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■オープニング本文 理穴の南方、剣の様に切り立った山々と、蛇の様にうねる激流に囲まれた山『定畳山』。 古くより仙人の住まう地とされ、霊場とも呼ばれる彼の地には、土着の民達の信仰を一身に集める神社があった。 神社の歴史は古く、真偽は定かではないが、言い伝えには天儀創世の頃より存在するとする伝承すらある。 神社は代々『神降の巫女』と呼ばれる女性が受け継ぎ、神社の守護と共にこの地方の鎮守を担っていた。 そして時は少し過ぎ去り――。 その時代の巫女は年端も行かぬ少女であった。 少女は幼いながらも素直な性格で人一倍頑張り、立派な巫女としてその責務をこなしていた。 少女が巫女となって三年。抜けるような青空が空を覆ったある日、少女は境内で傷付いた二匹の獣の子供を見つける。 艶やかであったであろう毛皮は血で黒く汚れ、息をしているのかも怪しい。 少女はすぐさま獣の元へ駆け寄り、巫女であるその身体に宿った不思議な力で獣の傷を癒した。 それから数日。怪我の完治した獣は巫女の少女に感謝し、事あるごとに神社を訪れる。 少女と双子の獣が交友を深める中、三者は冗談にも似た口約束を交わす。 本当に他愛のない『神社を護ってね』という約束を。 時が過ぎ、神社は何代もの代替わりを経る。 ケモノと化し永き時を生きれるようになった獣の双子は、少女との約束をずっと守り続け、守護獣として神社を護ってきた。 神社から人が去り、廃屋にも等しくなった今でもなお――。 ●定畳山の麓の街『射鹿』 時は流れ、現代。 数百年の間、土着の民に信仰された地は、今激変の時を迎えていた。 「ええい! 役立たず共が!!」 額に青筋を浮かべ、有りっ丈の怒りを唾と共にぶちまける男。 「たかだか神社如き、何故に入れんのだ!」 怒鳴り散らす男に傅く兵士達は、顔を下に向け見えぬをいい事に一応に渋い顔を浮かべていた。 「そう申しましても、領主様。あの神社への道は険しく、更に境内には二体のケモノが――」 「そのいい訳は何度も聞いた!」 「いい訳でなく――」 「口答えするな!」 隊長を足蹴にされ、どよめく兵士達。 「――どうかお許しを。今一度、兵を再編し攻略の準備を整えます」 隊長は軽く手を振るだけで兵士達の動揺を諌めると、領主に向い今一度膝を折った。 だが、領主の怒りはその程度では収まらない。 「もう貴様達には頼っておれん! 誰か、誰かおらぬか!」 領主は兵士達を見限ったのか、すぐに伝令を呼び寄せる。 「ギルドに使いを出せ! 我が領地に巣食うケモノを退治させるのだ!」 「はっ!」 領主が言葉にした文面通りの内容を紙に書き記した伝令は、一礼するとすぐに部屋を後にした。 「領主様」 「‥‥なんだ」 「開拓者には及びませんが、我々も引き続き討伐の任を」 「馬鹿か! 貴様達の様な低能な部下は庭の草むしりでもやっていればいい!」 「‥‥それがご命令であれば」 と、興味を無くし去っていく領主の背を見つめながら、隊長が部下へ言い放つ。 「我等の任は草むしりだそうだ」 『隊長! 我等が何故!』 「何度も言わせるな」 一斉に不平の声を上げる部下達に、隊長はくるりと振り向くと鋭い視線で続けた。 「領主様のご命令だ」 その瞳に悲しみと怒りを混在させながら――。 ●??? 『ふあぁぁぁ‥‥人間ってのは食ったらうまいのかなぁ』 『‥‥食いたいのか』 『食えるなら食う。それが俺のじゃすてぃす!』 『‥‥』 『なぁんだよぉ。