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■オープニング本文 開拓者の活躍にて、楼港は守られた。 追いかけていた狐妖姫は残念ながら逃してしまったが、深追いするのは得策ではないしいずれ再び姿を表すだろう。 その時逃がさなければ良いのだ。 そして、賭仕合の当事者に近い位置にいる諏訪流頭領、顕実は当日に向けての準備に追われていた。 「それは問題ないでしょう、後は任せます、適当に片付けなさい」 部下の持ってきた書類に目を通し、印を押して返す。 それを受け取った部下は、是と応え速やかに立ち去る。 適当、と顕実は言うが。その単語には深い意味合いが含まれている。 いい加減と言う意味ではなく、任せられた仕事をこれ以上ないくらい最上の形で己ができ得る限りの全てを尽くせという意味である。 少しでも手を抜こうものなら容赦はしない、と言外に告げているようなものだ。 「さて、次は‥‥こちらですか」 顕実が手に取った書類に目を通していると、不意に戸の外に気配が生じる。 先触れも無く、指示を出す部下は先ほどで最後だった。 その不穏な予感に、眉根を寄せながら顕実は誰何する。 「誰です? 何が起こりましたか」 その厳しさを含んだ声音に、戸の外にある気配は静かに答える。 ――宝珠爆弾輸送の第一陣、山道にて何者かに襲撃を受けた由。 部下がもたらした報告に、顕実はさらに難しい顔になった。 先だって、狐妖姫に操られ楼港の空港を破壊しようと企んでいたジュウベエのアジトから押収した、北條のみが製造可能だという幻の品。 門外不出どころか、北條内での所持も制限されている筈の宝珠爆弾は今、大多数が顕実の手元に大量にある。 押収した直後、北條に送った使者は「即刻返還願いたい」との返答を携えて帰ってきた。 慕容王からもこれ以上の面倒事は御免被ると言われたので、顕実としても名実ともに火種となるこの危険物をさっさとどうにかしてしまいたいと思っている。 「圧倒的武力に心惹かれないとは言いませぬが、柄じゃありません。ただ、返還するにもこちらの努力に対する見返りは欲しいもの」 開拓者達が頑張ったとは言え、依頼料は諏訪の厳しい懐から出したのだからそれ相応の対価は貰ってバチは当たるまいと出した条件を、北條側が承知したことで宝珠爆弾は数が多いことと危険を避けるため、いくつかの班に分けて北條が指定した里へ輸送することになっていた。 その宝珠爆弾を運ぶ第一陣が襲われたと言うのだ。 幸い、手練の部下を何人か護衛として入れていたため、壊滅はしなかったものの件の荷物である宝珠爆弾がいくつか盗まれてしまった。 「情報が、漏れていますね。そして、相手は宝珠爆弾がどんなものなのか知っている‥‥」 顕実は硬い表情で呟くと、報告してきた部下にいくつか指示を出し下がらせた。 続けて数人の部下を呼び情報を集めるよう告げて下がらせた後、嘆息して眼鏡を押し上げ眉間を指で揉む。 「再び、開拓者に頼ることになりそうですね‥‥」 そう呟いて、眼鏡をかけなおし書類に目を走らせた。 数日後、顕実は集めた情報を元に開拓者へと依頼を出したのだった。 『北面にある小さな漁港から、楼港へと密輸を企む不届きモノがいる。船に忍び込み乗組員達を捕縛し、同港に戻ってくること』 以上が、依頼の内容である。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
那木 照日(ia0623)
16歳・男・サ
月城 紗夜(ia0740)
18歳・女・陰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
藤(ia5336)
15歳・女・弓
タクト・ローランド(ia5373)
20歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●夜陰に乗ぜよ 事前に漁港入りしいくらかめぼしい情報をあらかじめ収集し終えたタクト・ローランド(ia5373)はとっぷりと日が暮れた漁港の目立たない場所で、己と同じく乗組員と摩り替わって潜入する予定の菊池 志郎(ia5584)と合流した。 「どうでした?」 「二人、目星をつけた。合言葉は無し、代わりに証の腕章があった」 短い答えだったが、志郎にとっては十分な返答だった。 「そうですか、好都合ですね」 目立たぬ場所で軽く打ち合わせを済まして、タクトと志郎は他の仲間と合流するために移動を始めた。 「厄介ごとは、小さいうちに片付けるに限るか」 義侠心や正義感ではないが、後味の悪い思いはしたくない。 そんなタクトの呟きに、志郎は複雑な面持ちで頷いた。 「いつまで、こんなことを続けるんでしょうね‥‥陰殻は」 氏族同士が相争い潰しあう現状を批判的に見ている志郎は思わずといった風に呟いた。 しかし、依頼を受けたからにはやるべきことを遂行する。 それが、開拓者達の身上であった。 事前調査をシノビ二人が終えた数刻後、白粉、赤い紅、鮮やかな装飾品を実につけわけあり遊女の格好をした月城 紗夜(ia0740)が、出港準備を急ぐ乗組員の一人に近づく。 「ねえお兄さん。楼港に行くんでしょう?私も乗せていただけない?その代り、私の事は好きにさせてあげる」 男性を狙って近づき、しなだれかかりつつ婀娜めいた笑みでそう強請る。 しかし乗組員は依頼主から、報酬を十分払っているのだから絶対誰も乗せるなと半ば脅しつけるように依頼されている。 鼻の下を伸ばしつつ、心底残念そうに乗せてやれないという乗組員の男に「どうしても行かないといけないの」と紗夜が懇願すると、周囲の乗組員達も何事かと視線を向ける。 女性乗組員はその様子に眉根を寄せ、あからさまに顔を背ける。 「そこの二人! 積荷の最終確認と積み込みしておいで!」 相手にしてられないとばかりに、明らかに間に合わせで雇われたと思われる男二人に指示を出した。 一番動かしやすい下っ端の乗組員だからこそ、あちらこちらで働かされるのだろうが、開拓者達にとってそれは好都合だった。 夜陰に紛れて出航するよう言い含められているのだろう、松明なども使わず夜の闇に目を凝らしながら荷物を確認しに行き持ち上げようとする乗組員二人の背後に音も無く近づき当身を食らわせ昏倒させる影が二つ。 「目星つけていた相手が来てくれるとは、好都合です」 影の一つ‥‥志郎が呟くとタクトもそうだな、と頷く。 二人は衣服を剥ぎ取り乗組員を縛って転がした後、摩り替わるために奪った服を着込み乗船証明になる腕章を装着した。 「‥‥大丈夫ですか?」 準備が終了したのを確認しつつ荷駄の影から姿を見せた高遠・竣嶽(ia0295)が問うと問題ないとばかりにタクトが肩を竦める。 「あわわ‥‥」 適当に転がされた乗組員を踏んでしまわないよう恐る恐る出てきたのは那木 照日(ia0623)で、彼女と竣嶽はこれから積み込まれる荷駄に潜み船内に浸入するのだ。 普段小柄なのを不本意に思う照日も、今回ばかりは怪しまれにくい小さめの荷箱に潜めるので、小さくてよかったと思う。 それはかなり複雑な気分ではあったが。 「‥‥ふぅ、多少狭いのは、我慢せねばなりませんね」 小柄とはいえない竣嶽は、荷箱選びも忍び込むことも少々苦労したようだった。 「それじゃ、船室についてしばらくしたら手はずどおりに頼むぜ」 「お気をつけて」 タクトと志郎の言葉に頷いて、箱の中にもぐり息を潜める。 台車に詰まれてゴトゴトと運ばれる感覚に、竣嶽と照日の緊張はいやおうなしに上がる。 「もう、一人くらい紛れたっていいじゃない。どうせついでなんだから‥‥」 搬入口付近を通る時に、乗組員の一人を捕まえて、注意を己に引きつけタクトたちが怪しまれず潜入できるよう取り計らってくれている紗夜の声が竣嶽たちの耳にも届く。 「もう、いいわ。他当たるわよ」 タクトたちが無事怪しまれず乗り込んだのを確認して、いい加減イライラしてきている乗組員に気圧された風を装い捨て台詞を言い置いて紗夜は気落ちした様子を見せつつ船から離れた。 絡まれていた乗組員も、あからさまに安堵した様子で嘆息した後周囲の仲間に急かされて己の作業へと戻っていくのに忙しく紗夜の行き先について注視したものはいなかった。 「守備はどうだった?」 夜陰に乗じ船に追従する予定の小船で待っていた三笠 三四郎(ia0163)の問いかけに、合流した紗夜は頷く。 「4人、は、無事潜入、できた、わ」 照日たちが潜む荷駄に、小さな鼠の姿をした己の人魂をこっそり紛れ込ませることに成功した紗夜は、二人の潜んだ荷箱が怪しまれず貨物室に移動したこと、タクトたちも疑われること無く乗組員として船尾警備に回されたことを伝える。 