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■オープニング本文 ●気鋭山『前略寺』 夜に朝に、しっとりと冷気を含んだ風が、山々の緑を撫でていく。 実りをつける木々に、栗鼠が、猿が、小鳥が、その恩恵を求め訪れる。 緑は黄に。 実はたわわに。 秋もすっかり深まった気鋭山の山中は、冬を前にして最も賑わいを見せていた。 「――人とは、すべからく自然に帰す定めにあり――」 そんな気鋭山の山頂付近には、この地方では有名な禅寺『前略寺』がある。 下界との接触を断つ僧侶たちは、日々自らの研鑽と徳を磨く為、厳しくも雄々しい四季を通し、休む事無く厳しい行にその身を置いていた。 「――人の業とは、これすなわち、自らの枷――」 人一人が生涯をかけて、目指す道。悟りへと導く道。 その過程を言葉に変え、和尚は滾々と有り難い教えを説いてた。 やべぇ‥‥これはやべぇ‥‥。 静寂に包まれる中、杉の板張りの床に、一滴の汗が垂れ落ちた。 も、もう、限界ですわ‥‥。 普段であれば気にもならない衣擦れの音が、嫌に耳につく。 漏れる‥‥!! 隣の人が身じろぎした音だけで下半身に痛みが奔る。 時間にしてすでに8時間。 正座し続けていた足には、感覚と呼べるものはすでに無い。 いくら説法とはいえ、まさか日が昇った時から昼食もとらず、永遠8時間もの間繰り広げられるとは夢にも思わなかった。 自分の見積もりが甘かった事に、参加者一同すべからく後悔の念を抱く。 「――であるからして、人の生とはかくも罪深い道なのです」 目の前に座る生き仏の様な和尚が、起きているのか寝ているのかもわからない糸目で紡ぎ続ける。 最早、内容など頭に入ってこない。 ただただ『地獄』。 最初はただ座って話を聞くだけだと、軽く舐めていた。 まさかこれほどまでの苦攻めだったとは‥‥。 ここに集った誰しもが、アヤカシと戦っている方が100倍もましだと答えるだろう。 パタン――。 突如堂内に響いた、今までに聞かなかった音に参加者一同がハッと顔を上げた。 「‥‥それでは、短くはありましたがこれにて拙僧の説法を終わります」 短くねぇよ!? という心のツッコミが至る所で起こる中、ついに和尚の説法が終了した――。 |
■参加者一覧
雪ノ下 真沙羅(ia0224)
18歳・女・志
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
夜刀神・しずめ(ib5200)
11歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●奥の院 説法が――終わった。 「終わったぁぁ!」 和尚の言葉が終ると同時、小伝良 虎太郎(ia0375)は額に脂汗を浮かせながら正座を解いた。 「こ、これが禅行‥‥! 噂に違わない過酷な修行だ‥‥!」 そよ風が吹いただけで全身に衝撃が奔る程の足のしびれに、何故か虎太郎は歓喜の表情を浮かべる。 「だけど、おいらはこの程度で音を上げたりしないぞ!」 と、なにをどう勘違いしたのか虎太郎はこの苦行?を自らの糧とする為、ゆっくりと足裏を床に下ろした。 「はぅぅ‥‥も、もう限界です‥‥っ」 涙目、頬染め、への字眉の三重苦を顔に浮かべ雪ノ下 真沙羅(ia0224)は、プルプルと小刻みに身体を振るわせ何とか立ち上がろうとするが。 「足が‥‥痺れて‥‥!」 