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■オープニング本文 ●清和 戦の気配は冬の風に溶けて流されつつある。 人側の司令部が置かれた清和の街にも、つむじ風の吹き返しの様に人々の活気ある声が戻ろうとしていた。 「――こちらがこの度の戦にてお納めいたしました品の目録になります」 目の前に置かれた目録にさっと目を通し閉じる。それをそのまま目も前に座る老人へとすっと差し出した。 「ほっほっほ。確かに頂戴しましたぞ。いやはや、この度も相も変わらず見事な手腕でしたな、万屋殿」 「お褒めいただき光栄ですわ。大伴様」 白く染まった髭を揺らし満足気に微笑む老人に、黒藍は数々の営業で鍛えた人好きのする笑顔を向ける。 「おかげでこの度の戦も後顧の憂いなく戦えた。いやはや、まったくもって女傑とはお主の様なお人の事を言うのであろうな」 「そのようなお世辞を頂きましても、この請求書の厚みが薄くなることはありませんよ?」 と、黒藍は細く白魚の様な指先で、先程差し出した目録をチョンとつついた。 「っ‥‥。あはははっ、いやはやこれは一本取られましたな。ご心配召されるな、この定家、そのようなせこい駆け引きをするつもりなどありませんぞ」 「それを聞いて安心しましたわ」 「ほっほっほっ。天下の万屋を敵に回すのは、ある意味、弓弦童子を敵に回すより恐ろしい事じゃからな」 「お褒めの言葉として受け取っておきますわ」 深く皺の刻まれた目を糸の様に細め口髭を揺らす定家に、黒藍は人懐っこさすら覚える。 これがかのギルドの総元締め、天儀に散らばる各国の王に匹敵すると言われる実力の持ち主である大人物かと思うと、可笑しくなってくる。 「む? わしの顔に何かついてござるかな?」 「あ、いえ、失礼いたしました。それでは私どもはこれにて、長らく神楽の店を空けて居りますものでそろそろ戻らなくては。たまりにたまった書類の山を想像すると帰りたくない気もいたしますが‥‥」 朗らかな笑みを浮かべる定家につられ、ついつい何の打算もない笑みが零れそうになるのを抑え、いつものこれまでの経験で培った笑みを浮かべた。 「帰りたくない、か。どうじゃ、もう一仕事していく気はないだろうか?」 深く一礼し席を立った黒藍に、定家は自慢の口髭を撫でながら問いかける。 「ご依頼は大変ありがたいのですが、先程も申しました通りそろそろ本店の方へ戻らなくては‥‥」 「いやなに、ごく簡単な仕事なんじゃ。実はな――」 承諾もしていないのに話し始める老人。これがこの人流の駆け引きなのは何度かの取引で心得てはいる。 今回も同じ手に嵌るのだろうか。人の心を読んでいるとしか思えない様な話術がこの老人の本当の武器なのかもしれない。 そんな事を漠然と考えているうちに。 「どうじゃろう。やってはくれまいか?」 「‥‥そのように申されましては、断るに断れませんよ。わかりました、このご依頼お請けいたしましょう」 結局、今回の話も首を縦に振らざるを得ないものになった――。 ●砦 「人の命の何と儚き事か‥‥」 「え? 奥様、何かおっしゃいましたか?」 清和の街から南へ1kmほど下った場所に設けられた木柵で囲まれた簡易な砦。 そこに横たわる人影の誰しもの顔に、周りに降り積もった雪と同じ色をした布が掛けられていた。 「何でもありません。それよりも葬儀の手配は済んでいるのでしょうね?」 「あ、えっと‥‥申し訳ありませんっ! 実はまだ‥‥」 「‥‥手の遅い仕事ならば猿でもできます。どうやら教育が足りなかったようですね」 ひぃと震えあがる日子を黒藍は凍るような視線で見上げる。 「こ、これからギルドへ向かう予定なんですっ!」 「‥‥ギルドへ? 私が頼んだのは葬儀の手配だったと記憶しているのだけれど?」 「あ、その‥‥えっとですね、黒藍様。正直なところを申しますと‥‥葬儀屋さんはどこも手一杯だと断られましてですね‥‥はい」 伏せた目からちらちらと何度も黒藍を見上げ、事の顛末を正直に報告する日子。 