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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 先日、見事に街の悪を退治した振々様とその後一行の皆様。 はてさて、今日はどのような騒動が彼等を待っているのでしょうか。 ●点禁 「振の手にかかれば、こんなものなのじゃ!」 引っ立てられていく領主と山賊達を物陰から見つめる振々は、満足げに無い胸を張った。 「これ以上は目立つなよ。役人の中にはお前の顔を知っている者もいるかもしれないんだからな」 「ふっふっ! 振は有名人じゃからな!」 黒髪の男が釘をさすが、逆に火に油を注いだ。 「主に悪評でやけどな」 と、隅の方で少女がポツリとつぶやく。 「なんじゃと!」 「なんや、ほんまのことやろ? 皆ゆぅてるで」 「皆とは誰の事じゃ! いつどこで誰が、何時何分何秒に言ったのじゃ!」 「知らんわ! そんなもん自分で調べたらええやろ!」 「ふんっ! 言えぬのじゃな。そんな虚報に騙される振ではないのじゃ!」 「ほんま見た目通りの餓鬼やな!」 「なんじゃと!」 「なんや!」 「仲がいいんだか悪いんだか、よくわからないね」 「いい様には見えぬでおじゃるぞ?」 そんな少女二人に口喧嘩を遠巻きに眺め、綿毛に覆われた耳を楽しそうにピコピコと揺らす青年に、二角の巨漢が問いかける。 「そう? 喧嘩するほど仲がいいって言うことわざもあるよ?」 「ほう、喧嘩すれば仲が良いとは、また異な事を。天儀の文化は不思議でおじゃるのぉ」 「だから面白いんじゃないかな? だから君も故郷から出てきたんでしょ?」 「ふむ、そう言う考えもあるでおじゃるな」 「うんうん、おじゃるとおもうよ」 今なお壮絶な口喧嘩を繰り広げている少女達を、二人は飽く事無く見つめていた。 「あ、あの‥‥」 そんな時、わきゃわきゃと騒ぎ立てる一向に、ひとりの男が声をかけてきた。 「うん? あんたは確か‥‥」 赤髪の青年は男の顔に見覚えがある。 無銭飲食の汚名を着て潜り込んだ隠し鉱山で度々見た顔だった。 「どうしたんっすか? もう働く必要はないっすよ?」 強制労働をさせられていた者達は、大捕物劇の混乱の中、鉱山からすべて退去したはずだったのだが‥‥。 「俺を雇ってはくれないだろうか」 「雇ってって、私達に?」 「ああ‥‥」 突然の申し出に驚いた白髪の女性が問いかけるが、男は力なく頷くだけ。 「ここで働いた分の報酬なら、さっきいただいて来たでしょ?」 「あ、ああ、それは頂いた。頂いたんだが‥‥」 「結構な額になったと思うんだけど‥‥足りなかった?」 「いや、生活には困らないだけの金額は頂いた。だけど、家は‥‥家を取り戻す額には‥‥」 語尾を悔しさからか掠れさせ、男はグッと歯を噛みしめた。 「ふむ‥‥なんだかきな臭いっすけど、また厄介事な様な‥‥」 「お姫様には聞かせない方がいいかもね」 と、二人は男の話を親身に聞きながらも、仮の主人である少女の耳に届かない様に声を落した。その時――。 「ひゃうん!? そ、そこはダメっす!?」 赤髪の男が艶めかしくも素っ頓狂な悲鳴を上げた。 「ふむ! 面白そうな話じゃな! 詳しく話してみよ!」 赤髪の少年の股下から顔を覗かせた振々が、男の話に目ざとく食いついていた。 男の話によれば――。 男の出身である理穴の街『紙角』に、最近海鮮問屋『白籤屋』を名乗る一団が越してきた。 最初は街の住民たちも大きな問屋が来たと喜んでいたのだが‥‥。 