【夢夜】悪魔の招待状
マスター名:呉羽
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 18人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/11 01:28



■オープニング本文


 さて。
 あなたにとって『遊園地』とは、どんな所でしょうか?
 楽しい所? 笑える所? 怖い所? それとも?
「お久しぶりです」
 その『遊園地』は、上空から見下ろせばごく一般的な遊具が揃った場所のように見える。
「こんな所に召喚して、どういうつもりなんですか? って言うか、ここ怖ッ! 何で私の下に地面が無いんですかッ」
「尖塔の先に2人以上どう停まれと?」
「そんな尖った所に立ったら、ブーツに穴が開きますっ! それより地面下さい、地面っ!」
 遊園地の上空には、遊園地から伸びているらしい尖塔があった。その先に片足だけで立っていた男は、宙に浮いたままの女に笑いかける。
「貴女を呼んだのは他でもない。このひと夏‥‥いえ、夏の一夜限りに許された、夢の国‥‥。楽しんで頂きたいと、思いましてね」
「私が、ですか?」
「貴女も。招待状を書いて頂けませんか。貴女は‥‥得意でしょう?」
 青の双眸に見透かされて、女は少し考え込んだ。出来る限り、眼下は見ないようにする。それでも、暗闇の中にほんのりと明るい園内の光は、どうしても目に飛び込んできた。
「分かりました。不肖、このヨーシア。お引き受け致します! 皆さんでこの『遊園地』を楽しんで下さい。という内容の招待状でいいんですよね?」
「はい」
 男は笑っている。黒いシルクハットの下から僅かに見える濃茶の前髪が、強い風に揺れた。黒いタキシードと黒のマントは、闇の中に埋もれるように同化している。
「それで、何人分書けば‥‥?」
「そうですね‥‥」
 男の視線が、橙色の光を放つ遊園地へと向けられた。ここからはっきりと見えるのは、せいぜい観覧車くらいのものだ。
「では、25人分‥‥。勿論、全員に届くわけでは無いでしょうが‥‥それを超えると『夢』が終わってしまいますからね‥‥」
「魔法は25人にしか掛からない、っと‥‥」
「貴女を含めて26人ですね。私はホスト側ですから別として、まぁ‥‥他も含めて、30人が限度、と言う所でしょうか」
「はぁ‥‥」
「楽しみに、していて下さい‥‥? あなた方に‥‥終わらぬ、夢を」
 白手袋が闇の中に光る。その手から、懐中時計が下りて振り子のように揺れた。
「終わらぬ‥‥『悪夢』を」


 時は、正確に刻み続ける。
 だが、その世界に時は無い。正確には、24時間を越える時は、存在しない。繰り返し、繰り返される一日。だが、その中で時節毎にイベントを変えつつ、世界は毎日を刻んでいた。
 時節毎にイベントを変える事が出来る理由は、一つである。
 この世界を支配する者が、この24時間という『時』に支配されない唯一の者だからだ。
 世界は、支配する者の望むままに姿を変えていく。
「真夏の怪談ですかぁ‥‥。園内全体がオバケ屋敷‥‥」
 ぶつぶつ言いながら、ヨーシアは招待状を書き続けた。尚、地面は与えられた。園の出入り口に当たる門の外で、椅子に座り机に向かってペンを走らせ続ける。
 やがて、招待状は完成した。黒地に白い文字で、『招待状』と書かれている。どこの言葉を使う者でも、必ず自分が得意とする言語で読める言葉だ。


『招待状
 大暑も過ぎ、毎日暑い日々が続きますが、皆さん如何お過ごしでしょうか。
 さて。今回我々は、皆さんをキツネーランドに無料ご招待する事と相成りました。約25名様だけに贈られる、特別ご招待会です! この暑い日々を快適に過ごす為の涼しい催し物が満載ですので、諸事お忙しいか事と存じますが、是非足をお運び下さいませ。
 尚、おやつの購入金額に制限はありませんが、食べ過ぎると太る元ですので、ご注意下さい』