この正直さはこの子の美徳。だけれど美徳は時として商売の邪魔になる。それをしっかりと教えないと。 「そこでですね。何でも即日即刻即断即決ずばっと解決な、ギルドさんにですね‥‥」 「‥‥なるほど。そこでズバッと解決なギルドさん‥‥開拓者に葬儀自体丸投げしようという事なのね?」 ギルドと聞かされればどうしてもあの総元締めの顔が浮かんでしまう。あの人好きする笑みの裏に見え隠れする狡猾な狼の微笑が。 「そうなんですっ! さすが奥様、お目が高い!」 「まったくこの子は‥‥。いいですか日子」 「は、はい‥‥?」 「百歩譲ってギルドへ委託する事はよいでしょう。しかし、仕事の丸投げは感心しません」 「は、はい‥‥」 しゅんと項垂れる日子に、黒藍はどこか悪戯な笑みを浮かべてこう言った。 「ですから、貴女が陣頭指揮に立ちなさい。決して我が万屋の名を汚さぬように、ね」 「え‥‥。は、はいっ!」 少女の表情に浮かぶ色は、不安かそれとも期待されたことによる歓喜か。 どちらともとれぬ複雑な表情で微笑む少女の肩にポンと手を置き、黒藍は今にも雪が降り出しそうな低い空を見上げる。 「‥‥いつまでこんな事が続くのかしら」 ふぅと吐き出した白い息に混ぜる様に、小さく小さく誰の耳にも届かぬようそう呟いた。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
シアル(ib8149)
17歳・女・巫
高尾(ib8693)
24歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●砦 「おぅ! あそこに見えるは麗しの黒藍セニョリータじゃあーりませんかっ!」 砦の一角に陣取る黒藍の姿を、喪越(ia1670)が自慢の色眼鏡サーチを駆使し、目ざとく見つける。 「やや! そしてあの脇に立つ少女は‥‥! 純朴であるが故の清楚! 可憐な立ち振る舞いに加えられる天然ボケのエッセンス!」 二人からの距離は相当離れているというのに、喪越の色眼鏡サーチはその関係を瞬時に解析する。 「パラダイスよ、私は帰って来たっ! ‥‥‥‥って、あるぇ?」 感涙と共に突き上げた拳を戦慄かせる喪越に絶対零度を思わせる数多の視線が突き刺さる。 「‥‥何かお呼びでない雰囲気?」 上げた拳をそのままにきょろきょろと辺りを伺う喪越は、突き刺さる冷ややかな視線に冷や汗たらり。 「こ、こりゃまた失礼いたしましたっ!」 ●砦外 「うーんと‥‥」 たっぷりと唾をつけた人差し指を口から出し、蒼く澄んだ天へと向ける。寒風に凍える指先に冬の威厳を感じながら、アルマ・ムリフェイン(ib3629)はゆっくりと空に弧を描いた。 「‥‥晴・れっ! よぉし、天気は問題無しだね!」 ぱちりと瞳を開き天への感謝にと一礼したアルマは、くるりと振り向き砦を見据える。 「そう、なら今夜の葬送の火は天まで届くかもしれないわね」 「うんうん、きっとよく燃えるよっ! 志士の人達の熱い心を具現化したような盛大な火柱がっ!」 振り向いた先にあった顔に向けて、アルマは満面の笑顔を浮かべ何度も頷く。 「‥‥熱い心、か」 アルマの言葉に熾弦(ib7860)の胸中にある想いが沸きだした。 「どうしたの、熾弦ちゃん?」 「うんん、ちょっと思い出しちゃってね」 「思いだしたって‥‥あの戦いの事?」 「ええ。弓弦を退けられたのも、彼等の犠牲の上になる成果か‥‥って」 と、熾弦は半ば解体された砦の中で静かに眠る80の死者達がある方角へ顔を向ける。 「うん‥‥なんとか勝てたのはあの人達のおかげでもあるんだよね」 垂れた耳を尚更垂らしアルマもまた死者達の方へ顔を向けた。 「さてと、あまり感傷に浸っていられないわ。勇士達を送る準備をしましょう。その名に恥じない様な立派な身なりで送らないとね」 ただでさえ気持ちの沈む式が送る者まで釣られていては送られる側が浮かばれない。熾弦はしゅんと項垂れるアルマの手を取ると、砦へ向け歩きだす。 「う、うん! 皆さん、今日はこの世で最後の‥‥そして最高の宴にするから‥‥楽しんでいってね!」 