【負炎、忍】書簡を追え
マスター名：陸海 空
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| ■オープニング本文 ●金 陰殻国、伊宗の里―― 「中々どうして、開拓者共も頑張るではないか」 見たところ、年の瀬は十歳前後、といったところだろうか。その少女は紫煙を漂わせ、喉を鳴らした。煙草の葉は、大きく二、三も吸えば燃え尽きる。くるりと煙管を廻し、甲高い音と共に灰を落とした。 当初、彼等陰殻の里長達は、緑茂の里は落ちると睨んでいた。 開拓者は足並を揃えられずに討ち取られるのがオチだ、と見積もっていたのだ。だが、予想に反し、開拓者は想像以上に戦えている。 「――して、何用じゃ。用無く立ち入ったのであれば、首を刎ねるぞ」 新たに煙草を詰ﾟる傍ら、言葉を投げ掛ける。 「理穴国より言伝」 天井裏より響く声。 同時に、少女の背後――ただし、かなり離れた位置に、一人のシノビが降り立った。 「文を」 言うや否や、彼の姿は消え、後には一枚の文が残される。 少女は立ち上がり、歩み寄ってそれを手にした。何の術かは解らぬが、煙管からは突然に紫煙が立ち上る。 「‥‥ふふ、そうよ。何事でも先立つものがなくてはの」 そこには、理穴よりの援軍要請が記されていた。 ただし、援軍の要請などは今までにも届けられているし、れまでも、一部の里が独自に兵を、少数ではあるが出してはいる。 しかしながら。今回の援軍要請には、今までのものと違う点があった。ではその違いが何かと問われれば――「金」だ。要するに、それ相応の金子を用立てる故、有償で援軍を出して貰いたい、という事である。 だが―― 「安いな」 文を懐にしまいながら、呟く。 （これでは、北條辺りは動いても、名張辺りは渋るであろうが、さて‥‥） 再び煙管を叩き、少女は、慕容王はその姿を消した。 ●奪われた書簡 理穴よりの使者は少しばかり‥‥否、かなり緊張していた。 彼はこれから、開拓者の護衛を得て陰殻に向かって援軍を出してくれる気になっている北條の長への書簡を届けるため出立する予定なのだ。 懐には、つい今しがた預かったばかりの大事な書簡。 上役からは、提示した報酬の額面に不服がある名張の者が値段を吊り上げるために何か仕掛けてくるかもしれないから、十分注意するように念を押された。 大事なお役目を仰せつかったとは言え、使者自身は志体を持たない一般人だ。 道中の安全を期するために、上役のお屋敷を出るときから開拓者に護衛をしてもらっている。 使者を仰せつかった男は、見るからに頼れそうな開拓者達に緊張しつつも生まれてはじめての大役に心を躍らせていた。 上役のお屋敷を辞して、一行は駐屯地の出口へと向かった。 戦のために緑茂の里周辺にはいくつかの駐屯地が形成されており、人の行き来もなかなか頻繁である。 その間を縫うように歩いていると、前方からちょっと急いでいるらしい娘が小走りで近づいてきた。 「きゃっ！」 「おっと、大丈夫かい？」 道を空けようと横に避けた使者の前で、娘は小石につまづいて態勢を崩した。 咄嗟に腕を出して転ばないように支えてやれば、危うく難を逃れた娘は恥ずかしそうに頬を染めて「すみません」と礼を述べた。 「いえいえ。お急ぎのようですが、足元には気をつけて」 使者が言えば、娘もありがとうございますと会釈をして再び駆け出した。 その後姿を、綺麗な娘さんだったなぁとか思いながら眺めていた使者は、ふと己の懐がいやに軽いことに気付いた。 慌てて懐を探ったが、それまであったはずの懐の書簡は、綺麗さっぱり消えていた。 「な‥‥ない。どうしよう‥‥」 顔を真っ青にした使者の言葉に、護衛についていた開拓者は咄嗟に今しがた走り去って行った娘を振り返る。 ついさっき駆け出したばかりだというのに、娘に姿は既に影も形もなかった。 「あぁ‥‥！ なんてことだ、何らかの妨害があるかもしれぬと警告を受けていたというのに！」 頭を抱えて嘆いた使者は、意を決した表情で開拓者を見据える。 「すみません、書簡を取り戻してください！」 言われるまでもなく、開拓者達は盗人を追いかけて全速力で駆け出したのだった。 |
■参加者一覧
露草（ia1350）17歳・女・陰 
嵩山 薫（ia1747）33歳・女・泰 
鬼限（ia3382）70歳・男・泰 
