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■オープニング本文 ●沢繭 時折吹く強い風が、薄紅色の華吹雪を巻き上げる。 「ふぅ‥‥今年も桜の季節が終わったな」 庭に三本咲く桜の散りざまを、縁側で茶を啜りながら楽しむ。 春の終わりの楽しみの一つであるこの時間を、頼重はゆっくりと堪能していた。 「よーりーしーげー!!」 と、風流な一時を切り裂く甲高い声。 「振は桜餅を所望すると、言った筈じゃ――」 ドタドタドタドタ、タンっ! 「‥‥ひょいと」 「っ!?」 ドンガラガッシャン!! 都合よくそこに積まれていた掃除道具に突っ込んだ主人の姿も確認せず、頼重はずずずっと茶を啜る。 「いくら姫様でも、この一時は邪魔させませんぞ?」 「むむむ‥‥! 頼重のくせに生意気なのじゃ!!」 掃除道具の山に突っ込んだ振々は天地を逆さまのまま、すまし顔で茶を啜る頼重に 「して、何の御用ですかな? 仕事はすべて終えた筈ですぞ?」 「う? おぉ、そうじゃった! これじゃ!」 服にかかった埃や落ち葉も気にせず、振々は懐から分厚い一冊の本を取り出した。 「‥‥? なんですかそれは‥‥」 なんだかとっても嫌な予感に、頼重は眉を顰めるが‥‥。 「『三戸黄門漫遊記』じゃ!」 「‥‥はぁ、確か巷で人気の読み物、でしたか? 天下の副将軍がちりめん問屋のご隠居に扮し、市井に紛れながら、悪事を働く悪人を仲間達と成敗していくという」 どどーんと突きだされた本に、頼重は何とも説明的な解説を加える。 「うむ! よく知っておるではないか!」 「ええ、まぁこれでも執政官ですので‥‥って、まさかご隠居に会いたいとか言うのではありませんな? その者は架空の人物なので会えませんぞ」 「む! それ位振にもわかっておるのじゃ! 馬鹿にするでない!」 小馬鹿にしたような頼重の態度に振々は憤慨する。 「居らぬ者を頼るなど、袖端家の者がする訳がなかろう!」 「‥‥では一体、何をお考えで――」 「うむ! 振がこの者に代わって悪を成敗するのじゃ!」 どどーんと無い胸を突き出し、ふふーんとドヤ顔をかます振々。 「‥‥‥‥‥‥‥‥はぁ?!」 たーっぷりの間を置きようやく理解した頼重が悲鳴にも似た大声を上げた。 「という訳じゃ、頼重、留守をまかせるのじゃ!」 「ななな、何を仰っているのですか!? 姫様は仮にもこの街の領主なのですぞ! 何度も何度もそのような我儘がまかり通るとでも――」 「この間のはお主のせいじゃ」 「うぐっ‥‥!」 ぴしりと言い放った振々のツッコミに頼重は言葉を詰まらせる。 「と、とにかくそのような我儘、この街の執政官として容認する訳にはいきません!」 「ふむ、ならば実力で止めればよいじゃろう?」 「実力で、ですと? ふっ、なるほど。捕まえた途端、『せくはらじゃ!』とか叫ぶおつもりでしょう。ですが、その程度でお目付け役が務まると思いか!」 振々の考えは見切ったとばかり、頼重は不敵な笑みを浮かべ捕まえようと立ち上がるが。 「む‥‥?」 足に覚える違和感。 「‥‥ふふふ! どうやら効いてきたようじゃな! 振が内密に仕入れた『あしだけしびれーる』が!」 「なっ!?」 と、頼重は先程まで口をつけていた湯呑に視線を落す。 「では、振は旅立ってくるのじゃ! 留守は任せたぞ!」 「ちょ!? 姫っ! そんな怪しげな薬を一体どこで!? って、ぬあ! 足が‥‥足がぁぁ!!」 悠然と縁側を闊歩していく振々。 頼重は痺れる足に触れることもできず、ただただ見つめるしかなかった。 ● 今日の舞台は、武天と理穴の境の街『兼歩』という、街道沿いの小さな宿場町。 旅人相手の宿屋と、稲作が主な収入源のどこにでもある小さな小さな街で、今回の物語は始まった。 「もう少し‥‥もう少しだけ待ってくだせぇ!」 「ええぇい、触るな! この農民風情が!!」 「あっ!」 「お、おっとぉっ!」 「いいか、親父。もう10日も待ってやってるんだ! 気の長い俺様でも流石にちーっとばかし短気になりそうだぜ?」 すらりと抜いた匕首を唾のたっぷりついた舌で舐め取るやくざ者。 「み、見ての通りあっしの身体がこんなでして‥‥お願いしやす、もう10日‥‥いえ、5日待ってもらえない――ごほごほっ!」 「おっとぉ!」 「ふーむ‥‥まぁ、なんだ。俺も鬼じゃねぇ。後少しなら待ってやらねぇ事は無い」 「えっ! 本当ですかい!?」 「ただーし」 「た、ただーし‥‥?」 「3日だ。3日待って返せねぇときは――」 言葉を切り、厭らしい視線をお鈴に向けるやくざ者。 「娘を貰ってくぜ」 「なっ!? ままま、待てくだせぇ! 娘は、娘だけは!」 「うるせぇ! 返すもん返しゃ済む話だろうが!」 「止めてください! おっとぉは体が弱って!」 「うるせぇ!」 「きゃっ!」 「ふん‥‥。おい、お鈴。3日後だ。せいぜいめかしこんで待ってるんだな」 そう言い残して、やくざ者はとっとと家を出ていった。 ● 街一番の屋敷の奥の奥の奥では――。 「お奉行様、いつもいつも我が千秋屋を御贔屓くださいましてありがとうございます」 「うむ」 「至極つまらないものではございますが――」 すっと音もなく漆塗りの重箱が畳の上を滑る。 「山吹色の菓子でございます」 「ほぉ、これはこれは」 「これで一つ、例の人買いの件‥‥」 「わかっておる、儂に任せておけば何の心配もないわ。 ――くくく‥‥それにしても美しい。やはりこれに勝るものはこの世に無いのぉ」 「ええ、まったくでございます。ふふふ‥‥」 「くくく‥‥千秋屋、お主も悪よのぉ」 「ふふふ‥‥お奉行様こそ」 「はっはっは!」 「ふっふっふ!」 ● 「佐平‥‥私どうしたらいいのかわからないよ‥‥」 「お鈴‥‥気をしっかり持つんだ! 大丈夫、金は俺が何とか工面をつけるから!」 「またスリをするの‥‥? 佐平、お願いだから足を洗ってよ‥‥」 「そ、そんな事言ってる場合じゃないだろ! お前が売られるかもしれないってのに!」 「‥‥汚れたお金で解決してもらうくらいなら、遊郭に行って身体売った方がまし」 「なっ! お、お鈴、なんてこと言うんだ!?」 「‥‥もう、貴方と会う事もないね‥‥。さよなら、佐平」 「待てよ、お鈴!! 待ってくれっ!!」 ●兼歩 「着いたのじゃ!」 別段特徴もない宿場町の入口に仁王立つ振々。 道行く人々は迷惑そうな顔を浮かべながら、触らぬ神にたたりなしとばかりに避けて通っていく。 「この振が世に蔓延る悪という悪を残らず駆逐してやるのじゃ!!」 通りのど真ん中で謎の高笑いをかます振々を、道行く人々は痛々しい目で遠巻きに生温かく見つめたのだった。 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
鬼麻呂(ib8000)
26歳・男・サ
渥美 アキヒロ(ib9454)
19歳・男・ジ |