●園内概要
・キツネーランドは季節ごとにテーマが変わる、テーマパークです。遊園地と思って下さい。
・朝9時から夜中の0時までの営業となっております。フライング、及び遅れての退場は不可能です。尚、早退は可能です。
・観覧車、メリーゴーランド、食事処、お土産屋など様々ありますが、今回は全ての場所に於いて、『オバケ屋敷仕様』です。え? オバケ屋敷に入りたい? 見事な旗立てっぷりですね。
・係員も全員、オバケ等の格好をしています。ハロウィン? いいえ、真夏の夜の怪談です。
・というわけで、本物さんも混ざっていますのでご注意下さい。
・園内の中央は広場になっており、時計塔が立っています。時間が来ると踊ったり歌ったりする人形が塔から出てきます。
・夏ですからプールもあります。水着完備。
・全てのアトラクションに旗が立っていますが、気にしてはいけません。


※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。



■参加者一覧
/ 真亡・雫(ia0432) / 黒鳶丸(ia0499) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ペケ(ia5365) / からす(ia6525) / フラウ・ノート(ib0009) / ザザ・デュブルデュー(ib0034) / エシェ・レン・ジェネス(ib0056) / エルディン・バウアー(ib0066) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リディエール(ib0241) / ハッド(ib0295) / 琉宇(ib1119) / ライディン・L・C(ib3557) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / レジーナ・シュタイネル(ib3707) / 色 愛(ib3722


■リプレイ本文

 おいでやおいで。
 老いも若きも紳士も淑女も。
 あなたの為に開いた門の奥へ。
 ようこそ。ここは、あなたの為の‥‥。


「来ても‥‥仕方ないのに」
 色 愛は、招待状を握り締めて門を見上げた。
 思えば、今まで修行と仕事に明け暮れて外で一度も遊んだ事がなかった。仕事が無い日はいつも家の中で。だがやって来た招待状は、優しい字体と白いレースで彼女を誘う。どうせカップルじゃないと入園できないんでしょと思いつつ、愛はそこに立っていた。
「何してるの?」
 その姿を、エシェ・レン・ジェネスが見つける。完全に固まっていた愛は、我に返って振り返った。ほわんとした笑みを浮かべているエシェから目を逸らし、愛は門を睨み付けた。相手は女の子だ。一緒に入るなんて出来ないではないか。
「何か困ってるの? 一緒に遊ぼうー?」
 エシェは招待状を見て、楽しそうだと思ってやって来た。頭の中は、これから体験できるであろう楽しいイベントの数々でいっぱいだ。勿論一緒に回る人が居るほうが楽しいから、愛に近付いて声を掛けた。
「こ、困ってなんかないわよ。でもどうしてもって言うなら考えるけどっ」
「うん。どうしても」
 笑顔を向けられ、顔を真っ赤にしたまま愛は視線を泳がせる。ややしてから、彼女はエシェに手を差し出した。
「ど、どうしてもって言うなら仕方ないわねっ。迷子にならないように手を繋いであげるわ」
 そうして2人は、門を抜けて遊園地へと入った。


