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■オープニング本文 神楽の都の一角に、料理屋を営む兄妹が住んでいた。 「‥‥‥‥」 まだ客のいない店のなか。 飯台をはさんで兄妹が座っている。兄妹はなにやら真剣な顔で向かい合ったまま黙り込んでいた。 「‥‥‥‥これは、なんなの?」 最初に口を開いたのは店の給仕係を任されている妹だった。 まだ若く、小柄なうえに、短く切りそろえられた薄茶の髪と大きな瞳が幼い雰囲気をいっそう引き立てている。 妹は卓上の物体を指差した。 「なにって、見てわからないか?」 店の料理係である兄がその物体を両手でもって顔の前に広げてみせた。 「見ての通り、〈うさみみ〉と〈しっぽ〉だ」 兄が持ち出したのは兎の耳と丸いしっぽを模した飾り物だった。 「風のうわさで知ったのだが、ジルベリアには兎の格好をした給仕が客をもてなす店があるのだという」 「へえ」 「それで、時期も時期だしな、うちの店でも兎の給仕を立たそうと思うんだ。だからおまえに――」 「いやよ!」 即答だった。 「なんで私がそんな格好を!」 「なんだ、恥ずかしいのか? たしかに本場では兎役をつとめるのは皆巨乳の女性だというが、この際おまえのような微乳でも――ぐはあっ!」 兄の顔面に鉄拳が叩き込まれる。兄はその衝撃で椅子ごと床に倒れ込んだ。 妹はそのまま店の奥へ引っ込んでしまった。 「‥‥くそ‥‥失敗か‥‥」 鼻血をぬぐう兄。 「‥‥ならば外部の人間を雇うのみ!」 というわけで、兄はギルドに助っ人の要請をした。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
白拍子青楼(ia0730)
19歳・女・巫
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
布施 綾乃(ia5393)
17歳・女・弓
クローディア・ライト(ia7683)
22歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●準備万端 依頼を受けた開拓者たちは、兄妹が営む店へやって来た。 「おおっ! なんとも華やかな助っ人さんが来てくれたな!」 店の厨房を切り盛りする兄が開拓者一行を迎える。 「さて、厨房の手伝いをしてくれるのは‥‥」 「調理なら自分が手伝います」 「私も。お料理なら一通り作れます」 料理係に名乗りをあげたのは、眉目も清秀に優しく穏やかな出で立ちの橘 琉璃(ia0472)と、風姿楚々としたゆかしい佳人、布施 綾乃(ia5393)だ。 「厨房は二人だな‥‥それじゃあ、妹よ」 兄は妹を呼ぶ。 「接客係の皆さんに例のモノを配ってくれ」 「‥‥はいはい」 妹は押し入れからつづらを取り出して蓋を開ける。つづらのなかには大量のうさみみとしっぽが入っていた。 「わぁ!」 つづらのなかを見て嬉しそうな声をあげたのは、白拍子青楼(ia0730)だ。はらりと着崩れた男物の着物から覗いた素肌が春情を誘う。 「うさみみがこんなにたくさん! 素敵ですわ!」 青楼は目を輝かせ、畳にぺたりと座り込んでうさみみを選ぶ。 「やっぱり白兎さんがいいですわ」 青楼は白兎のふわふわのしっぽとぱたりと垂れた耳を付けて、鏡の前でくるりと回る。 「まあるいしっぽ、可愛いですの」 鏡にしっぽを映して上機嫌だ。 「でもさすがにこれは‥‥ちょっと恥ずかしいですね」 綾乃はうさみみを手に取ってみる。 「それにしても、いっぱいあつめたわね」 朱の長襦袢の胸元を大きくはだけさせて、妖しい艶色の薫る陰陽師、葛切 カズラ(ia0725)がいった。 「お兄ちゃんバカだから、こういうの見つけるとすぐ買い込んじゃうんですよ」 妹がため息混じりにいう。 