表の顔があれば裏の顔も。 白籤屋は領主が暗愚なことをいいことに、賄賂をたんまりと贈り黙らせると、強引な手法で地上げを行っている。 一団の中にはごろつき風の男たちも多数おり、暴力や時には火つけまでして住人達を立ち退かせていた。 住民たちは役人たちに何度も現状を訴え掛けるが、その都度、白籤屋の根回しにより握りつぶされた。 もはや自らの土地は自分たちで守るしかないと奮起した住民たちであったが、それも風前の灯火。 「‥‥ふむ」 「あー、嫌な予感しかしないのだが‥‥」 「もう諦めた方がいいかもね‥‥」 「はぁ‥‥また面倒事拾ったんか‥‥」 「ほほ、騒動でおじゃるな。次はどのような趣向で行くかの」 「君だけは楽しそうだね‥‥」 「あふぅ‥‥もうお婿に行けないっす‥‥」 様々な思惑が交錯する?中、振々は再び立ち上がる。 「行くぞ皆の者! 目指すは理穴じゃ!」 そこに悪がある限り! ●紙角 理欠内陸の染物が盛んな街『紙角』。 何の変哲もない街の一角、町民たちが暮らす長屋では――。 「一昨日来やがれってんだ!」 どこぞの関取よろしく、塩の白が盛大に宙に舞う。 「おおっと、あぶねぇあぶねぇ。へっ、相変わらず女のくせに気の強い奴だぜ」 「お前らみたいなゴロツキに、負けてらんないからね!」 撒き散らされる塩の雨から逃げるように距離を取るゴロツキに、かっぷくのいい女性はどどーんと仁王立ち。 「ふん! その威勢もいつまで続くかな!」 「いつまでだって続けてやるさ! お前たちなんかにこの先祖伝来の土地は渡すもんか!」 と、女性は再び塩壺に腕を突っ込む。 「けっ! せいぜい大切に守ってるんだな」 ゴロツキ達は土間に唾を吐き、そのまま肩で風を切りながら出ていった。 「‥‥はぁ」 張りつめていた空気が平穏に戻ると同時に、女性は肺に溜めていた息を全て吐き出す。 「一体どうすればいいんだい‥‥」 振り向き問いかける。死んだ旦那の位牌に向けて。 ●白籤屋 「――まだ、立ち退かないのか」 「へぇ‥‥随分と強情な奴で」 「ふむ‥‥少し趣向を変える必要があるか」 「おっ、ヤっちまいやすか?」 「馬鹿もんが! そんな事をして、もし足がついたらどうするつもりだ!」 「へ?」 「何事も慎重かつ大胆に事を進めなければならんのだよ」 「へ、へぇ‥‥」 「もういい! こうなれば、最後の手段だ」 「最後の‥‥ああ、火つ――」 「馬鹿もの! 誰かに聞こえたらどうする!」 「す、すみやせん!」 「すぐに準備に移れ。いいな、決して気付かれるなよ!」 「へぃ!」 平穏な街に不穏な気配。 町屋の住民達の運命は! 果たして、振々一行は間に合うのだろうか! 振々一行の最後のご奉公。はてさて、どのような結末が待っているのやら――。 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
渥美 アキヒロ(ib9454)
19歳・男・ジ |
■リプレイ本文 ●通り 「騒動は振が解決してやるのじゃ!」 「落ちつけ。まだ騒動と決まった訳じゃない」 鼻息荒げる振々の頭をぽんぽんと音有・兵真(ia0221)が叩き宥める。 「しかし、本当に印籠を用意するとはな‥‥」 振々の頭に添える手とは反対の手には漆塗りのいかにもな印籠が握られていた。 「ふっふーん! 我が袖端家の威光を世に知らしめてやるのじゃ!」 「知らしめる? 真の権力者ってのは無暗矢鱈と権力を誇示しないもんだぞ」 「む? ふ、ふむ‥‥なるほど、それも一理あるの」 「ああ、顔が知られてるかもしれないんだし、今はあまり派手には動くな。