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■オープニング本文 ●神楽のギルド 日が変わった。 と同時にギルド奥に設置された重厚な『門』が仄かに光を帯び、輝きを増して行く。 「ふ〜、ようやく到着しましたね〜」 光に包まれる『門』の中に黒点が浮かび、それは徐々に人型を取った。 「あら吉梨ちゃん、いらっしゃい」 「あ、伊織さん、お久しぶりです〜」 門から現れた十河 吉梨を見つけ、高村 伊織が声をかけた。 「こんな時間までお仕事ですか〜?」 「ええ、今日は精霊門を通って帰ってくる開拓者の皆さんのお出迎え番だから」 かくり小首を傾げ問いかける吉梨に、伊織は人妻スマイル。 「そうでしたね〜。この時間、神楽のギルドは大忙しでした〜」 「そうそう、皆依頼で疲れて帰ってくるから、せめて笑顔で迎えないとね」 「お〜、流石伊織さんですね〜。ギルド員の鑑です〜!」 「何言ってるのよ。吉梨ちゃんも2年前はここで同じ事してたでしょ」 次々と精霊門を通って戻ってくる開拓者の姿を隅で眺めながら、二人は談笑する。 「そう言えば吉梨ちゃん、今日は何の御用? こっちに戻ってくるなんて話聞いてないけれど」 「あ、えっとですね〜。ふっふっふっ」 「な、なによ、気味悪い笑い方して‥‥」 「気味悪いって、伊織さん酷いです〜‥‥」 「ご、ごめんなさいっ! そんなつもりで言ったんじゃなく――」 「あ、お風呂お借りしますね〜。まだ入ってないんですよね〜」 「てって、えぇっ!?」 本気で申し訳なさそうに謝る伊織を置いて、吉梨はすたすたと勝手知ったる神楽のギルドの奥へと消えた。 「‥‥結局何で来たのかしら」 年の瀬も迫る、寒い日の一コマであった。 ●ギルドの昼下がり 「はふぅ‥‥」 悩ましげな吐息が冬の風に溶けて消えた。 「どうした。元気が無いな」 ぐたりとテラス風に設えたテーブル席でぐでりと突っ伏す深緋に、橘 鉄州斎が何気なく声をかけた。 「なんだ、鉄州斎さんか。はふぅ‥‥」 「うん? 本当に元気が無いぞ。調子悪いのなら早退してもいいぞ?」 「もぉ、女心がわからない人ねぇ」 「お、女心‥‥?」 「はふぅ‥‥」 なんだか意味深な事を呟いたまま、再びテーブルに突っ伏してしまった深緋。 「い、いや、おい、深緋。ほ、本当に大丈夫なのか‥‥?」 ほっとけばいいのに何故がほっとけない、実に人のいい鉄州斎は、おろおろと手を宙に泳がせ問いかける。 「大丈夫よ、大丈夫ぅ。ちょぉっと、黄昏てるだけだからぁ」 「そ、そうか。それならいいんだが‥‥。あまり風に当たっていると身体を壊すぞ」 突っ伏したままやる気なさげに手だけを上げ鉄州斎をあしらう深緋。 邪険に扱う深緋にも心配そうに視線を落す鉄州斎であったが、これ以上詮索するのも悪いとでも思ったのか踵を返した。その時。 「ん? 何か落ちたわよぉ?」 鉄州斎の懐から一枚の紙が、ふわりと深い日突っ伏すテーブルへ落ちた。 「うん?」 「なにこれ――って、稟議書?」 「ああ、先程十河からの申請だ。今年ももう、そんな時期になったな」 と、鉄州斎は寒風吹きすさぶ掃天を見上げた。それは忘年会の稟議書。 毎年師走のこの頃、ギルド員主催で開拓者をねぎらう為に開いている忘年会の稟議書であった。 「そ、そうよ! これがあったわっ!!」 突然、椅子をひっくり返し立ち上がった深緋。 「お、おい、深緋‥‥?」 「鉄州斎さん、これもちろん通すわよね!」 「あ、ああ。そのつもりだが‥‥?」 「あぁ、そうよ。これがあったじゃない! ‥‥待ってなさい、イケメン共!」 呆然と見つめる鉄州斎を他所に、深緋は蒼い空に向け拳を突き上げた。 ●此隅のとある店 「‥‥ごくり」 飲んだ唾の音がとても大きく聞こえて、慌てて首を振り周囲を確認しました。 「‥‥はぁ、誰も見てない、よね?」 結局誰にも見られてなくて大丈夫だったんですけど、とくんとくんて跳ねる様に鼓動する心臓を服の上から押さえつけ深呼吸です。 「ここで‥‥ここで、あの――」 昼時も随分と過ぎて、店に入っていく人はほとんどいませんでした。 だから、正面から堂々と――はちょっと怖いので、こっそりと中を覗いていたんです。 「イケメン達が集う、謎の集会‥‥」 深緋さんがこっそり呟いてました。『あはん、もぉ早く来ないかしらんっ。イケメンパラダイスぅ』って、とても堅気とは思えない程の妖艶な吐息を吐きながら。 これは事件の匂いが‥‥じゃない、真相を確かめねばなりません! 「はぁ‥‥ふぅ‥‥」 こここ、この中で、イイイ、イケメン集会が‥‥! 私の意識はすでに店の中にのみ集中していました。 だから、気付かなかったのです‥‥その時までは。 「真魚ちゃん〜? なにしてるの〜?」 「わひゃぁぁぁあぁっ!!??」 その時は心臓が飛び出るかと思いました。はい。 「だ、大丈夫〜?」 「ききき、吉梨ちゃん‥‥?」 恐る恐る振り返った私の前には、声にびっくりしたのかきょとんと眼を白黒させる同僚の吉梨ちゃんでした。 「うん、久しぶりだね〜。こんな所でなにしてるの〜?」 「え、え、え‥‥?」 会うのはとても久しぶりな同僚。此隅に転属になった筈だけど、なんでここに? 全く予想外の人物登場に、私の思考回路は焼き付きを起こしそうなほど高速回転です。 「あ、な〜んだ。手伝ってくれるんだね〜」 「‥‥へ?」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。 