【炎華】四面楚歌−反攻
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/30 17:31



■オープニング本文

●理穴
 天儀歴1009年秋。
 かつて理穴の静謐は、人ならざる者の暴虐に犯される。
 灼熱と剛力を操る大アヤカシ『炎羅』率いる大群は、圧倒的な物量をもって理穴の国土の約半分をアヤカシ達の住まう聖域『魔の森』へと変えた。

 しかし、理穴の民、そして天儀の全ての国は、この暴挙を許しはしなかった。

 緑茂の里へと一大侵攻作戦を決行する炎羅率いるアヤカシ軍に対し、天儀連合は反撃の狼煙を上げた。
 儀弐王重音を中心とした王国連合に加え、対アヤカシの専門家『開拓者』までが戦線に加わる。

 圧倒的な力を振るうアヤカシ軍に対し、人類連合軍は和の力を持って対抗する。
 日夜問わず繰り広げられる激戦において、両軍は己が存続を賭け、総力を挙げて相対した。

 そして、ついに戦の幕が下りる。

 開拓者達が、首魁『炎羅』の首を取ったのである。
 大アヤカシの討伐という前代未聞の出来事により、アヤカシ達の統制は一気に瓦解した。



 そして、時は流れ――天儀歴1012年春。

 主を失った魔の森は、その勢力を徐々に減退させていた。

 これを好機と見た儀弐王重音は、家臣へ国土の奪還を命じる。
 儀弐王の勅令の元、幾度となく大規模な魔の森焼き討ちの軍が編成され、ある部隊は魔の森を根こそぎ焼き尽くし、ある部隊は炎羅軍の残党であるアヤカシを掃討した。

 そして、ここにも魔の森討伐の任に就いた一軍があった。

 並んだ射手が、一律の角度へ矢先の炎を掲げる。
「てぇぇーー!!」
 軍配が振り下ろされると同時に放たれた炎の流星群は、蒼の空に朱の軌跡を無数に描き森へと消えた。
 数秒。
「着火を確認!」
 望遠鏡を覗き込む斥候が最初の声を上げる。
 夜を落した様な暗紫を湛える森にぽぅっと真紅が揺れたと思った瞬間、炎は奔流となり一気に黒を朱に染め上げた。
「総大将、成功ですな! これで魔の森がまた後退いたしますぞ!」
 皺枯れた声に歓喜を滲ませる老将は、童子の様に興奮で震える。
「‥‥まだだ。この程度で不浄の森が焼けるものか」
 巨大な和弓の石突を地面に突き刺し、佇むはこの一軍を指揮する総大将。
理穴の老中にして、女性ながら理穴の軍部最高位『大番頭』を務める『袖端 友禅』は、晴れぬ表情で鋭い双眸を森へと向けていた。
「母様」
 と、声は足元から。
「振か‥‥お前はこの森をどう見る。意見を聞いてやる」
 友禅は足元へ視線を落す事無く問いかけた。
「よく燃えておる! このまま一気に両翼の森も焼いてしまうのじゃ!」
「流石ご息女様! 母上に似て何と勇敢な事か! それでは早速、部隊の再編をして――」
 息女と呼ばれた少女『袖端 振々』は、老将の絶賛にふふーんと鼻を鳴らすと、どどーんと無い胸を一杯に張る。
「‥‥待て」
 うんうんと振々の姿に満足げに頷く老将が上げた軍配を、友禅が止めた。
「‥‥何かがおかしい」
 眼前には佇む黒い瘴気を纏う森は、まるで枯れ葉に火種を落した時の様に、煌々と紅炎を巻き上げている。
「何を躊躇います! これほど盛大に燃えているではありませぬか!」
「そうなのじゃ! いくら魔の森といっても、この勢いでは復活など出来ぬのじゃ!」
 魔の森はその性質から通常の炎では燃えにくい。例え燃えたとしても、すぐに鎮火・再生してしまうのだが‥‥。
「そうですとも! 炎羅を失った魔の森など、枯野を焼き払うが如しですぞ!」
「うむ! よく言ぅたのじゃ! 振が母様に代わって指揮を取るのじゃ!」
 しかし、主を失った魔の森はその例に漏れる。通常の炎でも焼き打つ事が可能となるのだ。
 老将と振々は、勝利を確信し嬉々として軍配を振るおうとするが――。
「待てと言っておるだろう」
「ぐおぉぉっ! 指が眉間に‥‥眉間に食い込んでおりますぞっ!?」
「は、母様っ!? い、痛いのじゃ! 頭が潰れるっ!?」
 友禅は暴走しかけた二人の頭を掴み、握力だけでギリギリと締め上げる。