仲間から知らせが入るまではな」 ●長屋 「お邪魔しまーす」 旅装束を纏う渥美 アキヒロ(ib9454)は長屋の戸をくぐった。 「誰だい‥‥?」 「えっと、出稼ぎに来たんですけど、住む所が無くて‥‥。部屋は空いてませんか?」 見知らぬ顔に警戒の色を濃くするお町の冷視線に、アキヒロはお得意の保護欲増強スマイルをぶつける。 「出稼ぎ? こんな田舎にかい?」 「とんでもない! 染物と言えば紙角! ボク達染め師には憧れの街なんですよ?」 「あ、憧れ‥‥。そうかい、あんた染め師なのかい」 自分の街を褒められて嬉しくない者などいない。お町はアキヒロの熱意を帯びた言葉に態度を軟化させた。 「うん! ほんとにいい街だね。ここは!」 「‥‥いいよ、奥の部屋を使いな」 「本当に!? ありがとう! やっぱり住むなら綺麗なお姉さんと一緒がよかったんだっ!」 「き、綺麗なお姉さんはよしてくれよっ!?」 必殺のアキヒロスマイルに、お町は完全にノックアウトされていた。 ●白籤屋 「いやぁ、すばらしいお屋敷でやすねっ! ――魚臭いっすけど」 「ふふふ、わかるか! ははは! ‥‥何か言ったか?」 「魚の商いでこんな御殿を建てられるなんて、流石っす! ――生臭いっすけど」 「そうだろう! 私の商才をもってすれば容易い事だ! ‥‥何か言ったか?」 白籤屋の肩をもみながら、以心 伝助(ia9077)は白籤屋を褒めちぎる。 「あっしの様な流浪者を雇って頂けるその懐の広さっ! ――ただの肥満っすけど」 「伊達に当代一の名商などと呼ばれておらんわ! ‥‥何か言ったか?」 にへらと小物っぽく笑う伝助に、白籤屋はすっかり気を許していた。それが伝助お得意の太鼓持ち式潜入術だとも知らずに‥‥。 ●長屋跡 お町達が住む長屋から少し離れた場所。 「‥‥酷い」 黒く焼けた骨組みが空しく放置され、辺りには焦げ臭さが残る。凄惨な光景に熾弦(ib7860)は思わず口を覆った。 「なんだお前? ここは女が来る所じゃねぇ!」 そんな熾弦を後ろから押し倒す勢いで小突いたのは、何人ものゴロツキだった。 「な、何するんだい。ここは私の土地だよ!」 熾弦は咄嗟の機転を利かせ、点禁で出会った男の縁者を演じる。 「あぁ! ここは白籤屋が買い取ったんだ! お前等には謝礼を払っただろうが!」 「(白籤屋‥‥謝礼‥‥なるほど)あんなはした金で先祖伝来の土地を手放せる訳ないでしょ!」 「んだと、このアマ! 俺達に楯突く気か!」 ゴロツキ達の短い堪忍袋は熾弦の鋭利な鋏であっさりと切断される。 男達はごつい手を向って伸ばすが――。 「――」 熾弦の口から紡がれるのは初夏の涼やかな夜風の如き歌。 「何のつもり――ふあぁぁ‥‥」 訪れるのは穏やかな眠気。 ゴロツキ達は熾弦が放った睡魔の誘惑を受けころりと落ちた。 「寝言は寝て言え‥‥でしたっけ。まぁ、そう言う事でしばらく寝ていてね。あ、情報はありがたく頂いていくわ」 瞬時に眠りに落ちた男達を見下ろし、熾弦はその場を離れた。 ●夜 「まだ拳が震えているわ‥‥! 私の左手が、塩を‥‥塩を欲してるわ‥‥! ごっつぁん!」 喪越(ia1670)はお町と熱いバトルを思い出し拳を振るわせる。 「鬼がおる‥‥鬼がおるで‥‥」 「むむむっ! なに奴! 姿を見せぇい!」 虫の音さえも響かぬ路地裏に似合わぬ幼声。喪越は第七感の告げるままに空を仰いだ。 「‥‥ごめん、いま猛烈におっちゃんを役所に突き出したい気分や‥‥」 「きぃぃ! 