■リプレイ本文 ●兼歩 「長閑な中にも活気があって、なかなかいい街じゃないか」 「‥‥ま、うちのお嬢様は少し不満そうだけど」 と、渥美 アキヒロ(ib9454)は前を歩く小さな主を見やる。 その主はと言えば、頬を膨らし音有・兵真(ia0221)の評した街の様子に些かご不満のようであった。 「お嬢様。どうかなさいましたか。何かご不満でも?」 「ありまくりじゃ! こんな平和じゃと騒動が起きぬではないか!」 そう、振々の目的は街の騒動に『偶然』ぶち当たり、お節介も顧みず『華麗』に解決してしまうあの物語の主人公になる事。 「まぁまぁ、そうそう事件なんて転がっていないよ。それに、そんなにむくれると折角のかわいい顔が台無しだよ?」 「ふん、振はむくれてもかわいいのじゃ! そんな事より騒動じゃ!」 それが普通の街娘であったのなら『惚れてまうやろぉ!』と叫びでもしようアキヒロスマイルも、まだ色恋にはてんで無頓着な振々は華麗にスルー。 「かと言ってこうやっているのもなぁ」 「ふむ、そうじゃ! 無ければ起こせばいいのじゃ!」 「おいおい、無茶言うなよ‥‥この手はあまり使いたくないんだが」 と、悪に手を染めそうになる振々に対し、兵真が最終手段?に出ようかとした所にアキヒロが割り込んだ。 「駄目だよ、それはるぅるに反する。物語の御隠居はそんなことしてないでしょう?」 「む‥‥」 「大丈夫。人がこれだけいるんだから、きっと何か起こるよ。仲間を信じてもう少し待ってみよ」 真摯なアキヒロの態度に反論できぬ振々は、口を尖らせ渋々通りを歩きだした。 ●風呂屋 カポーン―― まだ早い時間だというのに、浴場には黄色い声がそこかしこに木霊していた。 「ふぅ‥‥仕事中だというのにのんびりと風呂になんて浸かっていていいのか」 白い湯気を眺めながら熾弦(ib7860)は露わになった白肌に手杓で湯をかける。 「‥‥天儀の風俗というのは、じつに不可思議ね」 風呂とは傷を治し、疲れを癒す場だとばかり思っていたのだが‥‥この天儀では少し違うようだ。 熾弦は鋭敏な耳に届いてくる様々な話を興味深く聞く。 「少し趣味は悪いけど‥‥お姫様の為、だしね?」 湯船から立ち上がった熾弦は風呂の縁に腰をかけ、赤く火照ってくる身体を少し休ませる。 「今度会ったらただじゃおかないわ!」 「捕まえて番所に突き出してやる! あのスリ小僧!」 湯船の奥の二人の会話。 (スリ? 困った人はどこにでもいるのね) 「あのお奉行、絶対賄賂貰ってるわ‥‥あの裁きの不公平さみたでしょ?」 「見た見た。あれは不公平すぎるわよね」 引き戸を開け入ってきた二人の会話。 「あれじゃ、お鈴ちゃんの親父さんがかわいそうよ」 「そう言っても‥‥」 (お鈴ちゃん‥‥? 裁きに不正が行われているの?) 「借金のかたに売られるって話もあるじゃない」 「え? もしかして遊郭‥‥?」 (あまり楽しい話じゃなさそうね。‥‥これは少し探る必要があるかも) と、熾弦はすっと音もなく湯船から上がった。 ●街の外れの竹林 「へへへ‥‥人様の土地に無断で入るとはいい度胸だ。覚悟できてるんだろうなぁ?」 静謐な竹林に似合わぬ粗野で下品な笑い声が響く。 掘り出したタケノコを大切に抱える少女を、複数のやくざ者達が囲んでいた。 「ご、ごめんなさい!」 「ごめんで済めば役人はいらねぇんだよ! なぁ!」 「え‥‥いや‥‥!」 男達の薄汚い手が、震える少女の身体に忍び寄った。その時――。 「えぇっと‥‥ここどこでやしょ。完全に道に迷いやした‥‥」 竹林に場違いにすっとぼけた声が響く。 「お? こんな所に人が! おーい! あっしは旅の者でやすが、ちょっと道に‥‥‥‥って、トリコミチュウ?」 暢気に手を振る以心 伝助(ia9077)に、お楽しみの所を邪魔された男達のぎらついた殺意が向けられる。 「んだてめぇ!」 