【黎明】白き霧の黒き王
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/05 17:53



■オープニング本文

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●神楽
 梅のつぼみも膨らみ春の訪れも間もなくだというのに――。
「うえっくしょぉぉい!! ‥‥うぅ、畜生、誰か噂してやがんな?」
 寒の戻りにひゅるりらと吹かれた中年男は辺りを全く気にする事無く盛大に泡沫を飛び散らせた。
「そ、そんな薄着で居るからなんだぞっ!」
「おいおい、厚着であんな店行く奴誰がいんだ?」
「あ、あああ、あんな店ってっ‥‥!」
 身も凍える寒風の中、少年は何を思い出したのか顔をぼっと燃え上がらせる。
 そんな少年をくすくすと笑い、中年男は次の店に目星をつけた。
「ほれ行くぞ、次はあの店だ。折角手に入れたあぶく銭だ、王朝の奴らに巻き上げられる前につかっちまわねぇとな。なぁ?」
「ほ、他にももっと有意義な使い道があると思うんだぞっ!」
「へぇ、酒か女以外に使い道ねぇ‥‥。一応聞いてやるが、どんなだ?」
「あ、あ、亜螺架を相手に‥‥その、なんていうか、えっと‥‥」
「おいおい、さすがにこんなはした金じゃ、亜螺架の奴は相手にしてくれねんじゃねぇか?」
「え‥‥や、やっぱり相手に――って、相手の意味がきっと違ってるんだぞっ!?」
「ほぉ。違うってのは分かんるんだな。ならどう違ってるんだ? おぢさんは詳しく聞きたいぞ、少年」
「そ、そんなことより! この前手に入れた物の中には結局、文献らしい物はなかったよね‥‥!」
 中年男の執拗な?追及から逃れる様に少年は会話を180度転換する。時間がなかったとはいえ、折角冥越まで乗り込み未盗掘の宝物庫に遭遇したのだ。出来る事なら、有用なアイテムをもう少し、後、2,3も持ち帰れれば‥‥。
「まぁ、ないもんは仕方ねぇ。さぁ、次の店だ! また一歩、大人の階段を登らせてやるっ!」
「そそそ、そんなものべべべ、別に登りたくない――こともないかもしれない、けど‥‥って、ちょっとまってぇぇっ!?」
 折角変えた話題も中年男の欲望には結局勝てず。くるくると表情を変えながら抵抗する少年を、中年男は問答無用に引きずっていった。

●レア
「う、うーむ‥‥」
 今にも頭の天辺からぷすぷすと白い煙でも湧き立ちそうな女性が一人、船室の一角でじっと机に向っていた。
「少し頭を冷やして――いや、気分を変えてはいかがですか?」
 そんな女性を見かねたのか、嘉田が外気で冷やした一杯の水を差しだ裂いた。
「これは嘉田殿か、すまぬ‥‥」
 嘉田の接近にすら気付かぬ程、思考の中に潜りこんでいた自分を恥じる様に、頬を桜色に染め女性は湯呑に満たされた水を受け取り口をつける。
「――っ。沁み渡るな」
 水を口に含んだ途端、思考を一気に覚醒させる程の冷たさが喉に広がっていく。
「それで何をそんなに真剣に悩んでいたんですか?」
「い、いや大したものではのだ。気にしないでくれ‥‥!」
 何気なしに机を覗き込もうとした嘉田から、女性は机の上に広げられた紙を身を呈して隠す、が。
「新名案‥‥? なんですそれは?」
 女性の細い腕では到底机全部を覆い隠すことはできず――というより、ほぼ丸見えの紙に書かれた文字に、嘉田はかくりと首を傾げた。
「っ!? ‥‥こ、これはそのなんだ‥‥黎明殿がだな‥‥」
 最早隠しても無駄だと悟ったのか、女性は開き直る様に身体を起こすと、武骨な文字で書かれた紙を嘉田へと突き付ける。
「新たな名を探していると聞いたから‥‥そのなんだ、拙い語彙ではあるが一応‥‥うむ、一応だな‥‥むぅ」
 どうしても語尾に照れが滲むのか、女性は口を尖らせ、視線で察しろと訴えかける。
「なるほど、そうですね。この名前も随分と古いものになってきましたし‥‥いい機会かもしれませんね」
 気恥しそうにそっぽを向く女性を、嘉田は微笑ましく見つめ差し出された紙を受け取った。