 その時、ざわりと森が揺れた。

「も、森がっ!」
 最初の声は後方の輜重隊からだった。
「森が塞がっていくぞ! 一体どうなっているんだっ!」
「お、おい! このままじゃ退路が!!」
「後方よりアヤカシの一軍! ぎゃぁぁ! 助けてくれぇ!!」
 最初の声を皮切りに、次々と巻き起こる混乱。

「な‥‥!」
「は、母様っ!」
「うろたえるな。‥‥やはりそういう事か」
「そういう事‥‥ですと?」
 一人、動揺することなく佇む友禅に、老将は恐る恐る問いかける。
「我等は罠にはまった」
「な、なんじゃと!?」
 掌の中でわきゃわきゃと喚き散らす振々を睥睨した友禅は、退路を塞ぎゆく森へと向き直ると、
「こんな見え透いた罠にかかるとはな‥‥」
 自嘲しながらもようやくの手応えに、刹那――笑った。
「聞け理穴の勇士達よ! 我等は姑息なアヤカシの罠にはまった!」
 そして、動揺する部下達に向け凛とした声を上げる。
「なっ! 母様、何を言っておるのじゃ! そんな事を言えば、兵達が混乱して――」
 友禅の一言に一気に広がった動揺を見て振々が声を上げるが。
「わからぬか、振よ」
「む‥‥?」
「この状況、誰がどう見ても罠に落ちたは明白。くだらぬ言い訳で動揺を回避しようとすれば、それは逆効果だ」
「むむ?」
「言わねば疑心が生まれる。そして、疑心は疑心を呼ぶ。そうなってはもう手はつけられぬ。よく覚えておけ」
「う、うむ!」

「全方位の魔の森に対して、円陣にて当たる! 前衛は盾を持ち防御に徹せよ!」
 迷いなく発せられる友禅の檄に、理穴の兵達は動揺を納め、一糸乱れぬ動きで陣を変形させていく。
「‥‥これでしばらくは耐えられるな。おい! 兵糧の残りは!」
「は、はい! 糧食は切り詰めても2週間分!」
「切り詰める必要無し! 倍する量を与え、兵の士気を高めよ!」
「そ、そんなっ!?」
「復唱はどうした!」
「は、はっ!」
「矢の残り、火矢の油は!」
「潤沢に!」
「よし!」
 まだ戦える。友禅は次々と返ってくる報告を聞き、静かに頷いた。
 そして、再び兵達へ向き直ると、腹の底からの咆哮を上げる。
「聞け、理穴の勇士達よ! この程度で我等を罠にはめたとつけ上がるアヤカシどもに、黒灼の一矢をくれてやるぞ!」
『おぉぉぉ!!』

「‥‥私は勝てるのか」
 士気高い鬨の声を聞きながらも、友禅の胸の内には不安の炎が揺れる。
「ち‥‥こんな時にあいつの顔が浮かぶとは」
 同時に脳裏に浮かんだのは、憎たらしい好敵手の皺の寄った顔。
「‥‥開拓者達!」
 一瞬浮かんだ幻想を振り払い、友禅は身支度を整える開拓者達を呼ぶ。
「お前達にも出てもらう。払った報酬分は働いてもらうぞ!」

 士気は上々。だがそれだけだ。
 敵の術中にはまったこの状況でまともに撤退させてくれるとは思えない。
 やることはすべてやる。必ずこの囲みを破ってみせる。だが、それでも及ばぬ時は――。
「死を覚悟せねばならぬか」
 友禅の呟きは誰の耳にも届く事無く、戦場の『声』にかき消された――。


■参加者一覧
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
カルロス・ヴァザーリ(ib3473
42歳・男・サ
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
破軍(ib8103
19歳・男・サ