「動物の耳をつけるとは変わった嗜好どすなぁ」 不思議そうにうさみみを見つめるのは、黒染めに花彩模様を挿した着物姿、女形の美丈夫、華御院 鬨(ia0351)だ。 鬨はうさみみを頭に付けるとその場にしゃがみ、ぴょんぴょんと兎跳びをしてみせた。 「‥‥こない感じでよろしいのどすか? ずっとこれやと疲れますなぁ」 と、妹に向かって訊ねてみる。どうやら本人はいたって真剣なようだ。 「いや、歩くときは普通に人間らしく二足歩行でお願いします‥‥こぼれちゃうし」 妹が答える。 「うむむ‥‥」 皇 りょう(ia1673)は、うさみみとしっぽを前にして、なにやら難しい顔をしていた。 「これを付けて接客を‥‥」 りょうはうさみみとしっぽを付けて店に立った自分のすがたを想像して、はや赤々と頬を染めてしまう。 「‥‥いかんいかん、こんなことで恥じらっていては‥‥ジルベリアではこれが客をもてなす格好なのだろう‥‥?」 「さすがにうさみみはジルベリアでも特殊な店でしか見かけませんわ」 小麦色の肌に麗しい銀糸の髪を流したクローディア・ライト(ia7683)がりょうの問いに答える。 「特殊な店?」 「酒場とか賭場とか‥‥もうすこし過激な格好ですわね」 ジルベリア出身のクローディアはそのあたりの事情も見知っていた。 「キワドイ水着みたいな服を着るのよね」 そういったカズラは、実際にジルベリアの店で兎に扮したことがあるようだ。 「最近は兎だけじゃなくて、猫とか犬とか狐とか‥‥いろいろ出てきていた様な」 「それはまた‥‥奇妙な風習があるものなのだな‥‥」 りょうはうさみみを見ながら異国文化に思いをはせた。 「ジルベリア風ということで、ジルベリアの衣装と合わせてみましたが‥‥どうでしょうか?」 斎 朧(ia3446)は、上質の生地を使ってあつらえたワンピースに、ひらひらとフリルで飾ったエプロンを前に掛け、カチューシャ代わりにうさみみを着けて、にっこり微笑んだ。 「そ、それはウワサに名高きメイド服ではないですか! ばっちりですよ! ぜひ接客の際はその格好で『いらっしゃいませ、ご主人さま』と‥‥」 「いらっしゃいませ、ご主人さま」 「完璧です! 十全です!」 メイド服を前に興奮して語る兄の横で、妹は心底呆れ顔だった。 「ていうかお兄ちゃん、そろそろ厨房に入らないと。お月見用の献立考えるんでしょ?」 「おお、そうだった。瑠璃くんと綾乃さんは一緒に厨房へ来てくれ。妹はその間に接客の手ほどきをたのむ」 兄は瑠璃と綾乃をつれて厨房へ向かった。 綺麗に手入れされた調理器具が並ぶ厨房で、三人はお月見用の献立を考えていた。 「やっぱり、月見うどんや月見そばがいいでしょう」 「そうだな、卵もあるし」 「月見といえばお菓子も大切です。季節ものの柚子やお芋を使った兎まんじゅうなんてどうでしょうか?」 「美味しそうだな。ひとつ作ってみよう」 瑠璃の提案にしたがって、三人は兎まんじゅうを作り始める。 まずは芋――甘藷を茹でて裏漉しして甘い餡を作る。その餡を柚子を使用した生地で包み込み、丸く雪兎の形に整えて籠で蒸し上げれば兎まんじゅうのできあがりだ。 「見た目は綺麗な雪兎だな。それじゃあ試食を‥‥」 それぞれひとつつまんでみる。 「ほお‥‥これは」 甘すぎない口当たりに、ほんのりと上品に広がる柚子の香り。 「これはいけますね。お茶にも合いますよ」 「うん。いまのうちに量産しておこう」 三人は手分けして兎まんじゅう作りにとりかかる。 厨房がまんじゅう作りに精を出しているところへ朧がやって来た。 「やあ朧さん。そっちは終わったのですか?」 厨房へ入ってきた朧に瑠璃が声を掛ける。 「はい、接客のイロハは学びました。それで、今度は仕込みのお手伝いをしようと思って」 「それは助かります。いま、兎まんじゅうを作っているところなんですよ」 「おまんじゅうですか‥‥じつは私もお月見用のお菓子を考えてきたんです。