熾弦に腕を引かれながらアルマは天へ向けそう誓う。砦の中で眠る志士達に向け、そしてまだこの世を彷徨っているであろう魂達に向けて。 ●安置所 「お前達が英霊? ハッ、笑わせてくれるね‥‥朝廷の犬が」 誰の耳にも届かぬ、いや、目の前に横たわる80にだけ聞こえる声で吐き捨てられる言葉。 妖美な衣の艶やかさとは裏腹に憎悪と嫌悪のこもった声を吐きだす高尾(ib8693)は、目の前に転がる死体達を睨みつける。 「その生、お前達が崇める朝廷に奉げられて、さぞ満足だっただろうね」 生み出される言葉に何者をも寄せ付けぬ鋭い棘を生やした杭に変え。 「巫山戯てる‥‥お前達のおかげで、どれだけの修羅が無念のうちに逝った事か‥‥。我等が同胞の無念、死してその身に刻むんだね」 すでに動かぬ心の臓へと突き刺して行った。 「高尾さん、そちらはどうです‥‥どうかされましたか?」 じっと視線を落し佇む背にシアル(ib8149)が声をかけるが、その雰囲気に不穏な物を感じたのだろうか、ゆっくりと正面へ回ろうと近づいていく。 「何でも無いよ。それより準備はどうなんだい?」 と、シアルが後数歩という距離まで近づいた所で、高尾はくるりと振り向き逆に問いかけた。その顔には先程まで顔を覆っていたの闇の色は微塵も感じさせずに。 「こちらの準備は滞りなく。来訪者の受け入れ準備は終了しました。そちらは如何です?」 「今交渉中。まぁ、任せておきな。死んだ天儀人には勿体ない位の豪華な葬儀を用意してあるよ」 シアルは死者と縁者を繋ぐ思いの構築を、高尾は盛大な葬儀を催す為に備品に拘った。 葬儀は死者を送る為のものであると同時に、残された者達が満足な『葬儀を行ってくれた』と感じられるようなものにしなければならない。 その為に二人は参列者を大勢集め、立派な祭壇に献花台、そして死者がこの世にあった事を終生記す慰霊碑の用意。 「暇な開拓者には声をかけたし、砦の解体に合わせて備品の製作も行ってる。後はあの女に手配した慰霊碑だけど――」 例え人と修羅にわだかまりが存在しようとも、仕事となれば関係無い。高尾は練熟した人使いの術を持って、最大限の効果が生まれるよう頭の中で組み上げていく。 「なにか複雑な気持ちですね。例え開拓者であったとしても、我等修羅が人の葬儀を行うなんて‥‥」 整然と並んだ死者達を見下ろし、シアルがぽつりと呟いた。本来であれば死した人間は人間が送るべきなのだろう。しかし、この場に居るのは半数が修羅。つい最近まで、袂を分かっていた者なのだ。 「これも仕事だよ。選好みするんだったらさっさと帰るんだね」 複雑な表情を浮かべるシアルの顔を見ようともせず高尾は言い捨てると、すたすたと幕舎へと向かい歩きだす。 「‥‥そうですね。生ある者の死を悼み見送るのが私の仕事。それは決して変わらないのですから」 シアルは並ぶ死者達に一礼し高尾の後を追った。 ●物見櫓 解体が進む砦にあって、最後まで残された物見櫓の頂上に陣取る緋那岐(ib5664)。 「‥‥役目を終えし義士の身は、大地へと還り」 眼下に並ぶ死に装束の80人に鎮魂の言霊を吐き出す。 「再び帰るその時まで、天を地を巡り巡りて、しばしの時を過ごせ」 歌を捧ぐ様に、経を唱える様に、独自のリズムで刻まれる言霊の数々が、再び大地を踏みしめることの無い80を思い紡がれた。 ●砦 シアルは砦正門に陣取り、来訪者の対応に当たっていた。 「送り人として名を刻まれる方は、こちらに記帳をお願いします」 先の大戦で命を落した死者達を送る宴の話を聞きつけ、元砦には軍の関係者や開拓者達が少なくない数訪れている。 シアルは死者たち一人一人の名が記されるであろう墓碑に、来訪者――死者に所縁深い者の名を共に添えようと考えたのだ。 熾烈な戦いを経て死した者達がこの地に確かに生きたという生き証人に。 送られる死者達が、見送り人となる者の名を一人一人覚えておけるように。 「高いわ。貴女なら伝手を頼ってもっと安く仕入れられるでしょう?」 「これが限界よ。