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■オープニング本文 ●遭都 桜吹雪に代わって訪れた天空の覇者が黒い弾丸となり空を駆ける。 「へぇ燕がこんな所に。お前達、みつからないようにね。お役人に見つかったら巣を壊されるぞ?」 「おっほん!」 雲一つない青空に駆ける燕を眺めていた黎明に、対面する役人風の男がわざとらしく咳払いした。 「風邪かい? 季節の変わり目は気をつけないね」 「あいにくと貴方の心配は杞憂です」 「そうかそうか、それはよかった。日に焼けた事もない様な真っ白い顔だから心配してたんだよ」 「‥‥日焼など必要はありません。日光など皮膚を焼く害光ではありませ――」 「本気で思ってるなら、それは改めた方がいいよ。天儀の民を敵に回したくないならね」 グッと身を乗り出し顔を近づけた黎明に、役人の男は気圧される様に身体を引く。 「うおっほん! せ、席につきたまえ、空賊団『崑崙』船長『黎明・A・ロウラン』!」 「はいはい。仰せのままに」 威厳を保とうとキッと睨みつけてくる役人に、黎明は大人しく元の席に座った。 「で、一体いつになったらわかるんだい? もう2カ月近くになるんだけど」 「検査が終了したらです」 黎明が席に戻った事で落ち着きを取り戻したのか、役人は手元に並べられた数えきれない程の書類に目を落す。 「それはもう何度も聞いたんだけどさ。いつ終わるのか教えて欲しいな」 「結果次第です」 パラパラと事務的に書類をめくりながらも時折確認するように眼を上げる役人。 「だから結果はいつ出るんだって」 「後日です。――と、今日の問診はここまで。では」 黎明の問いに答えないのはいつもの事。 役人はすっと立ち上がると、黎明に挨拶する事無くすたすたと出口へと向かう。 「――ああ、そうです」 「うん?」 振り向いた役人は黎明にこう告げる。 「明日から面会を許します。仲間とも久しぶりに会いたいでしょう」 似合わぬ笑みなど浮かべながら告げられた言葉に、黎明は思わず驚きと共に頬を緩めてしまった。 ●遭都 世界と隔離された雰囲気を纏った遭都にあって、ここは更に輪をかけて隔離された空間だった。 「な、なんだかすごい所ね‥‥」 外の音や空気からも完全に切り離されたかと錯覚しそうな場所に、レダは目を白黒させる。 「住めば都。まぁ、本物の都の中なんだけどね」 「はぁ‥‥貴女は変わらないわね」 冗談交じりにいつもの軽薄な笑みを浮かべる黎明に、レダはたっぷり2カ月分の溜息をぶつけてやった。 かつて朱藩の南領『霧ヶ咲島』で繰り広げられたアヤカシと空賊と開拓者が組んだ連合との壮絶な戦いは、人の側の勝利で一旦の幕を引いた。 しかし、後日現場を調査に向った者達は、討伐されたと目される冥越八禍衆が一体『亜螺架』が消滅した証拠は何処にも見つけられなかった。 この報告により天儀王朝並びに開拓者ギルドは、亜螺架の活動停止を宣言するに至るも、賞金首リストに『×』を刻む事はなかった。 しかし、冥越八禍衆『亜螺架』は、元々姿をくらませる事が得意なアヤカシである。 今は霧となりどこかで隠れているのでは? 人の身に姿を変え、市井に紛れているのでは? すでに滅びているのでは? 様々な憶測が流れるが、どれもが信ぴょう性に欠ける。 しかし、天儀王朝は最悪の結末を想定し更なる調査に乗り出した。 それが亜螺架に最も濃く接触した空賊『崑崙』の船長、黎明の身体検査という訳だ。 もし何らかの痕跡が発見されれば、そこから亜螺架の存在を追う事が出来ると考えた王朝は黎明を遭都に軟禁し様々な検査を受けさせた。 検査を続けること2カ月。