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■オープニング本文 諏訪氏頭領である顕実は、宛てがわれた楼閣の一つに腰を据えて時が過ぎるのをただ待っていた。 現在、楼港では賭仕合がまさに行われているであろう。 それぞれの陣営は仮初にしつらえてあるものの、戦場は実に楼港全体を使ったものになっている。 地を走り、屋根を跳び、壁の上を駆ける。 シノビであるが故の戦い方は、それがどんな状況であろうと変わろうはずが無い。 決着はどちらかが斃れるか、期日である今日が終わり夜が明けるまで。 期日が過ぎた時点で双方が生き残っていた場合、犬神と朧谷の間の問題は慕容王預かりとなり、それ以上の戦闘行為や対立行為はご法度となる。 己が氏族の流れを汲む朧谷が当事者と言うだけあって、顕実の行動もいくばくか制限されている。 そのため、賭仕合を見届けるために楼港入りしたものの期日が過ぎるまで、この楼閣から出ることは出来ない。 愚かな傍流の里の者たちがしでかした不始末に、内心はらわたが煮えているが起こってしまったことは収めるしかない。 顕実に許されたことは、ただ待ち続けるだけである。 どちらかの代表が倒れたという報告が来るまで。 あるいは、期日の夜が明けるまで。 出来ることは全てやってきたつもりだ。 盗まれた宝珠爆弾は、開拓者達の尽力で奪い返すことが出来た。 ただ、船に積み込まれる前に既に一ついずこかへ持ち去られていたことだけが、顕実の失態である。 「返す返すも、あの女狐は忌々しい」 冷静であろうとする顕実は、珍しく低く呻いて奥歯を噛み締める。 ずっと追い続けている狐妖姫に、個人的に思うことがありすぎた。 情報に寄れば、開拓者達によってかのアヤカシは手傷を負ったらしい。 さすれば、自尊心の高い狐妖姫のことだ、賭仕合期日に必ず何かを仕掛けてくるに違いない。 もしくは奴自ら姿を表すだろう。 動けない己と動かせない部下の代わりに、顕実は開拓者に依頼を出した。 「願わくは、私も一太刀浴びせてやりたかったのですが‥‥。こればかりは仕方ありますまい」 慕容王の安全については諏訪だけでなく他の氏族、特に名張頭領が必要以上の忠義をもって守るだろう。 それに、シノビの頂点に立つからこそ王となった慕容王の強さは顕実すら把握しきれない。 「守るのは私だけではない。ならば、私は諸悪の根源を断ちましょう」 顕実が賭仕合を前に開拓者達に出した依頼は、以下のような内容であった。 『賭仕合と楼港の混乱を目論むアヤカシ、狐妖姫を探し出し討伐すること』 |
■参加者一覧
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
千王寺 焔(ia1839)
17歳・男・志
星風 珠光(ia2391)
17歳・女・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●アヤカシ狐を探し出せ 賭仕合の恙無い進行のために、狐妖姫討伐の依頼を受けた開拓者達は諏訪氏頭領の使いから貸し出された呼子笛と地図を手に、それぞれ楼港中に散った。 同じく賭仕合の妨害を防ぐために奔走する夏蝶、舞華、彼方と連絡を取り合った黎乃壬弥(ia3249)は、纏めた情報を随時伝令すると仲間に伝えていた。 「え、火薬庫無いの?」 混乱を招くなら武力、と過去狐妖姫に操られた者が火薬を使って楼港を破壊しようとしていたことを思い出した霧崎 灯華(ia1054)は火薬庫や空き家を見て回ろうと地図を見て呟く。 精霊や宝珠の力を主に利用するため、天儀にはさほど火薬が普及していない。 倉庫や蔵を作るほどの量が無いのだ。 「ねぇのは、しょうがねぇ。武器庫に一緒に入ってるだろうし、ソッチを見て回ろう」 灯華と班を組んだ壬弥が、ここだと武器庫の位置を指で示し歩き出す。 