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■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 宵の月が紅に染まる時。 其の内に秘めし負の渦が眠りを覚ます。 解き放て――。 内なる声に囁くままに。 喰らえ――。 未来永劫満たされぬ欲望の為に。 其は我、我は其。 回帰せよ、本来あるべき姿へ。今こそ目覚めの時だ、我が眷族達よ! 「ふふっ、ふふ、くすくす‥‥ようやくこの時が来ましたのね」 艶美な響きの中にも幼さを残す声が響いた。 「我等が本懐を遂げる為に集いし眷族達。実に壮観ではありませんか‥‥って、御姉様はまだ到着していませんの?」 眼下にはいずれも一騎当千を誇る十の影が膝を折る。 ここに集いし眷族達は我等二人の忠実なる僕。そして、この者達を指揮する上級アヤカシの二人。妖華『禍輪』は動かしづらい首を何度も振り、その片割れを探すが。 「おかしいですわね、確かにこの時間、ここで集合と仰ってましたのに‥‥まさか今になって怖気づいた‥‥とか?」 何度見ても待ち人の姿は無い。禍輪は曲がりにくい首を傾げる。 「‥‥そう、きっとそうに違いありませんわ! この期に及んで逃亡などと、本来であれば万死に値する行為ですが、それもいいでしょうっ! このアヤカシ界随一の美少女アイドル禍輪が、あの年ま――」 「どこを みているのだ」 突然の声に妖華はびくりと肩?を竦ませる。 「おおお、御姉様、いらっしゃるのなら最初からそう言ってくだされば‥‥‥‥‥‥って、声はすれども姿は見えず‥‥一体どこにいらっしゃいますの?」 ぎぎぎと動かしづらい首を声のする方へ振るが、そこに声の主の姿は無い。 「‥‥なるほど、御姉様お得意のすとーき‥‥いえ、霧化ですわね。御姉様、意地悪なさらず、御姿をお見せくださいませ」 霧に紛れるは亜螺架の得意技。禍輪は騙されないぞと身を構えるが。 「ついに のうみしょまで ねが はえたのか。われは しゃっきから ここに おる」 返ってきた声は明らかな呆れを含んでいた。その憎たらしいその口ぶりはいつもの亜螺架のもの。しかし、その声にはどこか‥‥あの亜螺架からは想像もできない‥‥幼さが覗いていた。 禍輪は動かしにくい身体をなんとか捩り、亜螺架の姿を懸命に探す。そして――。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?」 たっぷりの時間をかけ、禍輪はようやく声を口にした。 「お、御姉様‥‥なのですか?」 「われいがいの なにに みえる」 それは眼下にあった‥‥いや、居たのは齢にして5にもようやく届くかという幼女。 不機嫌そうに眉根を顰める少女は黒き衣に身を纏い、幼いながらも端麗な、まるで人形の様な美貌を備える。 そして、唯一色をもつ鮮血色の瞳が、それを彼の人だと告げている。そう、黒鎖の王にして黴の統制者、上級アヤカシ『亜螺架』のものであると。だが――。 「そんな、まさか‥‥」 禍輪はその姿に絶句した。 優美に佇み何者にも屈することなく威勢を誇っていたあのアヤカシが、この目の前の少女だとは到底信じられない。 かつては憧れや羨望をもって眺めたその姿だと‥‥。 「一体どうしてそのようなお姿に‥‥‥‥‥‥あ、そうでしたのね。なるほど、そういう事でしたのねっ」 禍輪は無残としか言いようのない姿へと変じた亜螺架に、驚愕と困惑の視線を向ける。がしかし、それは時と共に胸の内から込み上げる笑いへと変わった。 「あの戦いが‥‥なるほど」 亜螺架は開拓者との一戦に置いて手ひどい傷を負ったと聞いていたが、まさかこれほどとは。 「ふふ‥‥ふふふ‥‥くすくす‥‥」 「きみのわるい やつだ」 不気味に不敵にほくそ笑む禍輪を、亜螺架はジト目で見上げる。 「ついに‥‥ついに私の時代がやってきましたのねっ! 若輩者と散々罵りを受け続け、それでもなお卑屈になることなく懸命に先達のいびりに耐え続けた日々‥‥あの苦しかった日々がついに終焉を迎える!」 「‥‥へんな しぇかいに とんでいるな‥‥」 「さぁ、御姉様! いえ、亜螺架! ついに私達の関係に下剋上が、そう、下剋上が起こりますのっ!」 「む」 「会うたびに花びらをむしられ、気に食わねば尻を叩かれたあの日々。本来であれば今ここで溜まりに溜まった『ツケ』を一切合財お返しする所ですけど‥‥‥‥しかし、私は慈悲深きアヤカシ。そのような姿になり下がった貴女に斯様な酷事は致しませんわ」 「なにを いっている」 「そう、私は貴女を決して見捨てたりはしませんっ。