嗤う影
マスター名:陸海 空
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/21 00:41



■オープニング本文

●夕焼け小焼け
 夕焼け空にカラスが鳴けば、野原で遊んでいた子供達は笑い声を弾けさせながら競うように家路へとつく。
「あっ! 一番星!」
 誰かが空を指差せば、茜色から瑠璃色へと変わりつつある空に煌く星が一つ。
 子供達はしばし立ち止まり空を見上げていたが、不意に我に返り慌てる。
「いけない、早く帰らなきゃ! おっかさんに怒られる〜!」
 子供達の親は、暗くなる前に帰りなさいと口を酸っぱくして教え込んでいるのだ。
 どうやら今日は夢中になって遊びすぎたらしい子供達は、再び村へと向かって一目散に駆け出した。
 夕陽に照らされ長く伸びた影たちは、子供達の動きに合わせて抜きつ抜かれつしながら移動していく。
 それはいつもの夕暮れの風景だった。
 ‥‥その瞬間までは。

●不審な影
 急いで村に帰ろうとしていた子供の一人が、ふと振り返る。
「あれ、えっちゃん?」
 ついさっきまですぐ後ろを走っていた友達の姿が消えている。
 先に行ったのかた前を見ても、横道にそれたのかと周囲を見回しても見つからない。
 前を行く子供の内、何人かがそれに気付いて立ち止まる。
 そして、周囲を見回した子供の一人が地面を指差した。
「影が一個多いよー!」
 地面に長く伸びる子供達の影のその傍に。
 誰もいない場所から伸びる不審な影が一つ。
 その場に残った子供達の視線がその影に集まった時、長く伸びた人型をした影の口部分がぱっくりと開いてにいぃと嗤った。
 その嗤う口の不気味な赤さに、子供達は悲鳴を上げて逃げ惑う。
 それを嘲笑うかのように、地面を這っていた影は盛り上がり子供達に向かって襲い掛かる。
「きゃああああ!」
 小山のように盛り上がった影は、悲鳴ごと子供を飲み込んで‥‥迫りくる夜の闇にまぎれて消えた。


■参加者一覧
湊(ia0320
16歳・男・志
ルーシア・ホジスン(ia0796
13歳・女・サ
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
鬼限(ia3382
70歳・男・泰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
天月 遠矢(ia5634
25歳・男・弓