「ふむ、上々であるな。では、我々は船尾側に向えば良いであろうな」 皇 りょう(ia1673)の呟きに、藤(ia5336)も頷いて同意する。 「接舷は任せろ、私の弓で縄を繋ぎ志郎たちに適当な柱に括り付けてもらえば良い」 意見の一致を得た4人はそれぞれ頷きあい小船に乗り込み、むしろや布をかぶり身を隠しながら船を漕ぎ出した。 出航の手はずを整え、少しずつ岸から離れ出航する貨物船の船尾を目指して夜陰に乗じて密やかに近づく。 目標は密輸目的のため、松明などの灯りも最小限で隠れるように航行しているのが開拓者たちにとって好都合この上ないことであった。 慎重に船尾に近づき、志郎が暗視で小船を確認したのとほぼ同時に船から縄をつけた矢がタン、と船尾の木に突き刺さる。 藤の弓から放たれたそれは、無事タクトの手により近場の柱に括り付けられた。 これで、突入への準備が万端整ったことになるのだった。 ●蛇の道は蛇となる 貨物室に運び込まれ出航まで息を潜めていた竣嶽と照日は、周囲をうかがいながらそっと荷箱から這い出した。 「照日様、大丈夫ですか?」 竣嶽は照日の手助けをしてやりながら小柄な少女を思いやる。 「あわわ‥‥だ、だいじょうぶ‥‥です」 慌てながらも体勢を整えたのを確認して、支えた手を離して闇に目を凝らす。 「どうやら、この貨物室に運搬用の荷物がありそうですね」 暗視能力が無いためほぼ手探りに近い状態だが、二人がかりで探し回り件の荷箱らしいものを見つけることは出来た。 「随分、厳重です‥‥。たぶん、これ‥‥かな」 照日の言葉に竣嶽も頷く、その箱だけ他のものよりも厳重に梱包されているからどう見ても一目瞭然であった。 幸いだったのは、依頼主は雇い入れた乗組員を信用していないらしく貨物室への立ち入りを禁じているようだ。 扉の外を行き来する気配はあるものの、誰一人として貨物室に立ち入ろうとするものはいない。 そのおかげで、荷物の捜索が比較的楽に進んだが、さすがに闇に目が慣れても詳細を見るのは難しく荷物の中身まで検分することは出来なかった。 そんな二人の様子を、小さな鼠‥‥紗夜の人魂が見ている。 「あの、荷物、確認しました‥‥。いつでも、突入していい、です」 鼠に照日が告げると、心得たと言わんばかりにチョロリと駆け出し闇に紛れ消えていった。 照日の報せは違わず、紗夜からタクトと志郎にも伝えられたらしく。 程なく、船内で火事騒ぎが巻き起こるのであった。 「火事だー! 水を! いや、逃げろ!!」 煙幕を使って煙を発生させた志郎が、大声で叫びながら船内を走り回る。 その叫び声ともうもうと立ち上がる煙に、静かだった船内は一気に混乱に陥った。 「やばいよ! おい、そこの! 貨物室みてこい、あそこにゃ危険物がつまってんだ、引火したらおしまいだ!」 「がってん!」 乗組員のまとめ役らしき女性の怒鳴るような指示に、タクトと志郎は好都合とばかりに走り出す。 その背後に、火事騒ぎとはまた違う怒声と混乱の声が上がるのはほぼ同時だった。 「な、だっ! だれだ!?」 「侵入者だぁああ!」 接舷した縄から次々乗り込んできたのだろう三四郎たちに慌てる乗組員達の声を聞きながら、貨物室に走る二人は軽くほくそ笑んだ。 「悪いが、お前らの悪事はお見通しだ!」 三四郎の挑発交じりの咆哮は、相手をさらに混乱させるには十分で。 防衛のために襲い掛かってくるも、足並みは揃わず攻撃は滅茶苦茶だ。 「ふん、そんなナマクラが当たるわけなかろう!」 りょうは刀で相手の剣を弾いて、鼻先で笑い飛ばす。 数的には乗組員のほうが多いのに、戦力の利は明らかに開拓者側にある。 「鬼出電入の矢、存分に味わうと良い!」 後方から繰り出される藤の牽制と支援のための援護射撃も、乗組員達の戦力を撹乱するには十分であった。 紗夜も盾を手に前にでて斬撃符で攻撃する。 「全ては、胡蝶の、夢―――夢を見、朽ち、果てよ」 漆黒の蝶の羽が刃となり、乗組員に襲い掛かるとさらに混乱は深まり防衛のために襲い掛かってきた甲板に出ていた乗組員全員‥‥7人全て昏倒させ縛り上げることに成功した。 「よし、上々だ。事前情報では残るのは操舵士と船長、依頼側監視役のシノビか」 りょうがそう呟くころには、既に操舵室は制圧されていたのだった。 