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■オープニング本文 【儀弐王杯流鏑馬会『紫苑祭』】 先代の儀弐王が始め、今回で6回目を迎える2年に一度場所を変え理穴のどこかで開かれる流鏑馬の大会の総称。 名のある者、名の無い者、これから名をなす者。様々な人物が集うこの弓の祭典は、一週間にわたって競技が繰り広げられ、最終的に勝ち残った三人の名手には『理三矢』と呼ばれる名誉ある称号が付与される。 元は馬上での射術向上を目的とした訓練として行われていた行事であったが、次第に領民の間にも広がり、いつしか純粋に弓の腕を競う祭りへと変化した。 開始当初は一般的な流鏑馬大会であったが、毎年開催地が変わるという事でその領主が『前回とは違う大会を!』と、趣向を凝らした競技が増えて行き、毎回様々な物が行われるようになった。 この大会への参加条件はただ一条件『弓を使う者』。 近年では理穴の民だけでなく、各国からも挑戦者が集う大きな競技会へと発展している。 晴れ渡る青空は夏の色を残しながらも、冬の色に染まり始める。 吹く風は冷に彩られ、夏の熱を吹き飛ばす。 突き抜けるような蒼天の空の元、理穴における弓の一大祭典『紫苑祭』が開催された。 まず初めに行われたのは、貴礼射。 馬上からの射の美しさと正確さを競う。如何に馬上射撃の作法に長けているかが問われる、儀式的な要素の強い競技である。 弓術は狩りより発展した武術。そもそも狩りや戦に礼儀礼節など必要はないだろうと、この競技を軽視していた者は早々に姿を消した。 そして、次に行われたのが笠落射。 より実践的にと戦場を模した会場で行われる模擬選の様な競技である。 『実践的』と謳われる所からもわかる通り、的には大きさや位置に工夫が凝らされており、馬上からの射を競う競技ではかなりの難度を誇る。 純粋に技術が試されるこの競技においても、数多の参加者達が弓を置いた。 予選最後の競技は追物射。 柵で囲われた広範囲の森に放たれた動物達を馬上から射止める。狩りを模した競技である。 今回柵の中に解き放たれた動物は、『蜂』。それも凶暴なスズメバチであった。 目標の動物の特異性も相まって、この競技でも数多くの挑戦者が脱落した。 第12回紫苑祭。参加総数147名。 予選三種の競技を勝ち抜き、決勝の舞台へと躍り出たのは、僅か6名であった。 「たった6人か。ちょっと難しかったか?」 大会本部の幌の下、主宰される街『河蛹』の領主である『袖端 真来』は一人ごちる。 「そんな事は無いでしょう。いつもの紫苑祭よりも優しいくらいですよ」 そんな真来に苦笑いを浮かべ、別の男が答えた。 「うーん。折角決勝の競技を用意したんだし、もう少し人が残るとよかったんだけどなぁ」 「そうは言いましても、これも全て弓の実力次第。実力の無い者が決勝に残っても仕方ないでしょう」 「そりゃまそうか――おっと、お出ましの様だな」 男との会話もそぞろに、真来は壇上へと視線をやった。 段上に現れた一人の女性の姿に、観客から歓声が巻き起こった。 「理穴の地に集いし、強弓達よ! 今こそ幾年月をかけ磨き上げたをその技を示す時!」 女性は、ゆっくりとした口調ながらも、一字一句噛みしめる様に凛とした声で観客達に呼びかける。 「さぁ、宴の始まりだ!」 理穴の王『儀弐王重音』の決勝戦開始の合図に、観客席から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――●目的 理穴で行われている流鏑馬大会にて、優勝を目指して競い合ってください。 ●場所 今回の主催地は『河蛹』。理穴の氏族『袖端家』が治める街の一つです。 周りを錐湖と森に囲まれ、街の中にも緑が多くある自然豊かな街です。 ●人物 儀弐王重音: 言わずと知れた理穴の王様。 ホストという立場ながらも、この大会を心より楽しむ一人である。 袖端真来: 今回の主催地『河蛹』の街の領主。 理穴の有力氏族『袖端家』の二男で、自身も優秀な弓術師。 ●背景 皆さんは流鏑馬大会の基本競技をクリアし、決勝戦へと進んでいます。 現段階では皆様の得点に差はありません。 決勝戦で獲得する得点で優勝が決まります。 ●今回の決勝戦競技 今回の決勝戦はズバリ『借り物競走(違)』です。 定められた9個の目的物を制限時間内に、多く手に入れた者の勝利になります。 9つの目的物にはそれぞれ得点が設定されていますので、単純に数が多ければいいという訳でもありません。 期限は夜明けから日没までになります(朝6時から夕方6時までの12時間)。 もし、日没までに街まで戻れなければ失格となります。 ※注意: 用意された目的の物は必ず『射』て獲得しなくてはいけません。 中には普通に『射』れないものもありますので、知恵を絞ってください。 ●三景三棲三宝 今回獲得を目指していただく9つの目的物です。 <三景> ・錐湖 河蛹に面する大きな湖。街の会場からは西へ馬を飛ばせば10分もあれば辿り着きます。 ・百弦の滝 錐湖へ流れ込む支流にある滝。何段もの棚を持つ勇壮な滝。 錐湖とは反対の森(東方)の奥にある滝で、辿り着くには山道を行く必要がある為、馬でも片道1時間はかかります。 ・神木欅 河蛹の北の森の奥に生える樹齢800年の欅の木。 北の森は平坦ですが、樹齢数百年クラスの巨木が数多く群生している為、道が蛇行し馬で移動するには片道1時間はかかります。 <三棲> ・雁 錐湖近辺に生息する水鳥。鴨よりは大きな鳥で、警戒心は強い方。 ・鯉 錐湖に生息する淡水魚。観賞用として富裕層に大人気。餌の時間になると水面近くまで上がってきます。 ・熊 錐湖周辺の森を縄張りとする月の輪熊。この季節は冬眠の為に貪欲に食料を求め森を徘徊しています。 <三宝> ・水紋の弓 河蛹の奥の森にある『臣奥の社』に祭られている古の弓。勝手に持って行くと神主さんに怒られます。 ・九黄の玉 領主『袖端 真来』が首飾りにして下げている琥珀色の玉。真来も人ですので、攻撃すれば反撃してきます。 ・安登の鏡 領主屋敷の屋根の上に据えられた、磨き上げられた銅鏡。屋根に埋め込まれており、簡単には外れません。 |
■参加者一覧
由他郎(ia5334)
21歳・男・弓
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
紗々良(ia5542)
15歳・女・弓
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
明夜珠 更紗(ia9606)
23歳・女・弓
