取り返せ、呪いの黒い刀
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/09 19:36



■オープニング本文

●研究所
 清浄なる青を具現化した炎が猛り、黒き刀身を焼く。
「浄化実験二十五番、浄炎による焼却実験――っと、これが最後だ」
 術士の随分後ろに控える白衣の男が、手元の台帳にさらさらと何やら記入していく。
「今度はうまくいきますかねぇ?」
「さすがに浄炎は浄化術式の最高峰の一つだからなぁ。いくらアヤカシが残した刀だっていっても、これで――」
「ぐはっっ!!」
「お、おいっ! 大丈夫か!!」
 突然の悲鳴と共に吹き飛ばされた術者に、白衣の男達は駆け寄った。
「な、なんて呪いだ‥‥」
 額に玉の汗を浮かべ荒い呼吸を繰り返す術者は
 その言葉に、白衣の男達は台座に据えられた漆黒の刀を見やった。
「こりゃ驚いた。浄炎まで弾くのか」
「余程、強力な呪いがかかってるんでしょうね」
 清浄なる炎を全て吹き飛ばし、元あるままに佇む漆黒の刀。
 何人も近寄る事すら許さぬと無言で訴える様に、光すら飲み込み威光を放つ。
「うーん。これ以上はうちじゃ調べようがないなぁ。仕方がない、石鏡に送るか」
「はぁ、折角ここまで頑張ったのに‥‥」
 落胆に肩を落とす二人の研究員は、運び出されていく巫女を横目に、黒く佇む刀をしばし眺めていた。

●此隅の街の外れ
 巨大な城下町の中央にでかでかとそびえる此隅城を、長身の男がどこか懐かしげに見つめる。
「此隅‥‥2年ぶりか」
 大国の首都の名に恥じぬ賑わいを見せる此隅の街は、過去の記憶とそん色なく今もなお、その威厳を保っていた。
「おっす、待たせたな!」
 塀の中から聞こえてくる喧騒に耳を傾けていた男に、塀の上から声が降り注いだ。
「‥‥来たか」
 男は気だるげに塀から背を離すと、視線を上に向ける。
「ったく、びっくりしたぜ! よく俺のうちがわかったなぁ。しかも矢文で呼び出すなんてよ。一体どこの怪盗だよっ! って、一人つっこんじまったじゃねぇか。――んで、何の用だ?」
 一通り事の顛末を解説したのち、覆面の男『怪盗ポンジ』は二カッと人懐っこい笑みを口元に浮かべた。
「お前に頼みがある」
 明らかに一般人のそれとは違い異質であるとわかるその男に、長身の男は驚く事無く話を続ける。
「うん? 頼み? 悪ぃけど他当たってくれ。俺の予定はびっしり32分後まで詰まってんだ」
「ならば、33分後でいい」
 あー無理無理、と手を振る男に対して、長身の男は即座に返す。
「お、そうか? お前いい奴だな! そんならいいぜ。んで頼みって何だ?」
「‥‥私の主が‥‥いや、主の刀が盗まれた。それを取り戻して欲しい」
「盗人かぁ、ったく、世の中には悪いことする奴がいるもんだぜ」
 盛大に溜息をつきながら自分の事は棚に上げるポンジ。
「お前の腕は聞き及んでいる。どうだ、やってくれるか?」
「んー、それってさ、本当にお前の刀なのか?」
「‥‥それはどういう意味だ?」
 その返しが予想外だったのか、男はしばしの時を悩み問い返した。
「別に、なんとなくな。ま、話は分かったぜ! その刀取り返してきてやるよっ!」
「‥‥頼むぞ。必ず取り返してくれ」
 と、男が言い終わるよりも早く、ポンジの姿は塀の上から消えていた。

