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■オープニング本文 ●とある港街の工房 「よし、潜入成功だ!」 窓から差し込む月光が映し出す三つのシルエット。 「ちょっGT、声が大きいよっ! 誰か着ちゃうじゃないかっ!」 「こんな夜中に誰が聞いてるって言うんだ、びびんじゃねぇよ!」 独特のだみ声を発し手下Aを黙りこませるGTと呼ばれた大男は、腰に手を当て再びの高笑い。 「ついに見つけたぜ! 見ろよお前等! これがアーマーって奴だぜ!」 興奮を露わに捲し立てるGTは大げさな身振りで壁を指差した。 「すごい‥‥これがアーマー‥‥。きれいだし強そうだし‥‥何よりかっこいい‥‥!」 目の前に佇む三体の巨人。それは対アヤカシ用強化外装『アーマー』と呼ばれる志体を持つ者に力を与える『相棒』だ。 白、赤、青。それぞれ独特のフォルムを持つ三体を眺め、ひ弱そうな少年ノービスは感嘆の声を上げた。 「ね、ねぇGT。ほんとにこれ盗っちゃうの‥‥?」 絵本にでも出てきそうな一種神秘的な雰囲気を醸し出す三体を前に、ノービスはGTに問いかける。 「盗るとか言うんじゃねぇよ! 借りるだけだ借りる!」 「‥‥返すつもりないくせに」 「んだと!? なんか言ったかスネーク!」 「な、何も言ってないよぉGT。いやだなぁ、僕がGTの案に文句言う訳ないじゃないかぁ」 振り上げられた拳骨にスネークと呼ばれた小柄な少年は、ひくつく笑みを顔に貼りつける。 「ふんっ! わかればいいんだよ。んで、これどうやって動かすんだ?」 「え‥‥GT、そんな事も知らないで盗ろうって言ったの?」 「盗るんじゃねぇって言ってんだろ、ノービス! 借りんだよ!」 「あ、うん‥‥そうだったね。街外れに出たアヤカシをこれで倒すんだよね」 「アヤカシ‥‥? なんだそ――はっ。あ、ああ、そんな事もあったな。はっはっはっ!」 何故かわざとらしい高笑いを上げるGTに、ノービスはかくりと小首を傾げる。 「え、アヤカシ? あの人の所に持って――んーんー!?」 「ス、スネーク、余計なこと言ってんじゃねぇよ! いいな、俺達はこのアーマーをちょっとだけ借りて、にっくきアヤカシをぶちのめす! わかったか!」 いらんこと言いかけたスネークの口をフェイスロックで黙りこませたGTは、悶え苦しむ子分などお構いなしにノービスに同意を求めた。 「う、うん‥‥わかったよ。ぼ、僕もちょっと乗ってみたい、し‥‥」 「おぉ、さすが心の友よ! わかってんじゃねぇか! このアーマーでいっちょひと暴れしてやろうぜ!」 「ひと暴れって、なんか悪役っぽいけど‥‥アヤカシを倒す為だもんね。うん、僕頑張るよ!」 がははと高笑いを上げるGT。小さくグッと決意に拳を握るノービス。 「あは‥‥あはなばたけ‥‥」 一方スネークは‥‥GTの太い腕の中で綺麗なお花畑と清らかな川の流れに対面していた。 ●??? 「どうやらうまく潜入できたようですね」 少し下がりかけた眼鏡をくいっと持ち上げた男が物影から半身を覗かせる。 「ふふふ、最新型の駆鎧ですか‥‥有り難く我が力にさせてもらいましょう」 レンガ造りの外壁を眺めそう呟くと、男は音もなく影へと溶けた。 ●工房 「ぐぎぎぎ‥‥ちくしょう、なんでこんなに狭いんだ!」 「ちょ、ちょっとGT!? 無理やり入ったら壊れちゃうよっ!? 中身は繊細な機械がいっぱい入ってるんだからっ!」 人一人がやっと入れる操縦席にその巨体を無理やりねじ込もうとしたGTをスネークが慌てて止める。 「GTのサイズだと、あの車輪付きじゃないと入らないかも‥‥?」 白い機体に身体をはめようと何度目かのチャレンジをしていたGTに、ノービスがぼそりと呟いた。 「んだと、ノービス! こいつは俺のだ! こいつでアヤカシをぶん殴るんだよ! お前こそあっちの車輪付きにでも乗ってろ!」 