これからは私の下僕として散々に目茶目茶にこき使って差し上げまして――」 「いいかげん うるしゃいじょ ぼんしゃい」 しかし、甘美なる一時は亜螺架の一言によって、停止させられた。 「ぼっ!? こ、この流麗な一本刺しを見て、あろうことか盆栽ですってっ!? いくら御姉様とは言え言ってよい事と悪いことがありましてよっ!!」 亜螺架の一言に激昂する禍輪は、動かしにくい身体を精一杯張りこれでもかと、自らの美を強調した。 白磁の四角盆から見事に伸びた新緑の茎は、水滴を湛えエメラルドの輝きを放つ。 視線を上にやれば、4葉の葉が朝露に濡れ、遊女の項の如き妖艶な深緑を見せる。 そして、何より目を引く大輪。真夏の太陽の如く爛々と輝き咲き誇る真っ赤な12対の花弁だ。 「まさにパーフェクト! この見事なスタイルをして、妖華アヤカシ界のアイドルたるこの禍輪を、事もあろうに盆栽呼ばわりとは‥‥いくら御姉様とは言え、全国三千万の禍輪ファンが黙って――」 「うるしゃい」 ちょきちょきっ。 「ちょ、ちょっ!? そ、その凶悪的なフォルムをもった無粋な代物は何ですのっ!? それで私に何をしようとっ!?」 「ばかとはしゃみはつかいよう」 ぱちんぱちんぱちん――。 「い、いや、御姉様っ!? ことわざの使いどころが違いますわっ!? は、葉はダメですっ! 四枚しかありませんのよっ!?」 「うるしゃいじょ」 ぽきぽきぽき――。 「わ、私の優美な葉が‥‥って、今度は何ですのっ!? 何故拳を鳴らしてらっしゃいますのっ!?」 「もんどうむようじゃ」 ぶちぶちぶちっ――。 「ちょ、ちょっと!? それだけは、その雌蕊はダメ‥‥雌蕊はダメですわっ‥‥! アッ――」 ● 「ものども! ときは みちた!」 樹液きらめく鋏を掲げ、眼下に侍る一騎当千の影達に檄を飛ばす。 「いまこしょ うちなるこえに みみをかたむけ おのがよくぼうを ときはなつのだ!」 亜螺架の発する檄に、地に侍る黒の眷族達は立ち上がり鬨の声を上げる。 「しゃぁゆけ! われらがいかりを ぐげんし にんげんどもを めっしぇよっ!!」 歓喜と狂気の渦に包まれる中で亜螺架は確信する。この者達の力をもってすれば、憎き開拓者共を根絶やしにできると。 そして、小さく口元を吊り上げると、右手に持ったぐったりと萎れる禍輪を軍配代わりに――振るった。 |
■参加者一覧
シュラハトリア・M(ia0352)
10歳・女・陰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
水月(ia2566)
10歳・女・吟
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●神楽の街 神楽の街――『開拓者』達の住まう街。 異能者達の都、光の都市――二つ名は数あれど、そこは正真正銘、人類最後の砦である。 開拓者――人ならざる者『アヤカシ』の最大の敵対者にして、駆逐者。 闇払い、光の守護者――数多の呼び名あれど、それは人類の希望である。 長い天儀の歴史において、常に相対してきたアヤカシと開拓者。 数えきれないほど刃と牙を交え、互いにその生を奪い取って来た。 この未来永劫続くと思われていた不毛な戦い。 しかし、それも過去の話になろうとしていた――。 「うふふ‥‥」 薄ら笑みを浮かべ、銀の双眸が黒煙と朱炎に煙る神楽の街を見下ろした。 「みぃんな、みぃんな、混ざっちゃお‥‥。絵具をぐちゃぐちゃ混ぜて――混沌――一つになっちゃおうよ♪」 一際高い楼閣の天頂から阿鼻叫喚渦巻く神楽の街を望むシュラハトリア・M(ia0352)は、大きな銀眼を艶めかしく細める。 「あは‥‥そう、そうだよぉ。もっと、もっと混ざって‥‥。一つになって、ずっとずっと混ざり合っちゃおうよ‥‥♪」 神楽を燃やす朱炎の赤光がシュラハトリアに白い肌を朱に染める。 人々が発する恐怖と絶望の怨嗟が、優しく背筋を撫でつけた。 「あ‥‥うふっ‥‥はぁ‥‥。き、もちいいぃ‥‥♪」 人の恐怖が、絶望が、下半身から上半身へと駆けあがってくる。 何度となく押し寄せる快楽にシュラハトリアは抗う事無く身を任せた。 「もっとだよぉ‥‥♪ まだまだ、全然足りないんだからぁ‥‥。もっと、あなた達の――」 10にも満たない容姿にはあまりに不釣り合いな、艶美で蜜色の甘声。 「絶望を聞かせてよっ!」 恍惚に震えていた背筋を伸ばし、艶めかしく細められた大きな瞳を見開いて、シュラハトリアは纏った黒衣を広げた。 ぬるり――。 