文句あるなら言えばいいだろぉ』 『‥‥不細工』 『俺ら双子だし!? 顔そっくりだし!!』 『‥‥人間は弱いな』 『話飛び過ぎだしっ!? あ、でも、また来るかなぁ』 『‥‥くる』 『そうかぁ、やっぱり来るかぁ』 『ぶし』 『くるぶし関係ないしっ!?』 『‥‥くすっ』 『笑う所じゃないしっ! それにどこも面白くないしっ!?』 深い森に囲まれた山の頂上。 同じ声が二つ。永遠と言葉を交わしていた。 ●ギルド 今日も今日とて神楽の街はワイワイガヤガヤ、五月蠅い程の賑わいを見せている。 そんな喧騒にも負けぬ熱気に包まれるギルドの中では、開拓者達が依頼書の張られた掲示板とにらめっこしていた。 「これって‥‥」 数多くの依頼書が並ぶ掲示板の中、一枚の依頼書に目が止まった。 内容言えば、何の変哲もないケモノ退治。然したる難易度もなさそうな、開拓者にとってはありきたりすぎる依頼なのだが‥‥。 「ケモノ‥‥神社‥‥」 依頼書に記された内容も、特に切迫している様には見受けられない。 重要度も緊急度も他のものより下回る様な依頼だった。だけど、何故かそれは自分を呼んでいるような気がした。 次々と重ねて貼られる依頼書に埋まりそうになっていたそれを掴むと、穂邑(iz0002)はぺりっと引き剥がすと、とたとたと小走りにカウンターへと向かる。 「すみませんっ! この依頼受けます!」 「はい、こちらの依頼は――ああ、理穴の領主さんからの依頼ですね」 とんとカウンターに依頼書を置いた穂邑に、ギルド員は事務的な笑顔を向ける。 「同行者の募集も一緒にお願いしたいのですっ!」 「はい、では募集をかけておきますね。募集がありましたらご連絡いたしますね」 穂邑の熱意にも、ギルド員は曇り一つない眼鏡をくいっと上げ変わらぬ笑顔で返答した。 同行者を待つ間、穂邑はギルドを出て神楽の街を歩く。 いつも賑やかな街の喧騒は、どこか遠くの出来事の様に穂邑の耳朶を打った。 「‥‥何なのでしょう、この胸のもやもや」 視線を落すと道に刻まれた轍が、ずっと街の外まで続いている。 地面に刻まれた二本の線を追う様に、穂邑は顔を上げた。 「え‥‥声?」 耳に届く街の喜怒哀楽ではない。それは、直接心に響く歌の様な声だった。 穂邑は通りの真ん中で立ち止まり瞳を閉じると、心の中に響く歌声にも似た呟きに聞き入る。 「‥‥ケモノ‥‥さん?」 人の声ともどこか違う、でもどこか遠い昔に聞いたことがあるそんな声が二つ。 穂邑はしばらくの間、楽しげに紡がれる歌の様な声に聞き惚れた。 「貴方は誰なの?」 瞳を開き心に届く声に届かぬ問いを投げかける。 返らぬ答えに見上げた空には、春の終わりを惜しむように白一つない青が広がっていた。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
コニー・ブルクミュラー(ib6030)
19歳・男・魔
ヘイズ(ib6536)
20歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●射鹿 「貴様達が開拓者か‥‥」 領主屋敷に集った7人を、橘 定現は壇上から見下ろす。 「まぁいい。貴様達の使命は神社に巣食うケモノを討伐することだ。わかったのならさっさと行け!」 定現は興味の欠片も無い眼差しで開拓者達を見下ろすと命を下した。 「ちょっーと待てよ。いくら雇い主さんでもさ、そう言う言い方はねぇんじゃね?」 定現の態度に銀雨(ia2691)は不快感を露わにする。