「あ、いや先程紹介したんでやすが‥‥あっしは旅の者――」 から笑いに冷や汗、怯える伝助に男達の嗜虐心が刺激されたのか、目標が完全に移っていた。 「お頭、旅の者だったら路銀もたんまり持ってるかもしれねぇですぜ!」 「おぉ! そりゃ恵んでもらわなけりゃぁなぁ!」 「そ、そんなに金持ちに見えますかね。これでも清貧を貫いてるんっすけど‥‥」 にらみを利かせながら迫る男達に伝助はじりじりと後退。 と、ある程度下がった所で伝助は、男達から視線を逸らせた。 「え?」 それは少女に向けられたもの。 「そ、そうですね、でしたらこれを‥‥」 「お! 素直じゃねぇか! 寄こせ!」 伝助が渋々差し出した袋を男がひったくり中を覗く。 「‥‥舐めてんのか!? 金を出せ、金を!」 しかし中身はただの団子。男達は怒り心頭に団子を撒き散らし、再び伝助に迫るが。 ぷに‥‥ぼよ〜〜ん! 「ああ‥‥あっしの超弾力団子が‥‥」 撒き散らされた団子を踏んだ瞬間、男達は極限まで強化された団子の力『団力』により華麗に宙を舞ったのだった。 ●通り 「ふあぁ‥‥。ゆぅてはみたもんの。騒動なんかほんまにあるんかいな」 長閑すぎる街を夜刀神・しずめ(ib5200)は焼き鳥片手に欠伸交じりに歩く。 「きゃぁ! スリよ!」 「あぁ‥‥ベタベタや」 まるで狙いすましたかのように起こるスリ事件。 「んー、これも一応騒動やな‥‥捕まえてみよか」 しずめは悪態をつきながらも即座に戦闘モードへ切り替える。 だがスリもなかなかの手練とみえ、人の波を速度を落す事無く走りぬけていく。 「へぇ、なかなかやるやん」 しかし、それも一般人レベル。本職であるしずめからすれば童の駆けっこにも等しい。 しずめと男の距離は徐々に縮まっていった。 「――ちっ!」 だがしずめが追いつく間もなく、スリは次の獲物を見つける。 どんっ。 「姐はん、そいつはスリや! ――って、なんや」 スリにぶつかった女性にすぐさま声をかけるしずめであったが、動きを止めたのはスリの方だった。 「いでででっ!!」 「いくら女性に興味があるからと言って、いきなり胸元に手を差し入れるのはどうかしら?」 女性の懐に腕を突っ込んだまま悲鳴を上げるスリに、どこかぎこちない笑みを向けるのは熾弦であった。 「折角うちが見つけたのに、先回りとか反則やろ」 「先回りって‥‥別に功績を競ってるわけじゃないでしょ」 折角の獲物を横取りされて不貞腐れるしずめに、熾弦は苦笑い。 「まぁええわ。スリの兄はん、さっき盗った財布出し」 と、熾弦に吊るしあげられるスリの空いた手を取りしずめが凄む。 「こ、これは勘弁してくれ! ‥‥これは――に必要なもんなんだ!」 「何調子のええことゆぅとんや。犯罪は犯罪や。きっちり番所でお勤めしてきぃ」 スリを後ろ手に組み敷き締め上げるしずめ。 「‥‥ちょっと待って、貴方、今お鈴って言ったわね」 「っ!? そ、そんな事言ってねぇ!」 熾弦の言葉にあからさまに動揺を見せるスリ。 「‥‥何か事情がありそうね。よかったら聞かせてくれる? 力になれるかもしれないわ」 「え‥‥」 組み敷かれたスリに手を差し伸べる熾弦。 「姐はん、お人よしにも程があるで‥‥」 と、しずめは呆れる様に肩を落した。 ● 「はぁはぁ‥‥!」 「は、早く逃げるっす!」 裏路地を疾走する男女。 「待てやこらぁ!」 追うやくざ者達。 リアル鬼ごっこは1時間にもわたり繰り広げられていた。 どんっ。 「きゃっ!」 突然角から出てきた人影にぶち当たり、少女はペタンと尻もちを着く。 「いたたた‥‥ご、ごめんなさい! 急いでいたも――ひぃぃぃ!!」 