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■オープニング本文 ●安州 「ですから、何度も言う様に私は降伏しに来たのです」 十字に合わされた棍に辟易するように長身痩躯白衣の男がうんざりと肩を落とす。 「そんないい分が通るとでも思ったのか!! 貴様の悪行はすでに安州にも知れ渡っておる!」 組まれた棍の間から、一枚の手配書をつきつける奉行が唾を飛ばし怒鳴りつけた。 「ほう、こんなものが出回っているのですか。それにしても‥‥あまり似ていませんね?」 「白を切るつもりだろうが、そうはいかぬ! 姿形、そしてその目立つ白衣! 貴様があの裏切り者『越中家』の――」 「酷い剣幕ですな。こんな大通りの真ん中でいかがされた?」 親の敵にでも遭遇したかの如き憤怒を見せる役人の異様な殺気に気付き、たまたま通りがかった壮年の男が声をかけた。 「こ、これは穏殿」 「皆が不安がっておりますぞ。‥‥どうやらその者は罪人の様ですが、抵抗する様子も無い様。如何です、奉行所の方へ引っ立てられては」 「おや、ようやく話の通じる人が来たようですね」 「う、うるさい、お前は黙っていろ! ‥‥そ、そうですね。穏殿がそう言われるのでしたら」 と、役人は突き出したままだった手配書を懐にねじ込み、ざわざわと周りを囲む野次馬達に視線で牽制すると。 「お前達、そいつを奉行所へ引っ立てい!」 「「はっ!!」」 部下と思しい岡っ引き達へ再び唾を飛ばした。 「‥‥あれはジルベリアの白衣。一体何者だ‥‥?」 後ろ手にお縄を頂戴し小さくなっていく長身の男の背を眺めながら、穏は心のどこかに引っかかる何かを感じていた。 ● それから数日――。 「――と言う訳です」 「ふむ、まさか越中家のねぇ」 開け放たれた窓からは心地よい春のそよ風が入ってくる。 真っ白に洗われた清潔感あふれる寝台の上に上半身を起こし座る男に、穏は先日街の大通りで起こった捕物劇の顛末を離して聞かせていた。 「一体なんで今さら寝返って来たんだろう」 「‥‥それについて一つ情報が。いいですが? これから話す内容は郊外無用で願いますぞ」 「ほんと、穏君の人たらしの術はいつも感心するよ」 にかりと人好きのする笑みで見上げてくるのは、朱藩の南海に浮かぶ島『霧ヶ咲島』南部領『心津』の領主『高嶺 戒恩』その人である。 「茶化さないでいただきたい」 「あはは、ごめんごめん」 「まったく、戒恩殿こそその無害そうな笑みで幾人もの人間を手玉に取って来た事やら‥‥」 「うん? 教えて欲しい?」 「‥‥結構です。その中に私も含まれていると思うと、実に腹立たしいですからな」 「じゃ、穏君の分は引いておくよ」 「おほん! 話が脱線しましたな」 「おっと、そうだね。で、その男の言い分は本当なのかい?」 戒恩は表情を一変させ真剣な表情を穏に向けた。 「はい。奉行所の者は裏切り者の一味がたれる嘘八百とまるで信用していない様ですが、どうにも私にはまるで嘘とは思えないのです」 「ふむ、でも実際信じがたいよね。アヤカシが心津を占領したなんてねぇ‥‥」 「正確にはアヤカシになり下がった越中実時が、ですが」 「ふむ‥‥」 そよ風吹き込む部屋の中、壮年の男二人じっと視線を落しじっと考え込む。 「そうだ、遼華君は今どうしてる?」 と、戒恩が顔を上げた。 「代行殿でしたら湯浴みに行かれましたぞ。今日は朝から荏田の丘に散策に行ってきたと嬉しそうに語っておりました」 「へぇ、もうそんな所まで歩けるんだ。随分と回復したね」 「我々と違って、若いですからな」 「はは、違いないね」 共に頭に浮かべるは、艶やかな黒髪を揺らし朗らかに笑う少女の姿。 「‥‥と言う事はもう大丈夫か」 「? そうですな、すっかり元気になられましたぞ。‥‥身体的には」 「‥‥ん、ああ、そうだね」 かくりと首を傾げる穏に、戒恩はいつもの飄々とした笑みを浮かべる。 「ついに来たようだね――天の時が」 空に浮かぶ筋雲を見上げながら、戒恩は小さく呟いた。 「? 何か言いましたかな?」 風に乗り聞こえた様な気がした戒恩の声に、問いかけた穏。 