「何時もだったら御姉様達と一緒なんですけど、今回はお一人様でしたから『いってらっしゃい』って」
 入園して早々に買い込んだクレープを食べながら、礼野 真夢紀は琥龍 蒼羅と歩いていた。門を抜けてすぐにあるアーケードの近くで会ったのである。
「成程」
 蒼羅は園内を改めて見回した。まだ朝のはずだが、園内は既に薄暗い。白と黒に彩られ、時折上空を蝙蝠が飛んでいた。
「『涼しい催し物』か。確かに雰囲気は出ている」
「んむ、なんか。『涼しい』の意味を間違えたかしら? あたしは‥‥」
 アーケードの手前で、首をかしげているフラウ・ノートと出会う。
「氷像とか風鈴とか‥‥五感で涼を取るイベントと思ったけど」
「それは素敵ですの。かき氷も食べたいのです」
「どうやらアヤカシ仕様と言うべきか、『幽霊屋敷』仕様のようだな」
 アーケードの入り口にぶら下がる大量の蔦や蔓を見ながら、蒼羅が言った。同じようにそれを見上げた後、真夢紀は土産物と露天が並ぶアーケード内へと目をやる。
「あ。御姉様達にお土産を買いませんと」
「先に土産物買うと、荷物係りが大変よ?」
「荷物係りとは俺の事か?」
「では、後にしますのです」
 灯りの殆ど無いアーケード内は、店員が出入り口にぼうっと立っていたり、壁の向こうから鋏をちゃきちゃき鳴らした係員が潜んで彼らを見ていたり、物騒だったり可愛さのカケラもない土産物が露台の上に並んでいたりした。『血の色かき氷』とやらをイベントだからと全く怖がる事無く真夢紀は注文する。
「ま、楽しまないと損よね。一通りアトラクション乗ってみようか?」
「賛成なのです」
「じゃ、最初はジェットコースターから〜!」
「ジェットコースターとは何だ?」
 このような催し物には疎い蒼羅を連れて行きながら、2人の女子は存分に楽しむ事に決めた。


「これは随分‥‥歴史がありそうな塔ですね」
 アーケードを抜けると正面に広場があった。中央に古い時計塔があり、真亡・雫はそれを見上げる。
「しかも先が見えない‥‥相当高いですし‥‥どこかに上る所は‥‥」
 ぐるりと周囲を一周し、壁をこつこつ叩いた。石造りの塔は他同様黒く塗られ、時計盤がほんのり白いだけで遠くからでは時計があるとも気付かれないだろう。
「‥‥あれ? この時計‥‥」
「遊園地は『悪魔』の手に落ちましたか」
 雫の傍にエルディン・バウアーが立った。
「悪魔‥‥ですか?」
「えぇ。昔、私では無い私が、ここに来ていました。何度か。ここは魔女が統べる国であったはず。ですが今は全くと言っていいほど人影がありません。彼女が『彼ら』の心の安堵を望んだこの国では、1日限り彼らはここで楽しむ事を許された。けれどもその『彼ら』が居ない」
「彼らとは?」
「死者ですよ。死者の魂です」
「そこに立っている人も、でしょうか?」
 雫が指摘した場所には、仮面を被った男が立っていた。手には電動式鋸を持っている。
「‥‥えっと‥‥あれは、何なんでしょうね‥‥。あぁ、そういえば『お化け屋敷仕様』になっていると途中の看板に書いてあったような‥‥」
「鋸の先がこちらを向いているのですが‥‥何やらあの人、近付いて来ているのですが‥‥」
「分かりました」
 エルディンは真面目な顔で頷いた。
「逃げましょう!」
「同感です。体勢を立て直したほうが良さそうですね」
 駆けて行くエルディンの背を追いながら、雫はちらと後ろを見やる。そこには、同じような姿の男が10人ばかり、2人の後を追っている姿があった。