謝ろうと涙の浮かぶ瞳を開け見上げた少女は思わず悲鳴を上げた。 「早く逃げるっす――って、ひぃぃぃ!?」 やくざ者と少女の間を走っていた伝助も、少女を全く同じ悲鳴を上げ卒倒する。 それもそのはず、そこに立っていたのは人並み外れた長身にレインボーアフロ。そして、世の狩人垂涎の証、豹柄の衣を身に纏う鬼麻呂(ib8000)の仮の姿だったのだから。 「こっちこそごめんな。小さすぎてよぉ見えんかったわ。怪我ないか?」 しかし、当の被害者は気にするでもなく悲鳴を上げる少女にそっと手を差し伸べた。 「え‥‥あ、はい。大丈夫です」 「そぉか。悪いことしたなぁ。これお詫びや」 と、手を引き立ち上がった少女に飴ちゃんを手渡す巨漢。 「追い付いたぞ!」 そんな中、ようやくやくざ者が追いついた。 「さぁ、覚悟しやがれ!」 「なんや、えらい物騒な連中引き連れてんなぁ」 じりじりとにじり寄るやくざ者と、少女&気絶中の伝助を交互に眺め、鬼麻呂はアフロを揺らす。 「喧嘩はあかんで? 何があったか知らへんけど、ここは穏便に話あってやな――」 「うるせぇぞババァ! そこを退け!」 「‥‥‥‥なんやて? もう一遍ゆぅてみぃ」 折角場を納めようとした鬼麻呂の心に、その一言が火をつけた。 用法と用量を守らなければ心臓の弱い人などイチコロなオーラを纏う鬼麻呂に、流石の男達も一歩後ずさる。 「な、なんだこいつ! バ、ババァはすっ込んでろっ!」 やくざ者の勇気に乾杯。 「‥‥ほほぉ、ええ度胸や。覚悟はできとるんやろな」 ぽきぽきパキパキと関節という関節を器用に鳴らし、鬼麻呂の気迫が爆発した。 ●民家 「たのもぉ!」 「お嬢様、それじゃまるで道場破りだ。はしたないぞ」 勢いよく戸を開けた振々に、兵真は躾とばかりに脳天チョップ。 「うぐぐ‥‥! なんじゃ、振の待遇がよろしくないのじゃ!」 「気のせい気のせい。っと、突然お邪魔してすみません。我々は旅の者、少し道に迷ってしまいまして」 「あ、はい。いらっしゃいませ‥‥?」 突然の珍客にお鈴はぽけっとアキヒロを見つめる。 「そんなに見つめられては照れてしまうよ?」 「えっ!? あ、あのごめんなさいっ!」 にこりと微笑むアキヒロに赤面したお鈴は慌てて頭を下げた。 「すまないな。こいつは根っからのたらし者なのでな。それよりも、少し休む場を借りたいのだが」 「あ、はい。何も無い所ですが――」 「およ、お嬢さん達じゃないっすか。奇遇っすね!」 「なんや、あんたらもきたんか」 と、お鈴の言葉を割って、声は家の奥から。 「なんだ、あいつ等も来ていたのか」 それは、やくざ者から巻き上げた金で買えるだけ買った団子を貪る伝助と、父親に効能たっぷり必殺のオカン按摩を繰り出していた鬼麻呂であった。 「あれ、お知り合いだったのですか?」 「うむ! 振のかしん――んぐんぐ!!」 「ほーら、お嬢様高い高ーい」 またもや宜しくない事を口走りそうになった振々を、アキヒロは顔面固め状態で持ち上げる。 「旅の共の者だ。確か宿を探しに行ったのではなかったのか?」 「どこも満室やったから、ここに間借りさせてもろとる。今日の宿はここや」 と、兵真の問いかけにまるで我が家の如く寛ぐ鬼麻呂はクイクイと中へと手招きをした。 「ふぅん、ここか」 「じっくりと話を聞こうか‥‥って、ひめ――じゃない、お嬢様?」 「む? おう、振の家臣そのよ――もが!」 「なんだお前達も来たのか。うん? その人は?」 伝助の高速団子スローイングにより口封じされた振々はほっといて、話を進める兵真達。 「佐平!?」 しずめと熾弦に引っ立てられたスリの男に向け、お鈴が飛び込んでくる。 