心残る地で永久の眠りを
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/05 20:27



■開拓者活動絵巻
1

綾鳥






1

■オープニング本文

●心津
 天儀本土の南部『朱藩』から船を出し、抜けるような青の空と濃い海の青を南へ南へ。
 4日も船を進ませれば、突如それが姿を現す。
 雲の白とも波の白とも違う、霧の白。
 島全体を覆う程に濃く巨大な霧のドームが、暖かで荒々しい南洋に浮かんでいた。

「ここに帰ってくるのも久しぶりだな」
 まだ拳ほどの大きさにしか見えない霧ヶ咲島を遠望し、白髪と白髭を海風に揺らす男が呟いた。
「湖鳴さん、無理言ってごめんなさい」
「はははっ、気にするな! 不肖の弟子が途中で逃げ出したんだ。その責任は師匠がとらなきゃなぁ!」
 腰に手を当て大口を天に向けて笑う海の男。
 湖鳴と呼ばれた老練な操舵士は、申し訳なさそうに首を垂れる遼華の肩に手を置いた。
「あ、あの‥‥道さんは‥‥その‥‥」
「‥‥あれは嬢ちゃんのせいじゃねぇさ。ただ、あいつが未熟だっただけだ」
 どこか哀愁を含んだ声に遼華は顔だけを持ち上げるが、湖鳴はすでに海へ向かい表情はうかがい知れなかった。
「でも‥‥」
「惚れた女が沈んでちゃ、あいつも浮かばれねぇ。前を向きな」
 遼華の顔ほどもありそうな大きな手で、どんと背中を叩かれる。
「はい‥‥」
 しかし、遼華は作り物の笑顔を顔に貼りつけるので精一杯。
「‥‥一ついい話を教えてやろう」
「え‥‥?」
「海の男はな、陰気を嫌う。なんでだかわかるか?」
「えっと‥‥ごめんなさい、わかりません‥‥」
「船なんてのは一度港を出れば何日もずっと海の上だ。ずっと同じ奴の面を見なきゃなんねぇ」
「‥‥」
「そんな中に陰気な奴がいたらどうなると思う?」
「えっと‥‥皆にうつる‥‥?」
「そう、陰気は伝染するんだ。陰気が陰気を呼ぶ。そりゃぁもう酷い有様だぞ。嬢ちゃんはそんな状態で長い航海したいか?」
「い、いえ‥‥」
「だろ? だから、わかってるな――」
 と、湖鳴の手が伸びる。
「は、は―――ひやっっ!? ななな、何するんですかっ!?」
 不意打ち気味にむにゅっと握られた尻に、遼華は飛び上がりそのまま高速後ずさり。歯をむき出し威嚇しながら湖鳴との距離をとった。
「そうだ。それでいい」
 手に残る感触を、悪くないとばかりににぎにぎする湖鳴は、再び豪快な笑い声を上げた。


「懐かしい潮の臭いがするね」
「はいっ。今、心津に向けて船を走らせてるんですよっ」
「そうか、ようやく帰れるん」
「随分と留守にしちゃいましたもんね。きっとお屋敷は埃だらけですよっ」
 寝台に上半身だけを少しだけ起こす形で寝かされる戒恩に、遼華はとびきりの笑顔を向ける。
「はは、それは困ったね。芸術的に家具を配置した私の部屋が埃まみれになるのは何とも忍びないよ」
「伯父様のお部屋はただちらかってるだけですっ!」
「わからないかなぁ、あの芸術的配置が。こう、手を伸ばせば欲しいものがそこにある絶妙。あそこまでの域に達するまでには数十年の修行が必要なんだよ?」
「伯父様‥‥そのスキル、私いりません‥‥」
「な、なんだってっ!?」
 自らの美学を理解されない悲しみに絶望する戒恩。
「馬鹿なこと言ってないで、そろそろ着替えてくださいっ。寝て起きればもう心津ですよっ」
「そうか、もうそんなとこまで」
 もう開く事のない双眸が見つめるのは、かつて過ごした懐かしの故郷。
 何も無いが何でもあったあの第二の故郷。
「それじゃ、着替えようかな。さぁ、遼華君」
「へ?」
 突然名を呼ばれた遼華は呆け顔。
 それもそのはず、戒恩が胸元を少し肌蹴させ、さぁかかってこいなポーズを決めていたのだから。
「なっ!? そ、そんなの、自分で着替えてくださいっ!!」
「病人にそれを言うの? 遼華君、意外と酷だねぇ」
「‥‥っ! お、穏さんを呼んできますっ!!」
 例え親子の契りを結んだとはいえ、他人は他人。遼華は顔を真っ赤に部屋を後にした。

