風の弾丸〜阻止限界点〜
マスター名：真柄葉
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| ■オープニング本文 ●空 眼下には新緑から深緑へと移り変わる自然あふれる天儀の大地。 そして、大地と船の間には夏特融の真っ白い雲が暢気に漂う。 「無理だ‥‥これ以上の高度はでない」 「くっ‥‥！ このまま黙って見てるしかないのか！」 雲よりも遥か上方。青が藍に溶ける狭間に浮かぶ黒点を見上げ、船乗りはきつく結んだ拳を船縁へと打ち付けた。 「宝珠砲でも無理なのか？」 「‥‥無理だ。高度が高すぎる」 船首に取り付けられた最新鋭の宝珠砲も、今はただの飾りでしかない。 「どうすりゃいいんだ‥‥！ 街には、街には俺の家族がいるんだぞ！」 「お前だけじゃねぇ！ 俺だって生まれたばっかりの子供が帰りを待ってるんだ！」 「誰だって一緒だ！ 俺だってそうだ！」 「じゃぁどうするんだよ！ このままじゃ‥‥」 「今からじゃ避難指示を出してもまにあわねぇ‥‥」 「くそっ！ こうなったら駄目もとで宝珠砲を！」 「やめろ！ 当たりもしないのに切り札を切るんじゃねぇ！」 船員たちは立ち行かぬ事態に苛立ちを募らせ、ついにはいがみ合いを始める始末。 「馬鹿野郎！ 喧嘩なんかしてる暇があったら、対策の一つでも考えてろ！」 「くっ‥‥くそぉ‥‥」 「ちくしょぉ‥‥何か、何か手はないのか‥‥！」 別の船員からの一喝に我をとりもどした船員たち。 しかし、その憂鬱な顔には絶望が忍び寄っていた。 ●数日前 「な、なんだこれ‥‥」 それは一人の旅人が発見した異変だった。 「しょ、瘴気‥‥？」 街道から少し離れた草原。旅人が薬草でも無いかと探しに入った、草むらの中心にそれはおどろおどろしく在った。 周りの緑があまりにも不釣り合いな黒い沼からは、明らかに無害ではなさそうな気体がぽこぽこと湧き出ている。 「な、なんでこんな所に瘴気の沼が‥‥」 大きさはほんのアヤカシこそいないが、それは確かにアヤカシの好む世界だった。 旅人は辺りを警戒しつつ沼へと近づく。 そんな時――。 ぼちゃんと湖に大岩でも投げ入れた様な粘りを含んだ大音が草原に響く。 旅人は、今度は何事だと音のする方へ急いで向かった。そこには‥‥。 「こ、ここにも‥‥！」 そこは先程旅人が通ってきた場所。 「やばいぞ‥‥街に向ってる！」 旅人がそう気付いた時にも、瘴気の沼地は巨人の足跡の様にゆっくりと着実に街へと近づいていた。 ●上空 「っ！！ アヤカシに動き！ 高度が徐々に下がってきています！」 「おおっ！ すぐに宝珠砲を用意するんだ！ 降りてきた所を狙い撃つぞ！」 見張りの報告に船長以下、乗組員達は事態の好転に色めき立つ。 「残念ながらお前達の出番はなさそうだ。悪かったなこんな上空まで連れてきて」 船長は万が一の為にと依頼していた開拓者の一団に自信に満ちた笑みを向けた。 だが――。 「ア、アヤカシに更なる動きあり！ 速度を――くそっなんだこの速度！！」 「一体どうした！ 報告は正確に――」 見張りの不確実な報告に怪訝な顔を見せた船長が空を見上げた。 「なっ！？」 その瞬間、目の前を通り過ぎる巨大な黒い影。 確認されたアヤカシが超高速をもって飛空船の鼻先をかすめて落下していったのだ。 「急げ！ 精霊砲の用意――って、お前等何やってんだ！」 急ぎ精霊砲の用意を指示しようとした船員が、目に飛び込んできた光景に度肝を抜かれる。 そこにはこの超高空で船縁に足をかける開拓者の姿あった。 「お、お前達何をする気だ！ ‥‥ま、まかさ」 そのまさかだといわんばかりに不敵に微笑む開拓者達が、高空の空へ何の躊躇いも無く身を投げた。 「いくら宝珠の加護があるからって、この高度じゃ‥‥！」 落下防止のための宝珠は手渡してある。しかし、無謀にも程がある。 船員は真っ逆さまに落下していく開拓者を見下ろしながら叫んだ。 「だけど‥‥だけど、もうお前達だけが頼りだ！ 頼む‥‥頼んだぞぉぉぉ！！」 最後の希望達へ向け、ありったけの声量で。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ（ia1037）17歳・男・シ 