「おや、そこに居るのは景子殿だね?」
 アーケードを抜けると右手はプール施設だった。露台で売っている水着を眺めていたザザ・デュブルデューの視界に、ふと見知った姿が映る。
「‥‥貴女は‥‥ザザさん」
「良かったら一緒に行かないかね?」
 そう言いながらも、既にザザは水着を手にしていた。競泳用のしっかりとしたセパレート水着だ。
「こう言う所は初めて来るがね、景子殿は?」
「初めてです」
「では、暑い事だし水遊びでも?」
 と、どんよりとした空と景色の下、ザザは言った。確かに彼女が指す先にはウォータースライダーがあるが、色は真っ黒。プールの水もタイルが黒だからか底が全く見えない。
「ここは底なし沼でしょうか」
 他にそこで遊ぶ者も居なかった。見張り台には黒い日傘を差してドレスを着た娘が座っている。実に暑そうだった。
「とりあえず私が先に入ってみよう」
 棒でもあれば底に何か居ないか突いてみるのだが、生憎周囲にはそれらしき物が無い。ゆっくり入って潜ってみると、水深は3mくらいありそうだった。
「もう少し浅い場所がいいか‥‥。とりあえず、スライダーを滑ってみないかね?」
 誘って2人で階段を上がる。他に誰も遊ぶ者が居ないプールというのは余りに不気味だったが、全身黒のフードとローブ姿の係員に浮き輪を渡されてその上に2人で乗った。浮き輪は始めはゆったりと、だが徐々に速度を増して滑って行く。その速度に景子がザザの手を握ったが、トンネルの中で上下する刃の光を目にして、体が硬直した。
「‥‥景子殿!」
 体を横抱きにしてトンネルの手前で飛び上がる。トンネルの上に飛び乗ると、刃がトンネルを裂いて2人目掛けて飛んで来た。かわす間も無くプールへと飛び込み、ザザは水面を目指す。
「‥‥何なんだ、ここは‥‥?」
 ようやく水面へと顔を出し、縁に手を掛けて景子をプールから出した瞬間、ザザの足が水面から引っ張られた。
「ザザさん!」
「くっ‥‥景子殿だけは‥‥護ってみせる!」
 叫ぶザザの下方で、黒い影が広がっていく。


 アーケードを抜けると左手にミラーハウスが建っていた。リディエールは1人、中に入る。
 自分の姿が幾重にも鏡に映りこむ中に、ふと影のような別の姿が映った。
「‥‥ギスラン様?」
 声を掛けると、相手は黙って出て行く。
「待って下さい。宜しかったら‥‥ご一緒しませんか?」
 追いかけようとして鏡に激突した事を内緒にしつつ、彼女は男に声を掛けた。銀の髪をした耳の長いエルフの男女が、しばしその場で見詰め合う。
「‥‥淑女から誘われるとは光栄の至りだ」
 互いの事は知っているが、男は何も言わなかった。手を取られてエスコートされつつ、リディエールは暗い遊園地内を楽しそうに歩く。誰も居ない広場を抜けて、海が見える埠頭に着いた。コンクリートの地面の上に転がる打上花火の筒を見ながら進むと、空と同化しそうな黒い海だけが横たわる場所に着く。
「遊園地‥‥何故でしょうね‥‥。少し、寂しい所のように思うのです。楽しい思い出が宝石箱のように詰まっている場所。でも‥‥もう届かない、戻れない。そんな‥‥切なさを秘めた場所」
「では、ここは何だと思う」
「遊園地、でしたね」
 苦笑すると、男は海を眺めた。
「でもここは、寂しさに‥‥切なさに満ちている気がします。他に誰も客の居ない遊園地。空しく回り続ける観覧車。ここの主の心残りは一体何なのでしょうね。時を止めたこの場所で願う事は‥‥」
「『解放』だ」
「え?」
 振り返った瞬間に見えた笑みに、リディエールは目を見開く。
「貴方は‥‥!」
 その細い首に両手が伸びた。絞められ息が詰まって彼女は思わず指を伸ばす。
 出来る事ならば、解いてあげたいとそう祈った。だがその祈りは‥‥。
 叶えられそうに、ない。