8時間の正座で酷使された脚は、まるで自分のものではないかのように言う事を聞かない。 「で、でも、こんな所で――するわけにわっ‥‥!」 所々聞きとれないが、何やら不倶戴天の決意を持って真沙羅が四つん這いで出口を目指した。 (あかん‥‥こらあかんで‥‥!) 膝小僧に手のひらを添え、正座のまま固まった夜刀神・しずめ(ib5200)が、満足そうに微笑む和尚を睨みつける。 (何が説法で罪を洗い流すぅ? アホやろ! うちらをここまで追い詰めるお前の方がよっぽど罪深いゆぅねん!) どうすれば一番ダメージが少ないか。しずめは固まった姿勢のまま、和尚への恨み事を心に並び立てながら考えを巡らせた。 (あかん‥‥! 恨みつらみ並べ立てても今のこの状態が回復する訳やあらへん‥‥! 心頭滅却や、平常心や! 今は――) と、自らを律する言葉を心に描き、しずめは出口へとゆっくりと首を振った。 「‥‥すごいためになったの」 みな一様に苦悶の表情を浮かべる中、水月(ia2566)だけは感動と羨望の眼差しで微笑む和尚を見つめていた。 「え、ええ‥‥さすが天儀に根を下ろす宗教です。実に見事な説ぽ、ぽ、ぽぅ!」 水月と同じく有り難い説法に感銘を受けていたのだろうエルディン・バウアー(ib0066)が、色々限界なのか青ざめた顔のまま立ち上がる。 「うぐぐ‥‥神よ、これは他宗教への浮気ではありません! 神教会の教えを広めるためのののぉ!」 裏声よりもさらに高い甲高い声と共に、出口へ向け一歩踏み出そうとして再び固まった。 「‥‥足が痺れたの? 大丈夫、少し待ってて」 と、脂汗を流しながらも神父スマイルを絶やさないエルディンに、水月は白く輝く手をかざした。 「お‥‥おぉ! 痺れが! これぞまさに神の奇跡! 水月殿、感謝いたしますよ!」 「‥‥どういたしましてなの」 「‥‥それよりも水月さん、貴女は大丈夫なのですか?」 「‥‥?」 エルディンの問いにかくりと首をかしげる水月。 「女性にこのような事をお伺いすること自体罪だとは思うのですが‥‥その‥‥お手洗いは、大丈夫なのですか?」 申し訳なさそうに問いかけるエルディンの言葉に一瞬の空白の時間。水月は自分のお腹を見下ろした。 「‥‥」 途端、プルプルと震えだす脚。 「‥‥た、大変なの‥‥!」 ようやく自らの置かれた状況を理解した水月は、出口へと視線を向けた。 「一等一番いただきっ!」 虎太郎は瞬脚をもって堂内から消えたかと思うと、出口に現れる。 「そうは問屋がおろし金!」 そうはさせじと伸身棒状高速横回転をかます喪越(ia1670)が追い縋る。 ついで残りのメンバーも奥の院の小さな出口に殺到する。 刻一刻と迫るタイムリミットに、6人には言い知れぬ殺気が漂っていた。 ●階段 奥の院からでる頃には、何とか脚の痺れもなくなっていた。 6人は本堂へと続く階段の上に立つ――。 「ぁぅ、ちょっと出ちった‥‥」 瞬脚による爆発的な加速はその力を虎太郎の身体に満遍なく伝える。もちろんあそこにも――。 己の股間に僅かに感じる嫌な湿り気を気にしながらも、虎太郎は高き階段の頂きに辿りついた。 「ふっ‥‥これしきの試練で音を上げるとは、青いな」 目に見えてわかる程の『シミ』を股間にこしらえながらも余裕を絶やさない大人な喪越が虎太郎を見下ろしながら振り返った。 「いいかよく聞け皆の衆! ここからが本当の試練。ここより先が修羅共の古戦場。遅れた者から地獄へ落ちる」 そして、一呼吸ののち、喪越の顔には死戦場へと赴く古参兵如き決意が浮かぶ。 