だって、吉梨ちゃんたら突然私の腕をがっちり掴むとお店の中にずるずると引きずっていくんですから。 「ちょ、ちょっと、吉梨ちゃん!?」 私は抵抗しました。当たり前です。ここは深緋さんが言っていた謎の集会場。いきなり出ていったら‥‥。 でも、吉梨ちゃんの腕の力は思いのほか強くて、なされるがまま店の中へ。 「おじさん〜。お久しぶりで〜す」 「よぉ、よく来たな」 「え‥‥?」 私は耳を疑いました。店の中に入った吉梨ちゃんは出迎えた店主らしきおじさんと談笑しているではないですか。 「今年も忘年会の準備に来ましたよ〜」 「おう! 毎年ありがとな、ちゃんと用意してるぜ!」 「さすがおじさん、抜け目ありませんね〜」 「はっはっ! こちとら神楽商人だ。当たり前だぜ!」 まるで行きつけのお店で交す会話でした。 「き、吉梨ちゃん‥‥どういう事、なの?」 だから、私は思い切って聞きました。一体どういう事なのかと。 だってここはイケメンさんがたくさん集まる『イケメンパラダイス』の筈なんだもの‥‥! 「さ〜、真魚ちゃん。忘年会の準備始めるよ〜!」 「え、え、えっ!?」 でも、そこからは問答無用でした。 状況を飲み込めない私に100ページにもわたる冊子を手渡した吉梨ちゃんは、 「大丈夫大丈夫〜。初めてな真魚ちゃんには優しくしてあげるから〜」 一体何が大丈夫なのかと思う暇もなく、私は忘年会の準備へと駆り出されたのでした。 こうして、ギルド員主催の忘年会の準備は整いました。 え? イケメンパラダイス? ‥‥何の話でしょう、アハハハ――。 |
■参加者一覧 / 劉 天藍(ia0293) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 喪越(ia1670) / 皇 りょう(ia1673) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 水月(ia2566) / 御神村 茉織(ia5355) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 尾花 紫乃(ia9951) / レイラン(ia9966) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / エルディン・バウアー(ib0066) / ヘスティア・V・D(ib0161) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ジークフリード(ib0431) / ニクス・ソル(ib0444) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / 尾花 朔(ib1268) / 夜刀神・しずめ(ib5200) / 叢雲 怜(ib5488) / ローゼリア(ib5674) |
■リプレイ本文 ●年の瀬も迫る丑三つ時 しんしんと降り行く雪が無音の夜に更なる静寂を与える。 夜は丑三つ時。ざくざくと降り積もった雪を踏みしめる自分の足音だけが耳につく。 辺りを見回しても人どころか猫の子一匹見当たらない、そんな静謐の刻――。 「ぶえっくしょぉぉぉいっ!!」 あまりの轟音に枝に降り積もった雪がどさどさと地面へと滑り落ちた。 「うぅえぇい‥‥さすがに甚平一丁じゃぁ堪える季節になってきたが、ここでへこたれる訳にぃはいかねぇ!」 自慢の一張羅を侘びしげに見つめる巨漢が、身体の底から湧きおこる寒気に両手を身体に回し、僅かな暖を取る。 「去年一昨年と不覚を取ったが、このもっさん、見かけによらず頭脳派を自負しておりましてよっ!」 伸びに伸びた鼻を天へと突きあげ、握りこぶしから突き出た親指を自らにの胸に押し当てる巨漢喪越。 「習得不可能と言われた陰陽術の数々をなんとなく習得し、使役不能と言われた式を土下座して手に入れたこの俺が、三年目の浮気――じゃなかった、りべんじに燃えるこの脳髄が導き出した答え、それが――」 どどーんと胸を反らせつつしんと冷える夜の街を大股で闊歩する。 「開催前待機行動! ふんふんふん、しっかのフン! パーペキすぎて自分の才能にくらくらしてくるぜ‥‥」 誰も居ない夜空に向い拳を突き上げた喪越は、恍惚と自らの考案した絶対成就の策に酔う。 そして喪越は、ついに憧れの地『会場』に辿りついた。 「ついに辿りついた‥‥! 駄菓子菓子、本当の戦いはここからだ‥‥ここに絶対に(眠気に)負けられない戦いがあるっ!」 突き刺さる程に尖った弧月を称える夜空に喪越の宣誓が響き渡った。 ●あれから数日 「かんぱーい!」 三つの盃がカチンと甲高い音を立てて交わった。 「今年一年おつかれさんっ!」 なみなみと注がれた吟醸酒を一気にあおった弖志峰 直羽がぷはぁとこの世の幸福を噛みしめる。 「相変わらず見事な飲みっぷりだな」 「無茶な呑み方すると悪酔いしますよ?」 その光景を笑みを浮かべながら見つめ、盃に口をつける劉 天藍、御樹青嵐の二人。 「大丈夫大丈夫! 何せ青ちゃんの酒の肴があるんだからね!」 と、直羽は青嵐が用意してきたおでんの大根をひょいっと口に放り込む。 「肴があれば酔わない訳ではないのですけどね‥‥。おっと、天藍は自前ですか?」 「ああ、最近これに凝っていてな」 天藍は空いた盃に神の血とも言われる葡萄酒を注いでいた。 「ジルベリアの酒ですか、綺麗な赤色をしていますね」 「興味があるなら飲んでみるか? 