「ペケケケケ‥‥」
 暗がりの中を、赤い衣装が通り過ぎた。風に乗って走りながら、嫌な笑いを流している。
「悪魔に対抗する為には、別の悪魔の力を借りるのです‥‥」
 頭に獣耳のカチューシャを付け、赤い衣装を着たペケだった。その上、てが付く明るいリズムを軽やかに口ずさんでいる。
「さ。これで悪魔も牽制できたはず〜」
 赤のマントをばさばさ翻しながら、彼女はアトラクションを楽しむ事にした。勿論、
「一度、こういう所を走ってみたかったのですよね〜」
 ジェットコースターの線路の上によじのぼり、全力で走るのである。上手く行けばきっと、走ってくる車も跳ね返せるはず! 何と言っても別の悪魔だから!
 ぼーん。
 超速度で滑るように走ってきたコースターに、赤い悪魔は跳ねられた。
「あれ? 何か今、人跳ねた?!」
 超回転を楽しんだ後の出来事にフラウが辺りを見回したが、下で見ていた真夢紀と蒼羅には見えていた。赤いマントを付けて走っていた何かが飛んで行って灰色の空に吸い込まれたのを。
「あれもイベントですの?」
「‥‥ここは風変わりな場所だ。多分そうだろう」
 一方、その光景は向かい側の喫茶店に座っていたからすにも見えていた。
「おや、これはなかなか良い味じゃないか」
 紅茶を楽しむ彼女の前の席には、爪が異様に長く髪が逆立って尖った歯が見えている細い男と、黒いフードの下で目だけがランランと光っている者が座っていた。どこをどうやったのか、彼女達にしては話も盛り上がりすっかり打ち解けた様子だ。
「ところで、どうやるとそうなるのだ?」
 尋ねると、フードの下から骨の手が出てきて彼女に小さな袋を渡す。その中には色とりどりの飴が入っていた。白と黒と赤の世界に於いて、その飴だけが異世界からやって来たような輝きを放っている。
 そう、ここに来た客達と同じように。
「ふむ。では‥‥早速、企画を立案しよう」
 紅色の飴を口に入れると、彼女の赤い双眸が妖しげな光を放った。
「『狂気と狂喜の狂楽の狂宴を』」


「えーと‥‥うん、これで10回目だね」
 おやつの時間も過ぎた頃、琉宇は渦巻きキャンディを食べつつ、スタンプを押していた。来店記念スタンプ、ではない。再入場スタンプである。
 勿論彼とて最初は謎解きアトラクションがあると聞いて、招待状片手にやってきた。だが行く先々で倒れている客達を見て考えを改める。不気味な飾りに空気に色と、何かが潜むような静けさ。お化け屋敷仕様とは即ち、この場所を出るまで生き残る事。当然そのまま出て行こうとしたが、閉園時間までは出る事が出来ても帰る事は出来ないと係員に教えてもらった。ならば。
「あ、この門は名前が刻んであるんだね。閉園して門が閉まれば全部読めるかな?」
 ひたすら再入場すればいいのである。0時まで生き残る事が条件ならば、閉園時間ぎりぎりに入るのもいいのだが既に中に入っているからそれは不可能。では世界をある意味打破する目的で、入って出てを繰り返せば良いのだ。気付けば『我こそが王』と言えるだけの『入場回数最多王』という渾名がついているかもしれない。
「偽者お化けも混ざってるって聞いたけど‥‥あれ、殆ど本物じゃない?」
 さて、11回目をやるかと入場ゲートに向かった琉宇の耳に、笛の音が聞こえてきた。
「御機嫌よう。パレードへようこそ」
 気付けば彼女達は琉宇の目の前に居た。正面にはいつもと変わらぬ格好のからす。だがその足は、僅かに地上から浮いている。
「あれ。パレードなんて始めたの?」
「お客様も参加可能なパレードを。如何です? ご一緒に」
 横笛を持つ彼女の後ろでは、ひらひらとお化けや化物の格好をした者たちが踊っていた。
「一緒に歌い踊り楽しみましょう」
「うん、それはいいね。じゃあ少しだけ」
 リュートを持ってからすと共に歩き始めた琉宇だったが、彼が11回目のスタンプを押す事は無かった。


