【北戦】黒鎖の先兵
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2012/02/28 00:07



■オープニング本文

●東和の戦い
 北面の王たる芹内王の下には、北面東部の各地より様々な連絡が届けられていた。
 アヤカシの軍勢は、蒼硬や翔鬼丸の撃破といった指揮官の多くを失し、何より、魔神「牌紋」の力をも取り込んだ大アヤカシ「弓弦童子」の死によって天儀側の勝利に終わった。各軍は疲労の極みにある身を叱咤激励して逃げる敵を追撃し、一定の打撃を与えもした。
 しかしその一方で――
「敵は新庄寺館より動く気配無し。朽木にたむろするアヤカシも周辺に出没し始めております」
「ううむ」
 芹内は思わず唸った。敵に確か足る指揮官を欠いているがゆえだろうか。アヤカシは先の戦いで一部破損はしているものの、かつて北面軍が防衛線の一角に築いた城を、今は自らの拠る城として立て篭もっているのだ。
 また、各地には、はぐれアヤカシが跋扈し、朽木の奪還もこれからだ。このままでは、弓弦童子を討ったとはいえ、東和平野の一角がアヤカシの手に落ちてしまう。
 どうやら、まだまだ休むことはできないらしい。

●???
「――」
 大気を振るわせる笛の音にも似た、人の耳では捉える事の出来ぬ声。
『ふむ‥‥弓弦が逝ったか』
 笛の声に答える亜螺架は、別段何の感慨も抱かず長く伸びた黒髪を風に揺らせた。
 遥か北面での合戦は開拓者達の勝利に終わった。その事実は使い魔の報告により既に得ている。
 しかし、亜螺架にはその事実が意外だった。人が呼んだ名称であるが、一時は冥越八禍衆の一旗として肩を並べた大アヤカシである弓弦が、禁珠の力を借りてなお開拓者達に呆気なく破れたという事実が。
『‥‥人の力、やはり侮れぬか』
 目の前の笛の声を発する使い魔は、なおも事務的に状況の報告を続けている。その声を背景音に亜螺架は霧に霞む空を見上げた。
 見上げても眩しさに目を細める必要はない。立ち込める霧がその強烈ともいえる光を遮っている為、陽光は辺りをぼんやりと照らす明りにしかならない。
「――」
『‥‥なに?』
 なおも続けられていた笛の声の報告の一文を聞いた途端、亜螺架の表情が曇りを帯びる。
 笛の声が嘘などつく訳はない。それは亜螺架が作ったアヤカシ『アヤカシ兵器』である。ただ情報を集め報告するだけの単純な『仕組み』。
『今、護大といったな?』
 そんな従順な使い魔が発した声に問いかけた。
「――」
 しかし、使い魔はその問いに答えることなく、再び報告の続きを開始した。
 それも当然だ。問いかけに答える『仕組み』など元よりつけてはいない。そう作ったのだから。
 亜螺架は目の前でさえずる使い魔を一瞥すると、再び視線を外し空を見上げた。
『ふむ‥‥護大が野に残されているのか』
 ぼんやりと輪郭を崩す太陽が変わらずそこにある。見上げながら亜螺架は思考を加速させる。
 大アヤカシが他のアヤカシと一線を画す最大の特徴。その一つが『護大』だ。
 上級アヤカシを含む有象無象のアヤカシが人の負の感情によって増大した瘴気を元に形作られるのに対し、大アヤカシと呼ばれる強大なアヤカシは、そもそも自然に発生しない。
 大アヤカシと呼ばれる者達は例外なくその体の内に、『護大』を持っているのだ。かつて理穴の合戦で炎羅が倒された際に現れた『小指』の様に。
『‥‥面白い』
 思考を減速させた亜螺架がふと不敵な笑みを口の端に浮かべた。
『弓弦の力、我が喰らってやろう』
 上級アヤカシを含む有象無象のアヤカシにも、大アヤカシへと変じる手がある。それは『護大』を身体のうちに取り込む事。
 護大はアヤカシを選ぶことはない。それを内に抱いた者に無条件に強大な力を与える。そう、大アヤカシと呼ばれる程に強大な力を。
『場所を言え。それ以外の報告はいらぬ』
 元は脆弱なカビであった自身がついに――。
 笛の声が吐き出した言葉に、亜螺架が持つ最大級の欲望が刺激された。
 力も持たず、ただカビの様に生ある者に取りついて少しずつ少しずつ生気を『吸わせてもらう』だけの劣等種であった身が、それさえあれば、それだけのことでアヤカシの究極形『大アヤカシ』へと変じれる。
「――」
『待っていろ護大。その力、我が使ってやろう!』
 亜螺架は感情を露わに、誰の目を気にする事もなく大声で笑い声を上げた。
『法禍』
「‥‥」
 亜螺架の声に呼応するように、闇の一角が割れる。
 そこに佇む人影は無言のうちに使い魔の脇を抜け、亜螺架の袂へ。
『これを使え。そして、必ず奪ってこい』
 短く切り揃えられた短髪が頷きと共にふわりと揺れる。
 上半身を紅い革鎧に包む無表情の女に、亜螺架は刀身から柄に至るまで全てが闇色に染まった一本の刀を差し出した。
「‥‥刀は苦手」
『振う腕などいらぬ。ただ刀の衝動に任せろ。握ってさえいれば後は刀が全てを終わらせる』
「‥‥わかった」
 再びこくりと頷いた女は何の躊躇いもなく、光すらも吸い込みそうな黒い刀を受け取った。
『行け、法禍。与えてやった力とその刀があれば例え開拓者がいようと容易い。必ず我が元へ護大を持ってこい』
「‥‥」
 三度頷く女はくるりと体を返すとそのまま闇へと消えた。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂
刃香冶 竜胆(ib8245
20歳・女・サ