GTはなおも挑戦を続けようともがくが、需要(入りたい巨体)と供給(コックピットのスペース)との差は如何ともしがたい。質量的に見てまずGTの巨体を収納可能なサイズの操縦席を有するのは青い機体だけだ。 「で、でも‥‥スネークのいう通り、あんまり無茶してると、盗る前に壊れちゃ――」 ぼきっ――。 「「「あ」」」 暗い工房に響いた小さな破砕音に、三人の声がはもった。 「‥‥俺しらね! なんも聞いてないからな!!」 「うわっ‥‥左手のレバーがぽっきり‥‥ど、どうするんだよGT!」 「んあっ!? なんか言ったかスネーク! 俺にはなんも聞こえなかったんだよっ!!」 「うげっ! GT、くるし‥‥くる――く‥‥!?」 いらぬ小言を吐きだそうとしたスネークの口を塞ぐべく胸ぐらをつかみ上げたGTは、何事もなかったかのように白い機体から降りると。 「俺はそもそも白が嫌いなんだよっ! やっぱアーマーは青じゃないとな! ノービス、お前もそう思うだろ?」 「え‥‥、う、うん、そうだねGT! 君の言う通りだと思うよ!」 GTの太い腕に釣り上げられげふげふ唸るスネークをちら見し、ノービスは機械人形の如く何度も首を縦に振った。 「ふんっ! あっちも腕付いてんだ。ガンガン殴ってやるぜ!」 そう言うとGTは釣り上げたスネークをぽいっと赤い機体の方へと放り投げると、さっさと青い機体に乗り込んだ。 『おい、ノービス! 白いのはお前が乗れ!』 「え!? ぼ、僕も乗るの!?」 機体越しに聞こえたGTの言葉に、ノービスはびくりと肩を竦ませた。 『あったり前じゃねぇか! 何の為にお前をつれて来たと思ってんだ!』 「そ、そんな‥‥僕には無理だよ! スネークにでも言ってよ!」 いくら志体持ちだとはいえ、運動も勉強も苦手、喧嘩や戦いなんてもっと苦手なノービスにとって、アーマーを操縦するなんて高等技術、できるわけがない。 それに、いくら見た目がきれいだろうと、目の前に佇む白い機体は暴力そのものなのだ。 『スネークは小さいから足がとどかねぇよ! それはお前しか乗れねぇんだ!』 「ひどっ!?」 なおも機体越しに響くGTの声――と、涙声のスネークの声――に、ノービスは改めて白い機体を見つめた。 「ぼ、僕にしか乗れない‥‥?」 月の光を受け白銀に輝く装甲。左右の腕には剣と盾。 いつか絵本で見た騎士の様なその佇まいは、ノービスを魅了する。 『早くしろ! スネーク、お前も早く赤いのに乗れよ!』 「えっ!? ぼ、僕赤いのなの? 赤はあんまり‥‥」 『んだと!? 文句あるのか!』 「うわっ!? な、無いよ文句なんてないに決まってるじゃないか!!」 いきなり巨大な銃口を向けられたスネークは、逃げる様に赤いアーマーへと搭乗した。 『ノービス、早くしろ!! 無理やり乗せられたいのか!!』 「‥‥うんん、僕乗るよ。乗ってみるよ‥‥!」 ノービスは力強く頷くと、白い機体のコックピットへ身を投げた。 GTに脅されたからじゃない。この白い機体は僕を待っていた。なんとなくそんな気がしたから。 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
久坂・紅太郎(ib3825)
18歳・男・サ