●研究所
「相当に強力な妖刀です。取り扱いは十分に気をつけてくださいね」
「へいっ。承りやした!」
 何重にも結界符が貼られ厳重に梱包された細長い箱を、研究員は運び屋の男に受け渡した。
「それから、石鏡の研究員の方にこの資料を」
 そして、添える様に一冊の台帳を箱の上に置く。
「もう少しすれば護衛の開拓者も到着するでしょう」
「おおっ! それは頼もしいかぎりでやすな!」
 輸送の準備を終え、一息ついた両人。後は開拓者を待つだけとなった、その時。

「はっはっはっ!」

 轟く高笑い。

「へっへっへっ――」

 響き渡る――。

「へっくしょぉぉぉいい!!」

 くしゃみ。

「な、なに奴だ!」
 突然の異変に、助手が辺りを見回すと、そこには――。
 研究所の屋根先に直立不動で佇む影一つ。
「き、貴様はっ!」
 その姿には見覚えがある。巷で噂の‥‥そう、怪盗ポンジだ!
「そう、私の名は人呼んで怪盗ポンジ! 怪盗ポンジ。怪盗ポンジでございます! 貴方の清き一票が此隅の政治を変えるのです! 無所属新人の怪盗ポンジ。怪盗ポンジをよろしくお願いいたします!!」
 額に汗を浮かべバリトンボイスで謎演説を繰り返しながら、バッバッっと謎ポーズを繰り広げなるポンジを、あんぐりと口を開け見つめる一同。
「ふっ! かかったなっ!」
 その隙をポンジは見逃さなかった。
 呆気に取られる一同を嘲笑うかのように屋根の上から身を躍らせたポンジは、春一番よりも颯爽と封をされた箱をひったくる。
「「「あっ!!」」」
 正気に戻った研究員。だがすでに遅い。
「こいつはもらってくぜ! 盗人さん達よっ!!」
 箱を抱え、再び跳躍したポンジは外塀を飛び越え市井に姿をくらました。
『それはこっちの台詞だっ!!!』
 と、ツッコミを背に聞きながら――


■参加者一覧
出水 真由良(ia0990
24歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
小野 灯(ia5284
15歳・女・陰
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
高尾(ib8693
24歳・女・シ


■リプレイ本文

●研究所
「行ってしまわれましたね」
 額に手をかざし出水 真由良(ia0990)は屋根の上を小さくなっていく影を見つめる。
「‥‥見事な逃げっぷりなの」
 そして、真由良と同じ姿勢で影を見つめる水月(ia2566)。
「お、おい! 何を呑気にっ! お前達がもう少し早く来ていれば!」
「ご心配には及びません。こういう事もあろうかと、事前に仲間を待ちの各所に配備しております」
 と、詰め寄ってきた職員に、真由良はにこりと微笑みかける。
「へ‥‥?」
「‥‥ぱたぁんは把握済み、万事抜かりなしなの」
「は、はぁ‥‥」
「あの方は怪盗ポンジ様と申します。お頭は少々残念ですが、腕は確かな方ですわ」
「な、なんだって!?」
「‥‥心配無用なの」
「お、おい!」
 なおも追いすがる職員を完全に置いてきぼりにし、二人は緩やかな足取りで街へと向かった。

●花街
「こ、これは作戦だから仕方なくやってるんだぞ! 本当なんだぞっ!」
 桃色な雰囲気が漂う建物の部屋から真っ赤に火照った顔を覗かせ天河 ふしぎ(ia1037)が捲し立てる。
「五月蠅いよ。御託はいいからさっさとお着替え。ポン酢だがポン太だか知らないけど、あたしも暇じゃないんだ」
 そんなふしぎに振り向きもせず黙々と鏡台に向う高尾(ib8693)が、薄く艶やかな唇に紅を引いた。
「うぅ‥‥なんで僕がこんな事を‥‥でもこの服‥‥か、可愛い、かも‥‥って、ぼ、僕は男なんだぞっ!」
 一方ふしぎも、用意された薄紅色の絹に袖を通しながら、一人ツッコむ。
「何時までもたもたしてるんだい。さっさとしな。置いていくよ」
「あ、ごめん! 今終わるから――って、うわ‥‥高尾って、その‥‥ほ、本物みたい」
 絹の様にに白い肌に、真っ赤な紅が鮮やかに咲く。
 優美と豪奢が融合し美しく着崩された胸元には、たわわな果実が覗いている。
 現れた高尾の姿は、まさに遊郭の華『花魁』そのものであった。
「それは褒めてるのかい? それとも貶してるのかい?」
 姿形は美しくとも、中身が変わるわけではない。高尾は不機嫌そうに眉を顰める。
「も、もちろん褒めてるんだよっ!」
 ふしぎは慌てて取り繕った。視線は釘づけのままに――。