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●決勝当日 「――宴の始まりだ!」 壇上に立つ弓の王の演説に、詰め掛けた観客達から盛大な拍手喝采が送られる。 「儀弐王様ありがとうございました! さぁて、皆様お待ちかね! いよいよ決勝に残った6名の登場だ!」 洋装を纏った司会者が組まれた二本の櫓を指差した。 「まず現れたのは白髪に白髭、貫録たっぷり老美髯『バロン(ia6062)』だ!」 「‥‥ついに決勝か。さて、わしの『弓道』、どこまで通用するか」 期待と興奮に包まれる会場を、バロンが広場へと馬を進める。 「続きまして――来ました、兄弟弓! 弓術師の誉でもあるこの大会の決勝に、何と兄弟そろっての出場だ!」 馬を並べ現れた男女に、司会者は興奮気味に言葉をまくし立てる。 「クールな兄弓、由他郎(ia5334)! その金の瞳は何を狙い撃つのか!」 「‥‥クールじゃない。普通、だ」 司会者の物言いが気にでも触ったのか無表情ながら眉を顰める由他郎が馬を進めた。 「そして、可憐な妹弓、紗々良(ia5542)! その金の瞳に何を見るのか!」 「‥‥可憐って、言われ、ました」 一方、兄同様表情の機微は分かりにくいが、やや頬を染めた紗々良が馬を進めた。 「続いて――きたぁぁ! ジルベリアからの使者! まさに黒船! 理穴伝統あるこの決勝に、ジルベリアの片翼がついに進出だ!」 「何や、偉い言われようやなぁ」 大層な紹介にも本人はいたって平然と、寝ぐせ混じりの頭をポリポリと掻きながら現れる。 「志士にして弓使い! ジルベール(ia9952)の登場だ!」 名を呼ばれたジルベールは手にした真新しい弓を掲げ、湧き立つ観客に愛想笑いを浮かべながら馬を進めた。 「続いてきたのは、明夜珠 更紗(ia9606)! 何と、天儀とジルベリアのハーフという稀種だぞ!」 「‥‥この場に居られる事を誇りに思う」 広場に一礼し櫓をくぐる更紗に、司会者は興奮気味にその容姿を語る。 「天儀の技、ジルベリアの力、二力を持ってこの決勝に進出だ!」 浴びせられる好奇の視線と歓声を気にもせず、更紗は広場へと馬を進めた。 「さぁ、最後に登場は、もう一人のジルベリアの片翼! アーニャ・ベルマン(ia5465)だ!」 「理穴の皆さん、おはようございます〜」 櫓をくぐるや、アーニャは浴びせられる歓声に満面の笑みで答える。 「由緒正しき良家の跡取りとの噂もある令嬢は、果たしてどのような技を見せるのか!」 高貴な出で立ちを一目見ようと、立ち上がる観客にアーニャは大きく手を振り答えながら、馬を進めた。 「これで6人全員がでそろった! それでは、儀弐王様お願いします!」 「うむ」 広場に集結した6の矢を頼もしげに見下ろし、弓の王は大きく息を吸うと。 「それでは――紫苑祭決勝を開始する!」 高々と弓を掲げ、大会開始の幕を上げた。 ●臣奥の社 河蛹の街の奥、静かに佇む森の中に佇む厳かな社に、蹄鉄が奏でる音が響き渡る。 「‥‥一番乗りだ」 「私の、方が、早かった、です。兄さま」 「待って待って! 私が一番ですよ〜!」 静寂を切り裂いた鉄音は社の手前で急停止。 「はは、騒がしいですな」 手綱を引かれ不満げに息を荒げる三頭の馬の前には、神主と思しき初老の男が柔らかな笑みを携え佇んでいた。 「皆さん、これがお目当てなのでしょう?」 そして、馬上から見下ろす3人に神主は古びた弓を差し出した。 「貸して、貰えるの、ですか?」 「条件を満たしていただければ、喜んで」 紗々良の問いかけに笑みを絶やさず答える神主。 「条件、ですか‥‥」 「‥‥その弓、普段使われる事は無いのか?」 と、悩む妹を置いて切り出したのは由他郎であった。 「在りませんね。祭事用ですから」 「‥‥ならば、その弓試させてもらえないか」 「なるほど、弓『を』射るのではなく、弓『で』射るという事ですね?」 問いかける様な神主の眼差しに、由他郎は無言で頷く。 「他の方はどうですか?」 