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●倉庫 『GT――時まで――に居ればいいの?』 『うるせぇ、もう――っとだよ――ちょっと!』 『‥‥ボク、マ――会いたい‥‥』 『スネーク! ――だよ! 明日に――ば――』 「ここか」 倉庫の壁を通して聞こえる声に、頭の上にピンと突きでた耳がピクリと揺れる。 背を壁に預け煉谷 耀(ib3229)は、瞳を開けた。 『間違いない。奥に3体、目立つ色の駆鎧が並んでおる』 「‥‥ありがとなの」 足元で小鳥から本来の姿に戻る管狐『澪月』に水月(ia2566)ペコっと首を垂れる。 「一先ずここを離れよう。何処に『眼』があるかわからん」 「‥‥わかったの。澪月さん、しばらくお休みしておいてなの」 『うむ。必要になったらいつでも呼べ』 耀の言葉に水月はこくりと頷き、澪月を宝珠の中へと戻した。 ●工房 「かぁ! なんでそこまで厳重で、まんまと盗まれんだよ!」 がしがしと頭を掻きながら久坂・紅太郎(ib3825)が技術者を問い詰める。 「め、面目ない‥‥」 「まぁまぁ、そんなに技師さん責めなくてもいいじゃん」 苛立ちを露わにする紅太郎と技師の間に小伝良 虎太郎(ia0375)が割って入った。 「でさぁ、その三人組だっけ? その盗人たちは街の人間なの?」 「それがわからないんだ‥‥、何せ目撃者がいない」 「見張りの交代時間に合わせて狙われたらしいぜ」 「うわ、用意周到だね‥‥けっこう知能犯?」 「まぁ、そうだろうな。んでさ、その見張りの交代時間を知ってた人数ってのは、けっこういるのか?」 「工房の人間ならば知ってはいるが‥‥。まさか手引きした人間がいるとでも‥‥?」 「可能性は0じゃないよね」 「そんな、一体何に為にそんな‥‥」 「なんでって、、最新型の駆鎧なんでしょ? そんなの欲しい人一杯いると思うよ?」 「だな。個人じゃなくても、他の工房が技術を盗む目的で、ってことも考えられるしなぁ」 「ま、まさか‥‥」 技師は一杯に目を見開き、何度もかぶりを振った。 「ま、とっ捕まえて履かせるのが一番早いだろ。本当にお仲間が悪さしてるのかどうかもすぐにわかるさ」 「だね!」 ●港 「こんなもんでいいのか?」 船用の係留縄の束を前に、かくりと首を傾げる漁師。 「はい、十分です。ありがとうございます」 海の大男がやっと運べるかと言う巨大な縄の束をアナス・ディアズイ(ib5668)は、軽々と持ち上げる。 「うお、すげぇな‥‥。こんがちっこい嬢ちゃんがなぁ。さすが開拓者だ」 「この程度、どうという事もありません。それよりも、重りの方は」 「ん、ああ。そうだったな。っても、錨位しかねぇけど‥‥いいのか?」 縄は所詮は植物を編んだ物。錨となればそれこそ鉄の塊だ。 さすがのアナスもそれは無理だろうと、漁師は心配するように見つめるが。 「問題ありません。何処にありますか?」 当のアナスはまるで気にするようすもなく、にこりと凛々しい笑顔を返した。 ●工房 「‥‥ここの倉庫の一番奥に陣取ってるの」 「中は広い。アーマーでの稼働に問題は無いだろう」 工房の片隅に借りた一室に、開拓者達が集う。 偵察組がもたらした情報に、一行は耳を傾けていた。 「奥ですか‥‥さすがに警戒しているのでしょうね」 「入口が一か所だから、どうしても距離があるよな‥‥」 水月が書き記した見取図を前に、アナスと虎太郎は両手を組みうーんと唸る。 「‥‥でも、どうして、こんなに分かりやすい場所に‥‥」 「ああ、それは俺も感じるな。しかも倉庫なんて逃げ場がない‥‥これじゃまるで籠城だぜ」 「籠城‥‥まさか!」 紅太郎の言葉に何かを思いついたのか、虎太郎がガバッと顔を上げた。 「‥‥どうしたの?」 「も、もし仮にだよ? 紅太郎の言った通り、籠城だとすると‥‥、打開策はただ一つしかないじゃないかな」 「打開策‥‥?」 「なるほど、そうか! ‥‥援軍だ!」 虎太郎の言葉を引き継ぐ様に発言した耀に、集った一行が固まった。 「偵察中、中での会話に『明日』と言う言葉を捉えた」 「明日‥‥? まさか明日援軍が来るという事なのですか?」 「可能性は極めて高い」 「もしおいら達の読みが正しければ、随分と急展開なにってきたよ!」 神妙に頷く耀の雰囲気に、返す虎太郎の声にもどこか緊張が見て取れる。 「とにかくだ。