 別室では――。
「うにゅ‥‥」
「どうしたの、随分だれてるわね」
 ぺたりと上半身を机に投げだす少女に、レダは苦笑を向けた。
「‥‥レダ様はもうどこも何ともないんですか?」
「身体の事? それならおかげさまで、すこぶる快調よ」
「ふむぅ‥‥」
 むきりと力瘤を作ってみせるレダをへたったまま見上げる少女は、自分の二の腕に視線を向ける。
「私も別に何ともないんですよね‥‥確かに亜螺架は、『何か』した筈なんですけど‥‥むぅ」
 いくら考えても思考の螺旋は解ける処かより複雑に絡まっていく。一応の生還者であるレダにこの話を持ちかけたのも、何か解決の糸口を見いだせるかもしれないという、仄かな思いからだった。
 しかし、いくら話を聞こうともレダの記憶にあるのは漠然とした捕縛の記憶だけ。時折意識が覚醒し、周りの状況を『見る』こともできたらしいが、何を見たのかまでは覚えていないという。
「ごめんね、何の力にもなれなくて‥‥」
「そ、そんな事無いですっ! レダ様は貴重な崑崙の戦力なんですから! 戻ってきてくださって嬉しいですよっ!」
「‥‥そう? そうね、そう言ってくれると少し気が楽になるわ」
 どこか物憂げに微笑むレダの顔を申し訳なさそうに眺めながらも、少女は前々から聞きたかった事を素直に口にした。
「レダ様‥‥私達は勝てると思いますか?」
 漠然とし過ぎていると自分でも思った。踏み出す勇気は今の自分でも振り絞れる。でも、背を押してくれる気持ちがあればなお――。
 そんな、切望ともとれる少女の表情から意図を悟ったのか、レダは小さく微笑むと。
「勝てるわ。貴方達なら必ず、ね」
 微笑みを笑みに変え、何も迷うことなくそう言い放った。

●神社
 完全に外界から遮断された部屋に小さな光麟が漂う。
「‥‥何か見えますか?」
 光麟舞う空間の中央、上半身を裸に龍の翼を露わにした少年が問いかけた。
「‥‥」
 答えるのは大きな瞳をぎゅっと瞑りふるふると何度も首を振る少女。
「やはり見えませんか。もしかして呪縛は失敗している‥‥というのは希望的観測過ぎるでしょうか?」
 右手に視線を落し、開いたり閉じたり。背に視線をやって、立派なだけの翼をぴくぴくと。普段と何一つ変わらない自分の身体の動きに、ふとそんな事を呟いた。
「‥‥もしかしたら、本当にそうかもしれないの」
 以前、術視が捉えた黒くとぐろを巻く様な鎖の映像は、少年の中にはまるで見えない。他の仲間達の身体の中を見ても同じだろう。そして、自分の中も。
 少女は胸にそっと手を当てた。
「‥‥私達の不安を煽るだけ煽って、疑心暗鬼に陥らせる‥‥とか」
「そう言う策だというのですか?」
「‥‥そう言う策だと思わせる策‥‥かもしれないの」
「結局の所、何もわからないという事ですか‥‥」
 自信なさげに囁く少女を見下ろしながら、少年は肌蹴た首筋を一撫でした。
 時折ちりりと不快な痛みが走る感覚こそが、あの時の前と後に変わった唯一の変化だった。
「‥‥とにかく、もう一度会ってみないと」
「会えばわかるでしょうか‥‥」
 二人は無意識のうちに南を睨みつける。そこに巣食う黒き霧の主に向けて――。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
水月(ia2566
10歳・女・吟
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂


■リプレイ本文

●言現山
『思った程の浸食は無いな。やはり呼吸器からの吸入では弱いか』
 標高二千m。春の気配などまるで感じられぬ雪の大地に抑揚のない声が響いた。
「‥‥何でも貴女の思ったように事が進むとは思わない事なの!」
 一人で現れた亜螺架に正対する水月(ia2566)は、仲間の視線を背にきっぱりと言い放つ。
『お前達もわかっているのだろう? 身体の中にある我の存在を』
「‥‥いくら貴女の力が強くても、どれだけ強く黒い鎖で縛っても」
 悠然と両手を広げ微笑を崩さない亜螺架に、水月は思いの全てを吐き出し続ける。
「私の‥‥私達の心と魂に光がある限り‥‥絶対に屈したりしないの!」
「そうです! 今までは貴女の手の内がわからなくてちょっと苦労しましたけど、今回はそうはいきません!」
 水月の気持ちを受け継ぐように趙 彩虹(ia8292)がグッと拳を突き出した。
『それ相応の準備をして来たという訳か』
「当たり前です! この間の様に無様に逃げたりはしません! そして、貴女との因縁も――ここで断ち切ります!」
 小さな水月を背に庇いながら、彩虹は亜螺架へと対峙する。
『ふむ‥‥ここまで反抗できるとは、やはり志体持ちであっても開拓者という人種は少し違うらしいな』
 なおも興味深く居並ぶ強敵達を見渡す亜螺架。その表情には興味こそあれ恐れなどまるでない。
「‥‥亜螺架、やり合う前に一つだけ聞きたい」
 そんな敵意ではない純粋な興味を示す亜螺架に、進み出た皇 りょう(ia1673)は実に穏やかに、そして己が興味の赴くままに口を開いた。
『ほう、そちらから質問とは珍しいな。いいだろう答えよう』
「ならば遠慮なく問おう。亜螺架よ、汝は人間との関係を何とする?」
『何‥‥?』
 その質問があまりに不可解な物であったのか、亜螺架はピクリと眉をひそめる。
「――いや、すまぬ。だがどうにも、汝は他のアヤカシと違う気がしてな」
『今さらにアヤカシに興味を持ったとでもいうのか? 陰陽の術を操るものでもない貴様が』
「汝のいう通りだ。本来であれば分不相応の疑問だろう。だが何故か、汝と対していると‥‥」
『気になるというのか?』
「‥‥そうだ。アヤカシとは人の絶望を糧とし血肉を啜る、人に連なる者の仇敵。だが、汝からは感じぬのだ。何をかと言われれば‥‥むぅ、こういう時には何と言えばいいのか。語彙の乏しい自分が恨めしいな」
『言葉を交わせるものは分かりあえる。とでも思っているのか?』
「う、うむ。あるいは」
『くくく‥‥はぁっはははっ!』
「な、なにがおかしい!」
『この期に及んでその考えに至るか。面白い、実に興味深いぞ! だが、これだけは言っておこう。甘い幻想を抱くのは勝手だが、我らアヤカシと貴様等人間が手を取る時など、未来永劫訪れる事は無いとな!』
 吐き出す様に語尾を叫んだ亜螺架の瘴気が、爆発的に膨れ上がる。
「‥‥嬢ちゃんが何を言いたいのかは知らねぇが、もう仲良くお手手つないでって雰囲気じゃぁねぇぞ」
 なおも亜螺架に向け言葉を続けようとしたりょうを、黎乃壬弥(ia3249)が身体を割って入れ止めた。
「‥‥すまぬ。いらぬ御託を並べた」
 長きにわたって刀を並べて来た広い背中を見つめ、りょうも倣うように刀を抜いた。


 シャランと鉄輪が擦れる。
「夢の翼の皆や愛しい人‥‥そして、白月の為にも、こんな所でやられはしないんだからなっ!」
 ビシッと亜螺架へ人差し指をつきつけた天河 ふしぎ(ia1037)は、空いた手で額に掲げたゴーグルに触れた。
「行こう皆! 今度こそ亜螺架を打倒し、アヤカシ兵器の悲劇に終止符を打つんだ!」
 流れるような動作で二刀の柄へと手をかけたふしぎは、一気に抜き放つ。
「ああ、いい加減ここいらで終わりにしようや! なぁ、人に寄生してなんぼの黴野郎さんよ!」
 戦端を開いたのは壬弥の一閃。千年樹の幹すら断ち切りらんばかりの一撃が、その剛腕から放たれた。
『斬撃など我には効かぬ』
 胴を真っ二つに両断する一撃にも顔色一つ変えぬ亜螺架は、反撃とばかりに右手を振りかぶる。
「そうはさせません!」
 すかさず距離を詰めた彩虹が最小限の動作から神速の正拳突きを繰り出した。
『無駄だと何度言えばわかる』
 キンッと金属音にも似た甲高い音が響き、高質化した体が正拳を弾き返す。
「まだまだぁ!」
 脇と背に振りかぶった二刀を閃かせ、ふしぎが亜螺架の頭部を捕えた。
『お前達は大人しく実験台になっていればいいのだ!』
 雛人形の如く美しい顔が縦三つに割れると同時、亜螺架はその身を黒い霧へと変えた。