材料をお借りしてもよろしいですか?」 と、朧は兄に訊ねる 「いいですよ。それじゃあ朧さんにもひとつ作っていただきましょうか」 兄の承諾を得て、朧は材料を選別し菓子を作り始めた。 ほどなくして朧作のまんじゅうが完成する。 「できました。お味見をお願いします」 兄の前に出されたまんじゅうは、鮮烈な深紅色をしていた。 「これはまた、赤いですな」 「はい。色に因んで紅月と名付けました。ささ、どうぞ」 「ではいただきます」 微笑む朧に勧められ、兄が赤いまんじゅうを一口かじったその直後、 「びゃあああああ!!」 兄は悲鳴をあげ、口から火を噴き厨房を駆け回る。 「み、水! 水!」 水の張った桶に顔ごと突っ込むと、ごくごくとものすごい勢いで水を飲んだ。 「な、なにごとですか!?」 綾乃はびっくりして目を丸める。 「それが、このおまんじゅうを食べてから‥‥」 「おまんじゅう?」 綾乃は朧が作った赤いまんじゅうを見る。 「この赤いものの材料は‥‥」 「全部トウガラシの粉です。綺麗でしょう? 綾乃さんもおひとつどうです?」 「あ、あはは‥‥私は遠慮します‥‥」 その後、一般人に出すには危険すぎるという理由で、朧作の激辛まんじゅう〈紅月〉は献立から却下された。 ●うさみみもーど そして開店――。 カズラ、朧、クローディアの三人は通りに立って呼び込みをしていた。 「お月見にぴったりのお料理とおまんじゅうを用意してありますよ〜」 「わたくしたち兎がお相手いたしますわ」 「いらっしゃいませ、ご主人さま」 華やかな女性たちの呼び込みに通りを歩く人々は足をとめる。 「おまんじゅうだって、食べていこうか」 「うん。兎さん、かわいー」 「う、うさみみ‥‥しっぽ‥‥もふもふしたいっ」 「きょにゅーのおねいさん‥‥」 「うさみみメイド服に、手鎖とは――なんて高度な組み合わせなんだ! もうどうにかなってしまいそうだ!」 などといいながら、店にぞくぞくと客が入っていく。 「つ、ついに来たか‥‥」 うさみみを付け、店内で客を迎えるりょうは、まるで合戦に臨む武士のような面持ちだった。 「よーけ来ましたなぁ」 「接客がんばるですの!」 鬨と青楼もはりきって客を卓に誘導し、注文をとる。 「月見そば三つにうどん二つ、目玉焼き定食二つ!」 「五番卓、月見そば四つ、二つはネギ抜きですわ!」 「兎まんじゅう十コ追加どす〜!」 次々に出てくる注文に対し、厨房では調理係が善戦していた。 「綾乃さん、目玉焼きをお願いします。あとおそばの用意も!」 「はい!」 綾乃は大きな鉄板に卵を落として目玉焼きを作り、同時にそばの準備をする。鉄板のほうは油断すると目玉が崩れ、焦げてしまうから気が抜けない。 「いきなり忙しいですね」 瑠璃は左手捌きの包丁で綺麗に野菜を切る。 「二人ともいい腕をしているなー」 兄は綾乃と瑠璃の手際の良さに感心していた。 「料理は得意なんですよ」 瑠璃は兎型に型どりした蒲鉾をお吸い物に浮かべる。 「私も花嫁修業の一環として基本は学びましたので‥‥」 味も見た目も気をつかう。綾乃は料理を丁寧に盛りつけて給仕係へ渡した。 昼時。だんだんと店が忙しくなってきたので、通りで呼び込みをしていた三人も店内へ入り接客を手伝っている。 「視線が気になりますわね‥‥やっぱりジルベリア人は珍しいのでしょうか」 クローディアは本場の兎役もさながらに、ふわふわのしっぽを揺らして男性客の目を惹き付ける。 「月見そば上がったよ〜」 「は〜い!」 青楼は月見そばを乗せたお盆を卓へと運ぶ。 「‥‥おっとっと、おっとっと」 青楼が歩くたびに着物の裾からちらちらと内ももが覗いて、危なっかしい色気を振りまいている。 「ひゃわ!」 青楼が声をあげた。 誰かが青楼の尻を撫でたようだ。その恥じらう反応を見て男たちは盛り上がる。