他の面子も思いは同じなのか、睨みつけるように領主を見上げた。 「‥‥なんだ、雇われの分際で依頼主に楯突くのか! 貴様達がその気なら、ギルドに直接報告――」 「あっはっはぁ。銀雨、これでわかっただろ。依頼主さんの本気具合ってのがさ」 一触即発の雰囲気に、突然軽快な笑い声が割って入る。 「いやぁ、すみませんね領主さん。ちょっと試さしてもらっただけなんですよ」 と、ゆっくりと歩み出たのはヘイズ(ib6536)であった。 「なに‥‥」 「こっちも命を張る仕事なんだ、流石に道楽で付き合う訳にはいかない」 笑顔に浮かぶ鋭い眼光はヘイズの意思を現す。これには流石の定現も言葉を詰まらせた。 「もう一度依頼内容を確認させてもらいますが、要望はケモノの討伐又は追い払うとありました。相違無いでしょうか」 ヘイズに続き歩み出た御調 昴(ib5479)が、依頼書に目を落しながら問いかける。 「‥‥そうだ」 「よかった。では我々は追い払う事に全力を尽くします」 「なに! 何故わざわざ回りくどい事をする! さっさと殺せばいいだろう!」 「生殺の指定は依頼書にありません。もしそれを反故にされ討伐を強要するのであれば、こちらがギルドを通し理穴へと報告させていただかないといけません」 「くっ‥‥小賢しい。好きにしろ! 私は宝さえ手に入ればそれでいいのだ!」 余程不愉快だったのだろう、定現はそれだけを言い残し奥へと下がっていった。 ●街 今でこそ人はまばらだが、街は広く、かつては神社の威光でさぞかし繁栄したのだろうと伺えた。 「こりゃ、一筋縄ではいかないかぁ」 「なんだかすごく焦ってるような感じだね‥‥」 街へと出たヘイズと天河 ふしぎ(ia1037)。そして、穂邑も同行していた。 「そもそもなんで宝って何だ? 宝があるなんて、誰も言ってなかったぞ?」 「うん、伝承にもそれらしい記述なんてなさそうだし‥‥」 街へ出た三人は古家を訪ね歩き、神社とケモノにまつわる伝承を聞いて回っていた。 しかし、伝承の話自体が数百年もの時を経て風化している。語られるのはお伽噺にも等しい昔話である。数は少ないが現存する文献を漁りもしてみたが、然したる情報は得られない。 ただそれでもケモノはある『約束』の為にあの場所にとどまり続けているのだとわかった。 「約束かぁ。穂邑ちゃん心当たりあったりしないかな?」 「んーーーっ。何も‥‥まるで役立たずなのです‥‥っ」 ヘイズの問いかけに穂邑は難しい顔で考え込むが、結局答えは見つからない。 そもそも穂邑が感じた『違和感』の正体が何なのか、彼女にもわからないのだ。 「冗談だから、冗談! だから、そんなに気を落さないでね?」 期待に答える事が出来ずしゅんと肩を落とす穂邑に、ヘイズが慌てて取り繕う。 「それにしても‥‥」 「うん?」 「どうしてケモノさんはあの場所にずっと止まっているのでしょうか‥‥」 ●中庭 燦々と降り注ぐ陽光に萌える緑の若芽達と格闘していた兵士達に、水月(ia2566)は冷えた水筒を手渡した。 「食事の用意も出来てますので、一休みしてくださいね」 片隅には質素ながらも手の込んだジルベリア式の昼食がコニー・ブルクミュラー(ib6030)の手により整えられていた。 兵士達は二人の差し入れに感謝し、その恩恵にあずかる。 「隊長さん。双子のケモノは問答無用で攻撃を仕掛けてきたのですか?」 「‥‥いや、攻撃を仕掛けたのは我々からだ」 コニーは食事を終え一息ついた隊長に、食後の紅茶を渡すと共に話しかけた。 「攻撃なんて言えるものかもわからないな‥‥。