●居住区
 どうしても負けられない戦いがここにある。
「うおぉ! 俺の駒を喰らえぇ!」
「はっはっはっ! その程度の力でこのポンジ様に挑もうとは片腹痛いぜ!」
 まさに龍虎相対す。
 龍印が刻まれた独楽が盤上へ躍りかかり、虎印が彫られた独楽が盤上で迎え撃つ。
「いいぞやれー!」
「ふたりともがんばれー!」
 そして、詰め掛けた観客からは歓声が上がる。

「盛り上がっていますね」
 そんな会場の端『運営委員』を掲げた看板の袂で、微笑を浮かべるジークリンデ(ib0258)。
「さて、これでしばらくは足を止めているでしょう」
 目の前で繰り広げられるバトルは、ジークリンデが仕組んだもの。
「ふふ‥‥さて、行きましょうか――」
 すっかり戦いに夢中になるポンジの姿を満足げに眺め、ジークリンデは人知れず席を立ち上がった。

●大通り
 此隅随一の繁華街。
「あーーーーん。‥‥んぐんぐ‥‥ごくんっ」
 たっぷりと餡のかかった団子を口一杯に頬張る小野 灯(ia5284)は、至福の一時を堪能していた。
 次いで啜った甘酒はどうやら少し熱かったようで、真っ赤に染まった舌をべぇっと出すと、目尻に涙を浮かべ湯気を立てる甘酒に視線を落した。
「あつ‥‥かったの」
「ふぅ、喉が渇いたな。親父、お茶を頼むぜ!」
 と、隣の席に爽やかな勝利の汗を流す一人の男が座った。
「ぽんじ‥‥!」
「ぬおっ!?」

「みつけた、の!」
 地面に仰向けに寝そべったポンジに、灯が馬乗りになる。
「お、ちびっこいのじゃねぇか。久しぶりだな」
「ひさしぶり‥‥! のど、かわいた‥‥の?」
「おう! 勝利の一杯ってやつだ!」
 馬乗りにされたままで自慢げに語るポンジに、灯は――
「‥‥ぽんじ‥‥かんせつ‥‥きす‥‥って、しって‥‥る?」
 頬を桜色に染めちらちらと顔色を伺いながら、熱々の甘酒をポンジの口に流し込んだ。
「うぎょぉぉっ!!」

●大通り
「‥‥ふぅ、偉い目にあったぜ」
 まだひりひりする口内を気にしながら、ポンジは大通りへと繰り出した。

「‥‥」
 そんなポンジを、小さな白い影がぎらりと油の光る肉汁たっぷり串焼き肉を片手に、じーーーーっと眺めてた。

「む‥‥なんかいい匂いがしやがるぞ?」
 焼けた肉とタレが焦げる匂いは空腹に鳴く腹の虫の大好物。
 ポンジは漂ってくる匂いに引き付けられる様に、ふらふらと匂いのする方へ。

「‥‥捕まえたの」
「ぬおっ!?」
 路地を曲がった瞬間、にゅっと伸びてきた腕に掴まれる。
「しっ! こっちなの」
「な、なんだ!?」
 匂いの元である串の一本を3秒でお腹へおさめた水月は、捕まえた袖をひっぱり路地の奥へと引きこんだ。