「‥‥もう一度心津の地を踏めるのか。俺は‥‥帰れるんだな‥‥」
 再び一人となった船室で、戒恩は小さく微笑んだのだった。

●実果月港
 荒ぶる外海の波を越え、船を進ませる事、4日。
 辿り着いたのは海に面した洞窟を利用され作られた心津で唯一の港『実果月港』。
「ひでぇな‥‥」
 島を囲む暗礁を乗り越え洞窟へと侵入した船の上で、湖鳴は無意識に呟いていた。
「はい‥‥すごい戦でしたから‥‥」
 遼華は湖鳴の視線が向う先を共に見やる。
 洞窟は先に上陸した船乗りたちが、瓦礫の片付けに追われている。
 松明の炎が映し出す実果月港は、ここで大戦が行われたのだと如実に物語っていた。
「とにかくだ。復興も大切だろうけど、まずはあいつだ」
「‥‥」
 湖鳴の言った『あいつ』が誰を指すのか言わないでもわかる。
 もう立ち上がる事すらできない、この地の主。
 出生の地ではない、自ら望んだ地でもない。それでも、ここは『彼』にとっての故郷なのだ。
「はいっ!」
 遼華は湖鳴の不安まで吹き飛ばそうと、満面の笑みで答える。
「帰ってきましたよ。伯父様‥‥心津にっ」
 そして、桟橋に船が接舷するのは同時に、小さく小さく呟いたのだった。


■参加者一覧
一ノ瀬・紅竜(ia1011
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
夜刀神・しずめ(ib5200
11歳・女・シ


■リプレイ本文

●領主屋敷
 大戦の傷癒えぬ南海の孤島に、復興の音が響き渡る。
「ふぅ‥‥大分片付いた」
 額に浮かぶ汗を手で拭いながら天河 ふしぎ(ia1037)は、広い中庭へと目をやった。
 あれだけ荒れていた庭は、領民達の手伝いもあり元の姿を取り戻しつつある。
「ふしぎ君、お疲れさまっ」
「ありがとう遼華っ」
「ふしぎ君のおかげで随分早く片付きそうだねっ」
「力仕事なら任せるんだぞっ。そして、早く皆を呼ぶんだっ」
 むきっと力瘤を作ってみせるふしぎ。
「‥‥来てくれるかな」
 と、不安げに笑顔を曇らせた遼華が俯き加減に呟く。
「大丈夫だ。心配するな」
 と、そんな頼もしい声は二人の背後から。
 そこには一ノ瀬・紅竜(ia1011)と蓮 神音(ib2662)の二人が立っていた。
「もうみんなに声かけてきたよ!」
 太陽の様に眩しい笑顔を浮かべながら、神音は遼華の元へ駆け寄る。
「街の復興も忙しいけど、皆来てくれるって言ってくれたよ」
 汗が頬を伝うのも気にせずに、神音は我が事のように嬉しそうにそう話した。
「奪還したばかりで不謹慎かとも思ったんだがな」
 神音に遅れること数歩、紅竜も皆の元へ歩み寄る。
「皆、実に協力的だった」
「じゃ、できるんだねっ」
「ああ、盛大にやろう」
「きっと楽しー催し物になるよ!」
 二人の報告にふしぎも加わった。