腐った水を湛える沼から這い出す様に、シュラハトリアの心の臓があった位置から黒い地獄の業火を纏った獣が首を覗かせた。 「うふふふ‥‥いらっしゃい、シュラハのわんちゃん♪」 シュラハトリアは身体の中心から『生えた』魔獣の首根っこを力任せに掴むと。 「今日のご飯は、この街だよぉ‥‥。たぁんと、お・た・べ♪」 締め付けられ激痛に悶え苦しむ魔獣の事など気にも留めず、そのまま外界へと引き摺り出した。 ● 果てなき欲望は、人を魔へと変える。 人の生を失い、それでもなお己が欲望を追い続ける者。 それを求道者と尊敬する者もいれば、外道と罵る者もいるだろう。 ただの人では決して辿りつけぬ領域。 人と人ならざる者の境界線。 欲の果てと呼ばれるその先に、人は何を見るのか――。 「はっはっはっ! ついに来たよ。この時がね!」 腹の底から湧き起こる歓喜の渦を押えようともせず、皇 りょう(ia1673)は溢れるままに吐き出し続ける。 「随分と待たせてくれたねぇ! 今日こそ、あんたのその皺の寄った首を盗ってあげるよっ!」 薄く小さな唇は、狂気と熱気に染まり朱に輝く。 金と朱の泰国風のドレスに包まれる身体は、怒気と歓喜に震える。 「さぁ、アタシに見せておくれよっ! あんたの力を! あんたの刀を! あんたの生を!」 かつて、絹の肌、銀の髪をもって白き武神と称えられた姫武者の――その、なれの果て。 狂気と恐怖が渦巻く神楽の大通りを、ゆっくりとゆっくりと、一人向う。 「そのすべてを受け入れてあげるよ! さぁ、喜びな! さぁ、狂いな! 共に行こうよ、まだ見果てぬその先にさぁ!!」 熱狂を振りまき、全てを滾らせるりょうの気。 襲い来る開拓者共が狂気と熱気に震え狂い、それを一刀の元に斬り伏せる。 命一つに朱点一つ。 刀に刻まれる命の数を確実に増やしながら、一人向う。 「アッハッハッハッハッ!」 狂おしい程に求めた、強い奴の元へ――。 ● 人が求める最大の欲求。 『怠惰』『暴食』『淫乱』。 人が犯す最大の禁忌。 それこそが少女が求めたもの。 何者にも強制されぬ、何人も制止できぬ果て無き欲望。 それを満たす為に、少女は求めた。 力さえあれば、全てがかなう。 そう思った事もあった。 心があるから、邪魔をする。 そうやって一つずつ捨ててきた。 あらゆる技をその手に納め、あらゆる術をその脳漿に刻み、それでもなお満たされぬ渇きは、少女を徐々に蝕んでいく。 力は手に入れた。でも、まだ――。 知恵は手に入れた、でも、まだ――。 いくら手に入れようが何も変わらない。 身体の中心にある渇きは一向に満たされる事はなかった。 「‥‥ここにあるの? ここにはあるの‥‥?」 夜の暗闇さえも白く染めてしまいそうな濃密な白霧。 求める様に伸ばした指先すら霞む霧の中では、自分の姿も視界に映らない。 「‥‥誰か答えて」 水月(ia2566)は掠れる声を霧の中に投げかけるが、返事は無い。 癒されぬ渇きを満たす為、こんな所にまでやって来た。正体もわからぬ亜螺架と名乗る黒のアヤカシの誘いに乗りもした。 しかし、まだ癒される事は無い。渇きは渇きのまま、水月の喉を焼き、腹を抉り続けている。 「‥‥満たして、私の渇きを」 呟きは霧に溶けて消える。 返らぬ答えを求め、水月は小さく一歩を踏み出した。 ● 天使の微笑。 神教会の信徒であれば、そう表現したかもしれない。 人であって人でない。男かも女かもわからない、人外の造形美。 差し伸べられる手は、聖母の温もりを湛え。向けられる笑みは――。 「う‥‥あ‥‥」 とめどなく流れ落ちる血。あれほどまでに痛かった傷は今はだだ温かい。 「ふふ‥‥あなたにはまだやり残した事があるのでしょう?」 降り注ぐ声は真綿の様に柔らかく、春日の様に暖かだ。 「こんな所で朽ちるのは悔しいでしょう?」 悔しい。 力の入らぬ身体が。 アヤカシ如きに後れを取った自分が。 何より、死にゆくしかないこの体が――。 「あなたは開拓者。心強き者――」 白く薄れてきた視界を必死で上に向ける。 「私はその事をよく知っています」 そう、自分は開拓者。人類の希望にしてアヤカシの敵対者。 こんな所で朽ち果てる事はできない。――朽ちたくない。 「さぁ、この手を――」 二度目の誘い。 一度は振り払った欲望が先程開けられた穴から湧き出してくるようだ。 「私があなたを救ってあげますよ」 それは神の救いか、悪魔の囁きか。 名もなき開拓者は引き寄せられるように、ずっとそこにあったフェルル=グライフ(ia4572)の手を掴んだ。 ● 春風が風雲に変わる時。 