「いいや、別に? さて、と。それじゃ準備しようか。色々と忙しくなりそうだ」 「はぁ‥‥。か、戒恩殿!? 何をしておいでだ!」 いきなり寝台から脚を下ろし、震える足に力を込めようとした戒恩に、穏が駆け寄った。 「っと、随分と痩せたねぇ」 「当たり前です! 一体何カ月伏せっていたと思いか!」 自分の脚に視線を落す戒恩の肩を取る穏が叱責の声を上げた。 「んー、2か月だっけ? それより穏君」 「な、なんですか‥‥?」 「ちょっと散歩に出かけようか」 ● 「こんにちは、お邪魔していいかな?」 「はい? どうぞ――って、おおお、伯父様っ!? 立って大丈夫なんですかっ!!??」 湯浴みを終え、髪を乾かす為に戻った部屋に来訪者。 遼華は穏の肩を借り現れた戒恩に手にしていた手拭を投げ出し駆け寄った。 「うん、3分限定だけどね」 「さ、3分って‥‥ほんとに大丈夫なんですかっ!?」 「代行殿からも言ってやってください。本来、とても立ち上がれるような――」 困った様に眉を顰める穏は遼華に助けを求めるが、 「遼華君!」 「は、はひっ!?」 ビシッと鼻先三寸に人差し指を突き付ける戒恩が先手を打った。 「そろそろ戻りたくないかい?」 「‥‥へ?」 いきなり問われて、何の事だろと首を傾げる遼華に、戒恩はいつものいらずらな笑みを浮かべ言った。 「私達の故郷に、さ」 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
一ノ瀬・紅竜(ia1011)
21歳・男・サ
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●実果月港 「‥‥ほんまに誰もおらへん」 水音だけが響く洞窟には何の気配も無い。夜刀神・しずめ(ib5200)は継いで暗視を巡らせた。 「だから言ったでしょう。無人にしておいたと」 「‥‥それが誠意やゆぅんか?」 「ふむ。そう考えていただいて結構ですよ」 張り付けたような笑みを浮かべるドクを、しずめは怪訝そうに見上げる。 「まぁ、ええわ。これが罠やったら見抜けんかったうち等が間抜けなだけや」 大袈裟に溜息をつきゆっくりかぶりを振ったしずめは、ドクへ問いかけた。 「それにしても、おっちゃん何もんや? その白衣からして、研究者か医者か? そのなりがハッタリやゆぅんはなしやで?」 「私などに興味が? まぁ、その辺りはご想像にお任せします」 絶えず不快な笑みを浮かべる男を、しずめはジト目で見上げた。 「それにしても実時がアヤカシって‥‥」 「ああ、堕ちるとこまで堕ちたもんだな」 無人の港を眺めながら天河 ふしぎ(ia1037)と御神村 茉織(ia5355)は言葉を交える。 「‥‥ねぇ、ドク。一体どうしてそうなったの? 知ってることがあったら教えてよ」 と、ふしぎは振り向いた先に佇んでいたドクに問いかける。 「ふむ、その問いに対しては、そもそもアヤカシとは何であるかから語らねばならぬので割愛しますが、アヤカシとはいわゆる負の感情の塊です」 「う、うん」 「実時殿にはそれが沢山あったというだけの話ですよ。野望――欲望と言う名の負の感情が」 「それを‥‥あいつ‥‥あのアヤカシに付け込まれたっていうの?」 無意識に首筋をさすりながらふしぎが問いかける。 「付け込まれたのか、自ら受け入れたのか。そこは本人に聞いてみなければ分かりませんけどね」 「経緯は大体わかったが‥‥それがお前が裏切った理由か?」 「裏切ったとは心外な。アヤカシとは人類共通の敵でしょう。ならば、アヤカシと化した実時殿の元に居る方が人としての裏切りではないのですか?」 鋭い茉織の視線をまともに受けてなお、飄々と反論するドク。 「‥‥はぁ、口だけは達者だな」 「褒め言葉として受け取っておきますよ」 その口ぶりは人の信を得ようとするものではない。正論をもって論を制す。人によっては酷く不快に感じるやり方だ。 「別にいいじゃないですか!!」 万木・朱璃(ia0029)は、ふんむと鼻息荒く握った拳を振り上げる。 「今は少しも戦力が欲しい所です。