ただ、首を振り手を薙いだだけで、私達は飛ばされ戦意を失った」 「え‥‥」 ひ弱な自分の体と見比べても倍はありそうな屈強な兵士達が、ただ虫を追い払う様な仕草だけで戦意を失った。その事実にコニーは驚愕する。 「怪我はなかったの‥‥?」 「ああ、大したことはない。ただ‥‥」 「ただ‥‥?」 「武器は全部食われたがな」 「食われた‥‥?」 その単語に水月は目をぱちくりと。 いくら食べる事が好きな自分でも、流石に武器は固すぎる‥‥でも食べれるのなら、一度チャレンジ――。 「み、水月さん」 「っ‥‥な、何でもないの」 思わず美味しそうな妄想に突入しかけた水月を、コニーが現世に呼び戻す。 「とりあえず、好戦的かは不明ですが、相手は相当に強い様ですね‥‥。しっかりと準備しないと」 「‥‥戦いは避けたいの。きっと悪い子たちじゃないと思うの」 「そうですね。僕もできれば争いは避けたい。穏便な方法で済ませられる可能性があれば、それを目指したいです。でも、依頼は‥‥」 自分達のおこなおうとしている方法に矛盾がある事は重々承知している。しかし、それでも力任せの解決が最良だとは思わない。 水月とコニーは無意識のうちに見上げていた。街のどこからでも見る事の出来る小高い山を。 ●神社前 彼女はそこに立っていた。 絶壁にも等しい千段の階段の前に。 「‥‥これはおれにたいする挑戦か。そうか、そういうことだな」 肩幅に足を開き両手を腰に当てる。 目の前に佇む強敵を前に不敵に歪む口元。そして次の瞬間、彼女の眼が光った。 「ど根性!」 彼女は登る。登る。登る。 うさぎ跳びで跳ねる。跳ねる。跳ねる。 己の限界に挑むように。目前の強敵の期待に答えるように――。 ●階段 「この辺りが限界ですか」 階段の中腹辺りまで登ってきた昴は、階段上を見上げた。 これ以上先に進めば人の何倍もの感覚器官を有するケモノのことだ、接近を察知されかねない。 「せめて姿だけでも拝ませてください」 瞬間、昴の瞳孔が大きく開く。 見据えるのはこの無限とも思える階段の終着点、前門に潜む二匹のケモノ。 「‥‥前門」 極限までに高めた視覚がその住処を確かに捉える。 「姿は‥‥見えませんか。だけどあの造りだと奇襲は心配なさそうですね」 二匹のケモノが住まうであろう前門の造りは至って簡素な物。巨大とされるケモノが奇襲を計り潜む場所はない。 「これ以上は危険ですね。一先ず報告に‥‥って、ええっ!?」 一旦引き揚げようと振り向いた昴は思わず不用意な悲鳴を上げた。 それもそのはず、そこには‥‥。 健康的な肌に輝く汗を浮かべ。 自分の倍ほどもある巨大な樽を背負い。 一体何の意味があるのか全く不明な兎飛びで階段を上がってくる銀雨の姿を目撃したから――。 ●前門 「たのもー!」 神聖な雰囲気さえ漂う静謐を威勢のいい叫び声が切り裂いた。 千段階段を登り切り、前門の前に仁王達をかますのは――。 額には脂汗。挑発的に歪む口元。 豊満な肢体は上気し仄かに桃色に染まる。 すらりと伸びた脚をがくがくと振るわせる。 一体彼女に何があったのか、初見では想像しようも無い複雑な佇まいを見せる銀雨であった。 『うーん?』 そんな銀雨の慟哭に呼応するように、前門の陰でぬるりと何かが動いた。 『また客か?』 寺院で言えば丁度仁王像が鎮座する辺り。左右の暗がりから巨大な影が日の下に移動する。 「おー、でっけーもふら!」 『もふら違うし! あんな半生モノと一緒にしたいで欲しいし!』 現れたケモノの姿に目を輝かせ感嘆する銀雨に、ケモノの一体が即ツッコミ。 