「お祭り‥‥できるんだ」

 三人の熱に当てられたのか、沈んでいた遼華がぽつりと呟く。
「うんっ! 皆きっと期待してるんだぞっ!」
「そうだな。心津に帰ってこられた事を心より喜べる祭りにしよう」
 ふしぎが、紅竜が、遼華の肩にそれぞれの手を添える。
「はいっ‥‥ありがとうございますっ」
 見上げた遼華の瞳にはうっすらと光るものが浮かんでいた。
「そうだ!」
 しんみりとした空気を吹き飛ばす様に、神音の元気な声が響く。
「お祭りの日を記念日にしよーよ! 心津が奪還された記念日に!」
 神音の素敵な提案に、皆が笑顔で頷いたのだった。

●戒恩の部屋
 頬を撫でる風は不快な湿気を含んだ風。だが、それが懐かしい。
 そして、窓からは人がおこす喧騒。
「皆戻って来てくれたのか」
 白の寝台に横たわる戒恩は、口元に笑みを浮かべた。
「さて‥‥居るんだろ? 入ってきたらどうかな?」
 と、戒恩は寝姿勢のまま扉の方角へ向け、声をかけた。
『む‥‥し、失礼する』
 帰ってきた声には戸惑いの色が。
「その声は志士のお嬢さんかな」
 すでに来訪を知られているにもかかわらず、律儀にノックをし入ってきたのは皇 りょう(ia1673)は、これまた律儀に一礼し部屋手と足を踏み入れた。
「うむ、戒恩殿にあっては御健勝――い、いや‥‥お具合はいかがか」
「気分はいいよ。やっぱりここの空気は私の肌に合うみたいだ」
「そうであるか‥‥」
 できるだけ足音を殺し戒恩の元へ近づく。
 しかし、傍によればよる程にあの不遜で不敵で飄々とした心津領主とは思えぬ姿に、衰えを感じざるを得ない。
「私にはもう見えないんだけどね。随分と姿が変わって失望したかな」
「そ、そんな事は‥‥」
 自虐に笑う戒恩を前にりょうは言葉を無くし、しばし無言の時が流れる。
 人の死という普遍の理に直面し自らの無力に拳を握るりょうに、戒恩がそっと手を添えた。
「戒恩殿‥‥?」
「任せていいかい?」
「え‥‥」
 何の脈略も無く問いかけられた言葉にりょうは一瞬固まった。
「‥‥心得た」
 しかし、りょうは戒恩の質問の意図を悟り答える。
 残して逝く幼く未熟な領主を支えてくれと、それが最後の頼みだと戒恩は言っているのだ。
「例えどのような苦行が待っていようとも、必ず共にあろう。だから‥‥何の心配も無用、だ」
 かすれる声で誓う決意に、戒恩は無言で微笑んだのだった。

●厨房
「――さてと、こんなもんか」
 厨房で腕を振るっていた御神村 茉織(ia5355)が、南瓜の煮物に三つ葉を添える。
「うわわっ! これ茉織さんが作ったんですかっ!?」
 机の上に並べられた数々の料理を前に、遼華は興奮気味に問いかけた。
「ま、大したもんじゃねぇけどな。折角の祭りで食うもんが無いのは寂しいだろ?」
「はいっ! でも、ほんとにすごいです‥‥」
 達人顔負けとまではいかないが十分に豪華な料理を前に、遼華はただただ感心。
「さぁ遼華。これを皆の所へ持って行ってくれるか?」
「あ、はいっ! って、茉織さんは?」
「俺はちょっと‥‥野暮用だ」
 かくりと小首を捻る遼華に後を託し、茉織は厨房を後にした。