信じる信じないは個人の自由としましょう。――ただ」 「ただ?」 「裏切った時はそれ相応の報復を覚悟しておいた方がいいですよ?」 「はは、これはこれは。可愛い顔をして怖い事を仰るお譲さんですね」 「え、かわいいですか? ふふ、そんな事無いんですけど。ふふ、可愛いですかぁ」 明らかな社交辞令を真正面から受けとめる純情乙女?朱璃に、一同は揃って苦笑い。 「ここに来るのも久しぶりだな」 どこか感慨深げに呟く一ノ瀬・紅竜(ia1011)。 「この時をどれ程待ちわびた事か‥‥」 そして、皇 りょう(ia1673)。二人は共にこの地に深く関わり、その成長と発展を見守って来た。その二人にとってこの地に再び足を下ろす事は、それだけかけがえのないことなのだ。 「半年‥‥長い様で短い様な‥‥不思議な時間」 そんな二人の間には、領主代行遼華の姿。 「いよいよ到着――いや、帰還だ。さぁ命じてくれ、遼華。『心津を取り戻してこい』ってな」 「え‥‥? そんな、命令なんて‥‥」 「遼華殿。それが上に立つ者の使命だ。何時までも躊躇っていてはいけない。さぁ、言うんだ、私達はそれを待っている」 二人に挟まれる遼華は、自信なさげに二人の視線の間を行き来する。 「姐はんの一言が無かったら、うち等も依頼始められへんねん」 「え?」 振り向けばそこにはしずめが腕を組みあきれ顔で立っていた。 「そうだよ遼華! 僕達は君の一言を待ってるんだからっ!」 次いでふしぎが拳を握る。 「これはお前にしかできない仕事だ。覚悟決めろよ?」 茉織が言う。もう後戻りはできない、諦めろと。 「み、みなさん‥‥えっと、その‥‥私がこんな事言えた義理とかそんな――」 「うーん、まだまだですねぇ。すぴぃちって言うのはドーンと胸を張って!」 落ち着かぬ遼華の手を握り、朱璃がいつもの屈託のない笑みを向ける。 「皆さん‥‥は、はいっ!」 皆の笑顔に大きく頷いた遼華は精一杯息を吸い込むと、 「心津を‥‥取り戻してくださいっ!」 深く深く頭を下げた。 ● 先の要人救出の際、陵千を調べ尽くしたしずめの先導もあり、一行は裏道を通り建物の脇を抜け、眼前に領主屋敷を捉えた。 「こっからは隠れる所があらへん。『合図』と同時に一気に駆け抜けるで」 領主屋敷へと続く最後の関門、遮蔽物の無いなだらかな丘は、敵から最も発見されやすい地点である。 物影に潜む一行はしずめの言葉に頷き、りょうへと視線を向ける。 「『合図』はもう間もなくだ」 りょうの策により、道すがら導火線を工夫した焙烙玉をいくつも配置してきた。 「10秒前――5、4、3‥‥」 そして、0を迎えたと同時に、盛大な噴煙を上げ街の入口付近から轟音が響いた。 「これより焙烙玉が連爆する! 行け!」 爆発は街の至る所で次々と連鎖し、轟音の雨を降らせる。 「これでアヤカシ兵器は引っかかってくれるのでしょうか?」 「大丈夫、あのアヤカシ兵器は音に反応するみたいだし。それに今はあんなの相手にしている暇はないっ!」 噴煙へ視線を向ける朱璃に、ふしぎはきっぱりと言い放ち駆け出した。 ●中庭 「さすがにここはすんなりと通してくれねぇか」 遼華を背に庇いながら、茉織は忍刀を抜き放つ。 「これでシノビの何割や?」 「ふむ‥‥シノビ衆のほぼ全てが集結していますね」 短刀を胸の前に構えるしずめの問いに、ドクはあっさりと答えた。 敷地内へと侵入した一行を既にシノビ衆が取り囲んでいた。 「だが、数が多いな。できれば無駄な戦闘はしたくないが‥‥」 この先にはあの男がいる。りょうは逸る気持ちを落ち着け辺りを伺った。 「‥‥紅竜」 「なんだ?」 「この包囲網、少し狭められる?」 「狭める? 一体どういう事――」 「いいから、できる?」 理由を求め問いかけた紅竜を制し、ふしぎは答えを迫る。 「‥‥いいえとは言えない雰囲気だな。――わかった、任せろ」 「ありがとう、紅竜っ。それから‥‥ドク」 「なんでしょう?」 「‥‥今からシノビ達を集める。そこに、範囲魔法を叩きこんで欲しいんだ」 とぼけた返事を返すドクを睨みつけながら、ふしぎは問いかける。 