ブルー・リング
マスター名:呉羽
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/05 02:51



■オープニング本文


 その領地には、町が3つあった。
 それぞれどれも大きな町とは言えなかったが、比較的穏やかな気候と比較的肥沃な地にあって、人々は平穏に暮らしていた。その3つの町が遠くに霞んで見える小高い丘の上に、屋敷が一軒建っていた。門構えも屋敷も庭も、貴族の隠居地に相応しい佇まいをしている。丘の上の屋敷には、この領地の領主が暮らしていた。既に老齢で病で床に伏せており、次期領主を決める頃合であろうとは、領民の間でも噂されている。
 かつて、この領地では今も『禁忌』とされている出来事があった。『革命』である。革命を叫ぶ者達は、何時しか真紅の薔薇を旗印とした。『紅橙の薔薇』と名乗り、その勢いは一時、領主の屋敷を脅かすまでになった。衝突が繰り返され、多数の死傷者を出してようやく、領主は皇帝に助けを求めた。他の貴族云々はともかく、平民が会議制をうたってそれを実行する事は、皇帝としても見過ごすわけには行かない。勿論、領主は代々皇帝に全面的に服従し続けている。
 結局、国の力を借りてようやく、半年に及ぶ革命は沈静化した。その後、息子である現領主が後を継ぎ、必死で領内を立て直して今の平穏な日々がある。
 若い間は身を粉にして領内の為に働き続けた為、彼が結婚したのはだいぶ後になってからであった。既に60歳を過ぎているが、長男は24歳。長女が18歳。次女が14歳である。しかも、彼の最初の妻は、政略結婚のようなものだった。それなりに由緒ある貴族の家から貰った娘は大層気がきつく嫉妬深く、彼は早々に結婚生活に疲れ果てて密かに愛人を作った。
 その、愛人となった女性の子供は、イチルと言う名前であった。これは公称であって本名では無く、他の兄弟も同様である。本来ならば長男である彼が領主に就くのは道理であったが、愛人の子である事、何より彼が純粋なジルベリア人では無かった事から、未だに次期領主候補の1人でしかない。
 そんな彼が治める町は、通称『寒椿の町』と呼ばれていた。


「‥‥ミルヴィアーナはやはり、心の底に隠した思いを持っておるのだな‥‥」
 先日、開拓者達に次女ミルヴィアーナについて調査を依頼した領主は、ベッドの上で水の入った器を持っていた。
「大人しかった娘だ‥‥。12歳で母親と引き離され町長を突然任されたとあって、動揺したのであろう‥‥。側近達も母親への忠誠心で仕えているだけか‥‥。料理長や給仕の話でも、好む料理は変わっていないようだ‥‥。政務担当の者だけが娘の言動に厳しい態度を取ることがあるようだが‥‥それが、あの娘の救いになっておれば良いのだが‥‥」
「今はまだお分かりになりませんとも、開拓者達も尽力致しました。その言葉が慰めとなり、良い方向へと向かわれますでしょう」
 その膝に毛布を掛けながら、執事が穏やかに主人を励ます。
「開拓者も言っておったな‥‥。やはり、母親と会わせるべきか‥‥だが、あれほどまでに弱ってしまった母親を見て、ミルヴィアーナが衝撃を受け‥‥更に悪化しないかも心配だ‥‥。わしがもう少し元気であれば‥‥重荷を取り払い、町長として、わしが‥‥いや‥‥それでは次期領主の器は‥‥見定められん‥‥。あれの母親は聡い女だ‥‥ミルヴィアーナもその血を継ぎ‥‥必ずや立派な‥‥」
「旦那様。ご無理はなさらず‥‥」
 執事に諭され、領主はベッドの上で横になった。痩せ細った体だが、その双眸だけはまだ何とか光を保っている。
「‥‥椿‥‥市鏤椿‥‥。控えめだが芯の強い‥‥天儀の女‥‥。生きておれば、周囲の反対を押し切ってでもわしは‥‥」
「イチル様は椿様の忘れ形見。同じ名を抱くと言う木々を町の各地に植え、大事になさっておられます」
「次の冬までわしは‥‥生きておるだろうか‥‥もう一度、あの女が好きだった‥‥寒椿を見る事が‥‥」
「次とおっしゃらずにその翌年も。いつまでもご覧になれますよ。さぁ、旦那様。そろそろお休み下さい‥‥」
 領主を寝かしつけると、執事はそっとその部屋を離れた。
 最後の1人、イチルの調査依頼。それをギルドに出す為に。