「うーん‥‥身に覚えが無い招待状だけど、女の子の是非のお誘いは断れないよねっ?」
「でもどうせなら男二人寂しくより、招待状の女の子とかと来たかった‥‥よね?」
 なんて事を、ライディン・L・Cとアルマ・ムリフェインは屋根の上で話していた。
「キツネーランドなんだから、マスコットは狐だよね? 何でこんな所に居るのかなぁ」
「んん〜‥‥あれだ。お化け屋敷仕様だから、九尾の狐に‥‥」
「あ。あそこにも狐発見!」
 ひょいっとアルマが屋根と屋根の間を跳んで行く。後を追おうとしたライディンは、自分の服を背から掴まれて止まった。
「何だよ、俺は忙しーの‥‥あ、アル!」
「どうしたのラピイちゃん‥‥あれ。変身したね。どういう仕組みかな?」
 屋根の上で九本の尾を持った巨大な白い狐が、今まさにライディンに襲いかかろうとしている。
「早く〜こっちー」
「うわああああ」
 鋭い爪と回転する尻尾をさけて、アルマが居る屋根のほうへと跳び逃げたライディンだったが、狐は軽々と跳んできた。
「黒ビキニ美女に会うまで死ねるかぁぁっ!」
「黒でも白でもどっちでもいいけど」
 アルマを抱えてライディンは、ひらりと跳んだ。跳んで、とっても足元に地面が無い事に気付く。
「ぎゃあああああああおちるぅぅぅ」
「下、池だよっ」
 どっぼーん。華麗に2人は落ちた。先にアルマが上がってぷるぷると獣耳を震わせる。
「それにしても、ここの仕組みはどうなってるんだろ。もっと調べないと」
「アル〜! 何か、下から引っ張られてるーーーっ」
「魔女に会うんでしょー、頑張ってー」
 アルマの声援を受け、奇跡的にライディンは池を上がることが出来た。出来たが、腰の辺りで倒れた。
「あれ。ラピイちゃん、足どこに落としてきたの?」
「あれ? あ、俺の足がないっ!」
「あーあ。お化けになっちゃった?」
「‥‥かも‥‥」
「じゃ、空飛べるよね?」
 アルマの笑顔は眩しかった。思わずライディンは頷く。
「そうだ。お化けなら空も飛べるはず!」


「お化けなぁ‥‥」
 へろへろと低空飛行しているライディンとその上に乗っているアルマを、遠目に黒蔦丸が眺めていた。恨まれ憎まれてとっても化けて出てくれりゃ逢えるのにと心の内で呟く。
「全体がお化け屋敷仕様なら、本家お化け屋敷行ってこそ楽しめるもんやろ」
 一通りこの世界は歩いて回った。煙管を片付け、彼はお化け屋敷へと入っていく。
 同じ時間が巡る場所。世界の境界が曖昧だからこそ人ならざる者も居るのかもしれない。繰り返すから世界は閉じて抜け出せず、中心か或いは端か、真夏の夢だからこそ曖昧な境界の最もたるこの場所で。
「繰り返しを破れる鍵を探す肝を‥‥試してみよか」
 たとえ誰と逢おうとも、己の居るべき場所は夢の中には無い。ならば逢おう。この箱庭を造った人物に。
「待って‥‥!」
 では手始めにお化けを片っ端から殴っていこうかと片手を振り回し、手近な屋敷内のお化けに殴りかかろうとした瞬間。後方から声が飛んだ。
「‥‥お化け‥‥や、ないな」
 振り返ると同時にお化けのほうから攻撃しようとしたが、それは軽く伸した。藍地に白撫子柄の浴衣を着た佐伯 柚李葉は、笛を手にしっかり握っている。
「そこは‥‥駄目、です。禍々しい気配が‥‥」
「それは百も承知や。ここを造った主に逢おう言うんやからな」
「‥‥あの人に?」
「知ってるんか?」
 問われて柚李葉は目を伏せた。きっと、知らない。けれども知っている。いつも手を引いてくれる彼が居ないけれど、代わりに誰かを探さないといけない気がしていた。此処にとってきっと、大事な女性。
 気付けば屋敷の外を、パレードが練り歩いていた。狂ったように踊り歌う人々を呼ぶように、笛を吹く。からすが人々を誘う笛を吹いて対抗した。
(お願い、どうか‥‥。ここの人達が、心から楽しんで踊って歌ってくれます様に‥‥)
 彼女の祈りを遮るように、狂気の笛の音が周囲を支配しようとする。その音に耐えながら柚李葉は笛を吹き続けた。
(どうか‥‥応えてくれます様に‥‥)
『‥‥大丈夫』
 ここは寂しいけれど。懐かしい声が聞こえてくる。その声に涙が零れそうになるけれども。
「よぉ頑張ったな。後は任せや」
 ふらりと倒れかけた柚李葉の細い両肩を後ろから支え、黒蔦丸はゆっくりと刀を抜いた。