「ええ、その程度お安いご用ですよ」 「手加減したら許さないからなっ」 「おお、怖い怖い」 その余裕な態度をまったく崩さず答えるドクに、ふしぎはもう一瞥をくれてから、朱璃へと向き直る。 「朱璃、ドクに合わせられる?」 「おや? と言う事は、ぶっ放しちゃってもいいんですね?」 「うんっ、ドーンと派手にやっちゃおうよっ!」 「そうと決まればガッテンですよっ。うーん、久々に腕が鳴りますねっ!」 「おいおい‥‥大丈夫か?」 「ええんちゃう? うち等は楽できそうやし」 「うむ、ここで無駄な消費は避けたい」 「あ、あのえっと‥‥」 「大丈夫だ、遼華殿。夜刀神殿の言う様に、今は彼らに任せよう」 「は、はいっ」 「行くよっ!」 ふしぎの掛け声と共に、硬直していた時が動き出した。 「おらぁ! お前等の相手はこの俺だっ!!」 耳を劈く程の咆哮が中庭に響き渡る。それと同時に、一斉に動き出すシノビ衆。 「50‥‥40‥‥30‥‥今だ!」 シノビ衆が詰める距離をじっと睨みつけていたふしぎが上げた声と共に、姿を消す。 「遅いっ!」 次の瞬間、ふしぎはシノビ衆が作る包囲陣の外に現れた。 「はぁぁっ!!」 突然背後に姿を現したふしぎに虚をつかれたシノビ達は、何の抵抗も出来ぬまま、ふしぎの一閃により絶命。 「皆、今だ! こっちへっ!」 包囲網の一角をこじ開けたふしぎの合図に、一行が走りだす。ドクと朱璃、そしてシノビの標的となる紅竜の三人を置いて。 「では。‥‥とその前に、離れると痺れますよ?」 「そちらこそ、離れると消滅しますよ?」 肩を合わせるドクと朱璃はお互いの出方を牽制するよに言葉を交わす。 「お前等、こんな所で喧嘩するな‥‥」 もう、シノビ衆は眼と鼻の先。標的となっている紅竜は気が気でない。 「では、始めましょうか。――魔法陣形成による簡易術式を使用。詠唱省略――雷閃・サンダーヘブンレイ!!」 足元に浮かんだ魔法陣から迸る魔力を引っ張り出したドクが、シノビにその刃を向ける。 「こっちはあげませんよっ。地に、天に――世を形作る数多の精霊よ。僅かばかりの理力、我に貸し与えよ! いっけぇぇ、精・霊・砲!!」 朱璃が突き出した腕を主軸に、極太の光の剛腕がシノビ衆へと襲いかかった。 ●屋敷 シノビ衆を一蹴した一行はついに実時が座す領主屋敷へと足を踏み入れていた。 「では皆さん、ご健闘を」 「待ちぃ。どこ行く気や?」 実時を前に屋敷を去ろうとしたドクの前にしずめが両手を広げ立ち塞がる。 「残念ながら練力が尽きましたのでね。邪魔にならぬよう、後ろに下がって見物させてもらいますよ」 「そんなハッタリ、真に受けるとでも思ぉてるんか?」 「ふむ、では練力を無くした非力な魔術師を盾にでもしますか?」 「‥‥」 「しずめ、もういい。ドク、助かった。後は見ていてくれ」 「そちらの方は話が早くて助かりますよ」 紅竜の助け船によりしずめの通せんぼから解放されたドクは、悠々と屋敷の外へと姿を消した。 「悪いな、しずめ」 「‥‥まぁええわ。後々面倒な事になったら、兄はんになすりつけるから」 しずめはそれ以上何も言わず、奥へと足を向けた。 最奥の、元は遼華や戒恩が執政を行っていた部屋。そこにその男は座していた。 「貴様等‥‥我が領土へ土足で上がり込むとは‥‥許さん‥‥許さんぞぉぉぉ!!!」 鈍金色の髪は真白に変色し、見開かれた眼は血の色に染まる。 皺の寄った顔は恐怖と狂気に歪み、口元からはとめどなく獲物を欲する唾液が滴る。 「‥‥人はここまで堕ちることができんのか‥‥これじゃはまるで獣、だぜ」 目の前で狂気の憤怒を吐きだす実時に、茉織は哀れみを滲ませる。 「それが何だって言うんだっ! 僕達は勝たなくちゃならないっ! 絶対にだっ!」 「その通りですよっ! ここで終わらせるんです!」 ふしぎが、朱璃が。目の前の異形に刃を向けた。 「雑魚共がっ! 消えてなくなれぇぇ!」 戦端は実時が切って落とす。まるで様子見などする気配もなく、いきなり全力の暴風刃を繰り出した。 「こ、これは風神か!? なんという威力だ!」 