ユリア・ソル（ia9996）21歳・女・泰 
ジークリンデ（ib0258）20歳・女・魔 
高峰 玖郎（ib3173）19歳・男・弓 
猛神 沙良（ib3204）15歳・女・サ 
御調 昴（ib5479）16歳・男・砂 |
| ■リプレイ本文 ● 「まさかこの翼で風を受ける日が来るとはな」 高峰 玖郎（ib3173）が彼方に漂う雲を望む。 「怖いですか？」 表情の掴み辛い玖郎の顔を覗き込み猛神 沙良（ib3204）がクスリと微笑んだ。 「怖くないと言えば嘘になりますね。これは空に見放された翼ですから」 玖郎の心情を代弁するように御調 昴（ib5479）が答える。 「だが‥‥心躍るのもまた確か」 緊迫し危機迫る空気とは裏腹に、高鳴る鼓動が内にある。 玖郎の漏らした言葉に、昴と沙良も黙って頷いた。 「行きましょう。――空へ」 沙良が水平に突き出した指をゆっくりと真下へ。 そこにある黒点。そして先に『飛んだ』三人を指す。 それが合図だった。三人は申し合わせたように外套へ手をかけると一気に脱ぎ捨て空へと――飛んだ。 ●残り４分 時速１００ｋｍ超。秒速にして実に毎秒３０ｍもの速度が巻き起こす風は尋常ではない。 風の抵抗を極力受けまいと真っ直ぐに伸ばした身体に襲いかかる強烈な風が容赦なく体力を奪い去る。 身体を広げれば制動は易いが速度が出ず、それではアヤカシに追いつく事が出来ないから開拓者達は覚悟を決めた。自らを風の弾丸と化し、必ず追いつくと。 先陣を切る天河 ふしぎ（ia1037）がゴーグル越しにアヤカシを捉える。 全長１０ｍ。上を向いている底面円の直径ですら５ｍはあるだろう。 そして表面は漆黒。かつて対峙した『あいつ』を彷彿とさせる黒だった。 ならば、きっとアレもある。 確信があった。今まで幾度となく刃を突き立てた相手に必ず存在した『弱点』。それさえ砕けばこの不幸は一瞬で終わる。 もちろん一筋縄でいかない事は判っているから、こうして強風の影響をうけぬようゴーグルも着けた。薄いガラス越しに見える黒の挙動の一切を見逃さないために。 瞳は直下、腕は胸元に交差。蒼銀髪を風に靡かせ、ユリア・ヴァル（ia9996）は迫る黒塊を睨みつけた。 状況は最悪。華麗を信条にするユリアにとってアヤカシを追って空に身を投げるなど、まるで望まぬ展開である。 しかし彼女は、この最悪に不格好な状況を楽しんでいた。 退屈は全てに勝る罪。 この超高空の空へ飛び出す直前までユリアは退屈し、最悪の罪を享受していた。 だから自然と口元に笑みが浮かぶ。それが死と隣り合わせの状況であっても退屈が払拭された事に微笑んだ。 ユリアはもう一度眼下の黒塊を睨みつけると、両足を軽く重ねる。 それを合図に装備した脚絆が風を生み出す。生み出された風はユリアのスラリと伸びた脚を覆った。 風の鎧に覆われた脚でユリアは『空を蹴る』。眼下のアヤカシへ『一歩』でも近づくために。 音が遅れてやってくる。 それほどの高速が生み出す強風に顔の肉が醜く歪んだ。 しかし、昴の瞳に灯る意思の光に衰えは無い。 一族の間で最も勇壮と謳われた忌み翼を折り畳み、風の抵抗を極力無くすと共に暖を得る。 そして、自然と溢れる涙で視界が歪むのも気にせずに、天へと切先を向けた二本の愛槍『連昴』に練力を送り続けた。 一撃毎に身体の中を満たす力がごっそりと吸い取られていく。 