無理ならば質を落すか、諦めるのね」 「依頼したのは貴女でしょう。なんとかするのが務めよ」 「限定された条件で最大限の効果を上げるのが開拓者でしょう」 二人の間に開いた僅かな空間には見えない稲妻が交錯する。 「う、うひぁ‥‥」 高尾と黒藍の笑顔の攻防を一歩退いた場所から見つめる日子は、二人の背後の虎と竜を見た。 「ふむ‥‥これは声をかける雰囲気ではないか」 「ひぃっ!?」 突然降り注いだ声にゆっくりと後ろを振り向くと――。 「先の非礼を詫びようかとも思ったが‥‥またの機会とさせていただこうか」 見上げる程の巨漢はすでに背を向けた所だった。 「‥‥泥で汚れていたら、天国で追い返されちゃいますよ?」 アルマは薄い酒を含ませた布で死者の顔についた泥を丁寧に拭き上げる。 「それに身だしなみも大切よ? 遠い世界で新たな出会いが待っているかもしれないんだから」 熾弦が薄汚れた衣を脱がせ、死出の旅へ向かう為の衣装を着せていく。 80もの死者たち一人一人の顔を洗い死に装束を着せ、化粧を施し白布で顔を覆う。物言わぬ死者一人一人にそっと声をかけ、その身を清廉に包んでいく。 「ふぅ、これでお終いっ。後は棺に移すだけだねっ」 「ええ、早めに済ませてしまいましょ。夜の闇が死者を取りこんでアヤカシ化するかもしれないし」 「えっ!? そ、そうなのっ!?」 「なんてね、冗談よ。でも、このまま冷たい地面に置いておくのは可哀想よね。棺に移しましょう」 悪戯に微笑む熾弦に、アルマはむぅと頬を膨らせながらもほっと胸を撫で下ろす。二人は用意された簡素な白木造りの棺に死者達の身体を移して行った。 「最後にご家族と会わせてあげたかったけど‥‥」 最後の一体を棺に納め、蓋を閉める寸前でアルマがぽつりと呟いた。 「まだアヤカシが徘徊している地域だから、それはできないけれど‥‥。大切な人に送ってもらえないのは、やっぱり悲しいわね」 熾弦は蓋の閉められた棺をそっと撫でる。 わだかまりはまだ消えずとも死せば人であれ修羅であれ関係ない。共に肩を並べ強敵に向った『仲間』なのだ。 そんな仲間が親類縁者に看取られる事無く天へと登ろうとしている。熾弦は口惜しそうにギュッと唇を結んだ。 「でもでも、だからこそ宴は思いっきり盛り上げないとねっ!」 アルマとて思いは熾弦と同じだろう。しかし、殊更に明るい表情を浮かべ熾弦を見つめる。 「‥‥そうね。送る側が沈んでたら死者は浮かばれないわね」 「そう言うことだよっ!」 ●夕刻 冬の命短い夕陽はすっかりと沈み、辺りに闇が落ちる。 無数に立てられた篝火の揺れる光が、死者を包む櫓と囲む参列者、そして一際巨大な石の墓標を照らし出した。 「さぁ始めるわね――」 死者達を冥府へと誘う荘厳な空気に、始まりを告げる笛の音が響き渡った。 凛とした辺りの空気にも負けぬ程に怜悧な音色が、高尾の横笛から溢れだす。時に強く、時に穏やかに、神楽の楽とも遊郭の楽とも違う独特の音色は次第に力強く――。 笛の音が鳴り響く張りつめた空気に、弦の音の波紋が広がった。 凛とした笛の音とは対照的な、どこか牧歌的な琴の音色。高尾の音色が蒼であれば、アルマが爪弾く琴の音は橙。温かみを帯びた弦の音はたおやかに紡がれる――。 二音の織りなす幻想的な音の調和に、三つ目の音が加わった。 凛の音、暖の音に続き、シアルが響かせるのは哀歌。どこか物憂げで悲しみを含んだ音色はまるで悲哀の歌を歌う人の声の様に、二音に溶けていく――。 送り人達が葬送の楽を紡ぎあげる中、砦の中央に組まれた巨大な火葬台へ熾弦が静々と歩み寄った。 「火の精霊達よ。彼の者達の命を捧ぐ――」 煌々と真っ赤な炎を揺らめかせる松明を、ゆっくりと火葬台へ近づけた。 「土の精霊達よ。其の元へ帰る者達を優しく抱け――」 炎は最初、小枝を焦がし次いで太い木材。そして、死者達が納められた棺へと広がっていく。 「清浄なる炎は、英霊達の魂を天へと導く道標」 勢いを増しながら天へと駆けのぼる炎を、緋那岐はじっと見つめながら口を開いた。 