「空き家もね。操られてる奴が潜伏してるかも‥‥。挙動不審だったり、疑わしい人間は取り敢えず襲い掛かってみるか」 短刀と鞘から引き抜いた灯華を、さすがに壬弥が止める。 「尋問や鎌かけまでにしとけ。無差別で襲い掛かるとか通り魔じゃねえんだから」 ちょっと過激な思考をする灯華を窘めながら、二人は見通しの良い場所や屋根をメインに物陰などに注意しながら探索するのだった。 「始まったみたいだねぇ」 仕合を妨害するならまず各代表を狙うかもしれないと、犬神、朧谷両代表の下に赴いた星風 珠光(ia2391)が呟く。 できれば話を二、三聞きたかったのだが、仕合前で接触が制限されていたため顔を合わせることも不可能だった。 「うかつに近づくことは出来んな」 そんなことをすれば、自分たちが妨害者として捕まってしまうだろうと珠光と組んだ彼女の夫、千王寺 焔(ia1839)が呟く。 「しょうがないねぇ。何かつかめるかもしれないから、宿の周囲を探索しよう」 珠光はもう少し早く来ればよかったかねぇ、と零しながら周囲に危なげなく目を配る。 「昨夜から接触制限されていたらしい」 同じく油断ない視線を巡らせ、遠くから微かに届く剣戟の音に耳を済ませた焔が苦笑した。 狐妖姫ならこういう場面で要人を狙う可能性が大きいと、柳生 右京(ia0970)と斎 朧(ia3446)の組は慕容王、諏訪氏頭領、北條氏頭領がそれぞれ滞在している楼閣付近を中心に探索することにした。 それぞれ隣り合った場所に居るため探索のための移動は比較的容易だった。 「しかし、凄いなどちらの代表も強い」 仕合開始直後、刃を交えながら駆け抜けていく両代表を目撃した右京は狐妖姫らしき人影だいないか周囲に視線を投げながら感想を漏らした。 「そうですね。よほどの鍛錬を積まれたのでしょう」 里を代表するのだから、やはり突出した力量を持つものでなければならないのだろう。 仕合は恙無く始まった、後は無事終るように祈るしかない。 「今度こそ、討ち倒したいものです」 先だって狐妖姫と対峙した時、惜しくも逃してしまった朧は強くそう思っている。 ふと、足元に影がさしたような気がして朧は雲でも出てきたのだろうかと顔を上げる。 視線を上げた先、ちょうど慕容王のおわす楼閣正面に位置する建物の屋根の上‥‥。 「狐妖姫‥‥!」 その呟きに右京も視線をあげ、屋根の上で何かをぶら下げて佇むアヤカシを捕捉し考えるより先に呼子笛を吹き鳴らした。 秋桜(ia2482)は犬神、朧谷両代表の激闘に沸く一般人たちの間を縫って、行動を共にしている那木 照日(ia0623)と一緒に警護役の人間の聞き込みを行った。 「あの方からの使いです」 もし狐妖姫に操られているなら、誘導尋問や鎌かけに引っかかる。 それを確かめるために、秋桜はわざと操られている振りをして警護役に声をかける。 「え、あの方って? ええと、陰殻のお偉いさん?」 「シロ、です」 きょとんとして問い返してくる警護人に、照日が小さく頷く。 「あの、アヤカシに操られているかもしれない人を、見分けるためです」 「ああ、なるほど。怪しい人間が居たら使ってみます」 照日の言葉に納得して警護人が頷く。 「操られた一般人が暴動を起こす可能性があります。重々お気をつけ下さい」 二人は警護係の聞き込みを終えて賭仕合に否定的な人物を虱潰しに当たっていった。 しかし、収穫は無く照日の提案で要人‥‥慕容王が陣を構えた楼閣付近に向うことにした時だった。 ピイイイィィィィィ‥‥‥ 「呼子笛!」 「あわ、慕容王が居る楼閣の方です」 二人は顔を見合わせるとほぼ同時に駆け出した。 ●狐妖姫との死闘 それぞれ探索していた場所で、右京の鳴らした呼子笛の音を聞いた開拓者達は猛然と合図のあった場所に駆けつけた。 