人の世に、黒の殺風が吹き荒れる。 「貴様らに俺は止められん‥‥」 頸動脈から血を吹き出し倒れていく開拓者達を確認もせず、黒の殺風が神楽を駆け抜ける。 「かりん様は――あちらか」 主あらかにいわれ、目指すは苦戦中のかりんの元。 「‥‥喉が渇く」 以心 伝助(ia9077)は、道を急ぎながらも腹の奥底に止まる不快な淀みを感じていた。渇きは開拓者をいくら屠ろうが癒されてはくれない。 「‥‥貴様、何者だ」 突然進路を塞いだ開拓者に、伝助は睨みをきかす。 「死にたいのか」 強大な力を持つ自分の前に、開拓者といえどたった一人で立ち塞がるなど愚にも等しい。伝助は漆黒の苦無を握り直した。 「待て!」 と、今にも飛びかかろうとした伝助を開拓者の一声が止める。 「お前‥‥伝助だろう! 一体何をやってるんだ! 生真面目だったお前がなんでこんな事を!」 「‥‥貴様、何者だ」 必死で訴えかけてくる開拓者に、伝助は二度目の質問。 だが、今回の質問は少し意味合いが違っていた。 (‥‥こいつは何を知っている) 胸の中でわだかまっていた一つの感情。 「俺のことまで忘れたのか! 共に戦場で肩を並べた俺のことまで!」 「‥‥貴様が俺と肩を並べた‥‥だと?」 「そうだ! 思い出せ伝助!」 開拓者の声には一層熱がこもる。 「‥‥ならば教えろ。俺は何者だ。俺の‥‥この渇きはなんだ」 伝助は問いかける。胸の奥で澱むこの不快な感情の正体を教えろと。 「渇き‥‥って何の事だ。お、お前は開拓者だろ! 早くこっちに戻って――」 「‥‥やはりお前もいらない」 「がはっ‥‥! で、でんす‥‥」 望んだ答えは返ってこなかった。 伝助は一度かぶりを振ると、開拓者の横を駆け抜けた。 「ぐおぉ‥‥うあぁああぁぁっ!!」 苦無の一撃を受け絶命した開拓者を一瞥し、先を急ごうと一歩踏み出した伝助を、強烈な頭痛が襲う。 「なんだ‥‥なん、だ、これはぁぁ!」 ちかちかと瞬く光の断片に見えるのは‥‥景色‥‥いや、これは記憶か? 「‥‥っ、誰、だ!! 誰だ貴様っ!!」 断片は繋ぎ合わさりコマ送りで、ある一場面の再生を始める。 「ちが、う‥‥! 俺は、お、れじゃ‥‥おれのぉぉおおお!!」 再生される場面に伝介は絶叫を上げる。 それは、かつて師と仰いだ者との別れ。自らが下ろした離別の幕であった。 「‥‥‥‥くく、そうか。そうだ」 一頻り叫んだ伝助は、糸の切れた操り人形の如くぴたりと静止する。 「俺の名は伝助。そして、開拓者」 漏れたのは小さな笑い声と、掠れる声。 「だが、今は――」 再びの静止。 「くく‥‥思い出した。全て思い出したぞ‥‥くくくくっ! あははははっ!!」 ● 眼下の絶望が超高空にまで漂ってくる。 漂う血と死の香りの中、ルンルン・パムポップン(ib0234)は静かに深い呼吸を繰り返す。 「すぅ‥‥はぁ‥‥」 ここが一世一代の見せ場。今こそが最大最高のチャンス。胸に手を当て、高鳴る鼓動をあやす。 「ルンルンさん、準備完了です! 地上は阿鼻叫喚の熱気に包まれてますぜ!」 と、脇に侍る小鬼のはずむ声に、ルンルンは小さく頷き開かれたハッチから身を乗り出した。 ――ついに私の夢が。 暴風に乱される髪も気にせずに。 ――叶うんだ! ルンルンは雷鳴轟く曇天へと身を躍らせた。 3基のスポットライトは黒い渦を巻く天空へ。 「あそこに何かいるぞ!」 「と、鳥だ!」 「いや、飛空船だ!」 「違うぞ! あれは――あれこそが我等が超花忍アヤカシアイドル ルンルンたんだ!!」 ステージへと詰め掛けた観衆は数百にも及ぶ。 その皆が皆、スポットライトの交差点を見上げていた。 「みんなっ、お待たせっ!」 数百mもの急降下も何のその。 空中前方三回転伸身二回捻りを華麗に決め、ルンルンは特設ステージに音もなく降り立つと、キランっと眩いウインクを放つ。 『うおぉぉぉっ!!』 「皆、聞いてっ! 私の歌を!」 生まれた時からずっと一緒だった魔法のステッキをぎゅっと握りしめ。 『うおぉぉぉ! L・O・V・E ラブラブ、ルンルン!!』 「――行くのですっ! 『華吹雪血々変化』っ!」 ● 黒翼を羽ばたかせ闇夜を駆ける。 黒衣黒渦を纏いて陰に潜む。 その鋭い眼光に睨まれし者は、例外なく命を攫われる。 『確殺の夜鷹』。 それが暗殺者の名。 百万の軍勢の中にある唯一人の総大将の首を、あたかも稲穂を摘む様に刈り取る。 その爪に、その嘴に、絶えず真紅の血を滴らせ。 その眼に、その羽に、死を纏う。 それが、かつて人であった者の名――。 手を伸ばせば暗雲にも届く場所。