風鬼（ia5399）23歳・女・シ 
黒森 琉慎（ia5651）18歳・男・シ 
不嶽（ia6170）22歳・男・シ |
| ■リプレイ本文 ●走れ、走れ、走れ！ 「すみません、書簡を取り戻してください！」 その言葉が最後まで紡がれる前に、真っ先に駆け出したのはシノビの風鬼（ia5399）だった。 間髪を入れず、同じくしのびの黒森 琉慎（ia5651）と不嶽（ia6170）も早駆けを発動させる。 あっという間に遠ざかる三人を追うように、続くのは己の体を武器として振るうために体を鍛え上げた秦拳士たち。 齢７０を数える鬼限（ia3382）は志体をもつためか日々の弛まぬ鍛錬のおかげか、自分よりもはるかに若い嵩山 薫（ia1747）と遜色のない脚力を見せてくれる。 最後尾について、普段の穏やかな物腰からは想像できないほど懸命に走るのは陰陽師の露草（ia1350）である。 他の戦闘職と比べて、脚力に劣りはするものの仲間の足を引っ張ってしまわないようにと随分頑張って走っている。 書簡を奪ったくのいちは人通りの少ない方向に逃げたとは言え、場所は往来である。 行き交う人々にぶつかってしまわないようかき分けながら、後続組は出来る限り全力疾走を心がけるのだった。 標的は、雑木林に分け入り追っての目を眩ましながら逃げおおせるつもりなのだろう。 だが、早駆けを駆使して間を詰めてきた三人のシノビを振り切ることは出来ず、鬱蒼と茂る山道に入る寸前に目の前に回りこまれ足を止められてしまった。 ちぃ、と舌打ちするくのいちに風鬼と不嶽の二人が問答無用とばかりに攻撃を仕掛ける。 矢継ぎ早に仕掛けられる二人の攻撃に防戦を余儀なくされるくのいちに向かって、琉慎は声をかける。 「素直に返してくれた方が良い状況だと思うけど、どうかな？」 風鬼のバトルアックスをかいくぐり不嶽の短刀を苦無で受け流し、何とか隙を突いて逃げ出そうとする自分の退路を塞ぐように立ちふさがる琉慎のその言葉に、くのいちは一切返答することなく、無言のまま短刀で切りかかり反撃を仕掛けてくる。 「説得するだけ、無駄ですな」 逃げようとするその背にバトルアックスを振り下ろし、寸でのところで避けられたことに密かに舌打ちしながら風鬼が言う。 シノビであるからには、任務の失敗は信頼に影響する。 交渉には応じないだろうし、取り戻した場合生かしておいては再び書簡を狙われる。 そう結論を出した風鬼は、くのいちの命を摘み取るつもりで容赦のない攻撃を繰り出しているのだった。 風鬼と共に切りかかった不嶽は、後続の仲間が近づいてくる足音に気付き連携を取るために攻撃の手を緩め、くのいちの退路を断つべく琉慎の対角線上に位置をとる。 「さあ、追いついたわよ。袋叩き、というのはあまり性に合わないのだけれど‥‥」 ふう、と一つ息を吐いて包囲陣に薫が加わる。 「‥‥今なれば書簡さえ返さば見逃す事も出切る。如何に？」 そう問いかけるのは、少々息を切らせた鬼限である。 そして、少し遅れて肩で息をつきながら、露草も追いついたのだった。 ●奪われた書簡を取り戻せ！ 鬼限の勧告にも、一切の言葉を返すことなく。 徹底抗戦の姿勢を崩さないくのいちに、彼女を包囲するシノビたちが無駄だと呟いた。 「‥‥戦の大勢に関わる大事な仕事。なんとしてでも成し遂げなくてはなりません」 力ずくで取り戻さねばならないだろうという露草に、鬼限も仕方ないと嘆息して頷いた。 「殺めるのも辞さん。が、捕らえて尋問にかける手もある」 不嶽の言葉に、風鬼は肩を竦めて頷く。 「その手も、ありますな」 「ま、それは他の人の意見次第かな」 シノビである琉慎、風鬼、不嶽は三人とも書簡を取り戻すためにくのいちを殺めてしまうほうが早いと考えているのだった。 「まずは、書簡を取り戻して。それから議論するべきね」 薫の言うとおり、確かに議論に熱中してくのいちを逃がしてしまったとあっては本末転倒である。 一行は、気を取り直して書簡を奪還することに集中することにしたのだった。 手裏剣や飛苦無を投げ包囲の隙を突いて離脱しようとするくのいちだが、風鬼を抜いてもその穴を埋めるように不嶽が回り込む。 さらに、不嶽をかわしてもそれに呼応するように琉慎が立ちふさがる。 シノビの連携で足止めをしている間に、なんとか呼吸を整えた露草がくのいちに向けて呪縛符を放った。 