しかし、神主は由他郎の提案に答える事無く、残りの二人に向き直った。 「えっと、私も、兄さまと、一緒。その弓で、射る」 答えたのは紗々良。 「なるほど。聞けばお二人は兄弟とか。考える事もよく似ておられる」 神主の言葉に、由他郎と紗々良は互いの顔を見合わせた。 「最後の方も同じ方法ですかな?」 「えっと、同じ路線で行くと借りられない感じですよね〜‥‥」 馬上で腕を組み頭を捻るアーニャ。 「だったら、これで〜! 鎮守の森とかけまして――」 と、何やら閃いたアーニャは徐に社の周りに広がる森を指し、 「社の弓と解きます!」 「ほう、その心は?」 何を言いたいのか悟ったのか、神主は合の手を入れる。 「どちらも、神が射(居)ます!」 どどーんと神主の持つ弓を指差し、アーニャは胸を張った。 『‥‥』 「謎かけで神主さんの心を射てみました〜! ‥‥えっと、何か反応してくださいよ〜!」 先程までの喧騒は嘘のように静まり返る境内。 「‥‥はは、面白いですな」 初老の男は柔和な笑みを持って、気恥しさから涙目を浮かべるアーニャに答えた。 「そ、それじゃ‥‥?」 「ええ、貴女にお貸ししましょう」 「やった〜!!」 呆然と見つめる兄弟を他所に、アーニャは水紋の弓を受け取った。 ●領主屋敷 「狙いは同じという訳か」 「そのようやな」 街にあって唯一の瓦葺き屋根を持つ領主屋敷の前に、バロンとジルベールが佇む。 「あんまり時間も無いし、勝負やったら受けるで?」 「‥‥時間もなしか。お主、鏡の次に何を狙う?」 「そんなん、教えると思てるんか?」 「‥‥いや」 訝しげに見つめるジルベールの視線から目を反らし、バロンが続ける。 「わしの目的はこの鏡ただ一つ。なれば、これは譲れぬといいたいだけよ」 「は? バロンさん、他のは狙わんのか‥‥?」 「言った筈だ。狙いは一つと」 「あっ! 抜け駆けは無しやで!?」 馬の手綱を引き屋敷の中へと踏み入ったバロンを、ジルベールは慌てて追った。 ●錐湖 ヒュン――。 「まずは一つ」 小さく澄んだ水を打つ音が、飛沫に代わる。 「急所を一突きですか。お見事」 更紗が射た鯉を審判が拾い上げ手渡した。 「‥‥競技の為とはいえ、悪戯に命を狩るのは、やはり少し気が引ける」 水辺の草を食む馬の首筋を撫でながら鯉を受け取った更紗。 「優しいのですね」 「優しい? ‥‥それは違う。これは狩る者と狩られる者の間にある、礼儀だ」 「なるほど、礼儀ですか」 更紗の言葉に、審判は満足気に頷いた。 「助力感謝する。では私は次を」 「はい、ご武運を」 審判が見つめる中、更紗は雄大に水を湛える錐湖へと矢を向けた。 ●屋敷 屋敷の者に礼節を持って鏡を狙う旨を伝えた二人は、中庭で対峙していた。 「くっ、狙いが! 落ち着きや!」 ジルベールの放った矢は目標を捕える事無く空に消える。 込めた練力に触発されたのか、興奮する馬により狙いが狂い屋根を削った。 「人馬一体こそ流鏑馬の極意。その様ではまともに射れぬだろう」 一方、落ち着き払ったバロンの馬は乗り手の呼吸を読むかの如き動きを見せる。 そして、バロンは屋根の上で陽光を反射させ輝く銅鏡へ矢を向けた。 「狙いが定まっていない矢など、所詮ただの木の棒。真に目標を射抜く事の出来る矢とは――」 バロンが引き絞った弓と矢が薄緑色の光を帯びる。 「一遍の澱みなき無我の心でのみ射れるものだ」 そして、心を解き放つが如く引き絞った弦を解放した。 緑閃が秋空を駆ける。 強固に固定された銅鏡のただ一部分を性格に射抜く緑閃。 「一矢で‥‥!」 