■リプレイ本文

●夕焼けノスタルジー
 太陽が西に傾きかけた時刻に、依頼を受けた開拓者一行が村に到着した。
 彼らを迎えてくれた長老から簡単な説明を受けて、出来るだけ早くアヤカシを討伐したほうがいいと言うことになり、件のアヤカシが出没した場所に急行することになった。
「影に紛れるアヤカシか‥‥また厄介な」
 紬 柳斎(ia1231)は誰に向けてでなく呟けば、傍を歩いていた天月 遠矢(ia5634)が微笑んで同調する。
「確かに厄介な存在ではありますね」
 内心では、腕試しの絶好の機会だと闘志を燃やしていることを微塵も見せないポーカーフェイスだった。
「アヤカシってのは、生物としての系統もあったもんじゃねえな」
 周囲を油断なく見回して、木や岩の位置を確認しながら巴 渓(ia1334)も一人ごちる。
 アヤカシが出たという場所に到着した一行は、周囲を確認して大きな影を作る自然物がない場所で鬼限(ia3382)が立ち止まった。
「この当たりが良かろう。影が身を隠す場所もないし、ここで作戦に移ろうぞ」
 それに呼応して全員がそれぞれの武器や装備を改めて確認しはじめた。
「まるで、夜のかくれんぼの怪談のようですね。…早く、夕暮れの犠牲者が出ないようにしなくては」
 装備を確認した珠々(ia5322)は、犠牲になった子供達の遺品などが落ちてないか見回す。
「このままじゃ、子供達が安心して遊べません。なんとしても倒さねばなりませんね」
 九法 慧介(ia2194)は日が落ち始めた空を見上げて呟く。
 こんなに長閑で子供が遊ぶには絶好の場所を、アヤカシのために失ってはいけないと思いながら。
 日が暮れ始めて、一行は影のアヤカシがいつ出現しても良いように影を監視するべく夕涼みするものと影踏みするものにわかれた。
「ノスタルジーぽく影踏みで童のように戯れてアヤカシをぶっ倒すの巻!」
 影踏みをする気満々のルーシア・ホジスン(ia0796)は、元気良くガッツポーズをして宣言する。
 夕涼みをしつつ影を見張る慧介、遠矢は太陽を背に‥‥つまり影が自分の前方に来るように立ってそれを微笑ましげに眺めている。
 渓は少し離れた場所で、同じように太陽を背にして周囲に目を配っている。
 影踏み役の珠々、柳斎、鬼限、ルーシアの4人は鬼決めのじゃんけんをするようだった。
 が、そこで一つ問題が発生した。
「実は、拙者。影踏みと言うものを良く知らぬ」
 若干恥ずかしそうに申告すれば、同じく珠々もおずおずと手を上げる。
「実は私もです‥‥人生初です」
 助けを求めるように二人はルーシアと鬼限を見るのだが、実は二人も影踏みのルールというのがうろ覚えなのである。
「幼き時分に遊んだことはあるが‥‥どうにもうろ覚えじゃのぅ」
 困ったようにヒゲを撫でながら鬼限が呟くと、ルーシアがけらけらと笑いながら答える。
「大丈夫! やってれば思い出すよきっと! 子供の頃を思い出すぜえ」
 そういわれればそうか、と鬼限は影踏み初体験の二人に簡単なルールを思い出しながら説明する。
「鬼が逃げる側の影を踏む。踏まれたら鬼になって逃げる側の影を踏みに行く‥‥こんなもんじゃろう」
 自分の影を見ながら逃げないと、気付かないうちに踏まれる場合があるから気をつけること、と教えられて柳斎と珠々は少々緊張しながら頷いた。
 鬼決めじゃんけんで負けたのは鬼限だった。
「ふむ、では行くぞ」
 そう言って逃げる3人を追いかけはじめる。
 子供の遊びとは言え、それに興じるのは志体を持つ開拓者達である。
 最初はおっかなびっくりでぎこちない動きをしていたが、慣れてくるにつれて逃げる方も追う方も身のこなしが鋭くなってくる。
 影踏みとは思えない駆け引きと立ち回りは、恐らく一般人がそこにいたら目で追うのがやっとの速さであっただろう。
「いやぁ‥‥楽しそうですねぇ」
 アヤカシを警戒しているのだがそうは見えないそぶりでのほほんと慧介が呟けば、遠矢もまったくですと同意する。
 油断なくそれぞれの影を注視しながら、楽しそうに走り回る女性陣を眺めて自分も影踏み役に回れば良かったとこっそり思ったのは、内緒である。
 仲間の様子を見るともなしに眺めていた渓は、これからアヤカシと戦うとは思えない平和な様子に肩を竦めるのみだった。