「目指せパラダイス! 俺達のヘブンはあそこにある! ひあうぃーごー! 目指すは――ざ・厠!!」 背後に大爆発でも背負いそうな喪越の台詞に、一行は一気に階段へと。 ●階段 「すみませーん、何処だったら邪魔になりませんかー?」 「‥‥あの、出来るだけ汚さないようにしますので、通してください‥‥っ!」 保守派な二人。虎太郎と真沙羅がおっちゃんに進路を問いながら一歩ずつ階段を下る。 「‥‥うんしょ、うんしょ‥‥」 慎重派の水月は、小さな体を後ろ向きにし四つん這いにゆっくりとゆっくりと一段ずつ懸命に階段を下る。 そして、こちらは過激派。 「アイ・キャン・フラーイ!!」 神父が飛んだ。 長い脚を生かした大股での助走からの跳躍。自慢の金髪を風に靡かせ宙を舞う。 「愛・喜屋武・揚物!!」 フーテンが飛ぶ。 巨大棍を石畳に打ち付け棒高跳びの要領でエルディンに空中で並んだ。 「ふ、咄嗟に私と同じ考えに至るとは、さすがやりますね」 「ほ、褒めてもなんにも出ないんだけらねっ!」 「頬を染められても気色が悪いだけなのでやめてもらえますか? 可憐な女子であれば別ですが」 「ちっ、ノリの悪ぃ奴だなぁ!? と、まぁそんな事はいいとして‥‥」 「いきなりどうかされましたか? 何やら顔色が優れない様ですが」 「うむ、正直に言おう」 「はい?」 「着地の衝撃に耐えられる自信が無い! 主に下的な意味で」 「‥‥ふっ、後先考えないお人ですね。私などすでに着地の用意は万端だというのに」 「なに‥‥?」 「ほら、ごらんなさい」 「あ、あれは!」 エルディンの指差した先には石畳を割って生えてくる蔦。 「申し訳ありませんが、って、ちょ!? ど、何処を掴んでいるのですか!」 「おぉ、神よ。この罪深き子羊をお許しください! そして、俺は助けてね☆」 「罪深いのは貴方でしょう!? 懺悔なら聞いてあげましょう、ここではなく教会で直々にじっくりたっぷりと! ですから‥‥そそそ、そこから手を離しなさいっ!!」 「さらば神父様。お前ぇの勇志は忘れねぇぞ!! そして、無残に散ったその姿は俺のお目目にしかと刻んでやろう!」 「そんな物、刻ませるとお思いですか! ‥‥ぐっ、かくなる上は――!」 「ひぁおっ!? あふぅん、そこはらめぇぇぇっ!?」 以上、対空2秒間での会話。 二人を受けとめようと現れた蔦はもともと動きを縛る為のスキルで生み出されたもの。二人分の体重を支えるには絶対的に量が足りない。 空中で縺れ合う二人は慣性の虜のまま、石畳に生えた蔦へと‥‥。 ぐしゃ。 何とも形容しがたい着地音。 ゴロゴロゴロ――べしゃ。 如何ともしがたい衝突音。 二人はくんずほぐれつ身体を絡ませ合いながら石畳を転がり――本堂の柱に激突した。 「うぐぐ‥‥! 何たる試練‥‥! これが私に神が与えたもう試練だというのですか! しかし、私は負けません! この程度の事で神父の証であるカソックを汚す訳にはいきません‥‥!」 「こんな所で屈する訳にはいかねぇんだ! 目覚めよ、俺の心に残った最後の良心! せめて人として――人としてぇぇぇ!!」 それでも二人は立ち上がろうとする。 もはや限界ともいえる精神状態の中、人として、その最底辺の尊厳を守る為に。 「おわぁっ!? いきなりそんなとこに現れると危ないぞ!!」 「あの‥‥その‥‥ごめんなさいっ‥‥!」 「‥‥ごめんなさいなの」 踏まれた。 