 イチルは天儀人の母の血を引いた黒髪と、ジルベリア人の父の血を引いた蒼眼を持つ。長身の程よい美形で、彼の治める寒椿の町でも(主に女性の)人気を集めていた。
 彼自身は人当たりも良く物腰も優雅で、庶民を招いたパーティを開いたりなど民との交流も盛んに行っている。亡き母が好んだ椿の木と、領主が好む猛禽類を模した彫刻を町のあちこちに配し、領主がまだ病に伏す前から彼を手伝い民を治める仕事の一端を担っていた。寒椿の町の人々は、誰もが次期領主には彼が相応しいと思っている。
 だが女性の人気が異様に高い一方で、男性からの支持はどうかと言うと、ある噂もあって『支持はするけど、ちょっと‥‥』という微妙な空気が流れていた。
 それは、ここ1、2年の話だ。イチルが住む屋敷に男達が頻繁に出入りするようになったのは。
 勿論、社交的な彼の事。友人達や貴族達、或いは商人達を呼んで情報交換をしたり付き合いを重ねる事も多いだろう。だがどうも、それだけではないらしい。24歳にもなって女性との恋の噂ひとつ流れてこないし、屋敷には使用人以外の女性を住まわせていない。勿論独身である。しかも更に、時々町の若い男の中には、屋敷へお呼ばれする者も居るらしい。その者達がどうなったのかは、彼ら自身お呼ばれした事さえも口を噤んでいる為に分からないのだが‥‥。
 まぁつまり、町民の間では専らこう認識されている。
「町長としてとてもいい人なんだけど、男好きじゃなければねぇ」


 話は数日前に遡る。
 その日の夜、開拓者の1人が庭に潜んでいた。少し離れた庭の奥に佇んでいたニーナの元に、ミルヴィアーナが駆け寄ってくるのを見たからだ。
「お姉様、今度の『花婿』は‥‥女性ですのね。驚きましたわ」
 暗がりの中で話す二人の表情までは見えない。だが声はしっかりと聞こえてきた。
「えぇ。とても素敵な方よ」
「今日、お姉様の花婿希望者と会いました。外套で身元を隠していましたけれど、間違いありません。きっと、お姉様に相手にされないから私に近付いたんです。もう、あんな競技は止めて下さい」
「ミィル」
 妹の強い口調に対して、姉はあくまで穏やかだ。
「私の可愛い妹。ごめんね、それだけは出来ないの。だって‥‥貴女の為なんだもの」
「私の‥‥為?」
「えぇ」
 そっと妹の傍に立ち、姉がその手を妹の頬に当てるのが見える。
「私、貴女が領主になればいいのにっていつも思っているのよ。だから、ね?」
「そんな‥‥! 私は‥‥私は‥‥!」
 妹はさっと身を翻し、そのまま走り去った。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
黒鳶丸(ia0499
30歳・男・サ
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
フレイ(ia6688
24歳・女・サ
レートフェティ(ib0123
19歳・女・吟
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
万里子(ib3223
12歳・男・シ
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔


■リプレイ本文


「有難う御座います、ご主人様。とっても嬉しいです」
 そう笑う彼女の心は、本当は何処を向いているのだろう。紫紺のメイド服に袖を通して腕輪を嵌めて、彼女は微笑む。でもこれは『契約』。たった2ヶ月だけの‥‥。そう分かっていても、胸が痛む。友人として、在り続けたいのに。
「単純、って思われるだろうけど‥‥私は、ニーナは素敵な友人だと思ってる。あの子に嫌な思いはさせたくないの」
 そして10番目の薔薇の君、フレイ(ia6688)はミルヴィアーナにそう告げた。
「あの子を知り、為にならないなら止めさせたい。あの闘技の事よ。‥‥私は彼女の味方。今日会いに来たのはあの子の為。‥‥今日あの子と一緒に来なかったのは、彼女を護る為に一人で動く必要があると感じたからよ」
「お姉様を‥‥護る?」
「えぇ、そうよ。私の前の9人の薔薇の君がどうしているか、知らない?」
「お姉様を護りたいなら、何故前の『夫』の事を知りたがるの? 関係ないでしょう?」
「終わらせたいから。勿論、あの闘技があの子の為になる理由があるなら納得するわ。私はあの子の『友人』として」
「‥‥私も知りたいわ」
 だが、ミルヴィアーナはぽつりと言った。
「何故、お姉様がいつも笑顔を向けるのか、その理由を知りたいと思っているの」


 フレイの後に群青の町を訪れたのは、レートフェティ(ib0123)だ。
 この前は怒らせて申し訳なかったと最初に謝り、もっとゆっくり話が聞きたいと切り出した。
「ほんと‥‥美味しいわ。紅茶」
 微笑むと、ミルヴィアーナは黙って椅子に座る。
「別に‥‥いいわ」
「うん?」
「‥‥謝らなくていいわ」
「有難う」
 心から、レートフェティはそう告げた。そんな風に言ってくれる心境の変化が再会までの短い間に芽生えてくれた事が、嬉しい。
 2人はしばらく他愛も無い話をした。その殆どはレートフェティが話し、町長は時折生返事をするだけだ。だがきちんと聞いている事は目を見れば分かった。
「それでね。明日にはイチル様の所へ調査に行く事になっているのだけど‥‥。お嬢様から見て、どんな方?」
「ミリーでいいわ。‥‥お兄様の事は、よく知らないの。殆ど会った事も無い」
「子供の頃は一緒に遊んだりとかは?」
「10歳も違うのよ。遊んだ事なんてないわ。‥‥綺麗な人だとは思うけれど‥‥あの人と血が繋がってる感じがしないし」
「他には?」
「ねぇ。‥‥私が町長なんて馬鹿げてると思わない?」
 突然切り出され、レートフェティはその双眸をじっと見つめる。
「嫌なの?」
「私、本当に何も知らないんだわ。聞かれても何も答えられない。こんな町長‥‥他に居る?」
「‥‥大丈夫よ」
 そっとその肩に触れながら、レートフェティは優しい声で囁いた。
「他人と比べる必要なんてないわ。貴女は貴女。私は‥‥ただ、聞いてみただけだから。ねぇ、歌を歌ってもいい?」
 リュートを膝の上に乗せながら、彼女は町長の返事を待つ。