小娘が生意気にっ!! はっ‥‥駄目、駄目よ喪越。全てはわちきの美貌のせいなんだから‥‥」 「うげぇ‥‥」 路地を見下ろす屋根の上から夜刀神・しずめ(ib5200)の嗚咽が響く。 「って、こんな観客もおらんとこで漫才しとる場合ちゃう。もうすぐ領主の屋敷やで」 「あふぅん‥‥もう少しだけ――ぎゃふん!?」 名残惜しそうに頬を染める喪越の顔面に飛んできた草履が直撃。 「ええ加減にしぃ。はよいかな、あの我儘小娘が暴走し始めるで」 「我儘小娘‥‥俺の目の前に――げふんっ!?」 「依頼主や依頼主。おっちゃん、わざとやっとるやろ‥‥」 「ふっ‥‥それほどまでにこの俺の力を借りたいか」 くっきりとクロスする草履の跡が残る顔にニヒルな笑みを浮かべ、喪越が呟くと。 「いいだろう! 俺が手を貸そう! さぁ来い、我が僕! かぁむひやぁぁ!! 藤吉郎ぉぉぉ!!」 路地に響く大声と共に月でも掴まんとばかりに垂直に右手を掲げるた。瞬間――。 「うるせぇ! 何時だと思ってんだ!」 「近所迷惑だぞ!」 「きゃぁ! 不審者よ!!」 四方八方から浴びせられる罵詈雑言と八百万の金物達。 「おっちゃん、身体張りすぎやで‥‥」 『うきっ‥‥』 落ち着きを取り戻した路地に降り立ったしずめと喪越の式『藤吉郎』が、視線を地面へと向ける。 そこには住民達の怒りと憎しみを一身に浴びた喪越がフルボッコにされ沈んでいた。 ●長屋前 「ほ、本当にやるっすか?」 「何ビビってやがんだ! 仕事欲しいっつったのはお前だろうが!」 「そうっすけど‥‥」 深夜も深夜、月明りを避け薄暗い路地を行く何人もの男達は、長屋の前へと辿り着いた。 「へへ‥‥面倒臭い交渉なんかせずに、最初っからこうしておけばいいんだ」 火をともした松明を眺め、男の顔色が恍惚の色に染まる。 「で、でやすが、やっぱり火つけは‥‥」 「ええぃ! 度胸のない奴はすっ込んでろっ!」 何時までも女々しい伝助に機嫌を損ねたお頭は、持っていた松明を伝助に向け振りまわす。 「ひぁ‥‥っ! あっ」 伝助が上体を弓なりに反らし松明を避けた丁度その場所に――。 ガラガラガッシャン! 実に絶妙な位置にあった桶山が盛大な音を立て崩れた。 「いやぁ、やっちまったなぁ。てへぺろっ☆」 突然の出来事にパクパクと金魚の様に開閉するお頭&ゴロツキ達。 そして、大音に何事かと長屋から出てくる住民達。 「ち、ちくしょ! 逃げるぞ!」 こうなっては秘密裏に火つけする訳にも行かず、ゴロツキ達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ去る。が――。 「お頭さん、おいていかないでほしいっすっ!!」 失態の張本人である伝助が、お頭さんへ向けダイビング抱擁を敢行した。 「なっ、離せ! てめぇの失敗はてめぇで落とし前つけ――ろ‥‥」 抱きつく伝助を必死で振り払おうとするお頭だったが‥‥。 「こんな夜中に随分と騒がしいお客さんだね?」 「どう見てもお客ってガラじゃないと思うけど?」 「どうだっていい。さぁ、色々と楽しい話を聞かせてもらおうか」 アキヒロ、熾弦、兵真を筆頭に住民達にすっかり囲まれていた。 ●更に夜は更け 「こ、こいつ等が‥‥!」 「まぁまぁ、お町さん落ち着いて。ね?」 今にも飛びかかりそうになるお町をアキヒロが宥める。 「それにしても強情だな」 兵真は縄で縛られたお頭を見下ろし溜息をつく。 掴まったお頭に背後関係を吐かせようとした一行であったが、事の他お頭はど強情で一切口を開かないのだ。 