留め金を粉砕されぐらりと傾く銅鏡を見上げ、ジルベールが驚愕する。 「悪いが鏡はわしが借り受けるぞ」 ころころと屋根を転がる銅鏡を馬を走らせバロンが手にした。 「お主は次を狙うといい。心落ち着け、馬と息を合わせれば平時と同様の矢も射れよう」 「いやぁ、負けたわ。でもそうもいかんやろ。この屋根なんとかせな‥‥」 と、ジルベールが見上げる屋根は、激しい矢合わせにより破壊されている。 「なに、後は時間を潰すだけだ。大工作業も悪くは無い」 「‥‥その言葉に甘えてええんやな?」 「わしは此処でお主の武運を祈ろう」 鋭いながらも温かみのあるバロンの眼光に押される様に、ジルベールは屋敷を後にした。 ●百弦の滝 「芸術は爆発だー!」 どごぉぉぉん!! 立ち込める水飛沫。 してやったり顔のアーニャ。 唖然呆然審判団。 「今です! この水飛沫を――」 この時を逃すまいとアーニャは弓をしまい、代わりに紙と墨を取り出す。しかし。 「げげげ‥‥」 「え? げげげ?」 その声に辺りを見渡せば、顔面蒼白な審判団。 「減点だぁぁ!!」 「ええぇぇっ!?」 無残に散らされた景観に審判団とアーニャの絶叫が響いた。 ●森 「‥‥」 じっと息を顰め。 「兄さま、餌に、喰いついた」 「‥‥まだだ」 馬を伏せさせ自らも上体を屈めた由他郎が、紗々良にも倣えと指で合図する。 「‥‥まだ警戒している」 きょろきょろと辺りの気配と匂いを伺う黒い巨体を、二人は茂みの奥からじっと見つめた。 「‥‥一撃で仕留める。それがせめてもの礼義」 「はい」 茂みより狙う二本の鏃は、大熊の眉間と心臓を定める。 「今だ!」 辺りを伺おうと熊が立ち上がった一瞬、由他郎の合図に解き放たれた二本の矢は、迷い無き軌道を描き急所へと突き刺さった。 「毛皮も臓腑も肉も牙も‥‥全て役に立つ有り難い獣だ」 倒れた巨体を馬上から見下ろし、由他郎は礼を尽くす様に瞳を閉じる。 「礼を尽くし、その肉を頂こう」 「はい」 熊の巨体を二頭の馬へと括りつけた紗々良も、由他郎に倣うようすっと瞳を閉じた。 ●百弦の滝 「なんやこれ‥‥」 ジルベールは目の前に広がる光景を呆然と見つめる。 爆散した小石が辺りに転がり。 清流とされた滝は濁る。 後片付けに大わらわな審判団。 「誰かやりよったんやな」 そんな光景を苦笑交じりに見つめるジルベールは、すっと弓を構える。 「悪いけど、俺も負けられへんねん」 そして、狙うは水間に漂う一枚の紅葉。 「自分との闘い。自分がぶれれば弓もぶれる。バロンさんの言っとった通りや」 無駄な力を抜き自然と共に。 自分を乗せる馬すらも自然と同化させ、ジルベールは揺れる紅葉に狙いをつける。 「狙いは一点に――必ず射抜く!」 不規則に揺らめく紅葉の一葉をジルベールの矢が打ち抜いた。 ●会場 一本の雲を引き、光の玉が天へと打ち上がる。 「‥‥何のつもりだ?」 馬上から天へと手を突き上げた更紗に、真来が問いかける。 「‥‥持ち主である貴方の目を光で射抜いた」 問いかける真来に、更紗はどこか気恥しげに話しかけた。 「光で‥‥?」 真来は首から下げた玉へと視線を移す。 「へぇ、考えたな」 そんな更紗に真来は感心したように返す。 「玉を射た訳ではないが、これで事成りとさせてもらえないか」 「‥‥ふぅ。弓なら負けぇねつもりだったけど‥‥相手が光じゃ勝てねぇか」 大きく溜息一つ。真来は徐に玉に手をかけ首から外すと。 「弓勝負もしてみたかったんだけどな。それはまた今度だな。もってけ」 馬上の更紗に差し出した。 ●夕暮れ前 ヒュルルルルーー。 