 最後に町にやって来たのは、ハッド(ib0295)。のはずである。
「猫の王様なのだにょ。お邪魔するにょ」
「‥‥」
 王冠を頭に乗せたまるごととらさんを被り、真夏にもこもことした格好で挨拶をした。
 ここに来る前に領主館を訪れ、ミルヴィアーナの母親の見舞いが出来ないか尋ねたが、執事に断られている。さりげなく領主館に出入りする人達を確認しておいたが、今の所知る相手は居なかった。
「折角なにょで、少し遠出して遊ぶにょ。お弁当作ってお出かけ楽しいにょ」
 執事に作って貰った紹介状を見せながら言ったが、危うく周囲の使用人達に不審者として捕まりそうになる。
「にょー! 違うにょー! トモダチになりたいだけだにょー!」
 じたばたもがいたが、ますます怪しい奴と連行されそうになった。
「‥‥私、外に出るのは嫌いなの」
「護衛もするにょー。危ない時は助けるにょー」
「‥‥誘拐犯が? 可笑しな人」
「ちがうにょ〜〜〜〜。たまには外に出て羽根を伸ばしてもらいたいにょにょ〜」
 じたばたじたばた。
「釣りしたり〜お花畑で戯れたり〜人目を気にしない所で存分に癒されて欲しいにょ〜」
「そんな事望んでないわ」
「にょにょ〜‥‥」
 へにょと耳が垂れた。無理をして生きている気がしたのだ。せめてひとつ何か為すならば、彼女の心に笑顔を取り戻してあげたくて、わざと親しみやすい格好で来た。今のまま生きる事を否定はしない。誰にも羽根を伸ばしている彼女の事を言うつもりもない。それだけだったのだが。
「‥‥でも、開拓者って面白いわね。わざわざそんな厚着するの? まぁ、猫は嫌いじゃないわよ。家で飼う分にはね」
「町長!」
「いいじゃない、別に。こんな大きな猫は飼った事が無いけど?」
 そして、ハッドが望んだのとは少し違う種類だったが、彼女は笑みを零した。


 寒椿の町に、調査隊が入った。彼らはまず町で噂話などを聞き、それから町長の屋敷へ向かう手筈である。
「お屋敷に呼ばれた若い方々のお話をお聞きしたいのですけれどもー」
 カンタータ(ia0489)が尋ねると、誰もが首を振った。そんな話は聞いた事が無い。或いは知り合いには居ない。そんな返答である。皆の目から見れば彼らの多くは誤魔化している風ではなかったが。
「あぁ、そうでしたか〜。いえいえ、私は別に構わないと思っているのですよ。女性を愛せない方と言うのは特別珍しい話でもありませんしねぇ」
 本当に好みのタイプの男に声を掛けているだけのほうがマシだろうと、ディディエ ベルトラン(ib3404)は考えている。間延びした喋り方で相手の調子を狂わせながら、彼は酒場で相手にミルクを勧めた。
「ですが結婚をするというのも又、親孝行ですし〜。嗜好は嗜好としてですね‥‥それで、どういった方が個人的にお招きされているのでしょうねぇ‥‥。まさか私のようなひょろりとした男性であるとか」
「いや? どっちかって言うと‥‥」
 酒も入ると町人達の何人かは話し始めた。それはディディエが危惧していた部分もある内容である。即ち。
「血気盛んでがっちりとした体格の持ち主ですか‥‥。人を引っ張って行くような人物が多いと」
「そうですね。将来の自らの片腕と頼める人材探しかも、って思ってましたけど、どうでしょうか」
 秋霜夜(ia0979)も首を傾げた。
「もしかしたら、ニーナさんと同様に、意図的に自身に不利な噂を煽っていただけかもしれないですー?」
 実際に屋敷に行った者を知っている、という話は出ない。あくまで噂だけである。
 それらの情報を纏め、3人は町長館へと向かった。