「うっ、口臭ぇな! 何食ってんだ!」 『‥‥臭いのはそっちだけ』 『臭くないし!? いや確かにこの手じゃ歯は磨けないけど‥‥って、何暴露させてんだしっ!?』 「‥‥あー、うん。なんだ。お前等、変だ」 『あんたに言われたくないしっ!』 「まぁ、酒でも飲め」 銀雨は背負ってきた酒樽をドーンと置く。 『いきなり過ぎだし!?』 『‥‥』 『って、もう飲んでるしっ!?』 この間、僅か数秒。 快活なケモノを他所に、無口なケモノと銀雨はとっとと酒盛りを始めるのだった。 ●階段 銀雨より遅れる事数刻、残る一行は階段を懸命に登っていた。 「結局、誰に聞いても『約束』というキーワードが出てきますね」 少し下がった眼鏡も気にせず、コニーがぽつりと呟いた。 「文献とか昔話にも、約束って言葉は沢山出てきたんだぞ」 街を駆けまわり文献からおばちゃん達の井戸端会議まで様々な情報を漁ってきたふしぎも、うーんと口元に手を当てる。 「何か重要な約束がケモノを縛っているのでしょうが、それが何のか‥‥」 「言葉は通じるって話だし、なんとか話をつけてみたいな」 「そうですね。言葉を交わせば何か糸口が見えるかもしれませんね。相手はアヤカシではないのですから」 と、コニーは手土産にと自賛した小包に目をやった。 「穂邑ちゃんきつくない? なんなら背中貸すよ?」 「へ‥‥? だ、大丈夫! これくらいへっちゃらなのですっ!」 自然に手を差し伸べるヘイズに、穂邑はわたわたと手と首を振りまくる。 「そうか、でも無理は禁物だからな?」 紳士的な口調で手を退くヘイズだったが、内心凹み気味ではある。 「‥‥穂邑さん、聞こえた声ってどんなのだったの? どんなのか教えてもらえれば再現してみたいの」 そんな傷心?なヘイズを慰めるようにポンポンと叩いた水月が代わりに穂邑に話を振る。 「え? えっと、人の声の様で人の声じゃなくて‥‥鳴き声とも違うし‥‥んーーー‥‥」 数日前、脳裏をかすめた歌声を懸命に思いだそうと穂邑は懸命に記憶をたどる。 しかし、いくら悩めど歌声が鮮明に思い出される事は無かった。 「‥‥例えばこんなの? ――」 それは雪解けの清流の様な声だった。 長い冬を越え春を迎えた森に流れる極寒の雪解け水。厳しさと優しさが混在する歌声。 「‥‥綺麗な声なのです」 初夏の陽気に汗ばむ身体に吹きぬける冷清流の様な歌声に、穂邑はしばし聞き入った。 「だけど‥‥ごめんなさい。違うんです」 穂邑の脳裏に響いたのは人が表現できる声ではないのかもしれない。 唄謳いとしての水月の実力を疑っている訳ではないが、そう言う声だったのだ。 「でも、とても悲しい声でした。それだけはわかりました」 「さぁ、もうすぐです。皆さん準備を」 先頭を行く昴が肉眼でも捉えられる前門を指差した。 ●前門 遂に階段を登りきった。後数mも進めば前門に辿り着く。 「待ってね。今人魂で偵察を――」 と、ふしぎが符を取り出そうとした、その時。 『んごぁぁ!!』 叫び声にも悲鳴にも聞こえる大声に、一行に緊張が奔った。 「来ます! 皆さん注意してください!」 魔槍砲2丁をクロスさせ、昴が即座に戦闘態勢を取るが。 「‥‥こないの」 「‥‥来ませんね」 いくら待っても襲撃者の現れる気配すらなかった。 『うにゃうにゃ‥‥』 と、今度は先程とは打って変わった気の抜ける声。 「い、一体何なのでしょう‥‥」 「穂邑ちゃん達後衛は下がってて」 対象的な声色に一行は武器を構えたまま困惑の色を深めた。 「あ、あそこに何か居るのですっ!」 