天儀酒とはまた違った味わいだぞ」 「そうですね、折角ですし頂きましょうか」 ● 夜更けを待って降り出した雪。 凛とした空気が火照った頬を心地よく撫でつける。 「どうしたんですか、こんな所で〜」 「ん? ああ、吉梨か」 「ああ、吉梨か。じゃないですよ〜。こんな所で一人でいたら風邪ひいちゃいますよ〜?」 ふとかけられた声に振り返ったら、そこには馴染みのギルド員が呆れた表情を浮かべたっていた。 「ちょっと酔っちまったからな、ここで酔い醒まししてるだけだから大丈夫大丈夫」 一人ふらっと外に出た奴の事も気にかけるなんて、ギルド員も大変だなぁと思いつつ、御神村 茉織は吉梨に軽く手を振った。 「雪も降ってきましたし、早めに戻ってくださいね〜」 渋々といった感じで吉梨が店へと戻っていくのを見つめながら、持ちだしてきた酒を一口。 「はぁ‥‥沁みるな‥‥」 口から喉、そして胃へ。ゆっくりと流れていく液体の感触を感じながら大きく溜息を一つ。 「出来れば、お前とも呑みたかった、な」 誰も居ない虚空へ酒瓶を掲げる。 「来年こそは必ず約束を果たす」 酒瓶を傾けると、注ぎ口から流れ出る酒がゆっくりと地に向って落ちていく。 「だから、そこから見守っていてくれや。あいつとあいつの家を、な」 全て流れ落ちたのを確認すると茉織は再び天に向い、静かに呟いたのだった。 ● 「こ、ここがイケメンぱらだい‥‥」 熱気と歓喜に溢れる忘年会会場を店の軒先から眺め、皇 りょうがごくりと生唾を飲み込んだ。 「い、いやいや! 私は何を考えているのだ、そんな、はしたなぃ――」 「‥‥何がはしたないの?」 「うおぉぉぉっ!!??」 泰拳士の瞬脚を思わせるほどの高速の後ずさり。 はぁはぁと息荒く店の壁を背に冷や汗を垂れ流すりょうを純真無垢な大きな瞳で見つめる水月は、かくりと小首を傾げた。 「ななな、なんでもないぃ! 決してイケメン漁りなどという不埒な行動に来た訳ではっ!! 格式ある皇家当主としてぇ!!」 「‥‥別にそんな事聞いてないの」 動揺に動揺しまくるりょうに、水月はふぅと肩を落とす。 「‥‥そんな事より、りょうさん」 「‥‥う、うむ?」 いつになく真剣な表情で名を呼ばれりょうは数度瞳を瞬いた。 「‥‥身体に異変はない‥‥?」 「‥‥あ、ああ。この通り何事もない」 後ずさりでついたのだろう埃を払い落しながら立ち上がったりょうの答えに、水月はほっと胸を撫で下ろす。 「‥‥やっぱりあれは嘘‥‥?」 「私はやはり信じられぬのだ。カビと言えばあの風呂場に生える黒いシミであろう。何故そんな物が――」 つい数日前の出来事について、二人は宴会の席だという事も忘れ沈黙したがいを見つめる。 「あぁっ! 二人とも無事っ!?」 と、そんな二人がやり取りしていた軒先に、右手にワイン、左手にグラス、口にチーズオンクラッカーを咥えるという宴会満喫スタイルで飛び込んできたのは天河 ふしぎであった。 「ふ、ふしぎ殿も来られておったのか」 「う、うん! 今年は空賊団の皆と都合が合わなかったから一人で来たんだけど‥‥って、べっ、別に寂しいとかそういうんじゃ全然ないんだからなっ! 勘違いしちゃだめなんだぞっ!」 「‥‥ふしぎさん、今日も絶好調で自爆してるの」 顔を真っ赤に自ら掘った墓穴を埋める作業に勤しみながらも、実は更に深く掘っていたふしぎに、水月が冷静にツッコム。 「‥‥ふっ。なるほど、ふしぎ殿もいつもの通りであるな。では、皆一様にアレの影響は出ていないとみて問題無いか」 「あ、そうだ! 皆も大丈夫なんだねっ!」 「‥‥大丈夫なの。全然平気なの」 じろじろとりょうと水月の身体を眺めるふしぎに、二人は少し困った様に笑いかける。と、その時。 きゅるる――。 「‥‥あ」 水月のお腹が小さくなった。 「これ以上ここで考えるのはやめにしよう。まずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬし、年も越せぬからな」 「お腹が減って年が越せないっていうのは初めて聞いたよ‥‥?」 「む‥‥そうなのか? も、もしや皇家だけなのか‥‥?」 「‥‥きっとそうなの。でも、その家訓は激しく共感なの」 驚愕と共に二人を見つめるりょうに、水月は殊更真剣な表情で首肯する。 「‥‥うん、そうだねっ! きっとりょうの家の家訓は正しいよっ! 今日は一杯飲んで食べて笑って、それで年を越そうよっ! 来年こそは、絶対勝つ為にねっ!」 この激動の一年を振り返っているのだろうか、グッと拳を握り固く口を結ぶふしぎに、二人は穏やかな笑顔を持って答える。 そして、ふしぎに導かれるままに、宴もたけなわな会場へと足を踏み入れた。 ● 「今年も一年お疲れさまでした。ちょっと遅くなりましたけど、これ、クリスマスのプレゼントです」 すっと差し出された礼野 真夢紀の小さな手のひらには、可愛らしく赤のリボンが結びつけられた小瓶が乗っている。 「あらわかいい。ありがとね、まゆちゃん」 一目で手作りだとわかるそれは、真夢紀が自分の為に一生懸命作ったのだろうと嬉しそうに受け取るシルフィリア・オーク。 「泰国で取れたって言う苺が手に入ったので、作ってみました。シルフィリアさんのお口に合えばいいのですけど‥‥」 「ん、とっても甘くておいしいわ。流石まゆちゃんね」 真夢紀が言うよりも早くシルフィリアは小瓶のリボンを解き、小指で掬い一舐めしていた。 「でもこれは私が貰う訳にはいかないわね」 「え‥‥?」 