先に階段を下っていた三人の進路をふさぐ形となった二人は、まるで蟻の如くあっさりと踏まれた。 『は、はぅ‥‥』 喪越、エルディン――無残。 本堂前に伏した二人の口から同時に漏れる。 8時間もの長きにわたって待ち望んだ、至福の一時がそこにあった――。 ●階段 壮絶な死闘?が繰り広げられる中、最後まで残っていたしずめ。 「お嬢ちゃんは行かないのか?」 「‥‥」 下り気配もなく俯き加減に目を伏せるしずめにおっちゃんが問いかける。 「うぅ‥‥」 「お、おい、大丈夫か!」 目尻に涙を溜め蹲るしずめにおっちゃん大慌て。箒を投げ捨て駆け寄った。 「おっちゃん‥‥」 「うっ‥‥!」 潤む瞳で見上げるしずめ。おっちゃんは親子ほども年の違うしずめの視線に思わずたじろいだ。 「おっちゃん後生や‥‥」 「ど、どうした‥‥?」 幼子特有の大きな瞳に溜められた女の武器。よく見れば小さいながらも整った顔をしている。おっちゃんは、ごくりと生唾を飲み恐る恐る問いかけた。 「後生やから‥‥うちを厠に連れてったって‥‥! もし連れてってくれたら‥‥」 今にも泣き出しそうに訴えるしずめ。そして、もじもじと照れる仕草で誘う。 まさにそれは女の色香。 「そ、そんな事なら任せとけ! さぁ、俺の背中に!」 それは男の性か。見つめられたおっちゃんは朱に染まった頬を隠す様にしずめに背を向けるとしゃがみ込んだ。 「おおきに‥‥ほんま、おおきにやで‥‥」 もちろん、おっちゃんの背中に向うしずめの瞳に涙など一粒もある訳はなく、あるのはしてやったりと微笑む邪まな笑みだった。 ●本堂 「あの‥‥えっと‥‥ごめんなさいっ‥‥!」 冷たい床上にまるで児童の如き不動の姿勢を取り瞑想する僧たち。 荘厳とも呼べる空気の中、プルプルと足を振るわせる真沙羅が内股で進む。 「一気に行きたいところだけど‥‥これ以上は‥‥!」 瞬脚で一気に駆け抜けたいところであるが、奥の院での事もある、これ以上の無茶はできない。 虎太郎は逸る気持ちを鎮め、一歩一歩確実に光り輝く出口を目指す。 「‥‥人の気配にも動じないなんて、さすがなの」 まるで氷上を滑る様に滑らかに僧侶たちの脇を縫う水月は、何故か後ろ向き。 静寂出会った堂内で、通り過ぎる三人はそれだけで五月蠅い。 しかし、変わらず瞑想を続ける僧侶達を水月は感嘆の声を漏らした。 ●廊下 「ももも‥‥もうダメです‥‥!」 ほんの十数歩も歩けば辿りつく。 しかし、目の前の建物はまるで蜃気楼のように霞んでさえ見える。 「諦めるな! 諦めたらそこで修行終了だぞ!」 届かないものに懸命に手を伸ばす真沙羅の肩を虎太郎ががしっと掴む。 「小伝良様‥‥」 頼もしく響く声に、霞んでいた視界がより一層ぼやけるのを感じた。 「もうちょっとだ。頑張ろう!」 見上げた瞳に映る満面の笑み。この極限状態にあってさえ他人を思いやれるその余裕に惹かれる。真沙羅は頬を桜色に染め、 「は、はい‥‥」 何とか言葉を返し、手を差し出した。 「さ、さぁ、行こう!」 どこぞの競技選手の様な爽やかな笑みで真沙羅の手を取る虎太郎。しかし、彼もまた限界を迎えつつある。 「とは言ったものの、このままじゃ‥‥」 「は、はい‥‥? なにか‥‥仰いましたか‥‥?」 「ななな、何でも無いよ! 大丈夫、おいらに任せて!」 とんと自分の胸に拳を合わせる虎太郎。しかし――。 「どどど、どうしよう‥‥。言った手前、何とかしないと‥‥」 などと心の声をだだ漏れに虎太郎は突破口を求めきょろきょろと辺りを伺った。 