「あんた、もしかして、また!」 「‥‥」 胸ぐらを掴むお鈴に、佐平は無言で俯く。 「なんだか事情がある様だな。よかったら話してくれるか?」 一触即発の雰囲気に、兵真が割り込んだ。 「一宿の恩だ。何か力になれるかもしれない」 その後、佐平とお鈴は一行に事の顛末を何一つ隠す事無く伝える。 そして、一行は思った。 『え、マジな騒動じゃん!』と。 ● そこからの一行の行動は実に的確で素早いものであった。 湯屋で仕入れた熾弦の情報を元に、暴利を貪る千秋屋のアジトを突き止めたしずめは、伝助が表で囮になっている間に潜入。そこで一冊の台帳を見つけた。 「‥‥自分でわざわざ証拠を残すやなんて、アホやな」 台帳には、ご丁寧に千秋屋が送った賄賂の額と送り先、そして、見返りの項目が理路整然と書き記されていた。 「印鑑まで押してあるわ‥‥。ほんまアホやな。これ一冊でいいのがれできひんやん。ま、几帳面なんは認めたるけど」 呆れながらも目的の物を仕入れたしずめは音もなく闇へと溶けた。 そして――。 「お奉行様、今日もご機嫌麗しゅう。先日はあの件のこと、ありがとうございました」 いつものお奉行のお屋敷に千秋屋は訪れていた。 「そんな事はどうでもいい。‥‥わかっているだろう?」 「は、承知しております。今日の菓子は特別黄金に輝いて――」 「おっと、そこまでにしとこうか」 「な、なに奴!」 いきなり響いた声に、二人は腰を浮かし刀を手に取り中庭へ視線をやった。 そこにあったのは――。 「弱き者を食い物にし、利益を貪る畜生ども!」 「天が許してもボク達は許しはしないよ!」 兵真、アキヒロを従えた振々の姿だった。 「な、何を根拠に!」 「ふんっ、これが証拠じゃ!」 と、明らかに目を泳がせる千秋屋に振々は、しずめがこっそり拝借した台帳と小遣い帳を突き付けた。 「そ、それは!」 「なんや、決め道具が無いとしまらへんなぁ。武天の姫さんから印籠でも借りれば早かったんやけど」 「流石に面識のない者に家紋入りの印籠は貸してくれないでしょうね」 遠回りにも見える演出に鬼麻呂は些か不満げなご様子。 「だ、誰だか知らんが我等の秘密を知った以上は死んでもらう! 皆の者やれ!」 と、台本通りの台詞を吐いた千秋屋は、金で集めたすご腕の用心棒を召喚するが、待てど暮らせど十数人にも及ぶ自慢の用心棒達は姿を現す気配が無い。 「‥‥おい! お前達、何をしている! 早く出会え!!」 「あれで用心棒なんか。まぁ、あの程度やったら10倍は用意しとかななぁ」 心配になって控室を覗きに行った千秋屋は鶴型手裏剣により倒された用心棒達と、その上で胡坐をかくしずめを見つける。 「くっ‥‥! こ、こうなったら、質より量で!」 と、用心棒は諦めたのか、塀の外でたむろっているであろうやくざ者に、口笛を吹いた。 「あ、やくざ者はこないっすよ?」 しかし、代わりに現れたのは伝助。その手には首級の代わりなのか何本もの褌が握られていた。 「諦めるんだな」 「なっ‥‥! げはぉ!?」 全ての手を失いうろたえる千秋屋は、目にも止まらぬ兵真の一撃を腹に受け卒倒した。 「さぁ、残りは貴方だけです。まだやりますか?」 一人ぼっちとなったお奉行にアキヒロが刀の柄に手を添え一歩近づく。 「ぐぐ‥‥」 お奉行は最早これまでと、手にあった刀を離した。 こうして、ちょっと本気を出した一行の活躍により、兼歩にのさばっていた悪はきれいさっぱり滅ぼされる。 「悪は滅びるのじゃ!」 しょっ引かれる小悪人どもを眺め、振々は満足気に胸を逸らしたのだった。 |