「こんなに美味しいんだもの、皆にも分けてあげなくちゃ」 と、シルフィリアは不安げに見上げる真夢紀にウインク一つ。席を立ち上がる。 「皆って、皆ですか?」 「ええ、折角まゆちゃんの力作だもの、私一人で独占しておくのはもったいないわ。それに、初めからそのつもりで来てたし」 「え?」 最後の方がよく聞こえなくて問い直した真夢紀に、シルフィリアは気にしない気にしないと片手を振る。 「それじゃ、気合入れて配ってこようかしら」 よく見れば、身を包んだ執事服から覗くシルフィリアの肌は、まるで外に振り行く雪の様に白い。 いつも身だしなみには人一倍気を使う人だとは分かっていたけど、今日はどこか特別な様な気がする。 執事服という男装がそう見せるのか、それとも大胆に開けた胸元から見える柔らかそうな谷間がそう見せるのか。 「シルフィリアさん、綺麗‥‥」 真夢紀は目標を定める為きょろきょろと辺りを伺っていたシルフィリアに向け無意識に呟いていた。 「うん? 何か言った?」 「な、何でも無いです‥‥」 見とれていた自分が恥ずかしくなったのか、頬を染め俯く真夢紀に、 「まゆちゃんももう少し大きくなれば、私が磨いてあげるわ」 シルフィリアは耳元で艶めかしく囁いた。 ● 「ごめーん、遅くなった!」 服に積もった雪を払いながら、フラウ・ノートが会場に足を踏み入れる。 「いらっしゃい、フラウ。おそか‥‥フラウ、今日は随分とかわった趣向ね」 迎えたユリア・ヴァルが、その出で立ちに思わず目を見張った。 「え? 趣向?」 「よく来‥‥なんだその格好は‥‥」 ユリアと共にフラウを迎えたニクスがその姿に思わず固まった。 「ニクスんまで‥‥一体何の事‥‥? だって今日は年忘れ大仮装パーティだって、リエットが‥‥」 挙動不審にきょろきょろと視線を彷徨わせるフラウ。 「‥‥」 「‥‥」 思わず互いの顔を見合わせるユリアとニクス。 「‥‥フラウ、貴女また騙されたわね」 「いい加減進歩した方がいいぞ‥‥」 盛大な溜息と共にフラウに向けられた二人の表情に、フラウはようやく悟った。 「リリリ、リエット! 貴女、また騙したわね!!」 ガバッと入ってきた入口へ振り向くフラウ。 「さぁ、何の事だかさっぱりわからないのだじぇ?」 そこには、口を尖らせ口笛交じりにうそぶくリエット・ネーヴの姿があった。 「なぁにが仮装パーティよっ! みんな普通の服じゃないっ!」 「目立っていいのだじぇ! あの人も見てるかもしれないのだじぇ?」 「え、見てるって? 本当に?」 適当に言ったリエットのいい訳に、フラウが食いつき店の中をきょろきょろと。 「フラウ、また騙されてるぞ‥‥」 と、ニクスに忠告を受けるまでマジモードだったフラウの顔が真っ赤に染まる。 「大丈夫なのだじぇフラウは冥土服が似合ってるのだじぇ!」 「似合う似合わないの問題じゃないでしょ!? ああ、もう! 一体どうするのよ、これ! 着替えに戻ってる時間なんてないし!」 「‥‥諦めが肝心よ、フラウ。その服も似合ってるわ♪」 慰めなのか本気で思ってるのか、ユリアはふるふると震えるフラウの肩を抱く。 「うぅ‥‥リエットぉ! 覚えときなさいよぉ!」 「ぴゅぅ〜♪」 吹けもしない口笛を吹くリエットの策略にまんまとかかったフラウは、気合いに気合を入れた冥土服姿で忘年会会場へと足を踏み入れたのだった。 ● 「それじゃ、乾杯と行きましょう♪」 幼馴染のまとめ役ユリアが音頭を取り、皆が盃を掲げた。 「今年一年お疲れ様! 再びこうやって皆で揃えて、私は嬉しいわ♪ じゃ‥‥乾杯っ!」 にこりと微笑む姉のような存在であるユリアの言葉を合図に、一斉に打ち鳴らされる。 「今年はありがとうだーじぇ! 来年もよろしくぅ〜♪」 「今年一年本当にお疲れ様ー! 楽しくワイワイもりあがろっ!」 リエットの首根っこを捕まえながら盃を掲げる冥土服フラウ。 「お疲れ様です‥‥」 「はい、お疲れさまでした。来年もよろしくお願いしますね」 二人でチョンと盃を合わせる泉宮 紫乃と尾花朔。 「さぁ、呑もうぜ! 過ぎちまった一年なんてさっさと忘れてなっ!」 「ママ、もう5杯目なのですよ?」 「すごい飲みっぷりですね‥‥」 「‥‥乾杯前から出来上がってるとは」 新人組三人衆、叢雲 怜、ローゼリア、ジークフリードを囲い、ヘスティア・ヴォルフは今日すでに6杯目の盃を開けた。 「むぅ‥‥にい様、何処に居るんだよ?」 盛り上がる仲間達を前に居も、レイランはきょろきょろと不安そうにあたりを伺う。 「こうして皆で集まるのも久しぶり‥‥」 普段はばらばらに仕事をこなし、いつ帰るともしれぬ死地に身を置く事もある顔馴染みの顔が、今日だけはこんなにも近くに沢山ある。 イリスはギュッと強く結んだ手と胸元に、一年の感謝と再び見まえた友の無事を感謝し静かに呟いた。 「そうね」 そんなイリスの隣にすっと腰を下ろしたユリアが、笑い合い盛り上がる仲間達を愛おしそうに眺めながら答える。 「今年もこうして誰もかける事無く集まれた‥‥よかった、本当に‥‥よかった」 いつも気丈に振る舞い笑みを絶やさぬユリアが見せた、ほんの一瞬の弱気。 「大丈夫よ、ユリア。来年も再来年も、その先まで、私達はずっとずっと一緒だもの。幼馴染の縁は誰にも断つことはできないわ」 「‥‥貴女に慰められるなんて、来年は厄年かしら?」 「あー、言ったわね?」 むっと睨み合う二人。やがて――。 「ぷははっ‥‥アイリス、へんな顔♪」 「ユリアの方こそ。