっていた。 アヤカシは自らの領域に踏み入れた『餌』を狩る為、明らかな敵意をむき出しに迫る。 一方の破軍は大地に根を下ろした大樹の如く不動で迎え撃つ。 ゆっくりと、だが確実に縮まる両者の距離。 そして、ついに破軍の剣域にアヤカシが踏み込んだ――。 ● 「‥‥いた!」 五感を研ぎ澄ます技が制限される中、最初にそれを見つけたのはふしぎだった。 ふしぎの指差した先には小さな広場の様な場所があり、そこに依頼主である調査の一団が荷を下ろしていた。 「よかった、無事みたいね。隊長さんの統率力に敬意を表すわ」 特殊な方陣を組み拠点としていた調査団へ合流したユリアは、聞いていた人数が掛ける事無く揃っている事に安堵する。 「よく来てくれたな」 「こんな正体不明の森のこんな奥まで、よくこれたわね」 「これでもば数は踏んでるつもりだからな」 「ふーん、場数ねぇ。で、成果はどうなの?」 「‥‥正直芳しくは無いな。まだ時間がかかりそうだ」 「それはあまりよろしくないわね」 「うん?」 「‥‥アヤカシの気配がしたわ」 「なっ! どこだ!」 「退路よ。でも大丈夫、私達の仲間が押さえてるから」 「そ、そうか‥‥」 「でも、あんまり悠長に調査している暇は無いわ」 「ああ、少し急がせよう」 「私達も手伝うわ」 そうして、なが多は隊員へ、ユリアは開拓者達へそれぞれ状況を伝える。 そして、開拓者を交えた魔の森の調査が始まった。 「――はっ!」 ドウンと重音を森に響かせ、昴の魔槍砲が火を吹いた。 狙ったのは森の木。まるで消炭の様に黒く変色した木に向けて、燃やしつくす勢いで砲撃を放ったのだが。 「やはり物理的な火では効果が薄いですか‥‥」 黒い木に着火する事無く、その表面だけを焦がすにとどまる。 「‥‥再生してる」 それどころか、欠損した表層を補う様に周りの黒い部分が寄り集まり、元の木へと再生を始めた。 「容易には焼けそうにありませんね‥‥」 「え‥‥こ、これって‥‥」 目の前で繰り広げられる光景にふしぎは目を疑った。 「まぁ、こういう訳だ」 森から切り取られた粒子はビンへと納められた。そこまではよかった。 「せめてサンプルを持って帰りたかったんだがな」 だが黒い粒子はガラスでできたビンはしばらくの後、内から爆ぜる様に割れた。 「‥‥そ、そんな」 「こんな増え方する森は初めてだ。色といいこの異様な増え方といい、ここは‥‥異様だ」 「く、くそ‥‥あいつの手掛かりを、少しでも‥‥」 数多くの間の森を調べて来たなが多にしてそう言わしめるほどの異様。ふしぎは悔しそうに唇をかむ。 「ならば土はどうでしょう」 と、そこへ彩虹が現れる。 「土? ‥‥ふむ、土か」 彩虹は大匙で掬いあげた黒々とした土をなが多に向けた。 「森の木が無理ならば、せめてその土壌を調べることができれば何かわかるかもしれません!」 「ふむ‥‥そうだな。誰かビン余って無かい! ダメ元でやってみる!」 他のメンバーが調査団の手伝をする中、壬弥は警邏を兼ねて森の中をふらついていた。 「ふうっ、自分の勤勉さに眩暈がするぜ」 牽制なのか鍛錬なのか、壬弥は何もない虚空に向け刀を抜き放つ。 構えるのは平正眼。 正眼よりやや斜めよりな構えは、まさに人刀一体。 「‥‥どうやらこれはまともに行けそうだな」 何千何万回と繰り返してきた技。その挙動全てを体が覚え、意識すら必要としない技は呪縛の影響を微塵も感じさせない。 「ならこれはどうだ?」 流れる様な動作から、次の型へ。 「っ‥‥」 志士の使う技の一つの最終形、秋水。 極度の精神宗通により繰り出される必殺の一撃を虚空に見舞おうとした壬弥だったのだが‥‥。 「ちっ‥‥疼きやがるぜ」 幸いのた打ち回る事態は避けたが、それでも刀を持つ手が震え、最早技を繰り出せる状態ではなかった。 そして――森にけたたましいまでの咆哮が鳴り響いた。 「っ! これは‥‥破軍! 何かあったみたいね‥‥皆、潮時よ!」 ユリアが咆哮に所在なさげに空を仰ぐ調査団に声をかけ、すぐさま駆けだした。出口を護るため孤軍奮闘する仲間の元へと。 ●脱出 一行は出口へ向け全力で駆ける。 「急いで! 森が急激に拡張しているわ!」 森は来た時よりも更に蠢きを増していた。 「黴だらけになりたくなけりゃ、気合入れろよ!」 「わ、わかってるんだからなっ!」 と言いつつもふしぎに肩を貸す壬弥も皆の後に続いて急いでいた。 「破軍様!」 来た時同様、先頭を行く彩虹が森の中に立ちつくす人影を見つけた。 「大丈夫ですか!」 「‥‥問題無い」 「で、でも先程咆哮が聞こえて‥‥」 「‥‥少し数が多かったらな」 と、彩虹は破軍の足元に視線を落とす。そこには、まるで粘泥の様な真黒な塊が蠢いていた。 「そ、それは‥‥?」 と、昴が恐る恐る問いかける。 「アヤカシ‥‥だろうな」 「だ、だろうな?」 「まぁ、見ておけ」 と、破軍の刀が揺れると共に、其方へ視線を移すと‥‥。 「ふ、復元!」 そう、黒い粘泥であった物体が、黒い霧を固めた様な鹿の形へとゆっくりと戻ろうとしていた。 「そう強くはねぇが、まるで手応えが無い」 「まったく、骨折り損のくたびれ儲けだな」 「‥‥調査は終わったのか」 「ええ、一通りはね」 「ならば、早々に出る事を薦める」 「それがよさそうね。隊長さん、良いかしら?」 「ああ、懸命な判断助かる」 撤退に異存のある者はいなかった。 一行は復元するアヤカシを無視し、急ぎ出口を目指す。 その間も森は膨張を続け、出口までは往路の実に倍する時間を要した。 それでも目印は有用に働き、迷うことなく森の出口へと差し掛かる。 「見えました、出口です!」 先行する彩虹が、目の前に現れた光を指差す。 一行は疲れた脚に鞭を入れ、最後の力を振り絞る。 『くくく‥‥せいぜい残り少ない生を楽しんでおけ。最後の時は、もうすぐそこだ』 出口を前にした一行の耳には、確かに女の声でそう聞こえた気がした。 |