「わ、私がやってみようか」 と、熾弦は名乗り出るとお頭の前へとゆるりと近づき、ぎこちない手つきで肩口を肌蹴させる。 「あんたも強情だね。どうだい、交換条件ってのは?」 「‥‥」 「もし話してくれるなら、いい事してあげるよ?」 白磁の様に艶やかな白肌を覗かせ迫る熾弦。だが――。 「へっ! おめぇみたいな餓鬼の色気に惑わされ程、干からびちゃいねぇ!」 「が、がき‥‥!」 お頭の好みではなかったのか、餓鬼の一言で一蹴された。 「うーん、もう全部話しちゃった方が楽っすよ?」 「お前、初めから‥‥! くそっ! 誰が話すか!」 すっかり長屋側に寝返った伝助に、お頭は余計に口を閉ざしす。 「うーん、こんなに強情な人だとは思わなかったっす」 「仕方がないか。あまり姫さんには見せられないが、強引な手でいかしてもらうか」 強情を貫くお頭に、兵真は最終手段を決意しかけた、その時――。 「俺様、お土産を獲得し帰還! ――おんや、お取り込み中で?」 戸を開け放つ轟音と共に喪越が帰って来た。 「なんじゃ。遅かったの」 「ははぁ! 振姫様へ献上する為、下町でちょっとした行列のできる相談所が販売しておりました御汁粉めを購入し遅参いたしました!」 「ほう」 「さぁ、我が愛の結晶、ご堪能くださいませ!」 「意味不明なのじゃ。それより寄こすのじゃ!」 迎えた振々は土下座交ながら未来予想図に妄想を膨らませる喪越から碗をひったくると‥‥。 「その方、吐かぬなら、これを喰らわせるのじゃ」 「な、なんだと‥‥!?」 喪越が振々の為を思い懐に入れ大切に持ち帰った汁粉碗を、お頭に突き付けた。 「吐くか飲むか。どちらか一つじゃ」 「や、やめろぉ!! お、お前等正気か!? こんな事‥‥こんな事がぁぁぁぁ!!」 生温かく保温された碗をじりじりと口元へ近づける振々に、強情を貫いていたお頭は盛大な男泣きと共についに屈服した。 「‥‥愛ってしょっぱい」 御汁粉の恐怖に洗い浚い喋り尽くすお頭を遠巻きに眺め、喪越の哀愁が響いたのだった。 ●少し時は戻り 「楽しみだなぁ。明日は楽しい賄賂の日♪」 『下』の部屋で聞こえる独り言にじっと耳を澄ますしずめ。 (えらいでかい独り言やな‥‥) もう少し気を使えばいいのにとも思うが、二人の会話はだだ漏れていた。 (まぁ、それだけ安心しとるちゅ事か。こりゃ、役人の方も骨抜きにされとるとみた方がええやろな) 領主がこの調子である。下の者がまともだとはとても思えない。 (おっちゃん、聞こえるか?) と、しずめは隣で息を殺す藤吉郎をみやる。 (うちはもう少しここで見張る。勝負は明日の夜や) しずめの言葉に藤吉郎はこくりと頷き、煙と消えた。 ●領主屋敷 毎週恒例の賄賂のやり取りは事前に潜入し情報を掴んだしずめによって、一向にだだ漏れとなっていた。 そんなゆゆしき事態の事など知る由も無い白籤屋と領主は、今日も今日とて屋敷の一室で怪しげなやり取りを繰り広げていた。 『そこまでじゃ!』 「なに奴!」 そんな中、突然響いた幼声に白籤屋と領主は腰を浮かせる。 「くっ、見張りは何をやっている! 曲者だ! であえであえ!」 密談の場に予期せぬ侵入者。白籤屋は咄嗟に叫ぶと、建物の影からゴロツキ達が大挙して現れた。 「誰だか知らぬが、この会を知られては生かしておけぬ‥‥お前たちやってしまえ!」 すでに退路はない。完全に包囲した人影を睨みつけ、白籤屋はゴロツキ達に命令を下した。 「ええぃ! 静まれぇ!」 その時。アキヒロの声が闇夜に響く。 「ここにおわす方をどなたと心得る!」 突然の声に動きを止めた白籤屋達に向け、兵真が続ける。 