今だ芳しい成果は得られぬ中、黎明にようやく面会が許された。 「身体はどうなの?」 崑崙を代表して黎明に元を訪れていたレダは、変わらぬ姿の黎明に問いかける。 「色々いじくりまわされてるけど大丈夫だよ。レダが俺の事を想ってくれているからね」 「想ってないけどね」 大袈裟に愛をアピールする黎明を軽くいなすのも実に二カ月ぶり。レダは呆れながらも「変わってない」と内心ほっと胸を撫で下ろす。 「ああそうだ、レダ」 「え、うん?」 「これ、役人のおっさんが渡してくれってさ。恋文だったら問答無用に焼いてくれていいよ」 「そんな訳ないでしょ‥‥。って、え? これって指令書?」 空賊団『崑崙』は、天儀王朝と契約を結びその手駒となって空を駆ける空賊である。 しかし、今はクルーの大半を失い、船長すら軟禁状態。そんな役にも立ちそうもない空賊に、天儀王朝は仕事を回してきたのだ。 「一体何を考えてるの‥‥船長もいない。クルーもほとんどいない。そんな空賊に冥越に飛べって‥‥」 「それだけうちをかってくれてるのかもしれないよ?」 「本当にそう思う?」 「うんん、まったく」 「‥‥黎明、貴方‥‥」 「行ってくれるかな?」 「‥‥‥‥わかったわ。ここに『何か』があるのね?」 「さぁ」 真剣に問いかけるレダに、黎明はだらしない笑みを向けるだけだった。 ●レア 遭都に近い停泊施設の中でも一際目立つ白銀の船体に、陽光を反射させる崑崙の母船『レア』。 「まぁ、黎明抜きでも問題無いだろ」 乱れた髪の毛をぼりぼりと掻きむしる大男『石恢』が呆れ交じりに呟いた。 「船長は飾りだという所を見せつけて、焦燥感を煽ってみますか」 磨き抜かれた眼鏡をくいっと持ち上げ、細身の男『嘉田』が淡々と答える。 「あのね‥‥会えなかったからってすねなくてもいいでしょ」 全く大人げない態度を示す大の大人二人に、レダは今日何度目かの溜息をついた。 「とにかく、この仕事は受けるわ」 「おう! 腕がなまって錆つきそうだったとこだ! どんなもんでも来いって!」 「異論はありません。ありませんが‥‥」 快く返事を返す石恢とは対照的に、嘉田は首を縦に振りながらも言葉に詰まる。 「嘉田の懸念はわかるわ。私達みたいな半分瓦解しているような空賊に、冥越に向えっていうこの仕事。裏に何かあるかもしれない」 「黎明はそれを承知で我々にこの仕事をしろと? 何か他に伝言は無かったのですか?」 え? お? うん? と、頭に?マークを浮かべる石恢をほったらかしながら、二人は話を続ける。 「無いわ。ただ『王朝はうちをかっている』とだけ言ってたわ」 「うちをかっている‥‥? 何の隠喩が」 「あの部屋は何処で誰が見てるかも聞いているかもわからないから‥‥きっと何か黎明に思う所があるのでしょうね」 「‥‥船長の思惑すら解せぬとは、ふがいな――」 「なんだかよくわかんねぇが、行けばいいって事だろ?」 話からはじき出されていた石恢が、二人の肩をどんと叩く。 「行けば分かるって! 黎明がそういうんだからよ!」 「‥‥そうですね。そうかもしれません」 「‥‥ええ、その通りね」 豪快に笑う大男の笑みに、二人は釣られる。 そして、一つ深呼吸をしたレダが口を開いた。 「黎明に最高の土産話を持って帰りましょう! さぁ、空賊団『崑崙』再始動よ!」 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ネーナ・D(ib3827)
20歳・女・吟
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
音羽屋 烏水(ib9423)
16歳・男・吟 |