ふふふっ♪」 「来年もよろしくね」 「ええ、よろしくね」 どちらともなく吹き出した二人は、何事もなかったように盃を合わせたのだった。 縁側では――。 「‥‥お疲れ様だ」 一人、竜哉だけが皆から見えぬ死角で、楽しげに騒ぐ仲間達を眺めていた。 ● 宴会場脇に設けられた茶の湯の中央にはこぽこぽと茶釜が湯を湛えていた。 「香は少し衰えているが、味は保証する。如何かな?」 光沢ある黒塗りの茶碗には、白い湯気を上げる点てたての抹茶。 宴会場の喧騒を遠くに聞きながら、訪れた客はからすの差し出した茶碗を受け取った。 「うん? こちらに運んでくれるか」 茶の湯の参加者が碗を受けたと同時、酔い潰れた参加者が運び込まれてくる。 からすはまるで動揺することなくてきぱきと運び手に指示を出し、酔った参加者を部屋の隅に寝かせさせた。 「ゆっくりとお休み」 酔い潰れ横たわった参加者の額に、からすが冷たく冷やした手拭いを乗せる。 「これを飲めば気分も落ち着くだろう」 と、からすは懐から取り出した小さな袋から換装した茶葉の様なものを湯呑へと移し、茶釜から煮えた湯を湯呑に入れる。 すると辺りには何ともいえぬ薬に似た匂いが漂う。 「心配ない。酔い醒ましの薬湯だ」 匂いに訝しむ参加者を宥め、からすは湯呑を口元へ運んでやった。 ● 「今年ももう終わりか」 小さな波紋を浮かべる杯に注がれた酒を眺め、无が小さく呟いた。 「一人で飲んでいるんですか? こちらに来てご一緒にいかがです?」 一人黄昏る様に酒に魅入る无に、伊織が声をかけた。 「そやそや、うちが言えた義理やないけど、よぉさんの方が面白いで」 いつの間にやらギルド員の席に紛れていた夜刀神・しずめも、スルメを口にくわえながらクイクイと手招きしていた。 「なんや、今年は隠し芸大会はあらへんみたいやけどなー」 「あら、今年はユリアさん達がジルベリアのダンスを披露してくれるみたいですよ〜」 「ダンスなんか性にあわん。もっとこう、去年の雪辱を晴らせるような、画期的な催しはないんか」 「そんなに言うのでしたら、しずめさんがやればよかったんじゃ〜?」 「そんな面倒臭い事、なんでうちがせなあかんねん」 「ね、楽しいでしょ?」 「そうだな。ではお邪魔させてもらおう」 二人のやり取りをくすくすと見つめる伊織の誘いに无は小さく微笑み頷いた。 『よかったね。一人じゃなくて』 と、懐からひょこっと顔を出す相棒の尾無し狐。 「‥‥そうだな。ありがたいことだ」 顔を覗かせ手に持つ盃に興味を示す相棒の頭をすっと撫でつけ、无は皆の笑顔の待つ卓へと着いた。 ● 「朔さん‥‥お料理取ってきました」 「わざわざ、ありがとうございます」 少し離れた所に置かれた小皿を自分の所まで寄せ、朔は紫乃にいつもの優しげな笑みを向けた。 「あ、いえ‥‥そんな、これくらい」 朔の笑みを見た途端、紫乃は顔を真っ赤に俯き、もじもじと身体を震わせながら消え入るような声で呟く。 「――おお、これは美味しい。この深みのある味‥‥泰国の調味料でしょうか。いや、これは――」 口の中に広がる味覚に興味の全て思って行かれた朔を、紫乃は幸せそうに見つめる。 「ああ、すみません。料理の事になると、つい夢中に」 照れ笑いを見せる朔の笑顔を見上げ、紫乃もつられて笑顔を見せた。 「ようやく笑ってくれました。私といるのがつまらないのかなと心配していた所ですよ」 「そ、そんな事ありません! 朔さんと一緒に居られて、私‥‥私、とても嬉しいですっ!」 絶対にそんな事はないと、力強く否定しようと上げた紫乃の声に、思わず周りの視線が集まった。 「あ‥‥あぅ‥‥」 「‥‥ありがとう」 注目を浴び、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤に顔を伏せる紫乃に、朔は出来る限り優しく声をかける。その時。 「さぁ、ダンスを始めるわよ!」 そんなユリアの声が聞こえた。 「紫乃さん、行きましょうか」 「え‥‥?」 すっと差し出された手を見て、そして手の主の顔を見上げる。 「リードは任せてください。これでもなかなかのものなんですよ」 変わらぬ温かい笑みがこちらに向けられている。 紫乃はその笑顔に誘われる様に、ずっと差し出されていた手に自らの手を置いた。 ● 「やっぱり少し乾燥してるわね」 「そ、そうなの‥‥?」 衝撃の言葉に伊織は思わず目を見張る。 「冬はそう言うものなのよ。さ、ちょっと失礼」 「え、あっ、ちょっと!?」 わたわたと慌てる伊織を他所に、シルフィリアは持参したとっておきの化粧品をすっと手に取り伊織の顔へ当てた。 「ん、そのままそのまま動かないで――」 当てた手を顔の突起に合わせてゆっくりと動かして行くシルフィリア。 「――こんな所かしら」 「す、すごいわね。肌が‥‥」 「お肌はケアを怠ると一気に荒れるから、気をつけてね」 「あ、ありがとう‥‥」 ふふっと妖艶な笑みを浮かべるシルフィリアに、伊織はははっと乾いた笑みで返した。 「バランス良く食べれば換装なんてないと思うんですけど‥‥」 そんな光景を真夢紀はどこか不思議そうに眺めていた。 ● 席の片付けられた宴会場の中心が、一瞬でダンスホールへと姿を変えた。 レイランが横笛を巧みに操り、ジルベリアの宮廷音楽を思わせる優美な音楽を紡ぎだす中、幼馴染達の社交と忘年の舞が始まった。 「紫乃さん、とても綺麗ですよ」 「あ、ありがとう、ございます‥‥」 純白のドレスに身を包んだ紫乃の姿に、朔は憧憬と賞賛を向ける。 「紫乃さん‥‥これからもずっと一緒に居てくださいね。