「お館様の具合が良くなくて人手が割けないので、やって来ました〜」
 真っ先に霜夜が、びしっと挨拶する。その後で、民の様子とイチルの動静を見てくる役目を貰ったと伝えた。
 3人はあっさりと中庭に案内され、小さな塔が見えるテラスでイチルと出会う。
「初めまして、町長を務めるイチルです」
 そう言って爽やかに笑うと、彼は3人の為に椅子を引いた。
「お気遣いありがとうございますー。あの、早速なんですけど、幾つか質問しても良いですか?」
 紅茶と菓子が運ばれた後、カンタータが如何にも仕事ですという風に口を開く。
「まず、普段の政務状況なのですが」
 問われて、イチルは簡単に今年の町内計画と来年の計画を述べた。外貨を入れる、領外からの観光を増やす、町内の整備、病に倒れた父の代わりに一部代行して行う、領内全般の整備、そこに充てる費用と人員の規模、じわじわと最近増えつつある人口に対応して臨時雇用を増やす事、年間の行事計画、等等。簡単と言ってもその説明だけでそれなりの時間を費やした。今回は別行動の潜入ではなくひっそりと3人についてきた万里子(ib3223)が、中庭の茂みに隠れつつ手帳にそれら全部を書こうとして諦める。
「えーと‥‥よく分かりました。ここからは私生活などのお話になりますが、町でイチルさんが男性を連れ込んでいるらしいと聞きました。この噂についてどう思われますか?」
「所詮、噂だからね」
「では、本当の話ではないと?」
「僕が愛している人は、1人だけだよ」
 微笑を崩さないまま、彼は告げた。子供のようにもぐもぐと頬いっぱいに菓子を頬張っていた霜夜が、ぴくりと動く。
「恋のお話ですかっ‥‥?!」
 子供っぽく振舞う霜夜に、イチルは頬を指した。
「ついてるよ」
「ふに‥‥」
 慌てて菓子くずを取る。その様をディディエが穏やかそうだが細い眼で見つめていた。
「何かな?」
「いえいえ‥‥随分と、お優しい顔をなさるものだと思いまして‥‥。ははぁ、成程。確かに噂は噂でしかありませんな」
「妹を思い出してね。小さい頃は彼女もよく顔を汚していたものだ」
「では、その妹さん達についてお伺いしたいのですがー。領主の跡継ぎについての意欲の程も一緒に」
「あぁ‥‥そうだね。色々噂もあるようだが、僕にとっては可愛い妹達だよ。跡継ぎについては‥‥僕が一番相応しいだろうと思っているけれども?」
「現在の領主様についてはどう思っておられますかー?」
「早く病から回復して下されば良いのだけれど」
「あぁ、その事なんですけれどもね‥‥」
 紅茶の器を持ちながら、ディディエが口を挟む。
「お父上はお病気のせいか、大変気が弱っているご様子。病は気からという言葉もありますし〜、如何でしょう。慶事でお父上の気鬱を払って差し上げては?」
「執事さんから伝え聞いただけなんですが、次の冬まで生きれないと弱気になっているようなのですー」
 ここぞとばかりにカンタータも口添えした。そして、ちらと離れた所に居る側近達へ目を向ける。意図を知ったイチルが側近達に手を振ると、彼らは一様に礼をしてその場を離れて行った。その後を密かに万里子が追う。
「これも親孝行のうちではないかと思うのですが、釣り合いの取れた格の家より奥さんを迎えてお父上を安心させてあげては如何でしょう〜?」
「それで一度失敗した父が、安心するかな」
 さらりと言う男を、ディディエの目が見つめる。その面には不自然な表情は一切出ていなかった。
「それは、たまたまの話ですよ。結婚ともなれば噂も払拭出来ますし、良い事尽くめではないでしょうか〜」
 問いに対する反応を見る為の台詞だったが、やはりイチルの表情は変わらない。
「ではボクからの提案なのですがー」
 続いてカンタータが告げた。
「ご領主や妹さん方にはこれから提案を行いたいですが、もしも可能であるならば摂政に就かれる等して、お三方で共同統治を目指せる可能性はありませんか?」
「斬新な意見だね。でも僕達兄弟だけが良しとしても、他の人達はどう思うだろうね? その辺りの折衝はやってくれるのかい?」
 薄っすらとした笑みを浮かべて言うイチル。
「やってみる価値は無いでしょうかー?」
「僕ならやりたいとは思わない。妹達に政治が向いているとは思えないからね」
 そう言うと、彼は立ち上がった。