●忍び寄る影
 それが現れたのは、開拓者達の影が随分と伸びて空が茜色に染まりきり、カラスが鳴き始めた頃だった。
 夕涼み役、影踏み役の両方がほぼ同時に異変に気付いた。
 影を踏まれてしまい鬼側になった珠々が太陽に向かって、相手の影を踏もうと足を踏み出した時。
 珠々の背後に伸びる彼女の影が不自然に動いたのを、本人以外の全員が目にした。
「珠々どの、影!」
 柳斎が叫ぶと同時に、珠々の影に重なり擬態したアヤカシが獲物を襲うべく体をぐぐっと地面から盛り上がらせた。
 振り返った珠々は、小山ほどに盛り上がってにぃと嗤う影を見るや後ろに飛びずさりながら袂から取り出した撒菱をあんぐりとあけたアヤカシの口の中に放り込んだ。
――ぎいぃぃぃぃ‥‥!
 呻きともつかない叫びを上げ、アヤカシは撒菱をぺっぺと吐き出したのだが、その行動は開拓者にとっては絶好のチャンスだった。
 撒菱を吐き出すために動きを止めたアヤカシに遠矢が即射を立て続けに発動させる。
 それと同時に、柳斎が咆哮を使いアヤカシの注意をひきつけ、渓が疾風脚で影に肉薄して掛け声と共に蹴りを繰り出した。
 蹴りは惜しくも回避されてしまったが、その動きが牽制となり遠矢の射た矢は数本的中した。
 仲間の一連の行動の好きに受け流しを発動させた慧介もアヤカシに攻撃を仕掛けるが、撒菱を吐き出して態勢を整えた敵は既にその場所から移動し身を隠した後だった。
 刺さっていた矢もいつの間にか外れて、地面に落ちている。
「己が影を注視されよ!見つけ次第伝え合おうぞ!」
 鬼限の言葉に、それぞれが己の影を手にした武器でつついて確認する。
 さくり、と地面とは違う手ごたえを感じた慧介が「ここか!」と叫び攻撃を仕掛けようとするが、アヤカシの動きのほうがすばやくあっという間に誰かの影へと移動していってしまった。
 その次は、柳斎の影に潜み見つかれば、鬼限の影から遠矢の影、渓の影と一行の影を転々と移動しながらアヤカシは翻弄される皆を嘲笑うかのようだった。
 ただ、唯一珠々の影へ移動しないのは、先ほど撒菱を食らわされた恐怖からであろうか。
 柳斎とルーシアが咆哮を使っても、一旦は目標と定められるものの皆が攻撃を仕掛ける間にすいっと逃げられてします。
「これじゃ、キリがねー!」
 ルーシアの言葉に、鬼限が首を傾げる。
「しかし、これだけ我らを出し抜くほどすばやいのに、一行に此方に攻撃をしかけて来んのぅ」
 そう言われてみれば、と全員が顔を見合わせる。
 攻撃らしい攻撃を仕掛けてきたのは、最初の珠々を飲み込もうとした時だけだった。
「もしかして、丸呑みしか攻撃手段が無い‥‥とか」
 まさか、と思いはしたが、それまでの行動を見ればどうやら間違いないらしかった。
 そうと判れば話は早い、とばかりに全員は己の影をつつくことを一旦やめて慧介を見た。
 意図を汲んだ慧介は心眼を使い、アヤカシの位置を補足する。
「‥‥ルーシアさんの影です」
 名指しされたルーシアは頷いて、わざと隙を作るように己の影から目を逸らす。
 その時を待っていたかのようにアヤカシはぐぐっと地面から盛り上がる。
 どうやら、擬態している時に比べて体を盛り上がらせたときは若干動きが鈍るらしかった。
「今です!」
 遠矢の声にルーシアは振り返ると、咆哮でアヤカシが己から注意を外さないようにして大きく開かれた口に剣を突き刺した。
「誰が食われてやるか〜!」
 咆哮の効果でルーシアに意識が向かい、逃げるタイミングを逃したアヤカシはモロに刺さった剣にのたうって叫び声を上げる。
 そのタイミングを逃してなるものかとばかりに、全員がほぼ同時に総攻撃を仕掛けた。
 命中率の高い渓の旋風足と鬼限の蛇拳が左右から挟み撃ちのように叩き込まれれば、遠矢の即射の矢も立て続けに刺さり格好の目印になる。
――ギイイィィィ!
 痛みに叫ぶアヤカシの口の中に、珠々は追い討ちのように手裏剣を炸裂させる。
 最後には、ルーシアの強打と柳斎の強力を使った上での両断剣が時間差で打ち込まれ、持ち前の素早さで逃げ回っていたアヤカシも、敢え無く力尽きたのだった。
 茜色から瑠璃色へと色を変えつつある野原に、アヤカシが霧散して消えていくのを確認して一行は漸く一息ついたのだった。

●戦いの後
 世界が夜へと移り行く頃、慧介の心眼でアヤカシの消滅を確認した一行は武器を収めた。
 珠々は、影踏みの途中で見つけた犠牲になった子供達の落し物らしい鞠を拾い上げて、村に帰る仲間の後を追った。
 村長にアヤカシ討伐の報告をしたあと、遺品の鞠を渡すために遺族の元に向かう珠々の後についていった渓が村長から受け取った報酬を遺族に渡そうとする一面もあった。
 報酬は頑として受け取ってもらえなかったが、一行は重ね重ね感謝されて開拓者のために用意された宿で休むことになった。
 宿に向かう途中、一行は一度だけ野原の方向を振り返った。
 それぞれが心の中で「また、子供が安心して遊べるようになってよかった」と安堵して。
「しかし、影踏みとは楽しいものだったな。帰りにまた少しやっていかぬか?」
 柳斎の言葉に、慧介が朗らかに笑う。
「俺も見ていてとっても楽しかったですよ」
 明日は全員で影踏みしようか、たまに童心に戻るのも楽しいな、などと話しながら。
 戦いを終えた開拓者一行は、宿に向かうのだった。