■リプレイ本文

●魔の森
 魔の森が塞がれ一週間が過ぎた。
 どこに首を振っても見えるのは魔の森。じわじわとその死の足音を近付けていた。
「右翼へ向け、火矢一斉正射! 次いで、後方へ一斉射!!」
 友禅が長い戦いで枯れた声を張り上げる。
「火矢が足らんぞ! 死にたくなくば急げ!」
「はっ!」
 軍を指揮する友禅は昼夜問わず指揮に立ち、指示を出すと共に軍を鼓舞し続けていた。
「‥‥そちらはどうだ」
 ふと、音量を落した声で呟いた。
「駄目だな。水の中に耳を突っ込んだみてぇだ。ぼやけて何の音だかわからねぇ」
 答えたのは御神村 茉織(ia5355)。友禅のすぐ背後で兵に気取られぬよう小さく答える。
「援軍はまだか」
「‥‥本当に来るんだろうな?」
「さぁ、どうだかな‥‥くっ」
「おっと」
 軽い眩暈に体勢を崩しそうになる友禅を茉織が支えようと手を伸ばすが。
「‥‥余計は世話はいらん」
「ったく、親子揃って素直じゃねぇな」
 友禅は手を差し出すだけでそれを止めた。
「まだ、倒れる訳にはいかん」
「無理はダメなんだよっ!」
「お、おいよせ!」
 しかし、石動 神音(ib2662)がふら付く友禅に組みつく。
「今、かーさま――えっと、振々ちゃんのって事なんだよ‥‥が倒れたら、軍が全滅しちゃうんだよ!」
 途中、少し悲しげな雰囲気を見せた神音だが声を大に友禅に抱きついた。
「そんな事は分かっている! ええぃ、離せ!」
「神音を杖代わりにしてくれていいんだよっ! だから、援軍が来るまで絶対に倒れちゃダメ!」
「‥‥」
 腕に力を込める神音の必死な言葉に、友禅はふと力を抜いた。
「‥‥わかった。無理はしない。だから離してくれるか?」
「ほんとーに?」
「ああ、少し休ませてもらう――おい!」
 と、神音の頭をぽふりと撫でつけた友禅が老将を呼ぶと。
「はっ!」
「しばし指揮を任せる! 現状を維持しろ!」
 簡潔に命を下した。

「このままじゃと押し潰されるのじゃ‥‥」
 いつも気丈で不遜な態度を崩さぬ振々が、珍しく不安げに呟く。
「大丈夫よ。そんな事は私がさせないわ」
 小さな肩にポンと手を置くユリア・ヴァル(ia9996)は、力強く言い切った。
「なんて顔してるのよ。それでもこの軍の参謀さんなの?」
「ぬ? 参謀じゃと?」
「あら違った? 振ちゃんがお母さんに献策してるものだと思ってたんだけど‥‥過大評価だったかしら?」
 と、ユリアはわざとらしく肩を落とす。
「む! 当然なのじゃ! 振の献策あってこそ――」
 当然、振々は激しく反論する。
「そうそう、その顔よ。振ちゃんが沈んでたら士気が落ちるわ。お母さんの様に大胆不敵に行きましょ♪」

「ちっ、アヤカシ如きが小細工を弄しよって‥‥!」
 迫る魔の森は焼く度に後退はすれど、すぐに再生・浸食を繰り返す。
 カルロス・ヴァザーリ(ib3473)は野太刀で一刀両断にした魔の木を踏みにじりながらギリッと奥歯を噛んだ。
「ふっ‥‥アヤカシにも頭の回る奴がいるな」
 そんなカルロスの横で、魔の森を眺めつつ不敵に微笑む破軍(ib8103)。
「何が可笑しい‥‥騙されるのがそんなに嬉しいか。相手の掌の上で踊らされるこの状況が‥‥!」
 語気を強めカルロスは溜まった鬱憤の一端を破軍に向ける。
「そちらこそこの状況をもう少し楽しんだらどうだ? 知恵のあるアヤカシなど滅多に出会えないぞ」
 しかし、破軍はまるでこの状況を楽しんでいるかのよう。
「弄ばれるのがそんなに好きならおまえだけで楽しんでいろ」
 価値観の違う破軍を一瞥し背を向けたたカルロスは魔の森へと歩み寄る。
「いい気になるなよヤカシども‥‥必ず俺が狩ってやる。首を洗って待っていろ‥‥!」
 苛立ち滲む呟きと共に、禍々しい形状をした木に再び野太刀が振り下ろされた。