「‥‥団長さん、久しぶりの再会をかみしめたい所だけど、今はそれどころじゃないの」
 街の喧騒が徐々に遠ざかり、辺りはすっかり路地の奥の奥。
 水月は殊更真剣な眼差しをポンジに向ける。
「‥‥一体誰に頼まれてこんな事をしたの?」
「‥‥悪ぃな。いくらお前でも、それは教えられねぇ。」
 真摯に問いかける水月に、ポンジは珍しく真剣な表情でかぶりを振った。
「‥‥団長さんは騙されてるの。私は団長さんの力になりたい‥‥教えてくれたら、この焼き肉串をあげるの」
「うぐっ‥‥! そ、それでもだっ!」
「‥‥二本つけるの」
「っ!? だ、ダメだっ!」
「‥‥仕方ないの」
「そうか、ようやく諦めた――」
「‥‥常連客だけが頼める、この特製黒毛牛霜降り串もつけるの」
「うがぁぁ!!」



「‥‥まさか団長さんが、焼き肉串の誘惑に勝つなんて‥‥」
 血涙を垂れ流し脱兎のごとく逃亡したポンジを、水月は驚愕のあまり見つめるより他なかった。

●神社
「ふぅ、あぶねぇあぶねぇ。危うく誘惑に負けるとこだったぜ‥‥こいつは大切な形見だ。ちゃんと届けねぇとな」
 水月と焼き肉串の誘惑から何とか逃げ切ったポンジは、神社の前に差し掛かった。

「来ましたね」
 徐々に近づいてくるポンジを鳥居の影から見つめるジークリンデ。
「ふふっ、ここが罠だとも知らずに」
 何も知らずに近づいてくる鴨を不敵に見つめるジークリンデだが、その姿は実に不審者っぽい。後ろ姿を見つめる神社の巫女達がひそひそ話なのも納得の怪しさだった。

「あっ‥‥」
 鳥居の影から、こてんと転んだ街娘。
「お?」
「す、すみません。下駄の鼻緒が突然切れてしまって‥‥」
 タイミング良く通りがかったポンジに街娘ジークリンデは、上目使いに訴えかける。
 儚げな瞳に涙を溜め、膝小僧を朱に染めながら見上げるジークリンデは、男であれば誰しもが目をとめる程に美しい。
「そうか、気をつけろよ」
 が、ポンジは男の性など微塵も見せず、声をかけただけで素通り――。

 ガシッ。

「ふふふ、起き上がるのを手伝って頂けます? 鼻緒が切れたついでに少し怪我をしてしまって」
 しようとした所をジークリンデにがっちり掴まれた。
「お? そりゃほっとけねぇな。ほらよ」
 流石に怪我人は放っておけないのか、ポンジは素直に背を差し出す。
「ありがとうございます。お優しいのですね‥‥」
「おうさ! 俺は正義の味方だからな!」
「‥‥先程は無視したくせに」
「うん? なんか言ったか?」
「何でもありません。では、お言葉に甘えて‥‥よろしくお願いします」
 と、ポンジの背に身を預けたジークリンデは、首に回した腕にぎゅっと力を込めた。

 むぎゅ。

「も、申し訳ありません。私とした事がはしたない‥‥」
 ポッと頬を赤らめ、ポンジの耳元へ吐息を吹きかけるジークリンデ。
「うん? どうかしたか? さぁ、行くぜ!」
 が、そんな世の男性垂涎の場面も、ポンジは無関心。キッと空を睨みつけたかと思うと――。
「‥‥‥‥‥え? きゃぁぁ!!」
 ――飛んだ。

●橋
「いやぁ、今日もいい事したぜ!」
 怪盗自慢の足でジークリンデを診療所に投げ入れてきたポンジは、続いて橋にさしかかる。
「っと、そろそろ届けねぇとな」
 と、ポンジは軽々と橋の欄干に乗っかると、その上を渡っていく。そんな時――。