「‥‥気のせい、だよね」
 兄と義姉を見た気がした。レジーナ・シュタイネルは幻のような風景へと目を向ける。
『決して迷い込んじゃいけない。もしもの時は日が終わる前に出ろ。それから‥‥』
 兄が言っていた言葉を思い出す。メリーゴーランドに乗りながら、彼女は周囲を見回した。
 何時もならば怖くて堪らない光景だ。だがこれが夢だと彼女はぼんやり思う。だから楽しく感じるのだ。
 観覧車に乗る時、山ほどデザートを持った3人組とすれ違った。あの3人も楽しそうだ。土産物がどうのと言っている。
 小さな箱の中に乗ると、一番高い塔が目に入った。観覧車の天辺からでも塔の先は見えない。何がある、のだろう。
『それから‥‥』
 広場に行って時計塔を見上げた。文字盤が逆さについた時計。逆さに回り続ける時計だ。
『魔女に気をつけろ。んで、それ以上に』
「‥‥悪魔に気をつけろ、だった、ね」
「1人は危ないよ、お嬢さん」
 不意に視界が暗くなった。3歩下がると、壁に足を掛けて男がマントを広げている。つまり、壁に垂直状態で立っていた。
「‥‥うん‥‥」
 片手でシルクハットを取った男は登場の仕方もあって怖くない。それが『悪魔』だと分かるのに。
「でも‥‥楽しかった、から」
「それは何より」
「『悪魔』さん‥‥」
 声を掛けると、男は地上に降りた。軽く首を傾げて微笑む。
「何ですか、お嬢さん」
「どうして‥‥寂しそう、なんですか?」
「その子から離れなさい!」
 そっと男に触れようとしたレジーナの背後で、不意に何かが輝いた。振り返ったレジーナを、雫が抱いて後方へと跳び退る。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
 尋ねられたほうがむしろ『大丈夫か』と問い返したくなるくらい、雫はボロボロになっていた。主に服が。
「‥‥平気、だよ」
 レジーナの目は、そのまま真っ直ぐ対峙するエルディンと悪魔へと向けられる。
「やっと見つけましたよ。‥‥ここを司っているのは『時間』。即ちその『懐中時計』ですよね。それを頂きましょうか」
 2人が現れると同時にハットを被りなおした男は笑ったようだ。
「やれやれ‥‥。貴方は『お弟子さん』が居ないと、随分せっかちなようだ‥‥」
「放っておいて下さい。否と言うならば、力尽くでも」
 神聖魔法を唱えようと構えたエルディンの前で、男は何処からか刀を出して切っ先を向けた。
「彼女を‥‥魔女を、まさかその刀で‥‥。彼女は負けたのですか」
 男は薄く笑う。雫はそっとレジーナを降ろして自分の背のほうへやり、自分も刀を抜いた。ここで逃げるわけには行かない。避けては通れない戦いだろうから。
「‥‥魔女は‥‥もう、居ないの?」
 ぽつりとレジーナが呟いた。
「やっぱり‥‥居ないんですね‥‥」
 ゆっくりと、柚李葉が歩いてきてその場に座り込む。慌ててレジーナもしゃがんでそれを支えた。
「『解放』されて‥‥」
 囁くように呟き、彼女は倒れる。撫子柄は真紅に染まっていた。
「欲しいなら、取りに来るといい。エルディン」
「えぇ。伺いましょう」
 真夏の涼とも言うべき涼しさが、周囲を包み込んだ。