■リプレイ本文

●草原
 肌を撫でる空気はまだ冷たいが、降り注ぐ日差しは春のもの。
 麗かな陽気の元、激戦地であったこの地の浄化は選りすぐられた巫女達の手によって、粛々と進めらる――筈であった。
「やぁぁっ!」
 キンッと甲高い短音を響かせ、天河 ふしぎ(ia1037)が氷の一撃を弾く。
「くそっ! なんでこんな所にこんなアヤカシが居るんだ!」
「瘴気はアヤカシの元気の源ですからね〜。浄化されてしまうと、きっと困るんですよ、はい」
 赤目玉の放った火輪を、瞬時に打建てた鉄壁で防ぎながらディディエ ベルトラン(ib3404)は素早く周囲へと視線を巡らせる。
 ヘラルディアや水月を加えた巫女部隊が展開し、瘴気浄化を行い始めたのが1時間前。護衛の為に集った開拓者達が結界防衛の為に準備を進める中、それは忽然と現れた。
「残り時間は!?」
「‥‥後20分強です!」
 青目玉が放った氷柱を避けながら叫んだふしぎに、御調 昴(ib5479)は答え、開拓者を無視し巫女達へと向かう紫目玉の進路を塞ぐように回り込み、魔槍砲を天へと向けた。
「悪いですけど、ここから先は行かせませんよ!」
 引き金を引くとと同時に火口より生まれる極小の爆発が宙に爆炎の障壁を形成する。
「そうです、水月様達をやらせる訳にはいきませんっ!」
 紡がれる浄化の祝詞に混じる細く澄んだ歌声に耳を傾けながら、趙 彩虹(ia8292)は棍の先を天へと向ける。そこには悠然と漂う黄目玉が周囲にぱちぱちと電撃を撒き散らしながら漂っていた。

 その一方で――。
 まるで伏兵の様に、緑の目玉がするりするりと主戦場を避け巫女達が浄化を進める結界へと迫る。ディディエの造った鉄壁の陣を迂回し、通り過ぎようとした、その時。
「はっ!」
 まったくの無気配から放たれた覇気に目玉は中空で立ち止まり巨大な眼球をぎょろりと揺らせた。
「遅いっ!」
 声は地面の中から。塹壕に身を伏せていた皇 りょう(ia1673)は目玉が斬撃を生むより早く、天を貫くほど長大な光の筋『天辰』が爆ぜる。
 目玉はと状況を理解する間もなく短い断末魔を上げたのち、左右対称にその体を分断させた。
「まずは一匹! 5匹が1、皇 りょうが討ち取ったり!」
 瘴気へと還る目玉を一瞥し、高らかに勝ち鬨の声を上げたりょうは。
「異形なれど、所詮はアヤカシの残党! 一気に蹴散らさん!」
 塹壕の影から主戦場へと躍り出た。