とっとと捕まえて口を割らせりゃ、わかるんだろ?」 と、皆の報告をじっと聞いていたグリムバルド(ib0608)がようやく口を開いた。 「その為に集まったんだ。お前等は違うのか?」 ある者はニヤリと、ある者はムッと、表情を変える中、グリムバルトはまるで挑発するように皆を見渡す。 「皆、いい顔するじゃねぇか。こりゃ頼もしい限りだね」 それぞれの表情のうちに秘めた自信を感じ取ったのか、グリムバルトは不敵に微笑んだ。 ●倉庫 潮騒が耳を撫で、辺りを満月の恵みが照らし出す。 『まだ居る。用心深い事にすでに乗り込んでいるがな』 煙と共に本来の姿に戻った澪月が水月の足元で呟いた。 「‥‥わかったの。澪月さん」 報告に頷いた水月は、澪月に手を差し出した。 『うむ』 差し出された小さな手に、澪月はくるりと身体を巻きつけたかと思うと、すっと光に溶け水月と同化する。 「搭乗前ならば色々とやりようもあったが‥‥致し方あるまい」 耀は用意していた短刀を懐にしまい込んだ。 「ガチンコ勝負って奴だろ? いいじゃん、その方が燃えるしさ!」 右拳を左掌に打ちつけながら、虎太郎は無邪気な笑みを浮かべる。 「それじゃ準備はいいな? 行くぞ!」 各人の持ち場を確認し、紅太郎が取っ手に手をかけると、一気に押した。 「ヴェルガンドの初陣、勝利で飾らせてもらおうか!」 開け放たれた扉から真っ先に飛び込んだのは、アーマー『ヴェルガンド』を迅速起動させ乗り込んだグリムバルトだ。 「これは勝負ではありませんよ。あくまで目標は対象の鹵獲です」 同時に迅速起動でアーマー『リエータ』を起動させたアナスが、グリムバルトに並んだ。 鉄の巨人たちが静かに佇む中を、二機のアーマーが疾駆する。 「「「な、なななっ!?」」」 突然の侵入者に意表をつかれ、戸惑う三人が慌ててハッチを閉めようとする間に、二体のアーマーは一気に距離を詰める。 『機動性重視の機体ですか。しかし!』 用意していた巨大な錨付き係留縄を、アナスは白い機体に向け投げつけた。 『う、うわっっ!!』 『え‥‥っ!?』 しかし、縄が白の機体を捉えたと思われた瞬間、白い機体は姿を消す。 「上だ!!」 一足遅れて入って来た紅太郎が、大声で倉庫の天井を指差す。 そこには、一気に倉庫の梁にまで跳躍した白い機体が見下ろしていた。 『な、なんて跳躍力ですか‥‥!』 『さすが最新鋭機だな、やってくれるぜ!』 先行する二機が白の突飛過ぎる性能に目を見張る中。 『GT! こいつ等が例の悪者なんだね!』 『お‥‥? おおっ! そうだ、そうだぞノービス! こいつ等が悪の結社『あーまーほいほい団』の連中だ!!』 梁の上の白の問いに、地上の青が答えた。 「あ、あーまーほいほいだん‥‥?」 ぽかんと口を開く耀。 「か、かっ――」 キラキラと瞳を輝かせる虎太郎。 「‥‥ひどいねーみんぐせんすなの」 うんざりと溜息をつく水月。 「けっ‥‥え? えっと、えっと、そ、そうだよな! 酷いネーミングだよな! ハハハ‥‥」 から笑いの虎太郎。 「つべこべ言ってる場合か! 俺達も行くぜ!」 漂いかけたまったり感を払拭するように、紅太郎が叫んだ。 ● 『無傷で奪取とクライアントからの要望だ。わかっているな』 「‥‥」 内なる澪月の声にこくこくと頷いた水月は、倉庫全体を見渡し大きく空気を吸い込んだ。 「大人しくその機体を返すの‥‥!」 吐き出される声は鈴の音。 柔らかく澄み渡る鈴の音はレンガの壁に反響、 「‥‥星の瞬き、真夜の誘い――眠れ眠れ、深い深いまどろみの中に――」 囁く様な小さな声にもかかわらず、誰の耳にもしっかりと届く優しい子守唄。 夏の夕暮れに揺れる風鈴の音にも似た甲高い澄み音が倉庫を支配した。 『ふあぁぁぁ‥‥。なんだか眠く‥‥なって‥‥』 『うぅ‥‥ん、ママぁ‥‥むにゃむにゃ‥‥』 鈴の音に、ふらふらと不自然に機体を揺らす白と赤。 