「あ〜、楽しかった」
 フラウがうーんと伸びをした。灰色の空に花火が上がり、空を明るく染め上げている。
「‥‥あの馬鹿を誘えば、もっと楽しかったかしらん?」
 こっそり呟いたが、その隣でこてんと真夢紀が頭をもたれかけたのに気付いて笑みを零す。
「やれやれ。やっと終わったか」
 1人で行動した者から行方不明になるのは良くある話と踏んで、敢えて二人と共にずっと行動していた蒼羅は、多少疲れたように肩に手をやった。
「最後くらいは‥‥華々しく、という事かな」
 次々上がる花火を見ながら、蒼羅は真夢紀の荷物を持って歩き出す。フラウが真夢紀を背負い、3人は門を通って外へと出て行った。
 招待客20名(招待状書き含む)の中で、まともにこの場所で遊び過ごして出て行く事が出来たのは、この3名だけである。
 その多くが志半ばで、或いは不本意に命を落としていった中で、レジーナは雫に連れられ走っていた。
「‥‥もう‥‥走れな‥‥」
「後少しですから! 何とか私達だけでも。0時の鐘がなる前に出ないと‥‥!」
『どうして、寂しそう、なんですか?』
 尋ねた瞬間の事を思い出す。エルディンが攻撃を仕掛けて聞こえなかったはずの声が、応えが聞こえてくる。
『寂しそう、だったかな。じゃあ寂しかったんだろう。彼女を失って、ここに永遠に残る心を置いて、永劫に続く時間の中で変わらぬ想いを抱き続ける。それが憎悪となり刃となると私は思っていた。けれども』
「‥‥ならなかった、んですね‥‥」
『残念な事に』
 花火が一際派手な音を上げて大きく打ち上がった。それを見上げ、レジーナは想いを寄せる。その体を雫が抱き上げて、門へと駆け寄った。徐々に閉まっていくその隙間へと体を滑り込ませる。
「『解放』、されたんです、ね」
「恐らくは。でも‥‥」
 しっかりと閉じた門を雫は見つめた。
 そこに書かれた文字を。


「ふむ。これが時計かの」
 柴わんこのぬいぐるみを抱えた推定年齢12歳くらいに見える少年が、懐中時計をぶらんぶらんと揺らしていた。
「まずはヨーシア嬢。案内ご苦労であったぞ」
「は‥‥はい?」
 今は少年に変貌しているが、彼の名はハッド。又の名をバアル三世。悪魔である。らしい。悪夢の世界でも自分が王である事を知らしめねばならないとやって来た。ついでに招待状を寄越したのでヨーシアを案内役に回らせた。そして皆が一生懸命戦ったり逃げたり悪魔と対峙したりするのを、壁に潜んでこっそりヨーシアと眺めていたのである。漁夫の利作戦である。さすが悪魔。やる事が汚い。それでこそ悪魔である。
「くっ‥‥どういうつもりで‥‥」
 その傍にエルディンが倒れ伏していたが、ハッドは構わず時計をヨーシアの方へと向ける。
「次回は、君が管理者でよかろ」
「はい〜?」
「い‥‥いけません‥‥。それは‥‥又、始まってしまいます‥‥同じ事が‥‥」
「良い良い。ここは、無くてはならぬのである。この迷宮は永遠の時を、永遠に変わらず刻み続ける。ただ1人、永劫に生きる管理者を置いて‥‥。ここはの。『魂の牢獄』なのじゃよ、神父」
「‥‥何の為に‥‥ル‥‥殿が‥‥私達を呼ん‥‥だのか‥‥それでは‥‥あまりに‥‥」
「さて。我輩は、そろそろ残った魂の回収に出向くかの。ここに居る神父も含めての。ヨーシアなる娘。しっかりやるが良いぞ」
「何だか分かりませんが、分かりました〜」
 

 キツネーランド。
 開園までの間、閉ざされたままの門には今、新しい文字が刻まれている。
 この場所を支配する女王。その人の名と。
 多くの、今までの支配者達の。
 名が。