青楼は盆を落としそうになるのをぐっと堪えて、なんとか目的の卓まで運んだ。 「うう‥‥また触られてしまいましたわ‥‥」 待機場所に戻った青楼が顔を赤くしてしゅんとする。 「七番卓だな。あの付近は特に危険だ」 りょうは七番卓を見る。卓に座っているのはこの界隈でも有名な助平三人組だ。りょうもこの三人に何度か体を触られそうになったが、その魔手はすべて華麗に躱しきっている。 「私も何回か触られたわ。でもああいうのはヘタに相手しちゃ駄目よ、つけ上がるだけなんだから。あんまりしつこかったら私がなんとかしてあげる」 カズラはこのテの客の扱いにも慣れているようだ。 「なんにせよ、あそこを通るときは気を付けなければ‥‥」 開拓者たちは七番卓の客に注意して行動していたが――。 「どうぞおあがりやす」 鬨が問題の七番卓へ料理を運んでいた。 「お嬢さん」 助平三人組の一人が鬨を呼ぶ。 「? うちのことどすか?」 「そうだよ、愛しの兎ちゃん。ここでお酌をしてくれよ」 男は鬨の手を握る。 「あら、あきまへん。うちはそおゆうことは‥‥」 「いいではないか。なんならこのまま店を出て、二人でしっぽりと‥‥」 男は大胆にも鬨の腰に手をまわす。 「やめてください。うち‥‥男どすよ?」 「――え? なんて? おとこ? え?」 一瞬固まる助平男。 その隙をついて鬨は卓から離れた。 「男‥‥そんな、俺は男を口説いていたのか‥‥」 軽く放心状態の助平男。しかし、彼のなかでなにかが目覚めつつあった。 「あんな可愛いのに男の子‥‥男の娘!」 「どうした?」 「男でもいい! むしろ男の娘がいい!」 「なにを宣う! 気でも狂ったのか!」 「そうだ、目を覚ませ!」 「俺は目覚めたんだよ!」 大声で揉めはじめる三人組。そこへカズラがやって来て、 「お客さま、喧嘩なら外でお願いします。他のお客さまにも迷惑ですので」 口調は丁寧だったが、有無をいわさぬ威圧感に負けた助平三人組は、勘定を払い早々と店を出て行った。 その後も開拓者たちは順調に仕事を続けた。 忙しさが絶頂となる夜時も無事に切り抜け、店内にはゆったりとした空気が流れていた。 「この時間帯からは楽になるな。そうだ――」 兄は洗い物を終えた瑠璃と綾乃に声を掛ける。 「ここはもう俺一人で大丈夫だから、二人とも接客に立つといい。うさみみ付けて」 「え? 自分たちもうさみみを付けるのですか?」 「もちろんだよ。この際、みんなそろって兎さんになってもらおうじゃないか」 と、うさみみとしっぽを二人に渡す。 「調理係なら、うさみみ付けないですむと思ったのに‥‥恥ずかしいです‥‥」 恥じらう綾乃とは対照的に、男の瑠璃は乗り気だった。 もともとすっきりとした女顔。扇子を片手に微笑めば、看板娘で通用する。 「それじゃあ二人とも、いってらっしゃーい!」 その日の晩、店には美しい八羽の兎がいたという。 ●月見 閉店後。 りょうはひとり鏡の前に立っていた。 「ふぅ‥‥終わったか。これでこの恥ずかしい格好ともお別れできるな」 鏡に映る自分のすがた。りょうはうさみみをそっと撫でてみる。 「‥‥‥‥」 おもむろにお尻を突き出して、 「‥‥‥‥ぴょん」 などといってみたり。 「りょう‥‥さん?」 と、背後から声が掛かる。後ろに立っていたのは瑠璃だ。りょうはあわてて居住まいをただす。 「は、はわわわ! ‥‥‥‥見た?」 「‥‥ええ」 「〜〜〜〜っ!」 りょうは耳まで真っ赤になってしまった。 店の庭にて、開拓者たちはお茶とまんじゅうを用意して月見に興じていた。 「ん〜。仕事のあとの甘味は格別ですわ! この上品な甘さと香りが堪りません」 クローディアは兎まんじゅうを堪能している。 「晴れてよかったわね〜」 カズラは夜空を見上げた。 さやかに輝く名月である。 まだうさみみを付けたまま、丸い月を仰ぎ見る開拓者たちのすがたは、月に恋する兎のようだった。 了 |