「あ、あんな所にこの世では見たこともない様な立派な凧が!」
「な、なんだってっ!?」
 突然の声につられる様に、上空を見上げた。
「‥‥‥‥って、なんもないじゃ――うおっ!?」
 姿勢を整えようと出した脚が動かない。
 ポンジは体勢を崩し、そのまま欄干から川へと――。

「ああ、申し訳ありません。持病の『突然呪縛符が使いたくなっちゃう病』がこんな所で‥‥って、あら、ポンジ様? どちらへ行かれたのでしょう?」
 さっきまでそこにあったポンジの姿を探し、きょろきょろと欄干の上を探す真由良。
「おかしいですね。確かに先程までここに‥‥はっ、まさか、そんな‥‥」
 と、何かを思い経ったのか、真由良は欄干に駆けより、川を覗き込む。
「あんな所に‥‥ポンジ様、まだ、川遊びには早いかと思いますよ?」
 そこで真由良は見た。ぷかぷかと水面に浮かび、下流へとどんぶらこっこと流れていくポンジの尻を――。

●花街
「ぶえっくしょぃ!」
 まだまだ肌寒い春の黄昏時、ぶるりと身体を振るわせるポンジは花街へと差し掛かった。

「来たね」
「うぅ‥‥緊張してきたっ」
 濡れ鼠なポンジを遊郭の角から二人の花魁(仮)が見つめる。
「いいかい? 邪魔するんじゃないよ。邪魔したら、後で酷いからね?」
「じゃ、邪魔なんかしないんだからなっ! 僕だって、変装は得意なんだぞっ!」
 そう、変装?に抜かりはない。どこからどう見ても立派な?花魁だ。
 ふしぎは頬を真っ赤に染めながらも、自分の仕事を誇る様に胸を張った。
「へぇ‥‥。ま、そこまで言うんなら、やってみるんだね。あたしに楽させておくれ」

 トンっ。

「え‥‥。ちょ、ちょっと高――」
「うん? なんだお前」
「あ、あら、お兄さん、そんなに急いでどこへ行くの‥‥? ちょっと、ぼ――私といい事していかない?」
 高尾に押し出される形で飛び出したふしぎは、頬を桜色に染めながら精一杯の上目使いをポンジに向ける。胸元も少し肌蹴させたりしながら。
「‥‥じー」
 一方のポンジは、花魁風ふしぎの顔をじーっと見つめるだけ。
「お、お兄さん、私の顔に何か付いてる‥‥?」
「‥‥じー」
「そ、そんなに見つめられちゃ、照れちゃ――」
「なんだそれ、罰ゲームか?」
「ば‥‥!? ば、罰ゲームなんかじゃないんだぞっ! これは、この格好は別に好き好んでしてるんじゃなくて、し、仕方なく‥‥その、刀を盗んだお前をゆうわ――」

 げしっ!

「あら、失礼」
 色々口走りそうになったふしぎを蹴り倒し、高尾がしれっと姿を現した。
「お兄さん、ちょいといいかい?」
「うん、なんだ?」
「‥‥ああ、やっぱり、その刀」
「これ?」
 と、ポンジが高尾の視線を辿り手元に目を落す。そう、例の刀が握られている場所へ。
「ああ、それよ! その刀をあんさんが盗んだりするから、あたしは遊郭に売られるはめに‥‥」
 突如、膝を砕けさせへたり込んだ高尾は、袖を口に咥えよよよと涙を流し出す。
「おっと、何処へ逃げようってんだ? へへへ」
 そして高尾の背後から現れるエキストラの皆さん。高尾の金と色かで惑わされた悲しきエキストラ達は、卑下た笑みを湛え、二人に迫ってくる。
「あぁ‥‥お兄さん、お願いだ。その刀を返しておくれ。そうしないと本当に――」