真っ先に到着したのは、丁度こちらに向おうとしていた照日、秋桜組。 少し遅れて焔、珠光組が到着し、最後に灯華、壬弥組が駆けつけてきた。 呼子笛の音が聞こえてないわけではないだろうに、こちらにチラとも視線を寄越さず狐妖姫はただ静かに佇んでいる。 まるで何かを待っているかのように。 「狐妖姫‥‥!」と叫ぼうとした瞬間に、楼港中がドッと沸く。どうやら、賭け仕合の雌雄が決したらしい。 楼港中がそちらに意識を取られているだろうその時、一行は狐妖姫の視線の先に何かを振りかぶって投げようとする氷雨の姿を見て取った。 「氷雨さん‥‥」 誰かの声に注意がそちらに向く、氷雨は思いつめたように狐妖姫を見て、慕容王のおわす楼閣を見る。 それに婉然と微笑んで、狐妖姫が手にぶら下げた何か‥‥泣き続けている秋郷をその楼閣に向ってゆっくり放り投げた。 「秋郷ッ! 秋郷ーーーッ!!」 氷雨が絶望の声を上げた瞬間、凄まじい爆音と共に件の楼閣が爆発、一階と二階の一部から火の手が上がる。 「おのれ、狐妖姫いいいいい!」 一部始終を目撃した、開拓者達は猛然と狐妖姫に向っていく。 「ほほほ‥‥あーはははははははは!」 待ちに待った瞬間、自分の望みが果たされたことに恍惚の笑いを響かせる狐妖姫の腕に千本が数本突き刺さり屋根から墜落する。 何とか着地した狐妖姫の目の端に翻るのはシノビの装束、注意をそちらに向けようとした刹那、いつの間にか肉薄していた壬弥の刃が深々と片目を抉る。 「‥‥相変わらず、開拓者と言い陰殻のシノビどもと言い無粋だねぇ」 血をどくどくと流す目を片手で押さえて忌々しげに呟くと、身を翻す。 それを追って開拓者達が少し開けた広場で狐妖姫を取り囲む。 周囲は、賭仕合の結果に沸く者、楼閣爆破に右往左往する一般人と救助、消化活動に向かい開拓者達の声が遠くに聞こえる。 時は少し戻り楼閣爆破の衝撃は諏訪顕実の居る楼閣にも届いた。 速やかに窓辺により外を確認すると、狐妖姫とそれに向う己が雇った開拓者。 そして慕容王のおわす楼閣から上る火の手。 「‥‥宝珠爆弾‥‥」 眉根を寄せ呟き「慕容王の下に参ります」と、監視兼護衛役のシノビを促し身を翻した。 「お前は一つ間違いを犯した」 片目を抉った壬弥が再び剣を構える。 「へぇ、なにかえ?」と面白がるように笑む狐妖姫を取り囲むようにして開拓者達が 武器を構える。 彼らから少し下がった後方で朧が抵抗を上げる神楽を舞う。 「全員に一度はかけられません‥‥が、お気をつけて」 朧の言葉に頷いて前衛そのいち右京が飛び出す。 続けて焔、珠光。 死神の鎌を振りかぶり、双剣の焔と並んで狐妖姫に斬りかかる。 「おや、その鎌は当たりにくい呪が掛かっているね。‥‥それじゃあ私に当てるのは無理だ」 まるで踊るように剣戟を避けながら、赤い唇をにいぃと歪める。 「なあ、お前さん‥‥私の願い、聞いてくれないかえ?」 妖しく煌く瞳で見つめられ、正面に居た珠光は目の前がクラリと歪む錯覚を覚え慌てて奥歯を噛み締め耐えた。 「珠光!」 焔がよろめいた珠光を庇うように割って入り、紅葉の燐光を散らす刀で狐妖姫を打ち据える。 三名からの波状攻撃の余波か流石にそれを避けきること叶わず、狐妖姫は腕に傷を負う。 「お覚悟!」 周囲の建物の壁を利用し、三角とびの要領で斜め後方から秋桜が動きの鈍った狐妖姫の顔面を蹴り付ける。 「‥‥っく」 壬弥に抉られた右目が未だ癒えていない上、追い討ちをかけられとうとう声を漏らす。 「少しは、苦渋を知りなさい!」 灯華の叫びと同時に放たれた呪縛の式が、血に濡れ始めた体に纏わり付く。 「小賢しい……っ!」 忌々しげに狐妖姫が吐き捨てた瞬間。 「く、ぁあ!」 「‥‥うわぁ!」 「あわわ」 彼女を中心に広範囲に瘴気が飛び散り、カマイタチのように切りかかっていた者たちを切裂き吹き飛ばした。 