「それには俺も同意だ」
 苛立ちのままに太刀を振り下ろすカルロスの背を眺めながら、破軍もまたくるりと背を向けた。
「理穴の精鋭をこの状況にはめた事は褒めてやろう。だがな――」
 すらりと音もなく刀を鞘から奔らせる。
「俺達がいた事が、お前達の不運と知れ!」

 森は迫り、空からは爆撃。
 八方塞どころか上方まで塞がっているこの状況でも、フレス(ib6696)は笑顔を絶やさない。
「もう少しの辛抱なんだよっ。きっと援軍が駆け付けてくれてるからっ」
 傷付き、疲労困憊の兵たち一人一人に声をかけ笑顔を向ける。
「さぁ、今はお腹いっぱい食べて、もりもり力をつけるんだよっ!」
 閉じ込められてすでに一週間。友禅の鼓舞だけではきっと折れていた兵士達の心を繋ぎとめていたのは紛れもない、フレスの笑顔と元気だろう。
「大丈夫! 理穴軍が森の中で負ける訳ないんだよっ! ‥‥え?」
 兵士達を元気づけていたフレスの頭の中で何かが弾ける感覚。ふと見上げた空に――。
「あれは‥‥?」
 澱む空に光る一条を見つけた。


「――援軍か」
 フレスが見つけた光は魔の森の外に現れた援軍、羽柴軍からのものであった。
「やっと来たんだねっ!」
「これで帰れるのじゃ!」
 援軍来るの報に、友禅の元に詰めた者達から歓喜の声が上がるが、
「騒ぐな」
 友禅は神妙な面持ちで一喝する。
「まだだ。まだ援軍をアヤカシどもに気取られる訳にはいかん」
「なんでなんだよ? 皆に聞かせれば、士気もあがるとおもうんだよっ」
「士気は上がろう。だが、それで本当に突破できるかはまだわからん」
「森の規模も敵の数も不明、か。確かに不確定要素が多すぎるな」
「文に首魁と見られるアヤカシに奇襲をかけるとある。なれば――」
「理穴全軍をもって囮になる、か。まったく大胆な策だな」
 友禅が話すよりも早く、破軍がその本意を見抜く。
「おい、この期に及んでまだちまちま策を弄するのか」
「貴様には貴様の働きがある。今は十分に気を蓄えておけ。真打としてな」
 すでに溜まりきった鬱憤をまだ溜めるのかと、あからさまに不機嫌カルロスに対し、友禅は不敵に微笑む。
「指揮はどうするの? 流石にこの人数で一芝居となると大事よ?」
「うむ、それには考えがある。皆、耳を貸せ」
 不敵に微笑む友禅に皆は顔を寄せた。


「攻撃はいい、防御に徹しろ!」
 各隊が奮闘を見せる中、中央に陣取る友禅から檄が飛ぶ。
「陣を強固に。各隊は開拓者の指示に従え!」
 理穴軍は4つに分割され、開拓者達の指揮下へと入っていた。

「これでよしっと。気付いてくれるかな‥‥」
「きっと大丈夫。私、運はいい方なんだよっ!」
 狼煙銃をばらし火薬を取り出した神音に、フレスがにぱっと微笑みかける。
「うんっ。それじゃ着けるねっ!」
 神音が組まれた狼煙台に火をつけると、たちまち登る紫色の煙。
「成功なんだよっ! でも‥‥本当にいいのかな? これ援軍要請の狼煙、だよね?」
「うーん、いいと思うんだけど‥‥友禅かーさまがこれしか教えてくれなかったし‥‥」
 見事に上がった信号狼煙を見上げながらも、二人は大いに不安を抱く。
 それもそのはずこの狼煙の意味する所は‥‥『我ここにあり。恐れぬならばかかってこい』というものだから。

「よし上がったな。弓隊十歩後退するぞ! 盾を上に掲げろ!」
 上がった狼煙を確認し、分隊を指揮する茉織が上空の攻撃へ意識を向けさせる。
「逸れるもんは気にすんな! 俺が残らず落としてやる!!」

「敵は一撃離脱しかしてこないわ! ゆっくり後退して盾と盾の隙間を無くすわよ!」
 再生した魔の森から散発的に来る攻撃に、分隊はユリアの指示で亀の如き鉄壁の陣を形成していく。
「こんな所で命を落すなんて愚かよ。みんなもそう思うでしょ♪」