『効いているぞ、主殿』 「‥‥」 唄謳いを続けながらも、澪月の声にこくっと頷いた水月は、最後の仕上げにと息を継ぐ。 『なんだこんな歌!』 瞬間、青い機体から盛大なだみ声が。 『その勝負買った!!』 「え‥‥?」 『おぉれはGTぃ! がぁきばんちょぉぉ!!!』 鈴の音をかき消しても足りぬ超音量のバリトンボイス。 サムライの咆哮すら越える大不協和音が、水月の歌声を上書きする。 『ぐっ‥‥! な、なんだこの騒音はっ!?』 「‥‥耳が痛いの」 耳を劈く爆音に澪月共々水月は耳を塞いだ。 『うっ‥‥! 最悪の寝覚めだけど、ありがとうGT!』 GTの美声?に叩き起こされる形となったノービスは、 『この機体はアヤカシ退治の為に使うんだ! お前等なんかに渡すか!』 アナスへと標的を定め、梁を蹴った。 『ま、待ちなさい! 貴方達は何か誤解をしています! 話を聞いて!』 『うああっっ!!』 いきなりの展開に戸惑うアナスを完全に無視し、正義の心を燃やすノービスは巨大な剣を振り下ろす。 「‥‥白壁巨、佇立す、なの!」 固まるアナスの目の前に、巨大な白い壁がせり上がる。 『え‥‥うわああぁっ!?』 いくら宙を泳ごうとも落下の速度は変わらない。 白い機体は突如せり出した白い巨壁に、ガツンと小気味のいい音を響かせぶつかった。 水月は三体が連携を組めぬよう、倉庫の至る所に白壁をせり立たせる。まるで迷路のように――。 ● 「ふむ‥‥性能は目を見張るものがあるが、操者は素人か」 アナスと対峙する白い機体を横目に見ながら、耀は自らの獲物へ視線を向けた。 「虎太郎、正面は任すぞ」 共に赤い機体へと当たる虎太郎にそう言い残し、耀が闇へと溶ける。 「おうさ! 言われなくても!!」 ぱきぽきと拳を鳴らし、虎太郎は赤い機体を睨みつけた。 『うわわっ! 来るな来るなぁ!!』 赤は巨大な魔槍砲をぶんぶんと無秩序に振り回す。 「さあ、悪戯の時間はお終いだぞ! 大人しくお縄をちょうだいしろってんだ!」 地面に降り積もった埃を盛大に巻き上げ、虎太郎の姿がそこから消えた。 ● 『どうやら、お前がリーダー格の様だな!』 『ぎくっ!』 わかりやすくびっくりする青の操縦者に、グリムバルトは大盾を構えじりじりと距離を詰める。 『大人しく俺達に捕まるか、それともちーっとばかり痛い目を見るか。今なら選ばせてやるぜ?』 『ふ、ふん! そんな大口叩いても、お前も素人みてぇじゃねぇか! なら性能差で俺様の方が有利なんだよ!』 『ふむ、なるほどな』 初の起動ではやはりぎこちなさがにじみ出てしまうのか。それを見抜いたGTに、グリムバルトは感嘆の声を上げる。 『操縦技術はお互いイーブン。で、機体性能はそっちが上』 『ふっ! ようやくわかった様――』 『だがな』 器用にアーマーをふんぞり返らせる青に向け、グリムバルトは叫んだ。 『経験では圧倒的に俺が上だ!』 ● 倉庫を区切る白壁の影を悟られぬように渡る紅太郎は、積み上げられた備品を手に取り頷いた。 「よし、これだけ集まれば」 備品を一か所に集めた紅太郎は、事前に打ち合わせていた通り戦闘中の仲間へ向け声を上げる。 「グリムバルト!」 『おうっ!』 青い機体と力比べを演じていたグリムバルトが紅太郎の声に即座に呼応する。 「おらぁ! こっちは生身だぜ! かかってこいよ、卑怯もん!」 突然引いたグリムバルトに体勢を崩された青い機体に向け、紅太郎が腹の底から吐き出した咆哮を浴びせた。 『け、けっ! 卑怯もんの何が悪いって言うんだ! ようは勝てばいいんだよ!』 挑発は成功し、青い機体は紅太郎に狙いを定める。自慢の二門の大筒で――。 「げっ!」 『紅太郎ぉ!!』 瞬間、長い筒の奥で赤い光が瞬いた。 ● 倉庫内に響く轟音に、皆の動きが一斉に止まった。 「‥‥こんな狭い所で!」 