■リプレイ本文 抜けるような青一色の世界。時折流れる雲の白がここを空だと認識させた。 「少し長くなるわ。しばらくの間空の旅を楽しんでね」 上空特有の強風にウエーブがかった赤髪を靡かせ、崑崙の副長レダが振り向いた。 「銀翼の姫は上機嫌の様だね」 「ええ、おかげさまで。どこかのお姫様みたいに癇癪起こす事無く、清楚に華麗に飛んでくれてるわ」 自ら名付けた船にそっと手を添え、ネーナ・D(ib3827)はまるで鼓動の様に響くレアの風切り音を感じる。 「冥越‥‥ね。随分物騒な場所に飛ばされるんだね」 それはレダに向けてかレアにか。ネーナは空を眺めたままに問いかけた。 「宮遣いの悲しい所よね」 答えるレダの自嘲気味な笑みはどこか黎明に似ている。 「人選に意図は‥‥って思うのは考え過ぎかな」 「‥‥今は何とも言えない、かな」 それとも、この抜けるような青い空の先に答えがあるのか。 二人はしばし無言のまま空を眺めていた。 「二人ともどうしたの?」 そんな二人に天河 ふしぎ(ia1037)が不思議そうに声をかける。 「うんん、何でもないよ」 「そう?」 振り向いた二人の笑顔にふしぎはかくりと首を傾げる。 「あ、それより! 遅くなったけど、久しぶりっ! ずっとお呼びがかかるの待ってたんだからなっ!」 「ごめんね。色々とばたばたしてたから」 久しぶりに再会した嬉しさと放っておかれた悲しさが同居する複雑な表情のふしぎに、レダは苦笑交じりに答えた。 「そちらのお嬢さんにも心配かけたかしら」 と、レダはふしぎの影からこっそり顔を覗かせる少女に声をかける。 「‥‥皆さんお久しぶりなの。えっと、黎明さんは‥‥?」 どこか遠慮がちに顔を覗かせる水月(ia2566)は、顔の見えぬ人物の名を口にした。 「あいつは留守番だ。いや、人質か?」 答えたのは先程甲板に上がってきた石恢。 「‥‥人質? もしかして、あの件で‥‥?」 「どうかな。ま、ずっと働きっぱなしだったしな。しばらく休むのも悪くねぇだろ」 不安げに見上げる瞳に石恢は気にするなとばかりに豪快な笑みを返した。 「それよりも、お宝見つけてあいつに自慢してやろうぜ!」 「‥‥」 それでも気を使っているのか、ポンポンと不躾に頭を撫でてくる石恢に、水月は猫の様に目を閉じされるがままに頷いた。 一方船内では――。 「身体検査、ですか‥‥なるほど」 「今まで散々調べたのですがね。まだ何を調べるのやら」 ふむりと思考と共に視線を落すジークリンデ(ib0258)に、嘉田は珍しく表現豊かに肩を落とす。 「天儀の上層部はまだ疑っているのでしょう。黎明様が黴人間に変化せぬかと」 「そうだといいのですが、ね」 「そうだといい? 仮にも貴方方の船長でしょう。変な事を言われるのですね」 呆れる様に答えた嘉田の言葉に違和感を覚えたのか、ジークリンデは聞き返す。 「証拠も確証もないままに、永遠と身体をいじくりまわされるよりはマシかもしれない。そう言う事ですよ」 「‥‥」 黎明が受ける『身体検査』とはそれほどのものなのか。 ジークリンデはそれ以上何を言うでもなく、黎明が持たせたという目的地の島の資料へと視線を落した。 夜になれば。 「あ、そぉれ! 謎が謎をぉよぉぶ〜謎かけよぉ! はぁぁっ!」 べべんっと力強く弾かれる三弦に、異国の舞が重なった。 「胸に熱く〜♪ 心が躍る、遺跡の向う〜♪」 まるで重力を感じさせぬ軽やかなステップが、くるりくるりと舞踊る。 「その先に待つは異形の怪異か、至宝のお宝か〜!」 べべべんっと力強くも繊細に三味線を掻きならす音羽屋 烏水(ib9423)。 