眼下には阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。 咲き誇る桜の短き命の様に、地上で散っていく命を高峰 玖郎(ib3173)は無関心に眺めていた。 「‥‥餌共が何を怯える」 憎しみ、怒り、悲しみ、絶望――吹き上げる負の気配を大きく広げた鷹翼で受けとめながら、呟いた。 「必要な絶望は俺がくれてやる。貴様等は何も考えず、ただ殺され息絶えろ」 見下すのは虫や獣以下。ただの餌でしかない者達へ浴びせられるのは、本心。 「それが、貴様らの使命だ‥‥!」 超高空にあって羽ばたき一つせずに止まり続ける玖郎は、徐に片手を天へと向けた。 「さぁ始めよう、俺達の時間だ。今こそ我が元へ還れ、虚空の眷族達!」 暗雲の嘶きは、無数の羽音へ。 玖郎が振り上げた手を合図に、暗雲から次々と産み落とされる、鳥、鳥、鳥。 「‥‥これだけか」 すでに羽音は数えきれないほどの数に達している。 しかし、玖郎は集まった眷族達をくるりと眺め、今日初めて表情を変えた。 「忌々しい開拓者共が‥‥」 眷族をここまで減らした元凶。 今は憎しみの対象でしかないそれは、かつての――。 「俺に続け! 餌共を薙ぎ払い、駆逐し、頭を――獲る!」 胸の奥に不快に蠢く感情を無理やりに叩き潰し、玖郎は澱む空に向けて怒号を発した。 ● 『ヒャハハハハッ!! おい、見て見ろよ! 人間が蟻の様じゃねェか!!』 「‥‥‥‥」 そんなに叫ばなくても、耳元に居るのだから聞こえてる。 『オイオイオイッ! なんだその面ァ! もっと感動に打ち震えたらどォだ、なァ!!』 狂気と快楽の権化として世に降りた魂を、捏ね繰り回し小さな器に入れた。 「‥‥‥‥少し黙っていてください」 『ハァ!? お前ェ今なんつったよ、あァ!?』 それは何の力もない無力な器――魂の檻――の筈だった。 「‥‥まさか、ここまで化けるとは思いもしませんでしたよ」 思わずくすりと冷笑が零れてる。 『ケヒャヒャ! そうだ、その顔だァ! ゾクゾクと寒気がしてしてくるぜェ! 最高だァ!!』 閉じ込められた器の中から、狂気の片鱗が顔を覗かせる。 「‥‥無駄話はお終いです。早く瘴気を集めてください‥‥」 『アァ!? 一体誰に物ォ言ってやがんだ、てめェ!』 「‥‥糞生意気なてるてる坊主にですよ」 『‥‥ケッ‥‥ゲヒャヒャヒャ!! いいねェ、いいぞォ、やっぱお前は最高だァァ!! たまんねェ、濡れちまうぜェ!! ヒャッハッハ!!』 「‥‥さっさと濡らしてください。この薄汚い肥溜を‥‥おぞましくも『生』などに執着する、この神楽の都を」 『ヒィーヒッヒッヒッ!! そりァご要望かァ? この俺様に、お前ェたってのお願いって奴かァ!!』 「‥‥あまり驕らない事です。糞てるてる」 燕 一華(ib0718)は、この時ようやく肩に乗ったてるてる坊主の姿を睨みつけた。 『‥‥いいぜェ! 見せてやんよォ!! この俺様の『力』って奴をよォ!!』 視線に怯えた訳ではない。むしろ逆。 肩に乗るてるてる坊主は、小さく刻まれる皺で狂気を表現し、関節と言える物のほとんどない身体を器用にくねらせる。 『降れや降れや! 滾々と! 濡れや濡れや! しとしとと!』 狂言の様に紡がれる詩似合わせ、曇天からポツリポツリと雨粒が。 『ふらりふらりと風に揺れ! ぽたりぽたりと雨に濡れ! 冬枯れたこの地に咲かせるは、妖の華ァ!!』 降り注ぐ灰の雨は、天の濁りを吸収し次第に黒へと変化する。 地面へと染み込んだ黒い雨は、染みの様に広がり、大地を徐々に黒へと染め上げていく。 「‥‥‥‥さぁ、見せてあげましょう。黒雨の空に悲燕が舞う様を‥‥」 黒く染まる神楽の地にぽつりぽつりと芽吹く漆黒の萌芽を酷薄な笑みで見つめ、一華は静かに歩きだした。 ● しとしとと命を貪る漆黒の雨が降りしきる。 生ある者には絶望を、闇の眷族には狂気を。一華のもたらした黒の雨は、次第にその激しさを増していた。 「‥‥ふっ、わが はっけつのまえには かぐらとて しゃじょうのしろに ひとしい」 りょうが切り開いた通りを悠然と闊歩する。 「しょうきのあめか‥‥ここちよいな」 黒の雨一粒一粒が瘴気の結晶。アヤカシの元。 「くくく‥‥われも ちがしゃわぐ。どれ――」 瘴気に当てられたあらかは口を不敵に歪ませる。 あらかは天へと手をかざすと同時、白き雷が轟音と共に地を撃った。 雷光が去ったその場所には、一本の槍が突き刺さる。 「きたか。まっていたじょ!」 巨大な双頭の龍が大地を喰らう。 突き刺さった槍はまさに龍そのもの。 大地を掴む龍口は二つ。獰猛な猛獣を思わせる牙がゾロリと覗く。 