私はずっとこの手を離しません、貴女が消えて無くならない様に、ずっとずっと握っていますから」 「‥‥はい」 純白のドレスにも負けぬ白い手を取り、朔は紫乃の手の甲に軽く唇をあてた。 「んもぉ、相変わらず下手ね。ターンはこうよ♪」 「こ、こうか‥‥?」 繋いだ手をくいっと引っ張り、ニクスを円舞の流れに乗せるユリア。 「そうそう、やればできるじゃない♪」 「‥‥何も俺じゃなくて、踊れる奴と――痛いっ!?」 「何か言った?」 口角をニッと吊り上げ、ユリアはニクスの頬をつねる。 「何でも無い‥‥やればいいんだろ、やれば」 「ふふっ、人間素直が一番よっ♪」 レイランの紡ぐ楽しげな音楽と、幼馴染達の華麗で不器用な円舞が忘年会の会場に華を添えたのだった。 ● 「はははっ! やっぱ宴はいいな! いいぞ、もっとやれ!」 膝に抱く二つの小さな頭をわしゃわしゃと撫でながら、ヘスティアは今日何杯目かの盃を煽った。 「あの、お姉さま、よろしかったのですか‥‥?」 右膝の上にちょこんと座ったローゼリアが、瞳を不安に揺らしながらヘスティアを見上げる。 「ん? 何かだ?」 「えっと、その‥‥親子水入らずがよろしかったのでは、と‥‥」 何の事かとかくりと首を傾げるヘスティアに、ローゼリアは伏せ目がちに答えた。 「なぁに気ぃ遣ってやがるんだ!」 申し訳なさそうに呟くローゼリアに、ヘスティアはさらに強く頭を撫でまわした。 「そうなのです。ママは皆のママなのです」 ローゼリアとは反対の膝の上で、母に甘える怜がこくこくと何度も頷く。 「おー、怜はいい子だな。よしよし、あーん」 聞き分けのいい怜の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でつけ、ヘスティアはデザートを一匙掬い怜の口元へ。 「あーん‥‥甘くておいしいのだ」 ふんわりと広がる上質な甘さに、怜は瞳を細めもぐもぐと懸命に咀嚼する。 「やっぱ、ジルベリアの料理は最高だな」 「ママの料理も食べて見たいのだぜ?」 「おれかぁ? あー無理無理。そんなの朔辺りに任せとけ」 「ぶーぶー! 俺はママの料理が食べて見たいのだぜ!」 「んーあー‥‥腹壊しても知らねぇぞ?」 「覚悟の上なのだぜ!」 「ったく、言いやがるな」 ぎゅっと抱きついてくる怜の小さな身体を、ヘスティアは愛おしそうに開いた手で包み込む。 「ほれ、ローゼも」 「え?」 その光景に憧憬にも似た想いを抱いていたローゼリアは、突然向けられたヘスティアの視線に思わず目をぱちくり。 「何が、え? だ。ほら、あーん」 「えっと‥‥あ、あーん」 言われるままに口を開け、ヘスティアの匙を受け入れる。 口に広がるスプーンの冷たさと甘味の甘さ。 「おいしいですわ‥‥」 純粋な感想が口から洩れた。 このレベルの甘味であれば幾度となく食べた事はある。だけど、この一匙は今まで食べた物とはどこか違っていた。 「そうだろそうだろ。ローザも素直でいい子だな。流石、おれのハーレムの一員だ」 がははと豪快に笑う優しい母の膝の上で、怜とローゼリアの二人はたがいに目を合わせ微笑み合った。 「‥‥きらーん☆」 そんな光景を遠くから眺めていたリエットの瞳が怪しい輝きを宿した。 「フーラーウー!!」 「うわっ!? ななな、なによいきなり!」 いきなり膝に飛び込んできたリエットを、フラウは慌てて受け止める。 「フラウ〜」 「な、なによ‥‥」 猫なで声を上げ膝の上でころころと甘えるリエットに、フラウはいつでも不測の事態に対応できるようにと身を固めた。 「すーきー」 「‥‥へ?」 一瞬の沈黙。膝には背を丸めるリエット。 「ななな、何言ってるのこの子は!?」 見る間にフラウの顔が真っ赤に染まる。 「あはは〜! フラウがタコになった〜♪」 そんなフラウの七変化にリエットは思わず噴き出した。 「こーのー子ーはー‥‥! 今日という今日は許さないんだからねっ!」 「リエット軍曹、逃亡に入るのでありますっ! だぁぁっしゅ!」 「ま、待ちなさいリエットぉ!」 ● 「あんたに言われなくてもわかっている!」 「‥‥そうか、ならいい」 差し出された腕を払いのけ、ジークフリードがニクスに背を向けた。 「どぉしたジーク、まぁた絡んでんのか? 一体なんでそんなにニクスを目の敵にするんだ?」 実弟の頬に豊満な双丘をうりうりと押しつけながら、ヘスティアがジークフリードに腕をからませる。 「く、くっつくな! そ、それに目の敵になんてしてない‥‥!」 「ほぉんとかぁ?」 尚も執拗にぐりぐり攻撃を続けるヘスティアを無理やり引っぺがし、ジークフリードは席と立つ。 「あら、ジーク。どうしたの?」 「な、何でも無い。ちょっと酔ったから外の空気に当たってくる」 立ち上がり無意識に振り向いた先には、不思議そうに見上げるユリアの姿。 ジークフリードは見つめる視線を振り切る様に首を捻るとずかずかと大股で中庭へ向かう。 「なんだあいつ、付き合いわりぃな」 「どこか具合でも悪いのかしら?」 「うーん‥‥どうしたんだろ」 ヘスティア、ユリア、イリスが三者三様にジークフリードを見送る中、 「‥‥」 ニクスはじっと目で追っていたジークフリードに続き、席を立った。 ● 「なぁんだぁ? 二人ともいい雰囲気じゃないかぁ」 「うわ酒臭っ! 直羽、もう酔ってるんですか‥‥?」 いつの間に忍び寄っていたのか、対面に座っていた筈の直羽が二人の肩にそれぞれ腕を回して顔を近づけていた。 