 廊下を進む事、数分。
「旦那、入るぜ」
『おや、今日はお客が多い日だね』
 承諾など無くても声の調子でわかる。茉織は誘う様な声色に戸を開けた。
「喋り疲れて喉乾いただろ?」
「その匂いは渡薫だね」
 差し入れの渡薫が注がれる水音に耳を傾ける戒恩。
「熱いから気ぃつけろよ」
 受け取った湯呑から薫る懐かしくも芳しい香りを胸一杯に吸い込み、少し苦味の残る熱感を口に含んだ。
「‥‥うん、今年も美味しくできたね」
「一時はどうなるかと思ったけどな。木の生命力ってのには驚かされる」
 新緑薫る力強い味に、二人は時を忘れ舌鼓を打った。

「――旦那、色々と聞きてぇ事はあったがもういい。ただ、一つ聞かせてくれないか」
「うん?」
 どれくらいそうしていただろうか。ふと、茉織が口を開いた。
「心津を、遼華をどう思ってたんだ」
「‥‥ふーむ、随分と漠然とした質問だけど‥‥そうだね」
 と、戒恩はすでに光を無くした瞳を窓の外へと向ける。
「友、かな」
「友‥‥? 子じゃなくて、友なのか?」
 戒恩の口から出た言葉が予想の範疇に無かった茉織は、思わず問い直す。
「親なんて大層な者になれる資格は私にはないよ。ただ、同じ地にある者として、同じ時を過ごさせてもらった。ここでは上も下もないよ。だから、友なのさ」
 領主である重責は並みのものもではないだろう。しかし、それすらも笑い飛ばし戒恩は全てを友という。
「じゃなんだ‥‥遼華をあれだけしごいた理由ってのは‥‥」
 さも当然の様に語る戒恩に、茉織は思わず問いかけていた。
「ああ、あれはただの趣味。君にもわかるだろ? あの子を見ているとこう、心の底の閉じ込めていた嗜虐の心が沸々と」
「‥‥はぁ、もういい。聞いた俺が馬鹿だった」
 ワキワキと両手を動かす戒恩変わらなさに、茉織は呆れるしかなかった。

●中庭
 祭りが始まった。
 会場となった中庭には有志が屋台を出し、威勢のいい呼び込みの声が聞こえる。
「れでぃーすえんどじぇんとるめんっ!」
 そして、会場の中央には一際目を引く大舞台。
「心津復興祭、今開幕なんだぞっ!」
 蝶ネクタイで正装したふしぎが、何事かと集まった領民達を前に祭りの開催を宣言した。

 舞台では領民が中心となり、踊りや歌、紙芝居や演劇など様々な芸事を披露し、場を盛り上げる。元々民の数が少ない心津でも一所にほぼ全ての住人が集えば、それはすごい熱量となった。

「そ、そろそろ出番か‥‥」
 乾く喉に無理やり唾液を流し込み、りょうが震える声で呟いた。
 舞台袖。出し物を予定していた者達は次々と舞台へ吸い込まれ、反対側から排出されていく。
 そして、ついにりょうの出番がやってきた。

「に、二十八番。皇 りょう。いざ参る!」
 舞台袖より涼やかな鈴の音を掻きならしながら現れたりょうの姿に、観客の間からは溜息にも似たどよめきが巻き起こる。
 りょうは向けられる視線にぎこちなく礼をすると、キッと正面を見据え、刀を抜き放つ。
「我が絶技、括目して見よ!」
 破壊の象徴である刀の美しさ。雅にして艶。りょうの纏う眩しいまでの紅白の輝き。時に流麗に時に荒々しく。相反する二つの美が渾然一体となり舞台を舞う。

「りょうすごい‥‥。でも、僕だってっ!」
 そんな中、りょうの神懸かり的な舞を前にふしぎの中に何かが芽生える。
 そして、ふしぎは司会もそっちのけで舞台へと飛びあがると――。
「剣舞は相手がいてこそなんだぞっ。僕がお相手だっ!」
「て、天河殿か。面白い!」
 まるで襲撃。舞台へと躍り出たふしぎに一瞬面食らったりょうであったが、すぐに気を引き締める。
「本気で行くんだからなっ!」
「こちらも加減なし! 覚悟されよ!」
 最早、芸事の域を越えたやり取りを交わし、二人は初撃を交える。
 鉄と鉄が火花が起こし、舞台を青と赤の閃光が幾度となく照らし出した。
 二刀を疾風の如く振るうふしぎに対し、りょうは風に揺れる柳の様に受け流す。
 大上段に振り下ろすりょうの轟撃を、ふしぎの二刀がつむじ風の様に巻き取った。