「貴様等の相手はこの俺だ!」
 破軍が森の最奥へ向け、耳を劈く咆哮を上げる。
「出てきた所を一斉に叩く! 狙いを迷う必要はない、一番近い相手に全力で射掛けろ!」
 ざわりと森が揺れ釣られたアヤカシが姿を現すのと、理穴軍が破軍の指示で矢を射かけるのは同時であった。

「そんな所で高みの見物か‥‥臆病者どもが!」
 たっぷりと怒気を内包した咆哮が空を旋回する鳥アヤカシに向けられる。
「なんてな。――お前らの様な雑魚に用は無い!」
 咆哮の挑発に乗せられ急降下してくる鳥に、カルロスはあらん限りの殺気を孕んだ発気で迎撃した。
 それが拍子となったか鳥アヤカシは火炎糞を森へと誤射する。
「ち‥‥役にも立たぬ糞共が‥‥」
 しかし、思惑通りにいかぬ結果にカルロスの機嫌は更に悪化。魔の森へと落下した火炎糞は呆気なく鎮火したのだった。

 防御に徹した戦が続く中、それは前触れもなく訪れる。
「あれは!」
 そうフレスが叫んだと同時、空には天へと登る一条の筋が現れた。


「‥‥いい度胸だ、杉明」
 天へ昇る緑の狼煙を睨みつけながら肩を振るわせる友禅の背後には鬼気が浮かぶ。
「‥‥あー、なんだその、とりあえず落ち着こうな?」
「う、うむ、茉織の言う通りなのじゃ!」
 友禅の怒りの理由はもちろん、狼煙が示す内容だろう。
「なぁ、姫さん。こんだけ怒るって、一体あの狼煙どんな意味があるんだ‥‥?」
「振も知らぬ‥‥み、緑など見た事無いのじゃ‥‥」
 声をかける事さえ躊躇われるほど怒気を孕んだ友禅を遠巻きに見つめる茉織と振々。

「‥‥全軍に告ぐ!」
 そんな二人の気苦労を知ってか知らずか、全軍へと向き直った友禅は咆哮にも似た声を上げた。
「援軍は来ぬ!」
『なっ!?』
 その一言に絶句する全軍。
「しかし、我らに弓神の宣託が来た! いいかよく聞け! 我等の真の敵は魔の森を抜けた先にあり!! 雑魚アヤカシなど放っておけ! 再生した魔の森に全軍で突撃する!!」

「はっ! ようやくか! 退屈で死ぬかと思ったぞ!」
 友禅の檄にいち早く反応したカルロスが駆ける。
「アヤカシども‥‥いい様にもてあそんでくれた礼、今からたっぷりと返してくれるっ!!」
 目指す魔の森へ向け、野太刀を構え単騎突撃した。

「なんだかさっきの狼煙が大変な事を巻き起こした感じがするんだよ‥‥!」
「あら、いいじゃない。楽しくなってきたわ。一体森を抜けた先に何が待っているのかしら♪」
 いきなりの方針転換に戸惑うフレスにユリアが微笑みかける。
「何って、敵だって振々ちゃんのかーさまが言ってたんだよ‥‥?」
「敵、ねぇ。一体何の敵がいるのかしら?」
 かくりと小首を傾げる神音にも、ユリアは楽しそうな笑みを浮かべたまま。
「何の敵‥‥? アヤカシだと思うんだよ?」
「ほんとにそう思う?」
「え? 他の敵って‥‥?」
 フレスも神音もユリアの言っている事が何の事だかさっぱり分からず互いに顔を見合わせた。
「もしかしたら――恋敵、かもね」
 くすくすと一人得心したユリアを、二人はぽけーと見つめた。

「殿につく! フレス、行くぞ!」
「わかったんだよ!」
 破軍は自ら率いる理穴軍とフレスを率い、軍の最後尾へと移動する。
「それじゃ、私達はこっちね」
「うん! カルロスおじさまだけに任せておけないんだよ!」
 カルロスが切り開いた小さな道をユリアと神音が見つめる。

 戦況はすでに逆転した。挟撃していた筈のアヤカシ軍は、今逆に理穴の二軍によって包囲される羽目となる。羽柴軍、袖端軍、理穴の二大老中が率いる軍による、魔の森討伐の反攻の狼煙が、今上がった。