 ゲシっバキっドカっボコっ。

「‥‥え?」
「わりぃな、この刀は先客があるんだ。つーわけで、悪徳借金取りは懲らしめといたから、後は勝手に逃げなっ!」
 目の前には、先程まで頑張ってたエキストラの皆さんの人山。
「ちょ、ちょっとっ!?」
 いきなりの展開に高尾が呆気に取られる中、ポンジはとっととその場を去った。

「――このあたしがここまで準備した作戦を、訳の分からない方法でチャラにしてくれた落とし前、きっちり取ってもらうよ‥‥!」
 小さくなっていくポンジの背を眺めながら、高尾の瞳に確かな殺気が浮かんだ。

●街の外れ
「ふえ‥‥随分と遅くなったな」
 なんとか死守した刀入りの木箱を手に、ポンジは依頼主が外で待つ城壁を見上げた。

 その時――。

「ぽんじ、ほんもの、みつけた‥‥の!」
 灯が大きな刀を両手に抱いて、とてとてと駆けてくる。

 違う方向からは。

「‥‥団長さん、それは偽物なの。本物はこっち」
 水月が二刀を腰に下げ、ずるずると引きずりながら走り寄ってくる。

 また別の方向から。

「よくもこの私を荷物の様に扱ってくださいましたね」
 着替えたジークリンデが、眉間をひくつかせながら代刀を引っ提げ現れる。

 更に別の方角から。

「あら、ポンジ様、こんな所にいらしたのですね。先程お会いした時に忘れていた事が――」
 ぱたぱたと慌てた様子で真由良が駆けよって来た。

 そして――。

「もう小細工はしないんだぞっ! ポンジ! その刀を返せっ!」
「莫迦相手に汗をかかせるんじゃないよ!」
 怒り心頭のシノビ二人が殺気を漲らせ飛び込んでくる。

 退路は壁、ポンジに逃げ場はない。
「お、ちょ! お前等、ちょっと待てっ!」

『問答無用!』

 ドンガラガッシャンチャラポン――。


『‥‥』
 開拓者6人とポンジは地面に散乱する何本もの刀を呆然と見つめる。
「あーあ、こりゃ完全に混ざったね」
 大袈裟に肩を落とす高尾はあきれ顔。
 下手に凝った意匠を凝らし本物と見分けがつかなくしていた為、一体どれが本物だか誰にもわからない。
「こ、こうなったら、一本ずつ手にとって‥‥!」
「呪われるのがオチです。止めておいた方が良いですよ」
「なんだか、楽しい展開になってきましたね」
「‥‥宝くじならぬ刀くじなの」
「どきどき‥‥どれに、しようか、なっ♪」
 混ざりに混ざった刀の中には、確実に呪いを振りまく一本が混ざっている。
 一行は手を出そうにも出せず、散らばった刀達とにらめっこするしかなかった。
「うーん‥‥これかな? わりぃな、刀は頂いていくぜ!」
 しかし、ポンジは何の迷いもなく手近にあった一本を掴むと、そのまま一気に壁を越えた。


「く、くそっ! 待てポンジ! その刀は世に出しちゃいけない物なんだぞっ! 戻ってこいっ!」
「あれ、ほんもの‥‥? じゃ、こっちは、にせもの‥‥?」
「可能性はここに転がっている刀の本数分の一ですね。確率的に行けば低いと思われますが」
「‥‥でも、その確率を何と無くで嗅ぎつけちゃうのが、団長さんの凄い所なの」
「まぁ、残りを研究所に返せばいいんだろう? どれが本物なんてどうせわかりゃしないんだ。適当にいい訳つけて突き返せばいいさ」
「そうですね、ここで判別がつかなくなった以上、元の所有者に見ていただくのが最善かと」

 かくして、ポンジの持ち去った一本を除く黒刀(真贋不明)は、研究所へと無事?戻されたのであった。