「この気配‥‥」
 りょうに一撃のもとに叩き伏せられた緑目玉が瘴気へと還り、残る4つとなった目玉へ攻撃が殺到する中、切先を振るい刃香冶 竜胆(ib8245)が目玉の一群から視線を逸らす。
「‥‥人でありんすか?」
 何気ない草原に何気なく佇む人影。一見すれば開拓者の様でもあるその人影、しかし。
「新手、時間差とは小賢しい」
 発せられる気は明らかに人のそれとは違う異質なものである。竜胆は逸早く目玉へ向けた切先を下ろし、現れた人影に向けた。
「新手、接近! 皆、心しんす!」
 竜胆は戦場全体へと響く咆哮にも似た大声で仲間達へとその出現を知らせる。
 そして、自らは悠然と歩いてくる人型へ向け距離を詰めた。
「女でありんすか。獲物、鞭、刀‥‥珍し、組み合わせでありんすな」
 短く纏められた髪型からは性別を確定するのは難しかっただろうが、胸に突き出た突起に竜胆は人影の正体を見る。獲物は腰に下げられた革製の鞭。そして、だらりと下げられた左手に無造作に握られた柄まで黒い闇色の刀。そして――纏う負のオーラ。
「アヤカシ、喰われた、人の成れの果て‥‥哀れ」
 竜胆は向けられる目に視線をぶつけそう呟くと、人影へと正対した。


「新手だって!」
「慌てるな、新手は刀香冶殿が押さえている! 我々は彼奴等を滅する事に注力すればいい!」
「う、うんっ!」
 りょうの檄にこくりと頷いたふしぎ。二人は氷の様にやや透き通る青目玉を見上げる。
「新手は人型の様だ。おそらく、真打であろう」
「えっ!?」
「なればこそ、我らが総掛りで当たるべきだ。目玉に邪魔などさせる訳にはいかぬであろう!」
 りょうは迷いの振りきれぬふしぎに向け声をかけると、宙に浮く青目玉に向け刀の切先を仄かに光らせた。
「ごめん、りょうの言う通りだね。まずはこいつらからだっ!」
 一度下を向き二頭を握る拳にグッと力を込めたふしぎが顔を起こす。
「かかってこいっ!」

「ディディエ様、ちょっとこの壁お借りしますっ!」
 幾ら棍が長かろうと、宙を自在に飛ぶ目玉を捕えるのは容易ではない。
 彩虹は宙へと舞う為、ディディエの鉄壁を足場に利用した。
「わ、私を踏み台にした〜!?」
「えっ!? ごごごごめんなさいっ!?」
「――あ、いえ、ちょっと言ってみたかっただけですのでお気になさらずに〜」
 空中で器用に振り返り詫びる彩虹に、ディディエは一瞬作った驚愕の表情をすぐさま崩し、手をひらひらと振った。
「うぅ‥‥ディディエ様いじわるです‥‥って、ひゃっ!?」
 ディディエのペースにどっぷりハマりかけた彩虹はふるふるとかぶりを振り、空を振り返った。
 そこには、もう手を伸ばせば届きそうなほど近づいた紫色の目玉がぎょろりと彩虹を見つめていた。
「こ、このぉぉっ!!」
 身体は宙にあり方向転換はできない。更にこの距離では棍を振りまわすのも困難だ。
 しかし、彩虹は猫科の動物にも似た軟体を持って、身体を弓状に引き絞ると――。
「ここから先には行かせないと、言った筈ですっ!!!」
 弓型が戻る反動を利用し、両手に握った紺を目玉へと叩きつけた。

「はてさて、ここには護大はないんですけどね〜」
 宙に舞った彩虹が大上段に紫目玉を叩き落とすのを確認し、ディディエはふと呟いた。
「かと言って、ないって言ってしまうと回収組がきついですよね〜」
 ここにアヤカシが現れたという事は、事前に情報にあった護大が目当て。
 その目的物が無いとわかれば、アヤカシ達は進路を変え、回収に向っている者の元へと向かうだろう。
「まぁ、させませんがね」
 ここで護大をアヤカシの手に渡すわけにはいかない。ディディエは45度右へと振り向き、鉄壁に炎をぶつける赤色目玉を見上げた。


「‥‥邪魔。退いて」
「そう言われ、退く者など、ここ、いんす」
 それ自体がまるで生き物の如く荒れ狂う鞭の応酬を、絶妙な距離感と威嚇射撃によっていなす。繰り出される。
「‥‥む」
 戦うでもなく防御するでもなく、ただ先に進ませない。巧みな攻防を見せる竜胆に、人影は不機嫌に顔を顰める。
「腰の物、はったりでありんすか?」
 竜胆は誘っていた。
 ほとんど単身で乗り込ん来るほど、腕に自信があるのだろう。ならば、その力の全てを晒させると。
「‥‥」
 人影は更に眉をひそめると。
「‥‥刀は嫌い」
 と言いつつも、腰にさげていた漆黒の刀を抜いた。
「禍々しき中、絶世の美しさ、ありんす」
「‥‥えい」
 黒刀に魅入る竜胆に容赦のない一撃が降り注ぐ。
 その細い腕の何処にそんな力があるのか。まるで童が木の枝を振りまわす様に振られた黒刀は竜胆の霊剣を容赦なく削る。
「振るう者、無粋なれば、持ち腐れ、甚だし」
 打ち降ろされる黒刀は、太陽の光すら吸収してしまいそうな真の黒。竜胆はその刀の美しさに惹かれながらも、繰り出される攻撃を跳ね返し、後方へと飛んだ。