水月は砲撃により破壊された白壁の間を走る。 「紅太郎さん、グリムバルトさん!」 後方から全体を見える様に白壁を敷いた水月には、戦場となった倉庫の全容が見て取れる。 先の轟音は青い機体から吐き出されたもの。仲間に二人に向け――。 『紅太郎、大丈夫か?』 「ててて‥‥。グリムバルト、助かっ――って、そ、その腕!」 頭上から降り注ぐ仲間の声に顔を上げた紅太郎の目に、右腕を吹き飛ばされたヴェルガンドの姿が映る。 『ああ、このくらい問題無い。だが、この威力は侮れねぇな』 右腕があった場所から煙を上げながらも、グリムバルトは機体を青へ向ける。 『そんな心配そうな顔すんなって。まだ俺にはコレがある』 と、グリムバルトは左腕に装備された大盾をかざして見せた。 『砲撃を他所へやったりはしねぇよ。この盾にかけてな』 ● 『う、うわわぁ! ママぁぁ!!』 「おいらはママじゃないって何度言えばわかるんだ!」 「いや、虎太郎の事ではなく、本物の母親へ助けを求めてると思うぞ?」 「えっ!? じゃぁ、やっぱり援軍が!?」 「いやいや‥‥そういう意味ではなくてだな‥‥」 『ママぁ! たすけてぇー!!』 赤い機体に取りつく二人は、装甲の薄い関節部分を狙い、一撃離脱にて攻撃の手を重ねていく。 「しかし‥‥思った以上に固いな」 ぶんぶんと無秩序に魔槍砲を振りまわす赤に、二人は一旦距離を取った。 「それに‥‥意外と力も強いしね。折角の鎖分銅がこの有様だよ」 千切れた鎖を手に虎太郎が呟いた。 「しかし、本当の問題は」 「あっちだね」 と、二人は視線だけを動かし、白壁の隙間から見える青い機体を見据える。 なんとか抑えてはいるが、機体を損傷したヴェルガンドでは少々荷が重くなってきている。 「こっちはこっちで手が離せないし。やっぱあいつ等の出番かな」 「‥‥あまり当てにできぬが、この際仕方が無い」 そう言うと虎太郎は掌に指でわっかを作ると口元に当てる。 そして、耀は懐から一枚の符を取り出した。 ● 『へっ! こんなもんかよ! 弱ぇな!』 『くっ‥‥!』 青い機体はその見た目と同様に超重量級である。そして、力もまた並みの機体を軽く凌駕していた。 グリムバルトの駆るヴェルガンドは右腕を失いながらも善戦しているが、機体性能の差、そして損傷具合から、徐々に押され始めている。 『こうなったら、この機体を捨ててでも――』 グリムバルトは動きの鈍くなったアーマーを捨て、生身で当たろうとハッチに手をかけた。 『な、なんだこいつ! このこの! 邪魔すんな!!』 『‥‥なんだ?』 ハッチにかけた手を止め、グリムバルトが青を見る。 「グリムバルト! 迅に手伝いさせるからもうちょっと頑張ってくれ!」 そこには青の視界を防ぐようにぐるぐると宙を旋回する一羽の迅鷹が。 『あっしの事も忘れないでほしいっすぅぅ!』 『うわっ! 今度は何だ!?』 虚空から現れた『将監』が、まるで背後霊の如くのしかかる。 「つまらん奴だが使ってくれ。弾避け位にはなるだろう」 『酷いっ!? 最近ますます、あっしの扱い酷くなってないっすか!?』 『うわっ! やめろこのこの!』 迅と将監の突然の襲来に、青い機体は右往左往。 『二人とも易かる! こいつは必ず止める!』 そして、グリムバルトはハッチにかけた手を離し操縦桿を握り直した。 ● 『もう降参しなさい。貴方では私には勝てない!』 アナスは無数の牙をもつ大剣をビシッと白に向ける。 『うるさい、悪党! 今、必殺のチャンスの機会を狙ってる所なんだ!』 『チャンスと機会は同意です。それと私は悪党ではありません。アーマーを盗んだ貴方こそが悪党なのです!』 『盗んだんじゃないよ! 借りただけだ!』 『所有者の許可なく持ちだせば、それは盗んだと同じ事です!』 白壁に囲まれた闘技場めいた空間で対峙する二体は、互いを牽制し合う。 