柄には二対の翼。かつては輝く程に真白であった翼は、どす黒く変色し見る影もない。 「くくく‥‥きしゃまも おちたものよな!」 あらかは歓喜と共に龍槍を手に取ると、勢いよく引き抜いた。 それはかつての仇敵『御調 昴』であったもの。あらかの呪縛を受け、それでも抗い、戦って戦って戦いぬいて――死したもの。 「じぇんぐんに つぐ!」 巨大な龍口を神楽の中心『ギルド』へ向けあらかが声を大にして叫ぶ。 「しゅべての いのちを われに しゃしゃげよ!」 ● 「みんな! 用意はいいっ!」 魔法のステッキをくるりと一回転させ、ルンルンはガイドさんよろしく隊列を先導して行く。 『ル・ン・ル・ン! ル・ン・ル・ン!!』 魅惑の歌声はその精神を犯し。熱狂の宴が善悪の判断を崩壊させる。 拡散する魅力に取りつかれた開拓者達に見えるのはただ一つ。それが隊列の先頭を切るルンルンであった。 「うんっ! いい返事だよっ! それじゃ、行っちゃうんだからっ!」 背後に歓声を浴びながら、ルンルンが目指すは街の中心『開拓者ギルド』。だが――。 「むむ!」 ルンルンの前方を無数の開拓者が塞いだ。 「ふっふっふのふっ! このルンルン御一行様の行く手を阻むとはいい度胸なんだからっ!」 しかし、ルンルンには親衛隊にも等しいファンの皆さんがいる。 「落ち目のかりんじゃ、こうは行かなけどねっ! ね、みんな!」 ルンルンは勝ち誇った様にくるりと振り向き、ファンの皆さんにパチンとウインク一つ。 『うおぉぉぉ!! ルンルン! ルンルン!』 さらにヒートアップするファンの皆さん。 そして、その熱気に押される様に、ルンルンは再び開拓者達へ向き直る。 「行くよっ! ジュゲームジュゲームパムポップン――」 バッと振り上げられた指が天を指すと、そこのは小さな小さな影が。 突然の行動に、開拓者達は身構え、ファンの皆様は期待に瞳を輝かせる。 「アヤカシ忍法『超瘴気嵐シュリケーン』!!」 不敵に微笑むルンルンの声を合図に、小さな影はぐんぐん大きくなる――否、地上に近づいてくる。 「なんだと!?」「あれはなんだ!」などと開拓者からは絶叫が。 「すげぇ!」「でけぇ!」とファンからは歓声が。 「ふふふっ! 私はただの、可愛くて、スタイルも良くて、素敵で百点満点のアヤカシじゃないんだからっ!」 小さかった影の正体が今ならはっきりとわかる。 全てを黒に塗りつぶされた超巨大な手裏剣。 ルンルンは見上げれば空の面積よりも広いそれを。 「世界は私のもの! あなた達にも、天儀の王様にも――もちろんあらかたんにも――誰にもあげないんだからっ!」 目を見張る開拓者へ向け――墜とした。 ● 「うふ‥‥うふふふ‥‥おいし♪」 右手に掴んだ毛玉を上に持ち上げると、シュラハトリアは舌を出し滴る紅い体液を舐め取った。 喉を流れる瘴気の奔流。 自ら生みだした魔獣――今は首だけとなったものから溢れ出る瘴気を自らの体内へと還元する。 「あなた達も呑んでみるぅ?」 と、シュラハトリアはふと右を向く。 そこには無数の開拓者が、魔獣を首だけにした張本人達が、各々武器を構えこちらを牽制していた。 「もぉ‥‥せっかちさんっ。そんなんじゃ嫌われちゃうよぉ?」 そんな無粋な反応に、シュラハトリアはぷぅっと頬を膨らせながらも、にこりと微笑みかけた。 「でもぉ、安心して? ちゃぁんとあなた達のお相手できる子を連れて来たから」 右手に持った魔獣の首を一息で握りつぶすと、朱に染まる笑顔を湛えたまま、シュラハトリアは開拓者達に向け両手を大きく開いた。 「うふふ‥‥さぁ、出ておいでぇ。シュラハのかわいいかわいい、こ・ど・も・た・ち♪」 身体の中心にある虚空は、全てを飲み込む黒い渦。 それは、虚無の世界への入口。異形の者の出口。 ぞろりとシュラハトリアの声に惹かれ、黒渦の中から異形達が次々と顔を覗かせた。 「――うふ、そうそう。――うんん、ちがうよぉ」 現れ出でる一体一体と会話し、顔を綻ばせるシュラハトリア。 「あの動いてる物を、食べればいいんだよぉ」 予想だにしない場所からの援軍に同様の広がる開拓者達を指差し、白髪を朱に染めたシュラハトリアは、出そろった異形達に再度微笑んだ。 ● 「おっと、そんな顔をしないでほしいっす」 死を前に縋りつく様な瞳を向ける開拓者に、伝助は困った様に頭をかく。 「痛くは無い筈でやすよ、ほら――」 と、伝助は刀をぐるりと90度捻った。 「こうしても平気でしょう?」 「う‥‥あ‥‥戻せ‥‥こんな体、俺のじゃ‥‥」 己の肺に刺さった刀が捻られても、紅い血が噴水のように噴出しても、何も感じない。 