「役目を終えしその身、焼かれ清められ、母なる大地へと還り――眠れ」 歌の様な言葉を紡ぎ終えると同時、羽織っていた上着を脱ぐと現れた純白の衣を纏う緋那岐は緩やかに、そして厳かに葬送の舞をはじめる。 「私も共に‥‥」 緋那岐の白と対照的な黒。熾弦の纏う黒の衣が葬送の炎に映し出された。 白と黒の舞、二笛一弦の楽。 戦いに身を置き、戦いの場でしか自らを表現する術を知らぬ者も多い開拓者にあって、ここに集った者達はどこか違っているのだろうか。 5人が繰り広げる幻想的な歌と舞い。それはたとえどのような伝統と格式に彩られた葬儀にもない、特別な『想い』が込められている様であった。 「――死者を忘れないでください。何時までも思い起こし語りかけ慰める‥‥それが何よりの供養になりますから」 息継ぎの合間、シアルは幻想的な宴に魅入られる来訪者達に聞こえぬ声で囁きかけた。 「送る人は遠慮せずに泣いてください。涙の数が故人への思いです。そして、明日は笑いましょう。天から皆見ててくれますから」 弦を弾く指を休めることなく、涙にくれる参列者に語りかけるアルマ。 「明日は我が身、ね。送ってくれる者がいるだけ感謝しなさい‥‥」 妖美な笑みを絶やさぬ高尾の顔に浮く、ごくごく微かな哀愁の色。 葬送の宴は荘厳な楽と優美な舞、そして参列者の涙と嗚咽に彩られゆっくりと過ぎていった。 会場の片隅では――。 「先日はどこぞのお調子者が失礼した。あれに変わって詫びを入れよう」 幻想的な葬送の宴を神妙な面持ちで眺めていた黒藍に、喪越が声をかけた。 「‥‥過ちを犯したのなら償いなさい。それが雇われた者の使命でしょう」 渋面の巨漢を見上げ、黒藍は色の無い声で答える。 「厳しいな。いや、だからこそ長で居られるのか」 「余計な詮索は依頼に入ってなかった筈だけど?」 「‥‥失礼した。では、俺なりの送り方でやらせてもらう。今ではないがな」 「かまわないわ。報酬分の仕事をするならね」 と、それだけを言って葬送火へ視線を戻した黒藍を、喪越はしばし見つめたのち場を後にした。 ●深夜 酒を手向ける者、嗚咽に顔をゆがめる者、じっと炎を見つめる者。百人百様に宴を見つめた参列者達の数は疎らになっていた。 そして、会場が再び訪れた静寂に包まれる中。 「では近所のお寺に?」 「はいっ、受け入れてくれるそうです!」 アルマの言葉にシアル、熾弦はほっと胸を撫で下ろした。 今日死者達を焼いた送り火は永代にわたって近くの寺が絶やさぬよう祀ってくれるという。 「そう、よかった‥‥。これで炎に宿った魂も浮かばれるわ」 「ですね。ご住職には感謝をしなければ――あれは‥‥?」 と、言いかけたシアルがふと火葬台の脇に佇む人影に気づいた。 遠目からもわかる巨漢は今だ燻ぶる炎へ飲み干した盃を投げ入れ立ち上がった所だった。 「‥‥ふふ、意外と照れ屋なのね」 「そのようですね」 「え? え? どうしたの?」 どこか微笑ましく見つめる二人の表情にアルマは訳も分からず視線を往復させる。 「そっとしておきましょう。彼も彼なりの送り方をするのでしょう」 「そうね。ちょっと興味があるけれど、今ここでやるというからには見られたくないんでしょうね」 くすくすと小さく笑う二人は炎に背を向け歩きだす。 「ど、どういう事? ねぇってば!」 去っていく二人を追い掛け駆けだしたアルマが一瞬だけ炎へ振り向くと、そこには――光の粒に囲まれた喪越が義士達の闘志を体現する様な激しい舞を舞っていた。 ●翌朝 「‥‥終わったぞ」 長い集中により額に浮き出た汗を拭き取り、喪越は大きく息を吐き出した。 「これで、終わったのね」 死者から湧き立つ瘴気は既にない。高尾はどこか感慨深く呟く。 「残るものはこれだけか」 「呆気ないものね」 死者がこの世に唯一残した灰の山を高尾と緋那岐が見下ろした。 「どれが誰の灰かは分からないけれど、無いよりはましでしょう」 「ああ、そうだな」 高尾が細い指で器用に小さな袋に詰め、緋那岐が紅い紐で封をする。 灰となった死者達の亡骸は二人の手によってお守りにされ、縁者の元へと送られることとなった。 |