特に大きな傷を負ったのは、妻である珠光を庇った焔、まさに斬撃符を打たんと構えていた灯華、神楽の加護を貰い平正眼の構えで追い討ちをかけようとしていた壬弥、死角から間合いを詰めていた照日。 支援を受けるために若干後方に引いていた右京と夫に庇われた珠光、顔面蹴りを成功させて離れた場所に着地した秋桜も手傷を負った。 「‥‥く、いま、癒します!」 神楽の加護を与えようとしていた朧は、咄嗟に構えをかえる。 全身から目映い光を発し、味方全員の傷が朧の閃癒により癒えていく。 「さすが、手傷を追っても上級アヤカシか‥‥」 傷の浅かった右京が、深手を負った焔と灯華を庇うように狐妖姫との間に割り込む。 「我が式よ、お願い焔君を!」 己を庇った夫に治癒符を施し、珠光は数歩下がる。 「治癒させる、朧は神楽を続けて!」 己の治癒符で傷を塞いだ灯華も珠光と連携して照日と壬弥の傷を癒す。 「おやおや、中々しぶとい」 瘴気から作り出した小太刀で右京の斬馬刀を受け流しながら、狐妖姫が楽しげに笑う。 「あわ、ありがとう‥‥。これで、いけます」 傷を癒してもらい神楽の加護を受けた照日も、乞食清光を構えて死角に回りながら斬り付ける。 「ねえ、そこのお前さん。やっぱり、お願いしたいんだよねぇ‥‥」 婀娜な笑みを浮かべ紅く光る瞳で、まさに蹴りかからんとしていた秋桜を捉える。 居合わせた面子の中で一番、魅了に対する抵抗の弱い秋桜は必死の抵抗の末‥‥。 「‥‥は、い」 狐妖姫の術に堕ちた。 「秋桜!」 身を翻し、今まで肩を並べ戦っていた仲間に標的を変え、秋桜は己の風よりも早い蹴りを繰り出す。 どうっ、とその鋭い蹴りを壬弥が受け止める。 「ほら、隙だらけだよ」 恐らく全て読んだ上だったのだろう、再び襲い掛かる黒いカマイタチ。 先ほどより被害が少ない気がするのは、流石の狐妖姫にも開拓者達から受けた傷が負担になっているのだろうか。 「せ‥‥閃癒!」 立て続けの支援と回復に、珠のような汗を額に浮かべた朧が振り絞るように治癒を施す。 そして息つく間もなく、魅了されたうえカマイタチを喰らった秋桜の解術を試みる。 しかし、狐妖姫の前に傷が癒えきらない焔、珠光、灯華が膝をついて動けずに居る。 「い、いたく‥‥ないです‥‥!」 「なっ!」 全員、膝を付いていると油断していた狐妖姫は掠れた声を耳にしたと思うや否やは以後からドス、と言う衝撃を受ける。 背後に目をやると唇の端から血を一筋伝わせる照日、己の腹からは銀の刃が覗く。 「俺の前で親子の絆を弄んだ報い、受けやがれ!!」 秋桜を朧に預けた壬弥も、額から流れる血を厭う事もせず炎を纏った珠刀を前方から突き刺す。 「いい加減、観念しろ‥‥!」 照日、壬弥が動きを封じた狐妖姫に向って、頬を裂かれた右京が両断剣を打ち込んだ。 「ひ‥‥あぁぁぁ!」 恐らく、それは初めて聞くだろう狐妖姫の絶叫。 ドサリ、と音を立てて地面に落ちるのは‥‥狐妖姫の左腕。 右京の斬馬刀は見事に、彼女の左上二の腕から下を斬りおとしたのだった。 「姫様!」 「ちっ、新手か!」 狐妖姫の配下であろう声に振り向けど、それらしい影は無く。 「あわわ、狐妖姫が‥‥」 照日の声に再び顔を巡らせた開拓者達は、斬ったと思ったアヤカシの姿が消えていることを知る。 「たお、した‥‥?」 「いや、逃げた‥‥のか?」 アヤカシは死せば瘴気となり消える。 そう考えれば姿を消した狐妖姫は倒せたと言えるのだが、断言するには地面に落ちた彼女の左腕がそれを許してくれなかった。 まさに、満身創痍の開拓者達は‥‥残された腕を見下ろして複雑な思いを噛み締める。 「あ、待て! 腕が‥‥」 ぐったりと珠光に寄り添った焔の上げた声に、全員の視線が再び腕に集まる。 「消えて、いく‥‥」 残された腕は、じわりじわりと黒い瘴気と変じて行き、やがて消えてなくなった。 示すのは、狐妖姫の死か。 それとも‥‥。 |