まるで自分の身体では無いとさえ思える。 「戻していいんすか? うーん‥‥痛いっすよ?」 「こ‥‥の、化け物が‥‥!」 「ふぅ‥‥仕方ありやせんねぇ。ちょっとおまけしときやす」 肺を潰され呼吸もやっとだというのに、開拓者の戦意はまるで衰えない。 伝助はやれやれと溜息をつくと――人差し指で開拓者の額に触れた。 「う‥‥うがぁぁぁああっっ!!」 突然痛覚を戻され、いや、さらに倍する痛覚を与えられた開拓者は、絶叫ののち絶命した。 「だから言いやしたのに‥‥。さて、あなた方もまだやるつもりでやすか?」 と、絶命した開拓者から目を離し、くるりと辺りを見やった伝助。 そこには、息絶えた開拓者同様、痛覚をコントロールされ、無謀にもこちらに向ってくる。 「命は粗末にするもんではないっすよ。ま、あっしが言っても説得力はありやせんがね」 ● 「あの隊に恋人が? 大丈夫、貴女は会える。うんん、会って伝えるんです、ずっと一緒だって――」 「そう‥‥あの中に貴方のご両親が‥‥。うん、一緒に探しましょう。きっと見つかるわ――」 「見捨てられた‥‥? 援軍はもう来ないのね‥‥。でも、大丈夫。私が一緒に戦ってあげるから――」 地に伏せる開拓者達の心の声を感じ、静かに囁きかける。 命の灯が燃え尽きる前の最後の願いを聞き届ける為に、フェルルは心の臓に直接手を触れながら――。 「想いは必ず叶うわ。だって、その為に貴方達は――起き上がって来たんですもの」 振り返れば頼もしい仲間達が続く。 「さぁ、行きましょう。貴方達の願いの果てへ。あの丘の向うへ」 仲間達に共通するのは虚ろな瞳と、胸――心臓がある場所に穿たれた大きな穴。 フェルルはそんな仲間達を微笑みと共に見渡した。 「‥‥‥‥」 一度二度――五度六度。何度も何度も見渡した。 「‥‥ここにも居ない」 七度目見渡し、フェルルはようやく首を振るのを止め、一人ごちた。 「貴方は何処に‥‥」 それは『記憶』と呼ばれるものなのだろうか。 目の前で起き上がったもの達が求めるただ一つの想いと同じ物。 「わからない‥‥あなたの声、あなたの顔‥‥」 二度かぶりを振る。だが、頭の中心にある白い靄は一向に晴れてはくれなかった。 「‥‥でも諦めない。もっと、もっと集めるから」 数多の骸を前にフェルルは一人誓いを立てる。 「あなたを見つける‥‥その時まで」 靄の先にふと浮かんだ笑顔。 何物にも代えがたい大切な大切な物。 それが何なのか、今ではわからない。 だけれど、それだけは必ず見つけないといけない。 「さぁ、行きましょう、『仲間』の元へ‥‥あの人の元へ」 フェルルは再度、集めた『仲間』達に微笑んだ。 ● 眠れ、眠れ、白の揺り籠の中で――。 クチャクチャ。 眠れ、眠れ、私の腕の中で――。 ペチャボタ。 白い霧が街の一角を覆い尽くす。 降り注ぐ黒の雨さえも蒸発し白く煙る霧の一役を担う。 「‥‥おいしい‥‥でも、まだ足りないの」 霧の中に木霊す唯一の『声』。 か弱く掠れそうな少女の声。 「‥‥早く‥‥お腹と背中がくっつきそうなの」 いくらでも湧いてくる欲望。 空腹という名の抗う事の出来ない欲求。 水月はただ貪欲に、霧の中の生を貪り尽くす。 「うおぉぉつ!!」 と、突如いくつもの咆哮と共に霧が晴れた。 全てを白に隠していた霧の中、6人の開拓者がそれぞれが伝説級の武器を手に目の前に現れる。 「‥‥ようやくなの」 しかし、水月は動揺するどころか嬉しそうにぺろりと舌を舐めずった。 「な、なんだあれは‥‥」 霧を押しのけた強者達が固まった。 「‥‥いらっしゃい、なの」 可愛らしい少女の声には似ても似つかない、全長3mはあろうかという巨大な異形。 かつての大アヤカシ『炎羅』を彷彿とさせる筋骨隆々の体躯は、褌一丁という出で立ち。何より特徴的なのが――六臂の剛腕とそこに持たれた数々の武器だった。 「‥‥ここまで来れるなんて‥‥活きがいいの」 少女の声に感情はただ一つ。ただただ、嬉しさを現す歓喜の想い。 「お、お前がこの霧の正体か!」 呆気に取られたいた開拓者がようやく声を上げるが、 「そんなに怖がらなくてもいいの‥‥すぐに終わるから。だから少しだけ待っててね。今‥‥食べてあげるから‥‥」 立ち竦む開拓者達に向け、水月は微かな微笑みと共に剛腕を振るった。 ● 『キャハハ! せいぜい逃げ惑え! 最後に残してやった一瞬の生に縋りついてよォ!』 「‥‥‥‥」 緑生の牙が開拓者の半身を喰らう。 根蔦の鞭が開拓者の首を締め上げる。 『どうしたどうしたァ! 手も足もでねェってかァ? ギャハハハハッ!!』 