「やはり正攻法では傷一つつきませんか」
 御調 昴(ib5479)が、戦況の一部始終をその目に捉える。
 幾重にも重ね繰り広げられる仲間達の一撃を、亜螺架はまるで行動を予測しているかの如く的確な動作でよける。
「まさか、僕達の中の一部が亜螺架に‥‥?」
 ここに集った皆が、ちりちりと燻ぶり続ける様な微熱を首の後ろに感じていた。
 それは、亜螺架へ近づくにつれ熱を増している様にも感じられる。
「うんん、今はそんな事を考えてる時じゃない!」
 じわりと滲み出る自分の負の考えを押さえつける様に昴は大きくかぶりを振ると。
「亜螺架が来ます! 皆さん、水月さんの元に!!」
 白い雪山に浮かぶ黒霧に火口を向けながら大声で叫んだ。


『なんだと‥‥?』
 痺れで震える左手を見下ろしながら今日初めて亜螺架の声色が変わった。
「‥‥もう、貴女の攻撃は効かないの! 大人しく年貢を納める時なの!」
 体の倍以上もある番傘を広げ、水月は霧から人へと姿を戻した敵に向け言い放った。
 いつもの小さな鈴を鳴らした様な声はなりを潜め、はっきりとした口調で声を張り上げた水月。

 一方、傘の結界の裏では――。
(これ、私達が入ったら亜螺架の一部を追い出せたりしませんかね?)
(ん? あー、どうだかな。そう思うならやってみればいいんじゃねぇか、うまくいくかもしれねぇぜ)
(そ、そうですよね。じゃぁ!)
(――あ、皮膚突き破って身体から飛び出しても責任もたねぇからな)
(えっ? って、えぇぇっ!? そう言う事は先に言ってくださいよぉっ!)
(‥‥ふむ、無事みてぇだな)
(ふ、ふぇぇん‥‥怖かったです‥‥)
「そんじゃ遠慮なく。おい、お前等、入ってこいよ!」
「私実験台!? 黎乃様酷いですっ!?」
 るるると涙を流す彩虹の頭をポンポンと撫でつけ、壬弥は結界内に皆を招き入れると柄を握る水月に向う。
「水月、効果時間を悟らせるのもよろしくねぇ、適当に切り上げろ」
「‥‥」
 こくりと頷く水月ににやりと笑いかけると、壬弥は亜螺架へ向かう。
「よぉ、黴野郎。これでお互いの攻撃が通らんという訳だ。さて、どうする?」
『ふむ、瘴気を弾くのか。面白いな、どういう構造になっている?』
 しかし、亜螺架は壬弥の挑発に乗ることは無かった。それよりも、自らの攻撃を弾いた大傘が気になるのか、無造作に歩み寄る。
「残念ですけど、これ以上は進ませませんよ!」
 昴が魔槍砲を掲げ、亜螺架の進路にすっと身体を滑りこませた。
「我等にこの『切り札』がある限り、亜螺架、汝におくれは取らん!」
 りょうが切先を亜螺架に突き付け、凛とした声で言い放った。