 バチバチと今にも放電しそうな雷帯を纏う目玉は、悠然と結界へと宙を泳ぐ。
「雷撃ですか‥‥でも!」
 昴は両の手に魔槍砲を握り直すと、彩虹を倣い鉄壁の上に身を躍らせた。
「知っていましたか? 雷は熱に弱いんですよ!」
 ぎょろりと瞳孔を細めた目玉へ火口を向け、相対す昴は。
「反撃する暇も与えません‥‥! 吹きとべっ!!」
 気合と共に脹れあがった気を二本の腕から、二丁の魔槍砲へ。
「はぁぁぁっ!!」
 魔槍砲二丁がまるで息をつく暇なく生む爆発は、目玉が発する雷ごと本体を覆い尽くして行く。
 練力の全てを吸い尽くさんばかりに吼える魔槍砲『連昴』を昴は暴れ馬を御するかの如き、力強い反動制御と繊細な練力制御を持ってその威力の最大値を引き出す。
 これまで魔槍砲と長きを共にしてきた昴であればこそできる技であった。
「‥‥これがほんとの目玉焼き。‥‥なんて、ね」
 電撃を発する暇さえ与えぬ圧倒的な連爆の末、目玉はぼとりと力無く地に落ちる。
 濛々と立ち込める爆煙を見つめ、昴は誰の耳にも届かない様、ぼそりと呟いた。

「あら、蒸発してしまいましたか〜」
 放たれた氷の矢は赤目玉の放った火輪によって、瞬時に蒸発する。
「それじゃ、これならどうですかね〜」
 次に放たれたのは二本の氷の矢。――蒸発。
「ふむふむ〜、ではこれでは〜?」
 次いで三本。――蒸発。
「なかなかやりますね〜」
 四本。――蒸発。
 矢を重ねついに26本もの束が目玉を目掛けて放たれる。――蒸発‥‥いや、うち2本が炎の壁を越え目玉に傷を刻んだ。
「この辺りが限界の様ですね〜。ではでは」
 ディディエが一際大きく杖を振りかぶる。
 生み出されるのは、合計50本以上の氷の矢。
「お疲れさまでした〜」
 ギョッと目を見開く目玉に向け、ディディエは軽く杖を振るった。


「ごめん、お待たせっ!」
 竜胆に声をかけるなり、人影に向い二刀を構えるふしぎ。
「目玉は全部やっつけたよ! 後は、こいつだけだ!」
「中々、面妖な術、使い手。油断、しんす」
「あれが新手ですか‥‥」
 継いで駆け付けた彩虹はギュッと拳を握り人影に相対すと、渇いた喉にごくりと唾を流し込む。
「‥‥この感じ、なんだか心がざわつく? 貴女は一体‥‥」
 神経がちりちりと線香の火の様にゆっくりと燃えていく感覚。
「彩虹さんもですか‥‥」
「え? 昴様も‥‥?」
「はい‥‥この感覚、もしかして」
 その感覚は、二人がある時を境に感じだした物であった。そう、あの邂逅の時から――。
「‥‥退いて。亜螺架が護大欲しいって言ってるの」
「あ、亜螺架だってっ!?」
 目の前の人影が発した言葉に、ふしぎが驚愕の声を上げる。
「え〜、どういうことでしょう〜? 皆さん、あのお嬢さんをご存知なので?」
「‥‥冥越八禍衆の一旗、亜螺架の手の者です」
 最後に駆けつけたディディエに、彩虹が緊張を含んだ声で答える。
「‥‥いくら亜螺架の手の者であろうと、開拓者6人相手に一人でやり合おうというのか」
 りょうが人影と対峙する竜胆と並び刀を抜き、二人の前衛に続き、残る四人も戦闘態勢に入る。
 形勢は明らかに開拓者側に傾いたに見えたが‥‥。
「‥‥目玉、役立たず」
 ぽつりと囁いた、その時、人影の背に闇がざわりと揺れた。
「な、なんですかあれは‥‥!」
 揺れた闇は次第に二か所に凝縮していく。
「腕‥‥?」
 昴は思わず声を上げた。闇が固まり人影の持つ刀と似た漆黒の腕が二本、人影の肩甲骨の辺りから生えていたのだ。
「何かある、思いんしたが、面妖、不気味でありんす」
 人影は黒刀を黒腕に預けると、自身の腕で鞭を構えなおした。