時間は若干遡り、火事騒ぎが起きた直後。 騒ぎに乗じて飛び出した竣嶽と照日の入れ違いで、タクトと志郎が貨物室に駆け込む。 暗視をもつ志郎は、荷物の確認のために。 貨物の中に己の武器を潜ませたタクトは武器の確保に。 それを尻目に、竣嶽と照日は一直線に操舵室を目指した。 事前情報では、船の乗員は雇われた警備係ともとからの乗組員、監視役のシノビを含めて合計12人。 三四郎たちが拿捕した乗組員が7人、タクトたちが入れ替わった2人を含めると9人。 残るのは操舵室にいる3人だけである。 どうやら最低限の人員で船を航行させようとしていたらしい。 混乱をかいくぐって操舵室に向かった竣嶽たちは、援護と防衛のために出てきた雇い主側のシノビと対峙する。 「何奴!」 その鋭い問いかけに、当然答える義理は無く竣嶽も照日も黙殺する。 焦った様子で襲い掛かってくるシノビを、咆哮で照日が注意を引きつけその隙に竣嶽が切り込む。 居合いの勢いをつけた斬撃に、シノビは上手く受け止められずに後方に大きく吹き飛ばされた。 「き、貴様ら!」 騒ぎにいてもたっても居られなかったのか、操舵室から飛び出してきた船長に貨物室の荷物を確認し武器を手にして追いついてきたシノビ組が合流しにらみつけた。 「いい判断だが。それが命取りだ」 援護に飛び出してきた船長にそう言って、タクトは早駆けと木葉隠れで相手を軽くあしらう。 「さあ、これで‥‥終わりです!」 壁を蹴って三角跳びの勢いを乗せた刀が、監視役であるシノビに違わず炸裂し雇い主が倒れたことに動揺した船長も照日の弐連撃の連続技で、船内の制圧が完了したのだった。 所詮船長は一般人であるし、シノビといえど開拓者4人を相手取るには力量不足は当然だろう、打ち倒された後に縛られた。 操舵士以外の乗組員は縛り付けられ、「このまま漁港に引き返すか、拒んで他のお仲間のようにふん縛られるか、どちらを選ぶ?」と聞かれ、雇い主でもあるシノビすら倒した相手に逆らえないと判断した操舵士は、言われるがままに舵を取り漁港に戻ったのだった。 ●足らぬモノ 無事に漁港に戻ってきた開拓者一行は待っていた諏訪の手のものに無事、拿捕したシノビと雇われていた乗組員、確保した荷物を引き渡した。 「助力感謝いたします。これで、賭仕合の混乱は免れましょう」 感謝の言葉を述べて、一礼したあと諏訪のシノビは部下に指令を下し事後処理を行うことになった。 荷物を確保し漁港に戻るまでが任務だった開拓者一行は、十分な礼を受け取り偉大を無事果たしたことに安堵しながらその場を去っていった。 依頼が無事遂行された報告を部下から受けて、顕実は一つ息をつく。 輸送第一班が運搬していた宝珠爆弾は5つと数的には楼港を脅威に陥れるには足らない数だったが、使いようによっては大きな混乱を起こすことになる。 それでなくても、現在楼港は現在小康状態だとは言え根も葉もない噂で若干混乱しているのだ。 賭仕合当日を目前に控え、いらぬ不安材料は増やさないほうが得策だと思っていた顕実が安堵のため息をついても不思議ではない。 しかし、須らく無事と言うわけには行かなかったらしい。 「船に積み込まれていた宝珠爆弾は合計4つでした」 部下から報告を受け、無事にことが済まなかった事に顕実は眉間を抑えた。 どうやら、既に盗まれたうちの一つは敵の手に渡り何かに使われようとしているようで、足取りをつかめない。 「調べましょうか」 問う部下に顕実は首を振る。 「いいえ、もう間に合わないでしょう」 今から調べたところで賭仕合当日はすぐそこで、間違いなく間に合わない。 「恐らく、絡んでいるのはあの女狐‥‥。と言うことは、賭仕合当日に使われるはずなので、その日の警戒を高めれば良い。また、開拓者の力を借りることになりますね」 開拓者の力、中々侮れませんと微かに唇の端に笑みを浮かべた顕実は再び依頼を出すように部下に指示をだした。 「目的は、賭仕合のつつがない進行と、慕容王の安全です。当日、狐妖姫が姿を表す可能性が大きいので、あわよくばその撃破も」 難易度の高くなる依頼だが開拓者のお手並みを拝見しましょう、と狐妖姫に煮え湯を飲まされ続けている顕実は呟いた。 少なくとも、意趣返ししなければ溜飲は下がりそうも無かった。 |