「そぉんなわかないじゃないかぁ。で青ちゃん、あの子とは最近どうなの?」 「はは、まぁぼちぼち、と言った所ですよ」 朱に染まった頬にキラキラと輝く好機の瞳で見上げてくる直羽に、青嵐は苦笑交じりで答える。 「ほぉ、ぼちぼちねぇ。ほぉほぉ、ぼちぼちという事はくちづ――」 「そう言う直羽はどうなんだ。ライバルが多くて大変だろう」 直羽のデバガメを遮り、天藍が悪戯な笑みを浮かべ息のかかる程近くにある友へ問いただす。 「‥‥俺? 俺はまぁ、俺のできる事をやるよ。彼女を大切に思う人達に、ちゃんと認めてもらえるように、何か一つでも事を成したいかな」 さっきまでの酔っぱらいは何処へ行ったのやら。どこか自嘲気味に決意を語る直羽。 「立派な目標ですね。私も見習わなければ」 「ああ、我々で力になれることがあったら遠慮なく言ってくれよ」 「おぉ! さっすが青ちゃん天ちゃん、頼りになるぅ!」 がっしと肩を組む三人は再び盃を持ち出すと、かんと軽く撃ち合わせた。 「あれ? 今日は男の子ばっかりですか?」 と、どこか怪しい友情を育む三人の元へ、ギルド員真魚が顔を覗かせる。 「これは北花さん、今日はお招きありがとう。よければ一緒にどうだ?」 「え、いいんですか!? わわ、ぜひぜひっ!」 天藍の申し出に表情を一瞬で明るい物に変えた真魚が、去り行く干支の兎のようにぴょんと三人の元へと飛び込んだ。 「では呑み直しだな」 「はい、今度は天儀酒で」 「ささ、真魚ちゃんも」 「わわ、ありがとですっ!」 「それじゃ――」 『かんぱーい!』 はもった4人の声と共に、一際甲高い音が会場に響き渡った。 ● 「はぁ、勿体ないわねぃ。男三人だけで飲むなんて‥‥よぉし、ここはおねぇさんの魅力で――」 仲睦まじく男子トークに花を咲かせる三人を遠巻きに見つめていた深緋が悪戯で妖艶な笑みを浮かべすっと立ち上がろうとした時。 「貴女の瞳はすでにあの三人の虜になってしまったのですね」 今生の別れを思わせるほど悲しみに暮れる声でエルディン・バウアーが声をかけた。 「あら、貴方は」 「おぉ、神よ。貴方はまだ私を見捨ててはいなかった。こんばんは深緋殿。ここで貴女にお会いできたのも神のお導きでしょう」 一頻り神に感謝の言を発したエルディンは振り向いた深緋にとびきりの神父スマイルを炸裂させる。 「寒々とした冬空に咲いた大輪の華。深緋殿お久しぶりです。今日もお美しい」 聖職者然としたたおやかな笑みに、うっすらと白い歯を見せつける心憎い演出。 「そう言う貴方のイケメンっプリも板についてきたわよぉ」 互いに熱視線で見つめ合い、ははは、おほほと微笑み合う。 「おぅ? 深緋さんじゃないの」 「あらぁん、そう言う貴方は確か‥‥颯君だったかしらぁ?」 「そそ、覚えててくれたんだねぇ。嬉しいよ」 にへらとどこか締りのない笑みを浮かべながら、深緋の座る席に勝手に座り込んだ不破 颯。 「あっちもいいと思ったけど、ここもなかなかじゃなぁい」 エルディンと颯に囲まれ満更でもない様子の深緋は、再び腰を下ろした。 「そうそう、深緋さん、久しぶりにどう?」 と、颯は懐から小さな札の束を取り出した。 「あらん、懐かしいわね」 それは以前、何度かやり合った花札であった。 「深緋殿、それは一体?」 「エルディンは知らなかったかしら? これは花札というあ・そ・びよ。札の絵柄の組み合わせで勝敗を決めるの」 小さな札の束を興味深げに眺めるエルディンに、深緋は妖艶な笑みを浮かべ、なぜか殊更妖艶に聞こえる様に呟いた。 「ほほぅ、天儀の文化の一つという訳ですね。ジルベリアの代表としてもここは負けるわけにはいきませんね!」 「いやいや、そんな大層なもんじゃないんだけどなぁ。ただの遊びだよ?」 「何を仰います。例え遊びといえど、深緋殿を賭けた一大勝負! このエルディン、必ず勝たせていただきます」 「あれ‥‥いつの間に深緋さんを賭ける話になってるの‥‥?」 「まぁまぁいいじゃない。その方が面白いし」 謎の闘志を燃やすエルディンに深緋は満足気に微笑むと、颯からすっと花札を奪い取り机の上に置いた。 「さぁ、二人でかかってきないさぁい。纏めて面倒みてあげるわん」 そして、二人のイケメンに囲まれ上機嫌の深緋が、山札から最初の札をめくった。 ● 「くそっ‥‥」 薄く雪の降り積もるこの庭をみていると、故郷を思い出す。 ジークフリードは薄雪の積もる中庭を乱暴に踏み歩いていた。 「ジーク」 ふとかけられた声に、ジークは振り向く事無く立ち止った。 「なんでこんなとこに居るんだ。早くユリアの所へ戻ってやれよ」 「‥‥お前には申し訳ない事をしたと思っている。だが俺は――」 背後に立っていたニクスに向け、ジークフリードは声を荒げた。 「あんたの口からそんな弱音は聞きたくない! これでも尊敬しているんだ、あんたの腕を」 「‥‥」 「‥‥幸せにしろよ。じゃないと‥‥俺が奪いに行くからな!」 「‥‥ああ、約束しよう。必ず幸せにすると」 突き出した拳と拳を合わせる二人の目に、遠く会場から駆けてくるユリアが映った。 ● 「今年も終わりか」 人が去った茶の席に一人残ったからすは自らの為に茶を点てる。 「この天儀の世界も随分と開拓が進んだな」 すっと茶碗を口元に運ぶと、白い湯気と共に褪せたとはいえ十分な茶の香が鼻をくすぐった。 「エルフに修羅か‥‥開拓者の後輩も沢山出来た。先達としてますます精進が必要になるな」 舌に触れる茶はほろ苦く、そして暖かい。 「‥‥と、気負っても仕方が無いか。