 亜螺架の攻撃を水月が幽傘の力で弾けば、開拓者達の攻撃に亜螺架は予測でもしていた様に、完璧に対応する。
 状況は硬直し、戦いは停滞へと進むかに見えたが――。
『随分と苦しそうだな。そろそろ限界か?』
 水月が傘の柄にしがみ付き必死に体を支える様を、亜螺架は冷静に分析していく。
「‥‥この程度何でもないの」
 口ではそう言うが、水月の額には玉の汗が浮かび息も荒い。明らかに限界が近いことを示していた。
『その言葉が事実か試してやろう』
 微笑と共にざわりと亜螺架の輪郭がぶれたかと思うと、姿は一気に黒霧へと変貌する。
 同じくして、水月が傘を開き結界を形成しようとするが――。
「‥‥っ!」
『どうやら練力切れの様だな』
「水月さん、傘を僕に!」
『そうはさせぬ!』
 水月に手を伸ばす昴を視界に捉え、防ぐ手段を失った少女と変わりを申し出た少年を一気に飲み込もうと襲いかかった――その時。
 亜螺架は確かに見た。二人の顔に浮かぶ‥‥余裕の笑みを。
『っ!』
 気付いた時には遅かった。
 突如復活した結界に亜螺架はもろに身体をぶつけ大きく弾き飛ばされる。
『くっ‥‥罠か! だが、弾いた所で――』
 人の形へと戻りながら叫んだ亜螺架この声は、最後まで発せられる事は無かった。

「時よ!」

 視界の端にあった少年の声が割り込んだのだ――。


 全てが静止した世界を、足音さえ置き去りにして一目散に駆け抜ける。
 目指すは目の前に佇む巨影。ずっと昔に笑顔をくれた恩師の命を弄んだ者!
「これが僕達の――とっておきだぁぁぁっ!!」
 右手を前に突き出した姿勢で止まる亜螺架に向け、ふしぎはありったけの咆哮と共に白鎖を繰り出した。

 時が動き出す。

『我を倒せるとは思わぬ事――』
 時が止まる前の台詞の続きを叫んでいた亜螺架が、再び止まる。
『なんだこれは?』
 腕に巻きつけられた白鎖に視線を移した瞬間。
 無数の細鎖へと変じた霊網はまるで自ら意思を持つように身体へ絡みついた。

「熱狂の宴を!」
 金属製の楽器にも似た水月の声が動き出した時を祝福する。
 音の雨を浴びる一行の身体の奥底から、狂おしい程の熱が吹き上がった。

 3秒。

「もう出し惜しみはしません!」
 彩虹が亜螺架との距離を一瞬にして詰める。
『くっ! 霧化を封じた訳か。だが!』
 肩越しに彩虹の姿を一瞥した亜螺架の背が硬質な壁に変じた。
『貴様達に我が盾を打ち破ることなど出来ぬわ!』
「倒れぬ壁が無い様に‥‥砕けぬ盾もありません! 例えこの拳が砕けようとも、亜螺架! 貴女の絶対防御、私が打ち破ります!!」
 瞳の色にも似た蒼い闘気を纏い、彩虹が渾身の長棍を高質化した亜螺架の背に突き刺した。
『無駄だというのが――』
「まだまだぁぁ!」
 自信に満ちた言葉を半ば遮り、彩虹は止められた棍を握る腕にさらに力を込める。
 無限に噴き出す闘気は棍へと乗り移り、それに耐えきれず拳の皮膚は裂け毛細血管から夥しい量の鮮血が飛び散る。
 しかし、彩虹は自らの傷など気にすることなく、最後の咆哮を放った。
「これが私の全力全開です! 趙家泰式棍術奥義『白虎・烈破掌』ぉぉっ!!!」
 棍を纏う蒼気が膨らみ、巨大な虎の腕へと具現化する。
「やああぁぁぁっ!!!」
 パキリと初めは小さな音が、それは次第に広がり確かな破砕音を響かせ、彩虹全霊の棍撃は亜螺架の絶対防御を砕いた。
『な、なんだと‥‥!?』

 6秒。

「やるじゃねぇかよ、虎の嬢ちゃん! ふしぎ、続くぞ!」
「おうっ!!」
「おらおらおらぁ!! 刻め刻め刻めぇぇっ!!」
「うおおぉぉぉぉっ!!」
 壬弥の二太刀、ふしぎの二刀。物理的には四本しかない筈の刃が、一太刀振り下ろされる度に残像を生み、刃の雨へと変じていく。
 彩虹の渾身の一撃に意識の全てを持って行かれた亜螺架に、無限ともいえる二人の刃を避ける余裕などない。
「正邪の力でお前との呪縛を断つ――亜螺架、黴一つ残さず、消えろぉぉ!!」
 名のある二刀を従えるふしぎが大きく吠えた。
 最後の一撃とばかりに、大上段からの二太刀を大きく振り下ろした。
「ほぉらよ、大盤振舞いだ!」
『ぐっ‥‥!』
 壬弥が和刀を亜螺架の胸であった場所に深々と突き刺す。
「こいつはおまけだ」
 和刀を手放した壬弥の手には最後の一刀が。
 凶悪なほどに美しい牙をもつ剣を平正眼に構え、成す術なく切り刻まれる亜螺架を一瞥した。
「なぁに釣りはいらねぇ、全部持ってけぇ!!」