「理穴は老中にして軍の大番頭、袖端友禅が息女、振々なるぞ!!」 兵真が指差すのは、どどーんと無い胸を張り御満悦に鼻を鳴らす振々。 「‥‥な、何を馬鹿な。この様な僻地に袖端がいる筈も無い!」 しかし、その名の大きさが仇になったのか、白籤屋は信じようとはしない。 「ならば、これならどうだ!」 未だに敵意衰えぬ白籤屋達に兵真が差し出したものは――。 「そ、袖端の印籠‥‥馬鹿な、本物だと‥‥! 何故こんな所に袖端が!」 そのあまりに有名な家紋に、白籤屋の顔色が一変した。 「控えおろう! 者ども頭が高いぞ!!」 兵真は動揺を露わにする白籤屋達に更に印籠を突き付けた。 「紙角領主、及び海鮮問屋白籤屋! その方ら裏で結託し強引に強引を重ねた地上げの数々、実に目に余る!」 「火付けは重罪。死罪も覚悟しておくんだね!」 「貴様等の悪事の数々、暗愚な領主が許せどもこの振はゆるさぬのじゃ!」 必殺の印籠を突き付け、袖端の三人は白籤屋達に迫る。 「いよっ! 理穴一! いやいや、天儀一!!」 背後では微妙に気の抜ける歓声と共に、伝助が桜吹雪を撒き散らす。 「んー、次の放浪記は近山の銀さんがいいっすねぇ」 などと謎発言を呟きながら。 白籤屋を見限ったゴロツキ達もいた。それらは逃げる為、通用口に殺到する。 「ひぃぃぃ!?」 しかし、狭い通用門に差し掛かった時、巨大な影に出口を塞がれた。 「どこに行くのかしらん?」 何重にも纏う艶やかな着物にも負けぬ雅な振る舞い。 花も恥じらう乙女を倣ったのか、決してしつこくない自然的化粧。 まさにパーフェクトな花魁。そう、喪越である。 「ふふん。選り取り見取りねん☆」 喪越はあまりの衝撃に思考能力を奪われたゴロツキの一人をひょいっと掲げ上げると――。 「ひぃぃ――んん‥‥!!??」 何の戸惑いも無く唇を奪い去った。 「んーーぷはぁ! あはん。次は、ど・な・た☆」 太い腕の中でだらりと絶命?したゴロツキを投げ捨て、喪越は恐怖に震えるゴロツキ達にぺろりと舌を覗かせた。 出口は喪越の熱烈接吻接待によって塞がれ、逃げ道はない。 「くそっ! こうなったら‥‥あのガキを殺せ!」 追い詰められた白籤屋はついに覚悟を決める。命令をうけゴロツキ達が振々に狙いを定めた。 しかし、所詮は一般人。振々を護る兵真とアキヒロの手によって次々と蹴散らされていく。 だが――。 「くっ‥‥数が多いな」 「で、伝助くん。桜吹雪はいいからちょっと手伝って!?」 圧倒的な数と無秩序な攻撃に、徐々に押され始めた。 その時、闇夜に木霊す麗かな歌声。 夜の精が獲物を深淵の畔に誘い込むような甘美な響きが、屋敷を包み込む。 「間に合ったようね」 現れたのは長屋の護衛にあたっていた熾弦だ。 熾弦が紡ぐ誘いの歌声に、ゴロツキ達は次々と眠りの縁へと堕ちていく。 「んー、さすが熾弦ちゃん! 助かったよ! 後でいい事してあげるからねっ」 「い、いらないっ!」 アキヒロのウインクを必死に避けた熾弦は振々の元へ。 「振姫様、最後の仕上げを」 「うむ!」 当て身と眠りで無力化したゴロツキ達を踏越え、振々は再び白籤屋達の前に立つと。 「白籤屋、それに紙角領主! 覚悟するのじゃ! 振のお仕置きは厳しいのじゃぞ!」 どどーんと無い胸を張り邪悪な笑みを浮かべたのだった。 屋敷の屋根の上では――。 この大捕物劇を団子を肴にのんびりと見物していたしずめ。 「はぁ、こんなもんで喜んどるなんて、やっぱ餓鬼んちょやな」 満足気に高笑いを上げる振々に向け、ぽつりと呟いた――。 |