 ここが本物の戦場であるのかと錯覚させる二人の鬼気に、観客は息をするのも忘れ魅了された。

●戒恩の部屋
「おっちゃん、まだ生きとるかー? ちょぉ邪魔すんで」
「生きてけど邪魔するなら帰ってくれるかな」
「そら失礼しまし――って、元気そうで安心したわ」
 すでに何度目になるか。いつものやり取りにとりあえず満足した夜刀神・しずめ(ib5200)は、くるりくるりと二度回れ右。
「はは、口だけは元気だよ。ここだけは何としても死守しないとね」
「ほんま、口から生まれてきたよぉなおっちゃんやな‥‥」
「そんなに褒めると照れるじゃないか」
「褒めてへんわ‥‥」
 一歩進むごとに交わされる言葉の応酬だが、今日は少し違う。
「さて、聞かせてもらおか」
「うーん、一文字100文でいいかな?」
「ぼったくりにも程があんで」
「おかしいなぁ、適正価格の筈なんだけど」
 しずめはどっかと寝台横の椅子に腰かけた。
「‥‥墓の下まで持って行くつもりやなんて言わせへんで。洗い浚い喋り」
「‥‥それは聞かない方がいい。君が狙われるよ」
 いきなり戒恩が声色を変えた。冗談ではない、殺気すらも込めたものに。
「ね、ねら――」
「なーんてね。本気にした?」
 殺気は一瞬の出来事。戒恩はいつもの気軽な口調へと逆戻り。
「‥‥おっちゃん。殴ってええか」
「おいおい、こんなに衰弱した病人を殴るなんて、君はヤクザだねぇ」
「あかん、そろそろ本気で押さえられんようになってきた‥‥」
 プルプルと震える肩を両手でなんとか押さえつけるしずめ。
「とまぁ、冗談はそれ位にして」
 今度は声色は全く変わらない。しかし、空気が変わった。
「一つだけ。何故遼華君を囲ったか。それだけ教えておくよ」
「‥‥」
 しずめは突然饒舌になった戒恩を訝しげに睨みながらも、その言葉に聞き入る。
「彼女の父。会刻堂とは古い友人でね」
「初耳やで‥‥」
「‥‥昔にね、約束したんだよ。会刻堂と」
「約束?」
「そう。会刻堂と私に子ができた時は、二人を会わせてみようって」
「許嫁か? 同性やったらどうするんや」
「そんな大層なものじゃないよ。ただ会わせよう。軽くかわした口約束さ」
 戒恩はすでに失った光を闇の中に探しているのか、閉じられた瞼の奥で僅かに瞳を揺らす。
「生憎、私の息子は‥‥まぁ、色々あってね。約束が果たせなくなった」
「‥‥それで姐はんを? 罪滅ぼしとでもゆぅんか」
「はは、その辺りは想像に任せるよ。遼華君がどう思ってるかも含めてね」
「最後まではぐらかすんやな」
「秘密のある男はもてるからね」
「その歳で何ゆぅとんのや。‥‥まぁ、なんや、今の遼華の姐はんは笑とる。それが答えやろな」
「そういう事だね。だから、私の人生は――だ、よ」
「うん? 何やて? って、おっちゃん? ちょっ、おっちゃん!? アホかっ! 何やっとるんや! めェ覚まし!!」
 麗かな昼下がり、事態は急変する――。

●中庭
 熱気を帯びた復活の祭典は終りを待つのみ。そして、祭の締めを飾る出し物が催された。

 壇上には心津全土から集まった少年少女が賑やかに整列し、紅竜の指揮で高く澄んだ歌声を響かせる。
「さぁ、元気な歌声を戒恩おじさんに伝えるんだよっ!」
 子供達を先導する神音がその笑顔にも似た明るく澄んだ声を響かせた。