魔華に貪り尽くされる開拓者をてるてる坊主は下品な笑いと共に見つめていた。 「‥‥舐めすぎです」 『はぁ? なんだって? 聞こえねェなァ?』 「‥‥痛い目をみますよ」 『アァ! お前ェ誰に物言って――』 ボタボタ――。 「うおぉぉぉ!!」 『なっ! てめ――』 かりんの破片を使い作り上げた魔の森を、開拓者は数多の犠牲を払い突破した。 「‥‥だから言ったのです。舐めない方がいいと‥‥」 快楽に身を任せ油断していたてるてる坊主は、突破してきた開拓者への反応が遅れる。結果、初撃に真っ二つに裂かれた。 「はぁはぁ‥‥次はお前だ!」 「‥‥」 魔の森突破で意気上がる開拓者の戦意はいまだ衰えず、初撃をひらりとかわした一華に剣を向けた。 「‥‥いいでしょう、お相手します‥‥悲燕妖華の演舞、篤とご覧にいれましょう‥‥!」 ● 「欲望に惹かれた者のなれの果てか。哀れよの」 数多の返り血で紅く染まった髪を振乱し、狂気の笑みを浮かべるりょうを、ギルドの長白髪の老人は哀れみの眼で見つめる。 「はっはっはっ! お褒めに預かり光栄だねぇ!」 「何故、そこまで堕ちる。アヤカシなどに堕ちて、貴様は何を望む」 「はっ! アヤカシだの開拓者だの関係ないんだよっ! アタシはただ強い奴とやりたい。その為に力がいる、ただそれだけだ!」 りょうが地を蹴る。 僅か一歩が数十mも開いてあった二人の距離を零にするが、白髪はその軌道を見切り攻撃を受けとめた。 「はっはっ! 流石、そうこなくっちゃねぇ! 人だった時からの憧れが、この程度で死んじまっちゃぁ、詰まらないよ!」 アヤカシに堕ち、人ならざる力を得てさえ、目の前の老人との実力は互角か。 りょうは鍔迫り合いで感じる相手の実力に賞賛すら覚えていた。 「もっとだよ。もっともっともっと! 感じさせてくおくれよ! あんたの熱い血潮って奴をねぇ!!」 りょうが朱色の刀を持つ手にグッと力を込めるが、いくら押せど刀は1mm足りとも動かない。 「ギルドの頂点に君臨する真の実力者の力が、そんなもんだなんて言ってくれるんじゃないよ!」 動かぬ戦況に業を煮やしたのか、りょうが再び紅い衣を翻し、距離を取った。 「‥‥」 「どこを見てるんだい――」 刹那、白髪の眼球が上へ動くと同時に、甲高い金属音がギルドに響きわたった。 「‥‥何故止める。頭を潰せばすぐに終わる」 「おいおいおい、邪魔するんじゃないよ。これはアタシの戦いだ! 折角最後にとっておいた楽しみって奴なんだよ!」 白髪の目の前で鍔迫り合いを演じるアヤカシ二人。 全身を矢に見立てた玖郎の不可避の一撃を、間に割り込んだりょうが止めたのだ。 「楽しみだと‥‥まったく理解できん。邪魔をするなら貴様を――殺す」 「‥‥‥‥はぁ? アタシとした事が耳が遠くなっちまったのかねぇ。今、『殺す』とかなんとか、聞こえた気がしたんだけど?」 「耳どころか脳漿まで犯されたか‥‥。何度でも言ってやろう、邪魔するなら殺す」 「はっはっはっ! 可笑しいねぇ! 実に可笑しいよ! 鳥の分際でこのアタシを殺す? きゃはははっ! 本当に殺されそうだよ、あんたの冗談でね!!」 鍔迫り合いを演じる二人は熱く滾る感情の奥底で、冷静に理解していた。 本懐を遂げるには、この目の前の邪魔のもを裂きに排除しなければならない事を。 「何でも構わない。貴様が死ぬのであればな!」 「上等だよ! 返り討ちにしてあげようかねぇ!」 しかし、二人は気付いていなかった。白髪の姿が消えていた事を。 「所詮アヤカシよの――」 聞こえた声は二人の耳元。 瞬時に我に戻る二人だったが、時はすでに遅かった。 「‥‥ぐふっ」 血にも似た瘴気の塊を吐き出す二人。 「それがお前達の結末じゃ。人を捨てアヤカシに堕ちた事を、彼岸で後悔するのじゃ――」 白髪が二人に突き刺した刀を引き、止めを刺そうと力を込めた――その瞬間。 「あぁ? なんだって?」 「やはり耳が悪いな」 「な、に‥‥?」 確実に急所を突かれた筈の二人が、平然とこちらを見下ろしていたのだ。 「ガチでやり合おうかと思ったのにねぇ。不意打ちとか興醒めだよ、あんた。もういい、さっさと死にな」 「最初からそうすればいいんだ。まったく非効率にも程がある」 「あぁ?! やっぱ、あんたとはケリつけなきゃなんないみたいだねぇ!」 あらかの眷族となった二人にとって、突きなどどれ程も効かない。 「仕事が先だ」 「‥‥勝手にしな」 無感情で刃を振り上げる玖郎。そしてそれを辟易と見つめるりょう。 「無念じゃ‥‥」 退路無しと悟った白髪は、静かに瞳を閉じた。 |