己が進むべき道を後悔せぬように歩もう」 香を逃がさぬように溜めこんだ息をゆっくりと吐き出すと、白い靄が跡を引いた。 「来年も‥‥再来年も‥‥こうして年を越せる様に」 ● ざくざくと親切を踏みしめる音。 遠く宴席の喧騒。 そして、背中の温もり――。 「むにゃむにゃ‥‥」 「‥‥」 騒ぎ疲れ寝てしまったレイランを背負い、竜哉が休憩所のある離れへと中庭を行く。 「こんな所で合うとはな」 猫の様に背中を丸めしっかりと首に腕をからませ眠るレイラン。 「‥‥できれば開拓者にはなってもらいたくなかったが」 背中の猫に聞こえない様に、小さく小さく呟いた。 「むにゃ‥‥ボク、強くなったんだよ‥‥」 「‥‥っ」 まさか返事? そんな筈はない、聞こえている筈は。 竜哉はレイランの声に思わず背に振り向いた。 「むにゃ‥‥」 「‥‥寝言か」 ふぅと短い溜息をつき、再び雪のちらつく中庭へ視線を戻した。 「‥‥だから、にい様達が傷付かなくても‥‥守られなくても‥‥大丈夫なんだよ」 「‥‥」 もう立ち止まらない。これは寝言だ。そう自分言い聞かせ竜哉は雪の庭を進む。 「だから‥‥だから、置いていかないでよ‥‥一人にしないでよ‥‥にい様」 「‥‥」 今一度振り向いて見た妹の頬からは、一筋の涙が流れていた。 ● 「も、もうはいらない‥‥」 どてんと大の字に倒れ込んだふしぎが、こんもりと丘の様に盛り上がったお腹をさすり嗚咽を堪える。 「む、おでんが余っているではないか、勿体ない――もぐもぐ」 「‥‥きりたんぽが煮えているの――もぐもぐ」 「水月殿、こちらの手羽先もなかなかの逸品であるぞ――もぐもぐ」 「‥‥お蕎麦もコシがあって美味しいの、りょうさんもどうですか?――もぐもぐ」 まるで無尽蔵。まるで暗黒空間。宴が始まってからすでに数刻、一時たりとも休むことなく吸い込まれていく料理達。 「うぷっ‥‥」 その細い体と小さな体のどこにそんなに入るのか。まさか、これぞ世に聞く女体の神秘なのか! ――とか思ってるかもしれないふしぎの夜は更けていった。 「もう‥‥だめ‥‥」 ● 「ま、まさかこれほどとは‥‥」 「あはは〜。やっぱり強いねぇ」 この寒空の元、片やパンツ一丁、片やふんどし一枚に剥ぎに剥がされたイケメン二人。 「眼福眼福ぅ。こすぷれも捨てがたいけど、やっぱり裸体よねん」 恥ずかしいのか寒いのか或いは両方か。もじもじと身を捩るエルディンと颯をうっとりと見つめる深緋が、二人を肴にお酒を一杯。 「ふふふ、随分と余裕な様ですね。深緋殿。しかし、まだ最後の一枚――いや、男の最後の砦が残っていますよっ!」 数々の依頼で磨きに磨き上げられた肉体美を晒しながら両手を腰に当て誇らしげに語るエルディンに、颯は軽快な拍手と共に「おー」と歓声を送る。 「あら、私は構わないけどぉ‥‥いいのかしらん?」 そんなエルディンを爪先から頭の天辺まで舐める様に見回した深緋が、ぺろりと舌舐めずりを一度。 「構いません。ただし、深緋殿、負けた場合は‥‥おわかりですね?」 「隙にるればいいわよん。貴方が相手なら文句はな言わん」 その答えに、ふふふ、はははと微笑み合う二人。 「そんじゃ、最後の勝負言ってみよーかー!」 すでに勝負を降りた颯はノリノリで札を切り直す。そして、 「いざ、尋常に勝負!」 正真正銘最後の勝負。エルディン、一世一代の勝負の火蓋が切って落とされた――。 ●夜も更け―― 「‥‥うおぉぉ! さみぃぃぃっ!!」 「うわぁぁっ!?」 自らに降り積もった雪をはね飛ばし、勢いよく現れた喪越にしずめは盛大に驚き雪の上に尻型を刻む。 「も、もう少しで凍死する所だったぜ‥‥」 「こっちはショック死する所やったわ、アホっ!」 紫色に変色しがくがくと震える唇から何とか言葉を捻りだした喪越のど頭をしずめが渾身のハリセンで打ち抜いた。 「はは、一献どうだ? 冷えた体にはこれが一番」 そんな呆然と立ち尽くす喪越の前に、すっと差し出される湯気を上げる熱燗入りお猪口。 「おっ! 気がきくな旦那!」 差し出されたお猪口を奪い取る様に受け取ると。喪越は一気にあおる。 「かぁーー!! 生き返るぅ‥‥」 「残り物を貰ってきておいてよかったな」 と、无は喪越に渡したのとは別の盃に自分の分の酒を注ぎ入れると、ちびりと口をつけた。 「残り物‥‥?」 そのワードに喪越の脳裏には去年、一昨年の悪夢がジワリジワリと忍び寄る。 「残り物と言ってもちゃんとした品だから、心配はしなくてもいい」 「皆、散々飲み食いしたからな。ほんま、甘っとってよかったな」 「い、いや、そうじゃなくてだな‥‥」 ぎぎぎと鉄が錆び付くような音を聞きながら喪越は无から店内へと視線を移した。 「今しがた終わった所だ。今年もいい宴だったぞ」 つい数刻前までの喧騒が嘘のように静まり返る酒場へ振り返り、感慨深げに呟く无。 「飲み食いだけのなんや質素な忘年会やったけどなぁ」 同じく会場を眺め、つまらなさそうに唇を尖らすしずめ。 「ななな‥‥」 そんな二人の口を突いて出た言葉に、喪越は震えも忘れ固まる。 「なん‥‥だと‥‥っ!? めくるめく俺の幻想郷が、終わった‥‥!? 桃源郷がっ!? 酒池肉林がっ!? すすす――すでに終わっただとぉぉっ!?」 そして伝説へ――。 大晦日の除夜の鐘が一年を締めくくる様に、今年もギルド員主催の忘年会を締めくくる喪越の絶叫が神楽の街に響き渡った。 今年も一年お疲れさまでした! 来年も、皆様にとって良い年でありますように! byギルド員一同 |