だからどうした。 出し惜しみする理由など無い。追い付かなければ、例え翼が風を掴んでも何の意味もない。 昴は奥歯に一層の力を込めると、次弾を愛槍に送り込んだ。 頭を下に足を上に。ただひたすら自然体に。 空から放り投げられたからくりの様に、玖郎は瞳を閉じ重力に身を任せた。 これが空か。 重厚な風の壁。肌を指す冷気。気まぐれで我儘な気流。ここでは人の身など大海に浮かぶ木の葉にも等しい存在だと思い知らされる。 それでもここが望んだ場所。玖郎は普段では感じる事のない感覚に身体を馴らしながら普段は邪魔でしかないそれに静かに力を込めると、即座に反応した。 翼が自ら玖郎に語りかける。自分にはこの風に抗う力があるのだと。その主である玖郎には大空を制する資格があるのだと。 ならば試させてもらおう。 玖郎は囁きかける翼に力を注ぐ。大言を吐くその実力を見せてみろと。 遥かな眼下に見える小さな点の数々、一つ一つが命の苗床。 決して大きくはない、だけどそこには人々の営みがある。 アヤカシ越しに見える街の姿を視界に捉え、沙良は一層表情を引き締めた。 この災厄を墜とす訳にはいかない。 そこにある人々の為に。 ならば戸惑いも躊躇も無い。 ただの一片たりとも残しはしない。この大空の懐に抱かれている間に、全てを――滅却する！ ブリザーストームの噴射による推進力を得ようとも試みたが、残念ながら効力を生む事はなかった。 仕方なくジークリンデ（ib0258）は身体の捻りだけで巧みに姿勢を制御すると、直下に迫るアヤカシ兵器の直上へと出た。 そこはアヤカシ兵器の独特の形状『逆三角錐』が落下の際に齎した風の緩衝地帯、見えない風の壁の効力が薄まる此方の領域。 速度を落す事無くアヤカシの直上を取ると、呪を紡ぐ。 突如中空に石の礫が現出し、身体を丸めた彼女の表面を覆った。 質量を増したジークリンデは風の緩衝地帯の恩恵を最大限に利用し、一気にアヤカシ兵器との距離を縮める。 ●残り３分 アヤカシの直上を取ったジークリンデが石鎧の加護を剥離した。 自由となった身にアヤカシの落下が生み出す乱気流が襲いかかり、速度を殺す。 しかしそれが狙いだった。ジークリンデは視線だけを水平方向に移すと、そこには空を蹴り追い付いてきたユリアの姿が。 この時、魔の力を使役する二人の思考が共鳴する。どちらからとも言わず獲物を取り出すと、一気に魔力を収束させた。 それはジークリンデの二つ名を模す、冷酷なる青。 それはユリアの二つ名を模す、優美な乱流。 アヤカシと水平に並んだ二人が目標へ向け魔力を一気に解放する。 二人が生み出した魔力は冷気の乱流となり、アヤカシ兵器へと襲いかかるかに見えた。 だが――。 そこは秒速３０ｍの世界、吹雪流は下降速度に追いつかない。 二人の魔力が具現させた冷気の全ては上空へ取り残されていった。 ならば流される方向にアヤカシを捉えればいいだけの話――魔の力を使う者同士、同時に最善の結論へと達した二人はアヤカシ兵器の直下に回り込むと再び獲物に魔力を流し込んだ。 そして放たれる二条の冷気の奔流。 今度こそ完全にアヤカシの全体を捉えた。アヤカシの表面は真っ白に凍りつき、その姿はまるで氷柱そのもの。 二人が次の一手を打とうと風に抗う行動に出るが、直後、暴風吹き荒れる世界に乾いた音が響き、凍った筈のアヤカシの表面に無数の罅が入り、砕け飛ぶ氷の破片が魔術師達に襲いかかる。二人はそれを避けようと咄嗟に身体を大きく開き急制動をかけ一気にアヤカシの直下から離脱した。 残るのは変わらず落下を続けるアヤカシの姿。 そもそも飛空船ですら届かぬ超高空を漂っていたアヤカシだ、冷気に対する抵抗力は並みではないのだろう。 魔術師二人の冷気による攻撃では決定打にならない。 