「あ、あれは‥‥!」 そして、ついに見つけた最終兵器。 「これさえあれば‥‥勝つ!」 虎太郎は廊下の脇に無造作に干されてあった雑巾を手に取った。 「え、え‥‥?」 「さぁ、真沙羅も!」 もう猶予は無い。虎太郎は手早く雑巾を自分と真沙羅の脚に巻きつけ。 「大丈夫! おいらに任せて!」 「え、えっと‥‥何が大丈夫なのでしょうか‥‥?」 虎太郎は一抹の不安を訴える真沙羅の腕を掴むと――。 「そぉぉれぇぇぇっ!!」 「ひあぁあぁぁっ!!」 自分を中心に大回転。何十回にも及ぶ回転の後、虎太郎は手を離した――。 「いやぁぁあっっ!!」 虎太郎の手から離れた真沙羅は、濡れた路面を摩擦係数を極限まで落とした雑巾に乗り、信じられない速度で滑っ――。 べしゃ。 ――てい‥‥ナレーションも追いつかない速度で目的地である厠へと激突した真沙羅は‥‥。 「おぉ!」 遠巻きに目的地へ到達した真沙羅の姿に歓喜する虎太郎。 「よぉし、おいらも‥‥?」 真沙羅に続けと虎太郎も廊下へ向け一歩を踏み出そうとした、が。 「あ、あれ‥‥?」 身体が動かない。正確には足が動かない。 虎太郎は恐る恐る自分の足元を見やった。 姿が霞む程の高速回転がもたらした『力』は遠心力だけにとどまらず、旋穿力となり床板を突き抜けていた。 「うまってるぅぅ!?」 実に尻付近まで床に埋まった虎太郎に、最早脱出する気力は残されていなかった――。 そして、その時は訪れる。 大音響を響かせた衝突の衝撃など比較にもならない程の怒涛が真沙羅に襲いかかりる。 「‥‥はふぅ」 怒涛は堰を切った様に溢れだす。そう、床板へと。禁忌という枷から解き放たれた真沙羅は、しばし至福としか言いようのない一時を堪能した。 「はうぁ‥‥」 何かがはじけ、訪れる至福の一瞬。 床に埋まったままの姿勢で迎えたその快楽は、十六年生きた中でも最上級あったのは言うまでもない。 「‥‥なむなむなの」 無残に散った二人を眺め、水月は顔前で手を合わせその奮闘を湛える。 「‥‥やっぱり一筋縄ではいかないの」 見やった厠。そして、そこへと続く魔の回廊。 水月はすっと瞳を閉じると自身に残された力と、目的地までの距離とを見えない天秤にかける。 そして、カッと大きな瞳を見開くと、 「‥‥負けられない戦いが、ここにあるの!」 真っ直ぐに伸びるパラダイスへ向け、小さな一歩を記した。 ●厠 「ふぅ‥‥ん? おっちゃん、まだおったん?」 手を洗い出てきたしずめをおっちゃんが迎える。 「‥‥」 「どないしたんや、そんな神妙な顔して‥‥」 見上げた表情は真剣なものだ。 「俺も覚悟を決めたよ‥‥」 「は?」 「け、結婚しよう!」 「えっ‥‥!? ちょぉまちぃ! 術は解除した筈やろ!?」 がしっ。 「さぁ、行こうかハニー!」 気力のほとんどを使い果たしたしずめに、怪力を誇るおっちゃんの腕から逃れる術は無く軽々と担ぎあげられ。 「いややぁぁぁ!!」 しずめの声は夕陽に向ってフェードアウトしていったのだった。 「‥‥ちゃんちゃん、なの」 おっちゃんに連れて行かれたしずめに手を振り、最後に辿りついたのは水月だ。 ただ一人ゆっくりと確実に目的地へ向かい、そして辿りついた。 「‥‥ここなの」 見上げれば、目の前には武骨な造りの取っ手。 塗装などは無く木の質感だけがその存在を示す。 「‥‥間にあったの」 水月は逸る心を落ち着かせ、ゆっくりと厠の取っ手に手をかけた――。 |