「皆すごい‥‥」
 舞台袖で次第に音が重なって行く舞台を眺め、遼華が呟いた。
「なにいってるの遼華。君も歌うんだぞっ?」
「へ?」
 然も当然のように遼華の背を押すふしぎ。
 遼華は完全に虚をつかれ、たたらを踏み舞台上へと上がった。
「え、えっ‥‥?」
(遼華、がんばれー!)
(ちょ、ちょっと、ふしぎ君っ!?)
 にやにやと悪戯な笑みを浮かべるふしぎに、遼華は講義の視線を送るも舞台はすでに合唱の渦中。
(遼華おねーさんも一緒にっ!)
(諦めるんだな、遼華)
 突如合唱の輪に加わった遼華を、神音と紅竜が視線で迎え入れた。
(うぅ‥‥)

 ふしぎの陰謀?により遼華が加わった事で更なる盛り上がりを見せる。
 心津の復興を、故郷の再生を。心から願う領民達は、二人と子供達が歌う心津の郷歌に聞き惚れ、ついには自分達も口ずさむ。
 水に波紋が広がる様に、心津の歌声は舞台から観客席へ。そして、最後には皆で奏でる大合唱へと。
 奪還を喜び、復興への決意を決めた。そして、戻ってきた戒恩の再起を願い歌は紡がれる――だが。

 誰も望まぬ報が、必死に駆けてきたしずめの口からもたらされた。

●戒恩の部屋
「伯父様‥‥伯父様っ!!」
 額に玉の汗を浮かべ浅い呼吸を繰り返す戒恩に、遼華が縋りつく。
「遼華殿、落ちつかれよ!」
「いやっいやぁぁ! 伯父様ぁっ!!」
 りょうに羽交い絞めにされ無理やりに引っぺがされた遼華は、なおも両手を伸ばし戒恩の温もりを求めた。
「遼華おねーさん。戒恩さんが見てるよ」
 伸ばす手にそっと手を添え、神音が遼華と視線を交錯させる。
「涙はまだ早いんだよ。今はまだ笑顔の時間なんだよっ」
 グッとこらえるものは同じなのだろう。神音はぎこちない笑みを浮かべながら呆然と見つめる遼華に笑みを向けた。
「ああ、神音の言う通りだ! さぁ笑え笑え。辛気臭いのは戒恩の趣味じゃねぇ!」
 無理やりに笑顔を張りつける茉織が、パンパンと両手を合わせる。
「そや、笑顔笑顔」
「そ、それは笑顔というか不敵な笑みって奴だと思うんだぞ‥‥?」
「おっちゃんには丁度ええやろ?」
「うっ‥‥そうかもしれないけど‥‥けどっ!」
 不敵な微笑みは戒恩の十八番。再現するしずめにふしぎはむぅと脹れる。
「戒恩、あんたに会えてよかった」
 紅竜の語りかけに、戒恩は僅かに口元を緩める。
「これからは俺達が心津も遼華も護る。約束だ」
 そう言うと紅竜はシーツの上で力無く握られた戒恩の拳に、自らのそれを軽く触れさせた。
 と、今までピクリとも動かなかった戒恩の口元が動く。
「伯父様っ!?」
 りょうの制止を振り切り、遼華は戒恩の口元に耳を近づけた。
「‥‥私は幸せ、だ‥‥ね」
 死を前にした人間とは思えない程、穏やかな声。いつも部屋の窓際で茶を啜っていた時となんら変わらぬ声色で紡がれる。
 最後まで気さくに明るく穏やかに、力の入らぬ腕を懸命に持ち上げる。
「皆‥‥また会お‥‥う。それ‥‥まで、元気‥‥でね」
 いつもの様に不敵でだらしないその笑顔から、一筋の涙が流れて――落ちた。