ならばと、上空へ退避した二人を追い越したふしぎは、内に沸き起こる血のざわめきを感じつつ呪を呟く。 盟約により其に命ずる。 血を風に。 門を冥に 扉を天に。 口ずさんだ呪が次第に力を帯びる。力は体内で目まぐるしく自己主張を始める。 鼓動が騒動に。騒動が混乱に。混乱が混沌に。 抑えきれぬ程の衝動が内に生まれた、その瞬間。 ふしぎは大空に『天』の文字を刻んだ。 そこには確かに何かがあった。 高速で落下する世界において、それは地上となんら変わらぬ異形でそこに佇んでいた。 それは歩むような速度でゆっくりと空を渡る。 手足の区別もつかぬそれが、アヤカシ兵器に――触れた。 だが――。 苦しみ悶え血を吐いて死ぬ。それが異形に魅入られた者の定めの筈だった。 しかしアヤカシ兵器は先程と何ら変わらぬ姿で落下を続ける。 その姿にふしぎはようやく気付く。 あれには何も無い。 苦しむ思考も、悶える感情も、血を吐く口も、死も。 ただ人を貪るという使命を果たす為だけに落下している――。 ●残り２分 三つの翼が天から墜ちてくる。 渡り鳥が編隊を組むように正確な位置取りで、落下を続けるアヤカシに迫る。 術者三人による攻撃に際立った効果は見られない。 ならばやる事は一つ。そもそも難しい戦術など必要ない。直接手を下せばいいのだ。 玖郎は天地を逆さの体勢で弓に矢を番える。 しかし、この高速落下の状況において矢がまともに飛ぶとは考え難い。 吹き荒れる暴風は下から上へ。いくら空気を切り裂いて飛ぶ矢であってもまともに飛ぶことは出来ないだろう。 だが、矢の起動を狂わせる風の流れは、大言を吐いたこの役立たずの翼が教えてくれる。 風を掴み羽ばたく事すらできぬ能無しが、僅かな風の流れまで敏感に伝えてくる。 ならばその大言に従ってやろう。 玖郎は背に感じる翼の意思に耳を傾け弓を引いた。 沙良は刀を抜いた。 龍をも断つとされる巨刀が風を受け肩口にぐっと食い込む。 翼を畳み空気抵抗を極力無くし、落下の速度に自らの体重も乗せる事で、２ｍを越す刃に新たな力を生む。 まるで全身を一本の刀と化した沙良は一直線にアヤカシへ向け降下した。 空を切り裂き、アヤカシを抜き去った姿はまさに流星。 結果は遅れてやってくる。 沙良の一撃は三角錐の一片を切り取った。 翼を広げた事で急激に落ちた速度に眩暈を感じながらも、昴は敵の下を取った。 直上からは鋭い先端が墜ちてくる。 昴は翼の制動に意識を集中しながら二本の魔槍砲を天へと向けた。 いくら連射を主とする魔槍砲でも、一本ではどうしても砲撃と砲撃の隙に空白が生まれる。 ならば二本では？ 僅かにずらしたタイミングで連射すれば？ 答えはここにある。 そう、目の前で起こっている花火にも似た砲撃の連爆が、その答えだ。 玖郎の放った矢がアヤカシに穴を穿つ。 沙良の斬撃が三角錐の一片を切り飛ばす。 昴の砲撃がアヤカシの頂点を粉砕する。 物理攻撃に切り替えた三人の攻撃がアヤカシ兵器の身体を削り取っていく。 このまま削りきればこちらの勝ち。６人がそれぞれの武器を手に確信した、その時。 アヤカシは６人の予想もしない変化を見せた――。 ●残り１分 氷結され剥離した表面。切り裂かれ分裂した本体。 アヤカシ兵器の本体のサイズは眼に見えて減少していた。 だが、斬られた水滴が二つ、三つと分裂するように、アヤカシ本体の周りにはサイズこそ違えど、まったく同型のアヤカシの破片が無数に浮かぶ。 破片一つを見てもその大きさは１ｍ。 僅か一滴の水滴が瘴気の沼を生み出す能力を有すると考えると、この１ｍの破片が落下しただけでも多大な被害が生まれるのは必至だ。 ６人は手を出せないでいた。アヤカシと並行して落ちながらも、その行く末を見ているしかなかった。 アヤカシが液体や流体であるとの予測は正しかった。 しかし、その予測を上回るアヤカシ兵器の組成。