「秘められた宝の尻尾を掴んで見せるんだよ〜♪」 フレス(ib6696)の褐色の肌に流れおちる汗の雫が陽光を反射させ、まるで金剛石の輝きにも似は光を反射させた。 代わり映えのしない空と、娯楽のない船の上。 長い航海に付き纏う灰色の二重苦を、二人は持ち前の明るさと技能で色をつける。 こうして一行は目的地である死したる国『冥越』のさらに北にあるという孤島を目指す。 アヤカシの巣と化した冥越を避け、海上を迂回するルートを取った空賊船『レア』は一週間にも及ぶ航海の後、ようやく目的の浮遊島へと辿り着いた。 ●冶遠島 その島全体が人工物であるかのようであった。 島の中心部が膨らんだ上下正対象に作られた『算盤の珠』。島を一言で形容しようとすれば、その一言がまさにそれだろう。 そんな人工島を前に、水月が上辺を指差すと、のっぺりとした表面にへばりつくように家々が並ぶ集落跡が見て取れる。 「‥‥石板をもう一度調べてみたいの」 「そうね。まだ何かあるかもしれないし」 水月の提案に異を唱える者はなく、レアはゆっくりと浮上し集落跡に突き出た桟橋らしき場所に停泊した。 「‥‥すごい」 桟橋から見渡せる光景に、ふしぎが息を飲んだ。 住人が持ち込んだのだろう緑が、廃墟となって久しい家々を覆い隠し、押し潰す。 「一体何年の時を刻んだのだろう‥‥」 ネーナは村の末路を想像してか、感慨深く呟き、家を押し潰す程に成長した植物の根に触れた。 「遥か現世の高みから見下ろす遺構は、雲海の上で何を想うのか〜」 はぁべんべんっと合の手と三味線を掻きならす烏水。 「誰にも知られる事無く静かに滅んだのかな‥‥なんだか切なくなるんだよ‥‥」 フレスの眼にはここで暮らしていた人々の栄枯盛衰が見えているのだろうか。 悲しげな瞳でじっと廃屋を見つめていた。 「風化して久しいですね。これでは文献も残っていませんか」 草木をかき分け潜入した家屋には、文献どころか家具一つ見当たらない。 「‥‥何か、遺跡の謎を解く『鍵』みたいなのがあるかと思ったんだけど‥‥」 共に捜索を行う水月の声にも落胆の色が見て取れた。 「無いものは仕方ありませんね。件の石板へ向かいましょう」 「‥‥うん」 上がらなかった成果に落胆しながらも、ジークリンデ達は最後にして最大のヒントへ向かう為に、集落を後にした。 それぞれの想いを抱きながら一行は街中を進む。そして、目的のそれはすぐに見つかった。 「‥‥聞いてた物と同じなの」 石板自体は水月の身長の数倍。文字も古いながら読む事の出来るものだった。 「やっぱり、ここに記されている謎を解かないとダメってことかな」 ふしぎは石板の前に座り込んでじっと目を凝らすが、別段変わった様子は見当たらない。 「動きそうには‥‥無いですね」 ジークリンデが石板を掴み持ち上げようと試みるが、まるで根を張った様にびくともしない。 「とりあえず、書き写したんだよ」 フレスが写し取った紙を懐にしまう。 「これ以上は実際に行ってみねばわからんのっ。とにかく見聞じゃっ」 「そうね。ここで時間を使うより中で実物を見る方がいいかもしれないわね」 烏水の提案にレダも同意した。 そして、『北を向いていた』石板を残し、一行は桟橋へと戻った。 ●遺跡入口 『算盤の珠』の下底に接舷したレアから、遺跡へ向け渡し板が延ばされる。 「それじゃ、留守はお願い」 最後に渡ったレダを確認し、石恢が渡し板を外した。 「いよいよ遺跡だねっ!」 目に前にぽっかりと口をあける円形の入口に向い、ふしぎが興奮に声を震わせる。 「しかし、入口が底にしかないとは不便な遺跡じゃなぁ。先住民は空でも飛べたのかのぉ」 烏水といえば自前の黒羽を何度か羽ばたかせ、眼下に広がる抜ける空を見下ろした。 