 野太い刀の一薙ぎが木々を数本根元から切り倒す。
 先程までいくら切れどすぐに再生していた森の木々の再生速度は、明らかに落ちている。
「下らん‥‥」
 一薙ぎごとに吐き出す筈の鬱憤は逆に溜まるばかり。
 気配はすれど姿は見えず。
 破竹の勢いで突き進むカルロスを恐れているのか、それとも罠なのか、アヤカシ達は一向に姿を現さない。

 ひゅ――。

「――む」
 空気を切り裂く落下音に、カルロスは異音に振るった太刀を盾代わりに身構えた。
 直後、前方の森から朱金の光と共に巨大な衝撃破が襲いかかる。
「――随分イライラしてるのね」
「カルロスおじさま、単騎で進むと危ないんだ?」
 身構えた姿勢のまま固まるカルロスの背後から、ゆるりと姿を見せたのはユリア達だった。
「さぁ、あぶり出してあげるたわよ。溜まってたんでしょ?」
「アヤカシがいたら理穴軍の人達も安心して通れないんだよ!」
 不敵に微笑むユリアと、グッと拳を握る神音。
 隕石に穿たれたクレーターに、周囲の森からアヤカシ達が這い出して来る。
「く‥‥くくく! いいだろう、おまえの策に乗ってやる!」
 それは自ら渇望した獲物。ようやく目の前に姿を現した餌。
 カルロスは狂人にも似た笑みを浮かべ、現れたアヤカシへと突撃した。
「わわっ! カルロスおじさま!?」
 単騎駆けて行くカルロスを神音が慌てて追う。
「さぁ、本命はどちらに姿を見せるかしらね」
 ユリアは見晴らしの良くなった森の先、羽柴軍があるであろう方角を眺め、小さく呟いた。


 殿と言えば戦の花形にして、死地。
 しかし、破軍とフレスが率いる理穴軍にとっては一方だけに気を張っていればいいこの状況は、逆に余裕をもたらした。
「当てる必要はない! 矢で『道』を作ればいい! 後は俺達が始末する!」
 破軍の合図で右翼左翼に一斉射される矢の雨。
 理穴軍を追う為に姿を現したアヤカシ達は、矢を避けるため、必然的に中央による事となる。
「ここから先は通さないんだよっ!」
 あぶり出される様に一か所に固まる獣の姿をしたアヤカシ達に単騎突入するフレス。
 淡い水色の衣をたなびかせ舞うその姿には、棘があった。
 両手に握られた刃が光の軌跡を描きながら、直進しかできぬアヤカシ達を切り裂いていく。
「これが戦術というものだ。貴様達の様な小賢しい罠とは根本的に違う――命を狩り取る術だと知れ!」
 フレスの間隙を縫って攻めよせるアヤカシを地断撃で撃ち払い、破軍は不敵に微笑んだ。


「二人一組だ! 前進するのと同時に上への警戒も怠るなよ!」
 空から襲ってくる火炎糞は、茉織と指示を受けた理穴軍によって尽く撃ち払われる。
「一発でも落ちたら10人死ぬと思えよ! ――ん?」

 突如、耳に届く笛三つ。

「む、あれは」
「どうした、何の合図だ?」
「首魁撃破の合図なのじゃ!!」
 魔の森の奥から響いてきた呼子笛に、振々は歓喜の声を上げる。
「母様!」
「うむ。どうやら我等の天命はまだ残っていたようだ」
 見上げる娘の瞳に、ようやく母親らしい笑みを浮かべた友禅に、
「へぇ、そんな顔もでき――イエ、ナンデモアリマセン」
 感心した茉織に突き付けられたのは矢の切先。
「聞け、理穴の兵よ! 我等を姑息な罠にはめたアヤカシは滅んだ!」
『うおぉぉぉ!!』
「理穴の勇兵よ! この薄汚い魔の森を一気に抜けるぞ! ――真の敵は目の前だ!!」
 不敵に微笑む友禅の口から発せられた最後の檄に、理穴軍、そして、開拓者の皆から呼応の声が上がった。


 再生を止めた魔の森を開拓者達を筆頭に友禅率いる理穴軍が蹂躙していく。
 そしてついに、
「見えた! 出口なのじゃ!」
 眩い閃光と共に魔の森の口が開かれた――。