「お前たち、よろしくね」 そう符に向けて囁けば、羽や尾のついた可愛らしい少女の姿をした式がくのいちの体に纏わりついて、動きを封じ込める。 敵の動きが鈍った隙を見逃さず、薫と鬼限が肉薄する。 疾風脚で間合いを詰めた薫は、己の流派ならではの蹴技を繰り出す。 鈍い動きながらくのいちは、かろうじてそれを避けたものの息つく間もなく連携する鬼限の蛇拳をモロに喰らってもんどりうつ。 「このまま意地を通されるか、返されるか、さあ如何に？」 単独で任務を受けるほどの手練のシノビであろうと、多勢に無勢。 包囲網をかいくぐって逃げるのは難しいであろうことを考慮して、鬼限が最後の勧告をするがやはりくのいちは屈することはなく。 逃げ場と言う逃げ場を全て失って尚、退路を求めて駆け出すくのいちの足に不嶽の投げた手裏剣が突き刺さる。 「‥‥っぐ！」 その呻き声が、彼女が上げた初めての声になった。 追い討ちをかけるように再び呪縛符を投じる露草に、積極的に攻撃は仕掛けていかないものの油断なくくのいちの動きを監視し退路のことごとくを絶ち逃げ出す隙を与えない、風鬼、琉慎、不嶽の三人のシノビ。 くのいちが間合いを空けようと飛びずさっても疾風脚で距離を詰め鋭い蹴りを浴びせかける薫と、それにあわせるようにトリッキーな動きで敵の感覚を狂わせ回避困難な蛇拳を打ち込む鬼限。 その水も漏らさぬ見事な連携に、逃げおおせる可能性が極めて低いと見たくのいちは最後の手段に及ぼうとした。 何の感情も読み取らせない無表情のまま、懐に隠し持っていた書簡を取り出しおもむろにそれを破壊しようとしたのだ。 「‥‥！ させません！」 くのいちの意図を悟った琉慎が咄嗟に早駆けで肉薄し当身を食らわせてそれを阻止すれば、その衝撃で手から零れ落ちた書簡を風鬼が掴み奪還した。 「やりましたね‥‥！」 若干端が汚れはしたものの、無事書簡を取り戻して一同は安堵の息を漏らし琉慎が取り押さえたままのくのいちに縄を打ち捕縛する。 「さて、どうしましょうか？」 殺すべきか否か、琉慎の言いたいことに気付いた一行はそれぞれの意見を述べた。 「殺すのが、一番安全かと」 風鬼の言葉に不嶽も同意だと頷く。 シノビの三人の意見は、一致しているようだ。 それに意を唱えるのは残る三人。 「駐屯地の理穴軍に突き出しましょう」 露草の言葉に賛成の意を示した鬼限が言葉を紡ぐ。 「彼らなら、牢に投獄し尋問にかけ、有力な情報を手に入れてくれようぞ」 「ま、どっちにしろ。私らの本来の仕事は使者の護衛だし」 とりあえず急いで書簡を届けましょう、と薫が言えば。 そこまで強く殺すべきだと主張する気はないシノビ三人は、理穴軍もしくは役人に引き渡すことに賛成した。 「ともあれ、戻るか。使者がやきもきしてるだろう」 そういって、不嶽が捕縛したくのいちを引き立てるようにして歩き出せば、残ったものも全員そちらに向かって移動を始めるのだった。 ●使者とシノビと開拓者 くのいちを理穴国の役人に事情を話して引き渡した後、奪還した書簡を半泣き顔で待っていた使者に手渡せば。 両手で抱きしめるように受け取って、おいおいと泣きながら何度も何度もありがとうと感謝された。 それを苦笑顔で宥めて、一刻も早く書簡を届けるべきだと使者を護る開拓者一行は陰殻に向けて旅立った。 休む間もない慌しい出発だが、書簡を届けることの重要さを理解している開拓者達は文句も泣き言も一切言わず、逆に遅れがちな使者をせっつくほどだった。 護衛の面々がそれぞれ、少々間抜けな使者に書簡を無くさぬよう、落とさぬよう、奪われぬよう、気を抜くなと口を酸っぱくして注意した。 「戻ってくる頃には、彼女から有力な情報を得られてると良いですね」 そう話しながら、陰殻への道を急ぐのだった。 彼らは知らない。 理穴国の役人に引き渡され牢に投獄されたくのいちが、尋問を受けるまえに奥歯に仕込んでいた致死性の毒を飲んで自害したことを。 くのいちの元に向かった尋問係がみたのは、物言わぬ骸のみ。 残されたのは、彼女の持っていた僅かな装備品。 その装備品から辛うじて割り出せたのは、武器の形状が名張の流れを汲む流派が持つものらしい、と言うことのみ。 それ以上を調べることも、暴くことも出来ず。 得るべき情報は闇に閉ざされたままなのであった。 |