『違う! これはアヤカシ討伐の為に――』 『‥‥まあいいでしょう。そろそろ時間です』 一転、アナスの声に余裕が浮かぶ。 『じ、時間‥‥?』 長々と口上を垂れ流していたこの時間こそがアナスが作り出した機会。 『待たせたな!』 『えっ!?』 いきなり背後から掛けられた声に、白は上半身をくるりと捻る。 そこには真紅の装甲に金の彫金が眩い紅蓮の鎧が立ち尽していた。 『な、なんだお前は! 一体どこから――』 『今っ! これが本当のチャンスと言う奴です、よっ!』 白が現れた『暁』に気を取られた一瞬の隙をアナスは見逃さない。 錨を結わえた大縄を再び手に取ると、白へ向け投げつけた。 ● 「1,2、とん‥‥1,2、とん‥‥」 瞬脚による一撃離脱を繰り返しながらも、虎太郎は赤の挙動にじっと目を凝らしていた。 「ふーん、なるほどね」 素人丸出しの操縦技術。機体に頼り切った戦い方。このまま攻め続ければ練力切れで捕獲は容易かもしれない。 だけど、相手は一体じゃない。 限られた時間の中、虎太郎は野性的な洞察力で赤の『癖』を見出していた。 『うわぁっ! こっち来るなぁぁ!!』 巨大な魔槍砲を振りまわす赤が、無恰好な反撃を試みた。その時。 「こそっ!」 虎太郎が叫ぶと共に、何もない空を拳で打ちつける。 「はぁぁぁ!! 空を裂いて飛んでけっ!!」 同時に、見えない弾丸が気合と共に放たれ、着地寸前の赤の脚を掬った。 ● 『もう手はねぇだろ?』 将監を背に背負い、迅に頭をつつかれ、ヴェルガンドが牽制する青。 「遊びはお終いだ」 赤の腹の上。耀がハッチの隙間に短刀をねじ込み、低く呟く。 「そうそう、大人しく言う事を聞いといた方が身のためだよ?」 虎太郎に足を掬われ、床に大の字に転がる赤。 『焔』に羽交い絞めにされ、回転鋸刃を喉元に突き付けられた白。 『こうされちゃ身動きできねぇだろ!』 『‥‥チェックメイト。貴方の負けです。これ以上削られてくなくばハッチを開けて降参しなさい』 「‥‥勝負あったの」 全体を見渡しながら、戦場を区切る白壁を随時操作していた水月が、ふぅっと一息ついた。その時。 『くそっ!! スネーク! あれだ!!』 『え‥‥? わ、わかったっ!!』 進退極まった青のだみ声に組みふされた赤の指先が反応した。 強烈な閃光が倉庫の中を一瞬にして白の世界に染め上げる。 「くっ、閃光か! だが!」 しかし、いくら強烈な閃光も耀の暗視の前には意味は無い。 「皆、決して逃がすな! しっかりと捕えておけば――なっ!?」 『へっ!』 だが、そこに耀は見た。キュルキュルと車輪を鳴らし旋回する青い機体。そして、 ドゴォォォン!! 再びの轟音が倉庫内に響き渡る。 「まずい‥‥! グリムバルト、青が逃げるぞ!」 『なっ!』 呼ばれたグリムバルトが必死に機体を動かそうとするが、焼かれた眼は未だ回復していない。 同じく目を焼かれた迅と将監を振り落とし、青は砲撃で開けた倉庫の壁から逃げ出した。 ● 閃光が収まり、再び薄い闇が倉庫を支配する。 組み敷かれた白と赤。そして、倉庫奥に大口を開ける壁。 『くっ! だが、その機体で逃げ切れるか!』 出し抜かれたグリムバルトが大穴から外に飛び出した。 『‥‥くっそ! どこ行きやがった!』 「まだ近くに居る筈だ!」 『こちらです! 車輪の跡が‥‥って、海‥‥?』 「そんなはずないよ。あんな重い機体で海なんか入ったら――」 「‥‥居たの!」 その海を指差し、水月が叫んだ。 そこには大型の船に乗り込んだ青い機体が、こちらに砲口を向けて佇んでいた。 『お前等! 覚えてやがれ!!』 青が三下丸だしの捨て台詞を吐く。 「回収できたのが一体だけとは」 その隣では、甲板に佇む黒ずくめの男が不機嫌そうに呟いた。 一行が見つめる中、青を乗せた船はゆっくりと沖へと出航していった。 |