鏑矢の音が森に響き渡る。 「お、時間やな。退きあげるか」 濡れた紅葉を懐にしまいつつ、ジルベールは馬を走らせる。 「兄さま、そろそろ、時間」 「‥‥急ぐぞ」 馬に括りつけた巨体を引きずり、兄弟は馬を走らせる。 「これで雨露は凌げよう。む、時間か」 額に浮いた汗を拭い屋根を降りたバロンは、馬へと跨った。 「うーん‥‥夕焼けの赤をもう少し――って、もう時間ですか〜!」 錐湖と紙を交互に睨みつけていたアーニャが、慌てて片付けを始める。 「‥‥時間切れか」 手綱を引き、更紗が会場へと馬を向けた。 ●結果発表 日没と共に灯された篝火が、広場を煌々と照らし出す。 「それじゃ、結果を発表していくぜ!!」 静まり返る観客を前に司会者が大声を上げた。 「まずは三景だ!」 錐湖の水を持ち帰った者にはそれぞれ2点。 一人違う方法を取り錐湖を紙に写し取ったアーニャには、5点が与えられた。 しかし、同様に百弦の滝の射られた様を紙に写し取った際の自然破壊が過ぎた為、減点。 滝に流れる紅葉を射取ったジルベールには3点が与えられた。 神木欅を射落とした者には、それぞれ3点。 「そして、三棲!」 雁を射た者には1点。鯉を射た者には2点。熊を射た者には3点。それぞれに与えられた。 「最後に三宝!」 水紋の弓を得たアーニャ、九黄の玉を得た更紗、安登の鏡を得たバロンには、それぞれ8点。 「さぁ、集計が終わったぞ!! 皆の衆、注目だぁ!!」 開拓者達が叩きだした得点を興奮気味に叫び続ける司会者は、会場脇のまだ立てられていない立て札を指差した。 「さぁ、今年の理三矢に選ばれたのは――っと、その前に特別賞の発表だ!」 いよいよと期待する観客がうろたえるのを楽しそうに見つめる司会者は参加者の一人を指差した。 「真摯に自らの弓の道を貫いたバロンに特別賞が授与されるぞ!!」 「む? わしにも賞を頂けるのか」 自らの狙いを一つと定め、忠実に実行したその真摯な態度に最初の勲章が贈られる。 「さぁ、お待たせしました! いよいよ、理三矢の発表だ! まずは3位!」 司会者の呼び声に大太鼓が打ち鳴らされ、 「アーニャ・ベルマン!」 「え! やったあ〜!」 立てられた立て札にはアーニャの名がでかでかと記されていた。 「そして、2位!」 再び大太鼓が鳴らされる中、観衆の視線は立て札に、 「ジルベール!」 「お、俺か?」 記された名はジルベールであった。 「そして、栄えある一位は――」 先の二人よりもさらに盛大に打ち鳴らされる大太鼓。 「明夜珠 更紗!!」 「‥‥っ!」 表情からはうかがい知れないが驚いているのだろう、更紗が無言で目を見張った。 「さぁ、皆の衆! 理三矢に選ばれた者へ盛大な拍手を!」 更紗を中心に、ジルベールとアーニャの三人へ、観客から割れんばかりの拍手が送られる。 「それでは、儀弐王様。お言葉を!」 観客からの拍手が鳴りやまぬ中、司会者に導かれ再び儀弐王が壇上へと現れた。 「素晴らしき試合であった。しかし、弓の道に終わりは無い。これを糧に更なる精進に励んでほしい」 壇上に上がった儀弐王は、最初に湧き立つ観客達を眺め、そして6人の参加者一人一人と視線を合わせ続ける。 「皆、大義であった!」 満面の笑みを持って、参加者達へ心からの祝辞とした。 1週間にわたって続いた『紫苑祭』はこの宣言を持って終了となる。 競技中に仕留められた数々の獲物は、その命に感謝する意味も込めて豪華な鍋にされ参加者のみならず、観客や審判団、そして河蛹の住民達も参加した盛大な宴にて振る舞われたのだった。 |