「だから今まで発見されなかったのでしょう」 と、ジークリンデは島の秘匿性に感心すると共に、言い知れぬ興味が自分の中で湧き上がるのを感じていた。 「中にアヤカシとかは確認されていないけど、十分用心してね」 レアを見送ったレダが皆の元へと戻り、全員がそろう。 「大丈夫なんだよっ。出てきたら返り討ちなんだよっ」 小刀を軽やかに煌めかせフレスが笑顔で答えた。 「それじゃ大冒険に出発だ!」 先陣を切るふしぎに続き、一行は仄暗く奥へと延びる回廊に足を踏み入れた。 ●遺跡内部 丸みを帯びた通路を螺旋に登っていく中、一行は石板に書かれた暗号についてそれぞれの見解を述べていく。 その中でも全員の一致をみたのが、暗号を解くにあたって『四神』が深く関係するであろうことだった。 「四神は4つの獣からなるんだぞっ。陰陽師になる時に勉強したんだからっ!」 転職したてのふしぎが新たに得た知識を誇らしげに歌えば、 「それ結構有名な話よね?」 「え‥‥そうなの‥‥?」 レダが素でつっこむ。 「‥‥大丈夫、明日があるの」 がーんと落ち込むふしぎを慰めながら、水月はぼんやりと浮かび上がる通路の先を見つめた。 「内容からして、天の獣が四神を指す事は間違いなさそうじゃっ。であれば、他の暗号はどういう意味じゃろう」 「調査では朱雀の姿を確認できていません。であれば、最後の扉を朱雀とできれば、謎が解けるのでは?」 「レリーフがあるって言ってたし、かちゃかちゃがっちゃんって動かせないかな?」 「組み換えに失敗したら、アヤカシが沢山湧いてくるかもしれないな」 「えっ!?」 何かを隠していた一行は最初の柱へと辿り着いた。 ●龍柱 通路の真ん中に突如現れた柱。 まるで全体が瑠璃で出来ているかのように深い青をした柱には、緻密な彫刻で龍が彫られていた。 「‥‥不思議な柱なの」 光の加減なのだろうか、時折水が滴る様に柱の表面が揺れるような気がした。 水月はとてとてと柱に近づき、ペしペしと徐に柱を叩く。 「うん、間違いないんだよ。これは青龍。春と青の神獣なんだよ」 「という事は、暗号の最初の柱で間違いないな」 2m程の位置に彫られた彫刻を見上げながら、ネーナはフレスが記したメモを確認する。 「何の反応も無さそう‥‥?」 「‥‥無いの」 ふしぎの問いかけに、柱の周りをくるくる回っていた水月がふるふると首を振った。 「では、どこかが外れたり動いたりはせんかのぉ?」 と、烏水は水月に並びぺちぺちと柱の彫刻を調べるが、 「‥‥変わった所はみあたらんのぉ」 緻密な彫刻ということ以外、別段変わった点を見つける事が出来なかった。 「ふむ‥‥これは道標的なものかもしれませんね。とりあえず、位置関係だけは記しておきましょう」 ジークリンデが書きかけの地図に柱の位置を刻む。 「情報によると、次は玄武の柱なんだよ。冬と黒の神獣の筈なんだけど」 「石板では白と黒が入れ替わっていたが‥‥。何かのリードには間違いないだろうが、確かめる必要があるな」 奥へと続く通路を指差すフレスにネーナが答え歩きだした。 「しかし、雨は熱くとあったが‥‥無視していいものかのぉ‥‥」 先行く皆を見送り、一人残った烏水がぽつりと呟く。 「何やら足りぬ気がせんでもないが‥‥」 最後にもう一度柱を見やり、一行の背を追った。 ● その後、一行は黒曜石で造られた玄武の柱と、大理石で造られた白虎の二本の柱を確認し、ついに大きな扉の前へと到達する。 見上げるほどの巨大な扉には報告にもあった、沈む太陽と不動の双子星のレリーフが刻まれていた。 何か来るといけないと、水月が邪魔の入らぬよう一行を囲むように白の壁を出現させる。 