「‥‥アレはもう上級アヤカシ級と見た方がよさそうですね」 盾となるべく身を呈すりょうの影から、朱璃が敵の戦力を冷静に分析する。 「さぁ! 私の力の前に屈するがいいっ!!」 ● 先の形容が正しかったと、一行は身をもって知る羽目となる。 以前よりシノビの技を使うとわかっていた実時の攻撃は、やはりシノビの技であった。――想像を絶する威力をもって。 「くそっ! なんて力だ‥‥! こ、こうなったら‥‥!」 実時の猛攻にふしぎが立ち上がる。そして、とっておきを繰り出すが 「時――」 「止まれ!!」 発せられた声は実時が刹那早かった――。 再び時が動き出す。 「ぐ‥‥あっ‥‥!」 武器を構えたままがくりと膝を折るふしぎ。 「愚か愚か愚かっ!! その程度で私に勝とう等と――」 「へっ! 愚かなのはどっちだって!」 「なっ! ぐっ‥‥貴様っ!!」 茉織はこの時を待っていた。時が動き出す瞬間にできる最大の隙を。 瞬時に出現場所を特定し距離を詰めた茉織は、実時の背を取ると羽交い絞めにする。 「お前等、やれ! 俺には構うな! こいつを倒して、とっととケリをつけろっ!!」 「茉織さんは私が絶対に死なせませんっ! 皆、思いっきりやっちゃってくださいっ!」 実時を抑え込む茉織を見つめ朱璃が呟くと、その身に見えぬ何かを降ろす。 「お泉殿、お許しを‥‥。たとえ仮初とはいえ貴女の夫に刃を向けます。貴女を騙し、利用し、そして、死へと導いたこの男を私は許すことができない。一日千秋の思いで迎えたこの時――私は鬼となります!!」 「き、貴様っ! 離せ、離せぇぇ!」 「多くの者を巻き込み混沌をもたらした罪は重い。ましてやアヤカシに取り込まれるなど‥‥恥を知れ、越中実時! いや、敢てこう呼ばせて貰おう、ビルケェェ!!」 光燐を纏った白刃はりょうの気迫を具現化し、青白く輝きを増す。 「き、貴様、仲間ごとやる気かっ!」 「わりぃな。あいにくと今の俺は不死身なんでねっ!」 情けなくも声を上げる実時に答えるは、背後の茉織。そして――。 「喰らえビルケ! これが因縁の終焉だ!!」 大きく曝け出した腹へ、渾身の一突きを見舞った。 「ぐふっ‥‥!」 「くっ‥‥こりゃきつい‥‥な」 「――天地神明に注ぐ命の息吹を今ここへ! 死出の道はまだ早き、彼の者は生ある者なり! 天火明命!!」 腹を突かれながらも実時を離さない茉織に、朱璃が熱き命の息吹が吹き注ぐ。 「心津は、私の第二の故郷なんですっ! さぁ、利息とたっぷりとつけて返してもらいますよっ!!」 「お前には問いただしたい事が山ほどあった」 腹を裂く精霊の一突きにもがき苦しむ実時を、静かに見つめる紅竜が槍を構える。 「だが、もうそれもいい。ビルケ‥‥これで終わりにしよう。何もかもな!」 「貴様らなどに、貴様らなどにぃぃ!!」 回復した茉織の腕の中、なおも暴れ続ける実時。 「やれ、紅竜! 遼華が背負った因果を、ここで断ち切ってやれっ!!」 「言われなくてもっ! うおおぉぉぉぉ!!」 上空へと飛びあがった紅竜は、茉織の叫びに答えると大上段に構えた槍を力の限り振り下ろした。 ● 「終わったみたいやな」 「ったく、何処行ってやがったんだ」 「別にさぼってたわけやない、うちにもうちの事情があるんや」 「へいへい、そう言う事にしといてやるよ」 いつもの掛け合いに、部屋に次第に笑みが漏れ始める。 「終わったんだね、やっと‥‥。僕達の第二の故郷がようやく‥‥」 「ったく、男ならこんな事で泣くなよな?」 「べ、べつに泣いてなんかないんだぞっ! これは激戦を物語る証拠『魂の汗』って奴なんだぞっ!」 「ヘェ、フーン」 「ほ、本当なんだからなっ! 泣いてなんかないんだからなっ!」 これもいつもの掛け合い。皆の顔はすっかりいつもの笑顔を取り戻していた。 「さぁさぁ、そんなことより、主役を迎え入れましょう!」 「そうだな。その為に我々は来たのだ」 皆が一斉に入口へと視線を向ける。そこに立ちつくす一人の少女へと。 「随分と待たせたな。全て終わったよ。――お帰り、遼華」 「‥‥はいっ!」 差し出された手を取り、遼華は実に半年ぶりにこの家に足を踏み入れた。 |