 二人が繰り出す刃が白鎖を断ち切ることは無く、結界の中の亜螺架は霧化することもできず、ただなされるがままにその身を刻まれる。
『ぐぅ‥‥! この蠅どもがぁ!!』
 すでに原形を留めぬ程に破壊された口があり得ぬほど大きく開かれると、たっぷりの怨嗟を含んだ咆哮を吐き出した。

 10秒。

「確かに僕達の中に貴女は居るのでしょう。だからどうしたのです! 目に見えぬ程に微細になれば、いくら強大な貴方と言え、何もできないでしょう!」
 無数の肉片――黴片――へと斬り分けられた亜螺架に昴が両脇にしっかりと抱えた二丁の魔槍砲を向けた。
『ぐ‥‥貴様等ぁぁ!』
 すでに言葉を発する口は原形をとどめず、音は刻まれた黴片から響く様に聞こえる。それも恨みをたっぷりと込めて。
「欠片一つ残さずに爆散させます!」
 以前ならば二つの相棒を投げ捨てて逃げ出していたかもしれない。いや、今でも足は踵を返そうと虎視眈々と狙っている。
「これで決めます。もう『続き』はいらない!」
 そんな両脚に昴は主命とばかりに熱き血潮を送りこみ無理やり従わせると、
「僕の全てで――貴女を倒します!!」
 キッと亜螺架を睨みつけ、相棒達の引き金を引いた。

 15秒。

 絶え間ない連射により生まれた爆発は結界の内部で、火山噴火にも似た爆発的な破壊を撒き散らす。
「私とて身の程を弁えず高みを目指す者‥‥汝にはどこか近しいものを感じもした、だが――」
 爆煙が晴れるのを待つつもりはない。りょうは姿も見えなくなった仇敵に向け白刃を翻すと、
「最早迷うまい! 全身全霊をもって汝に挑もう! 我等に武神の加護やあらん!!」
 白鎖に絡まれる亜螺架を真っ直ぐに見つめ、気迫と共に言葉を吐いた。
 舞落ちる雪がりょうの掲げた刀に触れ、瞬時に溶ける。まるでぶれる事を知らない切先を真っ直ぐに亜螺架に向け、りょうはカッと瞳を見開いた。
「我が刃、天を貫く!!」
 瞬間、薄く刀を覆っていた白気が爆発的なふくらみを見せる。
 口伝に伝え聞いた最後の一振りを、りょうは今、体現する。
「皇家内伝、零之太刀――『天幻』!!」
『ぐ、ぐぉぉぉぉっ!!』
 天をも震わす渾身の一太刀が雪空に一筋の道を刻んだ。

 20秒。

『ぐぅ‥‥‥‥許さぬ‥‥許さぬぞ、貴様等ぁぁ!!!』
 亜螺架の断末魔が響く中、パキンと甲高い音を響かせ、白鎖の呪縛は雪の白に溶けて消えた。


「‥‥終わったの?」
 役目を終えぼろぼろに破れた番傘を放り出し、水月がぺたりと地面に尻もちをつく。
「そのようですね‥‥」
 灼熱する銃身からもうもうと煙を吹きだす魔槍砲をそっと地面に下ろし、昴が答える。
「黎明の兄貴もこれで浮かばれるかねぇ」
「うん‥‥。白月‥‥やったよ、僕。仇を取ったよ‥‥」
 互いの健闘を称え肩を預け合う二人が、亜螺架が在った場所を見つめる。
「さぁ、趙殿。いこう、黎明殿が待っている。」
「はい。‥‥でも」
「どうしたのだ?」
「‥‥本当に、本当に終わったのでしょうか?」
「‥‥」
 肩を借り立ち上がった彩虹の確かめる様な呟きに、りょうは答えることができなかった。
 胸の奥に引っ掛かる言い知れぬ不安は今だに消えてはいなかったのだから――。