切り裂けば分裂し数を増やす。砕けば小さな榴弾となり更に細かく。 切れば切るだけこちらが不利になる。砕けば砕くだけ地上の被害が広がる。 最早成す術は無いのかと誰もが諦めかけた、その時。 「まだ、諦めるな！！」 確かにそう聞こえた気がした。 暴風吹き荒れるこの状況下において、その声は確かに皆の耳に届いた。 「あれがアヤカシ兵器なら、きっと核がある！」 どこか確信にも似た声の主はふしぎだった。 ふしぎはゴーグルの下に輝く瞳に強い意思を輝かせたままに、二刀を抜いた。 「もう時間が無い‥‥皆、もう一度だ！ もう一度しかけるんだ！ 核が消えれば破片もきっと消える！ お願い、僕を信じて！」 抜き放たれた二刀に精霊力の象徴、白い光が宿る。 ふしぎは身近にあったアヤカシの破片に焦点を絞り込むと、一気に振り抜いた。 このふしぎの慟哭が５人の瞳に再びの力を灯す。 「ただの瘴気塊の分際で、よくもやってくれましたね」 その声色に怒りを孕ませた冷徹な声。真っ先に動いたのはジークリンデだった。 荒れ狂う暴風の中、真っ直ぐに伸ばした手に生み出される膨大な魔力。 「削り取って解体してあげましょう」 限りなく平坦な声が言葉を終えると同時、ただ暴風が吹き荒れるだけの虚空に巨大な灰球が現れた。 全てを削り取る灰球は魔力に応じ大きさを変える。ならば、魔女と称されるジークリンデが繰り出せば――。 人ならば丸ごと飲み込む程の灰球が、アヤカシ兵器の下部半分をごっそりと消し去った。 残り３０秒。アヤカシは未だ３ｍの大きさを有する。 「焦熱の猛りを聴け！」 沙良は精霊の怒りを具現した灼熱の炎を刀身に宿し急降下を開始する。 炎の軌跡はアヤカシの身体を焼き切りながら縦へと裂いていく。そして切り口が低部へと差し掛かった、瞬間。 沙良は一気に白翼を開く。 「流精剣・垂るる灼の火！！」 跳ね上がる様に急制動をかけた沙良の翼が、炎の軌跡を引きつれ再び天へと跳ね上がる。 そこに猛禽の猛々しさは無く、それはまるで水面から飛び立った白鷺の様に華麗な舞であった。 灼熱の炎を引き連れ刻まれたＶ字は、アヤカシの外周をごっそりと削り取った。 残り２０秒。 「これならどう！」 もう人の背丈と変わらぬまで削られたアヤカシへ向けユリアが空を蹴った。 相手が液体ならば、それ相応の戦い方がある。 ユリアは何の戸惑いも無くアヤカシへと一直線に迫り、突き出した拳を突き立てる。 「くっ‥‥！」 酸の海に手を浸けた様な鋭い痛みがユリアを襲う。 だが、腕は確実にアヤカシへと『埋まった』。 「流麗なる氷の精霊よ――厳冬の洗礼をもって時を止めよ！」 力ある言葉が突き刺した腕を通してアヤカシに注がれた。 「昴！」 「はいっ！」 残り１０秒。 見た目では何の変化も無いアヤカシに二本の魔槍砲を突き立てる。 手の上で破裂させた爆竹は火傷するだけ。 だが、握った手の中で爆発させれば‥‥。 昴はユリアが凍らせたアヤカシの『中身』に照準を絞る。 ずぶずぶと埋まっていく二本の魔槍砲が、やがてコツンと何か固いものに当たった。 「連昴、僕の練力の全てを吸い尽くして‥‥弾けろぉぉ！！」 今までに無い巨大な爆発がアヤカシを中心に、まるで花火の様に広がる。 残り５秒。 「それが貴様の本体か」 爆発の中心、全ての『鎧』を失った本体がそこに漂っている。 ふしぎが言葉にした弱点がそこにある。 「醜いな」 だが、もう時間が無い。一息の呼吸の間に阻止限界点を軽々と越える。 一度の失敗も許されない極限の中、玖郎は顔色一つ変えることなく弦を引く。 「お前は不要だ――消えろ！」 放たれる一条の黒矢。 荒れ狂う暴風を完全に読み切り、宙を裂き目標へと一直線に軌跡を描く。 パキン。 矢に打ち抜かれた黒珠は、ガラスの砕ける様な甲高い音を立て消えた――。 |