と、穂邑が前門の脇に寝そべる人影に気づく。 「あれは‥‥」 穂邑の指差す方角に鋭い視線を向けた昴。 「まさか!」 力無く横たわるそれに、昴は武器を放り投げ駆けだしていた。 ● 「‥‥酒臭いの」 辺りに立ち込める酒気の元凶に、水月は袖口で鼻を押さえ顔を背ける。 「一体どうしてこんな事に‥‥?」 逸早く駆けつけた昴も困惑気味。 それもそのはず、倒れていた人影は完全に酔いつぶれた銀雨であったのだから。 『んー? 今日はお客の多い日だなぁ』 突然の不思議な声に、銀雨の元に駆け寄っていた一行の間に再びの緊張感が走った。 「こ、これがケモノ‥‥大きい」 のそりと影から現れた二匹の獣。 四肢を着いてさえ見上げる程の巨体に、コニーは恐怖よりも感嘆を覚える。 「お前達が巷で噂のケモノか!」 『‥‥ぽっ』 『そこ照れなくていいしっ!?』 ふしぎが切った啖呵に、閉口のケモノが何故か顔を赤らめ、もう一方がツッコミを入れる。 「え、えっと‥‥」 いきなり過ぎる展開にふしぎは突き出した拳の納め所を失った。 「聞いていた印象と随分と違いますね」 緊張に力強く握りを込めていた両腕に意識を巡らし徐々に力を抜いてゆく昴。 「戦闘にならないならないで越した事無いぜ」 竪琴に添えていた指を離し、ヘイズが警戒を解く。 「‥‥噂通りのもふもふなの」 「期待を裏切らないもふっぷりですっ」 後ろでは水月と穂邑がなぜか小さくガッツポーズ。 「そ、そんな精神攻撃に負けないんだからなっ!」 完全に呑まれそうになるペースを強引に引き戻し、ふしぎが再び啖呵を切る。 「ケモノ達、お前達がどうしてこの神社を護っているのか教えて欲しいんだぞ!」 『んー? それが約束だし』 「そ、その約束って何なのかを教えて欲しいんだぞ!」 『んーーー‥‥嫌』 「い、いやってそんなに簡単に‥‥」 ずーんと四肢を着き落ち込むふしぎに代わり、コニーが前に出る。 「あの、これお寿司です。よかったらどうぞ」 『お、気がきくし』 挨拶がわりにと持ってきていた寿司をケモノは口で器用に受け取るとそのまま口の中へと放り込む。 「ちょ、ちょっと量が少なかったでしょうか」 箱ごと丸呑みにするケモノの豪快さと、自分の分は?と期待の眼差しの無口なケモノに、コニーははははと空笑い。 「えっと、僕達が今日、ここまで来たのはほかでもありません。貴方方にお願いがあったからです」 二匹のおかわり視線を何とかいなし、コニーが本題を切りだした。 警戒心を解く為に、まずはこの場所に訪れた理由を包み隠さず話す。 真摯に語るコニーの言葉をケモノ達も静かに聞き続けた。 「ですから、一時的にでもいいのです。この場所から避難して頂く事はできないでしょうか?」 「‥‥このままだとずっと兵士達が攻めてくるの」 途中から水月も混じり進められた説得。二人はケモノ達からの返事をじっと待った。 『なんで? 人間の事情は知らないけど、俺達はここから動かないし。それが約束だし』 しかし、ケモノ達の答えは開拓者達が望むものではなかった。 頑固とも違う頑なな意思。それが当然だとケモノ達は認識している。 『約束』という何物にも代えられない絆は絶対だと。 『戦うなら戦うし。言っとくけど俺達強いし』 この後、話し合いは平行線を辿る。 ケモノと開拓者達、両者の邂逅は概ね穏便な物とはなった。 しかし、開拓者の目的はケモノの排除。そして、ケモノの目的は神社の守護。 相反する目的を持つ両者が真に歩み寄り、折り合いをつけるには、まだ少しの時間が必要なのかもしれない――。 |