「‥‥青龍、玄武、白虎。残る朱雀は、この中‥‥?」 そして、水月は精巧に作られた扉に触れた。 今まで通ってきた道には三匹の獣が刻まれていた。残る獣は紅の鳥。 「もしかしたら隠し絵みたいに鳥の形が隠れてるかもしれないんだよっ」 フレスはフレスで額に手を当て、薄明かりに浮かびあがる扉の隅々まで見渡す。 「ねねっ! この太陽のレリーフ、動きそうじゃないかな?」 と、ふしぎが見つけたのは扉に刻まれた半円を辿った溝。 「‥‥太陽の沈む道?」 それはまるで太陽が沈む軌跡を描いているようでもあった。 「もしかしたら動くかもっ!」 「かもなんだよっ!」 ふしぎとフレスは太陽のレリーフに手をかけると、本来沈むであろう方向にぐぐっと押してみる。 『んんんっ!!』 しかし、開拓者二人の膂力をもってしても、レリーフはピクリとも動かなかった。 「やはり必要なのは、朱雀を現す何か、でしょうか」 「それが鍵になっているのは間違いないじゃろうなぁ」 その様子を見守っていた、烏水とジークリンデ。 今まで人知れず漂っていた過去の遺跡は、まるで試す様に威容を誇っている風にも見える。 「――位置関係としては、やはりこの扉が南を指していますね」 ジークリンデはレリーフの刻まれた扉をメモの最後に記すと、皆へ向け広げた。 「それぞれの柱に刻まれた四神が向いていた方角が、これです」 「うん? これはどういう事じゃ?」 と、烏水がメモに記された図の違和感に気付く。 「青龍と白虎はそれぞれの方角を向いておるのに、玄武だけ中央に向いておるぞ?」 「そう言えば‥‥」 烏水の指摘に皆がメモを覗き込む。 確かに烏水の言う通り、玄武の柱は南を向いている。そして――。 「この扉も北を向いてる」 ネーナがメモ帳に指を走らせる。 「石板にあった『ただ一点を〜』はこれなのかも‥‥! この双子星が見つめる先に何かあるんじゃないかなっ! だって、この先に玄武の柱があるんだし!」 と、ふしぎはレリーフの上の方にある二つの光点を指差す。 「なるほどっ! 私が確かめてみるんだよっ」 フレスは器用にレリーフをよじ登り、双子星へと視線を合わせると、くるりと反転した。 「‥‥何か見えるの?」 「‥‥えっと、壁がみえるんだよ?」 「‥‥それはここからでも見えるよ」 ぷるぷるとレリーフにへばりつく四肢を振るわせるフレスに、期待に胸ふくらませていたふしぎはがくりと肩を落した。 ● その後、一行は幾度となく考えうる限りを試してみる。 「‥‥巷で話題のからくりを意識して、ぜんまい仕掛けとか‥‥?」 水月はレリーフに耳を押し付け何かしらの音を拾おうともしてみた。 「距離が関係しているのかもしれませんね」 ジークリンデは詳細に記したメモに、幾本もの線を引いても見た。 「宵の明星とか、何か星に関わる合い言葉が必要だったりするのかもなんだよ」 フレスは自分の知っている星や太陽にまつわる単語を片っ端から叫んでも見た。 「朱雀の色は赤だから、この双子星に赤色を見つめさせるとかっ!」 ふしぎの提案により、扉と正対する壁を赤色に塗りたくってみもした。 「時計回りの迷宮‥‥少なくとも刻との関わりがある筈だよ」 ネーナは石板の文字と柱の位置関係を今一度洗い直しても見た。 「石板には春からの季節が記しておるのに、柱は季節が逆。これは如何に?」 烏水の提案を受け、扉を出発地点とし逆回りで回っても見た。 しかし、どれも成果を上げることはなく、ついに探索は行き詰った。 「‥‥これは一度出直した方がよさそうね」 遺跡に入ってすでに丸一日。 解けぬ謎を前に疲労もピークに達しているだろう開拓者を見つめ、レダは撤退の決断を下したのだった。 |