「群青の町に引き続き寒椿の町にも調査にきました」
 彼らからだいぶ遅れて、黒鳶丸(ia0499)が館を訪れる。武装を解いた役人風情でびしっと髪型も整えてあった。
 彼は単独で町でも情報を集めた上で、先に側近や使用人達から話を聞く。家族仲は悪くないが、大人になってからはさほど他の兄弟とは会わなくなっているらしい。彼らは決してイチルの悪口なども言わず言葉遣いも丁寧だった。概ね彼が得た情報も3人が得た情報と変わらない。
「きゃー」
 最後に町長と会おうとして案内された部屋に来て、彼は足を止めた。室内から少女の楽しそうな声が聞こえてくる。
「‥‥調査に来た者ですが、話を聞かせて頂きたいのですが」
「どうぞ?」
 扉を開くと、椅子に座ったままかなりの勢いで揺らされている霜夜の姿があった。揺らしているのはイチルである。
「書斎に入ると落ち着くのです〜」
 全然落ち着いていないが霜夜はそう述べた。そう言いながら棚に並ぶ書物を眺めている。
 黒蔦丸は、3人が聞いた事と似たような話を尋ねた後に、少し考えた。
「お父上との確執があるのではないかという話も小耳に挟みましたが、そのような事は?」
「無いよ。何故確執があると思うんだい?」
「あくまで噂ですが、母上がお亡くなりになっていると聞いたものですから」
 上2人はちゃんと町を治めている。下も何とかやっているはずだ。でも子供達に皆『だけど』と言う何かがある。継ぎたくないのか、継がせたい誰かが居るのか。それを判明させる為に尋ねているのだ。
「あぁ‥‥母か。むしろ母の事を思えば、今までここに居させて貰えて権限も与えてくれている事に感謝すべきじゃないかな?」
「実際はどうなのです?」
「感謝しているよ。とても」
 微笑は変わらない。それを霜夜も下方から眺めていた。
 結局そのまま黒蔦丸は普段の格好に戻してから白緑の町長館へ行き、ご飯をたかることになる。


 町の中で話される独り言やこそこそ話。それらを聞き取りつつ万里子は3人を追って屋敷に入り込んだのだった。
「やっぱり、陰口はない‥‥よね」
 ニーナの時も同じだった。使用人も町人も、ただ一点を除いては「うちの町長こそが一番」と考えている。ミルヴィアーナの町だけが陰口どころか表立って堂々と悪口を言われていたのだ。調査隊達が帰った後も屋敷の外から会話を聞き取ったりしたが、そこに変化は無かった。だが。
「やっぱり、男は連れ込んでるっぽいよね‥‥」
 イチルは、『連れ込んでないよ』とは言わなかった。だが実際の話、使用人達は『そう言えば先日呼んだ男は何処へ行ったかな?』『いつもと同じだよ。1日居た後出て行ったっきりだ』という会話をしている。
 やがてフレイがニーナと共に屋敷を訪れた。フレイはニーナの友人だと名乗り、一緒にお茶をしたいと告げる。中庭で始まったお茶会を、万里子は観察した。フレイも勿論互いに流れる空気と感情を見ている。
(ん〜‥‥ちょっとよそよそしい‥‥かな‥‥?)
 兄妹の会話は、フレイが居るからなのか表面的なものに思えた。
「そう言えば、調査隊がうちに来たよ。君の所は?」
「はい、来ましたわ」
 そんな会話が当然のようにされたが、フレイはかろうじて表情を変える失敗は犯さなかった。
 ニーナから聞いたイチルの評価は『お兄様は領主に向いていると思う』だ。
(それにしても、にーなのトコの気配‥‥ひょっとしたら、いちるが雇ったんじゃないかなぁ‥‥?)
 血筋の面で跡継ぎになるのが不利だから。そう、万里子は思う。思い過ごしであってくれればいいのだけども。


 レートフェティは町で歌を歌っていた。
 人々が集まり彼女は話を聞く。
「昔、この領内で革命があったと聞いたけど?」
 その問いに、彼らは一斉に口を噤んだ。