「人でありながらアヤカシに与する‥‥操られているのか、或いは欲におぼれたか!」
 りょうの刀が春の陽光を思わせる暖かな光を発する。
「‥‥その光嫌い」
 篝火に吸い寄せられる夏の虫の様に、人影はりょうを第一目標と定めた。
 獲物としていた鞭がまるで大蛇の如く宙をうねりりょうへと迫る。
「皇殿、二歩、下りんす!」
「了解した!」
 竜胆の言葉に、りょうは陽光を納め素早く二歩下がった。
 りょうを狙った鞭は、うねりの限界を迎え一直の線になる。
「鞭、間合い、見切りんす。皆、彼の間合い、崩さねば、捕えられる事、ありんす」
 皆が駆けつけるまで一人で人影の相手をしていた竜胆は、自ら積極的に打って出ることは無く、ひたすら牽制に注力していた。
 もちろん時間稼ぎの意味合いもあったが、それ以上にいきなり現れた正体不明の異物の分析の為であった。
「‥‥こっちも出れば済む事」
「それはどうでしょうかね〜?」
 苛立ちの混じった声で呟いた人影に返す言葉はディディエのもの。
「‥‥む」
 反応に気付いた時にはもう遅い。人影の脚ものとは大地より伸びた太い根により羽交いにされていた。
「‥‥こんなもの」
 動きを抑え込む邪魔な根を空いた黒腕で引きちぎろうと身をかがめた時。
「隙あり、ですっ!」
 瞬脚により一気に距離を詰めた彩虹が棍を振り上げ襲いかかる。
「うわっとっと!」
 しかし、残った黒腕が握る黒刀の一閃に彩虹は急制動。鼻先一寸で急停止した。
「ならばこれはどうですか!」
 地面に轍を刻み止まった彩虹とは真逆、背を取った昴は再び二丁の魔槍砲を構える。
 狙いは足元、引きちぎられたディディエの絡み根が生えていた場所だ。
「はぁぁっ!」
 吐き出される無数の爆発が地面を吹き飛ばし、人影の身体が傾いだ。
「‥‥ぐっ!」
 人影から始めて漏れる苦痛の吐息。
「泡沫の夢の如き、力、身につけんと、其、真力、あらず」
 水平に構えた刀を眼前に、竜胆が地を蹴った。
 爆発でバランスを崩した人影は、視界に捉えた竜胆を迎え撃とうと黒腕を伸ばすが。
「夢は夢、幻は幻、消え去りんす!」
 平突きからの横一閃。竜胆の刃が突き出された黒腕を真っ二つに引き裂いた。
「‥‥む」
 切り裂かれた腕に、無感情であった人影に明確な怒りが現れた。
 刀を振り抜き一瞬の隙を作った竜胆に黒刀が振り上げられる。

「時よ!」

 叫びと共に世界が静止した。
 ふしぎは無音の世界をひたすらに駆ける。目指すは振り上げられた黒刀の手元。肩から生み出された黒の巨腕!
「その刀は‥‥いやな感じがするっ!」
 ほんの一息つくかつかないかの刹那の時を駆け抜けるふしぎは、手にした二刀を並列に合わせ下袈裟に構えた。
「誰一人として、やらせないんだからなっ!」
 時が戻る。
「浄化は終了しました!」
 と同時に、後方から巫女達の声が響いた。


「‥‥」
 二本あった黒腕の双方を斬り落とされた人影は、無関心にその場に佇む。
「まだやるというのであれば相手をするが?」
 刀を納めたりょうの言葉に、人影はふるふると首を振る。
「‥‥護大無くなった。もう用は無い」
「ま、待つんだぞ! お前と亜螺架にはどんな関係が! それにこの刀は‥‥!」
 まるで未練も見せず踵を返した人影に、ふしぎは咄嗟に問いかけた。
「‥‥いらない。刀は嫌い。欲しいならあげる」
 そう言うと、人影は地に落ちた黒刀に見向きもせず、散歩でもするようにその場から駆け去った。

「どうします。追いかけますか〜?」
「小生等、目的、巫女達守ることでありんす。深追い、無用、考えんす」
「私も同意見ですっ! 浄化が終わった所ですし巫女部隊も疲れているでしょう、護衛に全力を尽くしましょう!」
「そうですね。このあっさりした引き際‥‥もしかしたら罠という可能性もありますし」
 一行はそれぞれの思いを口にする。悠然と引き上げる人影の背を眺めながら、地に残された黒い刀を見下ろしながら――。